転章(承前)
「ふぁぁ……おはようございまふ……」 「こらこら駄目でしょ耕治君。今日からは君も店長なんだから、もうちょっとしゃきっ としなきゃ」  土曜日、朝五時――  いつもよりも二時間早く、通い慣れたキャロット2号店に「最後の」出勤をした耕治 は、店先で大欠伸を一つすると、従業員通用口を通って店内に入ったが、その途端、思 いがけない人物から苦笑交じりの注意を受けた。 「ああ……そうですね、すみません、さとみさん」  昨夜発表された人事異動に伴い、5号店マネージャーに転任する双葉涼子に変わって、 2号店新マネージャーとして着任した木ノ下さとみが、前任者の涼子とあれこれといっ た引き継ぎを済ませながら、耕治の方に向き直った。 「それにしても……これからが大変ね、耕治君も」  ちらっと傍らの涼子に視線を転じ、思わず涼子が軽く肩を竦めたのを確認して、さと みはそう悪戯っぽく耕治に言った。 「それをいうなら、さとみさんも大変なんじゃないですか??これから」 「あら??そう??……まぁ、祐介の事だからまた「男のロマン」とか言って馬鹿やらない 可能性は……無いと言い切れないけどね」  そう言い返すさとみの言葉に、耕治と涼子は思わず互いの顔を見合うと、肩を竦めて 苦笑せずにはいられなかった。  そんな他愛の無い会話を交わしながら、マネージャー業務の引き継ぎや店長として最 低限知っておかねばならぬ伝達事項などを確認しているうち、時計の針が六時を指し、 いつもの顔ぶれがキャロットへと出勤してきた。 「……それでは、伝達事項は以上の通りです。では、5号店の方を宜しくお願いします ね」  本社からの伝達書類などを持参していたさとみが、新たなスタッフに対する指示や開 店準備に終われる祐介に変わって旧2号店メンバーに対するミーティングを、そう締め 括ると、出発までに残された時間は余す所一五分程になっていた。  さとみが事務所に引き下がると、バックヤードルームに詰めていたメンバーも、三三 五五、席を立ちそれぞれ、ロッカーに残した私物の取り纏めなど、準備の為に退出して いった。  耕治も、私物の取り纏めと祐介への挨拶の為に退出しようとしたが、傍らに座るあず さが何か言いたそうな素振りを示していた為、もう少し居残る事にした。 「どうした??」 「うん、大したことじゃないんだけどね……いよいよ出発となると……本当にここにい るのも今日が最後になるんだなぁ、って思うとね」 「そうだね」  二人だけになったバックヤードルームのあちこちに、少し寂しげな視線を彷徨わせな がら、そうあずさは告げた。 「喧嘩したこともあったし……一緒にご飯食べたこともあったし……たった一年だった けど、いろんな思い出があるんだね、ここ」 「うん」 「新しい場所……新しいお店でも……いろんな思い出、作っていこうね」  そう言って、一端目を閉じたあずさは、「よし」と自分自身に気合を入れるように一 つ呟き、立ち上がった。 「耕治君……一つだけお願いが有るんだけど」 「なに??」 「了承学園に向かう前に、一ヶ所だけ……寄り道したい所が有るんだけど……いいかな」 「う〜ん……出発時間は余裕を持たせているから……一五分くらいなら大丈夫だと思う けど、それで良ければ」 「うん、それで十分……ごめんね、無理を言って」  そう言うと、あずさは廊下へと通じるドアを開け……静かに出ていった。
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「それじゃあ、祐介さん、お世話になりました」 「ああ、向こうに行っても……「男のロマン」もいいが、調子に乗り過ぎて腰を言わす なよ」  耕治の挨拶に、にやにや笑いで祐介がそう応じると、たちどころに耕治の顔が真っ赤 になってしまった。 「そ、それはちょっと!!」 「フフ……まぁいいさ、ともかく、頑張れよ、耕治君」 「はい」  別れの最後に、耕治をおちょくって存分に楽しめた祐介は、最後に顔を引き締めると、 そっと右手を差し出した。  その手を耕治が握り返すと、祐介は2号店の誰もが慕った、優しげな笑顔を浮かべ耕 治の肩を空いた手で軽く叩いた。 「葵さん……あの……」 「解ってるって……昨日はあずさちゃんが頑張ったんだから、今度は私が頑張る番よね」  耕治と祐介が別れを交わしている頃、あずさと葵もまた、お互いの間に交わした約束 を確認し合い、別れを告げ合っていた。  葵の顔にも、あずさの顔にも昨夜の哀しげな要素はひとかけらも残っていない。  あるのはただ、決意を秘めた瞳だけである。  これなら、大丈夫――お互いは、お互いの中に後悔のかけらが残っていない事を認め 合うと、別れの寂しさを押し隠して、もう一度軽く包容を交わし、それから、別れた。 「じゃあ、行きますか」  キャロットに正社員として就職して最初に得た給料で、思い切ってローンを組んで購 入した中古のSR−Vのドライヴァーズシートに納まった耕治は、傍らのナヴィシート に納まったあずさ、そしてリアのパッセンジャーズシートに納まった美奈・つかさの顔 を一渡り見渡して、耕治はそう告げた。  流石に、一台のクルマに全員が収まって移動するのは不可能なので、耕治のクルマに あずさ・美奈・つかさが、留美のクルマに潤・涼子・早苗と分乗する事になった。 「れっつごー♪」 「しゅっぱつです〜」 「はい、参りましょう」 「…………そうね、行きましょうか」  少女達のたてあう艶やかな笑い声を耳にしながら、耕治はイグニッションを捻り、エ ンジンをスタートさせた。  サイドブレーキを解除し、ギアをファーストに入れつつ、外に目をやると……祐介以 下、新しく編成された2号店スタッフが総出で手を振って見送ってくれていた。  それに、いささか気恥ずかしさを感じながら、片手で手を振り返しつつ、ゆっくりと クルマをスタートさせる。  二台のクルマが連れ立って従業員駐車場を出る直前、あずさは祐介の傍らに立つ葵が、 小さく右手の親指を経てて、悪戯っぽいウィンクを送って寄越すのを見過ごさなかった。
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「何時だったっけ??」 「え??」  一限の授業に備えて、資料の整理をしていたひかりに、不意に秋子が声をかけた。 「ああ、ほら、あの子達が来る時間」 「あ……確か、一〇時じゃなかったっけ??」  秋子の質問に、記憶の中を探りながらひかりは答え、それから壁にかけられたホワイ トボードに目をやって、自分の記憶に誤りがない事を確認した。 「気がかり??」 「気がかりと言うか……そうね、なんて言うのかな、楽しみには違いないわね……あ、 そうだ、ガディムさん」 「なんでしょう、理事長」  電気ポットから、自分の湯呑みにお茶を注いでいたガディムが、秋子の呼びかけに応 えて振り向いた。 「すいませんけれども……あの子達が到着しましたら、理事長室までお連れしてくださ いませんか??出来れば私自身でお出迎えしたいのだけど……準備とか色々ありますので」 「解りました」 「あ、でも……お出迎えの際は失礼の無いようにお願いしますね。解ってらっしゃると は思いますが……」 「は、はいっ!!」  顔だけは笑顔のまま、デスクの引き出しを何気に開いて底から大振りな瓶を一つ、取 り出しかけた秋子の姿に、内心と外面の双方で大量の脂汗を滴らせながら、ガディムは さながら壊れた振り子人形のように何度もカクカクと首肯いたのである。 「な、な、何でだぁ〜〜」  小腹が空いたので、軽く丼物か何かを食べようと思い、学生食堂に足を向けた藤井誠 は、その玄関ドアにかけられた「CLOSED」のプレートに目を留め、絶句していた。  その横には、A4サイズのコピー誌が貼られ、そこにはこう書かれていた。
臨時休業のお知らせ 本日AM7:00〜AM11:00 館内改装の為閉鎖致します
「そ、そんな殺生な……」  さながら人生の半分を否定されたかのような衝撃を受けてへたりこむ誠。  そんな哀愁漂う彼の姿に気付いて、声をかけた人物がいた。 「誠〜〜」 「うう……なんだ、スフィか……」 「どうしたの??」  そのスフィの問いに、無言でプレートとお知らせを指差した誠。その示すものに気付 いたスフィも、 「ひ、酷いよぉ……」  と、その場に崩れ落ちそうになる。が、ある事を思い出して、全身の気力を振るい立 たせてギリギリのところで踏みとどまった。 「それはそうとして……」 「なんだ??」 「秋子さんからの伝言なんだけど……一一時半に食堂に来てくれって……なんだろうね」 「さぁ??」  キャロットを出発して二〇分ほど走った所で、耕治はクルマを止めた。  あずさに促され、後席で軽い寝息を立てていた美奈を起こすと、三人は連れ立ってク ルマを降りた。  目的地に辿り着くまでの本の僅かな時間、三人は無言のまま黙々と歩き続けた。  耕治、あるいは美奈は何度かあずさに声をかけようとはしたのだが、今はまだあずさ は口を開くつもりはなく、二人から話しかけられるのをやんわりとその態度によって拒 否していた為、二人も止むを得ず黙り込むしかなかった。  やがて、三人が辿り着いたのは静寂が全てを支配する場所――霊園であった。  入り口の側の花屋で花束と線香を買い求め、そのまま暫く歩くと、あずさはやがて一 つの墓碑の前で足を止めた。  耕治は無言でその御影石の表面に刻まれた文字を目で追う。  日野森家先祖代々之墓――そこにはそう刻まれていた。 「あずさ……」 「うん」  あずさの意図を察した耕治が呟くと、あずさは小さく首肯き、手にしていた花束をそ っと霊前に捧げると、耕治が線香の束に火をつけ、それから三人は両手を合わせた。  暫しの間、無言で祈りを捧げた後、ゆっくりと顔を上げたあずさが、墓石に向かい、 ゆったりとした口調で語りかけ始めた。 「お父さん……お母さん……久しぶりだね……元気にしてた??私も、美奈も……元気で やってるよ……」  それから、あずさは様々な事を話した。  美奈の事、キャロットの事、近況、最近になって法律が変わり重婚が認められたこと、 そのお陰で、あずさと美奈の二人ともが好きになった人と添い遂げられるようになった 事、そして…… 「今日はね……大事な報告に来たんだ……あのね、実はね、私に……ううん、私達にね、 「家族」が出来たんだよ……紹介するね……前田、耕治君。私達の旦那様。あ、あのね、 「私達の」っていうのはね……」  言葉を紡いでいる内に、にこやかだった表情に憂いが現れ、やがて一筋の銀の滴が頬 を伝った。  それに気付いた耕治が、そっとあずさの肩に手を回すと、あずさは小さく首肯き、そ の先を耕治に委ねた。  あずさの後を受けて、言葉を口にしようとした耕治だったが、一瞬何事かを考え、そ れから、空いている方の手を背後へと廻した。 「あ?!」  直後、美奈は、一瞬何が起ったのかを理解出来ないでいたが、自分の肩にあずさと同 じように耕治の暖かな手が回されている事を知り、僅かな戸惑いと、それ以上の安心感 をもって耕治の体に凭れかかった。 「前田耕治と言います……その、初めまして……  自分のしている事が、実は非常に図々しい事だっていうのは、よく解っています。だ けど、あずさや、美奈ちゃんの気持ちを粗末にはできないから……二人を幸せにすると…… 約束するのは難しいです。でも、みんなで頑張って、互いに幸せになれるように頑張ろ うと思ってます。  だから……二人を奪う事を、許して下さい」  そう言って、耕治は墓石に向かって深々と頭を下げた。  やがて、くいくいと控えめに腕を引かれる感覚に、頭を上げた耕治が、傍らの美奈に 視線を向けると、美奈はそっと腕に填めた時計の文字盤を耕治に示した。 「行くか」 「はいです」 「ええ」  耕治に促され、もときた道を歩き始める三人。と、二、三歩歩いた所で美奈が不意に 立ち止まり、墓石に体ごと向き直った。 「あのね、お父さん、お母さん……お姉ちゃんが言い忘れてたけど、美奈たちにね、旦 那様だけじゃなくて、お姉ちゃんや妹たちも一緒に、出来たんだよ。  みんな、実はお兄ちゃん……耕治さんのお嫁さんなんだけど、お仕事の方でも良くし てくれる人達だから……みんな、好い人達だから、美奈は涼子さんやつかささん達、大 好きだから、心配しないで欲しいです。  じゃ、美奈も行きますね。今度来るときは……他のみんなも一緒に来ますから、楽し みにしててくださいね、お父さん、お母さん」  そう言って、再び歩き出す美奈。耕治とあずさ、そして少し離れた場所から三人を見 守っていた涼子達は、その姿に優しげな視線を向け続けていた。
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「むぅ……遅い、何やってんだ、あの馬鹿は」  了承学園の通用門前。一人の男と、四人の女性が未だ現れぬクルマの影を求めて、苛 立ちを抑えながら立ち尽くしている。 「遅いですねぇ、お兄さん」 「全く……自分で呼びつけておいて何やってるのよ、あのバンダナ男はっ!!」 「まぁまぁ……真二さんもユキちゃんも落ち着いて。耕治さんが遅いんじゃなくて私た ちが早く着き過ぎただけなんだから」  キャロット組とそれ以外とで、出発時間や出発地が大幅に異なる為、矢野真二・篠原 美樹子・相沢ともみ・神塚ユキ・志摩紀子の五名は電車とバスを乗り継いで先に了承学 園に到着していた。  ちなみに、信士と美樹子は昨年末の冬の大規模イヴェントで知り合い、それ以来交際 を続けているが、今回、耕治たちの了承学園赴任に併せ、彼等もまた居をこちらに移し て共に生活する事になったのである。また、ともみ・ユキ・紀子の三人組もめでたく高 校生となり、前田家入りとあわせてキャロット5号店でのバイト生活を始める事になっ ている。  やがて―― 「あ、あれ、そうじゃない??」  ともみが落ち込み、ユキが拗ね、紀子が宥めるいつものパターンの繰返しを真二が困 ったような苦笑を浮かべて眺めていると、それには加わらず延々と続く道路の先に目を 向けていた美樹子が、ゆったりとした速度で走ってくる二台のクルマに気付いて、漫才 もどきを続けている四人に声をかけた。 「やれやれ、何処で油売ってたんだか……おせぇぞ、耕治……」  だが、誰に言うともなくそう憎まれ口を叩く信士の顔は、何故か嬉しそうであった。  門前で手を振る人影に気付いたつかさに促されて、耕治は門近くの邪魔にならない所 にクルマをよせて止めると、クルマを降りて、長時間の運転で強ばった腰や肩を軽くマ ッサージしつつ、信士たちの下へ歩み寄った。 「すまんすまん、ちょっと遅れちまったか……まぁ、時間には遅れなかったから、大丈 夫か」  口ではなおもぶつぶつと悪口を並べ立ててはいるものの、その目元だけはにやにやと やや意地の悪い表情を浮かべている信士と軽く手を打ち合わせてから、ちらりとクルマ から降りてくるあずさ達に目をやり、それから耕治は三人組の方に歩み寄った。 「お久しぶりです、お兄さん」 「……まったく……こないと思って安心しかけてたのに」 「もう……ユキちゃんたら素直じゃないんだから……あ、お久しぶりです、耕治さん」 「うん、ともみちゃん、久しぶり。ユキちゃんも紀子ちゃんも元気そうでよかった。こ れから宜しくな」  そう言って、耕治ににっこりと笑顔を向けられると、たちどころに真っ赤になってし まうともみと紀子、そしてそっぽを向きながらも頬を真っ赤にしてしまうユキであった。  そんな、微笑ましい光景の後ろでは…… 「と〜〜うちゃく〜〜ぅ♪」 「う〜〜、も、もう留美ちゃんのクルマには乗りたくないわ〜〜」 「ダイエットには最適かもしれませんけど、これは……」 「死ぬかと思った……お゛え゛」 「ね、姉さん……大丈夫??」  等と、耕治のSR−Xの後ろに停車した留美の新しい愛車、スカイライン25GT− Vからよろめくように降りてきた半ばマグロ状態の涼子・潤・早苗、異様に元気な留美、 そしてあわてて駆け寄る信士による、あまり食事中の人には見せられない光景が展開さ れていた。  そんなこんなで、校門前での立ち話の花が咲いているうち、時計の針が一〇時を指し たのである。 「あの、宜しいでしょうか……」  時計の針が一〇時を指した時、それぞれに談笑を続けていた耕治たちに横から声をか けた人物が現れた。 「な、なんだこいつ?!」 「ゲゲッ!!」 「きゃぁ〜〜〜〜」 「な、な、何なんですかあれ〜〜〜」  現れた人物の姿に、思わず悲鳴を上げたのはまだ「彼」と面識の無かった信士ととも み達である。 「そんなに恐がらなくてもいいのに……しくしく……申し遅れました、私、本学教頭の ガディム、と申します」  黒光りする異形の巨体を、グレーのスーツで固めたガディムが深々と頭を下げる光景 はある意味でシュールであったが、すでに一度体験入学で来校した経験のある耕治たち はガディムとの面識もあったお陰で、多少の異様さを感じつつもそう驚く事もなかった。 「前田耕治です。お世話になります」  見た目と裏腹に折り目正しい態度で挨拶するガディムに対し、一応は責任者である事 を自覚している耕治が代表して挨拶すると、ガディムはその場にいる全員を校内へ誘っ た。 「ここで立ち話もなんですし、理事長がお待ちですので……どうぞ」 ガディムに促されて、立ち話をしていたあずさ達も三三五五話を切り上げ、耕治に続い て歩き出したが、不意に留美が立ち止まり校門の方を振り向いた。 「留美さん??」 「あ……クルマ、どうしよう」  校門前の道路は、その広さの割には通行量が皆無ではあるが、そうであるが故に愛車 を放っておくのが些か気になったようだ。 「ああ、それでしたら御心配なく。こちらの方で職員駐車場に運んでおきますので」  留美の懸念を察したガディムが、そう言った事で留美も一応安心したのか、小走りに 走って耕治たちに追い付いてきた。
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 耕治達が理事長室に足を踏み入れるのはこれが二度目であったが、その桁外れのスケ ールには相も変わらず圧倒されるばかりであった。 「お待ちしておりました……ようこそ、我が学園へ」  ガディムに招き入れられて理事長室に入った耕治・あずさ・涼子・早苗の四人を、温 かな笑顔で迎え入れた秋子は、自ら立ち上がってお茶の支度を整えると、四人を応接セ ットの方に招いた。  耕治たちがソファに腰を卸したのを確認すると、秋子もそれと向かい合う形で座り、 プリンス・オヴ・ウェールズを注いだカップを手に取った。 「思っていたとおり、来て戴けましたね。嬉しく思いますわ」  カップの中にジャムをひとさじ、掬って浮かべながら、にこやかな表情で秋子はそう 切り出すと、学園の現状や招聘の理由などを事細かく説明した。 「本当は、こういう形ではなく、純粋な生徒としてきて頂きたかったんですけれど……」  そう言ってシニカルに笑う秋子だったが、一方で「あの授業に出なくてすむ……」な どと胸をなで下ろす耕治たちであった。しかし、 「あ、ですが……水曜日は定休日なんですね。では、水曜日のみで結構ですから、授業 参加して戴きましょうね♪」  と、秋子がにっこりと微笑むに至って、何も知らない早苗を除く三人は唖然とした顔 になってしまうのであった。 「あ、あはは……やっぱり」  耕治達が冷や汗をかいているのを横目に、手元の書類に目を通して何やらそこに書き 込んでいた秋子だったが、ある一点に気付いて手を止めた。 「あれ……葵さん……来られなかったんですか」 「あ……」  その事で、秋子が目を通していた書類が「前田家」の名簿であった事を知り、四人の 表情が少し曇り、場にやや重い沈黙が流れた。が、 「あの……その事ですが」 「実は……葵は……」  あずさと涼子の二人が、ほぼ同時に、口を開いた。 「えっと……」  同時に口を開いた事で、どちらがこの先を続けるべきか困ってしまい、互いに顔を見 合わせる二人。  だが、結局先にあずさの方が目を伏せ、より年長者であると同時に付合いが長く、葵 のことをもっともよく知っている涼子に発言を譲った。  あずさの目配せに、涼子は視線だけで礼を返すと、まっすぐ秋子の瞳を見つめながら、 葵に関する経緯を話し始めた。 「……そう……、そうですか……それは少し残念ですね。ですが、彼女も立派な大人で すし、彼女自身がそう決めたのであれば、私も無理は言えません。むしろ、彼女が上手 くその祐介さんと添い遂げられれば、彼等もまたこの学園に招聘できる事になりますし、 私としてもささやかながら応援させて戴きますわ」 「ありがとうございます。親友に変わって、私からもお礼を言わせて戴きます」  秋子の言葉に、深々と頭を下げる涼子。それに対し、それでこの話は終わりにしよう という風に、秋子は軽く首肯くと、うって変わった明るい調子で続けた。 「あ、そうそう。それから、水曜日は授業参加して貰うということで、貴方方の担任を 紹介しなくてはなりませんね」  そう言って、デスクに置かれた電話の受話器を取り上げると、内線をプッシュして、 何事かを話した。  やがて、秋子が受話器を置いて応接セットに戻ると同時に扉がノックされた。 「失礼します」 「やほ〜〜〜〜♪」  その声は、ソファに座る耕治たちの頭よりも高い位置と、かなり床に近い位置の二ヶ 所から響いていた。  その、あまりに妙な声の出方に、四人が思わず振り向くと……思いもかけない人物が 二人、そこに立っていたのである。 「お久しぶりです、前田さん」 「こうじにいちゃん、やっほ〜〜」 「春惠さん……それにかおるちゃん!!ひょっとして、担任って……」  傍らで、秋子が見事に悪戯を成功させた子供のような表情で笑っているにもかかわら ず、思わずソファから腰をあげてそう叫んでしまった耕治である。 「この度、耕治さん達の担任をさせて戴きます、山名春惠です、宜しくお願いしますね、 耕治さん」 「かぁるは「ふくたんにん」なんだぉ〜〜〜」  悪戯っぽい表情を浮かべつつも礼儀正しく挨拶する春惠と、元気一杯に右手を挙げて 挨拶するかおるの姿に、絶句しつつも肩を竦めずにはいられない耕治であった。  耕治たち幹部スタッフが理事長室に招かれている頃、信士・美樹子の二人と、美奈・ ともみ・ユキ・紀子の年少組は寮の片付けと荷物の搬入作業に廻っていた。 「そっちの荷物はこっちに、こっちの荷物はあっちに、あっちの荷物はそっちに……あ れ??元に戻っちゃいますねぇ」 「お姉さ〜〜〜ん、遊んでないで手伝ってくださ〜〜い」  段ボール箱を相手に倉庫番(笑)をやっている美奈と、その姿に思わず泣き出しそう になっているともみを尻目に、一人信士は(美樹子に尻を叩かれながら)黙々と荷物の 運び込みをやっていた。 「すみませんね、信士さん……私達の分までお願いしちゃって……美奈さ〜〜ん、とも みちゃ〜〜ん、いい加減こっちの世界に帰ってきてよぉ〜〜」 「いやいや、他ならぬ紀子ちゃん達のお願いだからな。どうってことないさ」 「し〜ん〜じ〜く〜ん〜。なに鼻の下伸ばしてるかな〜〜、君わぁ」 「はぁぁ……これだから男って……」  段ボールに埋もれて、頭の上にクエスチョンマークを浮かべている美奈、その姿に困 り果てているともみ、額に青筋を浮かべて信士の尻を叩いている美樹子、それを宥めて いる紀子、呆れて何も言えないユキ……この分では一体何時引っ越し作業が終わるのか、 それを知るものは誰もいない。  強く生きろよ、信士……(笑)  一方その頃。 「シクシクシクシク……何デ我ラガコンナ目ニ……」  耕治と留美がキーを渡し忘れたがために、耕治のSR−Vと留美のスカイラインを担 いで、四匹のラルヴァが泣きながら二台のクルマを職員用駐車場へとえっちらおっちら 運んでいた。  強く生きろよ、ラルヴァたち……(笑)  さらにその頃。  留美・つかさ・潤の三人は新店舗で使用する新しい制服や什器類の受取りと搬入作業 を手伝う為に飲食エリアの方に向かっていた。 「じゃあ、じゅんじゅんは大荷物の受取りをお願いね〜〜」 「なんで??」 「だって、女の子の細腕でそんな事させるなんて男の子の風上にも置けないんだワン」 「そんな〜〜」 「と、言う訳で私たちは制服の受取りに行くから、よろしくね〜〜」  言うが早いか、さっさと歩き出してしまうコスプレコンビ。  後に残された潤の背に哀愁が漂っていた。  強く生きろよ、潤……(爆)
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 休み時間。  千堂家の瑞希と玲子の二人は、目前に迫った次のイヴェントに備えてコスプレ衣裳用 の生地の買い出しに商店街に繰り出していた。 「それにしても、相変わらずだけどここの商店街の品揃えは凄いね」 「そうそう。渋谷のチャ○ットどころか、船場セン○ービルも新○阪繊維シティも裸足 で逃げ出すくらいの品ぞろえだからね……しかも、無茶苦茶安いのが魅力よね」 「そうそう、お陰で材旅費の面からディティールに妥協する必要が無いんだもんね」  等と、色とりどりの大量の生地のロールを抱えて、にこやかに談笑しながら歩く二人。  ところで、何でお前ら船場○ンタービルや新大阪繊○シティを知っているんだ??など と言う突っ込みはこの際無しにしておこう(爆)  そんな二人の目の前に、似たような二人連れが現れた時、瑞希と玲子はどこか奇妙な 感覚にとらわれた。 「ねぇ、瑞希ちゃん……あの二人、何処かで見たような顔なんだけど、気のせいかなぁ」 「う〜ん、私もそう思ってる所なのよ……何処で見た顔だろ……う〜ん」  小首を傾げ、額に眉を寄せて考え込む二人。  学校を基点に、自分達が立ち寄りそうな所で、二人共に共通する場所を記憶巣から掘 り返していくうち、二人の脳裏に「ある」共通の場所が思い浮かんだ。 「ひょっとして…………」 「コスプレ広場??」 「て、事は…………」 「あ〜〜〜〜〜っ!!」  二人の絶叫が往来に響き渡り、周囲の人間が何事かと足を止める。  勿論、その中には件の二人組も含まれていたが……その二人組も、瑞希達の叫びに気 付いてこちらに目を向け……殆ど同じ動作と叫び声をあげたのであった。 「何で??なんでこんな所にいるの〜〜??」  この叫びは四人が全く同時に放った言葉であった。  それは、現・前・元・旧の、こみパの長い歴史の中でも伝説と共に語られることの多 い四大コスプレクィーン揃い踏みの瞬間……観るものによっては血の涙を流して喜びそ うな光景ではあった。 「ふっふっふっふ…………ここであったが百年目……今こそ、ボクこそ真のクィーンの 座に相応しいってことをはっきり証明してやるんだワン♪」 「にゃははは、無理無理♪過去の栄光に縋ったって、この玲子サマにかなうわけないで しょ〜〜」 「ふっ……甘い甘い。やはりこういうものは経験と実績こそがものを言うって昔から相 場が決まってるんだからね」 「それってつまるところ自分が年増って認めてるようなもんじゃ……やっぱり新鮮さこ そ一番よね」  お互いが殆どおでこをぶつけあうくらいの距離まで顔を寄せ合い、不敵ににやりと笑 い合う光景は些か……不気味であった。  そうやって、お互いが牽制し合うように「ふっふっふ」と笑い合う事暫し。 「でも……なんでつかさちゃんと留美さんがこんなとこにいるわけ??」  四人の中では、比較的まだ常識の側に留まっている(但し、ギャグキャラと化しては いるけれども)瑞希が、まず素に戻って、当然の疑問を口にした。 「そうそう。つかさはこの間の体験入学に来てたって聞いてたけど、るみるみがいるっ て話は聞いてなかったし」  瑞希の疑問に、玲子がそう応じて首をかしげると、 「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれましただワン♪」 「実は……」  と、何故か殊更に胸をそらし、自慢げにここまでの経緯を話し始めるつかさと留美で あった。 「と、言う訳でね」 「なるほど、じゃあひょっとして……」 「そういう事。ボクたちも耕治ちゃんのお嫁さんになったんだワン」 「と、言う訳でこれから宜しくね。瑞希ちゃんに玲子ちゃん」 「う〜ん、何か複雑ではあるけど……こちらこそ宜しく。ところで……」  ようやっと、本来ならもっと早目に済ますべき筈の挨拶を終えた瑞希は、先程から気 になって仕方なかった留美とつかさの荷物に視線を走らせた。 「ああ、これ??よくぞ聞いてくれました♪」 「学園都市店で使う新制服なんだワン♪」  その言葉に、たちどころに目を輝かせる瑞希。何のかんのと言いつつも、コスプレに 染まってからはこの娘もすっかりその道に目覚めてしまったようである。 「私たちもまだ中は見てないんだけどね……って、どうしたの、瑞希ちゃん??」 「ね、ねぇ……キャロットってバイトの募集してないかなぁ」 「は、はぁ……」  改装工事の終わった学生食堂に一歩足を踏み入れた誠とスフィは、そのあまりの変容 ぶりに暫しあっけにとられてしまった。 「もう多少の事では同じないつもりだったけど……相変わらずどうなってんだ、ここは……」 「うりゅ〜〜」  元々、了承学園の学生食堂は大人数での利用を前提としていた為、比較的余裕のある 設計となっていたし、将来に備えて第二食堂や二階席のスペースも確保されていた。  しかし、今回の改装は単なる内装の模様替えに留まらず、従来の食堂と未使用状態の ままで置かれていた第二食堂の境界の壁をぶち抜いて一つの広大なフロアに作り替える と共に、二階席を半吹き抜けスタイルとし、トータルで従来のほぼ三倍程度の座席数を 設けられるほどの床面積を確保し、同時に「いかにも食堂です」といった趣のあったタ イル張りの床や長机、丸椅子、直接照明の蛍光燈などを全て撤去し、変わって木材とレ ンガを多用したシックな様式の内装に作り替えると共に、照明もガス灯を模した落ち着 いた間接照明に、床のタイルもフローリングにそれぞれ変更され、又座席もチーク材で 作られたセンスのいい二・四・六人がけのオープンテーブルとベンチ風のデザインの八・ 一二人がけのボックス席、更に二階には会議やパーティ、そしてこの学園ならではの多 人数家族が纏まって座れる最大二〇人がけの大型オープンテーブルが置かれ、食堂と言 うより洒落たレストランといった方がいいデザインに変わっていた。  しかし…… 「何で窓を全部目張りしてるんでしょうね」 「私にはよくわかんないけど、そうなの??」  誠・スフィに一足遅れて食堂に足を踏み入れた楓とみさきが首をかしげたように、大 型の採光窓、その全てに何かを隠すように覆いがかけられているのだけが、奇妙であっ た。 「全員、揃われましたね」  通称「大食いカルテット」の面々があっけにとられていると、校長の神岸ひかり、教 頭のガディム、更に誠達が名前を知らない親子連れと同じく見覚えの無い男女二人連れ を従えた秋子がにこやかに笑いながら食堂に入って来た。 「秋子さん、これってば一体……」 「ふふ、そうね。もうお話ししてもいいでしょうか……」  何時までも秘密のままにして誠達を困らせるのも可哀想だと思ったのか、秋子はここ に至る経緯を一つ一つ順番に説明していった。 「なんとまぁ……学食のファミレス化なんて凄い事考えますね、秋子さん」 「でも、今までのままでもよかったような気がしますが……」 「それは……まぁそうなんだけど、生徒数……と言うか、家族数も増えてきてますし、 一般科も出来ましたからね。確かに名雪達も楽しんで食堂運営をやってはくれていまし たけど、これからのことを考えると、そう言ってもいられないのは事実ですから。  それに、皆さんの気持ちは解りますが、それに着いてはあまり不安になられる必要は ありません」 「……何故でしょう」 「それは……このファミレス……と言うか、食堂運営を行なうのもまた「たさい」家族 だからですわ♪」  その一言で、みさきの示した疑問……と言うよりも不安をあっさりと弾いてしまう秋 子。「この人の考えることは……」と、誠は思わず苦笑せざるを得なかった。 「ところで……秋子やひかりは解るけど、ガディムまでなんでいるの??」  続いての疑問を口にしたのはスフィである。無理もない。本来のガディムの「食事」 内容を考えるなら、これほど場違いな存在も他に無いだろうから。 「それは……フム、確かにそうだな。まぁ、簡単に説明すると、儂も始めのうちは「本 来」の食事を理事長にお願いして準備して貰ってたのだが……  こちらの世界に長くいたせいかな、朱に交わってしまったようで、先日だったか、ラ ルヴァどもが人間の食事をえらく気に入ったようでな、ならばと儂も一度食べてみたの だが、これがなかなか捨て難いものがあってな、それ以来、こうして普通の食事を取る ようにしているのだよ。  それに、ここでこうして他の教職員や生徒と語らいながら食事をするというのは…… 儂にとっては新鮮であると同時に、なかなか乙なものでもあってな、今ではこちらの方 が気に入っておる」  スフィの問いに、嫌な顔一つせず答えるガディム。その姿に、秋子とひかりが満足げ な笑みを浮かべて首肯いていた。  ちなみに、ガディムの所謂「食料庫」は、ガディムの食生活や心情の変化もあって、 段階的に解消され、今では過去の存在として存在を抹消されている。 「さて、もういいかしら??そろそろ新しい食堂の代表者を紹介したいのだけれど」  誠達の疑問点が全て払拭されたのを確認すると、秋子はそう言って一旦話しを終了さ せた。  やがて、スタッフルームに続くドアが開き、数名の男女が中に入ってきた。  それに合わせ、外に待機していたメイドロボとラルヴァの手で、窓の目張りが撤去さ れると……誠達は今度こそ本当に絶句した。 「改めて始めまして……前田耕治です。この度、了承学園の食堂兼ファミリーレストラ ン「ピアキャロット」学園都市店の代表責任者として赴任しました」  そう言って、耕治は深々と頭を下げると、傍らにいる面々の紹介を始めた。 「彼女たちは本店の従業員としてきて戴きました。後、同時に俺の嫁さんでもあるんですが……  とにかく、紹介させて戴きます。  まず、財務担当の涼子さん、フロアチーフのあずさ、厨房火元責任者の早苗さん……」  耕治の紹介に従って、名前を呼ばれた「前田家」の面々が一歩ずつ前に出て頭を下げ る。  ちなみに、耕治が照れ臭そうに小声で言った台詞を、聞き逃したものは誰もいなかっ た。勿論、その場にいた全員がにやりと笑みを浮かべたのはいうまでもない。 「……資材管理担当の潤、ウェイトレスのつかさちゃん、留美さん、美奈ちゃん、とも みちゃん、ユキちゃん、紀子ちゃん……そう言えば、つかさちゃんと留美さんの知り合 いがこの学校にいるとか」 「瑞希ちゃんと玲子ちゃんなら、さっき会ったんだワン♪」 「なるほど、あの二人であれば接点があってもおかしくはないわね」  つかさの言葉に、ひかりが首肯くと、それで新しい顔ぶれに対する警戒心も薄らいだ のか、誠達も打ち解けた調子でそれぞれ自己紹介を交わした。そして最後に、秋子が春 惠とかおる、信士と美樹子を紹介すると、いよいよ待ちに待っていた時間が訪れた。 「それでは、あまりお話しばかりだと時間ももったいないですし、何よりお腹も空いて きましたからね。試食会を始めましょうか」  その言葉に、大食いカルテットの瞳が「きゅぴーん☆」と光ったのはいうまでもない。
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「あっちがこうなって、ここがこうなって……」 「う〜ん、上手く帯が結べないよぉ〜〜」 「はいはい、ちょっと待ってね……」  準備の為、一旦耕治達が奥に引っ込んだ後、女子更衣室では時ならぬ賑やかな喧騒が 沸き起こっていた。  言うまでもなく、試食会は同時に新制服のお披露目でもあるのだが、用意された二種 類の制服の内一方はこれまでのキャロットの制服とはがらりと趣の変わったものであり、 又普段あずさ達が着る機会の少ないタイプの代物であった為、着用に少々てこずってお り、ひかりのサポートを受けて着替えているのであるが、なかなかどうして手強いよう であった。  しかし、それでもなんとか着替えが終わったようで、ものの一〇分もしない内に全員 が店内に勢揃いした。 「お待たせしました、それでは改めまして……ピアキャロットへようこそ!!」  あずさ達が声をそろえてそう言うと、直後、時ならぬ拍手がボックス席からおこった。 「う〜、留美さん、やっぱりバイトさせて〜〜」  普段とはうって変わった調子で目をうるうるさせているのは……瑞希である。  結局、あの後瑞希と玲子も秋子からの電話を受けて食堂改めキャロットにやっていた のだ。そして、やはりと言うべきかコスプレカルテットの千堂家サイドの片割れはあっ けなく料理よりも制服の方に撃沈されてしまった。 「あ、あはは……瑞希ちゃん、貴方も随分変わったね……」  あきれ顔でそう呟くのはいうまでもなく、玲子である。  尚、誠達はというと、 「どうでもいいから早く食わせろ〜〜」  であった(笑)  尚、キャロット5号店の新制服は二種類、一つは「ブルーリボンタイプ」と名づけら れたもので、紫掛った青と白のツートンの上着に、ダークブルーのミニタイトの組み合 わせ、その腰に名前の由来となったネイビーブルーの飾りリボンが付き、更に首もとを 同色のレジメンタルタイが飾る。  全体としてはやや大人っぽいデザインだが、袖口に付けられた丸い綿飾りが可愛らし さを演出している。  これを、留美・美奈・ともみ・紀子の四人が身に纏っている。  もう一つは、「大正浪漫タイプ」と銘打たれたもので、桜花の柄をあしらった薄桜色 の小袖に藤紫色の袴を履き、小豆色の帯を締める。アクセントは藤色の襷と、足元の編 み上げのハーフブーツで、その名の通り大正期の女学生風のスタイルであるが……それ こそ正月でもなければ着物を着る機会の少ない現代っ子のあずさ達にとってはかなり慣 れを必要とする制服であった(それでも、着付けの師範の資格を持つひかりがいた事が 救いであったが)。  こちらを着ているのはあずさ・涼子・ユキ・つかさ・早苗の五人。ちなみに瑞希の目 はどちらかというと大正浪漫タイプの方に釘付けとなっている。  又、今回から和洋二種類の制服が出来た事にあわせて男性スタッフの制服も二種類に なった。  耕治は従来通りタックの入った白のワイシャツに黒のスラックス、小豆色のベストの ものだが、潤の方は大正浪漫タイプと組み合わせて使用される青紺の作務衣姿である。  勿論、言うまでもなく潤の内心では、 (うう、やっぱり僕だって女の子の制服着たかったよぉ〜〜)  と、血の涙が池を拵えていたのではあるが。  また、制服のローテーションは5号店では特に定められず、それぞれの気分に応じて 使い分けていいことになっている。 「さて、本日はお披露目ということもありますし、何でも好きなメニューをご注文戴い て結構です。皆さんのお口に合えばいいんですけど……」  耕治がそういうが早いか、 「このページの和食御膳を全品二人前づつ」 「デラックスホットケーキ三〇人前」 「カレー関係を5皿づつ」 「……………………中華麺関係とパスタ関係を大盛りで全品」 「ま、マジ……ですか??」 「す、すごいですぅ……」  大食いカルテットの凄まじい注文に思わず冷や汗を垂らす潤と美奈であった。 「俺は海老ドリアとツナと大根のサラダ、後食後にコーヒー」 「私はクラブハウスサンドイッチと冷たいコーンスープ、ミルクティね」 「はいはい、お二人はいつも通り、っと……別に今スケッチすることはないと思うんだ けど??」 「もう……あんまり消しゴムのカスを散らかさないようにしてくださいね、美樹子さん」  顔見知りで注文するメニューもだいたい相場の決まっている信士と美樹子の応対をし ているあずさと涼子は、メニューそっち退けでスケッチブックに鉛筆を走らせる美樹子 の姿にちょっとあきれ顔であった。 「私はこちらのフライ盛り合わせ定食を。後、食後にロシアンティをお願いしますね」 「私は和風スパゲッティとミックスドリア、後ミルクティで」 「儂はこのカントリー風チキンのハーブ焼きが良いな。すまんが、三人前貰えれば有り 難い。あと、コーヒーをブラックで。これもすまんがパーコレーターごと」 「えっと……フライ盛り合わせに、和風スパゲッティと……あれ??」 「ともみちゃん、ここはこうして……そうそう」 「くすっ……頑張ってね、二人とも。いいウエイトレスさんになれるといいわね」  秋子・ひかり・ガディムのテーブルを受け持ったともみと紀子の二人は慣れないPO Sシステムに悪戦苦闘して、ひかりから暖かい励ましの言葉を受けていたが、その姿が 周囲の目には初々しくも微笑ましく映っていた。 「私はこちらの御膳と、アイスコーヒーを……かおるは??」 「う〜ん、かぁるはおむらいすぅ〜〜」 「はいはい、じゃあ春惠さんは山かけ御膳とアイスコーヒーですね」 「えっと、かおるちゃんはジャーマンオムライス、っと……あと、ホットミルク??」 「うん、いるぅ〜〜」  ぶっきらぼうにみえて、実は意外と細かい所に気がつくユキと、それを優しい目で見 守る早苗。そんな二人を春惠は暖かい眼差しで見つめていた。 「う〜ん、大正浪漫タイプ一つ〜〜」 「じゃあ私はブルーリボンタイプ一つ〜〜」 「ダメ」 「却下だワン♪」  お約束通りの会話は言うまでもなくコスプレカルテットである。「制服一つ」「駄目」 の応酬を延々繰り返してどちらも精神的に疲れ切るまで、暫くの時間が必要だった。  それから、待つこと暫し。  テーブルの上には運ばれた料理の放つ薫り高い芳香がワルツを踊っている。 「ご注文は以上でよろしいでしょうか??」  恭しく耕治がそう問いかけると、各テーブルから「OK」の返事が帰ってきた。 「それでは、ごゆっくりお召し上がり下さい」  やがて、店内に食器同士の触れ合う音や話し声といった明るい喧騒が満ちあふれる。  その様子を待機所で眺めながら、耕治はほっと一息をついた。 「お疲れ様」  壁に凭れて少し疲れた顔で様子を見る耕治の傍らで、そっと労いの言葉をかけたのは あずさである。 「いや、そんなに疲れた訳じゃないけどね……ただ、改めてこうやってみると解るけど、 祐介さんって結構凄い人だったんだな、って改めて思ったりしてね」  そう言って、感慨深げに天上を仰ぐ耕治。 「それより……あずさもこれから大変だぜ??フロアチーフ、頑張ってくれよ」 「ええ」  二人がそんな会話を交わしていると、 「あの……少し、宜しいですか??」  二人の傍らに、食事を終えた秋子が立っていた。 「なんでしょう」  控えめな秋子の呼び掛けを受けて、姿勢を正しつつ耕治は答えた。 「本当に……私たちの我儘を聞いて戴いて、ありがとうございました。こうやってみて おりますと……本当に貴方方と言う人選に間違い無かったと胸を張れそうですわ。  月曜日から……忙しいでしょうけれども、宜しくお願いします」  そう言って、改めて深々と頭を下げる秋子。それに答え、耕治とあずさも礼をすると、 「あ、そうだ……それと、急な話なんですけれど、今日の夕方から、家族間の親睦を深 める目的でダンスパーティを開催するんですけれど……宜しければ、皆さんもご参加下 さいな。  他の家族の皆さんにも、改めて紹介も慕いですしね」  その言葉に、耕治は少し考える素振りを見せたが、あずさが軽く首肯いたのを見て、 「解りました。喜んでお受け致します……それと、こちらこそ、今後とも宜しくお願い します」  そう返事を返した。  フロアの方では、試食会の方も終わりかけており、飲み物を手に談笑するもの、デザ ートに挑むもの、様々であるが、どの顔も満足で満たされている事に変わりはなさそう であった。  それを確認すると、耕治は自分の出した決断が間違いでないと言う事にようやく確信 が持てたようであった。  これから始まる日々がこれまでと全く変わるものになるのであることは間違い無い。  だが、このちょっと変わってはいるが陽気で楽しい人達がいて、大切な家族がいる限 り、俺達はここでうまくやっていける。  そう、耕治は確信したのであった。
私立了承学園 a private campus "Ryousyou-Gakuen" This Episode is "Welcome to Pia-Carrot!!2" 5th Day,1st Times 「5号店、誕生」 Written by うめ☆cyan
 おまけ…… 「ふっふっふ……来たか、Myフレンズども……これで我が野望が又一つ……」 「ふっふっふ……期待の新戦力、到来ね……さて、どうやって勧誘しましょうか……」 「ねぇ、信士君……何か寒気がするんだけど……」 「美樹子さんも??奇遇だな、俺も実はそうなんだけど……」  終わる?? 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  こんばんわ、うめ☆cyanです。  お待たせしました、ぴあ2来校編、後半をお届けします。  顔合わせをだらだら続けるのはちょっと嫌だったので、あれこれと詰め込んでしまっ た分、かなり長いエピソードになってしまいました。  出来るだけコンパクトに纏める努力はしたんですが……それでもひょっとしたら現状 で「了承」史上最長のエピソードとなったかもしれません。  ですが、まぁこれで「前田家」もいよいよ本格的に動き出すということで、皆さんに 可愛がって戴ければ嬉しいです。  さて、前回登場しなかったメンバーも今回ちゃんと登場させましたが、扱いについて はいかがでしたでしょうか??  個人的にはかぁる「先生」はかなり(にやそ)だと思うのですが。  ところで……早苗と涼子には2の制服より大正浪漫タイプの方が似合うと思いません?? ね?ね?  それと、IRCで話題になったガディムの食料庫ですが、今回で「解消」させてしま いましたけれど……いかがでしたでしょうか。  私としては無い方がいい要素だと思うのですが。
 ☆ コメント ☆ 和樹 :「瑞希……。もう、戻れないんだな」(−−; 浩之 :「いいじゃねーか。本人が楽しんでるんだから」(^^) 和樹 :「いいよなー。お前のとこは『おたく』と無縁だから」 浩之 :「そーでもねーぞ」(^ ^; 和樹 :「そーかー?」 浩之 :「格闘技おたくに魔術おたく、特撮ヒーローおたくだっているしな」(^ ^; 和樹 :「…………」(;^_^A 浩之 :「まあ、確かに……同人誌を作ったりコスプレをしたりするのはいないけど」 和樹 :「だよなー。即売会(修羅場)と無縁の世界に生きてるもんなー。      羨ましいぞ、浩之」(;^_^A 浩之 :「あはは」(^ ^;  ・  ・  ・  ・  ・ 琴○ :「あ、あのー。制服を一つ。大正浪漫タイプを……」 つかさ:「ダーメ」(−o−) 琴○ :「うみゃ〜。そこをなんとかぁ〜」(;;) つかさ:「ダーメ」(−o−)



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