連載小説 私立了承学園
第四百拾話 五日目 放課後(3)(Kanonサイド)

 真実はいつも一つっ!!

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「ねーねー、栞ちゃん」
「はい? 何ですか、名雪さん?」
「前にさ、栞ちゃん、ポケットからクロロホルム出してたよね?」
「はい。あ、もしかして、また誠さんに使うんですか?」
「う〜、そうしたいのはやまやまなんだけど、
あの後、さくらちゃん達に怒られちゃったんだぉ〜。
今度やったら『あの歌』の混声四部合唱を延々三時間聞かされるんだぉ〜」
「そ、そうなんですか? それは残念ですね」
「それに、今回頼みたいのは、クロロホルムじゃないんだぉ〜」
「え? 違うんですか?」
「うん……あのね、栞ちゃんって、どんなお薬でも持ってるんだよね?」
「はい♪ 家庭用の常備薬から、ちょっとイイ感じになれる『LSD』、
怪獣殺しの『デストロイヤー』、メイフィアさん特製の『エリクサー』だってありますよ♪」
「そうなんだ。じゃあ……」





「じゃあ、栞ちゃん……『アレ』持ってる?」










 とまあ、そんな名雪と栞のやり取りがあったその日の夜――

 相沢家の晩御飯は、妙に豪勢であった。

 普段は秋子を筆頭に、名雪・栞・香里・佐祐里・舞・美汐の、
『お料理できるんですメンバー』が手伝い、大人数の食事を賄っているのだが、
今夜は当番である名雪と栞が、何故か妙にハリキッていたのだ。

 で、その結果……、

「うが〜……食い過ぎた〜……」

 自分の部屋のベッドの上で、
ポンポンに膨らんだ腹を抱えて苦しむ一人の男が出来上がってしまった。

 ……祐一である。

「ったく、栞が当番の時は多くなるのは覚悟してはいるが、
何で、今日は名雪まで……ゲフッ」

 と、ゲップしつつ愚痴る祐一。

 何せ、この家には大食いカルテットのような無限胃袋の持ち主はいない。
 そして、自分以外は、皆、色々と(特に体重)気にするお年頃な女の子ばかり。

 よって、当然、作られた料理の大半は、祐一に回ってくるのだ。
 さらに、残そうものなら……、

「う〜……祐一〜。残すなんてヒドイぉ〜」
「そういう事する人、嫌いです」

 と、こう来て、二人の機嫌を損ねてしまう。
 そうなると、ご機嫌取りの為に、イチゴサンデーとアイスを奢らなくてはならない。

 最近、自分の小遣いは名雪達に奢る為だけに存在しているような気がする祐一。

 もちろん、それで彼女達は喜んでくれるのだから、それでも良いのだが、
祐一にだって欲しい物はあるし、自分の為だけに小遣いを使いたい時もある。
 だから、出来うる限り、余計な出費は控えたい。

 というわけで、今夜も自分の胃袋の限界に挑戦したわけなのだが……、

「うぐ〜……さすがに今夜のはキツかったかな〜」

 と、苦しい腹を擦りながら呻く祐一。
 そこへ……、

 コンコン……、

 ……突然、ドアがノックされた。

「誰だ?」
「わたし……入ってもいい?」
「あ? ああ……」
 ドアの向こうから聞こえる名雪の声に頷く祐一。
 だが、ある事に思い至り、目覚し時計に目を向けた。

 ――10時34分
 ――子供は寝る時間である。

 そして、その『子供は寝る時間』には、
普段の名雪はとっくに寝ているはずなのだが……、

「おいおい。お前、こんな時間まで起きてて大丈夫なのか?」
 と、ドアを開けて部屋に入って来た名雪に訊ねる祐一。
「うん。大丈夫だよ」
 祐一の言葉に、意外にしっかりと答える名雪。
 いつもなら、この時間には目は『ハ』の字になっているのだが、
今夜はそうでもないみたいだ。
 それどころか、その大きな双眸は爛々と輝いている。
「そうか? で、何か用か?」
「うん……ねえ、祐一……お腹、大丈夫?」
 そう言って、祐一の膨らんだ腹を見る名雪。
「ああ、ちょっと苦しいかな……って、お前、わざわざそれを訊きに来たのか?」
 祐一の言葉に、申し訳なさそうに頷く名雪。
 どうやら、晩御飯の事で謝りに来たようだ。
「う、うん……ゴメンね。今日はちょっと調子に乗り過ぎちゃったみたい」
「別に怒っちゃいねーよ。でも、次からはもう少し加減してくれよな」
「うん! ところで、祐一……わたし、胃薬持って来たんだけど……」
 そう言って、名雪はカプセル剤と水の入ったコップを祐一に差し出す。
「胃薬か……それ、効くのか?」
「うん♪ 栞ちゃんがくれたものだからバッチリだと思うよ♪」
「そっか、サンキュ。じゃあ、後で飲んどくよ」
 名雪から薬を受け取り、机の上に置こうとする祐一。
 だが、それを名雪が止めた。
「ダメだよ〜……ちゃんと、今、飲んで」
「……今じゃなきゃダメなのか?」
「うん♪」
「……どうしても、か?」
「うん♪ どうしても♪」
 何故か、やたらと楽しそうに言う名雪。
「はいはい。わかりましたよ」
 そんな名雪に苦笑しつつ、祐一は薬を口に持っていく。
「〜〜〜♪」
 それを期待の眼差しで見詰める名雪。
「…………」
 その視線を感じ、祐一の手が止まる。

 ……妖しい。
 ハッキリ言って、妖しい。

 まず妖しいのが、名雪がこんな時間まで起きているということ。
 次に、妙に用意が良すぎるということ。

 そして、その薬が栞が用意した物だという事が、何よりも一番妖しい。

「なあ、名雪……」
「な、何……?」
「これ、胃薬じゃないだろ?」
「――っ!!」
 祐一の指摘に目を大きく見開く名雪。
 そして……、
「そ、そそそ、そんなこと、な、ないよ!
た、ただの、ごく普通の、い、いい、胃薬だよっ!!」
 ……両手をパタパタと振って言う。
 嘘をついている事がバレバレであった。
「正直に答えないと、もうイチゴサンデー奢ってやらんぞ」
「う〜……それはイヤだぉ〜」
 祐一の言葉に、心底悲しそうな顔をする名雪。
 その時点で、嘘をついている事を自分からバラしている事に気付いていない。
「だったら、正直に話せ。これは、本当はどんな薬なんだ?」
 と、名雪に薬を突き付ける祐一。
「あのね……それ、子供になっちゃう薬なんだよ」
「子供になるって……もしかして、あの噂のキャンディーか?」
「うん……わたしね、どうしても、もう一度昔の祐一に会いたくて……、
それで、栞ちゃんに相談したの。『あのキャンディー持ってない?』って」
「なるほど……確かに、栞なら持ってそうだな」
 名雪の言葉に腕を組んで納得顔で頷く祐一。
 そして、名雪は話を続ける。
「うん。でもね……『あれはお薬じゃないから持っていません』って言われたの」
「じゃあ、この薬は何なんだ?」
「ちゃんと最後まで聞いてよ。それでね、そう言った後に、栞ちゃんこう言ったの。
『あのキャンディーは持っていませんけど、同じ効果を持つ薬なら持ってますよ』って」
「……それが、この薬なわけか?」
「…………うん」
 不機嫌そうに薬を手で弄ぶ祐一にジト目で睨まれ、シュンとうな垂れる名雪。
 そんな名雪の頭に、祐一はゆっくりと手を伸ばすと……、

「バカか、お前は」

 ――ぺしっ

「はうっ!」
 額をぺしっと叩かれ、声を上げる名雪。
 そして、叩かれたところを抑えて祐一を見る。
「う〜……痛いよ、祐一」
「やかましい! そうならそうと、ちゃんと正直に言えばいいんだよ。
どうしてもって言うなら、飲んでやっても構わないんだからな」
「……ホントに?」
 祐一の意外な一言に、目をぱちくりさせる名雪。
「ああ……お前がちゃんと正直に言うならな」
 その言葉に、名雪の表情がパアッと輝く。
「じゃ、じゃあ……その薬、飲んでくれる?
もう一度、昔の可愛い祐一に会わせてくれる?」
「ああ……」
 名雪の正直なお願いに、心良く頷く祐一。
 そして、ゆっくりと薬を口へと運ぶ。

 だが……、

「ところで、これはどうでもいい事なんだが……、
この薬、何て名前なんだ?」
「名前? えっとね……確か……『アポトキシン4869』だったかな?」
 その名雪の一言に、祐一の手がピタッと止まる。
「…………何だって?」
「だから、『アポトキシン4869』だよ」
「…………」

 聞き覚えのある名前であった。
 確か、その名前は……、

 記憶の糸を手繰る祐一の脳裏に、
とある漫画のキャッチフレーズが思い浮かぶ。





 体は子供っ! 頭脳は大人っ!
 迷宮無しの名推理っ!
 たった一つの真実見抜くっ!

 
その名は名探偵――





「……名雪……お前は俺を殺す気か?」
 と、眉間を揉み解す祐一。
 そんな祐一の言葉を、名雪はまったく理解していない。
「え? どうして? わたし、絶対に祐一にそんな事しないよ」
「……あのな、名雪……その薬はな……」
「うん? この薬は……?」
「その『アポトキシン4869』っていう薬はな……」















「元々は毒薬なんだよっ!
この大馬鹿者がっ!!」
















 その夜――

 名雪と栞は、しっかりと祐一に『お仕置き』されてしまったわけだが……、



「う〜♪ ゆういち〜♪」
「えぅ〜♪ ゆういちさ〜ん♪」



 ……あまり、お仕置きになっていなかったのは、言うまでもないだろう。










 ちゃんちゃん♪















 おまけ――

「あう〜……今夜は真琴達の番だったのに〜」(T△T)
「そんなに酷な事はないでしょう」(T_T)





<おわり>
_______________________________

<あとがき>

 ああああああーーーーっ!!
 了承書くのは久し振りだーーーーーっ!!

 次回作は、結構早くできるかもしれません。
 何故なら、以前使ったネタのアレンジバージョンだから。(笑)

 でわでわー




 ☆ コメント ☆

綾香 :「し、栞ちゃんって薬だったら何でも持ってるのね」(^ ^;

セリオ:「……ですね」(;^_^A

綾香 :「ある意味便利な娘だとは思うけど」(^ ^;

セリオ:「そうですね。歩く救急箱みたいな方ですから」(;^_^A

綾香 :「どっちかって言うと『歩く劇薬庫』って感じだけどね」(^ ^;

セリオ:「あはは」(;^_^A

綾香 :「まあ、いざって時にはお世話になろうかな」(^ ^;

セリオ:「わたしもわたしも」(^^)

綾香 :「わたしもって……あなたは薬なんていらないでしょうが」(−−;

セリオ:「ぶーぶー。そういう決めつけるような発言はいけないと思います。
     わたしだって、薬が必要になる時が来るかもしれないじゃないですかぁ」(−−)

綾香 :「来ないってば」(^ ^;

セリオ:「万が一という事だってあるかもしれないのにぃ〜」(−−)

綾香 :「ないってば」(^ ^;

セリオ:「ぶー」(−o−)

綾香 :「(でも、もしかしたらセリオだったら……な、なーんて……ま、まさかね)」(^ ^;

セリオ:「ぶー」(−o−)





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