私立了承学園
5日目 放課後 『自分達』との出会い

作成者:ERR

 夕暮れの時間もそろそろ終わり、夜の帳がおりはじめる商店街。  人影もまばらな往来を、拓也は一人、歩いていた。 「今日は何かのお祭りかな?」  誰に言うでもなく、そっと呟く。  遠くから楽しげな想いを乗せた電波が届く。  感度を上げ、それらの電波を拾う。  すると、その場にいずとも、その楽しげな雰囲気にあてられ、楽しくなってくる。  だが同時に、少し淋しくもある。  どれだけ楽しさを感じられようとも、自分はその場にいないのだ。  そこにいる人達に認識されないのだ。  輪になって遊ぶ子供達を遠くから眺める少年。  「仲間に入れて」  その一言を言いだす勇気が無くて、仲間に入れない少年。  今の拓也は、その少年だった。 「まぁ…しょうがないか」  呟き、苦笑する。  今この状況は、すべて自分の行動のもたらした結果。  だから、しょうがなかった。そう思った。 (瑠璃子も、長瀬君も…太田さんでさえ、許してくれた。あせる必要は無い、ゆっく り、行こう。自分が許せるその時まで)  空を静かに見上げ、そんなことを考えていた。 ---------------------------------------------------------------------------- (早く帰るはずだったのに随分長居してしまったな…)  足早に商店街の出口を目指す拓也。  その時であった。  彼の目にそれが飛び込んできたのは。 (!?)  一瞬、我が目を疑った。  今、視界の片隅で、角を曲がっていった人影は… (まさか…そんなはずは…)  ありえない、そう思いながらも、拓也は足を出口から商店街の奥へと続く角へ向け 直し、その人影を追って角を曲がる。 (だが…)  人通りは少なくなっているが、なにぶんやや薄暗いため、あたりの認識がしづらい。  それでも、拓也はその人影を確かに両眼にとらえた。 (ばかな…あ、あれは……僕!?)  そう、拓也が見かけた人影は『月島拓也』そのものであった。 (だが…暗くなっているから見間違っただけかも)  数秒の停止の後、どうにかそう考え、はっきりとその人物を確認すべく、再び拓也 は駆け出した。 ----------------------------------------------------------------------------  時間感覚は麻痺していた。  数分の出来事だったかもしれないし、数時間にも及ぶ追跡劇だったかもしれない。 (! 入っていく…)  拓也が追跡していた、拓也とおぼしき人物は、とある小さな建物の前で立ち止まる と、その建物の扉を開き、中へと消えていった。  慌ててその建物の前へと駆ける拓也。  そしてその扉に手をつけ…一考する。 (小さな建物だ…十中八九、対峙することになる…)  今まで感じたことの無い形の緊張が、拓也の体を駆け巡る。  手が汗ばんでゆくのが解る。  1分もそうしていただろうか、拓也は一つ深呼吸をし、覚悟を決める。 (考えていも仕方が無い…行くぞ)  カララン  意を決し、心地よい鈴の音をたてる扉を開く。  そこに広がっていた光景は… 「あら、いらっしゃい」 「郁未さん…やはり看板くらい出しておいたほうがよろしかったのでは?」 「いいのよ、別に忙しいわけじゃないし」 「ですが、こういう場を見られるのは、店のありかたとして問題があるのでは…」 「いいのいいの、こんな早い時間に看板出してたら、そっちのほうが問題だって」 「…そうでしょうか?」 「そうそう」  …沢山のおもちゃの並ぶ部屋、その中心に置かれた小さなテーブルで、二人の綺麗 な女性が紅茶を楽しんでいる姿だった。 ---------------------------------------------------------------------------- 「どうぞ」 「は、はぁ、すみません」  やや青みがかった髪を短くまとめた、自分と同世代とおぼしき女性に椅子に座らさ れ、紅茶をふるまわれる拓也。  もちろんこんなことをしに来たのではないのだが、なんとなく場の空気に流されて しまっていた。  一口すすってみる。  美味しかった。  けれども当然、そんなことをしに来たのではないという事実は変わらない。  洒落たティーカップを置き、拓也は女性達に訊ねる。 「すみません、僕が入ってくる少し前に、誰かが入ってきませんでしたか?」 「さぁ…誰も入ってこなかったと思うけど。ね? 葉子さん」  そう言って青髪の女性は、彼女とは対照的な、床まで届きそうなほどの長い髪の毛 を持った女性に訊ねる。 「そうですね…小さなお店ですから、誰かが入ってくればすぐ解るはずですし…郁未 さんのおっしゃる通り、誰も来なかったと思いますが」  「葉子さん」と呼ばれたその女性もまた、青髪の女性─郁未と言うらしい─に同意 する。 「そうですか…」  即効で用件が終わってしまった。  自分は歩きながら夢でも見ていたのだろうか?  かなり釈然としないものがあるが、自分以外の誰もここにはこなかったという事実 が判明した以上、ここにこれ以上の長居は無用だった。 「紅茶、ご馳走様でした」  まだ随分と中身が残っているティーカップをそのままに、拓也は席を立とうとする。 「あ、待って」  そんな拓也を郁未が制する。 「なんでしょう?」  立とうとする動作を止め、再び椅子に落ちつく拓也。  そんな拓也を見て、わずかに微笑む郁未。 「悩み事があるなら、相談にのるわよ?」 「…え?」  郁未の言葉は意外なものだった。 「何故…?」 「一目見た時から解ってるわよ。いかにも悩んでますって顔してたもの」  …みずかといい、この郁未という女性といい、今日は鋭い洞察力を持った人によく 会う日だと拓也は思った。 「お気持ちはありがたいですが…これは人に話せるような問題ではありませんから」 「そう? 知ってる人間に話せないようなことでも知らない人間には話せることとか ってあると思うけど」 「…確かにそのとおりですが…この問題には自分で決着をつけたいので」  当事者達はみな拓也を許してくれた。あとは自分の心の問題である。ならばせめて 最後のけじめは自分でつけなくてはならない。拓也はそう考えていた。だから、人に 相談することもしようとしなかった。 「…一人で抱え込むのは貴方の自由ですが、「自分だけ」の問題に「自分一人」で決 着をつけようとするのは、時として傲慢となる場合もありますよ」 「えっ?」  黙って二人の話を聞いていた葉子が唐突に、拓也を無表情に見つめながら静かに言 い放った。  自分だけの問題に自分一人で決着をつけることが傲慢?  拓也には理解不能だった。 「そうね、特にその問題が大きければ大きいほど、勝手に決着をつけたら怒るでしょ うね、「あなた達」は」  葉子の言葉に頷くと、郁未もまた拓也に理解できないようなことを言う。 「あの…あなた達とは…?」  拓也の口をついて出る、当然の疑問。 「…やっぱり、気付いてないのね」 「…あるいは、と思いましたが…残念ながら、そのようですね…」  郁未と葉子しばしの沈黙の後、残念そうに、呟くように言った。 「どういうことですか?」  一人置いてきぼりにされた感覚で、拓也は二人に訊ねる。 「…そうね、あなたやっぱり「あなた達」に会うべきだわ」 「…そうですね、それに精一杯の努力をした「彼」の想いを無駄にするのも可哀想で すし」  拓也の問いに、雲を掴むような解りにくい表現で答え、なおかつ勝手に話を進めて いく二人。 「あ、あの…?」  拓也はそんな二人の態度に不安を感じ、何かを言おうとするが。 「おせっかいだとは自覚してるけど…あなたのような悩みを抱えた人には、ううん、 自分が本当に悩んでいることがなんなのかにすら気付いてない人には…多分、これが 一番最良の方法だと思うから」 「それに貴方のような過去の上に成り立っている人なら、自分の深みに落ちていこう とも、そう簡単に己を失うことも無いでしょうから」 「だから、会ってきなさい、「あなた達」に…」  郁未がそう言った直後、空気は振動をやめた。  あらゆる音が伝わらなくなったのが感覚として解った。 「……………」 「………  誰の言葉だったか。  誰かが何かを、あるいは自分が何かを喋ったような気がしたが、拓也にはもはやそ の音は聞こえなかった。 ----------------------------------------------------------------------------  しゃんしゃんしゃんしゃん…  音が聞こえなかったのは一瞬のことだったようだ。  耳に軽快な音が響いてくる。  そこは、元のおもちゃ屋であった。  違うことといえば、二人の女性がいなくなっていることくらいである。  いや、それともう一つ。  しゃんしゃんしゃんしゃん…  それはおもちゃのサルが小さなシンバルを叩く音であった。  それに気がつくと同時に、辺りがものすごい騒音に包まれる。  あるいは、最初からそうだったのかもしれない。  それを、拓也は遅れて認識したにすぎないのかもしれない。  いずれにせよ、拓也の耳にけたたましい音が届けられる。  ウイィィィィィン…  車のおもちゃがモーターを回転させ、走り回る音。  ピロピロピロピロ…ズガガガガガガガガガン!!  光り、けたたましい唸りを上げる、光線銃のおもちゃの音。  シュッシュッシュッシュッシュッシュ…  レールの上を力強く走る電車のおもちゃがたてる軽快な音。  その他周りにあるおもちゃというおもちゃが騒々しく動き回っていた。 「…これは?」  とてつもない騒々しさだと言うのに、不思議と耳を押さえようとか、そういう考え は起こらなかった。  そして更に不思議なことに、これだけやかましく、どれがどの音かを聞き分けるの も困難なとてつもない騒音の中だと言うのに、その、ある音だけははっきりと聞きわ けることができた。  …ぐす…ひっく…  泣き声。小さな子供の泣き声だった。  声のする方へ振り返ってみる。  そこには、子供がいた。  子供の姿をした、もう一人の自分…『月島拓也』がいた。 「…どうしたんだい?」  優しく、声をかけてみる。 『ぐす…ひっく…ひっく…』  答えはない。 「何をそんなに悲しんでいるんだい?」  もう一度優しく、声をかけてみる。 『うぐ…うえぇぇぇ…』  やはり少年は泣いてばかりで何も答えようとしない。 「君…」 『無駄だよ』 「えっ?」  諦めず、もう一度声をかけようとした拓也に、逆に声をかけてくる者があった。  慌ててそちらに振り返る。  先ほどまで誰もいなかったその空間に…こちらは自分とほぼ…いや、全く同じ姿の…  『月島拓也』がいた。 ============================================================================ 「君は…?」 『見て解らないかい?』 「…僕、か?」 『そう。僕は君だ。ついでに言うと、そこで泣いてる子も』 「僕、だね?」 『そう、君であり、『僕』でもある』  拓也の前に姿を現した、もう一人の『拓也』は、無表情に言った。  …うく…ひく… 「さっき僕が見かけた僕は…君なのか?」  目の前の自分を見た瞬間から抱いていた疑問を投げかけてみる。 『…そうだよ。以前からこうして君にあう努力をしていたんだが…ようやく気付いて くれたな』  変わらぬ無表情のまま、『拓也』は答えた。  …ひっく…ひっく… 「僕に…会いに?」  訝しげな表情で、訊ねる拓也。 『そう。君に会いに』  表情無く、ただ簡潔に答える『拓也』。  …しくしく… 「なんのために…?」 『…ご挨拶だね…僕の苦労も知らずに…っと、言いたいことは山ほどあるが…ここで 言っても始まらないな』  初めて表情を変えた─不機嫌な顔に─『拓也』だが、すぐに無表情に戻ると、ため 息混じりにそう言った。 『僕が君に会いにきたのは他でもない、その子の…「自分」の…「自分達」のためさ。 君も、僕も、その子も、君の知らない「僕達」も、みんな含めた「自分達」の』 「「自分達」…?」 『そう。「自分達」』  …ぐす…ぐじゅっ… 『その子がなんで泣いているか解るかい』 「…解らない」 『…だろうね。だから僕は君に会いに来たのさ。今までだって何度も会おうとしたけ ど、僕のほうの努力が足りなかったのか、君には気付いてもらえなかった。しかしそ の子が現れてからはなにがなんでも会おうと、それ以前にも増してがむしゃらに努力 した。その甲斐あってか、ようやくこうして君と対話できる』  …ぐすっ… 『君の目からは、周りに何が見える?』 「なにが…って?」 『言葉のとおりさ。僕やその子の他に何が見える?』 「? 勝手に動く…無数のおもちゃが見える」 『…そうか』 「それがどうかしたのかい?」 『……君は…いや、解っていたことか…』  『拓也』はまた少し表情を険しくしたが、すぐに元に戻る。 「…?」  拓也はその意味を掴めなかった。  ………… 『「おもちゃ」達がどうして勝手に動くか知ってるかい』 「…呪いとか、超能力とか…」 『そうだね、そういう場合もあるかもしれない』 「……」 『それだけかい?』 「そうだな…あとは、よほどそのおもちゃを大事にしたら、想いがこもってただのお もちゃが魂を持つ場合もあるのかもしれない」 『メルヘンだね…すこし不気味な気もするけどね』 「それで? 結局何が言いたいんだい?」  …えぐっ… 『「おもちゃ」達はね…様々なことを考えているんだ』 「様々なこと?」 『そう…あるものは踊りたい、あるものは歌いたい、あるものは派手に暴れたい…そ んな、いろいろなことを考えているんだ』 「……」 『そして…そんなバラバラなことを考えている「おもちゃ」達だけどね…一つだけ同 じことを考えているんだ』 「同じこと?」 『そう。おもちゃっていうのはなんのためにあるのかな?』 「…遊ぶため、じゃないのかい?」 『そうだね、おもちゃは遊ぶためのものだ。主に子供を楽しませるのがおもちゃの仕 事だね』 「…もしかして、ここのおもちゃ達は…」 『そのとおり。みんな、その子を楽しませようと、頑張っているんだよ。一緒に踊り たい、一緒に歌いたい、いっしょにふざけてみたい…そしていっしょに笑いたい…そ んなことを考えて、必死にその子に語りかけているんだ』 「そうなのか…もしかして、この騒音が騒音に思えないのは、そんなおもちゃ達の優 しさのせいなのかな」 『何をらしくないことを言っているんだい君は』 「…そうだな、僕らしくないな」  ……うえっ…… 『だけど、皆こんなに一生懸命なのに、その子には届かないんだよ、「おもちゃ」達 の声が』 「…何故?」 『…何故だろうね。もしかすると、一つだけ正しく動いていない「おもちゃ」があっ て、輪を乱してるからかもしれない』 「そうなのかい?」 『ああ、これさ。ほら』  『拓也』は拓也に何かを投げてよこした。  それを受け取る拓也。 「…ルービックキューブ?」  受け取ったものはルービックキューブだった。  時々勝手に面が回転する。 『ああ。そのキューブだけは正しく動かないんだ』 「正しく動かないって、どういうことだい?」 『例えば、光線銃は音を出して遊ぶものだね』 「そうだね」 『電車の模型は走らせて遊ぶものだ』 「うん」 『ルービックキューブは?』 「え…それは、色を揃えるものじゃないのかい?」 『そのとおり。でも、そのキューブは一度も色がそろったことがないんだよ』 「……そうなのか?」 『ああ。だからこの間、僕が無理やり揃えてやろうとしたことがあったんだ。こう見 えても…って自分で自分に言うのもおかしいが、その手の遊びには強いと思っていた んだが…』 「だめだったのかい?」 『そうなんだ…何度やってみても、ただの一つすら面を揃えられなかった』 「そんなおかしなことが…」 『あるから困っているんだよ』  本当に困った顔をする『拓也』の言葉に、拓也は小さな六面体をいくつも合わせて 作られている大きな六面体をじっと見つめる。 『疑うなら試してごらん』  いわれるまでもない、といった様子で拓也はその六面体をいじり始めた。  …かちゃり…かちゃり…  …うく…ひく…  …かちゃり…かちゃり… 「…どうなってるんだ? これは…」  数分間いじくってみたものの、『拓也』いうとおり、ただの一面もそろうことはな かった。 『どうだい、できないだろう?』 「…あぁ」 『この部屋の「おもちゃ」達は皆その子を喜ばせようとして各々のできる限りのこと をしているんだ。だけど、そのキューブは絶対に「揃わない」。そのキューブが皆の 足を引っ張っているんじゃないかと思うんだ。  月並みな言葉だけどね、皆が集まればなんだってできる。逆に、皆が力を合わせな いと何もできないこともあるんじゃないかな』 「…どうだろう。場合にもよると思うけど」 『例えば、千羽鶴。皆が仲のいい友達同士のクラスがあったとする。その中の一人が 病気をしてしまったんだ。皆はその子の回復を祈って千羽鶴を送った。だけど、誰か がその千羽鶴の製作に参加していないことがわかったらどうだろう。  送られた子は手放しに喜ぶことはできないんじゃないかな。嫌われちゃったのかな、 とか、その子に何かあったんじゃないのか、とか、色々心配してしまうんじゃないか な』 「…そうかもしれない」 『まぁ、変な例えだったけどね。そのキューブがその子を楽しませようとしてないん だったら、そのキューブが全てを台無しにしている、そう考えることもできないかな』 「…言いきれないけど、一理あるとは思うよ」 『だろう? …おっと、そろそろ限界だね。今日はここまでにしよう』 「え?」 『あまり長時間こうして対話をするのは、「僕達」によくないんだよ。下手をすると 君が帰れなくなってしまう』 「帰る…どこへ?」 『…精神感応の力を持っている割には疎いんだね…ここは、君の心の奥の奥…深い深 淵の底なんだよ』 「…そうだったのか?」 『ああ。君の知らない「僕ら」はいつもはこうしてここにいる。今日、現実の世界の 君の前に姿を現すことができたのは、まぁ、一種の奇跡と言えないこともない』 「…そうだったのか…よくは解らないが、苦労をかけたみたいだね…ごめん」 『…実際これまでも苦労したし、これからも苦労していくと思うけど…その一言で少 しは救われた気がするよ。数値で表せば1000のうち1くらいはね』 「…本当にごめん」 『いいさ、慣れたからね…慣れてない「僕」もいるけどね。あいつらには下手に謝っ たほうが逆効果だよ。実際に彼らに会うことがあるかは解らないけど、覚えておくと いい』 「忠告ありがとう。覚えておくよ」 『ああ。それと、一つお願いをさせてくれ』 「なんだい?」 『そのキューブ…外へ持っていってくれないか? もう、僕では煮詰まってしまって 解けそうにないからね。僕でない僕がやったほうがいいと思って』 「…外へ持っていくって…そんなことができるのか?」 『多分大丈夫さ。ここ…このお店は、そういうことができるところだから。  …実のところ、僕が今日君の前に姿を現すことができた奇跡…それにもこのお店が 大きく関係しているんだ。君が「それ」を外へ持ち出すことを望んでくれれば、きっ と持っていくことができるよ』 「解った。確かに受け取ったよ。できる限りのことはしてみる」 『頼むよ。…それじゃ、そのうちまた』 「ああ、また」  拓也と『拓也』は片手を上げて、簡素な挨拶を交わし、別れた。  拓也の意識が霞んでいく。  …うぐ…えぐ…  …しゃんしゃんしゃん…  …ウィィィィィィィン…  …………………  少しずつ聞こえる音が小さくなっていき……  やがて完全に消えた。 ---------------------------------------------------------------------------- 「…はっ!?」 「おはよう」 「よく眠れましたか? なんて、眠らせた張本人がいうのも変な話ですね」  目覚めた拓也の顔を郁未と葉子が覗きこんでいた。  拓也はぼーっとする頭を2、3度振り、周囲を見渡す。  先ほどまでと変わらぬおもちゃ屋の中。  違うことといえばおもちゃ達がおとなしく、二人の『拓也』が二人の女性になって いることくらいである。 (眠っていた……夢?)  まだ少しボーっとしている頭に右手をあてがおうとする。しかしそれは上手くいか なかった。右手にしっかりと握り締められている「もの」のせいで。 「これは…」 (やっぱり夢じゃ…ないんだな) 「へぇ…あそこからものを持って帰ってくるなんて…」 「思った通り、強力な精神力を持っておいでですね」  拓也の手にしっかりと握られているキューブを見て、郁未と葉子は感嘆の声をあげ た。 「はいどうぞ。葉子さんも」 「あ、すみません」 「ありがとうございます」  とりあえずテーブルにつき、紅茶を煎れなおして談話しやすい態勢を作る郁未達。  拓也にはこの二人の女性に色々と言いたいこと、聞きたいことがあったが、考えが 上手くまとまらず、少々困惑していた。  そうして戸惑っているうちに、二人のほうから会話を切り出してきた。 「そうね…色々話す前に自己紹介がまだだったわね。私は天沢郁未。一応、この店の 店長よ」 「私は鹿沼葉子です。よろしくお願いします」  郁未は解りやすい笑顔で、葉子は口元を少し緩めるだけの笑顔で名乗った。 「あ、と…僕は月島拓也と言います」  言って、軽く会釈する。 「よろしくね、月島君…  多分、私達に聞きたいことが色々あると思うんだけど、なんか迷ってるみたいだか ら必要と思われることをかいつまんで話すね」  郁未はそう言うと、葉子に目くばせする。  お互いの視線を合わせ、頷く二人。 「とりあえず、私達は貴方に嘘をついていました。もう一人の貴方のことです」 「彼があなたに会えるように力を貸したのは私達なのよ。だからあなたが最初にここ に来た時、私達は彼のことを知ってたのよ。でも、できれば極力「あなた達」のこと にはあなた自身に気付いてほしかったから、知らん顔していたのよ」 「精神感応の力に長けた貴方ならあるいは「自分達」のことも気付いてらっしゃるの では、と期待してのことだったんですが…」 「ま、待ってくださいっ」  しばらく黙って二人の話していく内容を聞いていようと思った拓也だったが、聞き 捨てならない言葉に敏感に反応する。 「精神感応の力、って…何故ご存知なんですか?」  何でもないことのように葉子の口から何気なく発せられた言葉。それは拓也の力、 電波のことであった。もちろん、拓也はそのことを話していない。 「簡単なことです…私達も少々変わった力を持っている者だということです」  拓也の質問に、静かに答える葉子。 「まぁ、あなたのその力とは少し違うけどね…まぁ、似たようなものよ」  郁未が葉子の言葉を補完してるようでしていない、中途半端な言葉を付け加える。 「そうですか…」  拓也もこれまで様々な人と出会ってきた。  鬼、魔法使い、超能力者、魔族…  今更自分達のような「電波使い」以外の特殊能力者に出会ったところでそれほど驚 かなかった。 「まぁ「力」についてはそれくらいにしておいて…それと、あなたがさっき行ってき た「自分の心の深み」についてだけど…」 「貴方をそこへ送ったのも私達です。とはいえ、私達は貴方を送っただけですから、 貴方の心を覗いたりはしていませんのでご安心を」 「…はぁ」  なんとも気の抜けた返事をする拓也。  そんな拓也を苦笑して見つめつつ、郁未は紅茶を一口すする。 「これで大体必要なことは話したと思いますが…まだ何かお訊ねになりたいことはあ りますか?」 「わ、葉子さんが自分から質問を催促してる。珍しいもの見ちゃった」  ティーカップを置き、郁未はやや大げさに驚いてみせる。 「…それはどういう意味ですか?」  やや不機嫌そうに郁未を睨む葉子。 「そのままの意味だよ。前なんて私が質問するたびにイヤな顔してたくせに」 「それは郁未さんの質問があまりにもくだらなかったからです」 「うわ、くだらないなんて酷いなぁ…あれは目的を果たすために葉子さんから色々聞 き出せたらいいな〜、なんて下心があっただけだよ」 「…郁未さん…挑発してますか?」  あからさまに不機嫌そうに眉をつりあげ、更に郁未を睨む葉子。  周囲の空気がはりつめていくのが拓也にもわかった。  拓也は蚊帳の外だったが、葉子が放つ鬼気は、その場にいるだけで冷や汗が流れそ うであった。 「まぁまぁ葉子さん落ちついて…挑発なんてしてないってば。確かに最初は下心あっ たけど、そのおかげで葉子さんと色々お話できて、今みたいな関係になれたんじゃな いの」  葉子の鬼気を正面から向けられているにもかかわらず、苦笑まじりに葉子をなだめ る郁未。これだけの鬼気を放てる葉子も葉子だが、それにひるむことのない郁未も郁 未である。  拓也はこの二人についてただ一言「凄い」と思った。 「全く…そのようなことを言われてしまっては怒るに怒れないじゃないですか」  葉子の表情が平静としたものに変わっていくのと同時に、場の緊張した空気もほぐ れていく。  なんとなく拓也は安堵のため息をついた。 「すみません、お見苦しいところをお見せしました…それで、もう質問はありません か?」  そう言って葉子は自分の分の紅茶に口をつける。 「あ、はい。大体のことは解りました。ありがとうございます」 「そう、よかったわ。それなら今度はこっちから質問していいかしら?」  拓也の言葉に満足したように微笑むと、今度は郁未が拓也に訊ねる。 「ええ、構いません。僕に答えられることなら」  勿論、と言わんばかりに拓也は頷いてみせる。  再び互いの顔を見合わせる郁未と葉子。  お互いが頷きあうのを確認すると、郁未は言った。 「自分達に会えて、良かった?」  言葉少なに、今回の結果を訊ねる郁未と葉子。  拓也は二人の質問を受け、数秒の間考え込んでから口を開いた。 「良いか悪いか、実際にはよく解りません…ですが、何かを得られた気はします。だ から、きっと良かったのだと思います」  それが拓也の嘘偽りの無い答えだった。 「そう、良かったわ」 「出すぎたまねをして悪影響を出したのでは目もあてられませんでしたからね」 「そうだね」  郁未と葉子は拓也の言葉に安心すると同時に、苦笑した。 「あなた方に手伝って頂かなければ僕は「自分達」のことを知らないままでしたから。 自分の知らないうちに、彼らに苦労をかけていたことを知らずに、勝手に悩みつづけ るところでした。ですから、ありがとうございます」 「お礼なんていいのよ、そこからあなたが何かを得られれば、ね」 「その通りです。出会いが良いものであったのなら、それを今後に活かしてさえくれ れば、それで十分です」 「はい…「僕」から受け取った使命…果たしてみようと思います」 「…そのキューブのこと?」 「…はい」 「…深くは訊ねませんが、頑張ってください」 「はい。ありがとうございます」 ---------------------------------------------------------------------------- 「それじゃ、色々お世話になりました…あ、紅茶美味しかったです」 「ふふ、ありがと。夜遅いから気をつけてね」 「お気遣いはありがたいですが…ご心配は無用です」 「…あのね月島君。ずっと思ってたんだけど、言葉堅苦しすぎない? どうせ同い年 なんだし」 「えっ!? そうだったんですか?」 「…なんか微妙にひっかかるリアクションねぇ…」 「あ、す、すみません…別にそういう意味じゃないんです。ただ、言葉に重みがある と言うか、僕より一枚も二枚も上手と言うか…」 「外見はともかく、中身は郁未さんって19歳にしては老けてますからね」 「うわ、葉子さんには言われたくないかも」 「私は実際に24ですから問題ありません」 「…もーすぐ25でしょ」 「なら、なおさら問題ありませんね」 「あ、あはは、それじゃ失礼します」 「あ、うん。暇があったらまた遊びに来てね」 「はい、それじゃ本当に色々ありがとうございました」  深くお辞儀をし、拓也は足早に「夢工房」を後にした。  その拓也の背中が見えなくなるまで、郁未と葉子は見送っていた。 ----------------------------------------------------------------------------  カララン 「ふぃー、どっかの貧乳娘のせいでつかれたわぁー…」 「うわっ、何気に酷いこと言わないで下さいっ!!」  拓也を見送り、静かな時が流れていた店内に騒々しい声が流れ込んでくる。 「あら、騒々しいのが来たわね」 「そうですね」  テーブルで穏やかな時を楽しんでいた郁未と葉子は、騒々しい乱入者の様子に苦笑 する。 「あら? 葉子さんお久しぶり」 「わぁ、お久しぶりですぅ! 郁未さんの出産祝い以来ですねっ!!」 「…そうですね、お久しぶりです。そしてこんばんわ、晴香さん、由依さん」  そっけない晴香と、その元気の発生源が解らない由依と、あくまで静かな葉子。  見事なまでに性格の違う3人だが、郁未を通して初めて会った時以来、親友と呼べ る間柄となっていた。  …もっとも、お互いの事情から、顔をあわせる機会は多くなかったが。 「で? どうだったの「お仕事」は」 「あ、聞いてよ郁未、サギよ、サギ」  郁未が紅茶を煎れながら訊ねると、晴香は着席するのも忘れ郁未に言い寄る。 「うわっ、人聞きの悪いこと言わないで下さいよっ!」  慌てて言い訳に入る由依。  この二人は今夜のダンスパーティの準備に駆り出されていたのだ。  といっても実際に了承の職員なのは由依だけであり、晴香はただ由依に頼まれて手 伝いにいっただけである。 「うっさい! あんな大仕事で夕飯一食なんて足りるかっ!  『ちょっと』手伝ってくださぁい、なんていうから夕食1食分で手を打ったのに… あんな重労働なら1ヶ月分は奢ってもらわないと割に合わないわよ!」 「そそ、それはいくらなんでも横暴ですよぅ!!」 「…どうでもいいですが、もう少し静かにお話できないのですか?」 「あ、葉子さん、この二人にそれはムリ」  大声で言い合う晴香と由依に、少々あきれた表情で言う葉子。  郁未は真顔でフォローになっていないフォローを入れる。 「こら郁未、なに人聞きの悪いこと言ってるの」 「晴香さんは人のこと言えないですけど、そうですよ郁未さんっ!」 「一言多いっ!」  ぽかっ!! 「い、痛いですぅ!! また晴香さんがグーで殴ったぁ!!」 「…何があったのか全然解りません」  とうとうため息までつく葉子。 「あはは、そうだね。でも楽しいからいいんじゃないかな」 「…ふふ、そうですね」  郁未が言葉通りに楽しそうに言うと、葉子もうっすらと微笑んだ。 「こらそこっ! 勝手に人で楽しむなっ!!」 「そうですよっ! あたしはみせものじゃないですっ!!」 「あたしはって、「達」が抜けてるっ!!」  ぽかっ!! 「ま、またぶったぁ〜〜〜!!」 「本当に話しが進みませんね」 「あはは、そうだね」  穏やかな時間。  先ほどまでの静かな時間も「穏やかな時間」。  今の騒々しい時間も「穏やかな時間」。  同じ「穏やかな時間」でも色々な種類がある。  だが、そのどれも好きだ。  郁未と葉子はそんなことを考えながら、いまだ騒々しい晴香と由依を眺めていた。 「で? どうだったの舞踏会の準備は」 「まったく散々だったわよ、あのラルヴァとかいう連中は数は多いくせにあんまり役 に立たないし。夕食後だってのに食べ物はむやみに多いし。由依は貧乳だし」 「あたしの胸は関係無いですよっ!!」 「とてもじゃないけど、夕食一度奢ってもらうくらいじゃ全然元取れないわね」 「いいじゃないですかぁ、どうせ毎日ヒマしてるんだし」 「うっさい。とにかく1週間分は奢ってもらうからね。こちとら慈善事業じゃないん だから」 「…うぅ、わかりましたよぉ、けちな晴香さん」 「一言多いっ!」  ぽかっ!! 「ほ、本日29発目ですぅ〜〜〜!!」 「…わざわざ数えてらっしゃるんですか?」 「…マメねぇ…」 <おわり>
 ERRです。  またMOON.炸裂です、すみません。  今回のお話は色々と問題があるでしょうが…敢えて投稿させて頂きます。  審議掲示板に書きこんだ前バージョンではほとんど結果が出てしまってましたが、 こちらのバージョンであれば拓也が前向きになる、という段階で止めることもできま すし。  いずれにせよ、少々「了承らしさ」から外れた作品であることにはかわりないな、 と考えております。  不快になられた方、申しわけありません。  それと、審議掲示板にご意見をくださった皆様、お手数をおかけしました。
 ☆ コメント ☆ マルチ:「はう〜。わたし、ルービックキューブ苦手ですぅ〜」(;;) 綾香 :「そうなの? どれくらいの面数までしか揃えられないの?」 マルチ:「2面までしか揃えられないです」(;;) 綾香 :「……そ、それは凄いわね。別の意味で」(^ ^; マルチ:「はう〜〜〜」(;;) 綾香 :「セリオは? あなたはどうなの?」 セリオ:「お任せ下さい! わたしはもちろん……」(^0^) 綾香 :「ダウンロード無しでね」(^^) セリオ:「……………………」(;^_^A 綾香 :「……………………」(^^) セリオ:「…………マルチさん! パズルなんか出来なくたって問題ありませんよね!」(;;) マルチ:「はい! もちろんですぅ」(;;) 綾香 :「そこ! 変なことで団結しない!」(^ ^; セリオ:「…………ううっ」(;;) マルチ:「…………はう〜」(;;) 綾香 :「姉さんは? 全部揃えられる?」 芹香 :「……わたしは……5面までしか揃えられないんです」(´`) 綾香 :「……………………は? 5面?」(−−; 芹香 :「……どうしてなんでしょう? 不思議ですね」(´`) 綾香 :「……………………5面???」(−−;;;



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