授業が終わる。  了承学園の授業は真面目とは言い難いが、それでも「授業」という単語から離れること は出来ない。  その「授業」が終わったのだ。  開放感が耕一を満たしていく。 「さて……」  耕一は最初から、どこかへ出掛ける予定でいた。  ……勿論、4姉妹を連れて、である。  更に、別のクラスとちょっと親睦でも深めるか、という気持ちもあった。  そして、自分が興味を持っている場所。  ……それらの条件を全て満たすというと…… 「よし。五月雨堂、行ってみない?」 『えっ!?』  私立了承学園   5日目放課後その1 「痕」編                     竜山 Wrote 「ちょ、ちょっと耕一!」 「いいだろ? まだ腹が減るには時間が早いし……確かHoneyBeeも近いしさ」 「お兄ちゃん! ちょっと待って!!」  何故だかみんなは引き留めるが、耕一は内心、かなり浮かれていた。  ……嘘だと思うだろうが、耕一、こう見えても古美術系に結構興味を持っている。とい っても壺や置物ではなく、刀や鎧などの武具に、だ。子供の頃、柏木邸の蔵には刀とかも あるのかな? などと考えていた記憶が、おぼろげながら残っている。どうやらその時か ららしい。 「何だよ、みんな行きたくないのか?」  ちなみにこの問いは、学校を出てからもう3回ほど発せられている。 「そうじゃなくて……」 「ほら、もうすぐだぜ? ここを曲がって……」  そう言って角を曲がった耕一の目に、五月雨堂が飛び込んできた。 「……まだ、開いていないと思います。耕一さん……」  経営者である宮田家の面々とて、了承学園の生徒であることに変わりはない。つまり、 つい先程まで自分たちと同じように授業を受けていたはずなのだ。  ……学校終了直後、こんな早くに来たところで、開いているわけはなかった。 「…………」 「……耕一さん」 「……耕一」 「……」 「……お兄ちゃん……」 「あ、あは、あはははははは…………」  耕一の乾いた笑い声が、辺りに響きわたった。  ちなみに、その直後にばきっという音が加わったのはお約束である。 「……ったく」  梓が自分の手をぱんぱんと叩く。  呆然とその様子を眺める楓、心配そうな表情の初音…… 「耕一さん、大丈夫ですか?」  後ろから頬を押さえて歩いてくる耕一と、その横をきっちり占領した千鶴。 「いや、確かに俺が悪かったけどさ……けど、問答無用で殴るこたねえだろ?」 「耕一が悪い」  言い捨てると、梓は五月雨堂の裏を回るような形でHoneyBeeへと歩き出す。まだ耕一 はブツブツと呟いているが、そんなものに構う必要はない。 「……あれ?」  その時、初音が持ち前の記憶力を発揮して、裏手に落ちていた小瓶を拾い上げた。 「初音? あ、これ、どこかで……」 「確か、3日前の……2時間目に」  さすがだ…… 「あれ? あの時、他に何があったっけ?」 「ん? そういや……あれ? 楓、覚えてる?」 「…………思い出せない」 「お姉ちゃんたちも?」 「どうしたの? 私にも見せて……あっ」  上からひょいと拾い上げようと、千鶴が手を伸ばす。  そして、お約束のように落っことす。  ぱり〜〜〜〜〜〜〜〜ん。 「……また、会ったね」  苦笑して、耕一は片手を上げた。 「……」  4人のシルエットが、もうもうと立ちこめる粉末の中に見え隠れする。  やがてそれが晴れると、そこには呆然とした表情の女性が、4人。 「お久しぶり。会えて嬉しいよ」  心からそう言っていると伝わったはずだ。エルクゥには心を繋げる力がある。 「……ええ。私も、会えて嬉しいですよ」 「ありがとう……リズエル」  物腰低めな、穏やかな印象で4人をまとめ上げる長女。 「へっ。出来ればもう会いたくなかったけどな」 「アズエル……それ、前も言ってなかったか?」  少し突っ張った、素直じゃないところが可愛い次女。 「また会えましたね、耕一さん」 「……そうだね、エディフェル」  静かな雰囲気の強い、次郎衛門が最初に惹かれた三女。 「……2日ぶりになりますね。こんにちは」 「ははは、さすがリネット、よく覚えてるね」  姉たちを思いやる、優しさと健気さを持つ四女。  ……何か、本当に現世の4人にそっくりだなと、つくづく思う。  しばらく、耕一たちはその場で、静かに心を通わせていた。  ……無言のままでもこうして心を通わせられるのは、忌まわしき鬼の力とはいえ便利な ものだと思う。  エディフェル、リネット……そして最初は長女としての責任からか微妙な警戒心を抱い ていたリズエル、敵対心を剥き出しにしていたアズエルも、3回目となる今はすんなり心 を開いてくれる。勿論耕一も、そんな4人に対して心を閉じるような真似はしない。  こうして心を通わせ合っていたはいいのだが……  ぐにゅううぅぅぅ〜〜〜〜………… 「……」 「……」 「……」 「……」 「…………はははははは…………」  本日2度目の、耕一の乾いた笑いが響きわたることとなった。  取りあえず、手近なHoneyBeeへと移動する面々。 「そうだ、どうせなら一緒にメシ食わないか?」 「……食事ですか?」 「お、そりゃいい」 「美味しいのですか?」 「この時代の食事って食べられますか……?」 「ま、見て見りゃわかるんじゃないかな?」  そんなことを言いながら、HoneyBeeへと入っていく耕一。 「いらっしゃいませ。あ、柏木家の……」 「今日は。ここに来るのは初めてだよな」 「はい……あの、お連れ様は?」  応対に出たのは例によってリアンだ。耕一たち柏木家の5人は知っていても、やはり皇 族4姉妹は知らないようだ。 「ちょっとね。それより、注文いいかな?」 「あ、はい」  耕一は誤魔化してしまうことにした。皇族4姉妹の話はどうしても長くなるし。また、 いくら同じ学園の生徒とはいえ、今は店員と客の立場にある。リアンの方も詮索は無用と 考えたようだった。 「じゃ、俺はハムエッグ……」 「じゃあ、これにする」  アズエルが選んだのは……和定食!?  ……ま、まあ、喫茶店のレベルだから、ご飯に味噌汁に刻んだキャベツレベルだけど。 にしたって、他の星からやって来た皇族が和食を食するとは…… 「私は、このリゾットっていうのを」 「何っ!?」 「名前が似てるから……」  い、いや、そういう問題じゃないだろリネット!!  耕一はリゾットという単語そのものに対して既に拒絶反応が出るほどになっていた。あ の悪夢の出来事が頭の中を駆けめぐる……  ……いや、待てよ。  確かあの時のリゾットは、千鶴さんのものだった。そして今、千鶴さんはリズエルにな っている。ましてここは喫茶店。セイカクハンテンタケなんて使ってるわけない(使って たら確実に潰れてる)つまりOK!!  耕一は無理矢理に不安を吹き消した。 「では、私はこの……ワッフルのオレンジソース掛けを」 「リズエル……そんな軽いのでいいの?」 「ダイエットしてっからな」 「ア、アズエル! そんなこと言わなくて……」  ん? どっかで見たぞこの構図? 「済みません、ご注文を……」 「カレー」  ……今、真っ先に応えたの……エディフェルか?  ま、いいや…… 「他に?」 「えっと……ハムエッグと、和定食と、ワッフルのオレンジソース掛けと……」  そこでリアンが「ぴくっ」と反応したが、耕一はこの次の単語に気を取られていて全く 気づけなかった。 「…………リゾットを」 「か、かしこまりました……」  青い顔をしたまま、リアンが去っていく。  一方、テーブルに着いたままの耕一の顔もまた、青ざめたままだった。 「お待たせ致しました……」  最初に運ばれてきたのは耕一のハムエッグ。しかしそんなものに手を付ける余裕など、 耕一にはない。  次に来たのがカレー。エディフェルの方は耕一のような不安材料はないから、早速手を 付け始める。 「どう?」 「……美味しい」  良かった。 「お、お待たせ致しました……」  リアンの声は震えっぱなしである。お盆を持っている手さえも震えている。  そして耕一の足も、がくがくと震えていた。  ワッフルのオレンジソース掛け。原材料を知っている人ならまず頼まない一品である。 しかし実際(僅かながら)需要があるため、メニューに載せたままだったのだ。  勿論、この中でオレンジソースの正体を知っているのはリアンだけだ。耕一が震えているのは別の理由にある。  ……そう。ワッフルと一緒に運ばれてきた、リゾットである。  来た。  運命の瞬間が。  固唾を呑んでリズエルを見つめるリアン。  息も忘れてリネットを見つめる耕一。  この2人の異様な緊張を察知して、何だか分からないが自分も緊張するアズエル。  耕一に見つめられてちょっと恥ずかしいリネット。  リネットばかり見ていて、こっちを見てくれないのでちょっと拗ねてるリズエル。  ……そしてカレーに集中しているエディフェル。 『いただきます』  2人の声が、綺麗に揃った。  そして……!! 「……おいしいですね」  途端にリアンがずっこけた。 「うん、おいしい」  一方の耕一は安堵の溜息をもらす。 「おい、大丈夫か?」 「は、はい……」  アズエルが不思議そうな顔をして手を差し出す。  ……実は一番不思議そうな顔をしているのはリアンだったりする。 (おかしい……食べられる……どうして……?)  そんな事を考えながら、リアンはその場を去ろうとする。 「お代わり」 「えっ?」  しかし、そんな声に呼び止められてしまった。 「結花さん、カレー追加です」 「はいよ……ところで、大丈夫だったの?」 「はい……何故か、食べられたようです……」  厨房は目に見えないクエスチョンマークで埋め尽くされた。 「ごちそうさまー」  そんな声を掛けながら、耕一たちはHoneyBeeを後にした。  耕一は多少軽くなった財布を手で弄んでいる。 「……まさか、エディフェルがあんなに早く食べるとはなぁ……」  そう言われて、ちょっと俯くエディフェル。  こんなとこまで楓ちゃんに似てるとは思わなかった…… 「あつ……」 「アズエル、大丈夫か?」 「ううっ……日本の人間はよくあんな熱いものを食えるな」 「あんな湯気の出てるものをがぶ飲みするからですよ」  楽しく談笑しながら、耕一たちは去っていく。  その姿を眺めながら、結花とリアンは未だに立ち直れずにいた。 「どうして? あのソースとワッフルを食べられる人が他にもいたなんて……」 「平然と食べてたので、我慢して食べてたわけじゃないみたいですし……」 「ワッフルの甘さはともかく、あのソースは謎ジャムが含まれてるのよ……?」 「そう言えば、ちょっと普通の人とは違う雰囲気でした……何か、別の国の人のような」 「……まさか、秋子さんって日本人じゃない?」  電話が鳴っているのにも気付かず、2人は考えをエスカレートさせていった。  余談…… 「ねえけんたろ、全然通じないよ?」 「おかしいな……結花かリアンがいるはずなのに」 「こうなったら、自分たちで戻った方がいいんじゃない?」 「……だな。じゃ、早く戻るぞ」 「うん!」 「たって、お前が蔵の中身いくつか出しっぱなしにしてなけりゃ、こんな急ぐこと……」 「うりゅぅ〜〜〜……」 「何を出しっぱなしにしてたんだ?」 「よく覚えてないけど……多分、こまってルビーとトキタダレの木の実と……」  ……何でそんなものがうちの蔵に? などと考える健太郎だった。  後書き  残念。リズエルは倒れませんでした。  ところで、この話では4皇女が元に戻るシーンを意図的に切ってあります。これは次の 話で、4皇女を使ってもいいし、4姉妹に戻してもいいようにするためです。  ……ひょっとしたら、ネタが浮かべば次の時間も書いてみるかも知れません。  問題は……最近「ほのぼの」を書いていなかったので、内容が希薄になってしまったか も知れない、ということですね。  では、失礼いたします。
 ☆ コメント ☆ 綾香 :「……………………う〜む」(−−; セリオ:「……………………うむむむ」(−−; 綾香 :「『ワッフルのオレンジソース掛け』。      実はけっこう美味しいのかしら?」(−−; セリオ:「そうなのかもしれませんね。      …………もしかしたら」(−−; 綾香 :「これは、一回試してみる必要があるわね」(−−; セリオ:「ですね」(−−; 綾香 :「では……」(−−) セリオ:「では……」(−−) 綾香 :「セリオが」(−o−) セリオ:「綾香さんが」(−o−) 綾香 :「……は?」(−−) セリオ:「……へ?」(−−) 綾香 :「せ、セリオが食べてみなさいよぉ」(^ ^; セリオ:「いえいえ。綾香さんがぜひ」(;^_^A 綾香 :「イヤよ。あたし、死にたくないもん」(−o−) セリオ:「イヤです。わたし、壊れたくないです」(−o−) 綾香 :「…………は?」(−−;;; セリオ:「…………へ?」(−−;;; 綾香 :「……………………」(−−;;;;; セリオ:「……………………」(−−;;;;;  



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