私立了承学園  WHITE ALBAMサイド (放課後その3)  夜が更けて、未明の時間。  空には、月が金色に光り輝いている。  それをしばらく眺めやってから、深く頭を垂れて、大きいため息をついた。  了承学園敷地内、別に目的があるわけでもなく、ただぶらぶらと歩いて風にあたってい たいだけだった。  藤井冬弥は、歩いては立ち止まり、空を見やって、また歩いて、止まって、意味もなく そんなことを繰り返した。  昼間は賑やかな了承学園も、夜中となれば静かなものである。  アスファルトを歩くスニーカーの足音をざっざっと響かせつつ、あてどなく歩み続ける。  雲のない夜空から、舞い降りてくる月光は、夜だというのに眩しいくらいで、何一つ灯 りを持っていない冬弥でも足元に不安はない。  もっとも、街灯の明かりは充分に行き渡っていて、少なくとも道周辺に暗さは無いのだ が。 冬弥はそのまましばらく歩き回って、ふと目に入った植え込みの縁に腰掛けた。  土でズボンが汚れるのも気にしないようである。  しばしの時間が流れた、5分、10分ほどか、時計を持っていないため時間は分からな いが、そんな長い時間が経ったとも思われない。  全身が気怠い。 体が重い。  澱んだ意識に、混沌とした肉体。  今日は、あまりにも多くのことがありすぎた。  精神を削り取るイベントに恵まれて、いっそ自棄になりたいくらいだった。  しかし、そうする勇気もなく、ただ、曖昧に自分を誤魔化し、自分の弱さを認めようと しない。  あまりにも弱い自分。  守りたい人間を守れない自分。  脆弱な肉体とこころ。  藤井冬弥は、ぐっと両の拳を握りしめた。  その手を眺めて、呟いた。 「結局、俺は、何も出来ないんだな…」  それが、結論だった。  無力なのが自分。 (俺は、ただ、ひとを守る力が欲しかった…)  それなのに、力を得て、その力に溺れ、本末転倒な結果を生んだ。 (皮肉か? いや、違うな。 それは俺が出した結果にすぎない) 「結果、か…」  呟きを唇に乗せて、ぽっかりと浮かんだまあるい月に、視線を向ける。  月は、狂気の象徴とも言われるが、しかし、ここに浮かぶ月は、柔らかな光を反射させ る、穏やかな星としか思えなかった。  冬弥は足元の小石を拾うと、軽い動作で放り投げた。 その無機物は、放物線を描いて 10mほどの距離を飛び、落下して跳ねた。  続けざま、数個の小石を放る。  どれも同じ位の距離を飛んで、落ちた。 (力一杯に投げれば、この小石も遠くまで届くだろうな)  冬弥は、膝の上に手を置いて、そんなことを思っていた。  全力で投げた小石は遠くまで届く。  そんなことは当たり前だ。  軽く投げて10mなら、少なくともその3倍の距離は届くだろう。 (しかし、それが限界だ)  どれだけ力を込めようと、限界がある。 (俺の限界なんか、高が知れている…)  たとえば、柏木耕一なら、はるかに一般人の限界を超える距離を投げるだろう。  それは、彼が鬼の一族の血を引いている、それに尽きる。  最初から、持っている能力。  大きなちから。 家族を守ることの出来るちから。  それが耕一にはある。  そして、そのちからを制御している。  それは男として、何よりも羨ましいことだった。  自分と比べると、冬弥はやりきれなくなり、そして、いい知れない暗い怒りがわき上が っていた。 「俺に、ちからを!」  叫んで、冬弥はハッとした。 (それで、俺は失敗したばかりだ…)  昼の出来事を思い出して、胸中に暗鬱とした雲がかかり、重苦しい気分が吸い込む空気 すら濁って重いような錯覚を覚えさせた。  月光りを反射して、青白く光っている二の腕が、微かに震えている。  冬弥は、大きく深呼吸して肺に空気を取り込み、すると、震える腕が落ち着きを取り戻 して何事もなくなった。  風がひゅうと吹いて、髪を揺らした。 「ちからか…」 (ちからが欲しい…それは確かだ…しかし…俺は…)  弱い人間が、力を持つべきでないことは、今日証明されたばかりだった。  弱い人間には、弱い人間の生き方があって。  強い人間には、強い人間の生き方があって。  それを、身の程を知らずにいると、間違いを犯す。  弱い人間には、武器が必要だ。  武器は、弱い人間のためのモノなのだ。  ナイフも、銃も、弱い人間が己の身を守るために存在する。  武器とは、元々そういった性質を持っている。 (俺は今日、武器を手に入れた)  しかし、それを制御できなかった。  ただ、威力のみに心を奪われた。  そして、ひとを無意味に傷つけた。 (本来あのコンバットスーツは、俺の家族を守るためだけに使えば良かったんだ)  なのに、弱い人間としての分をわきまえなかった自分が、元々の自分の力でないちから に酔って、自分が強くなったような錯覚を起こした。 「それが、俺の限界…」  守るためのちからではない。 とんだ勘違いをして、威力を行使しようとした、傷つけ るためのちからになっていた。  愚かなことに、それに自分は気づいていなかった。  いや、どうなのだろうか?  本当は知っていたのかもしれない。  けれども、手に入れた強さを使ってみたいという、弱さからくる欲望が、無意識上でそ れを忘れてさせていた、そう言えないはずがない。 「だから、俺は弱いんだ…」  自嘲めいて漏らした声は、掠れて夜の闇に溶けていった。  昔は、自分が弱いことに対して、何も思わなかった。  別に強くなりたいとも思わなかった。  それは、守るべき対象というものが無かったからで、せいぜい自分の身を適当にやって いればそれで良かった。 第一、自分であれば傷ついたところでどうと言うこともない。  しかし、今の自分は違う。  守らなければならない大切な人間がいる。  命を懸けても、守らなければならないひとたち。  それは、由綺であったり、理奈ちゃんだったり、はるかだったりするわけだ。  彼女たちを、自分の身が砕けても、全てを犠牲にしても、果たさなければならない義務 がある。 古風な言い方をすれば、男の責任を果たすということだ。  それにはちからがいる。  どうしてもちからがいる。  ちからを手に入れなければならない。  どうすればいい?  どうしたらちからが手に入る?  冬弥は自分に、矢継ぎ早に質問していた。  しかし、ちからが制御できなければ、手に入れたところで無意味ではないのか?  ちから、そしてそれを制御するちから。  二つのちから。  それのどちらも。自分は持ち合わせていない。  少なくとも外部から得た力を、扱うことが出来なかった。  力を得たとたんに増上慢と化した。  度し難い、自分。  どうしようもない愚か者、それが自分。 「俺に…彼女たちを…愛する…資格はあるのかな…」  冬弥は、自分の影を眺めた。  影は長く伸びて、ものを言わぬ一枚の絵のように地面に張り付いていた。  空には何も変わらない星空と月。 「そういえば、ここは異空間とか言っていたのに、星も月もあるんだな」  空虚な心で、ひとりごちた。  冬弥は、ふと気が付いたように辺りを見回して、そして、誰もいなかった。  物音もしない。  それは、今はありがたいことだった。  冬弥は両手を組み、肘を膝に、それで顎を支える格好になる。  そのままの格好で、しばらく、時が流れるに任せた。  そうして時間が、2,30分経ったろうか、いい加減足がしびれてきたので、立ちあが った。  冬弥は、しびれる足をもみほぐしていた。  ずっと座っていたため固まっていた他の筋肉もついでにほぐし、大きくのびをした。  息を深く吸い、深く吐いた。 「みんなには、黙って出て来ちゃったけど、大丈夫かな?」  冬弥は皆が寝静まってから、こっそりと寝所を抜け出していた。 「多分大丈夫だと思うけど、もしも気が付いてたら、怒られるだろうなぁ」  冬弥は肩をすくめた。 (しかし…)  一つの思いがよぎる。  今まで、努めて考えまいとしたこと。 (俺がいないほうが、俺と彼女たちにとって、良いことかもな…)  それを口に出しかけて、危うくとどまった。  今の言葉を、もしも口にしてしまえば、何かとても大切なモノがが崩れ去ってしまいそ うな、そんな気がしたのだ。  冬弥の額に、冷たい汗が流れた。  運動したわけでもないのに、心臓が強く鳴っていた。  いつの間にか息が荒くなっている。  藤井冬弥は、震えそうな四肢を、膝に両手でもって支えていた。  妙なほどに胸の奥が熱い。  火が燃えているのかと思うくらいだった。  対照的に、顔色は悪く、ほとんど蒼白と言っても良いくらいである。 「ハァ…、ハッ、ハッ…!」 (駄目だな、これは…昼間…無理をしすぎたか…)  苦しいながらも、冷静に考える自分がいる。  いや、それどころか、この苦しみを歓迎する自分すらいた。  自分が苦しい思いをすることで、贖罪になると信じているのだ。  しかし、それが何の意味もないことだと分かっている自分もいる。  それらは矛盾するようで、しかし、藤井冬弥という一個人の意識である。  相反する思いを抱えている。 しかし、終始一貫して何一つ矛盾のない人間など、居は しないだろう。  冬弥は体重を支えきれず、地面に膝をついて、両手で身体を支えていた。  頬からは大量の汗がぽたぽたと流れ落ちている。 「これは、罰かな…」  それは、非科学的な考えである。  しかし、そういう考えが間違っているとは言えないはずだ。  それが単なる自己弁護の、自己正当化のための、口実に使うためのモノとしても、だ。  いい加減両腕にも、震えが来ていた。  このままだと、倒れるしかないだろう。 「ま、いいかそれも…」  冬弥は、呟いて、身体の力を抜いた―――  アスファルトの冷たい感触がくる―――はずだった。  しかし、予想していたそれは裏切られていた。 「このアスファルトは…随分と柔らかいな…」  薄れて濁った意識のまま、言ってみた。  さすがは了承学園だった。  この地面は、とても柔らかだった。  これなら、そそっかしい人間が転んでもけがはしないだろう。  呑気なことを冬弥は考えた。 「…くん」  声が聞こえた。 「しゃべる地面かぁ…凝っているなぁ…」 「冬弥…くん…」 「俺の名前を知っているとは…大した地面だなぁ…」 「冬弥君!」  頬に痛みが走った。  それが、殴られたのだと気付くのに10数秒を要していた。 (何だ…) 「冬弥君、大丈夫!」 (この声は…)  声の主を思いだしたと同時に、意識が覚醒した。 「由綺!」  冬弥は、目を開けた。  その網膜に映っているものは、数人の人影だった。  そして一番目の前にいる人間。 「由綺…か…」  かすれ声だったが、それでも充分に聞こえたようだった。 「気が付いたの!?」  冬弥は、こくりと頷いて答えた。  由綺は、それに反応してボロボロと泣きながら、 「な、何で冬弥くんがこんなところで…」  そこで、言葉に詰まったのか、何も言えなくなって、由綺はただ泣くことしかできなくなっていた。  代わりに傍らに立っていた、別に人影が口を開いて、由綺の後を継いだ。 「どうして、冬弥さんがこんなところにいらっしゃるのですか?」  弥生の冷たい口調には、明らかに非難の要素が加わっていた。 「そうよ、説明しなさいよ!」 「いったいどうしたの、冬弥くん?」 「冬弥くん…」  マナは怒りに近い剣幕で、理奈と美咲は心配そうに、はるかだけは何も言わずに無表情 をたたえていた。  冬弥を抱きかかえている由綺の涙が、自分の顔に注がれて、冬弥は少し冷たく感じた。 「ごめん…」  謝って―――実際それ以上のことなど何も出来はしないのだが。  そして冬弥は、自力で立とうと力を込めた。 少しふらついたが、しかし何とか立つこ とぐらいならば問題はなさそうであった。  冬弥はまだ泣いている由綺の肩を抱こうと、手を伸ばす、つもりだったが全身の筋肉が 硬直でもしたかのように、それが出来なかった。 「みんな…ごめん…心配かけちゃったね…」  冬弥は、皆に深く頭を下げた。  一同は、冬弥のただごとでない様子を見て、訝しく思いもしたのだろうが、この場では それ以上の追求もする気はなさそうであった。  マナなどは、何も話さない冬弥に、傍目にもとてもわかりやすい不満げな顔をしていた が、だとしても彼女も冬弥のことは大事に思っており、ことさらに彼を傷つけるような真 似はしたくなかったのだ。 「ま、許したげる」 「ありがとう、マナちゃん」 「ふん」  マナはそっぽを向いていた。 「冬弥くん…身体は何ともないの?」  真っ赤に目を腫らした由綺が、心配そうに言った。 「もう…大丈夫」 「本当に…?」 「あぁ…」  正直を言えば、まだつらい部分はあったが、このくらいは耐えなければならないだろう。  これ以上、皆に心配させたくはなかった。 「冬弥だから、大丈夫」  これまで何も言わなかったはるかが、唐突に口を開いた。 「どういう根拠なんだよ」 「冬弥だから」  しれっと言った。 「また、無茶苦茶な理由だ…」 「気にしない」  はるかは笑った。  冬弥も、この幼なじみに対してつられて笑っていた。 「さぁ、それじゃあ帰りましょうか」  理奈が髪をかき上げながら、言った。 「そうですね」  弥生が、賛同して、他の面子もそれに続いた。 「帰ったら、冬弥さんが逃げないようにみんなで一緒に寝ましょうか」 「えっ?」  かなり間抜けな顔と声で、冬弥は驚いていた。 「それ、賛成〜!」 「わたしは、冬弥くんがいいなら…」  美咲は、赤くなってうつむきながら、しかし積極的に弥生の案を賛成するようだった。 「わたしは、問題ないわ」 「冬弥くんが…いいって言ったら…」 「たまにはいいかも」  冬弥は、自分を無視して事が運ばれていくことに対し不安に思いながら、しかし、今の 自分が拒絶できるような立場でもないことは知っていて、それに第一、別にそれが嫌でも ないのだが、いまだにこの男は恥ずかしさを持ち合わせているので、そういったことには まだ軽い拒否反応があった。  一方、女の子たちは、冬弥に対しては、もはやそういった感情は薄れているようだ。 「はぁ…なんだか寂しいな…」 「冬弥くん、何か言った?」 「なんでも、無いよ…」  冬弥は胸中だけでため息をついていた。  ここは、寮までは、徒歩で20分くらいも距離らしい。  意外に遠くまで来ていたのだ。 「ところでさぁ…」  冬弥は相手を限定せずに、今湧いた疑問を話した。 「よく、俺を見つけられたね」  別にそんなに遠い場所でないにしても、随分とタイミング良く現れた彼女たちだった。  冬弥はそれに対して、不思議に思っていた。 「冬弥くん、あのね」  真っ先に答えたのは由綺だった。 「瑠璃子さんが、こっちの方だって」 「瑠璃子さん? あぁ…彼女か…」  あのどこかいい知れない深い瞳をした少女を、冬弥は脳裏に浮かべていた。 (確か…能力は…電波を使えるとか…)  随分と便利な能力だ。  冬弥には、電波が使えるという意味がよく分からなかったが、なんとなく納得はしてい た。 (ちからがあるということは、羨ましいな)  冬弥は、自分を救ってくれた少女に対し、感謝の気持ちと、同時に嫉妬を感じていた。  素直に感謝することも出来ない自分に、苛立った。 「冬弥くん…」  由綺は、何かを言おうとして、言葉を淀ませていた。 「どうかしたの?」  内心を隠して、出来るだけ笑顔を装い、話しかけた。 「何でもないの…」  由綺は、うつむいて答えたきり、口をつぐんだ。  その態度は、何かを隠していると言っているも同然だったが、冬弥もあえて追求するよ うなことはしない。  言いたくないことを、無理矢理に問いただす必要を感じなかった。  ただ、少しお互いの距離が離れたような気がして、それだけがわずかに寂しく感じた。  そんな空気が、場に沈黙をもたらして、重い雰囲気が広がった。  と、そんなときに絶妙とも言えるタイミングで、はるかはのんびりと言った。 「おなか空いた〜」  冬弥は、思わずこけそうになった。  はるかはそんな冬弥にはお構いなしに続けて言った。 「帰ったら夜食作って」 「あはは…帰ったらね、はるかちゃん」  美咲は、少し困り顔で苦笑していた。 「わたしも。おなか減った〜」  マナが言うと、ほとんどだだっ子のように見える。  理奈は呆れたような顔で、面々を見渡していた。  アイドルである彼女は、太る原因ともなる夜食とは無縁だった。  しかし、まぁ、彼女も普通の女の子には違いないわけで、 「うーん、おなか減ったなぁ」  と、誰にも聞こえないように呟いた。  それはアイドルとしての、最後のプライドだったかも知れない。  空気が、ざわついた。  生ぬるい風が全身を撫でていき、肌に粟立つような感触を覚えていた。 (なにか…おかしいな)  冬弥は、直感的に感じた。  しかし、それは彼だけが感じていたようで、女の子たちは何の変化も見せていなかった。 (気のせいか…)  だが、胸の奥の奇妙な違和感は消せなかった。  なにか、変化があった。  それは自分の内部ではない、外部からの刺激だった。 (やはり、おかしいな…)  冬弥は、遠くの闇に目を凝らしたが、何も変わった様子はない。 (俺の神経が高ぶっているのだろうか?)  きっと柳が幽霊に見える類だろう、そう自分に納得させようとしたが、皮膚に粘り着く ような気配がどうしても気にかかってしょうがなかった。  さっきとは違った意味で気が重くなった。  冬弥は、先頭に立って歩いた。  もしも、と言うときのための配慮のつもりだった。  そしてゆっくりと一同が歩いていると、 「よぉ」  いきなり進行方向から声がした。  冬弥もよく知っている人物の声だった。 「耕一さん!?」 「おう」  いつの間にそこにいたのだろうか、近づくまで全く誰も気が付かなかった。 「ちょっと、夜風にあたりたくてね」 「そうですか…」  冬弥は、安心半分、釈然としない部分が半分の心持ちであった。  冬弥と耕一の距離は5m、わずかな距離である。 「!?」  冬弥は自分の足が、動かなくなったことに気が付いた。  いや、違う。  足が、前に進むのを拒否しているのだ。 (なんだ!?)  理由が分からない。 あたかも本能がそうしているようだ。 「どうしたのですか?」  いきなり立ち止まった冬弥に、弥生は声をかけた。 「いや…ちょっと…」  どう答えるべきかなどまったく分からない。  足がすくんでいる。  まるで蛇に睨まれた蛙みたいだと思った。  嫌な汗が、背筋を流れた。 「どうしたのよ」  マナが、冬弥を追い越して前に進もうとして、 「行くな!」  鋭い声が飛んだ。  冬弥は、マナの肩をつかんで引き戻した。 「なによ!?」  抗議してきたが、冬弥の耳には届いていなかった。 (何をしている俺は…?)  自問してみるが、到底理性的な答えが返ってきそうにもなかった。 「どうしたんです、藤井くん?」  耕一が、一歩近づいて、冬弥は、一歩退いた。  耕一は笑顔のまま、いつもと何も変わらないようだった。 「冬弥、なにかおかしいよ」  はるかは、真剣な顔で冬弥に耳打ちしたが、冬弥には、自分がおかしいのか、それとも 他の何かがおかしいのか、判断はつかなかった。  だが、なんにせよ自分の直感を信じて、一つの結論を出していた。 「みんな、下がって!」  冬弥は、守るべき立場として、皆に指示をした。  誰も逆らわずに、女の子たちは冬弥の背後に隠れるように位置をとった。 「本当にどうしたんですか?」  言って、耕一は、笑った。  笑って、フッと、その笑みが消えた。  前触れもなく突如筋肉が盛り上がった。  Tシャツを引きちぎり、隆起した全身の筋肉は、耕一の容貌を変えた。  体長は2mにも達した。  体重は、ミシミシと音を立てそうなくらいの重さ。  口中に、牙が生えた。  おとぎ話に出てくる“鬼”が目の前にいる。  鬼は、燃えるような瞳で、冬弥たちを眺めやった。  圧倒的な存在感。  一撃で、捻り潰されるちからを秘めた肉体。  抗しがたい、ちからの差。  “鬼”は、歯をむき出して笑った。  それは獲物を狩る、愉しみの笑いだった。  冬弥は、ゾクリと、身の毛が逆立つのを感じた。 (まるで、俺は虫けらだ…)  冬弥は、目の前の耕一を見やった。  どうしようもない、歴然としたちからの差が見えた。  冬弥は、今ほど自分がただの一般人であることを呪ったことはなかった。 「耕一さん! 正気に戻ってください!」 「…………」  何も答えてくれない。 代わりにこちらをねめつけた。 (なんでだよ!? ちくしょう! なんで、こんな目に遭うんだ!)  叫んで、逃げ出したい衝動に駆られた。  しかし、冬弥には自分の背中に感触があった。  皆、怯え震えて、冬弥の背中にぴったりと隠れるようにいた。 「耕一さん! 耕一さん! 耕一さん!」 「…ウルサイ」  耕一の目の色が変わった。 (やばい!)  冬弥は、耕一の目前まで飛び出した。  耕一の両手に、鋭い爪が生えているのが見えた。 (AD式格闘術を…)  冬弥は今日習ったばかりの技を出した。  ごうっ!  風が吹いた気がした。  それが現実なのか、それとも錯覚なのかすら分からない。  分かっているのは、自分が今、地面に倒れていることだった。 「くっ!」  冬弥は慌てて立ちあがった。 (気を失ったのか!?)  冬弥は慄然としたが、辺りの状況が変わっていないところを見ると、それはせいぜい1, 2秒のことのようだった。  肋骨が酷く痛んだ。  あばらが折れたかも知れない。 少なくとも、ひびくらいは確実に入っているだろう。 「くっ!」  悪寒がして、とっさに身を屈めた。  ごおんという、ものすごい音がして、たった今冬弥の頭があった場所を、なにかが横殴 りに通り過ぎていった。 風圧ですら、吹き飛ばされそうな気がした。  考えるまでもなく、耕一の爪だ。  今のが直撃していれば、頭が吹き飛んでいただろう。  冬弥は後ろに跳んだ。  瞬時、上空から飛び降りてきたものが、入れ替わりで、入ってきた。  ばきぃ! と言う轟音がして、冬弥がその場所を見ると、地面が1m以上えぐれていた。  これを喰らったらと思うと、冬弥はぞっとしなかった。  耕一は、地面に食い込んだ手を抜こうとして、しばらく攻撃が止まった。  その時間を利用して、状況を確認する。 (みんなは…いた!)  さっきの場所から、一歩も動かず、いや、動けなかったのだろう。  冬弥の場所からは15mほど離れている。  幸いに、誰も怪我はしていないようだった。  自分だけが狙われたのは、不幸中の幸いだといえよう。  だが、これから、彼女たちに危害が及ばないとは限らない。  もしもそうしたとき、自分に、彼女たちを守るすべは、無い。 「みんな、逃げろぉぉぉ!!」  冬弥は絶叫して、それに、由綺たちはびくりと反応した。 「寮まで、走れぇぇぇ!!」  冬弥は、声が涸れそうなくらいに叫んだ。  同時に、額がズキンと痛んだ。  触ってみると、なま暖かい感触とぬるりとした嫌な感じがあった。  触った手のひらには、べっとりと鮮血が付いて、真っ赤になっている。  どうも横一文字に傷があるようだった。 「こんなもの、かすり傷だ!」  冬弥は唾を吐き捨てた。  由綺たちは、冬弥の声で、我を取り戻したようだった。 「冬弥くんを置いていけないよ!」  由綺は、涙顔になって叫んだ。 「頼む、逃げてくれ!」 (犠牲になるのは俺一人でいいんだ!)  家族を、巻き込めるか!  女の子たちは、冬弥を置き去りにすることを逡巡して、なかなか動こうとはしなかった。 「みなさん、行きます!」  だが、一番年長の弥生は、一番適切な判断を下していた。  自分たちが足手まといでしかないことを、理解しているのだ。  しかし、理性と感情は別物で、弥生の表情は、酷く悲しげだった。  分かっていても、冬弥一人、置いていくことが辛かった。 「冬弥くん、待ってて!」  女の子たちは震える足で、走り出した。  美咲は腰が抜けたのか、立ちあがることが出来なくて、弥生はそれを背負って走った。 「ガァッ!」  その時、耕一は、自由になっていた。  逃げようとする女の子たちに目をくれて、飛ぼうとしたとき―――  ばし。  耕一の後頭部に何かが当たった。  耕一は振り向いて、すると、また不意をつかれて今度は顔面に当たった。  命中したスニーカーは、地面を転がった。 「耕一さん…」  冬弥は、大きく深呼吸した。  そうでないと、目の前の恐怖に圧倒されそうだった。 「…俺の女たちに、手を出さないでください」  月が、この場にいる二人を照らし出した。  スポットライトが、場を演出し、開幕の鐘が鳴った。 「相手は…俺がします」  いくら格好良いセリフを吐こうと、所詮ちからの差は、象と蟻である。  闘いになど、なりはしない。 「くそうっ!」  冬弥は全力で走り出した。  わずかでも、時間を稼がなければならない。  由綺たちが逃げおおせるまでの、時間を耐えきらなければならなかった。  寮に戻れば、耕一に対抗できるちからを持った人間はいる。  そうすれば彼女たちの安全が確保できる。 (それまで、耕一さんを、俺に引きつける!)  冬弥の背後で、風を切る音がした。  冬弥は振り向きもせず、躊躇無く、身を投げ出すように跳んだ。  アスファルトを転がって、起きあがった。 (かわせたか!?)  地面にしたたかに打ちつけた肩が、ずきずきと酷く痛んだが、そんなことを気にする余 裕もなく、力の限り走った。  足をゆるめれば、その場で死が待っている。 「グオォォォ!」  耕一の、獣の叫びが轟いた。  絶対者としての威嚇の吠え声。  それは、重く、地を轟かせるほどであった。  並の人間であれば、それだけで戦意を喪失したであろう。  せいぜい、ガタガタと震えているくらいが関の山である。 「いい加減に、しろぉ!」  しかし、冬弥は負けじと怒鳴り返していた。  理不尽に狙われたという怒りもあった。 (耕一さん、いったいどうしたってんだ!) 「そんなに吠えたきゃあ、犬小屋ででも勝手に吠えてろ!」  普段の冬弥には似つかわしくない罵りが、耕一に向かって飛んだ。 (俺には…AD式格闘術がある!)  それを意識したとき、額の傷から流れ出した血が、一瞬冬弥の視界を奪い、それを急い で拭ったときには、眼前に、耕一の一撃が迫っていた。  冬弥は、とっさにちからを発動させた。  見えない壁が、耕一を遮る、はずだった。  ガシィッ!  鈍い音がした。  目の前に、火花が散った。  冬弥は横殴りに、吹き飛ばされていた。 「ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ!」  むせかえって、血の混じった唾液を吐き出した。  苦しみの中、それでも、身をよじった。  一秒も満たない時間の後、耕一が、冬弥が退いたその場所に飛び込んできた。  ずんっ、と言う重い音がして、耕一の両足がアスファルトにめり込んだ。  押し潰す気だったのだろう。 「冗談じゃ…ない…」  冬弥はふらふらで、しかし、立たなければならなかった。  寝ていれば、死をただ待つようなものである。  そして、走り出した。 由綺が逃げた方と反対側にである。 (AD式格闘術くらいじゃあ…耕一さんの攻撃を防げない!)  走りながら単純な結論を導き出した。  しかし、それがなければ、即死していたことを思うと、あながち役立たずと言うわけで もない。  だが、今はそんなことを言っている場合ではなかった。 (もう一撃でも喰らったら、死ぬ!)  “死”が、背中にあった。  普段、全く意識しない“死”と言う概念。  それが、間近に、死神の息がかかりそうなくらいの距離にある。  “ちから”が、あれば“死”をはねのけられる。  しかし、自分に、鬼のちからという、およそ最強ともいえるそれに、対抗できるちから はない。  それは、最初から分かりきっていたことだ…。  走った。  息が切れ、脇腹が酷く痛む。  全身に擦り傷と切り傷をこしらえて、汗と血が混じり合い、ベタベタとねばついた。  心臓が破裂しそうだった。  のどがカラカラに渇いた。  足の筋肉が、引きつり、休ませてくれと悲鳴を上げた。  しかし、止まらない。  止まったときが、この世での最後だと分かっているから。  だから限界を超えて走り続けた。  時折、耕一の攻撃が迫って、深い切り傷を作ったが、それは致命傷には達しなかった。  気が付くと、左手の肘から下が動かなかった。  いつの間にか折れていたようだった。  服はもう完全にボロボロで、至る所に赤い染みを作って、元の色が何色か分からなくなりつつあった。  意識も次第に朦朧としていく。  現実が、把握できなくなっていく。 (由綺たちは…大丈夫なのかなぁ?)  自分に耕一がかかっている限り、大丈夫だろう。 (でも俺は…どうしてこんなところを走っているのだろう?) ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※  愛しているひとたちを、守るためのちからが欲しかったんだ。  無力な自分が許せなかった。  ちからが欲しかった。  ちからを持っていない自分が、とても格好悪く思えた。  好きな人の前で、格好悪いのはいやだった。  ちからを持っている人たちが、羨ましかった。  俺には何もなかったから。  ずっと、それに引け目を感じていた。  自分がとてもつまらない男ではないのかと、悩んだ。  好きな人を守れない男なんか、最低だと思った。  俺は、ちからが欲しかったんだ。  大好きなひとたちを守れる、ちから。  自分に誇りを持てる、ちから。  でも、本当は、俺が格好悪いなんて、我慢できたことなんだ。  それは、俺だから。  隠してもしょうがない俺なのだから。  本当は、別に理由があるんだ。  由綺たちに、自分の恋人がこんな弱いやつだなんて、そんな風に言われることを、俺は 恐れていたんだ。  俺が馬鹿にされることなんて、どうだっていい。  俺が強くなりたかったのは、強くなることによって、由綺たちが誇れるような男になり たかった。  それだけ、だったんだ。  けれど、そんなことはもうどうだって良いんだ。  俺は、どれだけ格好悪くたって、どれだけ不様でもいい。  命を懸けたってかまいやしない。  みんなを守る。  ちからなんか無くたって、守る手段はいくらだってあるはずなんだ。  みんなのためになら、俺は喜んで盾になろう。  みんなのためになら、俺はどんな卑怯者にでもなろう。  みんなが笑ってくれるなら、俺は全てを犠牲にしよう。  それが、俺の望みなんだ。  だから、俺にちからなんていらないんだ! ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※  心の中の、糸が切れた気がした。 (夢…を見ていたのか?)  一瞬、自分の意識が途切れたことを訝しく思った。 (あぁ…、そうか…夢を見ていたのか…)  冬弥は、ガクリと膝から倒れ込んだ。  耐えようとしても、もはや甲斐なかった。  地面に、したたかに頭を打ったが、それほどの痛みは感じなかった。  ただ、出血はさらに酷くなったようだ。  冬弥は横になって、自分を追いかけているはずの耕一を捜した。  辺りは、街灯と月明かりで暗さはないため、すぐに見つかった。  鬼の姿が、金色の光で輝いていた。 (あぁ、綺麗だな…)  もう、死の恐怖はなかった。  黄金色の鬼を、恐れすらしなかった。 (耕一さん…ちゃんと元の姿に戻れるのかな?)  冬弥は、耕一の身を案じていた。 (耕一さんは…鬼のちからの制御が出来る…って…言っていたよな…じゃあ…どうしてい ま…鬼の姿で…俺を追っているんだろう?)  耕一は、ゆっくりと、もはや動けなくなった冬弥に近づいていく。 (まぁ…なにか…間違いでも起こったんだろう…。 …変なものでも食べたのかな…?)  冬弥は、自分の考えに苦笑しそうになったが、顔の筋肉はこわばっていて、ほとんど動 かなかったために、表情は変わらなかった。  逃げなければ、死ぬ。  分かっていても、もう体は動かない。  イモムシのようにはいずり回るのが精一杯で、それすらも、苦しかった。 (俺は…死にたく…ないな…)  出来るなら、また、女の子の胸の中で眠りたい。 (無理…かな?)  月を背にして、影を浮かび上がらせた耕一が、目の前に立っている。  冬弥は、微笑すら浮かべながら、 「俺…みんなを守れたよな…?」  呟きながら、意識がブラックアウトした。  目が覚めたとき、そこは天国だった。  真っ白な、世界が広がっていた。  純白な無垢の、一切のつらさもない世界――― 「…もしかして…ここが天国ですか?」 「違うわよ」  こんっ、と、額を小突かれた。 「えっ!?」  視力が戻って―――世界に色彩が戻り―――それと同時に全身に痛みが走った――― 「いててっ!」 「はいはい、あまり動かない。 傷はふさがっているけど、筋肉はボロボロに疲労してい るのよ」  室内の灯りが眩しく、細めになりながら、話しかけてくる声の主の姿を確認した。 「メイフィアさん…?」 「そうよ」  メイフィアは答えてから、タバコをふかした。 「まったく、まだ夜も明けていないって言うのに、ボロボロの患者が一名運ばれてきて、 今やっと治療が終わったとこよ。 おかげでこっちは睡眠不足だわ」 「すみません…」 「謝らなくてもいいわよ、これがあたしの仕事なんだし」 「すみません…迷惑をかけてしまったみたいで…」  冬弥は起きあがれずに、横になったままで言った。 「はぁ…」  メイフィアはため息をつき、 「創傷、擦過傷、多すぎて不明。 打撲傷、数十箇所。 全身十数ヶ所の骨にヒビ。左肘 脱臼。 ついでに言うと、脱水症状もおこしかけていたわ」  棒読みで、列挙した。 「はぁ…」  冬弥は、あまり実感できずに、 「なんだか俺ってすごいですねぇ…」 「そんなセリフは、生きているから言えるけど…」  メイフィアは、くわえていたタバコの火を消すと、真剣な表情になった。 「あなたが死んでいたら、女の子たちに恨まれたと思いなさいよ」 「…………」 (そういえば…みんなは…) 「みんなは、大丈夫なんですか?」 「あなたの恋人たちなら、何の心配もないわ。 少なくとも、肉体的にはね」 「なにか引っかかる言い方ですね…」 「あのねぇ…、あなたが、傷だらけの血まみれでここに運ばれてきて、あの子たちが平静 でいられると思うの!?」 「…………すみません」 「謝るのなら、相手が違うでしょ」 「…そうですね」 「でもまぁ…」  メイフィアは、新しいタバコに火をつけた。  保健室だというのに、全く気にしていないようだ。 「ちょっとは、胸を張って良いわよ」  メイフィアは、にやけるように笑った。 「なにせ、あなたはお姫様たちを危機から救ったナイトですものね」 「はぁ…?」 「あなたの行為は、はっきり言って単なる無謀で、向こう見ずで、いのち知らずで、そそ っかしいお馬鹿さんだったけど。 けれど…そういうのも含めてあなたらしくて、格好良 かったじゃないの」 「はは…」  冬弥は赤くなって、筋肉が引きつる頬で笑った。 「ま、これで死んでいたらただの阿呆だけどね」 「ひでぇなぁ…」 「それが、真実だからしょうがないわよ」  メイフィアは、しれっと言った。 「それとまぁ―――今回は運が悪かったというか…」  メイフィアは言いづらそうに語尾を濁した。 「耕一さんのこと、ですか?」 「うん、まぁ…そうなんだけど」 「出来たら、耕一さんが暴走した理由を、教えてもらえませんか?」 「うーん、まぁねぇ…」 「無理ですか?」 「いや、そんなことは無いんだけどねぇ…」 「じゃあ、教えてください。 俺には訊く権利くらいあるでしょう」 「確かにそうだけどねぇ…」 「教えてください」 「仕方ないわね…一つ先に言って置くけど…すっごーくくだらない理由だし、それによっ てあなたが怒りそうで、あたし心配なんだけど、それでも本当に聞きたい?」 「もちろんです」  冬弥の決意が変わりそうにないことを見て取ったメイフィアは、渋々と話し出した。  メイフィアの説明をかいつまんで言うと、こうなる。 『柏木千鶴の料理がおいしかった、だから、耕一が鬼のちからを暴走した』 「………………えーっと、なんだかジョークみたいな話ですね」  冬弥はいつの間にか起きあがることが出来て、どういう表情をすればいいのか分からな くてとりあえず苦笑しつつ、言った。 「たちの悪いジョークよ」 「まぁ、良かったですよ」 「何が?」 「耕一さんが暴走したのは、そういうハプニングのせいだって、ことですよ」  冬弥は、微笑んでいた。 「もしかして、耕一さんがちからの制御が出来なくなったのかと心配しましたよ」 「あなた…」 「はい?」 「底抜けにお人好しよねぇ…それともやっぱりどこかアホなのかしら…」  メイフィアは脱力したように、肩を落とした。 「失礼なことをはっきり言いますね…」 「それはともかく、まぁ、耕一くんも、ぎりぎりのところで正気を取り戻したし。 あな たも何とか生きて帰れたし」  メイフィアは3本目を喫い始めた。  冬弥はその動作を見ながら、メイフィアに話しかけた。 「今回の耕一さんの暴走、どれくらいの人たちが知っているんですか?」  メイフィアは質問に、質問を持って返した。 「そんなこと、訊いてどうするの?」  冬弥の意図をつかめないメイフィアは、怪訝な顔をした。 「とにかく、教えてください」 「わかったわよ、教えてあげる」  メイフィアは、肩をすくめた。 「今回の事件を知っている人間は、あなたとあなたの恋人たち。 そして、耕一くん、柏 木千鶴さん、柏木楓ちゃんがいるわ。 それと、もちろんあたしがいて、理事長、校長、 教頭には、あたしの義務として報告したわ」 「それだけ、ですか?」 「そうよ」 「すみません、一つお願いがあるんですけど…」  冬弥の頼みは――― “今回の事件は、関係者以外には伏せておいて欲しい”  と、言うことだった。 「だって、耕一さんが俺に怪我をさせたなんてこと、みんなに知られたくないじゃないで すか」 「それは、耕一くんを思ってのことかしら? それとも、あなたが知られたくないだけな のかしらね?」 「たぶん両方ですよ」 「ま、わかったわ。 その旨、伝えて置くわ」 「ありがとうございます―――」 「ただし、あなたの女の子たちには、自分で伝えなさいよ」 「はい」  冬弥はメイフィアの魔法によって、どうにか歩くことくらいには支障がないくらいに回 復していた。  これならば、もう問題ないくらいである。  冬弥は、メイフィアに礼を言って保健室を出ていき、女の子たちが待っているだろう部 屋へと帰っていった。  もうじき夜が明けるだろう。  窓から見える空はわずかに白み始めていた。  空は晴れていて、多分朝日が綺麗に見えるだろう。  冬弥は静かな世界を歩いて、愛する者たちのところに急いだ―――  帰る途中に、柏木耕一と千鶴が待っていた。  二人して、土下座でもせんばかりに謝罪したが、冬弥は一言も責める気など無かった。 「事故だったんですよ、忘れましょう」  冬弥は微笑のまま、手を差し出した――― 「生きてて、良かったね」  玄関で冬弥を出迎えた第一声が、それだった。  はるかは、何事もなさそうな顔で、しかし、目を真っ赤に充血させていた。 「ただいま」 「お帰り、冬弥」  はるかの声は、あくまでも平静だったが、しかし行動として、ぎゅっと、冬弥を抱きし めていた。 「心配した…、心配したよ…」 「ごめんな…」 「許してあげるよ、ずっとこうしていてくれたらね…」  二人、強く抱き合った。  すると、冬弥の声が聞こえたのか。  奥から由綺たちが姿を現した。 「冬弥くん!?」  真っ先に由綺が、冬弥に飛びつくように抱きついた。  冬弥たちは、その勢いを支えきれず、転がった。 「いてて…」 「冬弥くん…冬弥くん…冬弥くん…」  冬弥の目の前に、涙を一杯にためた由綺の顔があった。  由綺は、冬弥の名前を何度も何度も繰り返して、 「良かった…良かったよ…うぅ…ぅぅぅぅぅぅぅ」  後は言葉にならず、嗚咽と変わった。  由綺は子どもみたいに泣きじゃくった。  冬弥は由綺の黒髪を撫でて、その濡れた唇に口づけた。 「あ、ずるい」  はるかも、求めてきて、冬弥はそれに応じた―――  冬弥、そして由綺たちは、朝が来るまで熱心に愛し合ったという。  今日は、きっと寝不足に悩まされるだろう。 ―――(終わり)――― あとがき  いくつか、言い訳しておきます。  一つ、今回、耕一には汚れ役になって貰いました。 これは、“ちからの象徴”として“鬼のちから”を使いたかったからなのです。 けっして、耕一が嫌いだからと言う理由ではありません。 それに付随して、千鶴さんの料理なども出てきていますが、これも、 耕一を暴走させるための口実であれば何でも良くて、自分が思いついたのが、 これだったというだけのことです。  二つ、冬弥のちからに関しての解釈は、あくまでも僕が思うというだけのことです、 冬弥ならば、こうだろう、 と、僕が解釈したにすぎません。 これを間違っていると思う方は、是非、正してやってください。  三つ、多分、設定での矛盾や、メイフィアのセリフ回しのおかしいところがきっとある と思います。 なるべく調べながら書きましたが、そのあたりの間違いはすみません。先 に謝っておきます。  ところで、“メイフィア”の“ィ”が“ェ”になっていることが良くありますが、 一応これは、“ィ”が正しいはずです。  四つ、果たして了承学園初参加で、こういうお話は許されるのでしょうか?  以上、後書きと言う名の言い訳、終わり。
 ☆ コメント ☆ 浩之 :「冬弥さん、どうやら吹っ切れたみたいだな」(^^) 綾香 :「そうね」 浩之 :「一時はどうなることかと思ったけど……でもまあ、これで一安心ってとこか」d(^-^) セリオ:「はい。わたしもそう思います。      ですが、ひとつ疑問があります。      結局、冬弥さんは『力などいらない』という結論に達したわけですが……      それって、正しかったのでしょうか?」 浩之 :「うーん、そうだなぁ。      正しかったかどうかは分からねーけど、だけど、俺は冬弥さんの考えを支持するぜ。      確かに、『力』が無いよりはあった方がいいだろう。      でも、だからといって、無理に求める必要はないんじゃねーかと思うんだ。      『らしさ』を失ってまで、な。      特にさ、それが取って付けたような訳の分からねー代物だったら尚更だぜ。      もちろん、自分を高める為の努力は怠ってはいけねーだろうけどさ」 セリオ:「そう、ですね」 浩之 :「ああ」 綾香 :「……………………」 浩之 :「? どした?」 綾香 :「浩之ってさ、たまーに格好いいことを言うよね。      普段はバカばっかり言ってるくせに」(^^) 浩之 :「ほっとけ」(−−; セリオ:「でも、事実ですよ」(^^) 浩之 :「…………」(−−;;; 綾香 :「ホント、たま〜〜〜に格好いいのよねぇ。      バカでおマヌケでスケベで性欲魔人のくせに」(^〜^) セリオ:「うんうん。その通りですね」(^〜^) 浩之 :「……お、お前らなぁ……随分と言いたい事を言ってくれるじゃねーか」(−−メ 綾香 :「怒らない怒らない。あたしたちは、そんな浩之が大好きなんだから」(*^^*) セリオ:「そうですよ」(*^^*) 浩之 :「…………はぁ…………ったく、しょーがねーなぁ」(^ ^; 綾香 :「えへへ」(*^^*) セリオ:「うふふ」(*^^*) 浩之 :「それにしても、たまにはシリアスな雰囲気のままで終わらせたかったけど……      結局はこうなるのな」(^ ^; 綾香 :「それは仕方ないわよ。だって、『コメント』だもん」(^^) セリオ:「そうそう」(^^) 浩之 :「…………そ、そういうもんなのか?      でも、妙に説得力があるのは何故だろう?」(^ ^; 綾香 :「『コメント』だからよ」(^^) セリオ:「そうそう」(^^) 浩之 :「……………………」(^ ^;;;



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