長瀬家  五日目  三限目          キヅキ作 「それじゃ、今日の授業を始めるわよ〜」 楽しそうな顔をして由美子さんがそう言う。 いや、それは別に構わないんだけど……。 「この学園に、こんな部屋があったんだね〜」 沙織ちゃんがそう言って今僕達が居る部屋をきょろきょろ見まわしてる。 そう、ここは教室と言うより、ほとんど部屋だ。 畳の四畳半、他にあるのは小さい台所と押入れだけ。 しかも、なんか所々ぼろいし。 まさに、貧乏学生がよく利用しているアパートのような部屋だ。 「結構素敵な部屋でしょ♪」 無邪気な笑みを浮かべて由美子さんが言う。 「柏木君が昔住んでたデパートをモデルに作った部屋なんだけど♪」 ……個人的には、こんな部屋を臆面もなく素敵と言える由美子先生のセンスも 十分「素敵」だと思う。 僕の内心を知ってかしらずか、由美子さんは続ける。 「それで、今日の授業なんだけど……。とりあえず長瀬君、君は進学する気は あるの?」 「え? 僕…ですか?」 急に話を振られて、僕はちょっと慌てて考える。 「……多分、進学します。まだ、漠然としてますけど」 将来の事はまだ何も考えてないけど……とりあえず、なんとなく進学するんだ なぁ、とは考えてるし、妥当な答えだと思う。 「それじゃあ、やっぱり一人暮しも考えてる?」 「進学するとなれば、そう考えてますけど?」 「フ〜ン。なるほど、ふんふん」 …質問の意図が読めない。 「それで、何が言いたいんですか?」 僕がよくわからない詮索をされたからか、香奈子さんが不機嫌そうに言う。 「ええ。やっぱりこの授業は必要だなって思って」 その視線をさらりと流して、由美子先生は言う。 「それで、一体なんの授業なんですか?」 「それわね〜」 瑞穂ちゃんの質問に、由美子さんは笑って答える。 「病人の看護、よ」 「「「「はい?」」」」 瑠璃子さん以外の、僕達の声が見事にはもる。 「あの〜。一人暮しするのと病人の看護はあんまり関係無いような気が……」 頭をぽりぽりかきながら、沙織ちゃんが言う。 「あら、関係おおありよ♪」 由美子先生は人差し指を一本立てて続ける。 「考えても見なさい。一人暮しの男性が風邪で寝こんでる。そんな寂しい部屋 にやってくる恋人♪ すっごく理想的なシチュエーションだと思わない♪」 ……そんなものなのかな〜。 僕がそんな風に思いながら妻たちを見る、と。 「…いいかも(はぁと)」 「古典的だけど、やっぱり基本ね」 「ドラマかマンガみたいで、素敵です」 「…いいんじゃないかな……。なんとなく、だけどね」 みんな、なんか納得顔だし。 …まぁ、みんながよければ別にいいけど。 「あ、でも一つ質問です」 瑞穂ちゃんが思いついたように言う。 「風邪って言っても……祐介さん、今は健康ですよ?」 確かに、僕は今ぴんぴんしてる。 こんな状態で仮病なんてするのも変だし…。 「そこはそれ、ちゃんと手は打ってあるわよ」 そう言って、由美子先生はどこからともなく一つのオブラートを取り出した。 「祐介君。ちょっと、これ飲んでくれるかなぁ。あ、これはおまけね♪」 そう言って、そのオブラートとドリンク剤(リーフゴールドって書いてある) を僕の手に握らせる。 ……なんかひしひしといやな予感がするけど…しかたない。 僕は、なんとかそれを飲み下す。 と同時に。 「あれ?」 僕の感覚は、宙に放り出されて…真っ暗になった。 「うう……?」 唐突に、静かに、僕の意識が戻る。 最悪な気分。頭ががんがんする。目を開けるのも、正直辛い。 それでも、なんとか上半身を起こして、目を開ける。 「あ、寝てなくちゃダメですよ」 急に聞こえる、心配したような声。 ……瑞穂ちゃんだ。 正座して、僕の枕元に座ってる。 「ほらほら、早く横になってください」 そう言って、瑞穂ちゃんは僕の頭を枕に倒す、って。 「あれ? なにがどうなってるの?」 正直、僕は混乱しながら言う。 「祐介さん、さっき倒れちゃったんですよ」 さっき僕が上体を起こした時に落ちたタオルを洗面器で冷やしながら、瑞穂ち ゃんは言う。 「なんでも、さっき祐介さんが飲んだオブラートはガチャピン先生が作った風 邪薬らしいんです」 「え? でも今僕はなんか風邪ひいちゃったみたいなんだけど」 「あのガチャピン先生の薬ですよ?」 瑞穂ちゃんは苦笑しながら言う。 「きっかり一時間だけ風邪をひける薬らしいです、あの薬。で、由美子先生は 祐介さんが倒れちゃったら『あ、後よろしく〜♪』とか言ってそそくさと出て 行っちゃって……」 ……逃げたな…由美子先生。 多分、その薬の威力が想像以上だったんでびっくりしたんだろう。 ……お願いだから、生徒に使う前にもうちょっとだけ効果を確かめて欲しい。 はっきり言って、今まで引いた風邪の中でも有数の辛さがあるから。 「ふっ、と。はい、祐介さん」 僕がそんなようなことを考えていると、瑞穂ちゃんはそう言って、絞った濡れ タオルを僕の額に乗せてくれる。 タオルが乗った場所から、じわっと冷気が染み込んでくる。 火照った体には、それがとても気持ちいい。 「あ…ありがと」 「ふふっ。どういたしまして」 瑞穂ちゃんはちょっと微笑んで言う。 …体は辛いけど、なんか幸せかも。 「はいはい、二人だけでラブラブしないでね〜」 「あ、祐くん起きたの? 具合、どう?」 そう言って、香奈子さんと沙織ちゃんが台所からやって来た。 「大丈夫だよ。っと、瑞穂ちゃん、これ」 僕はもう一回体を起こすと、僕の額から落ちかけたタオルを瑞穂ちゃんに渡す。 ……うぅ。やっぱり大丈夫じゃないかも。 なんか、ゾクゾクと寒気がする。 「祐くんどうしたの? 寒いの?」 僕の様子を見たからか、沙織ちゃんが心配そうに僕の顔を覗き込んで来る。 「……ちょっとだけ、ね」 精一杯の意地を張って、僕は答える。 流石にいつまでも辛い顔をしてるわけにはいかない。 「寒いんだったら、玉子酒でも飲んでよ。あたし達が作ったんだ♪」 沙織ちゃんの言葉通り、香奈子さんが持ったお盆の上には湯気の立った湯のみ がある。 「沙織はみてただけでしょ? 作ったのはほとんど私じゃない」 「ちゃんと卵割ったもん!」 「ほらほら、病人の前でしょ? 静かに静かに」 そう言って沙織ちゃんを軽くあしらいながら、香奈子さんが瑞穂ちゃんの向か い側に腰掛ける。 「はい、祐介君、玉子酒。熱いから気をつけてね」 そう言って、香奈子さんは湯のみを手渡してくれる。 僕はその湯のみにそろそろと、静かに口をつける。 日本酒独特の甘い匂いが鼻先にふわっと広がって、熱い酒が口に入ってくる。 もともと甘口(だと思う)めな日本酒に加えて、一つ浮いている卵のおかげで もっと甘くなってる。 ……熱い、けど、体が本当に暖まる…。 「あ、なんか祐くんおじいちゃんみたい」 僕の仕草を見ていた沙織ちゃんがくすくすと笑う。 「そうかな?」 我ながら弱々しい笑みを浮かべて、まだお酒が少し残った湯のみをお盆の上に 載せる。 「祐介ちゃん」 急にかけられた声の方を見ると、今まで黙っていた瑠璃子さんがいた。 「どうしたの?」 「……」 瑠璃子さんはなにも答えず、僕の足元(つまり布団の向こう側)から膝立ちに なってじりじりと僕のほうに向かってくる。 僕のすぐ近くで四つん這いになって、瑠璃子さんはあいかわらず焦点の定まら ない、綺麗な瞳をこちらに向ける。 そのまま僕の顔に、自分の顔を近づけてえぇぇぇぇぇ!       ちゅ…… 僕の唇に、キスをした。 とっさの事で、僕が目を白黒させてるうちに、瑠璃子さんは舌を僕のほうに入 れてくる。       くち…… あ…瑠璃子さん、なんか…キス上手だ……。 僕がされるがままになって数十秒、たっぷりと口付けて瑠璃子さんは僕から離 れる。 銀の糸が僕達の唇から紡がれ、消える。 「……甘い、ね。玉子酒の味……」 それをぬぐいながら、瑠璃子さんは呟く。 「な、な、な……」 風邪の熱プラス玉子酒プラス今のキスで、僕の心臓はばくばくいってる。 うう…、ただでさえ風邪で頭がきれてるのに〜。 り、理性が……。 「ち、ちょっとるりるり! なにしてるの!」 真っ先に我に帰った沙織ちゃんが、瑠璃子さんに大声で言う。 でも、瑠璃子さんはそれをまったく気にせず、いつもの笑いを浮かべてしれっ と言う。 「風邪は、人にうつすと治るんだよ、祐介ちゃん」 そう言って、また顔を近づけてくる。 い、いや瑠璃子さん。僕としては嬉しいんだけど今のきれた頭じゃ理性がその ……。 内心うろたえまくっても、全然声にならない。 「る、瑠璃子さん! ちょっと、ストップ!」 僕が完全に硬直していると、香奈子さんが瑠璃子さんとの間に割って入ってく れた。 「そうですよ! 瑠璃子さん!」 「るりるり、メッ!」 瑞穂ちゃん、沙織ちゃんも、瑠璃子さんを止めてくれる。 た、助かった……。 そう僕が思っていると、その3人は声をそろえて、こう言った。 「「「次は(あたし)(わたし)(私)なの〜〜!!」」」 だから風邪とかで頭がきれてて理性がぁ〜〜!!! 内心叫ぶ、けど、僕は聞いてしまった。 僕には一生縁がないと思っていた音を。 いわく、       ぷちっ そして……僕の意識は途絶えた。                          (終わった……かも)   〜追記〜 我に帰ると祐介は、自分が行った事と、自分の理性をちょっぴり呪ったそうな ……。 〜あとがき、と言うか独白〜 どうも、最近スランプ気味のキヅキです。 はぁ……。このSS、実は他のSSを書いてる最中、行き詰まったとき書いて いたんですよ。いい気分転換になるかな、って思って。 なのに……。 ……メインで書いてたSSより先に上がってるし(汗。 すみませんすみません〜。 例の話とかも、出来るだけ早く上げますから〜(涙。             閑話休題 このSS、ある意味私にとって初めてのSSです。 意味は伏せておきますが、いろいろ冒険させて頂きました。 いろいろと拙いSSですが、こんなものを読んでくださった皆さんに、             多謝、です。
 ☆ コメント ☆ セリオ:「あう〜。体調が悪いですぅ〜」(;;) 綾香 :「えっ!? どうしたの!?」(@@; セリオ:「病気になっちゃいました」(;;) 綾香 :「……………………は?」(−−; セリオ:「ですから、病気ですぅ〜。      風邪かもしれませ〜ん」(;;) 綾香 :「あんた、ロボットでしょうが。      それなのに、どうして風邪をひくのよ」(−−; セリオ:「ロボットだって病気にくらいなります」(;;) 綾香 :「んなアホな。      どうせ、なんかの勘違いでしょ」(−−; セリオ:「違いますよぉ。勘違いなんかじゃありません。      だって、間違いなくウイルスに感染されてますもん」(;;) 綾香 :「は? ウイルス?」(−−;;; セリオ:「思わず、いろいろな人にメールを送りたくなっちゃいます」(;;) 綾香 :「……………………おいおい」(−−;;; セリオ:「風邪って怖いですね」(;;) 綾香 :「それ、風邪じゃないって」(−−;;;



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