連載小説 私立了承学園
第参百六拾七話 五日目 3時限目(Heart to Heartサイド)

 あははー、随分と長くなっちゃいましたー。

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 3時限目――

 自分達の教室で、さくらとあかねは、
一言も口を聞かず、ただジッと俯いて座っていた。

 先程の時間、エリアの件であんな事があったのだ。
 とても、いつも通りではいられない。

 現に、本来なら二人の側にいるべきである誠は、行き先も告げずに教室を出て行き、
フランソワーズも教師としての業務がある為、席を外している。

 そして、当然の如く、エリアもいない。
 ……いられるわけがない。

 もはや、このクラスは、とても普段のような授業が出来る状態ではなかった。

 キーンコーンカーンコーン……

 しかし、それでもチャイムは鳴る。
 ……授業は始まってしまう。

 ――ガラッ

 そして、この時間担当の教師がやって来た。



「さくらさん、あかねさん、おはようございます♪」
「あんた達、な〜にを辛気臭い顔してるのよ?」



 ……それは、あまりにも意外な人物の登場であった。




















 さて、その頃――

「…………」

 誠は一人、屋上で寝転がり、ぼんやりと空を眺めていた。

 2時限目の授業が終わり、休憩時間になってすぐに、
誠はここにやって来たのだ。

 誠がここに来た理由――

 それは、一人になりたかったから。
 今の誠には、一人でゆっくりと考える時間が必要なのだ。

「…………」

 誠は、空を見上げたまま、
先程の時間に自分が言った言葉を思い出す。



『……なら、今のところ……俺も、拒否だな』

『さくらとあかねの言うとおり、まだ覚悟が足りてないぜ……エリア』

『さくらやあかねに拒否されても、それでも……って言うんだったら、俺も考えた。
けどこの程度で引き下がるんだったら……まだ、俺は認めない』

『もし、その覚悟ができたら……また言いに来いよ』

『俺は、待ってるから。さくらもあかねも、覚悟ができたなら認めるさ……ダメなのは今だけだ』

『……勘違いしないで下さい。俺はエリアを永遠にふったわけじゃない。
おごりかも知れないけど……エリアがもっとその想いを強くして、
さくらとあかねを越えて俺を振り向かせられるくらいになったら……俺も考えます』




「……偉くなったモンだな、俺も」
 と、自分自身を皮肉る誠。
「テメェに、あんな事を言う資格があんのかよ?」
 そして、自分に向かってそう呟くと、誠はゴロリと寝返りを打った。

 誠が考えなければいけない事――
 誠が悩み苦しんでいる事――

 それは、もちろんエリアの事だ。

 いや、それだけではない。
 考えなければならないことは、それ以外にもある。

 さくらの事、あかねの事、フランソワーズの事……、

 そして……自分自身の事。



 ――覚悟が足りない。



 と、誠を慕うエリアに、さくらとあかねはそう言った。
 そして、自分もまた、それに同意した。

 ……それは何故か?

 何故、さくらとあかねは、エリアに対して、あんな事を言ったのか?
 そして、何故、自分はそれに同意したのか?

 さくらとあかねに関しては簡単だ。

 二人は言っていた。


『まーくんを想うんだったら、わたしたちを敵に回す覚悟がいるんです』


 ……と。

 しかし、これは言葉通りの意味ではない。
 さくらとあかねが、エリアと敵対する事など望んでいるわけがない。

 さくらとあかねは、エリアを試したのだ。
 エリアの、誠を想う気持ちの強さを試したのだ。

 そして、そうすることで、エリアに伝えたかったのだ。

 誠の為ならば、自分達と敵対することさえ厭わない――
 自分達から、誠を奪い取ってみせる――

 それ程の覚悟、それ程の強い想いがなければ、自分達と同じにはなれない、と。
 誠に、自分達と同じように見てはもらえない、と。

 何故なら、自分達とエリアには、あまりにも大きな差があるから。

 積み重ねてきた時間も、思い出も……
 どうしても埋める事などできない、あまりにも大きな差が……、

 その差を乗り越えることができるのは、もう、想いしか無い。
 誠への、強い強い、誰にも負けないくらい強い想いしか無い。

 そして、それぐらい強い想いを持っていなければ、
誠と一緒になることを認める事はできない。

 さくらとあかねは、エリアにそう言いたかったのだ。
 エリアに、その事を教えたかったのだ。

 そして、示して欲しかったのだ。
 自分達が認めることが出来る程の強い想いを……、

 それは、乱暴な方法だったかもしれない。
 エリアを傷付けてしまうことになるかもしれない。



 それでも……、



「……あいつらは、敢えてエリアを突き放した」

 そう呟き、誠は左腕の腕時計を見つめる。
 そして、それを外すと、力一杯握り締めた。

 そして……、

「……それなのに、俺は何をした? あの時、俺はエリアに何て言ったんだ?
よくもまあ、あんな自惚れた言葉が吐けたもんだな?
俺に……俺みたいな男に、あんな事を言う資格なんかねーよ。
俺みたいな男が、エリアみたいないい子に好かれる資格なんかねーよ」

 そう自分を罵り、誠は下唇を噛み締める。

 あの時、誠は言った。

 『さくらとあかねを越えて俺を振り向かせられるくらいになったら……俺も考えます』

 ……と。

 あの場合、仕方なかった事とはいえ、
自分はなんて言葉をエリアに対して言ってしまったのだろう。

 なんて奢り高ぶった言葉であったことか……、
 なんて高慢な言葉であったことか……、

 誠は、それを悔やんでいた。
 そして、そんな言葉を吐いた自分を嫌悪した。

 エリアの気持ちに気付いてやれなかった。
 エリアの気持ちに答えようともしなかった。

 そんな自分が、エリアに好かれる資格なんて……無い。

 だが、エリアは、そんな自分を慕ってくれている。
 しかも、さくらとあかねのことを認めた上で……、

「………俺は、どうしたらいい?」

 再び寝返りを打ち、誠は空を見上げる。
 青く、深く、無限に広がる空をジッと見つめる。

 まるで、その遥か向こうにあるかもしれない答えを求めるかのように……、

 誠は、考えなければならない。
 自分の答えを見つけなければならない。

 ――エリアの気持ちを知った。
 ――さくらとあかねは答えを出した。

 あとは……自分だけ。

 これから出す自分の答えが、全ての鍵を握っているのだ。

 ……誠は考える。

 どうすれば、さくらを傷付けずに済むのだろう?
 どうすれば、あかねは喜んでくれるのだろう?
 どうすれば、フランソワーズは自分を認めてくれるのだろう?
 どうすれば、エリアを哀しませずに済むのだろう?

 そして……、

「俺は……エリアのことをどう想っているんだ?」



 答えは……まだ出ない。















 同時刻――

 誠、さくら、あかねから拒絶され、逃げるように教室を出たエリアだったが、
実は、意外とすぐ近く、誠達の教室のすぐ隣りの教室にいた。

 即ち……『まーくんの間』である。

 自然と足がここへ向かったのだ。
 もう、自分のいられる場所はここしかないような気がしたから……、

 いや、もしかしたら、ここも自分のいて良い場所ではないのかもしれない。
 何故なら、ここは誠を想う者だけが入る事を許された聖域なのだから。

 それが分かっていながら、エリアはここに足を運んだ。
 ここに来て、もう一度、誠への想いを見つめなおしてみたかった。

 しかし……、

「私には、誠さんを愛する資格なんか無いのでしょうか?」

 エリアの思考は、悪い方へ悪い方へと向かっていく。

 教室の片隅で膝を抱え、座り込むエリア。
 その手には、一体の『まーくんぬいぐるみ』があり、エリアはそれをジッと見つめていた。

 このぬいぐるみは、自分で作ったものだ。
 さくらとあかねの誠を想う心に、少しでも近付こうと思って作ったのである。

 しかし、今更こんな物を作っても、追いつけるわけがない。
 さくらとあかねに、自分が敵うわけがない。

 さくらとあかねの想いの強さ、愛情の深さ……、
 それは、目の前にあるこの無数のまーくんぬいぐるみを見ただけでも分かるのだ。

「……そうですよね? 
私なんかが、さくらさんとあかねさんに……敵うわけがありませんよね?」

 と、エリアの瞳から、大粒の涙がこぼれる。
 その涙が、エリアの手にあるまーくんぬいぐるみを濡らす。

 ――その時だった。

「そんなことは、絶対にねーと思うぜ」
「……え?」
 突然、側で聞こえた耳慣れない声に、戸惑うエリア。
 キョロキョロと周囲を見回すが、当然、誰もいない。
「おーい、こっちこっち。オレだよ、オレ」
「はい?」
 すぐ目の前で同じ声がして、エリアは自分の手にあるぬいぐるみに視線を落とした。

「――っ!?」

 ……そして、絶句する。

「やっと気がついたか」
 まあ、いきなり、手の中でぬいぐみがヒョコヒョコと手を振って喋っているのを見れば、
驚くのも無理はないだろう。

 いや、それだけではない……、

「まったく、見ちゃいられないでござるよ」
「まあ、エリアさんの性格を考えれば、仕方のないことなのでしょうが……」
「この部屋で涙を流すんは堪忍してもらえへんかなぁ」
「まったくもう、どうするんだよ。ボク達のことをバラしちゃうなんて……」

 なんと、部屋中にある無数のぬいぐるみ達が動き出したのだ。

「あ、あうあうあう……」
 あまりの出来事に、エリアは口をパクパクさせる。
 そして、悲鳴を上げる瞬間に……、
「あー、取り敢えず落ち着け落ち着け」
 と、一番最初に喋ったぬいぐるみにペシペシッと頭を叩かれ、
それが何だか誠に頭を撫でられたように感じて、エリアは何とか落ち着きを取り戻した。

 よく考えれば、ここは了承学園なのだ。
 突然、ぬいぐみが動き出しても、何らおかしくはない。

「ど、どうして……」
 と、目の前でわいわいと動くぬいぐるみ達を見て、エリアは呟く。
「どうしたもこうしたもあるかよ。目の前でオレ達の作り主が泣いてるんだぜ。
黙って見ているわけにはいかねーだろが」
「しかも、それが誠殿に関することであれば尚更でござるよ」
「あの、わたしが愚考いたしますに、エリアさんが訊ねているのは、
何故、わたし達が勝手に動き出しているのか、ということではないでしょうか?」
 と、制服姿のまーくんぬいぐるみと侍姿のまーくんぬいぐみに、
白衣を着た賢そうなまーくんぬいぐみがツッコミを入れた。



 さて、ここで少し説明しよう。
 何故、ぬいぐるみ達の口調が一つ一つ違うのか。
 それは、全部がてんでバラバラな服を着ているからだ。

 野球のユニフォーム……、
 侍の様に腰に刀を刺した袴姿……、
 浪花の商人風の法被……、

 中には、怪獣の着ぐるみを着た姿のものと、その種類は様々だ。
 で、それらのまーくんぬいぐみ達は、その姿に見合った口調で喋るのである。

 というわけで、今後は『制服』『侍』『白衣』など、その服装で彼等を表記するとしよう。



 閑話休題――



「ああ、なるほど。そういうことか」
 『白衣』に指摘され、エリアの手元にある『制服』はポンッと手を叩く。
「あのさ……何でボク達がこうして喋って動けるのか、その理由を教えてあげようか?」
 全員を代表するかの様に、『野球』がエリアの前に立つ。
「それはですね、わたし達を作ってくれたさくらさん達の愛情がそれだけ深いからなんですよ」
 『白衣』の説明に、全員がうんうんと頷く。
「んで、エリアはんが作ったぬいぐるみもこーして喋って動いとるっちゅーことはや……」
「エリアちゃん……キミの誠君への愛情は、あの二人に決して引けを取らないって事なんだよ」
「だから、お主に誠殿を愛する資格が無いなどと言う事は、決して無いのでござるよ」
 『法被』と『体操服』と『侍』が優しい口調で言う。

 そんな事を楽しげに話しつつ、
ぬいぐるみ達は、ピョコピョコと飛び跳ねながら、エリアを囲んでいく。

 そして……、

「エリアちゃん、負けちゃダメだよ!」
「エリア、泣いてちゃ何も変わらないぞ!」
「エリアさんなら、大丈夫ですよ!」

 と、口々にエリアを元気付け、最後に……、

『だから、もっと自分に自信を持って頑張れっ!!』

 一斉に、声を揃えて、エリアを激励した。

「み、みなさん……?」
 ぬいぐるみ達の励ましに、呆然とするエリア。
 そんなエリアの手を、『制服』がぽんぽんっと叩く。
「悪いな……エリアの独り言、全部聞いてたんだ」

 ……そう。
 ぬいぐるみ達は、全てを聞いていたのだ。
 全てを知っていたのだ。

 そして、泣いているエリアを見て、放っておけなくなって……、

 自分達が動き、喋る事ができるという秘密を明かしてまで、
エリアを応援しようとしたのである。

「なあ、エリア……お前の想いは、決してさくらとあかねに負けてなんかいない。
それは、ここにいるオレ達全員が保証するぜ。
なんてったって、オレ達はお前達の誠への愛情の象徴なんだからな」
 と、そう言って、『制服』はエリアの手から抜け出し、床に着地する。
 そして、エリアを見上げた。
「だから、もう一度、頑張ってみな。
頑張って、誠に、そしてさくらとあかねに、自分の想いを伝えてみな」
「……私の……想いを?」
「そうだ。だから、こんなトコにいつまでも閉じこもってんじゃねーよ。
大事なのは……自分から一歩を踏み出すことだ」
 と、『制服』は力強く頷いて、ビシッと教室の出口を指差した。
「自分から……踏み出す……自分から……」
 その言葉を、エリアは何度も繰り返し呟く。

 ――自分から一歩踏み出す。

 それは以前にも、秋子に言われたことだ。

 あの時も、自分から踏み出したからこそ、誠家クラスの担任になることができた。
 誠達に近付くことができた。

 今回も、あの時と同じなのだ。
 自分から踏み出さなければ、何も変わらない、何も始まらない。

「はい……わかりました。私、もう一度、いえ、何度でも頑張ってみます!」
 『制服』の言葉に導かれるように、エリアはゆっくりと立ち上がり、手で涙を拭う。
 そして、強い意志を持った表情で顔を上げた。
 もう、その瞳に涙は無い。
「ダメですね、私って……いつも誰かに言われるまで、誰かに背中を押してもらうまで、
大切な事に気付けないのですから」
「それでもいいさ……人はそんなに強くないからな。
でも、次からはあいつらに背中をおしてもらえよ。
そして、時にはあいつらの背中を押してやれよ。
あいつらも、お前と同じなんだ……そんなに強くねーんだからさ」
「……はい」
 『制服』の言葉に頷き、エリアは教室の戸を開ける。
「それでは……いってきます」
「おう。頑張れよ」
「はい……みなさん、ありがとうございました」
 エリアはぬいぐみ達に向かってペコリと頭を下げる。
 ぬいぐるみ達は、ヒョコヒョコと手を持ってそれに応える。

 ……そして、ゆっくりと戸は閉められた。

 廊下を駆けて行くエリアの足音が、小さくなっていく。
 その音が消えるまで、ぬいぐいるみ達は手を振り続ける。

「……悪いな、みんな……つき合わせちまって」
 エリアを見送った『制服』は、そう言ってクルリと他のぬいぐるみ達に向き直る。
「まあ、仕方ないでござるよ。拙者達は一蓮托生でござる」
「そうそう。エリアちゃんの為だもんね」





「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」





「…………短い間だったけど、楽しかったな」
「そうやな」
「こうして秘密がバレちまったら……もうオレ達……」
「……良いではないですか。これで、エリアさんは幸せになれるのですから」
「そうそう。これがボク達の役目だったんだよ……きっと」
「だな。でも、これで幸せにならなかったら、承知しねーぞ、あいつら」
「がおーっ! がおーっ!」
「はははっ! そうだそうだって言ってるよ、こいつも」
「誠達なら、絶対に……大丈夫や。わいらの分も幸せになってくれるやろ」
「うん……そうだね」





「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」





「…………そろそろ。かな?」
「ああ……そろそろ、だな」
「それじゃあ、みんな、元気でな……って、これはおかしいか」
「それで良いでござるよ。また、いつか、会えるかもしれないでござる」
「そうだよ……またね、だよ」
「おう……じゃあ、またな、みんな! 元気でなっ!」










 そして……、










 ――こてん










 一斉に、ぬいぐるみ達は倒れ伏す。

 彼等が、動き出す事は……もう無いのかもしれない。

 ……そう。
 もう二度と……、

 ……でも、永遠の眠りについた彼等の表情は、皆、幸せそうであった。




















 時間は、少し遡り――
 場面は、誠家の教室へと戻る。

 チャイムが鳴ると同時に、教室へと入って来た二人の人物。
 その姿を見た瞬間、さくらとあかねは……、



「お母さぁぁぁぁぁんっ!!」
「ふみゃぁぁぁぁんっ!! お母さぁぁぁぁんっ!!」



 二人の胸に飛び込み、大声で泣いた。



「あらあら……二人とも泣き虫さんですねぇ」
「まったく、久し振りに会ったと思ったら、いきなりこれなわけ?」
 と、苦笑しながら、二人はさくらとあかね……自分達の娘をそっと抱きしめる。

 教室にやって来た二人の人物……、

 その名は『園村 はるか』と『河合 あやめ』――

 ……さくらとあかねの母親であった。

「うわぁぁぁぁぁっ!! お母さん、お母さんっ!」
「うみゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 はるかとあやめの顔を見た瞬間、
それまて張り詰めていた心のタガが外れてしまったのだろう。
 さくらとあかねは、母の胸に顔を埋め、泣き続ける。
「はいはい。いい子いい子」
「おーおー、よしよし」
 泣き続ける二人の背中を、まるで赤ん坊をあやすように撫でるはるかとあやめ。
 そして、思い切り泣いて、スッキリしたのだろう。
 しばらくしてから、さくらとあかねは落ち着きを取り戻した。
 それでも、はるかとあやめは娘を抱きしめ続ける。
 包み込むように、優しく優しく頭を撫で続ける。
「さくらさん……秋子さんやルミラさんから、話は全部聞きました」
「エリアって子の事も、そのエリアちゃんに、あなた達が何て言ったのかも、全部ね」
 二人の言葉に、さくらとあかねの体がビクッと震える。
 それはまるで、何かに怯える小動物のようであった。
「さくらさん……」
「あかね……」
 そんな娘達を安心させるかのように、はるかとあやめは二人を強く強く抱く。

「…………つらかったわね」
「本当は、エリアさんにあんな事を言いたくなかったのでしょう?」

 母の優しさとぬくもりに詰まれながら、さくらとあかねはその言葉に小さく頷く。

「本当は、エリアちゃんの気持ちを認めてあげたかったんでしょ?」
「本当は、笑顔で、エリアさんを迎えてあげたかったんですよね?」
「…………でも、怖かった」
「誠さんが、エリアさんに取られてしまうと考えると、怖くなった……そうですね?」

 母達の言葉に、さくらとあかねは何度も頷く。
 そんな娘達に、はるかとあやめはやれやれと肩を竦めると……、

「二人とも、お馬鹿さんですねぇ」
「そんなこと、絶対にあるわけないじゃない」

「「……え?」」
 さも当たり前のことのように言う母達を、さくらとあかねは見上げる。
 その二人の顔を両手で挟んで、はるかとあやめは娘の瞳をジッと見た。
「さくらさん、誠さんの事が、そんなに信用できませんか?」
「誠君があんた達を悲しませるようなことするわけないでしょ?
もっと、自分達の未来の旦那様を信用しなさい」
「信用してます……でも……」
「やっぱり、不安だよ……怖いよ……」
「大丈夫ですって。誠さんは、さくらさんとあかねさんが好き好き大好きで、
らぶらぶげっちゅーなんですから」
「そうそう。誠君にとっては、三度のメシよりあかねとさくらちゃんよ」
 と、それまでの真剣なムードから一変して、
はるかとあやめはおどけた口調で言う。
「三度のメシよりって……」
「わたし達って……その程度なんですか?」
 あやめが言った物の例えのあまりの内容に、頬を膨らませ拗ねるさくらとあかね。
 少しだけ……いつもの調子が戻りつつある。

「何言ってるのよ。誠君にとって三度のメシがどけだけ大事か、あんた達だって知ってるでしょ?」
「それはまあ、そうですけど……」
「うにゅ……そんなのと比べられても、あんまり嬉しくないよぉ」
「励ましてくれるのは良いですけど、もう少し言葉を選んで欲しいです」
 と、母に抗議する娘二人。
 どうやら、すっかり普段のペースを取り戻したようだ。
 それを見て取り、はるかとあやめは密かに微笑み合う。
 そして、ポンッと娘の背中を叩くと……、

「さて……」
「それでは行きましょうか」

 そう言って、教室の出口に向かって二人を押した。

「い、行くって……何処へです?」
「決まってるじゃない。誠君のところよ」
「さくらさんとあかねさんは答えを出しました。あとは、誠さんだけです。
みんなでそれを聞きに行きましょう」
「あの子なら、そろそろその答えを出してる頃だし、ね」

 と、半ば強引に娘達を教室から引っ張り出そうとするはるかとあやめ。
 そして、あやめの手が教室の戸に触れようとした、その時……、

 ――ガラッ

「失礼します」

 突然、教室の戸が開いて、一人の少女が入って来た。
 はるかとあやめの知らない少女だ。
「えっと、どちら様で……」
 唐突に現れた少女に、はるかはそう訊ねようとした。
 だが、言葉の途中で、少女の瞳に宿る決意の光を見て、それがエリアなのだと気付いた。
「あやめさん……」
「そうね……ここは私達は退散しましょうか」
 エリアの登場に、はるかとあやめはそう言葉を交わして頷き合う。
 そして……、

「それじゃあ、はるか達はもう帰りますから……」
「あとは、あんた達で決着つけなさいよ」

 そう言い残して、二人は教室を出ていった。

「…………」
「…………」
「…………」

 さくらとあかね、そしてエリア……、

 無言で見詰め合う三人。
 おそらく、どう話を切り出したら良いのかわからないのだろう。

 しばらくの沈黙……、

 そして、最初にそれを破ったのは……エリアだった。

「……あの、先程の方達は?」
「あたし達のお母さんだよ」
「まあっ! そうだったんてすか? 私ったら、ちゃんとしたご挨拶もせずに……」
「エリアさん、そんなことより……」
「あの……まーくんのことだけど……」
「…………そうですね。私も、それをお話に来たんです」
 と、、エリアはそっと目を閉じた。
 少し間を置いてから、決意を固め、再びゆっくりと目を開ける。

 そして、さくらとあかねを真正面から見据えた。

「私は……お二人から誠さんを奪うつもりはありません。
ですが、誠さんを想う気持ちが、お二人より劣っているとも思っていません」
 そうハッキリ言うと、エリアはニッコリと微笑む。
「ですから、私……決めました。取り敢えず、今から誠さんに告白しようと思います。
お二人がそれを認めたくないと仰るなら、全力で私を阻止してください。
もし、私を阻止する事が出来たなら、私は、誠さんの事は諦めます」
 と、二人に向かって宣戦布告をし、エリアはクルリと踵を返し、教室を出た。
 そして、途中で再び振り返り、一言付け足す。
「……もっとも、すでに誠さんの居場所を知っていて、
その上、シュインの魔法を使える私を止める事が出来るとは思いませんけど……それでは」
 そう悪戯っぽく言うと同時に、エリアの姿がパッと消える。
 どうやら、早速、シュインの魔法を使ったようだ。

「…………」
「…………」

 エリアが消え去った空間を、呆然と見つめるさくらとあかね。
 そして、我に返り、顔を見合わせ……、

「さくらちゃんっ! 行こうっ!」
「はいっ!」

 ……力強く頷き合った。

 ハッキリ言って、分が悪すぎる勝負である。
 というか、すでに負けが確定している勝負である。

 しかし、それでもさくらとあかねは急がなければならない。
 エリアからの、この勝負を放棄するわけにはいかないのだから……、

「あかねちゃん、急ぎましょう!」
「うんっ! 負けられないよっ!」

 そして、さくらとあかねは走り出す。

 エリアが誠に告白するのを阻止するために……、





 ……だが、その表情は、とても楽しそうであった。




















 そして、屋上――

 シュインの魔法でここへやって来たエリアは、すぐに誠の姿を見つけた。

「誠さ…………ん?」
 仰向けに寝転がる誠の側に駆け寄るエリア。
 そして、誠が眠っていることに気付く。
 おそらく、昨夜の夜更かしと、悩み疲れたのが原因だろう。
 誠は手足を大の字に広げて、豪快に眠っていた。
「あらあら……♪」
 そんな誠の姿を見て、エリアはクスッと微笑み、側に腰を下ろす。
 そして、何やら悪戯めいた笑みを浮かべると……、
「ふふふ……♪」
 ゆっくりと誠の頭を持ち上げて、自分の足の上にのせてしまった。
 ようするに、膝枕である。
「誠さん……」
 優しい眼差しで誠の顔を見下ろすエリア。
 そのしなやかな手が、誠の頭をそっと撫でる。
「……ん?」
 その感触に目を覚ましたのだろう。
 誠が細く目蓋を開く。
「エリア……か?」
 と、惚けた顔で、眠そうに目を擦る誠。
 どうやら、まだ少し寝惚けているようだ。
 自分がエリアに膝枕をされている事に気付いていない。
「誠様……私……」
 エリアは、いよいよ誠に自分の気持ちを告白しようと口を開く。
 だが、それよりも早く、誠が話し始めていた。
「……エリア……夢を見たよ」
 と、誠は再び目を閉じながら呟く。
「夢……ですか?」
「ああ……みんなで仲良く暮らしてるんだ。
俺と、さくらと、あかねと、フランソワーズと……そして、エリア、お前も」
「私も……?」
「ああ、お前もだ。でさ、みんな楽しそうに、幸せそうに、笑ってるんだ。
……とってもいい夢だったよ」
「そうですね……それは、良い夢ですね」
 そう……それはとても素晴らしい夢。
 エリアが望んでいる、最高の夢だ。
「そうだろ? でも、昨日までは、それは夢なんかじゃなかったんだよな」
「……そうですね」
「もう……戻れないのか? そんな事ないよな?
俺は、もう一度、あの頃に戻りたい……いや、戻してみせる」
「ま、誠……さん?」
「エリア、俺、努力するよ。俺はお前のこと好き、なんだと思う。
お前の気持ちを知って、正直、すごく戸惑った……でも、それと同時に、嬉しかったんだ。
だから、お前をもっと好きになれるように努力する。
さくらとあかねと同じくらい好きになれるように努力する。
今、見た夢が、もう一度現実になるまで……」

「――っ!!」

 誠のその言葉に、エリアの瞳から涙があふれ出る。
 それは。まさに、エリアが夢にまで見た言葉なのだから。

「だからさ……お前も頑張ってくれよ。
あの夢を実現する為に……俺と、いや、俺達と一緒に……さ」
 それだけを言って、誠は再び眠りの中へと落ちていく。
 そんな誠の頬を涙で濡らしながら……、

「はい……はい……はい……」

 ……何度も、何度も、エリアは頷く。

 そして……、





「誠さん……私も、あなたが好きです……愛しています」





 エリアは誠にゆっくりと顔を近付けて……、















「……ふふふ♪ 負けちゃいましたね」
「さくらちゃんってば、最初から勝つつもりなんて無かったクセに」
「あら、あかねちゃんだってそうじゃないですか」
「えへへ〜♪」

 屋上の出入り口のドアの影に隠れて、誠とエリアを見守るさくらとあかね。
 誠達を見つめる二人の眼差しは、どこまでも優しく、あたたかい。

「……エリアさん、幸せそうだね」
「そうですね……良かったです」

 そう微笑を交し合い、さくらとあかねは再び誠達の方へ目を向ける。
 と、そこへフランソワーズがやって来た。
「……一件落着したようですね」
「うん。でも、まだまだこれからだよ」
「そうですね。これからは負けていられません。
今まではわたしとあかねちゃんでまーくんを独占してましたけど……」
「これからは、エリアさんも一緒だからね。絶対に負けられないよ」

 ……そう。
 今、この瞬間から始まったのだ。
 さくらとあかね、そしてエリアによる『誠の愛情争奪戦』が。

「それに……」
「近いうちに、もう一人増えそうだしねぇ♪」
 そう言って、さくらとあかねは意地悪く微笑んで、フランソワーズの方を見る。
「…………はい?」
 二人にジ〜ッと見つめられ、フランソワーズは首を傾げる。
 そして、ちょっと考えて……
「――っ!!」
 二人の言葉と視線の意味に気付き、顔が真っ赤になった。
「なっ! 何を仰るんですかっ! ワ、ワタシは、あくまで皆さんのメイドであり、
誠様に対して、そのような感情は……」
「あれぇ〜? あたし達、誰もフランちゃんだなんて言ってないよぉ♪」
「そうですよ。それなのに、そんなに慌てるなんて、怪しいですねぇ♪」
 ニヤニヤと笑って、フランソワーズに詰め寄る二人。
「あうあうあうあう……さくら様もあかね様も、もうお戯れはお止めください」
「ん? ん? んん〜〜〜?」
「その慌てよう……やっぱり怪しいですねぇ♪」
「ああっ! そういえば、もう次の授業が始まる時間です。
そろそろ誠様とエリアさん……いえ、エリア様をお呼びしなければっ!!」
 と、わざとらしく話題を変えて、駆けて行くフランソワーズ。
「あーっ! 待てーっ♪」
「逃げるなぁ〜♪」
 それを追い駆けるさくらとあかね。





 そして、さくらとあかねは思う。

 ――いつまでも、この幸せが続きますように、と。




















 理事長室――

 はるかとあやめは、秋子とひかりと一緒に紅茶を啜っていた。

「はるか達は、今、あの子達に必要なのは時間なんだと思ったんです」
「そう……友達として、そして良い意味での恋敵として、お互いの絆を深める為の、ね」
「その絆が一つになった時こそ、あの子達は本当の家族になれると思います」
「何も焦る必要なんか無いのよ。ゆっくりでいいの……ゆっくりで」
 と、そう言って、はるかとあやめは同時にお茶を啜る。
「そうですね……仰るとおりだと、わたしも思います」
「さすがは秋子ね。あなたの人選に間違いは無かったわ」
 その二人の言葉に、秋子は満足げに微笑み、ひかりは感心の面持ちでうんうんと頷く。

 本来ならば、はるかとあやめがした事は
学園の責任者である秋子とひかりの役目であったのかもしれない。

 しかし、二人には自信が無かったのだ。
 はるかとあやめが成した事と同じ事をする自信が……、

 例え、同じ年頃の娘を持つ身であろうと、所詮、自分達はさくらとあかねにとっては他人である。
 本当の母親の、その包み込むような優しさと、言葉の重さに、かなうわけが無い。

 ――母親とは、かくも偉大である。

 自分達も同じ母でありつつも、秋子とひかりはそれを実感した。

「ところで、話は変わりますけど……」
 と、そう前振って、秋子は予ねてより考えていた事を、
はるかとあやめに提案してみることにした。
「お二人とも、この学園の教師になるつもりはありませんか?」
 秋子のその提案に、二人は首を横に振る。
「残念だけど、お断りさせてもらうわ。うちは本業の本屋の方があるし、それに……」
 と、そこまてせ言って、あやめははるかの頭をグイッと抱える。
「それに、この子を一人でこんなトコに来させたら、絶対何かトラブル起こすに決まってるからねぇ」
「あらあら〜。あやめさん、それはどういう意味ですか〜?」
「そのまんまの意味よっ!」
「あらあら〜。そうだったんですか〜」
「自覚が無いんかい、おのれはっ!」
「まあまあ、お二人とも仲がよろしいんですねぇ」
「まったくね」
 と、じゃれ合うはるかとあやめを微笑ましく思いつつ、
秋子とひかりは窓の外に広がる空を見上げる。

「あの子達……幸せになれるわよね、きっと」
「ええ……もちろんです」





 ――了承学園は、今日も平和であった。





<おわり>
_______________________________

<あとがき>

 ……とまあ、こんな感じになりました。
 みなさん、いかがでしょうか?

 とりあえず、これにて了承HtH『エリアの初恋物語』はひとまず完結……ですかね?
 ようするに、結果だけ言うと……

 
『将来的には気がついたら公認の仲』って事になったわけですな。(笑)

 もしかしたら、問題の先送りのように感じてしまう方もいるかもしれませんが、
ボク的には『限りなく解決に近い先送り』だと思っています。

 あと、まーくんぬいぐるみ達ですけど……、
 勝手な言い方ですが、きっと誰かが何とかしてくれると、ボクは信じています。
 だって、ここは了承学園なんです。
 あんな優しい小さな心達が、あのまま見捨てられるわけがないですからね。

 でわでわー。



 ☆ コメント ☆ 綾香 :「ま、取り敢えずは解決、かな」(^^) セリオ:「そうですね」(^^) 綾香 :「いろいろあったけど、これで誠たちの絆もさらに強くなったことだし」(^-^)v セリオ:「結果オーライ、ですね」d(^-^) 綾香 :「それにしても……やっぱり、母親の力って凄いわ」(^^) セリオ:「偉大です」(^^) 綾香 :「あの包容力。      悔しいけど、あたしたちじゃ、まだまだかなわないわね」 セリオ:「ですね。      でも、綾香さんは、包容力の代わりに立派な力を持ってるじゃないですか」(^0^) 綾香 :「『立派な力』?      なんとなーく想像できるけど、一応訊いておくわ。      なに?」(−−) セリオ:「『破壊力』!!」o(^◇^)o 綾香 :「……………………やっぱりね。そうじゃないかと思ったわ」(−−) セリオ:「あとは、『野獣並の攻撃力』も持ってますね」(^0^) 綾香 :「ふ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん。随分と素敵な力ねぇ」(−−) セリオ:「そうですねぇ。綾香さんにピッタリです」(^0^) 綾香 :「『ピッタリ』……ねぇ。      ……だったら……そのピッタリの力とやらを試してみようかな。……セリオで」(−−) セリオ:「…………へ? な、なんでわたしで試すんですか〜〜〜っ!?」(@◇@;;; 綾香 :「それはね……」(−−) セリオ:「そ、それは?」 綾香 :「じ・ご・う・じ・と・く♪」(^^メ セリオ:「なんで〜〜〜〜〜〜っ!?」(@◇@;;; 綾香 :「それじゃ、行くわよ。      レディー…………ファイト!!」(^^メ セリオ:「イヤーーーーーー!!」(;;)



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