「………」
「あ、芹香さん、こんにちわ」
 了承学園の職員室前。
 放課後、職員室に戻ろうとしたエリアは芹香に呼び止められた。
「………」
「え? 魔道研究会は深夜から始めてほしい、ですか?」
「………」
 こくこく。
「ええ、私は構いませんが、一応秋子さんに許可を頂かないと……理由を聞かせて頂
けますか?」
「実は………
私立了承学園 4日目 番外編
 城戸家の教室。  授業が終わり、皆羽根を伸ばしていた。  …文字通り羽根を伸ばせる人がいるのはこのクラスだけだが。 「ふぃ〜、終わったなっと」 「芳晴、今日から部活だが、お前はどうするのだ?」 「あ、俺ですか? 俺は……」 「………」  こんこん。  エビルの質問に答えようとしたとき、教室の戸がノックされる。  そちらに顔を向けると、芹香が立っていた。 「あれ? 来栖川さん、どうしたの?」 「………」 「え? 今夜、魔道研究会を手伝って欲しい、ですか?」 「………」  こくこく。 「俺は構わないけど……」 「なんでまた?」  コリンが疑問符を浮かべた顔で芹香に訊ねる。 「それはですね………」  そして、芹香にすれば大きい声で語り出す。 ・ ・ ・ ・ ・ 「すごい!! 素敵じゃないの!!」  ユンナが嬉しそうに声をあげる。 「死の番人たる私の力がそんなことに役立つなんてな。喜んで協力させてもらう」  エビルも乗り気だ。 「よ〜し! そういうことならあたし達に任せて♪」  コリンもめちゃヤル気だ。 「あなたに任せると間違って死んじゃいそうで怖いけどね」 「ムカッ!! そんなことないもん!!」 「まぁまぁ……ま、そういうことだから、俺達は喜んで協力させてもらうよ」  ユンナの冗談にムッとするコリンをなだめながら、賛成の意を表する芳晴。 「………」  ぺこり。  小声で、ありがとうございます、と言いながら深く礼をし、芹香は退室した。 ----------------------------------------------------------------------------  折原家の教室。  そこも放課後独特ののんびりとした空気を放っていた。 「浩平は何部に出るの?」 「あー、面倒だし…帰宅部」 「何ジジ臭いこと言ってんのよ、若いんだから部の一つもやりなさいよね」 「んー、考えとく」 「考えとくって言うか、もうすぐ始まっちゃうんだけどね」 「何! そんなバカな! ……あれ、あの娘は?」  教室の外に、薄紫の髪の毛の少女が立っていた。  琴音である。  琴音は浩平が自分に気づいたことを確認すると、廊下の方へと手招きした。 「あ、わりぃ、ちょっと呼ばれてるから行ってくるわ」  浩平は妻達にそう言って、廊下の琴音のところへ移動した。 ・ ・ ・ ・ ・ 「決定。魔道研究会」  廊下から戻ってきた浩平の第一声。  当然、皆はその唐突な言葉に「?」を浮かべる。 「今日の夜中からだってさ。皆にも来て欲しいんだけど……」 「いいけど…なんで?」 「まぁ、それはその時のお楽しみってことで」 「またロクでも無いこと企んでんじゃないでしょうね?」 「大丈夫だ。多分行けば皆納得する」 「浩平がそういうなら私は構いませんが……」 『構わないの』 「みゅー」 「うん、私もいいよ」 「折原君の大丈夫はイマイチ信憑性に欠ける気がしないでもないけどね」  …全員納得してくれたようである ----------------------------------------------------------------------------  魔道研究会部室。  芹香が今夜の準備をしているところに、琴音がやってきた。 「芹香さん、伝えてきました」 「………」  ぺこり。 「いえ、そんな。…でも、なんだか曇ってきちゃいましたけど……」  窓から不安そうな顔で空を眺める琴音。 「……、………」 「え? 信じれば大丈夫? 魔法は信じることが大切、ですか?」 「………」  こくこく。 「…そうですね。信じないと始まりませんよね!!」  …そして、彼女達は今夜の準備を続けた。 ----------------------------------------------------------------------------  理事長室。  秋子・ひかり・ガディムがエリアから報告を受けていた。 「…なるほど。それは大変素敵ですね」 「そうね。でも……」  言って、ひかりは外を眺める。  曇っている。 「大丈夫よひかり。ガディムさん、お願いできますね?」 「もちろんですとも。この魔王ガディムにお任せあれ」 「うふふ、頼もしいわね」 「でも、その前にバレー部に行かないとですね」 「ふむ。そうですな」 「じゃ、エリアちゃん、芹香ちゃん達に心配要らないって伝えてくれるかしら?」 「はい、解りました」 ----------------------------------------------------------------------------  再び、魔道研究会部室。 「失礼します、芹香さん、琴音さん」 「あ、エリアさん」 「………」 「どうでしたか? とおっしゃってます」 「はい、何も心配要らないそうです」 「………」 「ありがとうございます、だそうです。あ、私からもありがとうございます」  ぺこぺこっ。  二人で頭を下げる。 「いえいえ、構いませんよ。それに私も楽しみですしね」  と言って微笑む。 「それより、私も準備手伝います」 「すみません」 「………」  そしてまた、刻一刻とせまる時に向けて彼女達は準備を続けた。 ----------------------------------------------------------------------------  体育準備室。  一波瀾あったが、バレー部を終了した秋子とガディム。 「では、もう一仕事してまいります」 「はい、よろしくお願いします」  そしてガディムは大空高く飛翔した。 ----------------------------------------------------------------------------  了承学園上空。  ガディムは眼下に広がる雲を一瞥した。 「ふっ、この素晴らしい日を邪魔する無粋な雲どもめ! この魔王ガディムが残らず 成敗してくれるわ!!」  と、誰も見ていないのにかっこつけてみる。  …やがて空しくなったのか、作業に取り掛かった。  シュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ………  ガディムの魔力が膨れ上がる。  そして、それを一気に開放した。  ブアァァァァァァァァァァァァァッ!!  開放された強大な魔力の奔流に、みるみるうちに雲は散らされていった。 ----------------------------------------------------------------------------  理事長室。  体育準備室から戻ってきた秋子は窓から空を眺めていた。  満天の星空を。 「準備は整いましたね…」  そっと、呟いた。 ----------------------------------------------------------------------------  魔道研究会部室。 「わぁ、芹香さん、晴れましたよ!!」  琴音の嬉しそうな声に、エリアと芹香も空を見る。 「………」 「そうですね、綺麗ですね…」 「喜んで貰えますかね…?」 「………」 「そうですね……」 ----------------------------------------------------------------------------  鶴来屋〜了承学園の道。  耕一と梓が花火を運んでいた。 「あ……」 「どした?」 「空。いつの間にか晴れてるよ」 「お、ホントだ。こりゃ絶好の花火日よりだな」 「そーだね」  満天の星空。  そんな何気ない幸せに感謝しつつ、耕一と梓は了承学園へ向かっていた。 ----------------------------------------------------------------------------  了承学園グラウンド。  相沢家と柏木家の者達が花火を楽しんでいた。 「あ…何時の間にか、晴れていたんですね」  美汐が思い出したように言う。 「おぉ、そうだな……なかなか綺麗な星空だな」  空を眺めながら祐一が答える。 「お姉ちゃん…空、綺麗……」 「本当ね……」  栞と香里も、ため息を洩らすように呟く。 「空、広いねぇ……」 「うん……」  あゆと真琴は、空を仰ぎ見て、その広大さに圧倒される。 「なんだか、この位の花火じゃ今日の星空に負けちゃうわね」  千鶴が苦笑混じりに言う。 「そうだね、でもいいんじゃないかな。綺麗なものは綺麗だもん」 「そうだけどね」 「…それに、耕一さん達が戻ってくれば、この星空にも少しは顔向けできるようにな ります」 「…そうね」 「…うん」 ----------------------------------------------------------------------------  誠家。  妙な事件なせいで遅れた夕食を平らげた後の団欒のひととき。 「わぁ、まーくんまーくん!! 空すごく綺麗だよ!!」 「お、どれどれ…ほう、こりゃ確かに凄いな」 「さっきまではあんなに曇ってたのに、すごいですね」 「…綺麗、ですね……」 「わぁ、お月様も立派ですよ」 「綺麗な満月……」 「んー、これで団子でもありゃ完璧だな」 「誠様、先ほど夕食を終えたばかりですが……」 「甘いものは別腹なんだ」 「基本だよね」 「そうですね」 「…よく、わかりません」 ----------------------------------------------------------------------------  佐藤家。  ベランダで肩を寄せ合い、星空を眺める2人。 「綺麗だね……」 「綺麗ですね……」 「静かだね……」 「静かですね……」 「…圭子ちゃん、幸せかい?」 「何を今更…」 「いや、なんとなくね」 「聞かないと解らないんですか?」  ぷーっと頬を膨らませる圭子。 「…そうだね、ゴメン」 「ふふ、怒ってないですけどね」  そしてまた2人、星空を眺めた。 ----------------------------------------------------------------------------  準備に追われる魔道研究会部室。 「やっほ〜☆ はかどってるぅ?」 「すいません、遅れちゃって」 「こっちの準備は完了よ」 「まだ準備が残ってるなら手伝わせてくれ」  コリン、芳晴、ユンナ、エビルが現れた。 「あぁ、皆さん、わざわざすみません」 「………」  ぺこっ 「助かります、重いものもありますから」  そして7人で準備に取りかかる。  すると。 「わりぃ先輩、琴音ちゃん、遅くなった!」 「ゴメン姉さん、ちょっと一悶着あったから……」 「まだ手伝えることあるなら手伝うで」  浩之、綾香、智子を筆頭に、藤田家の面々が現れた。  一気にペースが上がった。  準備完了までもう少し。 ----------------------------------------------------------------------------  折原家。  浩平・瑞佳・留美の3人。 「そういえば浩平、わたし達いつ行けばいいの?」 「そういえばそうね。こんなにゆっくりしてていいの?」 「ああ、準備が終わったら呼びに来てくれるんだってさ」 「で、一体何を企んでるの?」 「それはその時のお楽しみだって」 「う〜ん、気になるよ」 「ま、ロクでもないことじゃないことを祈るだけね」 「だから大丈夫だって……多分」 「はぁ…その「多分」が一番不安なのよ……」 ----------------------------------------------------------------------------  宮田家。  スフィーと健太郎。  先ほどまでの死闘が嘘のようなのどかな夜。 「けんたろけんたろ、ほら、空すっごいきれい! 」 「おお、こりゃ凄いや」 「ねね!! 月見しよ月見!」  ズルッ☆ 「お、お前なぁ……昨日やったばっかだろ?」 「だって昨日よりきれいだよ!! それに昨日は蚊に刺されて散々だったし。今日で 昨日の分もまとめて楽しもー!!」 「俺に選択の余地は無いわけね……ま、確かに綺麗だもんな、よっしゃ、やるか!」 「うんうん」 「んじゃ皆呼んでくるわ。準備しといて」 「わかったー」 ----------------------------------------------------------------------------  千堂家。  一騒動おさまり、皆疲労してた時。 「あ……満月です」  彩がぼそり、と呟いた。 「んー、どれどれ……おー、こら見事な満月やな」 「す、凄いですぅ……」 「ホント……それに星も凄く綺麗……」 「にゃあぁぁぁ……すごいですぅ」  ドーン……パラパラパラ…… 「わっ!! 花火まであがってますよ!?」  郁美が花火の上がったほうを指差して驚く。 「すげぇな……打ち上げ花火の道具まであんのか」 「千堂君、なんで今更その程度の道具で驚くの?」 「…それもそうだな」 「でも、ほんとに綺麗ですね……」 「これを背景にしたら、この詠美ちゃんさまのうつくしさもよりひきたつわねー」 「やめときやめとき。文字通り「月とスッポン」や。勿論アンタがスッポンな」 「ムキイィィィィィ!!」  即効で戦闘態勢に入った由宇と詠美を横目で見ながら。  和樹はもう一度空を見、綺麗だな、と思った。 (どれ、そろそろ止めないとな)  苦笑しながら由宇と詠美のほうへ歩いていった。 ----------------------------------------------------------------------------  魔道研究会部室。 「………お、終わりましたぁ……」 「………」 「そうですね、ちょっと疲れましたね…」 「ホントにゴメンな、妙な事件に巻き込まれててよ」 「あ、気にしないで下さい。別の部活で疲れてるでしょうに、手伝いに来てくださっただけ でも嬉しいです。ね、芹香さん?」 「………」  こくこく。 「よーし! それじゃあとは折原家を呼んでくるだけね!!」 「それじゃコリン、お願いね?」 「まっかせなさーい!! …ってなんでよ!」 「あなた全然働いてないじゃないの」 「そ、そんなことないわよー、あたしはずっと皆を応援してたわよ!!」 「はぁ…それを働いてないって言うの。覚えときなさい」 「ううぅ〜」  コリンはしぶしぶ折原家を迎えに行った。 ----------------------------------------------------------------------------  藤井家。 「さっきまであんなに曇ってたのに…」 「天気ってのはわからないもんだな」 「うん」  冬弥と由綺が、縁側で空を眺めていた。 「冬弥くん、お茶入れたけど…」 「あ、ありがとう、美咲さん」  そして美咲も冬弥の隣に腰を下ろす。 「……なんか、平和だね……」 「……そうだな」  ドーン……パラパラパラパラ…… 「あ…花火…」 「綺麗……」 「そうだな……」  トタタタタ… 「冬弥さん! おだんご持ってきたよ!」 「お、ありがと、マナちゃん」 「それじゃ、月見でもしよっか」 「そうだな…んじゃ、皆呼んでくるよ」 「もういるよ」 「うわっ!! はるか、いつの間に!!」 「たった今」 「そ、そうか」 「皆も今来る」 「あぁ…わかった」  立ちあがろうとしていた腰を下ろし、再び冬弥は空を見上げた。 ----------------------------------------------------------------------------  そして……魔道研究会部室。 「連れてきたよー」  コリンが折原家を連れて戻ってきた。 「どーもこんばんわー」 「こんば…ぐあ……」 「なに? どうしたの七瀬さ……」 「……嫌です…」 「あ、あはは…なかなかおシャレな部屋じゃない?」 『ぶきみなの』 「みゅー…」 「?? よく解んないよ」  みさきを除く折原家妻達には今宵の魔道研究会のウケは今一つだった。  まぁ確かに、あちこちにわけのわからない妙な道具や謎の液体が転がっていて、更 に部屋を照らすのが数本の蝋燭だけとあっては普通はあまり見目気持ちいいものでは ない。慣れてなければなおさらだ。 (ちょっと浩平〜、こんなところでなにするのぉ?) 「いや、見てのとおりだが」 (全然わかんないよっ!!) 「そうか? ふむ、まぁそうかもな」 (そうだよっ!!)  小声で話す瑞佳の質問に、全く物怖じせず普通の声で返す浩平。  おかげで瑞佳が小声で話す意味が無い。 「………」 「あ、浩平さん、そろそろ皆さんに話していただけますか?」 「ん、もういいのか? 解った」  琴音の仲介を経て芹香から許可を受けた浩平は、芳しくない表情の妻達の方に体を 向け、切り出した。 「あー、今夜はオレのために集まってくれてアリガトウ!!」  ご丁寧にビッ、と親指を立てて言う。  ズガッシャァァァァァァァン!!  その場にいたほぼ全員がずっこけた。 「む? どうしたみんな?」 「あ、あんたねぇ……その殺人級につまんないギャグいい加減やめてよね!!」 「相変わらず、酷い言われようだな…」 「当然よっ!!」  留美と浩平のやりとりを見て浩之は、 「あれが浩平ちゃんギャグってやつか?」  と瑞佳に尋ねる。 「う、うん、その威力はご覧のとおりだよ…」  瑞佳はうんざり、といった顔でまわりを見渡した。 「な、なるほど…」  その後七瀬と、なぜか綾香にも一発殴られた浩平は、今度は真面目に語り出す。 「実は、今夜はみさき先輩に星空を見てもらおうと思うんだ」 「「「「『「え?」』」」」」  浩平の言葉に、折原家の妻達は全員みさきの顔を覗きこむ。 「私に?」  当のみさきもよく意味が解っていないようだ。  しばらく考えた後、ぽん、と手を叩いて、 「あ、皆が見た星空を私が電波で見るんだね?」  と、自分なりの考えを言う。  しかし浩平はそれを否定する。 「いや、みさき先輩自身に、直接見てもらうんだ」 「「「「「「「???」」」」」」」  浩平の言葉にますます我解せずといった顔をする折原家妻一同。  その様子を見て、今度は芹香が語り出した。 「………」  小声で。 「あー、みさきさん自身の霊体で直接見てもらう、だってさ」  慣れない者には聞き取りにくい芹香の声を浩之が通訳する。 「霊体? 幽霊ってこと?」  留美が聞き返す。 「………」 「大体その通りです、一般的な言葉で言うところの幽体離脱を行います、だと」 「それでどうやって見るの?」 「………」 「目が見えないと言うのは身体的な問題であり、霊体には影響がありません。だから 幽体離脱を行って体から開放された霊体であれば、モノを見ることができるんだと」 「でも、それって危険じゃないんですか?」 「……」 「慣れない方には危険です、だって」 「イヤだよそんなの!! みさき先輩を危険な目にあわせるなんて!!」  芹香の答え(を浩之が訳したもの)を聞いた瑞佳はすぐに大声を張り上げて拒絶の 意を示した。  と、今度はコリンが割ってはいる。 「ふっふ〜ん、君タチ、何のためにあたし達がいると思ってんの?」 「そう、だから天使たる私達がみさきちゃんにつきっきりでいくのよ」  言うと同時に、ユンナはその美しい翼とエンジェルハイロウを権現させる。  コリンも負けじとその姿を現した。 「わぁっ……話には聞いてたけど、ホントに見ると凄く綺麗……」 「ふふ、ありがと」  瑞佳は思わず感嘆の声を洩らした。 「まぁそんなわけで、あたし達天使がついていけば霊体は安全確実!!」 「コリン一人だと危ないけどね」 「だからそんなこと無いって言ってるでしょ!!」 「どうだかね」 「はいはい、喧嘩はあとでやって下さいよ」  いつのまにか口論に突入しそうになるユンナとコリンを浩之がたしなめる。 「………」 「それと、危険は霊体だけではありません。体も危険なのです」 「えぇっ!?」 「………」 「霊体が体から出てしまうと、事実上体は死んだのと同じ状態になります。人、また 慣れによって時間には差がありますが、霊体の無い体はやがてショック死してしまい ます」 「そ、そんなこと!!」  またしても大声で拒絶しそうになる瑞佳。 「………」 「そこに今日を選んだ意味があります」 「え?」 「………」 「今日は満月ですので、月の力を存分に借りることができます。月の光には心と体を 落ち着かせる効果があります。その力をこの部屋に満たせば、体がショック死するこ とはまず無いでしょう」 「で、でも……」 「…もちろん、最終的な判断はみさきさんに任せます、だってさ」  浩之による芹香の通訳が一段落した。  全員の視線がみさきに集まる。 「そういうことだ先輩。どうする?」  浩平がみさきに問いかける。  みさきは顔を伏せ、肩を震わせている。  ほとんどの者はそれを拒絶だと受け取っていた。 「先輩……」 「浩平君!!」 「おわっ!? な、なに?」 「面白そうだよそれ!! やってみたいよ!!」  やる気満々だな、と言おうとしたところへ先制攻撃を食らって驚く浩平。  …どうやらほとんどの者は誤解していたようだ。  みさきという人を。 「は、はは……見た目はか弱い感じなのにね」  綾香は言いながら苦笑した。 「………」 「………」  エリアと芹香が呪文を唱える。  すると、先ほどまで不気味だった部屋がうっすらと月光に満たされていき、神秘的 な雰囲気をかもし出す。 「本当……なんか落ち着くね……」 「そうだな…」 「これが魔法ってやつか……御伽噺とかだと魔女の魔法は怖いものだけどね」 「こんな魔法なら、大歓迎ですね」 「みゅー」 『安らぐの』 「そうね……こんな中で寝るとよく眠れそうね……」  折原家の魔法初体験の感想はおおむね好評だった。  やがて、エリアと芹香の呪文が終わった。 「この魔法の効果は1時間。その間の安全はほぼ完全に保障されます」  エリアはそう説明した。 「それでは、いよいよみさきさんの幽体離脱を行います」 「あ、そういえばどうやるの? 私そんなのできないよ?」  当然である。 「そのために私がいる」  そう言ってエビルが立ちあがった。 「あなたは?」 「聞いていないか? 私はエビル。死神だ」 「し、死神!?」 「ああ。私が彼女から霊体を取り出す」 「だ、大丈夫なの!?」 「大丈夫だ。霊体を取り出し、肉体との関係を断ち切って、始めて死神による死の完 成だ。だから、取り出すだけなら、それだけだ」 「そ、そうなの……」  折原家の面々にはほとんど理解不能の世界だが、少なくとも彼女達が嘘を言ってる ようには見えないので、信用する。 「さて…それではいくぞ。みさき、力を抜いて」 「う、うん…」  さすがにいよいよとなると、みさきも緊張してきたようだ。  そんなみさきの手を浩平はそっと握った。 「大丈夫だ先輩。オレがついててやるからな」 「…うん」  浩平に手を握られるだけで、みさきは落ち着くことができた。  すぅっ…… 「あ……」 「先輩…」 「…じゃ、浩平くん、行ってくるよ……」 「ああ…先輩、しっかり楽しんで来てくれな…」 「うん…」  やがて、みさきの体は文字通り死んだように動かなくなった。 「………」 「ああ、先輩も行ってらっしゃい」  芹香はぼそぼそと呪文を唱え、自力で幽体離脱していった。 「んじゃ、行ってくるねー!!」 「大丈夫、私達がいるからには万に一つの間違いもないから安心して」  コリンとユンナは、一部の者にしか見えていないみさきの霊体を連れて天井を突き 抜けて上空高く飛んでいった。 「それでは、私達も星空を見ましょうか」  エリアはそういうと、おもむろに詠唱を始める。 「………!」  すると、部屋の中はプラネタリウムのように四方が星に囲まれていた。 「おーっ、やるじゃねぇか! さすがエリア!」  浩之が感嘆の声をあげる。  しかし、折原家の面々は素直に喜んでいられなかった。  そんな折原家に、芳晴は優しく言葉をかける。 「大丈夫、君達には実感のない世界だから、心配なのはよく解る。でも、ああ見えて コリンもやるときゃやるし、ユンナさんは大した実力を持った天使なんだ。だから、 安心して任せて」 「芳晴さん…」 「それに、ああやって浩平くんが川名さんにずっとついているんだから……だから、 大丈夫」  今日ここに、みさきの為に集まった天使と死神、魔法使い達を信用していないわけ ではない。だが、折原家の者にとって、芳晴の「浩平がついてる」という言葉は、そ れ以上に、いや、おそらく世界一安心できる言葉だった。 ----------------------------------------------------------------------------  了承学園上空。 「さぁ、みさきちゃん、目を開けてみて」 「………」  ユンナの言葉に、みさきは恐る恐る目を開いた。 「う………わぁ……」  懐かしくて、新しい世界。  彼女が長い間失っていた世界。  それが、今彼女に、ひとときだけ戻ってきた。 「あ〜、絶景かな絶景かな!!」  ボカッ☆! 「いったぁ〜〜〜!! あにすんのよユ……」 (バカ! 折角久しぶりに光ある世界を見れてるんだからムード壊すようなこと言わ ないの!!) (ゴ、ゴメン……)  言葉も無く、眼前に広がる星空を眺めるみさき。  右を見ても、左を見ても、一面の星空。  下には、了承学園。  それを今、みさきは、「見て」いるのだ。  ひときわ大きな光を放つ方向を見る。  満月。  まんまる。  まっしろくて、まんまる。  お饅頭ってあんな感じだったよね、と思った。  そして、もう一度広い空をぐるりと一望した。  沢山の星が輝いていた。  一つ一つが輝いていた。  眩しい、と思った。  忘れていた感覚だった。  そしてそれが感じられることが心地よかった。  星の数、数えてみようかな、なんて考えた。  113個まで数えて解らなくなった。  もう一度、月を見る。  そして、月の回りに輝く星達を見る。  ひときわ大きく輝く月が神様で───  そのまわりの星達は、あたかも神様の周りを鼓舞する天使達─── 「見える」というだけで、情報は各段に増えるのだと、今更ながらに思った。 「………」  それまで黙っていた芹香がみさきに寄り添い、いかがでしたか? と呟いた。  その声にみさきはようやく我に返る。 「あ……」 「…?」 「凄い!! 凄いよ芹香ちゃん!! 凄い凄い!! ホントに凄いよ!! ステキだよ!! ありがとう!! ホントにホントにありがとう!!」 「……!」  芹香の手を掴んでぶんぶんと上下に激しく揺さぶるみさき。  芹香は困った顔をしていたが、しかし嬉しそうだった。 「…よかったわね」 「ん?」 「手伝ってさ」 「…そだね」 ----------------------------------------------------------------------------  やがて時間がやってきた。  あまりのはしゃぎように、もしかしたらもっと見たい、と駄々をこねられることを 懸念した3人だが、みさきはすんなりと受け入れた。 「あ……でも」 「ん、なに?」 「最後に、もう一つ見ておきたいものがあるの……ダメかな?」 「な〜に?」 「それはね……」 ----------------------------------------------------------------------------  長瀬家。  ここも先の狸事件に巻き込まれたが、今は平和に月見&電波集めなどしていた。  …ちりちりちり 「……気持ちいいね、瑠璃子さん」 「……ホントだね」 「…幸せそうだね、彼女」 「……ホントだね」 「…よかったね」 「…ホントだね」  …ちりちりちり 「? 誰かに電波送ってるの?」 「お兄ちゃん」 「月島さんか……どこに行っちゃったんだろうね?」 「うん。もしかしたら近くにいるかもしれないね」 「…そうだね」 「そしたら、今の電波を拾ってくれるかな」 「もちろんだよ。月島さんだからね」 「…そうだね」 ---------------------------------------------------------------------------- 「我ながら、こいつはすんごいのが撮れたわ……」  深夜。  ひとりでぶらぶらして、ふと見上げた空のあまりの美しさに写真でも撮ろうなどと 考えた志保。  そして、たまたま撮った写真には。  まばゆい光に包まれた、2人の天使の姿が写っていた。  ただの写真ながら、それは神秘的な印象すら与えた。 「っても、こんなのどこの雑誌に投稿したって、特撮写真くらいに思われて終りよ ねー。そんな安い写真じゃないのよこれは。うん」  宝物にしようと思った。  そしてすぐ後、宝物なんてガラじゃないかな、とも思った。 ---------------------------------------------------------------------------- 「柳川…さん…」 「なんだ? 貴之」 「星……綺麗だね……」 「…ああ…そうだな……」  保健室から程近い中庭。  車椅子に貴之を乗せて、柳川とマインは星空を眺めていた。  少し前までは、なんの感慨も持たなかったようなものでも、今は素直に良いと思 うことができる。  なんだか少しこそばゆい気がしたが、それもいいだろう、と思っていた。 「夜空は……照らされましたか?」  ふと、後ろからそんな声がかかる。  柳川はそちらを振り向くこともせずに答える。 「最近やっと、輝く星を探し始めたところだ…」 「そうですか」 「我ながら、ここまで来るのに大した時間をつかったものだと思うよ」 「そう…ですね。難しいことじゃ無かったはずなのに」 「ああ……」 「あの時は否定しましたけど……やっぱり僕と貴方は似ているのかもしれませんね」 「……そう…だな…」 「焦る気持ちも解ります。僕だって焦っていますから。でも、焦ってもしかたない のかもしれませんね」 「…ああ」 「……まだ、若いですからね。僕達は」 「そうだな……」 「焦って失敗するより、じっくり時間をかけて確実に進みましょうよ」 「……ふ」 「どうしました?」 「年長者に説教とはね、大した器だな、と思ってね」 「ははは…確かに。年齢、場数、どれを見ても貴方の方が年長者ですもんね。 でも、意外と根本部分は同じ位の年齢かもしれませんよ」 「…つくづく、面白いやつだな、君は」 「ふふ……」  柳川と青年の会話を横に聞きながら。  車椅子の上で静かに寝息をたてる貴之の手を握りながら。  マインは星空を眺めていた。  ───綺麗だな、と思った。  これも故障なんだろうか?  だとしたら───  ───故障も少しくらいならいいかもしれない、と思った。 ----------------------------------------------------------------------------  無事みさき達が戻ってきた魔道研究会部室。  時間もいい加減日付変更してるというのに、あかりやセリオ達が大量に作りこんだ 弁当を皆で食べた。 「ルミ! これかけるとオイシイヨ!!」 「あ゛〜!! ギョーザにケチャップかけんじゃなーい!!」 「ドウシテ? オイシイのに……」 「あんただけだーっ!!」 「…これ、おいしいです」 「あ、それは自信作なんだ」 「…そうなんですか」 「うん。ね、今度里村さんも学食で働いてみない?」 「…はい」 『このお寿司、プロみたいなの』 「はい、板前のデータを使用しましたから」 「みゅー?」 「あはは、セリオはね、どんな仕事のプロにでもなれるのよ」 『すごいの!』 「みゅー!」 「でも、魔法使いにはなれませんけどね」 「セリオさん、そこまでやられちゃったら、私達の立場がないですよぉ…」 「へっへー♪ 唐揚げもーらいっ♪」 「ちょ、コリン!! あんたさっきから何個食べてるのよ!!」 「あ゛あ゛…あたしも狙ってたのに……」 「はわわ、まだありますから喧嘩なさらないでくださ〜い!! 理緒さんも泣かないでくださ〜い!!」 「いいな、おまえんとこにぎやかで」 「そうか? 浩平んとこも十分にぎやかじゃねぇか」 「まーな。言ってみただけだ」 「そっか」 「んー、それにしても神岸って料理上手いな。セリオも」 「まーな。どっちもプロみたいなもんだからな…ってセリオは文字通りか」 「うん、これはいける」 「ってオイ、そりゃオレんだ」 「なに!? いつ誰が決めた!?」 「さっきオレが決めた」 「横暴だ!!」 「どっちが!!」 「あーもう、お前らそんなガキみたいなことで喧嘩すんなってば」 「わぁ…この卵焼きおいしいよ」 「あ、嬉しいです! それ私が作ったんですよ」 「え! 葵ちゃんて料理もできるの!?」 「あ、できるってほど大したものじゃないんですけど…」 「いやいや、そんなことはあらへんで。これだけできれば十分や」 「………」  こくこく。 「でも、長森さんもお上手なんですよね?」 「う〜ん……里村さんや神岸さんには全然敵わないけどね。この唐揚げなんかおいし すぎるもん」 「そうですね……いつか私もこれくらい作れるようになりたいです」 「目指す目標は、格闘技は綾香さん、料理は神岸さんやな」 「はいっ!」 「あ〜おいしいよ〜」 「す、凄い食欲ですね……」 「うん。私食べるの好きだからね」 「にしても…それは食べ過ぎですよぉ……」 「う〜ん…自分ではそうでもないんだけど…やっぱりおいしいからかな」 「そうですね、確かに神岸さんのお料理はおいしいです」 「うん。茜ちゃんといい勝負だよ」 「わ、お話には聞いてましたが茜さんもそんなにお上手なんですか?」 「うん。とってもおいしいから私大好きなんだ」  宴は弁当が底をつくまで続いた。 ----------------------------------------------------------------------------  折原家寮。 「浩平君、今日はホントに楽しかったよ。おいしいものも食べれたし。ありがとうね」 「そっか、オレはなんにもしてないけどな。よかったな先輩」 「うん! できれば夕焼けも見てみたいな」 「う〜ん……今度相談してみよっか」 「うん!」  満面の笑顔のみさきを見ていたら、皆幸せな気持ちになることができた。  と、突然、みさきはいたずらっぽい笑みを浮かべて笑い出した。 「ど、どうした先輩?」 「ふふふー、実はね、最後に、皆を見せてもらったんだよー」 「「「「『「「え!?」」』」」」」 「浩平君、こんな可愛いコ達に囲まれて幸せだねー」 「お、おい先輩……」 「それと」 「こ、今度は何?」 「浩平君、浩平君の心の中の浩平君より更にかっこよかったよぉ〜!」  と言って浩平にしがみついた。 「あ、こ、こら先輩! 皆見てるって!!」 「関係無いよー」 「わ! なに言って…」 『浩平♪』 「ちょ、ちょっと待てお前らぁ!!」  末永く、お幸せに…… <おわり>
 ERRです。  ……なっが!!(爆)  長い、長すぎる!!  うわー!! ごめんなさいごめんなさい!!  いくらなんでもやりすぎでした!  全家族制覇…あまり意味が無かった上に無茶……ぐふっ…
 ☆ コメント ☆ 綾香 :「魔法使いと天使と死神の共同作業、か。      よくよく考えてみると、これってとんでもない事よね。ある意味、大事件」(^ ^; セリオ:「そうですね。普通の日常ではあり得ない組み合わせですから」(;^_^A 綾香 :「う〜ん。改めて、この学園の凄さを実感したわ」(^ ^; セリオ:「天使に魔法使いに死神に魔王。勇者に鬼に超能力者に電波使いに格闘家。      さらには、漫画家やアイドルだっていますもんね。      『了承学園』のメンバーが揃ったら、どんな事でも出来そうです」(^^) 綾香 :「ま〜ねぇ。不可能な事なんて存在しないわよ、きっと」 セリオ:「世界征服だって出来るんじゃないですか?」 綾香 :「間違いなく出来るわよ。容易く、ね。      この学園を手中に収める事が出来たら、世界征服なんて軽いもんだわ。      もっとも、そんな事を実行しようとするバカはいないでしょうけど」 セリオ:「そうですかぁ? 久品仏さんなんかは怪しいですよ」(;^_^A 綾香 :「……そうかも」(^ ^; セリオ:「でしょ」(;^_^A 綾香 :「でも、大丈夫よ。大志さんに世界征服なんか出来ないから」 セリオ:「へ? なんでです?」 綾香 :「世界征服が容易いのは、あくまでも、『この学園を手中に収める事が出来たら』よ。      大志さんじゃ無理ね。逆に殲滅されるのがオチよ」(^^) セリオ:「確かに。      世界を手に入れるよりも、『了承学園』を手に入れる事の方が難しいでしょうし」(;^_^A 綾香 :「そういうことよ」(^0^) 大志 :「ふっ! 甘いな、マイシスターズよ。      敢えて、難しい事へ挑戦する。茨の道を進む。      これぞ、真のオタク道!!」 綾香 :「うわっ! どこから湧いてきたのよ!?」(@◇@) セリオ:「び、ビックリしました」(@◇@) 大志 :「必ずや世界を制覇してみせよう! 刮目して見よ!!      では、さらばだ! とうっ!!」 綾香 :「……き、消えた。      な、何だったの……今の?」(−−; セリオ:「さ……さあ?」(−−;



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