了承学園5日目 第4時限目・痕サイド(作:阿黒) ※5日目教師編4時限目の続きみたいなもんです〜っていうか続きだよなキッパリと  お湯をかけて三分間。 「フッフッフッ…ばれなきゃいいんだよばれなきゃ」  人気の無い学園の裏庭の、更に日の光もあまり差し込まない茂みの中で。  悪人声でそんなことを呟きながら、性懲りもなく耕一はスーパーの値札がついたま まのカップメンに携帯用魔法瓶から熱湯を注ぐと、割り箸を重石代わりに封の上に乗 せた。  あと一時間我慢すれば昼食の時間なのだが、その前にちょっと小腹をなだめるため に何か入れておきたい。 「…そう!そのためにちょっとくらいカップラーメンを食べる行為の何が悪い?これ が咎められるというのなら、おやつにスナック菓子を食べることだって悪いってこと だぞ?そんなわけあるか?道行く人にアンケートとったって、絶対悪いなんて答えは 出ないぜ?面倒だからやらないけど!  それをなんだよ梓の奴、俺のそんなささやか〜な希望すら許さないんだからな。文 句があるなら言ってみろ、いつでも相手になってやるぜ!」  などと、言葉だけは威勢はいいが、人気のない場所に隠れていながらビクビクおど おど周囲を見回し、聞こえない程度の小声で毒づく耕一の姿はどこからどう見ても、 セコかった。 「…まあ栄養スタミナラーメンってのも悪くはないんだけど…このひなびた貧乏くさ さがいいんだよなぁ〜」  貧乏学生特有の、世間一般にはよくわからない感慨に浸りながら耕一は腕時計を見 た。そろそろいい頃合である。 「さーて、それじゃ…みんなが探しにこないうちに、さっさと食べて」  しまおう、と、独り言を言い終えるその直前。  ごっちいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいんんんん!!! 「おごぷわぁっ!!?」  突然何の前触れもなく、だがどんでもない衝撃を脳天に受けて耕一は、自分に直撃 した「何か」と揉み合うように地面に叩きつけられた。その衝撃で地面がひび割れ ――あまりの痛みに目玉から火花が散る。真っ赤に染まった視界の中で何もわからな いまま。  ゴウッ―――!!!  遅れてやってきた風切音と衝撃波が、周囲一体を爆砕した。  それが、自分にぶつかった「何か」が超音速で飛来したためだということを理解す る前に、耕一の意識は既にブラックアウトしていた。   *********** 「え〜〜〜と…」  とりあえず周囲を見回して、梓は意味もなく頭をかいた。直径5m程の小さなク レーター周辺の木々は折れてはいないものの少々傾いている。ちょっとした砲弾並み の威力というところか。 「ハラホロヒレハレホレ…」  そして、クレーターの底で半分うまって目をグルグル回している耕一と、…柳川 を、どうしたもんかなーと思いながら見つめた。思わずため息が出てくる。 「うわぁ…大きなタンコブができてるよ」 「ナンダカ、御餅ミタイデスネ」 「…お約束…」  そんな耕一と柳川を掘り返しながら初音と楓、そしてマインが心配そうではある が、あまり緊張感はない会話を交わしている。 「…直線距離で3km弱、ってところですか?職員室からここまで」 「メイフィアさんって、結構強いんですねぇ…」  茶飲み話でもするような呑気さの貴之と千鶴のやりとりを右から左へ聞き流しなが ら、もう一度梓はため息をついた。どうやら自分も含めた年長組の方は気を失ってい る二人のことをさほど心配していないようだ。まあ、それはそうだろう。この程度で 死ぬようなバカなら、最初から誰も苦労はしない。 「…やっぱ…あたしが掘り返した上に運ばなきゃいけないんだろうなー」 「がんばってね、梓お姉ちゃん」 「オ願イシマス、梓様」  失神している耕一と柳川を除けば、この場にいる中で単純に力だけをいうなら最強 は梓である。あきらめたように、もう一度だけため息をついた梓は腕まくりをした。 嫌悪を隠そうともせず、耕一と一緒に目を回している柳川を睨みつける。 「しっかし…別にこんな男どうなったって知ったことじゃないけど、他人に迷惑かけ るなっての。ったくなんでこう、これだけ広い学園の中で、わざわざ耕一にブチ当た るかねぇ?」 「…ゴ迷惑ヲオカケシテ、申シ訳ゴザイマセン」  レンズ部が完全に無くなって、単なる金輪になっているメガネをエプロンのポケッ トにしまいながら、マインは小さく頭を下げた。   ********** 「……!!……」  ズキズキ痛む頭を抑え、俺はゆっくりと目を開いた。  柔らかい感触。日向の匂いのする布団。できればこのままもう一度寝なおしてしま いたかったが、そういうわけにもいくまい。  頭の痛みは徐々に軽くなってきている。俺はゆっくりと、自分に何が起こったのか 思い返してみた。  …メイフィア。  ポッカリとその名が記憶の深遠から浮かび上がってきて、俺は思わず歯噛みした。 あの性悪魔女、マインにしょーもないことばかり教えるだけでは飽き足らず、いいよ うに利用しようとしやがって。  …しかし、さっきは油断してしまった。なにせ相手は齢数百年を経ている魔女だ。 戦い方次第ではそうそうあなどれない存在であることを、うっかり失念していた。 (だから人間は未熟だというんだよ)  いつものように、「奴」が嘲りを含んだ声で囁きかけてきた。昼間に奴が俺に囁き かけてくるのは、最近では珍しい。 (まったく、狩猟者としては無様な戦い振りだったな。俺に任せてくれれば確実に息 の根を止めてやったものを…)  黙れ。お前は眠ってろ。 (わかったわかった。しかしお前が本当にメイフィアを殺したいならいつでも呼んで くれ。俺だってあのメイドロボには変なことは覚えて欲しくないからな)  …鬼のお前でもそう思うのか? (当たり前じゃないか。なにせ、俺とお前は同一人物なんだからな。お前が気に入っ てる奴は俺だって気に入ってるし、その逆もまた然り。…ま、「お前」は何かにつけ て甘いがな。…貴之とか)  …再び意識の深遠の中に消えてゆく「奴」を、俺は憮然として見送った。…いや、 心の中の奴を見送れるわけがないが、イメージとしてはそんな感じだった。  同一人物。  奴の言葉を俺は苦く噛み締めた。  実際に心の中で二つの人格が会話をしているようで、本当は俺は多重人格などでは ないことを、俺はわかっている。俺のやっていることは、実は単なる「ごっこ遊び」 にすぎない。「理性」と「本能」の仮面を使い分けた、一人芝居にすぎない… 「…どこだここは?」  見慣れない室内。見慣れない家具。元はなかなか上品な感じの和室だったと思える のだが、今は部屋の主のいいかげんな性格を表すように雑然としている。本よりも漫 画本、漫画本よりビデオテープの多い本棚、14インチの小さなテレビにゴチャゴ チャ繋がったゲーム機器。…今時ファミコン、それも旧型か。しかもまだ使ってやが る。…いや、俺の所もだが。更に付け加えれば、俺の所にはPC−FXだって繋がってい るぞ。自慢にならんが。  …なんだか虚しくなってきたので俺は身を起こした。上等な布団にあぐらをかいて 座り、周囲を見回す。  たしかメイフィアの魔術で職員室から吹き飛ばされて、サウンドバリアを突破し た、と思ったらもう地面に激突する寸前で、折り悪くもそこには誰かが…まあ、なん にせよロクでもない事になったのは間違いあるまい。とすると、誰かが介抱してくれ たのだろうが、しかし…?  ふと、枕元にラップをかけられた皿が置いてあるのに気がついた。中身は――ちょ うどつまんで食べるのに手頃なサイズに切り分けられたアップルパイだ。  昼も近いし、小腹も空いている。この状況から考えれば、俺のために用意してくれ たものであることにまず間違いはあるまい。誰だか知らないが、ここはありがたくそ の好意を受けておこう。  口の中で小さくいただきます、と呟いてから、俺はアップルパイを一切れ、口中に 放り込んだ。  瞬間。 「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!?」  喉が裂けんばかりに、俺の声帯は絶叫を放っていた。 (ぐわあああああああああああああああああああああああああああああああああああ ああああああああああああああああああああっっ!!?)  頭の中で、「奴」が泣き喚いていた。  死ぬ!  死んでしまう!いやもうマジでマジで!!  意識が遠のく。舌が痺れる。  感覚が無くなっていく。  なんだ。なんだこれは!?  薄れゆく意識の中で、俺は、でも別に正体なんか知らなくてもいいかも、とか、 ちょびっと思っていた。  だって、どーせロクでもないオチに決っているんだから。  …ドタドタドタドタドタドタ… 「ど、どーした耕一っ!?」  けたたましい足音と声。そして、誰かが乱暴に俺の頭を抱きかかえた。顔に当たる 心地よい感触に、このまま死んでもいいかも、とか思ってしまう。 「耕一さん!?」「耕一お兄ちゃん!?」  続いて幼い声と手が、俺にとりすがってくる。それが誰の声なのかわからないま ま、俺は激しく咳き込みながら何とか声を絞り出した。 「…だっ…誰だ、こんな毒を仕込んだ奴はっ…!?」 「…毒だって!?」  俺の顔を覗き込んでいた梓が、目を丸くする。 「姉さん…これ」 「…耕一兄ちゃん、このアップルパイ食べたの?」  不思議そうに皿を抱えている初音に、中身をしげしげと観察していた楓がハッと表 情を曇らせた。 「これ…千鶴姉さんの料理…」 「料理なもんかこんなモンっ!毒だっ!猛毒の塊だっ!っていうか産業廃棄物!埋め ろっ!即座に埋めろっ!コンクリ詰にして500メートルくらい地の底まで!それが世 のため人のためだっ!」 「いや…耕一、その意見にはあたしも思いっきり賛成だけどそう大声で喚いたら…」  梓がキョロキョロと辺りを見回した、その時。  ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…!!  一気に室温が3度ほど下がった。思わず顔を引き攣らせる梓と初音、既にあきらめ の境地に入っている楓。そして、廊下の先からユラリと現れる白い影。 「…ひどいです耕一さん…」  血の涙を流しながら、何故か包丁を片手に千鶴がフラリ、と何気ない仕草で室内に 入ってくる。そして。  ドスッ!! 「おうわっ!?」  無造作に振り下ろされた包丁をギリギリで避けて、俺は布団から飛び退いた。高価 そうな布団に取り返しのつかない穴が空いたが、全く気にもとめずに、千鶴は感情を 無くした顔で俺を見つめてきた。 「私…いっしょうけんめい作ったのに…耕一さんのためだけに、愛情と情熱と努力と 煩悩を込めて作ったアップルパイなのに…」 「えっと…なんで煩悩が入る?」 「…多分、耕一さんに褒めてもらって今夜はご褒美いっぱいもらっちゃおう的な煩悩 かと」  俺の素朴な疑問に、楓が冷静に答えてくれた。それは一応ありがたいのだが、先程 から何かひっかかるものを感じる。感じるが、まあとにかく俺は尋常な様子ではない 千鶴とコンタクトを試みた。 「あー。なあ、千鶴、今のはちょーっと俺が言いすぎだったかもしれん。しれんがと もかく、その包丁は捨てろ。な?危ないから」 「それなのに…それなのに…それなのに耕一さんったら耕一さんったらこういちさ んったらこういちさんたらこういちさんたらたら〜〜〜〜〜〜〜!!」 「うおおおおおおおおおおっ!!?」  ぶん!ぶん!ぶん!ぶん!ぶんぶんぶんぶんぶんぶぶぶぶぶぶん!  更にぶんっ!  話すうちに激昂してきた千鶴がメチャクチャに包丁を振り回してきた。全員が慌て て千鶴から飛び離れる。ううう、全くデタラメなだけにかえって手がつけられない。 しかも振り回す相手は千鶴だ。手加減ナッシングな鬼パワーで振り回される包丁は ハッキリ言って危険極まりない。 「…ったくいい歳してガキかお前は…」 「このバカ耕一っ!火に油を注ぐようなこと言うんじゃないっ!」 「どうせっ!どうせ私はガキですよっ!無器用ですよっ!年増でズン胴で貧乳で家事 がヘタレな偽善者よっ!ドジでノロマなカメですよおおおおおおおおおおおおおおお お!!」 「誰も偽善者その他諸々は言ってないだろがっ!…ええい、落ち着け!!」  頭頂部の髪の先端が僅かに切られて飛んだ。内心冷や汗をかきながら、俺は半狂乱 になっている千鶴の包丁ではなく腕を見つめた。簡単な理屈だが、握られた包丁は腕 に付随している。内側の腕の動きの後に、先端の包丁はついてくる。そして内側の動 きは、外側よりも…鈍い。  刃の嵐を必死に見極め、俺は一歩その内側に踏み込んだ。それだけで、危険な刃の 結界は意味を無くしてしまう。  どがっ!  千鶴の腕を肩であっさり受け止め、同時に俺は彼女の顔面に肘を埋め込んだ。それ はあっけなく千鶴の端整な顔面にめり込み、彼女の身体を軽く宙に舞わせた。  とさっ!  千鶴がさっきまで俺が寝ていた布団の上で転がった。包丁は既に飛ばされている。 この間、半瞬にも満たない。  俺はホッ、と息をついた。実を言うとそれほど余裕があったわけでもない。ちょっ ぴり自分でもおののくほど肘が食い込んでしまったが、まあ結果オーライということ で… 「なにしやがんだバカ耕一――――――――!!」  がつん!  後頭部に、かなり痛い一撃を貰って俺は畳に接吻を強いられた。 「なっ…なにをいきなり攻撃するんだ梓っ!」  思わず涙目で食ってかかる俺に、この凶暴に暴力的な姪は歯をむき出して喚いた。 「なにすんだじゃないだろ耕一!?いくらなんでも手加減無さすぎ!いくら相手が鬼 だからって、千鶴姉相手に、それも顔面に肘なんかブチ込みやがって!あんた、女の 顔をなんだと思ってるんだ!」 「…いやしかしだな、俺としても見た目ほど余裕があったわけでは…」 「耕一さん…見損ないました…」 「ひどいよ耕一兄ちゃん」  楓と初音にまで非難の視線をあびて、俺はいたたまれずに身体を竦めかけて…そこ で、ようやく気づいた。  耕一?…耕一だと?なんで、俺が耕一なんだ? 「…おい。ちょっとまてお前ら。なんで俺が耕一なんだ?そーいやそもそも、耕一の 奴はどうしたんだ?こんな騒ぎだってのに留守でもしているのか?それに何だって俺 がお前らの厄介に…?」  三人の姪たちは、一瞬顔を見合わせたが。 「なにわけわかんないこと言って誤魔化そうとしてんだよ耕一!とにかく、今のは ちょっとやりすぎだよ!ちゃんと千鶴姉にあやまんな!」 「耕一さんは…女性に暴力を振るうような方ではないと思っていたのに…悲しいで す…」 「お兄ちゃん、千鶴姉さんがかわいそうだよ。ちゃんと慰めてあげなきゃ」 「だから、なんで俺が耕一なんだっ!?俺は柳川……」  ゾワッ!  背後からの異様な殺気に、俺は咄嗟に身を屈めた。同時にほとんど勘だけで、後ろ にむかって蹴りを放つ! 「ぷきゃっ!?」  コミカルな悲鳴とともに、裸足が、またしても千鶴の顔面にまともにヒットした。 我ながら罪悪感を覚えるほどに。つう、と一筋の鼻血を噴いて千鶴はまたまた布団の 上に仰向けで崩れ落ちた。が、今度は即座にガバッ!と立ち上がってくる。 「ひどいです!ひどいですひどいですひどいです耕一さんっ!今の蹴りには愛情とい うものが微塵も感じられませんでしたわっ!!」 「いや千鶴姉…愛情を持って蹴りを入れるのはちょっと変なシュミだと思うんだけ ど」  鼻血をタパタパと垂らしながら、涙目で千鶴は俺に訴えかけてきた。 「私はただ、耕一さんに背後から抱きつこうとしただけなのに、どうして蹴りなんか 入れられなきゃならないんですかっ!?」 「姉さん…その、完全に戦闘態勢時の爪はいったい…?」  梓に続いて楓のツッコミも無視して、それでもさり気なく爪の伸びた手は背後に隠 しながら千鶴は涙に潤んだ瞳を向けてきた。…鼻血が、どうしようもなく間抜けだっ たが。 「耕一さん…耕一さんは、本当は私のこと嫌いになっちゃったんじゃないんですかっ !?だってさっきからの言動には、まるで愛情も遠慮も感じられませんもの!」 (…エルクゥの戦士に、男も女もあるものか。戦士である以上、そんな甘い戯言など 無意味だ)  頭の中で、辟易したように「奴」がぼやいた。 (だいたい、ヒドイというならあのアップルパイの方がよっぽどヒドいぞ。いやもう 本気で。マインの奴だってあまり料理は上手とはいえないが、それでもあいつは一応 食えるものを作るぞ)  確かに。この点に関しては俺も全く同意見だ。あれを料理と言い張るのはもはや犯 罪だぞ、おい。 「…お姉ちゃん、とりあえず鼻血は拭いたほうがいいと思うんだけど…」 「ううっ、初音は相変わらず優しいわね…」  とりあえず長女の介抱をはじめた姉妹達を見ながら、俺は居心地の悪いものを覚え ていた。全員、チラチラと俺に非難の視線を向けてくる。いやまあ、確かに俺の対処 法というのもあまり褒められたもんじゃないのは認めるが。  ううっ。この無言の圧力ってやつ、結構キツいんだよな。こら、初音。そんな上目 遣いに恨みがましい目つきするんじゃない。ちょっぴりロリ属性のあるやつならそれ もたまらん!とか悶えるぞ。 「わかった。…俺が悪かったよ。あやまる」  俺は畳に胡座をかいて座ると、頭を下げた。…まあこれでも一応、親類だ。昔なら ともかく、今は殊更こいつらと事をかまえるつもりは、俺には無い。…耕一の奴はと もかくとして。 「…ほんとーに悪かった、って思ってます?」  千鶴…お前、意外としつこいな。無理はないが。 「ああ。悪かった。反省してる。本当だ」  いや、ホントはそれほどでもないけどな。でも一応悪かったとはちょっとだけ思っ てるぞ。うむ。 「……じゃあ、私のこと、ほんとーに愛してます?」  …なんか。こういうコント、昔あったぞドリフで。いやしかし愛してる、って言わ れてもなぁ…大体、なんでこの俺が千鶴にそんなこと問い質されにゃならんのだ?そ んな質問は耕一に言ってやれ。  そう言いそうになって、俺はふと、違和感に気づいた。俺の手。こんな手だったっ け?手というのは、己自身の身体で一番見慣れた部位だ。見間違えるわけがない。俺 の手は、こんなに太くはない。 「こ・う・い・ち・さ・ん!!?」  ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…!! 「いえっ!いえもう、バリバリです!」  俺の狩猟者としての勘が、ここはとにかくイエスと言っておけと、警報を鳴らして いた。全面的なイエス以外には、命が危ない。こ、この始原の恐怖は一体…? 「…ほんとに?本当に、私のこと、愛してます?」 「あ、ああ…」  それでも、明確に『愛してる』なんて恥かしい答えを口にしたくはなかった。これ は俺の魂の尊厳がかかっている。いや、我ながら大袈裟だとは思うが。でも俺が心に 定めている相手は貴之だし。  その点に関して、ウソはつきたくない。それ以外の点でならいくらでもウソはつく が。それに…。  じーーーーーっ、と、まるで拗ねた子供のような目つきで俺を見つめていた千鶴 が、思わずドキッとするほど幼く、可愛い仕草で首を傾けた。 「本当に?本当に愛してます?」 「ああ、まあ…」 「…何だか誠意が感じられないんですけど…」 「わざわざ言わせるな。…恥かしい」  別に千鶴相手にドキマギするわけじゃないが、こんなやりとりはやたらと気恥ずか しい。耳朶まで真っ赤になっているのは自分でもわかった。そんな俺の様子が滑稽 だったのだろう、楓と初音が笑いを堪えた顔をしていやがる。 「それじゃあ…耕一さん?」  幾分和らいだ声で、千鶴は少し笑った。そのまま続ける。さり気なく。そして。  爆弾を投げつけてきた。 「じゃあ、このアップルパイ、残さず食べてくださいねっ☆だって、私、耕一さんの ためだけに、一生懸命作ったんですもの♪」 「あ、悪魔か千鶴姉…」  完全に血の気を無くした梓が視界の隅でうめいた。鏡が無くても俺が同じ顔をして いるのは、容易に想像がついた。 「もちろん、食べてくださいますよね耕一さん?」  柔らかく、しかし絶対に妥協を許さない千鶴の笑顔を前に、俺は――背後で、監獄 の扉が重々しく閉まる音を、確かに聞いた。 「愛してますわ☆」   **********  ♪ドンツクドンツク 「アナハナヤ〜ハンアハナハ〜」  何やら愉快な鐘の音と、意味不明の呪文のような声に、俺は無理矢理眠りの園から 追い出された。まだ霞みがかかったような視界の中で、何かが動いている… 「マッドメ〜〜〜〜〜〜〜ン!!」 「なんじゃそりゃああああああああああああああああああああああ!!?」  反射的入れたツッコミに、意識が一気に覚醒する。  初めに知覚したのはほのかに漂う消毒液の匂いだった。次に視覚…内部はほぼ白で 統一された室内…間違いなくここは、保健室だということを認識する。 「あら、目が覚めちゃった?柳川センセ」  カックン、と思わず顎が床に落っこちた音が、鳴った。いや、そんな気がするほど 衝撃を受けた、ってことだけど。  パプアニューギニアというかマッドメンというか諸星大二郎な、とにかく裸体に腰 蓑という格好であちこち愉快なメイクをしたメイフィア先生と精霊が二人、マッドメ ンダンスを踊っていた。  …というか、後ろの精霊(?)はデカい仮面をつけた誰かだけど。 「まだどこか痛む?柳川さん」 「頭ハ痛クナイデスカ?」 「いや…別に痛くない…っていうか…なんかもー別の意味で頭が痛いけど」  あっさり仮面を外してきた貴之(フンドシ装備)と舞奈(腰蓑装備)に、俺はげん なりと首を振った。…て、おい!? 「なんでいきなり縛られてるんだ俺!?」  今更だが、俺の身体は多分十字架――だと思う――に磔にされていた。そんな俺を 中心に、どうやら三人で踊っていたらしいが。 「いやほら、えーと、ああそうそう、アンタの治療のためにみんなで精霊ルピルピ様 に治癒の祈祷をしていたのよ。うん。多分そんな感じ」 「その、いかにも今思いつきましたって感じな説明は止めてくださいメイフィアさ ん」 「何いってるんだよ柳川さん!ルピルピ様は狙った相手は百殺百中という聖なる精霊 なんだよ」 「思いっきり悪霊だろそれ!?」  ブチブチッ!  別に金具でも鎖でもなく、単なる荷造り用のビニール紐で拘束された縛めを引き千 切ると俺は硬直した筋肉を揉み解した。 「アア…折角柳川様ヲ玩具ニシテ遊ンデタノニ…生贄無シジャ、盛上リニ欠ケマス ネ」 「お前らどーゆー神経してんだよ!?」  お気楽に踊りながら腐ったことを言う舞奈にゲンナリとしながら、俺はさっさとこ こから出て行くことに決めた。これ以上、こういう人たちと係わり合いになるとロク な結果にならない。 「ム…ムグ…」  が、そんなくぐもった声に、俺は思わず視線を室内に走らせ。 「な…なにやってんだ一体?」  ベッドの上に、手足を縛られて転がされているメイド服の少女の姿に、頭で考える より先に身体は近寄っていた。――思ったとおり、それはマインだった。どういうわ けか猿轡までされて、必死に俺に何かを訴えかけている。  とにかく猿轡を外してやった。 「モ、申シ訳アリマセン柳川様!私、必死ニ皆サンヲ止メヨウトシタンデスケド…」  開口一番、マインは謝罪してきた。多分、この中で一番まともなマインは、俺が宴 の生贄(というか単なるオモチャ)にされるのを止めようとしたんだろうが…まあ、 元々人間に逆らえないようにできているメイドロボじゃあなぁ…でもまあ、努力はし たんだろうな、きっと。 「…身体の自由を奪われて抵抗もできない女の子…このシチュェーションにグッ!と くるものはない?」 「…酔っ払ってますねメイフィア先生!!」  いきなり耳元で囁かれた言葉の内容よりも、その吐息の酒臭さに俺は顔を顰めた。 もともといーかげんな人だけど、アルコールが入って更にムチャクチャなことになっ てるみたいだ。 「…この状況でグッとこないなんて…そんなのはインポかホモだけだよ柳川しゃ ん〜〜〜」 「あ〜〜ら、それ言ったら柳川センセは真性のモーホーじゃん〜〜〜〜〜!」 「「ワハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」」 「…なるほど…貴之まで既に出来上がってるわけね…」 「スイマセン…メイフィア様ニハ普段御世話ニナッテマスカラ、ソノ御礼、トイウコ トデ、今日ハ御昼御飯ヲ御馳走シヨウト、思イマシテ…ソシタラ…」 「なし崩しに宴会になってしまった、と。…すっごい、わかりやすい」  手足のロープを解いてやりながら、俺はマインの後を引き取った。実はちょっぴり グッとくるものはあったんだけど、まあ、それはナイショだ。  と、俺はさっきから感じていた違和感に気づいた。なんとなく、身体がいつもの身 体じゃないような気は、ずっとしていた。それにさっきから皆が俺を…なんで、「柳 川」って呼ぶんだ?  その時、ドア近くの壁にかかった鏡に俺は気づいた。ある予感を覚えて俺はそれを 覗き込み――そして、自分の予想が正しかったことを確認した。  鏡に写っていたのは見慣れたハンサムな俺の顔ではなくて、目つきの悪い悪党面、 というかインテリヤグサなイヤミ面…柳川の顔だった。  俺たちエルクゥは同族同士でなら意識を信号化して発信できる…テレパシーのよう な能力を持っている。そのため、どうやら信号の波長が近い俺と柳川とはお互い意識 せずに同調現象が起こることもあったが…これは更に一歩進んだ、人格交換が起こっ てしまったようだった。  実は、前にも同じようなことがあった。あの時は酔った梓が俺にバックドロップを 仕掛けて、お互いの頭を強くぶつけてしまい…おそろしく安易な手段で、お互いの心 が入れ替わってしまった。更にその後初音ちゃんや楓ちゃん、千鶴さんまで巻き込ん で…  あの時の悪夢は、思い出したくもない。が、流石に二度目ともなれば対処法もわ かっていることだし、俺は割と落ち着いた気分でいることができた。とにかく早急に 俺――の身体に入り込んだ柳川を見つけ出し、元の状態に戻ること。それが先決だ。  …まてよ。そうなると、あのイヤミで悪党で外道な男が俺になってるのか!?  ……………。 「アノ、柳川様?ドウナサッタンデスカ柳川様?」  マインが何やら話し掛けてくるが、無視。  冗談じゃない。よりによってあんな男が俺になってるっていうのか!?  ひょ、ひょっとしてひょっとすると、あの鬼畜外道、その状況を利用して、千鶴さ んや梓や楓ちゃんや初音ちゃんに、あんなこととかこんなこと、更にはそんなことと かしたあげく、いいようにアソコとかココとかいじりまわして、しまいには俺だって 許してもらってないアンナことまでっ!!? 「あ〜ん?どしたのマイン〜〜〜?」 「ハア、何ダカ柳川様ガ…」  …ゆ…ゆ…ゆ…ゆるせーーーーーーんんん!!!あの野郎、殺す!絶対、 ぜーーーったい殺す!死なす!いわす! 「柳川さ〜〜〜ん、柳川さんも飲もうよ〜〜〜、えへへ〜〜〜〜」 「そ〜〜〜そ〜〜〜、飲みなさいよ〜〜〜〜ほら〜〜〜〜あたしが〜〜〜、酌し て〜〜〜、あ〜〜〜げ〜〜〜る〜〜か〜〜ら〜〜〜〜」  ああっ、酔っ払いなんぞ無視だ無視!早くあの野郎を見つけ出さないと…みんなが !!俺の経験からして、チャンスとばかりに好き勝手やりたい放題な行為に走るのは 目に見えている!! 「あ〜〜〜〜、無視するつもりね〜〜〜いい度胸してるわね〜〜〜?」 「えへへへ〜〜〜そっちがそのつもりなら〜〜〜。いっちばーーん、あべたかゆ きー、口うつしをしまーーーーーーーす!」 「…へ!?」  その、不気味な単語が耳にひっかかり俺が酔っ払いの方を向いた時には…既に視界 一杯に唇をタコのように尖らせた貴之の顔面がドUPで迫っていた。  ムチュウウウウ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!! 「ム、ムグォオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!?」 「ワッ、ウワア…柳川様…貴之様…スゴイ…」 「うわ〜〜〜〜、生ヤオイねぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜」  ………………………。  ………………………。  ………………………。  ……………………チュポン。 「ふぅうううううううう、堪能〜〜〜〜〜〜〜」 「あ、あ、あは、あは、あはあああああああああああああああああああああああ」 「ハ、ハワ、ハワワワワワワワワ…」 「んん〜〜〜〜?どしたの柳川センセ?何泣いてんのよぉ?…ちょっとマイン、あん たもどしたの?」  その、会話をどこか遠くに聞きながら、俺は泣いた。  泣き崩れた。  なんてこった。俺は…俺は…!ごめん、千鶴さん、梓、楓ちゃん、初音ちゃん。  俺……守れなかったよ…。男の道を踏み外しちゃったよ…。 「どーしたのよー、くらいわねー。よ〜〜〜し、にっばーーーんメイフィアーーー、 口移しパート2、いっきま〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜す」 「どひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!?」 「メ、メ、メ、メイフィア様ッ!!?」  チュポッ!  ズキュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウウウム!!! 「ム、ムゴッ、ムゴオオオ、ムゴ、モゴ、モゴフォオオオオオオオオオオオオオオオ オオオオ!!?」  あああああっ!?メ、メイフィアさん!?そ、そ、そんな、舌まで入れてっ!?  あ…ああああ、すっげー上手いわこの人…さすが魔女…キスだけでこんな…!お… おおおおお!?す、すっごい…!! ……キュポン! 「ぷは〜〜〜〜〜っ!!」 メイフィア先生の腕から解放されたとたん、俺は情けなくも膝をついて座り込んで しまった。あ…あ、あは、あはははははは、ははは、はははのな〜〜〜〜。 「柳川様?柳川様〜〜〜〜〜〜〜!?」 「へ…へへ…もー最高っすよ…」 柳川の声で、そんなニヤけた台詞を吐いた途端。今まで肩を揺すぶっていた手がつ い、と離れ、弾みですっかり骨抜きにされていた俺…というか柳川の身体はあっさり バランスを崩して床の上にひっくり返ってしまった。 「………………」 何やら無言の圧力を感じ、俺が少し冷めてきた頭を振りながら身体を起こすと…床 の上に正座して、俺を上目遣いで見つめるマインと対峙してしまった。 「………………」 「あ、あの、えっと…マインちゃん?」 何やら無表情に、冷たい視線を射込んでくる彼女に非難されているようで、俺は理 由もわからないまま少々ビビってしまった。楓ちゃんや初音ちゃんが俺を怒るとき に、ちょっと感じが似ている。 「あっら〜〜〜〜〜?マイン〜〜〜、ひょっとしてぇ、ジェラシー?ヤキモチ焼いて んのぉ〜〜?」 「……別ニ。ソンナ事、アルワケナイジャナイデスカ」 なんだかもーこの人が諸悪の根元なんじゃなかろーかと思えてくるメイフィア先生 が、ヘラヘラと酔っ払い特有の無責任な笑みを浮かべて俺とマインの中間にしゃがみ こんできた。…ところで、あの、その原住民ルック、かなーり露出度高いんですけ ど。わかってますメイフィアさん?あちこち結構ロードショーしてますよ? 「ねーねーマイン〜〜〜」 「ナンデショウ、メイフィア様」 なんだか複雑な表情をしている…ようにも見えるマインの顔を少し見つめると、メ イフィアさんはおもむろに俺の手を掴んできた。そして。 「ひょっとして、こんなことしたら怒っちゃう〜〜〜〜〜〜〜?」 無造作に、俺の手を自らのかなり立派なバストに押し付けた! もにゅっ。 ほとんどナマに近いその感触に、頭の中が…スパークする。気持ちいいけど。あ あっ、あああああっ、梓に較べりゃ心持ち小さめではあるけれど、それでも十分標準 以上の立派なものをお持ちで……。 「………………ッ!!」  がしっ!  岩のように固くて痛い沈黙の後、またしても俺の手が強引に取られた。そして。 「こら―――――っ!!対抗意識を燃やすんじゃないいいいいいいっ!!?」  涙こそ滲んでいないが、何だかそんな顔をしたマインが渾身の力を込めて俺の手を 自分の(ほとんど膨らみの無い)胸元におしつけようとするのに必死に抵抗する。  ああっ、なるほど、こうやってマインは変なコト覚えていくんだなー。 「……ウウッ……ダッテ……」 「だってじゃないでしょ!?」  拮抗状態のまま思わず俺が頭を抱えた、その時。 「先生――――――!メイフィア先生――――――!!いるうううう!?」 いきなりけたたましい音をたてて、ドアを開ける…というよりドアをブチ壊してか なり聞き慣れた声が保健室に響き渡った。 「…梓!?」 驚いた俺が思わず腰を浮かした。その眼前に誰かを背負った梓が殺到する。 「!?やなが…!」 俺に気づいていなかったらしい梓が慌てて急ブレーキをかけようと顔をひきつらせ るのが、妙にスローモーに見えた。そして、その背中に背負われている「誰か」が、 梓の急制動で跳ね上がり、そして… ごっちいいいいいいいいいいいいいいいいいいいんんんん!! 目から火花が飛び散った。真っ赤に染まった視界の中で、今、脳天にぶつかった、 白目を剥いて悶絶している「物凄く見慣れた誰か」と一緒に俺というか柳川の身体が 崩れ落ちていくのを、俺は意味もなく知覚していた。 そして、薄れゆく意識の中、俺は思った。 ……お・や・く・そ・く………!!! *********** 「耕一さん!?」「耕一っ!」「耕一…さん」「お兄ちゃん!!」 「柳川さん!」「柳川様!!」 「「…あれ?」」 二人の声がはもった。ほとんど同時に、それぞれベッドに横になっていた耕一と柳 川は似たようなノロノロとした動作で起き上がった。 「耕一。これ、何本に見える?」 そういって梓が指を突き出してくる。 「…二本」 貴之のVサインを見ながら、柳川は静かにそう答えた。 「どーやら正常みたいね」 「メイフィア様…イイカゲン、腰蓑ハヤメテクダサイ…」 毒消しの呪文を自分に唱えてシラフに戻ったメイフィアの横で、自分はいつもの看 護婦風コスチュームに戻っている舞奈がぼやく。そんな助手を無視して、メイフィア は耕一と柳川、それぞれに言った。 「耕一君。あんた一体何を食べたの?とりあえず吐き出させておいたけど…もう ちょっと処置が遅かったら、いくら鬼でもちょっとヤバかったかもよ?あの致死量ス レスレな毒物は」 「ううっ、耕一あんた男だよ勇者だよ見直したよ…お陰であたしらまでお鉢回ってこ なかったし!」 「…梓姉さん、正直すぎますその意見」 「でも…良かったよ、本当」 「えっと…どういうこと?それ?」 事情がよくわかっていない耕一は、とにかく怪訝な顔のままみんなの顔を見回し た。とりあえず今はメイフィアの薬のお陰か、爽快な気分だった。体調もいい。 「違うのに…毒じゃないのに…毒じゃないのに…」 一人、輪から外れて壁を向いて座り込んでブツブツ呟いている千鶴の様子が、ひど く気にはなったが。 「さてと。柳川先生、気分どう?」 「…なんか…まーだちょっと二日酔い気味というか…記憶が混乱して、よく覚えてい ない…。 ただ、こう、ひどく苦しくて恐ろしい思いをしたような気がするんだが…大体、何 時の間に俺、酒なんか飲んだんだ?まるで記憶にないんだが」 身体に残る、僅かなアルコールの残滓に首を捻る柳川だった。 「ん〜。それは多分、あたしが無理矢理飲ませたんじゃないかな。よく覚えてないけ ど」 「あ、それはあるかもね。メイフィアさんなら」 どうやらこちらも泥酔中のことは記憶にないらしいメイフィアと貴之に、耕一は心 中密かにため息をついた。 (忘れよう…野良犬にでも噛まれたと思って…なんかわかんないけど、柳川は何もか も夢だと思ってるみたいだし、心配するようなこともなかったみたいだし…忘れちま うのが一番だよな…)  そんな耕一を少しだけ不審そうに眺めながら、柳川は額に手を当てて呟いた。 「しかし…夢の中で、複数の女に取り囲まれて色々あったような気がする。なんだろ うな?どつかれたり責められたり凄まれたりと、なんだか鬱陶しくて面倒でクソ厄介 なんだか…」 「ははぁ、そりゃ夢見悪いわ」 「…でも、何故だろうな?それが結構楽しく思えて。…居心地よく感じるのは」 「……柳川センセ。あんた、ひょっとして…マゾ願望あるんじゃないの?」 「んなもんあってたまるかーーーー!!」 「なるほど…柳川さん、そうだったんだ…」 「あっさり信じてるんじゃないっ貴之――――――!!」 「…エイッ、エイッ」 「…お前はお前でなにやってんだマイン…って、おいコラッ!?手を放せっ!!」 「あら、マインったら大胆」 「まーたお前かメイフィア!?もう今度は俺も本気出すぞ!?狩猟本能全開するぞコ ラ!!」 「ええええっ!?あたし知らないわよ!そんなボインタッチだなんて、絶対教えてな いって!」 「…ボインタッチってそんな古語…だいたい、悪いけどそんなボインだなんて言える ほどのムネじゃ」 「貴之サン…私達HM−12シリーズニ喧嘩売ッテマス?」  何やら不穏な雰囲気になりかけている柳川達からそろそろと遠ざかると、耕一は冷 や汗をかきながら皆に言った。 「えーと。それじゃみんな、行こうか?」 「お兄ちゃん…ほっといていいの?この状況?」 「…ヘタに巻き込まれないうちに逃げ出すのが一番賢明だと思うんだよ、初音ちゃ ん」 さっさとベッドから下りた耕一は、視線をこちらと向こうに忙しなく往復させてい る初音の背中を押した。更に梓と楓か続ける。 「そーそーそーそー、すっごく後ろ向きな選択だけどあたしもそれが一番ベストだと 思うし!だからここまさっさと毎秒5mくらいのスピードで北東の方角に向かってわ き目もふらず直線移動するのがとっても幸せだと姉さん思うわ!」 「…ここはもうすぐ戦場になるから…いこ、初音」 「…ほら、千鶴さんも早くいこう」 「ううっ耕一さん…耕一さんはやっぱり優しいです…さっきの頭で考えるより先にヤ クザキックを容赦なく出していた耕一さんとはまるで別人のよう…」 「あんにゃろ…ちょっぴり同情しかけてたけどやっぱロクデナシな奴…!」  思わず鬼を出しそうになりながらも、耕一はグッと堪えて4人を先に保健室から退 去させると、最後に自分もドアの壊れた保健室から逃げ出した。 「ふっふっふー、今日のあたしは精霊ルピルピ様の加護がついてるからいつものメイ フィアさんとはちょっとばかし違うわよー!なんだかウリャウリャって感じで例える ならグレートワンダフルハイパーびゅーてほー∀メイフィアさんってあ れーーーーーーーー!!?」  ぐわしっ!! 「どやかましいわバカタレっ!!」 「ああっ柳川さん口上の途中でツッコミいれるのは反則だよ」 「手のひらは返すためにあるっ!」 「卑怯デス外道デス腐ッテマス〜〜〜〜〜〜!!」  どご――――――――――ん! 「お〜〜〜っほっほっほ!アンタのやる事なんてこっちも御見通しよっ!あんたが今 卑怯にも殴り倒したのは幻術による身代わり!甘いわね〜」 「ぬぅ!?しかし手ごたえはあったぞ?」 「ウウッ…ヒドイデスメイフィア様…」 「よーしまだまだ元気ね舞奈?あと2,3回くらいは大丈夫ねっ!」 「こっ、この悪党が――――――――――――――!!!」 「自覚はあるけどあんたにだけは言われたくないわっ!!」 「なんか…舞奈ちゃんが性格歪むのもわかるような気がする…」 …………。 「えーと…お兄ちゃん?」 「聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない」 「無視ったら無視よ無地無視絶対に完璧に何が何でも意地でもつつがなく無視ったら 無視」  足のスピードを緩めずに呪文のようにそんなことを呟く耕一と梓に、柏木家の良心 ・初音も黙り込んだ。遠ざかりながらも背後では怒声と悲鳴と爆音と轟音が間断なく 続いているが。 「…振り返っちゃダメよ、みんな」 「…巻き込まれたら頭が悪くなりそうだよね…」  何気にキッツいその楓の一言は、しかし真理だと、心の底で全員が同意していた。 【後書き】  はじめに一言。  怒らないでくださいね、チヅラーの方(^^;  古来より「記憶喪失ネタ」「夢オチ」「人格交替ネタ」の三大ありがちネタという のは、これが出たら書き手のネタが枯渇している証拠だと言われております。  本当です。「円卓騎士物語」でかの大魔術師マーリンもそう申しております。  ウソですけど。  とりあえず、「さおりん」の痕おまけシナリオやってて思いついたお話です。  最初の目論見ではダンパ編みたく途中で分岐して耕一編・柳川編と、キッチリ書こ うかと思ったのですが(っていうかこういうネタはそうした方がおもしろい)途中で 挫折したので中途半端に混ぜてしまいました。ゴメン。しかもクソ長いし。  ところで、チヅラーって千鶴さんのヅラって意味かとずっと思ってました。千鶴さ んの髪形のヅラなのか、それとも千鶴さって実はヅラなのかとか。どっち だ〜〜〜〜〜〜〜〜!?特に後者の解釈が正しいとすると千鶴さんってハゲ!?とか 勝手に推測。しかも割と本気で。  ウソですが。  とりあえずあやまりますから許してくださいチヅラーの方々。  関係ありませんが、私は別にPCーFXは所有しておりません。  これは本当です。DUO−Rならまだ使ってますが。
 ☆ コメント ☆ マルチ:「どうせ……どうせ……わたしたちの胸はぺたんこですぅ〜〜〜」(;;) セリオ:「まあまあ。そんなに気を落とさずに」(;^_^A マルチ:「ううっ。でも……でも……」(;;) セリオ:「いいんです。胸なんて小さくてもいいんです」(^^) マルチ:「……そうですかぁ〜?」(;;) セリオ:「感度さえ良ければOKなんです」(^0^) マルチ:「そ、それは……正論のような……でも、どこかで微妙に間違ってるような……」(*−−*) セリオ:「真理です!」(^0^) マルチ:「……言い切りますか」(^ ^; セリオ:「まあ、それはともかく。      とにかく、マルチさんの胸はそのままでいいんです」(^^) マルチ:「どうしてです?」(・・? セリオ:「胸が小さいからこそのマルチさんなのです。      胸が大きいマルチさんなんて、『マルチ』を名乗る資格がありません」(^0^) マルチ:「……ううっ」(;;) セリオ:「見事なまでにぺったんこだからマルチさんなのです」(^0^) マルチ:「うわあああぁぁぁぁぁぁぁんんんんんっっっっっ!!      せ、せ、せ、セリオさんなんかだいっきらいですぅ〜〜〜〜〜〜〜!!」(T△T) セリオ:「ああっ、マルチさん!! 何故に!?」(@@;;; 綾香 :「…………何気に鬼ね、あなた」(−−;;;



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