「ふぅ……」  昼休みの喧騒の終わった学生食堂。  生徒数の増加に加え、この学校の誇る四大食欲魔神のうち二人もがこの日はこの学生 食堂を利用したとあっては、その裏で繰り広げられた地獄のような光景を想像するのは 難しくないであろう。  五限の授業は既に始まっており、流石に人気の絶えた食堂の厨房、その一角に置かれ た休憩用のパイプ椅子に座って――と言うよりもへたり込んで、動きどおしですっかり 疲労してしまった腰や肩を揉み解しつつ、空っぽのフロアを眺めながらひかりは自分を 労るように溜め息をついた。 「やっぱり……そろそろ限界よね」  現在、了承学園の学生食堂については、他の学校と違って専門の業者を入れているわ けではない。  付帯施設の飲食エリアこそ、常設で「エコーズ」「百花屋」の二店舗、また従業員が 学生である関係上、時間を区切っての営業となっている「HoneyBee」、併せて三店舗が 参入しているものの、これらは所詮喫茶店でしかなく、本格的な飲食(特に食)施設に関 しては皆無と言う些か偏った状態が続いている(他に、ダリエリの”あの”店など、や や特殊な飲食店も存在するが、これらは根本的に毛色が異なる為、数のうちには加えら れていない)。  現在、学生食堂は理事長・水瀬秋子以下、同学屈指の料理名人有志によって運営され ているが、一般科の設立や新規・中途入学者の増加に伴い、早晩それだけでは手が足り なくなる事が目に見えているのだ。 「まぁ……あまり企業任せにするのは良くないだろうけど……あの子達に任せるのであ れば、秋子も反対しないよね」  そう言って、少し疲れもとれたひかりは(周囲に誰もいないにもかかわらず)誰にも 聞こえないくらい小さな声で「よいしょ」と呟いて、椅子から立ち上がった。 「了承」  五限の担当クラスに課題を与えた後、ひかりから「食堂運営の事で相談したい」と言 われ、理事長室に戻っていた秋子は、ひかりからの提案を一通り聞き終えた後、いつも のように明朗そのものの声で賛同の意思を即答した。 「あ、良かった。まぁ、呼ぶのがあの子達だから、反対されることはないと思ってたけ ど」 「う〜ん、まぁ、私もいずれあの子達は呼ぶつもりでいたし……本当は純粋に生徒とし て来て貰いたかったんだけど」  香しい芳香を放つダージリンの入ったティカップに、ほんのひとさじ、ジャムを浮か べながら、秋子は少しだけ寂しげな表情を浮かべてそう呟いた。 「でも、結花ちゃん達にしてもお店と授業とうまくバランスを取っているのだから、大 丈夫じゃないかな??」  秋子の表情が(ほんの僅かだが)曇ったのを見て、手にしていたミルクティのカップ をソーサーに戻しつつ、ひかりは告げた。 「そうだといいんだけど……」 「じゃあ、私は次の授業の準備があるから……先方への打診はお願いね」  そう言って、ひかりは紅茶のカップを手早く片付けると席を立った。  ひかりの退出したドアをほんの数秒、眺めていた秋子だったが、「じゃあ、私もお仕 事しますか」と一言呟いて、デスクの上に置かれた電話の受話器を取り上げた。 U  時計の針が午後一一時を指した頃、普段の倍ほどの人間で溢れかえったその部屋で会 議は開始された。  いや、会議が始まったという表現は不当かもしれない。  なぜなら、会議が始まる前に、まず一本のビデオをそこにいる全員が観る事になって いたからである。 「……それでは、只今より票決を始めたいと思います」  全員が食い入るようにテレビの画面を見つめる中、画面の中では眉間に皺をよせて、 しかつめらしい表情で手元の原稿を読み上げる衆院議長の姿がクローズアップされてい た。 「……それでは、本案に対し、賛成の議員諸氏のご起立をお願い致します」  画面の中央では、議事の進行を進める衆院議長が、手元の原稿を読み上げ、表決の為 に法案に賛成の議員を起立を求めた。  同時に、カメラが引かれ、巨大な議会の全景に映像が切り替わると、その中でどよめ きと共に主に連立与党の若手議員を中心として賛成派議員がどっと起立する光景が映し 出された。 「……賛成、……反対、……以上の通り、賛成多数につき……」  集計が纏められ、その結果が議長の下に届けられる。 「……賛成、多数につき……本案は可決されました」  議長席の斜め上に取りつけられた、電光掲示板に議長が読み上げた集計結果が捧持さ れる。  反対にほぼ倍する票を集めて、賛成派が勝利を収めたことが解るや、党や会派を越え、 期せずして「万歳」の大合唱が賛成派議員の間から沸き起こった。  民法七三二条――重婚の禁止を定めた条文の撤廃と、七三一条及び七三三〜七三八条 の婚姻に纏わる諸条文の部分改定が、この瞬間、決まったのだ。 「信じられん……マジかよ……」  スイッチが切られ、単なる黒い平板な板と化したブラウン管を凝視しつつ、額に赤い バンダナを撒いた少年が弱々しく呻いた。 「信じられんだろうが、事実だ」  上座に座った、年の頃は五〇代半ばくらいであろう、堂々たる体躯の初老の男性が言 った。 「質の悪い冗談だと思ってたけど……本当なのね」  半ば呆れたように呟いたのは、栗色の長い髪の少女。 「それで……前田君はどうするんだい??」  どことなくとぼけた雰囲気の、二〇代半ばの男性が前田君と呼ばれたバンダナの少年 に顔を向けて尋ねた。 「どう……と言われても。一体、俺……じゃなかった、私に何をさせたいんですか、店 長」  ふむ……なるほど、ここまでやってまだ気付かないとは、これは流石重文級の朴念仁、 まさにその面目躍如といったところか……等と、目を白黒させたままの少年――前田耕 治――の姿を眺めつつ、ファミリーレストラン、「Piaキャロット」2号店店長、木 ノ下祐介は不謹慎にもそんなことを考えてしまった。 「まぁ、いい。前田君のプライヴェートに関ることは後回しにするとして、今回、皆に 集まって貰ったのは、先日、前田君達に研修に行って貰った「私立了承学園」から、我 がキャロット・グループに対して事業参入の打診があったからだ。  私としては、基本的にこの打診を受け入れるつもりなのだが、問題は先方から派遣す る人間についても言及されている、ということなのだが」 「平たく言えば、前田君達を寄越せ、ということですか、オーナー?!」  返答に窮した耕治の様子に苦笑しつつ、口を開いた自らの上司でもある父親の発言に 対して、ややトーンに冷たいものを含んで祐介はそう応じた。 「まぁ、な。だが、お前も薄々予感はしてたんだろう」 「そりゃあね、それにまぁ……今後の展開を面白がっているのも事実ですが」  息子でもある部下から妍を含んだ視線を浴びせられても、それに動じず木ノ下氏が告 げると、祐介もふっと表情をいつも通りの穏やかなものに戻して、応じた。 「まぁ、今言ったように、とにかく既に準備中の3・4号店に続き、新たに5号店とし て「学園都市」店を出店する事で、異存はないな」 「まぁ、なんといっても貴方はオーナーですからね。我々従業員としては経営陣の意思 決定には従いますよ……2号店の重要な戦力である前田君をひき抜かれるのは痛いです がね」  お前だってその経営陣の一員たる幹部役員だろうに……と祐介に返しておいて、そこ でおもむろに木ノ下氏は耕治の方に顔をむけると、一転して厳格な会社経営者の引き締 まった顔に表情を改め、告げた。 「と、言う訳でだ、前田君。君に5号店店長を命じる。5号店のマネージャーには現2 号店マネージャーの双葉くん、フロアチーフには同じく2号店より皆瀬君、厨房責任者 に縁君、以上4名を幹部として派遣する。  その他のスタッフとして、1号店より留美と榎本くん、2号店より日野森……ああ、 あずさくん、美奈君の両名、及び神楽坂君に行って貰う。いいね」  オーナーの厳格な口調と態度に、有無を言わせぬ迫力を感じて耕治が首肯くと、それ を見て満足したような表情を浮かべた木ノ下氏は、今度は祐介の方に向き直り、一転ど こか悪戯っぽい表情に顔つきを切り替えて、更に言葉を続けた。 「それから、空白になる2号店のマネージャー人事だが……これは、1号店マネージャ ーに神無月君に復帰してもらい、2号店にさとみを廻す。どうだ??」  その一言で、文字どおり祐介を絶句させることに成功した木ノ下氏は、満足そうに首 肯いて和やかな雰囲気のまま会議の終了を告げようとした。だが…… 「あの……私、その人事、お受けできません!!」  思わぬ人物の、意外な発言により、その場の空気が凍りついてしまった。 V 「あの……私、その人事、お受けできません!!」 「ちょ……ちょっと、どういう事よ、それ」  会議の終了直前、思い詰めたような表情で口を開いたのは……「2号店の頼れるお気 楽お姉さん」、皆瀬葵だった。  ただし、今の葵に、普段のような闊達さ……あるいは能天気さはない。  あるのは、ただ何か決意と、そして迷いを秘めた視線と表情……その表情に、ふとあ ることに気づいて、親友でもある双葉涼子は糾弾の声を上げかけ……黙り込んだ。 「ごめん……涼子」  葵の一言でそれまでの和やかな空気が凍りついた会議室。 「その……理由は……言えません、が、私は従来通り2号店勤務を希望します」  あえて、平板な口調でそう言う葵の瞳が、一瞬祐介のそれと交錯した。  事情を知る何人かが、その意味に気付いた時、木ノ下オーナーがゆっくりと席を発ち、 小さく「これで会議を終わる」と告げると、ゆっくりとした足取りで祐介の方へ歩み寄 り、何事かを彼の耳元に呟くと、祐介を促して退出して行った。  後には耕治と、2号店のメンバー、そして留美とつかさが残された。 「葵さん……」 「ごめんね、耕治君……でも、解って欲しいの。確かに……一度は諦めたけど、でも…… あんなの、見せられたら……」  俯いたまま、途切れ途切れに言葉を紡ぐ葵。  元々、当時まださとみと婚約中だった祐介に葵が強く惹かれていた事実を、この場に いるもので知らない者はいない。  だが、祐介とさとみの結婚と言う事実の前に、一度は祐介のことを諦め――当人はそ う思っていた――、変わってどこか祐介と似た面影を持つ、年下の少年――耕治に彼女 は強く心惹かれるようになっていった。  しかし今、民法七三二条――重婚の禁止を定めた法律の撤廃によって、法的にも重婚 が認められるようになった結果、心の奥底に抑え込んで忘れようとしていた想いが、こ こに来て再び浮上してきたのである。  無論、祐介が彼女を受け入れてくれるかどうかは解らない。  いや、むしろ、どこか人を食ったようにみえて、一本筋の通った人物である木ノ下祐 介の事、口では男のロマンを連呼しつつも、さとみ以外の女性を妻に向かえる事など、 ないと言う可能性の方が高いかも知れない。 「それでも……私、自分に嘘は付きたくないし……耕治君にも……祐介さんの代わりじ ゃ、申し訳無いし」  そう言って、ようやく顔を上げた葵は、どこかぎこちないながらも笑顔を作り、 「むしろ、このナイスバディな葵様が勿体なくも身を引こうってんだから、ライヴァル が減ったと素直に喜びなさいよ、涼子」  と、涼子に対し減らず口を叩いてみせた。  それに対し、涼子が何事かを言い返そうとしたが、その前に横合いから声をかけた人 物がいた。 「その……巧く言えないですけど、頑張って下さいね、葵さん」 「早苗ちゃん……」 「ああ見えて、店長さんは優しい人ですから、きっと葵さんの事、無下にはしないと思 いますよ」  早苗がそう言ってにっこりと微笑むと、ようやく場に和やかな空気が戻ってきて、そ れにつれてこれまで口を閉じていた女の子達も少しずつそれぞれ思うところを口にし始 めた。 「そうね。あんなお調子者の朴念仁より、よっぽど店長の方が男前だし紳士だしね」  事ここに及んでもなおもそう憎まれ口を叩いているのは美しい栗色のストレートヘア と、後頭部のリボンが印象的な少女、日野森あずさである。 「そうだワン♪店長なら「男のロマン〜」とかいって喜ぶに決まってるんだワン♪」  妙な語尾で明るく言ったのは今は1号店に戻っていたコスプレ娘、榎本つかさである。 「ま、それにこれで僕が耕治を独占できる時間も増えるってもんだし〜」 「ギロッ……モ〜ホ〜さんは黙ってるです〜」  不用意な一言で殺意を込めた視線を当人と耕治、葵以外の全ての女性から浴びせられ て冷や汗たらたらの状態で思わず一歩、退いてしまったのは男装の麗人(?)神楽坂潤。 そして、何故か左手をポケットに突っ込んで、
銀色に輝く凶器(コラ
を弄びつつ、凄味を効かせたのは、頭に綿飾りの付いたカチューシャを着けたショート ボブの少女、日野森美奈である。 「ホモじゃないのに……ホモじゃないのに……ついでにメリケンミーナは作品が違うのに……」  心の中で血涙を滝のように流しつつ、「もういい加減正体バラす!!」と決意しながら 部屋の隅でいじけてしまった潤に対して勝者が敗者に対して向ける憐れみの視線を浴び せながら、続いて口を開いたのは木ノ下祐介の妹、留美だった。 「もしもお兄ちゃんが「駄目」とかいったら一言言ってね。懲らしめてあげるから」  それぞれがそれぞれなりの表現で葵の決断に励ましの声援をかけてくれる。 「ありがとう……ありがとうね……みんな」  その言葉の端々に込められた暖かさに、葵は心の中に蟠っていた靄が解き解されるの を感じ、熱いものがこみ上げてくるのを必死で堪えねばならなかった。 「葵……」 「なに……涼子」 「頑張ってね……貴方ならきっと大丈夫と信じてるけど……もし、もしもよ、店長に受 け入れてもらえなかったとしても、ちゃんと貴女の居場所は用意しておくから……」 「………………うん」  最後に、葵の親友である双葉涼子が彼女の傍らに屈み込み、優しくその両腕を首筋に 廻して、葵の頭を優しく抱きながら、こみ上げてくるものを隠そうとせずにそう言うと、 葵もまた、これまで抑えていたものが堰を切って溢れだし、頬に伝う涙の、熱さと冷た さを同時に感じながら、何度も何度も首肯いたのである。 W 「え、じゃあボクが1号店に戻った後でそんなことがあったんだ〜〜」 「そうなんですぅ〜〜それで……」 「あはは……」  Piaキャロットの社員寮、コーポ・ピア。  その、耕治の部屋に全員が集合している。  今、その室内で行われているのは勿論……宴会だ。  「葵を応援する会」と「耕治君店長就任おめでとうの会」、更には「「前田家」誕生 おめでとうの会」をも兼ねての大宴会である。  ちなみに、今日に限っては普段はなんやかやと理由をつけて逃げようとする耕治やあ ずさ達も、殊更に反対することはなく、寧ろ進んで宴の中にいた。 「で、後はいつ耕治にハンコを捺して貰うかだね〜」 「む〜、でも潤くん、幾ら何でも男同士の結婚までは認められてなかったと思うんです けど……」 「そうそう、ホモは引っ込む〜〜♪」 「うぐぅ〜〜」 「潤君、それ、キャラが違う……」 「ついでに男のやって許される役じゃないよ〜〜」  今度は文字どおり双眸から血涙を滴らせて沈み行く潤。  だが、そんな賑やかさの中から一歩、距離を置いている者もいた。  葵とあずさである。  もっとも、葵の手に握られている麦酒の缶は既に一二本目。その顔は酒精の影響と、 それ以外の何かによるもので真っ赤に染まっている。 「……でも、本当によかったんですか??葵さん」  両手で二本目のピーチフィズの缶を弄びながら、これから「家族」となる同僚や妹た ちを優しそうな瞳で見つめながら、あずさはそう、傍らの葵に問いかけた。 「そうね……全く後悔していないとなれば、嘘になるかな。でも、やっぱり私も女だか ら……女としての幸せを掴みたいから、もう一度のチャンスが与えられたのなら、それ に賭けてみたい、そう思ったから」  気持ちの整理が心の中で着いた為か、最早言葉を選ぶような真似はせず、葵はそう、 あずさの問いかけに答えた。  その、言葉を紡ぐ葵の横顔が、普段のおちゃらけたものではなく、憂いを湛えた年齢 相応の大人の女性のものであった為、続く言葉をあずさはなかなか思い付けずに、黙り 込んでしまった。 「葵さん……その」  一〇秒ほども重い沈黙が過ぎた後、あずさがおずおずと口を開こうとした。 「え……」  だが、その言葉は、葵の次の行動により封じられた。  あずさが、不意にその上半身に決して不快ではない圧力を感じたと思った時、彼女の 上半身は優しく葵の胸に抱かれていたのである。 「ちゅっと……葵さん……酔って……」 「あずさちゃん……」 「え?!」  いつものとおりの、葵の酔い癖かと思って身悶えしたあずさの頭上からかかる声が、 全く酒精の影響を感じさせない優しげなものであった為、思わずあずさは身悶えをやめ て葵の声に聞き入ってしまった。 「今度は……貴女の番だからね……私が……自分の気持ちに素直になったんだから、貴 女も自分の気持ちに素直にならなくちゃ……」 「………………はい」  それはまるで……歳の離れた姉が妹を気遣うような感覚だったのかも知れない。  ひょっとしたらミーナも、こんな風に感じたりしたのかな……葵の優しさに抱かれな がら、あずさはなんとなくそんな事を考えてしまった。 「それから……」 「はい」 「あずさちゃんはちょっと強情っぱりなんだから……それが貴女の魅力だけど、でも、 これからは耕治君の為に、隙間を作って上げなきゃ、駄目よ」 「…………うん」  葵のアドヴァイスに、今度は躊躇いなく首肯けるあずさであった。  その頃…… 「にゃははは〜♪あずさお姉ちゃんと葵さん、ラブラブですぅ〜〜」 「わん♪わわん♪わわわ〜〜〜ん♪」 「きゃはは〜〜☆葵、駄目よ〜〜あずさちゃんを手込めにしちゃ〜〜」  …………最早出来上がっちゃった人達は無敵であった(汗  そんな飲んべえの集団を無視して、葵の腕の中からそっと抜け出したあずさは、自分 達と同じように少し離れた場所にいて宴を眺めていた少年の姿に気付いて、そちらに顔 をむけた。 「あのさ……日野森……」  照れ臭いのか、殆ど手つかずのままのサワーの缶を弄びながら、耕治は躊躇いがちに あずさに向けて呼びかけた。 「なに??」 「うん……」  なかなか次の言葉を言い出さない耕治に、少し苛立ちを覚えたあずさだったが、先程 の葵の言葉を思い出して、それを仕舞い込むと、じっと耕治の瞳を覗き込みながら続く 言葉を待った。 「うん……ちょっと……酔い覚ましに、外、出ないか??」 「…………そうね」  ほんの一瞬だけ考えてから、あずさは耕治の提案に同意した。あまりアルコールに強 くないあずさは、確かに二杯のフィズでかなり酔いを自覚していたし、それ以上に耕治 が何か大切な事を話したがっている様子であった為、断ることができなかったのだ。  あずさは、傍らで13本目の麦酒の缶を手にしたままいつしか寝息を立て始めてしまっ た葵にちらりと視線を向けてから、なるべく物音を発てないように静かに立ち上がった。 X  そっと寮を抜け出して暫し、二人は無言のまま、アルコールで熱くなった頭を夜風で 冷ましながら、黙ったまま歩き続けた。  二人が辿り着き……足を止めたのは、全ての始まりとなった駅前。  未明を過ぎ、既に終電も走り去って人気の無いそこに佇む、二つの人影。 「考えてみたら……ここから全てが始まったんだよなぁ」 「そうね」  感慨深げに、黒々としたシルエットとなって佇む駅を眺めつつ、呟く耕治。 「出逢いは……最悪で……気持ちは……擦れ違ってばかりで……」 「うん」  これだけは、二四時間休む事の無いソフトドリンクの自動販売機にコインを放り込み、 缶コーヒーを二本買って、一本をあずさに手渡しつつ、耕治は途切れ途切れに語り始め た。 「正直言って、俺達がまさか「家族」になれるなんて、絶対にあり得ないと思ってた…… 一年前は」  缶コーヒーのリンプルを引き開け、黒い液体を一口、啜って、じっと黙って耕治の話 を聞いているあずさに向け、続ける。 「正直言ってさ……俺、絶対日野森にだけは嫌われてる……そう思ってた」 「そうね……何しろ貴男は……お調子者で、鈍感で、人の気持ちなんてこれっぽっちも 気付かなくて……でも……」  受取ったコーヒーを、大事そうにゆっくりと飲みながら、あずさは駅のシャッターに 背を持たれかけさせながら、耕治の後を受けて口を開いた。 「でも?!」 「でも……貴男はどこまでも優しくて……底なしに優し過ぎて…………  正直言って……解ってたの。つかさちゃんや、ミーナが貴男に惹かれてた訳を……う うん、私自身が、救いようもないくらい、貴男に惹かれてた事を」  あずさは、視線を空へ泳がせながら、一つ一つの言葉の重みを噛み締めながら、呟き 続ける。 「ずるいよ……前田君は……あれ程嫌ってた筈なのに……いつの間にか心の一番大きな 部分を占めるようになって……嫌いになんか……なれなくなって……でも、貴男はなに も気付いてはくれなくて……」  喋り続けるうちに、熱いものがこみ上げてきた。  あずさは、自分が泣いているのを自覚していたけれども、あふれ出る涙を止めること はできなくて、変わりに、ただ自分の胸の内を吐き出す事でしか、気を落ちつかせるこ とができなくなっていた。 「さっき……葵さんに言われた。今度は、私が素直になる番だって……それに……貴男 のような朴念仁には……女の子の方からはっきり言わないとだめだと思うから……だか ら……」 「だから?!」  そう言うと、あずさはシャッターから背を離し、耕治の真っ正面に立ち、彼の目をじ っと見据えた。両目に、涙と決意を溢れさせながら。 「だから……素直に気持ちを言わせて貰うね……私は……日野森あずさは……前田耕治 を愛しています。他の誰より……つかさちゃんや、涼子さんや、ミーナにも負けないく らい……貴男のことを愛してます」  後は、言葉にならなかった。  足元で、鈍い音と共にスチールの缶がアスファルトにぶつかり、まだ半分以上残って いた中身がその場に小さな池を作り始める。  そして――気がつけば、あずさは、耕治に強く抱きしめられていた。 「ごめん……そして、ありがとう……日野森」 「うん……」 「むぅ〜、泣き落としとはあずさちゃん、やるじゃないか……それにしても、クサ過ぎ るぞ今の台詞は〜」 「でもよかったですよ、あずささんも素直になってくれて」 「そうね……やっぱり「前田家」にはあの二人の掛け合いがないと始まらないと思うも のね」 「む〜、ちょっと羨ましいワン。僕もあんな風にぎゅっとして欲しいワン」 「う〜ん、なんかちょっと焼けちゃいますねぇ……でも、お姉ちゃん、良かったですぅ」 「耕治君ずるいよ〜あずさちゃんばっかり〜」 「さすがあずさちゃんね〜、お姉さんの言う事ちゃんと聞いて、良くやったわよ〜」 「…………って、何そこで出歯亀してるんですか、貴女たちはっ」 「………………………(ぽっ)」  いつの間にか宴会場を抜け出していた耕治とあずさに気付き、こっそりとその後をつ けて、物陰に隠れ息を潜めて様子を窺っていた面々。  だが、不覚にもあずさが耕治に告白し、耕治がそれを浮けとめた瞬間に思わず隠れ場 所から飛び出して大騒ぎしてしまっていた。  全てを見られていた事に冷や汗ものの二人。恥ずかしさを護魔化す為に、耕治は殊更 に声を荒げてみせ、あずさは逆に真っ赤になって俯いてしまっている。  しかし、そんなことにはおかまいなく、逆に存在が露呈した事でこそこそする必要も なくなってしまった面々は口々に祝いの言葉を述べながら二人を取り囲んでいた。  ……どうでもいいけど、あずさ、お前、それ作品が違う。 「そんなこと言う人、嫌いです」  ……それも違う…… Y  街路灯と、月と星々が優しく夜道を照らしていた。  行きは二人――帰りは九人。今日までは同僚――明日からは「家族」。  自ら望んで、離れていくものもいるけれども、それでも、新しく生まれた「絆」は何 人もそれを壊すことはできないだろう。 「ねぇ……耕治君」 「なに??」  耕治の右腕にしがみつきながら、あずさが不意に呟く。 「本当のことをいうとね、私、強情っぱりで我儘な女だから……みんなで幸せになるよ り、貴男と私、二人で幸せになれればいいなと思ってた」 「うん」 「多妻なんて……なんて非常識なんだろう。そう思った。でも、今はそれもいいかなっ て思い始めてる。だって、ね……」  そこで一端、言葉を区切り、視線を耕治の背で安らかな寝息を立てる美奈に転じる。 「だって……やっぱり、姉としてミーナにも幸せになって貰いたいと思っていたし。で も、私とミーナ、二人ともが好きになった男性が同じだったから……どちらかが幸せに なったら、もう一人は幸せをつかむことが出来ない。それって、凄く辛い事だと思う。 でも、今は違うし」 「ああ」 「耕治君を独り占めできないのは残念だけど……でも、今は、誰にも憚る事無く、私も、 ミーナも貴男が好きっていうことが許される。貴男といる幸せを分かち合える。ううん、 私とミーナだけじゃない。留美さんや、つかさちゃんや、潤君や、早苗さんや、涼子さ ん、それに、多分ともみちゃん達も……」  そう言って、あずさはそっと目を綴じ、耕治の暖かさをより感じようとするかのよう に更に身を寄せた。 「ね、一つだけ、我儘言って、いい?!」 「どんなこと??」 「簡単な事……私を……ううん、私達を……幸せにしてね」 「そうだな」  そう言って、耕治は視線をあずさから空へと転じた。ほんの一瞬、満点に瞬く星々の 群れに一瞥を送ってから、地上に視線を戻すと、ちょっと悪戯っぽい調子で、続けた。 「あ、でも、やっぱりそれは無理だ」 「どうして……」 「だって……」  意外な耕治の返答に、思わずはっと目を見開いてしまうあずさ。そんなあずさを見詰 めながら、「こりゃ悪戯が過ぎたかな」と心の中で反省し、耕治は自分にできる精一杯 の優しげな表情を作って、続けた。 「決まってるじゃないか……俺がみんなを幸せにするんじゃない。俺と、あずさと、美 奈ちゃんと……留美さん、つかさちゃん、潤、早苗さん、涼子さん……ともみちゃん、 ユキちゃん、紀子ちゃん……みんなで、支え合って幸せを作っていくからに決まってい るから……」 「あ……」  再び、あずさの目に熱いものがこみ上げてきた。 「そう、そうよね……これからはみんなで……ずっとずっと、支えあって、励ましあっ て、笑いあって……いっぱい……幸せを作っていこうね……」 「ああ……」 「それから……子供も……いっぱいいっぱい、作ろうね……男の子も、女の子も……み んなの子供を」 「うん……って、ちょっと待ていっ!!」  条件反射的にあずさの言葉に首肯き返した耕治。だが、とんでもない事をさらっとあ ずさが言ったことに気づいて、思わず声を強めてしまった。 「そういう訳で、今夜はよろしくね。だ・ん・な・さ・ま」  それを聞いて、眉間に皺をよせてつかさが文句を言う。 「う〜、あずさちゃん、今のはずっこいんだわん。フライングは後でお仕置きだわん」 「そうだそうだ!!大体耕治とはまず僕が……」 「ホモに語る資格なしっ!!」 「が、がお……」 ぼかっ☆ 「にょもっ」 「作品が違うだろっ!!」 「うぐぅ〜」 「あははは……駄目駄目、これから朝まで「あずさちゃん告白おめでとう」記念大宴会 に決まってるじゃない〜〜」 「葵……明日は引き継ぎとかで朝はいつもより早目に集合かけるから、宴会はもう駄目 よ」 「そりゃないわよ〜〜」  一頻り、笑いが弾け……それから、誰ともなしに立ち止まると、空を見上げた。  満点に輝く星々の群れ。  天の高みにはカシオペアが、地表にほど近い所には白鳥座と琴座が、そしてその他の 無数の星座と星々が、新しく生まれた「家族」たちを祝福するかのように、優しく、美 しく輝いていた。  明日の朝、耕治たちはPiaキャロット2号店から旅発つ。  私立了承学園。そこに待つ、新たな出逢いと笑顔と、そして新たな日々を求めて――
私立了承学園 a private campus "Ryousyou-Gakuen" This Episode is "Welcome to Pia-Carrot!!2" The Prologue 「始まりの日」 Written by うめ☆cyan
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  こんばんわ、うめ☆cyanです。  体験入学以来忘れ去られて多感のあるPiaきゃろ2編、満を持して(笑)の登場です。  しかし……又長いですm(_ _)m  いらん所でディティールにこだわり過ぎなんですね、私は(^^;;;  それでも国会中継をばさ〜っと削って3kbほどダイエットさせましたけど(意味無い やん(--;;;)  一応、今回は前後編物の予定です。  後編ではいよいよ前田家が了承に到着しますが……そこで待っている様々な出合いや 驚きをコミカルに書こうと思っています。  あと。  諸事情あって、今回葵さんを前田家入りさせませんでした。  これに着いてはチャットにてHiroさん他と相談して決めていた事なんですけれど も……葵さんのファンの皆さん、ゴメンナサイです。  後、謝りついでですが、後編で明らかにしますけれども、美樹子・春惠・かおるも 「前田家」のメンバーからは外れます。  今回の葵とあわせ、ちゃんと考えての行動ですので、何卒ご理解戴ければと思いますm(_ _)m  でも、葵さんのフォローストーリー、ちゃんと書かなきゃなぁ……  それと。  「前田家」につきましては、Piaキャロ5号店(学園店)のスタッフということにな りますが、5号店は学内では新しい学食と言う位置づけになります(これもチャットに て諒解を戴いております)が、基本的にそちらの運営に専従するという方向で設定が纏 まっており、定休日の水曜日のみ授業参加する事になっていますので、もし「前田家」 で授業シーンを書かれます場合はそのあたりをご注意戴くよう、お願いします。  しかし……今回のは了承より「たさい」のほうがよかったかもなぁ……(爆)  おまけ  5号店の制服は大正浪漫タイプとブルーリボンタイプという事で〜〜(笑)
 ☆ コメント ☆  誠 :「うお〜〜〜っ!! ファミレスが出来る〜〜〜っ!!」(;;) 浩之 :「な、泣くほどのことじゃねーだろうが」(^ ^;  誠 :「何を言う!! 新しいメシ屋が出来るんだぞ!!      これ以上の喜びはないだろ!?」(;;) 浩之 :「んな、大袈裟な」(^ ^;  誠 :「むう。『食』の大切さを理解していないな」(−−) 浩之 :「そんなことはねーと思うけど……」(^ ^;  誠 :「いーや、理解してない!!」凸(−−メ 浩之 :「さ、さいですか」(^ ^;  誠 :「……これは……教育が必要だな」(−−) 浩之 :「は?」  誠 :「徹底的に教育して、『食』の偉大さを理解してもらう」(−−) 浩之 :「徹底的って……」(^ ^;  誠 :「手始めに……。そうだな。カレーライス10人前を喰ってもらうとしようか」(−−) 浩之 :「何の為にだ!?      つーか、そんなに喰えるか!!」凸(−−メ  誠 :「大丈夫だ。それくらいなら20分もあれば完食できるぞ」(−−) 浩之 :「…………お前だけだ。そんなの」(−−;;;  ・  ・  ・  ・  ・ スフィー:「……」( ̄ー ̄)ニヤリ  楓 :「……」( ̄ー ̄)ニヤリ みさき:「……」( ̄ー ̄)ニヤリ



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