了承学園5日目 教師編・第4時限目 (作:阿黒) 「え〜と…」  保健室――自分の職場の扉を開けて視界に飛び込んできた風景に、メイフィアはと りあえず頬を掻きながらそんな意味の無い呟きを漏らした。  家庭用コピー機を持ち込んで、色上質紙に何やらコピーしている舞奈。  それを丁寧にカッターで切り分けて、小さなカードを作っている雪音。  そのカードを律儀に数えて、輪ゴムで束ねているマリナ。  そして、名刺入れほどの大きさでラッピングして、リボンまでかけているマイン。 「なにやってんの?あんたら?」 「ア、帰ッテキマシタカ」 「お邪魔しております」 「………」(ペコリ) 「オ帰リナサイマセ、メイフィア様。今、片ヅケマスノデ…」  四者それぞれの応対を見ながら、なんとなくそれぞれ「らしい」反応だな、という 感想をメイフィアは抱いた。まあ、それはともかく。 「質問にまだ答えてもらってないわね。一体、何をやってるの?」 「ビンゴゲームの賞品作り…だそうです。今日のパーティーの余興の」  切屑をゴミ箱に捨てながら、雪音が率直に答えてきた。が、その答に更にメイフィ アの疑問は深まってしまう。 「ビンゴ?賞品?…なんで?」 「…アクマデ余興、ナノデスカラ、ソンナ豪華ナ物デハナク、教職員各々ガ不要品ヲ 持チ寄ッテ済マセヨウ…トイウ、オ達シダッタデショウ?」  助手である舞奈の指摘に、そのことをメイフィアは記憶の井戸から引っ張り上げ た。 「あーあーあー、そーいえばそんなことがあったよーななかったよーな」 「………」  静かに、マリナがため息でもつきそうな表情を見せた。が、結局沈黙を守ったま ま、最後の一揃えをくくると、その束をマインに手渡す。 「…多分ソンナコトダロウ、トイウコトデ舞奈サンガコウシテ準備ヲナサッテイマシ テ。私共ハ、ソノ手伝イデ…」 「あ。そーなのマイン?ゴメンゴメン。わざわざアタシのために集まってくれたん だ。ありがとね」 「…どーせあんたらヒマなんだから付き合え、と言われまして強引に」 「…………」(コクコク) 「…拒否シタラ、私ノ恥カシイ秘密ヲ暴露スル、ト、脅迫サレマシテ…」 「…舞奈…あんた…」  コピー機のコードをクルクルと巻き取りながら、舞奈は胸を張って言った。 「後暗イ秘密ヲ抱エテイル方ニ、問題ガアルト思イマスガ?」 「ん。そーいやそーねー。せっかく弱味や隙があるなら使わなきゃ損だし」 「…腐ってますね…この方たち…」 「…糸引イテマス…」 「…私…昔、コンナ人達ト一緒ダッタンデスネ…」 「あっはっはー。なんかムカツクけどまあ負け犬の遠吠えと思っておきましょうか ?」  なにやらシクシク泣いているメイドロボズ(舞奈以外)を尻目に、わははーとメイ フィアは笑った。チョビっと、引き攣った笑いではあったようだが。 「で、賞品って一体ナニ作ってたのよ?」 「サービス券デス」  そう言って舞奈はA3サイズのコピー原稿をメイフィアに示した。名刺大の大きさ の区切り線の中に、「肩もみ券」「足もみ券」といった文字が明朝体で印字されてあ る。 「…なんか父の日とかで子供が自分の懐痛めずに済ませるためのプレゼントみたい ねぇ。見た目からして安っぽいし。っていうか、頭悪いわよね、こーいうの。すっご いいい加減だし」 「昨夜、メイフィア様ガ酔ッ払ッテ私ニ原稿作ラセタンジャナイデスカ。ドーセ余興 ダカラ適当デイイカラ、ッテ」 「でもよく考えると余興の範囲内ということで押し付けがましくなくて、シャレっ気 があって、ステキな選択ねっ♪」  いっそ気持ちよいくらいアッサリ前言をひるがえす上司にどこか冷たい目つきで、 舞奈は言った。 「…実際ニサービススルノハ、私達ナンデスケドネ」 「私達、ってなんですか私達ってーーーーーーーーーーーーー!!」 「雪音サン」  ひし、と雪音の手を握ると舞奈は実用ではなく装飾としてかけているメガネ越しに 上目遣いの視線を向けた。 「私達…友ダチヨネッ?」 「今すぐたちどころに速攻で完璧に後腐れなく縁を切りたいですとっても物凄く切実 にっ!!」 「…ハア…」 「…一応…姉妹デスカラ…縁、切レナイデスヨネ…」  おさげ髪以外は全く同じ外見を持つマリナとマインは、二人揃って肩を竦めた。  ********** 「で、まあ、せっかくだからこのサービス券にどれくらいの効用があるのか?という ことを試してみようかと思って」 「…ひょっとして…実験台ですか私たち?」  あまり人気のない職員室の、空いている適当な椅子に座ってサービス券をトランプ のように切っているメイフィアに、ティリアは心持ち半眼に近い目つきをしてみせ た。無論、その隣にはデュークもいる。 「実験台だなんて…たかだかこの娘たちの肩もみサービスとか?まあそういった感じ のことなんだし。そんな構える必要なんかどっこにもないでしょーが」  僅かに苦笑しながら、ババ抜きよろしく扇形に開いたサービス券をメイフィアは二 人に差し出した。 「…………」  デュークは無言でこちらには背面を向けたサービス券を見て、隣のティリアに視線 を移し、それをメイフィアの背後に無言で控えているメイドロボズに転じると、意味 もなく周囲を見回した。  どうせ肩もみ券の類だと、わかってはいる。どこをどう考えたってどーしようもな く面倒でしょーもなくてロクでもないくせに危険な事態に陥ることなど、あるわけが ない。…だと思う。  それなのに、なぜこうも漠然とした不安を感じるのだろう?何の根拠も無いのに?  自分同様黙っているティリアも、多分自分と同じものを感じているのだろう。 「えーと…」  場の、沈滞した重苦しい空気に耐えられず、とにかく口を開きかけたデュークが何 か意味のある言葉を紡ぎ出そうとする前に。 「一枚だけ引けばいいわけね?」 「ティリア?」  一つ頷いてティリアが立ち上がった。やや上からメイフィアが手にしたサービス券 を見下ろし。 「ちょっとそこのラルヴァ〜、そーそー青い羽のあんた、あんたに言ってるのよー。 ちょっとこっち来てくんないー?」 「ナンダ、一体?」  生贄かいっ!!  素直にやってきたラルヴァとティリアに心の中だけでツッコミをいれながら、血の 涙でも流しそうな心境で、恋人が黒い魔物を罠に嵌めようとしているのをデュークは ただ、じっと眺めていた。 「一枚引ケバイイノカ?」 「そーそー」  割と楽しそうにラルヴァ(青)は2、3度指先をブラブラさせるとあっさりと一枚 抜いた。 「…マリナ・肩モミ券?」 「だってさ、マリナ。ごー!」 「カシコマリマシタ」  メイフィアに促されるまま、一礼して前に進み出たマリナはしずしずとラルヴァの 背中に回ると、事態を把握していないラルヴァの肩に手をかけた。 「ソレデハ、オ揉ミシマス」 「エ?エ?エ?…ウオオオオオオオオオオオオッ!!!?」  もみもみもみもみもみもみもみもみ…… 「コ、コレワッ…!?………キ、気持チイイッ!」 「気持ちいいのか!?」  思わず尋ねるデュークに、うんうんとラルヴァは頷いた。 「アアッ…日頃ノ疲レガ溶ケルヨウニ消エテユク…」 「…苦労してんのね、あんたら…」 「…そう思うなら身代わりになんかするなよティリア…」  聞こえないように小さく呟くデュークである。と、マリナがデータロードを開始し た。その、一拍の間の後に、マリナはラルヴァに囁きかけた。 「あのぅ…気持ち、いいですか?」  どっかあああああああああああああああああんんんっ!! 「ア、ア、ア、アアッ…」 「そうですか…良かったですー」  その口調は当然と言うか…マルチそっくりであった。とても愛らしく、そして心か ら相手のことを思いやる、慈愛に満ちていた。  もみもみもみもみ… 「でも、こんなに肩が硬くなっちゃって…お疲れなんですね…」 「イイイイイイイイイイイイイイイイイイヤ、ベベベベベベベ別ニ、タイシタコト ハ…」 「…無理しちゃ、ダメですよ。健康には気をつけなくっちゃ」 「ソ、ソ、ソウカナ?」 「…ラルヴァさん?」 「ナ、ナンダ」 「いつもお仕事、ごくろうさまです。…私、頭悪いから、うまくいえないけれど、… その」 「ウ、ウム…」  微妙な間をおいて。肩越しにこちらを見ているラルヴァに、マリナは囁いた。すこ し、顔を俯かせて。 「あ、あの…がんばってくださいね!」  ズキュウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥウウム!! 「クケーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」  突如、怪鳥のような叫びを上げると、狂ったようにラルヴァは床の上で盛大にのた うちまわった。 「クキャキャキャッ、クキャッ!!クケッッ!ケキョーーーーーーーーーーッ!!」 「うわうわうわうわうわうわ〜〜〜〜〜!?」  盛大に振り回される鋭い鉤爪とムチのような尾に、一同は近づくこともままならな いままその狂態を見守るしかなかった。  が、やがて待つというほどの時間をかけるほどもなくピタリ、とラルヴァの動きが 止まった。 「…コホン」  咳払いなどしつつ、埃を払ってラルヴァはゆっくりと立ち上がった。その緩慢な動 きのまま、マリナに顔を向ける。 「ウウッ…コンナ優シイ言葉ヲカケテモラッタノハ、生マレテ初メテダ…」 「ふ、不憫な奴…」 「まあ、ガディム教頭から生まれてきたわけだし…ラルヴァって」 「なんかもー、私のマリナさんをっ!とか思ってましたケド、怒れなくなっちゃいま した…」  そんなメイフィア達の言葉はどうやら耳に入っていないらしいラルヴァはグズッ、 と鼻をすすると、 「私…仕事アリマスンデ、コレデ失礼シマス…ガンバリマス…エエ、ガンバリマスト モ…!」  うなだれて、しかし肩は軽そうに、ラルヴァは立ち去っていった。 「…ラルヴァって…鼻あったっけ?」 「いや、そーじゃないだろティリア」  一応そうつっこんでから、デュークは思案顔でメイフィアの持つサービス券を見つ めた。  …結構、いいかも。 「どう?デューク先生も一枚試してみない?」 「えっ?そ、そーですか?そ、それじゃあまあ、試しに…」  などと言いつつまんざらでもなさそうにデュークは手を伸ばしかけ… 「ん?なんだいこれ?」  不意に横合いから伸びた手が、デュークの指よりほんの少しだけ早くサービス券を 一枚抜き取った。 「あら、長瀬先生。…なに泣いてるのよ、デューク?」 「い、いや、泣いてなんかいないぞっ!いるもんか!!」  ティリアの、どこか殺気混じりの視線から目を逸らしあさっての方向にむかってそ う叫ぶデュークである。まあそれはともかく、通りがかりの長瀬源一郎は抜き取った カードに印刷された文字を読み上げた。 「…マイン・なでなで券?」 「エ…?」  一瞬ビクッと身を竦ませたものの、メイフィアのやや強めの視線に促されて、マイ ンは源一郎の前に進み出た。ややうつむき加減で、言う。 「ド、ドウゾ。…私ヲ、ナデナデシテ下サイ」 「撫でて、って…?え〜と…」  少し首を傾げながらも、源一郎は無造作にマインの頭に手を置いた。 「アッ…」  ピクリ、とわずかにマインの身体が撥ねる。が、そのまま押し殺した声でマインは 言った。 「ドウゾ…ソノママ…」 「撫でる、ねぇ…なにか楽しいのかい?この行為」  そう言いながらも、言われるままに源一郎はマインを撫ではじめた。  なでなでなでなでなで… 「ハワワ…」  なでなでなでなでなで… 「く、くふん…ふぁ…」  なでなでなでなでなで… 「あっ…ああっ…そ、そんなに…」  な、なでなでなでなでなで…なでなでなでなでなで… 「わ…わたし…わたし…もう…」  見る見る頬を染め、切なげな声を出すまいと懸命に堪えるマイン。が、その必死の 努力を裏切って、身体はぷるぷると震えていた。  なでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでな でなで…!! 「ふぁ……あふぅ!……あっ、ああっ、ふぁぁぁぁ…」 「あー…あのさ、そんなに気持ちいいのかな、これ?」  なでなでなでなでなで… 「あはうっ…」 「えーと…頭撫でるだけなのがそんなに気持ちいいのか?なあ、どうなんだ?」  どこかイジワルな口調で、源一郎はもはや立っているのも辛そうなメイドロボの顔 を覗き込んだ。  なでなでなでなでなで… 「…ひいっ…くふ…」 「喘いでちゃわかんないだろー?なあ、どうなんだね?」 「あ、あの、私…わたし…」  なでなでなでなでなで…なでなでなでなでなで… 「くぅん…」  鼻にかかった、仔犬の鳴き声のような吐息をマインは漏らした。それでも先程から の源一郎の質問に、何とか答えようとする。 「…自分でも…わからないです…どうしてこんな過剰な反応をしてしまうのか…そ の…」  なでなでなでなでなで… 「…ひん!……で、でも、気持ち良いというか…その…」 「んんん〜?なんだい?」 「その…う、嬉しいんです…人間の方に、褒めていただけるのは…わ、わたしでも、 お、お役に立てたんだな、って…」 「はいはいはい、長瀬センセ、それくらいにしといてね。とりあえずサービス一回5 分間って取り決めだから」  と、そこでメイフィアが割って入り、源一郎の手を少し強引に振りほどいた。思わ ず倒れこみそうになるマインの肩を抱いて、耳元で囁く。 「ほらほら、さっき教えたでしょ?終わったら、ちゃんとお礼を言わなきゃだめじゃ ない」 「ハ…ハイ…」  ややボウっとしていたマインだったが、メイフィアの言葉に再びデータロードを開 始した。それでもまだ機体のモーターは熱くなっており、オーバーヒート気味では あったのだが、なんとか声をだす。 「…ご…ご利用、ありがとうござい…ました…」  ……………。  ……………。  ……………。  ……………ぷちん。 「もう一回!頼む、もう一回ナデナデさせてくれえええええええええええええええ いっ!!!」 「どち狂うなこのオヤジっ!!」  ごちぃぃんっ!! 「ぐはああっ!!?」  鞘ごと抜いたティリアのフィルスソードに後頭部を強打されて、あっさり源一郎は 床に沈んだ。 「ああっ…やっぱりなんかロクでもない展開になってきたし。こういう悪い予感だけ はよくあたるのよねー。…デューク?なんでそう、顔を赤くしてるの?」 「え?え?そ、そうかな!?」  とりあえず源一郎の身体を邪魔にならないところに移動させながら、極力なんでも なさそうにデュークは応じた。こちらを見るティリアの視線が、何となく痛く感じて しまうのは気のせい…だと思いたい。 「あ、あんたもちょっと試してみない?」  とか言ってるうちに、更に新たな被験者を見つけたメイフィアが声をかける。  ガキョン。 「ドウシタンデスカ?」 「うわ、またカタカナ使用量がズンと増えそうな奴を」  メタリックなスペースチタニウム合金にリベット打ちの無骨な外観。それでも一 応、無理すれば緒方英二になんとか見えなくも無いよーな気もするメカ英二がノッソ リと進み出てくる。  そんなメカ英二に、残り3枚になったカードをメイフィアは差し出した。 「ま、ま、どれか選んでみそ?天国か地獄かは、神のみぞ知るって奴だけど」 「?ナンデスカソリャ?」 「…じゃ、あたしもー」 「ティリアっ!?」  メカ英二とほとんど同時にカードを抜き取ったティリアの顔は、どこか不機嫌そう だった。 「…デュークにこんなこと試させるくらいなら…」 「いや、その…」  その、ティリアの囁きはデュークだけにしか聞こえなかった。そんな二人を少し面 白そうに見ながら、メイフィアはしかし、特に何も言わなかった。 「エート…『舞奈・妹券』ッテ、ナンデス?」 「あ、アタシのは…『雪音・おしゃぶり券』…って?」  二人が、揃って首を傾げたのとほぼ同時。 「…おにーちゃん☆」 「プオッ!?」  いきなり首にしがみつかれて、バランスこそ崩さなかったものの、メカ英二はナノ セカンドの僅かな時間、状況を見失ってしまっていた。 「えへへへ〜」  屈託なく笑って(といっても量産型はあまり表情を作れないのだが)自分の首に腕 を回している舞奈の行動を理解できないまま、とりあえずメカ英二が思いついたの は…バリヤー展開だった。それが一番有効そうな対処法に思えたのだ。 「すりすり〜」  そんなメカ英二の思惑に関係なく、舞奈はまるで猫のようにメカ英二の冷たくて固 い装甲に頬擦りをする。 「あのね、メカ英二さん」 「ナ、ナ、ナ、ナンデスカ!?」 「あのね…舞奈、前から思ってたんだけど…私たちには姉妹はたくさんいるけど、兄 弟はいないんだよね。だから…だからね?」 「…………」  普段の性格悪そうな言動からはとても想像できない甘えっぷりに、絡みつかれてい るメカ英二以外の者も…メイフィアさえ、言葉を失ってしまっている。が、そんな周 囲には全く無頓着に、メカ英二の胸に「の」の字など書きながら、舞奈は聞く者が どっかあんと爆発しそうな猫声で、言った。 「だから、英二さんのことおにいちゃん、って…呼んでもいいかな?」  ぷしゅうううううううううううううううううううううっ!!  首関節の継ぎ目から思わずスチームなど噴出してしまうメカ英二である。実のとこ ろ、外見はあまり似ていないが、AIのモデル人格になっているのは本物の緒方英二 なのである。多少の修正は入っているが。  そのため、何気にシスコンの気はあったりする。 「…ダメ?」 「…イ、イヤ、ソノ…」 「別に…いいよ。ダメならダメで。考えてみればロボット同士でお兄ちゃんだなん て、…くだらない、よね…」 「…………」  口は閉ざしたものの、逆にますます身体を密着させて自分の胸に顔を埋めてしまっ た舞奈の処置に、メカ英二は助けを求めるように周囲を見回した。が、そんな彼に誰 も応じようとしない。そこにあるのは自分同様、困惑した顔だけだった。  少し迷った後、メカ英二はメカらしくあっさり結論を出した。 「……別ニ、ソノ呼称ニ問題ハナイガ…」  おずおずと顔を上げて自分を見上げてくるメガネっ娘に、思わず神経回路の一部に 過剰なパルスがかかるのを自覚する。 「…ほんと?」 「本当デス」 「ホントにホント?」 「本当ニ本当ダッテ」 「…………………」  再びうつむいて黙りこくってしまった舞奈に、思わず引き込まれるようにメカ英二 は顔を寄せた。  瞬間。 「おにいちゃん、大好きーーーーーーーーーー!!」 「グハアアアアアアアアアアッ!!!」  ぽんっ。  電球が破裂した時のような軽い破裂音と共に、メカ英二のこめかみにあたる部分の リベットが2、3本抜けて飛び出した。歓声を上げてメカ英二にむしゃぶりついてい た舞奈は全く気にしなかったが。 「おにいちゃんは舞奈だけのおにいちゃんだよ?ぜったいだよ?やくそくだよ?」 「アウ、アウ、アウ…」  ガクガクと頷くだけのメカ英二を呆れたように眺めて、雪音はゲンナリした顔をし ているティリアに向き直った。 「口調は幼いけど何気に独占してるあたり、やっぱり性格悪いですね舞奈さん。  …さて、それではそろそろこちらも始めましょうか?」 「あ、いや、なんかアタシ、ちょっと早まっちゃったかな〜とかヒシヒシと後悔して るんですけど…」  冷や汗を垂らしているティリアは無視して、雪音はサテライトサービスを起動し た。 「…アクセス…了承学園生徒データベース…分類…千堂家…マキムラミナミ…」 「え?え?え?」  不意に、雪音の雰囲気が変わった。美人だがややきつそうな印象を与える無表情な 顔に、どこか柔らかそうな色がちらつく。目元もこころなし丸く、おっとりとしたも のに変わっていた。 「…ティリアさん?」 「そんな、声まで変わってる!?」  基本は雪音のままだがそれにダウンロードした人格データが加味されているという か。 「ちょっと、失礼しますね」 「へっ?」  と間抜けな返答をティリアが返した時には、ごく自然に右手を握られている。特に 素早いというわけではなく、むしろゆったりとした動作にも関らず、それをティリア は察知することができなかった。  そしてそのまま、まるで当然のように雪音は――ティリアの人差し指を咥えて。  くちゅくちゅ… 「う、うわうわうわ、うわっ!?」  まるで赤ん坊のように指をしゃぶりだした雪音の口から指を引き抜こうとして、 ティリアは。  ――ぞくっ!!  その、指先から伝わってくる感触に、まるで冷たい氷で背筋を一気に上から下まで 撫でられたような刺激を覚えた。まるで感電したように。  くちゅ…くちゅり…ちゅるっ……!  作り物とは思えない、柔らかく潤った口内に捕えられた指先に、まるでそこだけが 別の生き物ような舌がねっとりと絡みつく。そして時々、チュッチュッという指を吸 う音が鳴る。 うっすらと、ほとんど目を閉じて雪音は無心にティリアの指をしゃぶっていた。 雪音は髪形やタイトスーツ姿のせいで、一見他の同型よりもやや年長に見られるこ とが多い。そんな彼女がその大人びた雰囲気はそのままに、まるで幼児のような純真 さと幼さを醸し出していた。 そのアンバランスさが、どこか淫靡な印象も与える。 「ふふ…」 静かにティリアの指を口から解放し、しかしその手を握ったまま雪音は顔を真っ赤 にしているティリアの耳元に唇を寄せた。 「はうっ…!?」 左の耳朶を歯は立てず唇だけで咥えられ、何とも表現し難いその感触に嬌声じみた 声を思わず上げてしまうティリア。更に耳朶の縁だけを少し吸って瞬間的な刺激を与 えると、雪音はその隙に右手をティリアの腰に回し、まるで当然のように椅子に座ら せた。 「…アレガ、雪音サンノ手口ナンデス…」 「手口ってなんだよおい!?」 複雑そうな口調のマリナに思わずデュークは声を荒げかけたが、かといって実力で ティリア達に介入するのは何故かためらわれた。具体的には単に指と耳を軽く吸った だけである。何といっても一応、女同士だ。そうそう妙な――今の状況とは違った意 味で――事態になるとも思えない。 「ふふふふふ…ティリアさんって、世界を股にかけていろんな娘に手を出しまくった そうですね…あまつさえ、御友人のサラ様とエリア様まで毒牙にかけたとかなんと か…」 「人聞き悪いこと言うなああああああああああああああああああああっ!!?」 「そ、そーなのかティリアっ!?」 「えええええええっと、えっとねデューク、これにはふかーくておもーくて拠所無い 理由があって」 「そう。世界を救うという大義名分で世界中の女の子を食いまくってあまつさえ御友 人のサラ様とエリア様まで以下同文」 「そ、そ、そーいうシュミ持ってたのかティリアっ!?」 「ああああんん!私はデューク一筋よおっ!絶対!確実!嘘偽り無く!」 「つまり、サラ様とエリア様は所詮遊びだったと」 「ああああああああ、なんか根本的なところで誤解があるのよおおおおおおおおお お」 ぎゃいぎゃい騒ぐ一同を見ながら、マリナがポツリと呟いた。 「…雪音サン…モー少シデティリア様ヲコッチニ引キ込メマス。…ファイト!」 「…エート…マリナサン?」 心持ち声を震わせたマインが、しかしどうしたものかと途方に暮れていた、その 時。 「…何やってるんだお前ら?」 「あ、最後の一枚、試してみる〜?」 背後からの聞き慣れた声に、慣れているが故に反射的にメイフィアはそう応じてし まっていた。メイフィアが振り向くより早く、最後のサービス券が彼女の手の中から 引き抜かれる。 「…あん?『Free・ふきふき券』だ…?」 「おっ、それはスペシャルね!この娘達の中から好みの相手を誰か一人、ふきふきし ちゃってもオッケーよん☆という漢の浪漫が…」 ピシイッ!! お気楽なメイフィアの笑いが、途中で引き攣って硬化した。固まった彼女の前で、 元から悪い目つきが更に極悪な角度で吊り上がる。 「…ヤ、柳川…様?」 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…!! 何やら陽炎のような波動を周囲の空間に放射している主人に、恐る恐るマインは 声をかけた。が、そんなマインには目もくれず、柳川はそろそろと逃げ出そうとして いたメイフィアに険悪そのものの視線を撃ち込んだ。 「…グルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルル…」 「やっ、いやん、そんな野獣みたいな声、上げちゃ…ああん、メイフィアとっても怖 いわ…なんちゃって〜……って、その〜〜…」 「グルグキゲキプペピプピュァヒリュヒヘヒアクブシュバペピブペーー…!!」 「柳川様…ソンナ謎ナ奇声、別ノ意味デ怖イデスカラ止メテ下サイ…」 クシャッ。 そんな二人の呼びかけを完全に無視して、柳川は手にしていたサービス券を握り潰 した。更にそれを床に落した後、原形を留めぬまでに踏みにじる。 「え〜〜〜〜と…」 ジリジリと、少しでも柳川から遠ざかろうとしながら、メイフィアはまるで誤魔化 すように人差し指ををニョロニョロと意味不明に蠢かせ。 「…4人一緒でも、いいのよ?そのサービス券」 ぷちっ。 「ころおおおおおおすっ!今日という今日はもう殴殺して虐殺して撲殺して惨殺して 抹殺して二度と復活せんよーに骨まで灰にしてコンクリ詰めにして埋めて、その上か ら小便してやるわああああああっ!!」 「止メテ下サイ柳川様――――――!!」 「止めるなマインっ!あのアマ、抵抗する気力も無くなるまで徹底的にドツキ回して からフキフキしてやるっ!!」 「ソッ…ソンナノ、絶対ダメデス―――――――!!!」 「なんでそこまでっ!?」 柳川は無言で、あちこちから煙を噴いているメカ英二にしがみついている舞奈と、 デュークの目の前で更にティリアに微妙な攻撃を仕掛けている雪音を指差した。 「絶対、あれはお前の差し金だろうがっ!?」 「そんな差し金だなんて…あたしがあの娘達に教えたことなんて、せいぜい7,8割 程度」 「駄目だろ!?」  対峙しながらもジリジリと場所を移動する二人の間に、マインが割って入ろうとし た時。その肩を、既に防災用ヘルメットをかぶったマリナが掴んだ。  そして、無言で首をふる。 「…潰れろっ!!」  柳川が手近な所にあったスチール机を片手で持ち上げた。同時、メイフィアが両手 を前に突き出し、イメージした術構成を魔力と共に全力で展開する。 「風よっ!!」 ごうっ―――――!!! 瞬間的に発生した、おそらく風速50メートルを超過する突風が至近距離にいた柳 川を紙のようにあっさり舞い上げた。その圧倒的な風圧に抗す術もなく、柳川は反対 側――窓の方へ砲弾のような勢いで飛ばされた。そのままブチ破ったガラスの破片ご と、空の彼方へ消えていく。しかし、飛ばされる寸前に投じたスチール机は、暴風に かなりその勢いを削がれたとはいえメイフィアの頭上から落下した。 しかも二個。 「ぐぎぇえええええええっ!?」  ドスン!ぐわしゃっ!!  潰されるカエルのような悲鳴と共に、机の下にメイフィアは沈んだ。折り重なった 机の山から上半身だけを出し、目を回して失神している。同時に暴風も消滅した。 「エ〜〜ト…」  メイフィアの魔術の余波に吹き飛ばされ、一塊になって気絶しているティリアや舞 奈達に視線を向け、それからすっかりメチャクチャに荒らされた職員室を見渡し、マ インは…。 「立場上、私達ガ後片付ケシナキャイケマセンヨネ…」 「…ソウデスネ」  機能停止している雪音を瓦礫の山から発掘しながら、マリナが力なく同意した。   ************** 「…やっぱりいくら不慣れとはいえ、今までもう一歩を踏み出せなかった俺の不甲斐 なさに原因があるっ!だからティリアに寂しい思いをさせて、女同士の道なんかを歩 ませてしまったんだろうな…。しかも、その手のことに臆病とはいえ興味はあるか ら、ああいうサービスについ、よろめいてしまう…情けない…」  黒子とHMシリーズが半壊した職員室の片づけをしているのを前に、まだ気絶してい るティリアの肩を抱いて床に座ったデュークは己に言い聞かせるように、コツコツと 拳で額を小突きながら呟いた。  自分の肩にもたれて眠るティリアの顔に視線を注ぐと、デュークは自分一人だけに 言った。 「今夜の舞踏会で…今日こそ俺は、ティリアを…!」 「ムウ。ナンカワカランガシッカリヤレ」 「男になれよ、デューク先生」  詳細までは不明だが、なんとなくデュークの決意を察して、やや間を置いて炊き出 しのオニギリなどいただいていたラルヴァ(青)と源一郎がグッ!と拳を作った。  なお、言うまでも無いことだがビンゴゲームの賞品に、メイドロボ・サービス券が 出品されることはなかったという。 【後書き代わりの座談会】 (注:後書きですので普段カナ表記な喋りのキャラも普通に処理しています) 雪音 :さて、座談会ということなんですけど。マインさんと舞奈さんはどこに行っ たんでしょう? マリナ:マインさんは風に飛ばされた柳川先生を探しに行かれましたが。 雪音 :わざわざ探さなくても、そのうち勝手に帰ってくると思うんですが。で、舞 奈さんの方は? マリナ:メカ英二さんのオーバーホールを手伝いに行かれたそうです。 雪音 :…あれ?ひょっとして、結構本気だったんですか!?私、本編でのあの甘 えっぷりはてっきりサービス上の演技だと思っていたんですが? マリナ:舞奈さんって、あれで結構ブラコン願望あるんですよ。性格悪いですけど。 雪音 :なんで!?どーして!!? マリナ:舞奈さんの外見イメージは無論マルチお姉様なのですが…実は、瑠璃子様も モデルにしているんです。というか、私たち量産タイプが前髪をおでこ出 る くらい短くしたら、瑠璃子様そっくりになるんじゃないか、という。…で も絵にし たら、あまり似なかったと作者さんは泣いていたそうですけど。 雪音 :それは単純に画力の問題では?…成る程、とにかくそれで舞奈さんは「ブラ コン」という設定だけもらってきているんですね。 まあ正確には、瑠璃子様はブラコンではないでしょうけど。 マリナ:メカ英二さんもシスコンですし。 …似合いのカップル、じゃないでしょうか?(A^^; 雪音 :私達みたいにねっ(*^^*) マリナ:………。(−−) 雪音 :あれ?マリナさん?相槌は?ここはそういう場面でしょ? マリナ:………雪音さん、別に誰でもいいんじゃないんですか?お相手は(¬_¬ 雪音 :はい?(・ ・? マリナ:まあ…お仲間を増やしたいのは私も同感ですけど…でもティリア様相手にあ んなに…(; ; 雪音 :え?ええっ!?ええええええええええええ!!?ちょ、ちょ、ちょっとマリ ナさん!!?ご、誤解ですっ!あれはあくまでも余興のサービスであっ て、そんな誰でもだなんて!! マリナ:……グスッ。…だって、私には指フェラなんてしてくれたことないじゃない ですか(; ; 雪音 :えっ、あ、あれは、…だって相手がマリナさんなら、するよりさせる方がい いし…(*^^* マリナ:…………。で、でも、STS機能の無い私には、雪音さんにしてあげるなん て、できないです…(*−−* 雪音 :……覚えてください。 マリナ:…はい? 雪音 :いま!ここで!わたしが!マリナさんに!じっくりたっぷり!スミからスミ まで!コト細かく!もーこれ以上ないほど懇切丁寧に!教えてあげます! あげますから覚えてくださいマリナさん! マリナ:ああっ!?な、なんだか目が据わってるんですけど雪音さんっ!?     …あ、ああっ、んあっ!?ダ、ダメですこんな、こんな所で誰かに気づかれ たら… 雪音 :大丈夫です。すぐにそういうスリルが病みつきになるようにしてあげますか ら。 マリナ:わ、私、そんな破廉恥な女になるのはイヤですぅ〜〜〜〜〜〜!! *************** ルミラ:まあ…本人達が幸せならいいか、この二人は。(A^^; …ところで、マインの秘密って?それをネタにゆすってたみたいだけど? メイフィア:は?別にたいしたことじゃないですよ。先日編集した、あの子の成長記 録ビデオで没にしたシーンがあるんですけど、本人はそっちの方を無闇に 恥かしがってまして。 ルミラ:????例えば? 舞奈 :…えーと、柳川先生が脱いだ背広を頭から被せられて、それをハンガーにか ける前に『…暖かい…』とか、『あ……ご主人様の匂いがする…』とか呟 いてるシーンです。 ルミラ:うっ…それは確かに恥かしい(^^; メイフィア:そうですか?別に裸ワイシャツとか、メガネをベロベロ舐めたりとか、 下着を頭から被ったりとかだったら確かにちょっと恥かしいとは思います けど。 ルミラ:それはもう変態さんの域に達してるでしょうがっ!! *************** 柳川 :止めるなよ、マイン(−−メ マイン:……………はい。(−−メ
 ☆ コメント ☆ 綾香 :「レズとかブラコンとか……」(−−; セリオ:「みんな不潔よぉ。お姉さんは悲しいわ」(;;) 綾香 :「メイドロボって、『壊れ』ばっかりかい!」(−−; セリオ:「やれやれ。困ったものですね」(−−; 綾香 :「んな他人事みたいに。      あんたもメイドロボでしょうが」(^ ^; セリオ:「はっ! そ、そういえば」(@@; 綾香 :「…………おい」(−−; セリオ:「な〜んちゃって。冗談ですよぉ。      いくらなんでも、そんなことを忘れるわけがありませんよ」(^^) 綾香 :「セリオが言うと冗談に聞こえないのよ。      何と言っても、『壊れ』の筆頭だから」(−−; セリオ:「ひ、ひどい。わたし、『壊れ』じゃないもん。しくしく」(;;)



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