相当にハデな音が校舎から聞こえる。  ……それだけではなく、とても強いエネルギーが、直に彼へと流れ込んでいた。  彼は無言でその場に立っている。  そして、こう呟いた。 「僕の二の舞に……ならないといいが……」  私立了承学園   4日目昼休み 雫編  この日、彼は日が高く昇ってから了承学園へやって来た。 「ム……月島拓也カ」 「ああ。こんにちは」  もうラルヴァとも顔なじみになっている。 「入ルノカ?」 「ああ。いいかな?」 「構ワナイ。部外者デハナイカラナ」 「じゃあ、失礼する」  かといって、寝坊したわけではない。昨日了承学園を去り自分の家で寝た彼は、早朝に 起きると自分の思い出の場所を次々と巡った。その場ごとに、自分が何をしたかを思い出 してきた。  ……そして気持ちの整理を付けると、ここへ戻ってきたのだ。 「なんだかんだ言っても、結局ここが好きなのか……」  1人呟いては苦笑する。ここは……太田さんが……藍原さんが……新城さんが……長瀬 くんが……そして瑠璃子がいる。 「教師か……」  ここへ来たのは、そのことを考えるためだ。水瀬さんが誘ってくれた「教師」という職 業について。自分に務まる職業なのか……それが焦点だ。  あまりに多くの人を傷つけた僕に、教師などという……人を導く職業に就く資格がある のだろうか。拓也は了承学園の教師陣の顔ぶれを知らなかったので、いちいちそんなこと を考えていたのだった。  結局は、そこに尽きる。自分のような汚れた人間が、人を導くなどという職業に就いて いいのか……  拓也は感度をできるだけ上げて、電波を感じない場所を通ってきた。そのため、昼休み にも関わらず彼は誰にも会わなかった。 「失礼します」 「ようこそ」  了承学園8F理事長室には、当然ながら秋子がいた。 「何か?」 「ええ……教師の話ですが……」 「引き受けて頂けるのでしょうか?」 「……いいえ。まだそのつもりはありません」 「……そうですか……」 「ですが……生徒としてなら」 「えっ!?」 「生徒として、この学園で学びたいという考えはあります。どちらかというと、その方が 考えとして強いですね」 「……理由をお窺いしてよろしいですか?」 「僕にはやはり教師は務まりません。私欲で人を弄んだ上、今でも自分が何をすべきかう まく掴んでいませんから」 「いえ、そんなこと……」 「僕はまだ学ぶべき事が多い……だから、ここで学びたいと思っています。幸い、ここに は知り合いもいますしね」 「知り合い……?」  川名さんのことを出そうか……しかし拓也はそれを止めた。  ……あれは電波を悪用して手に入れた情報だ。知っているはずのないことなのだ。 「ここで学んだこともあるんですよ……ここの生徒から」 「……」 「もし、あなたが僕を弾劾するのであれば……僕を生徒としてここに迎えて下さい」 「……」 「僕はまだ、導かれ裁かれる立場にあります。この学園の生徒を導く立場には到底及ばな い。できることなら、この学園の人たちと共に……もう一度、思い出したい。純粋に人と 生きて、瑠璃子を愛して……今よりずっと純粋に生きていた頃を。教師になるのは、それ からでも遅くないと思います」 「……考えておきましょう……」 「……失礼します」  秋子の声を聞くと、すぐに拓也は教室を出ていった。 「……確かに、多夫多妻制にも関わらず、まだ多夫のクラスはありませんからね……考え る価値は……」  秋子は小さく呟いていた。 「ねえ、長瀬ちゃん」  突然瑠璃子が祐介を呼んだ。しかしそれを予測していたかのように、祐介は頷くだけで 振り返らない。 「長瀬ちゃんにも、届いてる?」 「うん……」  電波を捜している間は、自分の電波を発射してそれを受ける形を取る。いわば超音波で 付近の様子を調べているイルカやコウモリのような状態だ。従って、発信された電波を受 信できる人がいれば、その人の存在が知れてしまう。 「……月島さん、来てたんだ……」 「どうする?」 「あの感じ……人を避けてる感じがする。今は止めておこうよ」 「そうだね……まるで、誰もいない方を目指してるみたい……」  そこで会話は途絶えた。 「2人とも、どうしたのー?」  そうだった、僕たちは5人で学食へ行く途中だった。祐介はようやく状況を思い出すこ とができた。 「!」  戻ってきた沙織は、慌てて身を固くする。祐介と瑠璃子の雰囲気から、何をしているの か理解したためだ。さすがに拓也の存在にまでは気づけなかったが。 「どうしたんですか、新城さん?」 「どうしたの?」  瑞穂と香奈子も戻ってくる。祐介と瑠璃子は一瞬顔を見合わせると、 「何でもないよ」 「ちょっと電波を感じただけ。あの感じ、多分川名さんだよ」  誤魔化すことにした。 「ふ〜ん……じゃ、早く学食行こ?」 「そうだね」  こうして、5人は再び仲良く学食へ向かう。  道中、2人はそっと電波を発した。 『月島さん。過去を認めて、未来に二の舞を踏まないことだけが、あなたのすべきことで すよ』 『お兄ちゃん、待ってるから。私達みんな、嫌いじゃないから……返事は、しないでね』  拓也はそのまま、学校を出ることにした。  ここに留まっていると……また余計なことを考えてしまう。僕はまだ、この場にいるべ きじゃないのだ……そう考えながら、電波を感じない方角を慎重に選んで進む。  途中で祐介と瑠璃子が発した電波を感じたが……瑠璃子の言うとおり、答えないことに した。まだ、僕は彼らと話をする資格がないと感じたからでもあった。  人のいない方角を探った甲斐あって、やはり誰にも会わずに校門へ辿り着けた。 「モウ帰ルノカ?」 「ああ……今日は大した用じゃないんだ。それじゃあね」  その時、拓也が奇妙な感覚を捉えた。慌ててその方角に目を向ける。 「ン? アノ教室ハ……藤井家クラスカ?」 「……藤井冬弥か……」  相当にハデな音が校舎から聞こえる。  ……それだけではなく、とても強いエネルギーが、直に彼へと流れ込んでいた。  彼は無言でその場に立っている。  そして、こう呟いた。 「僕の二の舞に……ならないといいが……」  了承学園を去りながら、拓也は少しだけ考えた。  僕の二の舞を踏ませないこと……教師として働くなら、それが第一の仕事になるのだろ う、と。  ……しかし、まだ教師なんか務まる柄じゃない、との思いは消えない。水瀬さんに言っ たとおり、僕としては生徒として入学する方が望ましい…… 「いや、それさえおごりかもな……」  フィールドの外へ出る直前の拓也の呟きを、ラルヴァは耳にした。  後書き  雫サイドという割に、完全に拓也に偏ってしまいました(--;  書きたいことは全て作中で書きました。拓也も柳川同様かなり浄化されて書かれていま すが、これは私なりの救済法です。  残るはかおり……しかし彼女を救済するのはかなり難しいような……?  さて、拓也ですが、いつ了承学園に出しましょうか。それとも、やはり入学は止めまし ょうか。やはり入学しない、教師として入学する、生徒として入学する、の3つの選択肢 を残ったままにしています。私としては作中秋子が言っていたように、了承唯一の多夫ク ラスを作るために生徒として入学して欲しいですね。折角「多夫多妻制」という形で法律 が制定されているのですから。  それでは、失礼します。                                    竜山
綾香 :「多夫にしたいって気持ちは分かるけどねぇ。      でも、月島さんの長瀬家入りは無理よ」 セリオ:「なんでです?」 綾香 :「夫婦っていうのはね、お互いが愛し合っているものなの」 セリオ:「…………必ずしもそうとは……」 綾香 :「余計な茶々は入れないように」(^^メ セリオ:「はい」(;;) 綾香 :「えっと、話を戻すけど……月島さんは、その条件をクリアしていないのよ。      例えば、沙織。彼女は、月島さんに決して良い印象を抱いていないはずよ。      当たり前よね。不条理な理由で殺されかけてるんですもの」 セリオ:「た、確かに」 綾香 :「それに、沙織はどう見ても祐介一筋よね。      そんな彼女が、他の男性を愛する事が出来るかしら?」 セリオ:「まず、不可能だと思います」 綾香 :「月島さんにしてもそうよ。      彼が、沙織に対して愛情を抱いているとは考えにくいわ」 セリオ:「そうですね」 綾香 :「そんな、愛し合ってもいない男女を夫婦にしようとするのは……やっぱり、ねぇ」 セリオ:「かなり、無理が感じられますね」 綾香 :「うん。だから、月島さんの長瀬家入りはあり得ない。あってはいけないと思うの」 セリオ:「なるほど」 綾香 :「とは言っても、他の家族の事だからねぇ。      あたしに決定権があるわけじゃないし」 セリオ:「決めるのは、あくまでも祐介さんたちですからね」 綾香 :「そういうこと」 セリオ:「では、今後の動向に注目、といったところですね」 綾香 :「うん」



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