了承学園5日目放課後其の2

ナイトライターサイド(作/阿黒)

 

 

 

「あーあ。ちかれた〜」

 学生寮の裏手の、共同ゴミ捨て場。そこに無造作にゴミで膨れた袋を放り出して、さも大儀そうにコリンは大きく伸びをした。

「しっかし不思議よねー。お金は溜まるどころか減っていくばかりなのに、ゴミってどうしてこんなにすぐ溜まるんだろ?しかもたくさん」

「…そうよね。まあ我が家のゴミ排出の要因の半分くらいはあんたのせいだってことはわかってるけど」

「ユンナ、それは違う」

やや冷ややかな口調でそう言ったユンナの隣で、エビルが冷静にそれを訂正した。

「大半ではなく8割強と見るべきだ」

「それは言いがかりというものよっ!何の根拠もないちゅーしょーよっ!ああっ、そういう心無い一言が今の繊細でナイーブな若者の心を深く抉るのよねっ!ああっ!かわいそうなコリンちゃん!なまじ美少女に生まれついてしまったばっかりに、びぼービンボーな死神や性格ブスの天使から嫉妬されちゃったりするわけよ。

ううん。でも、いいの。コリン負けない。

彼女達はそーいう性根の卑しい哀れなチンカスのよーな己の器量の貧しさに心を曇らせてしまっているだけなの。社会の底辺から抜け出せない落伍者である彼女達はかわいそうすぎてとても怒れないわ。

彼女達に必要なものは打ち据えるムチではなくて深い愛情なのよ!

ああっ!なんて慈悲深い天使なのかしらコリンちゃんてばさーーー!!」

「あー。とりあえず自己完結したか?コリン」

「とりあえず殴るからね、コリン」

「…いい度胸しているな」

何やら拳を握ってポーズをとりつつ、脂汗を流しながら硬直しているコリン。なぜ殴られるとわかっていてそーいうことを言ってしまうのかというと、単に思ったことをそのまま口にしてしまう単細胞な性癖、ただそれだけである。

普通、そういうのは単純にバカなのだろう。

「あー。ところでさ、このゴミ袋、やけに細かく刻んだ紙ばっかり詰まってるけど、なんだろね?」

「話を逸らそうと必死ね、コリン。…千堂家のゴミじゃない?多分、ボツ原稿か何かをシュレッダーにかけた後、だと思うけど」

 指をポキポキ鳴らしながらも、自分でも少し興味を覚えたのかユンナも話しに乗ってきた。

「ふーん。あれ?なにこの日本酒の空き瓶の山は?今日は危険物の日じゃないのにー」

「ヒマな時にまとめて出しておいてるんでしょ。雄蔵さんか、サラさんじゃない?そういういい加減なことをしてるってことは、サラさんかな」

「ははーん?…こっちの袋はスナック菓子の空き袋とかマンガ雑誌か…うちのも似たようなもんだけど」

「長瀬家か藤井家か…それほどの量は無いし、単純に人数の差を考えて、長瀬家かな?」

「へえ。ユンナさん、なんかプロファイリングの専門家みたいだね」

 苦笑交じりに感心しながらも、芳晴は一言、付け加えた。

「二人とも、それくらいにしておきなよ。そういうのって、ストーカー行為だから」

「…あ、そっか」

「ううっ、冷静に考えればゴミ漁りなんてカッコ悪いわよね…」

「でもまあ、確かにゴミに出すものってそこの家の実情が出ているよね」

「そうなのか、芳晴?」

 やや怪訝そうな顔をするエビルに、芳晴は軽く頷いた。

「まあ、あくまである程度、ですけどね。なんとなくその人の傾向がぼんやりわかる程度ですよ」

「ふむ…そういうものか。でも、デュラル家ではほとんどゴミは出ないから、仮にどこかのストーカーが探ろうとしても無理だろうな」

「…ゴミが、出ない?」

「うむ。料理の材料は全部使い切るし、紙くずなんかもちょっとしたメモ用紙につかったり、壁の隙間を塞ぐのに使ったり、新聞紙って身体に巻いて眠ると保温効果があるぞ」

「…エ、エコロな生活ですね」

「うむ。ルミラ様はあれで以外と環境問題には熱心な方でな」

 騙されてる。騙されてるよ江美さん!

 血涙でも流しそうな心境で、そっと目頭を押える芳晴だった。

「…ア、アノ、スミマセン…ソコ、ドイテイタダケマスカ?」

 突然後からかけられた声に、芳晴達は振り返った。その人間らしい特徴に乏しい声は、ある意味特徴的なのでそれが誰であるか、ということは既に判ってはいたが。

大きく膨らんだゴミ袋を5つ6つも抱え込んだマインが、おぼつかない足取りでヨタヨタと近寄ってきた。教員寮と学生寮は隣接しているので、共同のゴミ捨て場ではこのように時々それぞれの住人が顔を合わせることもある。城戸家の面々は、ほんの二言三言言葉を交わす程度だが、この小柄なメイドロボとは既に面識があった。

マイン(というよりゴミの山)の様子を見かねて、芳晴は彼女の視界を塞ぐ格好で重ねもっているゴミ袋を一つ、取り上げた。

「ほら、そっちの袋も貸しなよ。重いだろ?」

「イエ、大丈夫デス…モウ、スグソコデスシ」

「人の親切は素直に受けときなさいってば」

 ひょい、とコリンが軽く袋を一つ取り上げた。

「…結構重いね、これ。一つ一つはどうってことないかもしれないけど」

「…申訳ゴザイマセン」

 難儀そうに、それでも律儀に頭を下げるメイドロボの姿に、ユンナは少し眉をしかめた。その横でエビルが口を開く。

「マイン。こういう時は謝るんじゃない。

 ありがとう。…それだけでいいんだ。そんなにかしこまることはない」

「…スミマセン」

「いや、だから…まあ、いいか」

 あまり感情を表に出さないエビルの声にめずらしくぼやきが混じっていて、そのことについ、芳晴達は我知らず顔をほころばせていた。

「…私モ昼ハ学園ニ同行スルモノデスカラ、ドウシテモ家事ガ疎カニナリガチデ、塵ヲ溜メ込ンデシマイマシテ…」

 マインの、心持ち弁解じみた口調の説明に、芳晴は苦笑した。実のところ城戸家の状況も似たようなもので、掃除を終えて皆でゴミ出しに来たところも同じである。

ゴミ袋を下ろすと、マインは芳晴達に向かって深々とお辞儀した。

「アリガトウゴザイマシタ。ソレデハ、私ハマダオ掃除ガ残ッテマスノデ、コレデ…」

「あのさ。柳川先生と阿部さんはどうしたの?部屋で掃除してるわけ?」

 ユンナの質問に、微かな駆動音を上げて首の角度を代えると、マインは答えた。

「オ二人トモ、昼寝ナサッテマス。…何カ、御用件デモ?」

「昼寝……」

 思わず、という感で天を仰ぐと、ユンナは少し不機嫌そうに言った。

「よーするに、あなた1人に自分たちの住居の掃除を押付けて、サボってるってわけね?大の男が二人も揃っているのに?」

「アノ…コレハ、私ノ仕事デスカラ、御二方ノ手ヲ借リルワケニハ…」

「だからってさ。ゴミ捨てくらいは、手伝ってもいいんじゃない?腕力だけは有り余ってるんだから。

 あのね。まあ、メイドロボのあなたにこんなこといっても仕方がないかもしれないけれど、そうやって甘やかしてるとロクなことにならないわよ?

 人の好意や親切を、当然のように思って感謝すらしない。柳川先生なんて元からダメ人間なんだから、いくらあなたがそうやって尽くしても、いい様にこき使われてしまうだけよ?」

「………」

「ちょっと、ユンナ。…あたしもそう思わないでもないけど、さ…」

 黙りこんでしまったマインに気兼ねするように、コリンは口を出したものの、それ以上言葉を続けられなくて口篭もってしまった。正直、ユンナのやや厳しい口調は少し言い過ぎだとは思っていても、意見そのものはコリンも同感だったから。

が、ユンナも今の自分の言い方は多少問題があることに気づいて、ややバツが悪げに頭をかいた。

「…ごめん。でも、なんだか、マインちゃんを見てるとこう…歯がゆくて。自分の主人に忠節を尽くすのは、メイドロボのあなたには当たり前のことなんだろうけど…だけど、それをわかってあげない主人への忠義なんて、虚しいわよ。

 忠義や忠節を受ける側にだって、それを受けるだけの資格や器量というものが…」

 マインの顔に、僅かだが笑みと呼べるものが浮かぶのを見て、ユンナは我知らず口を閉ざしていた。

「アリガトウゴザイマス、ユンナ様」

 軽く頭を下げると、マインは、言った。

「…私ハ…学園所有ノ、メイドロボデス。広義的ニハ、学園関係者…教師、生徒ノ皆様全テ、私共ガオ仕エスル『御主人様』デス。

 デモ、逆ニ言エバ、特定個人ノ『御主人様』ハ存在シマセン」

「へ…?」

 コリンが、やや意外そうな声を上げた。

「敢エテ個別的ナ『御主人様』ヲ挙ゲルトスレバ、マズ、秋子理事長デス。学園最高責任者トシテ、全テニオケル最終的ナ裁量ヲ持ツ御方デスカラ。

次ハ、メイフィア様。私ハ登録上、保健室スタッフニ籍ガアリマスノデ、私ノ正式管理者ハ、メイフィア様デス。

ソシテ、三番目ガ、私ノ直接ノ介護対象デアル貴之様。私ハ、貴之様専属ノ、辞令ヲ受ケテオリマス。

…コノ御三方ガ、私ノ上位命令者トイウコトニナリマス。

ダカラ、厳密ニ言エバ、柳川様ハ私ノ正式ナ『御主人様』デハアリマセン」

芳晴達は声を無くした。まさか、この子の口から主人ではない、などという言葉が飛び出すなどと、全く予想外のことだった。

が、それは早計というものだった。

「…デモ、……御主人様ナンデス」

 やや躊躇いがちに、ポツリと呟くと、マインはもう一度会釈をし、別れの挨拶を述べてから立ち去っていった。

「…一途よねぇ」

 小さく、コリンが囁いた。

「意外に、激情家なのかもしれんな。普段はおとなしいが」

 エビルが、割とどうでもよさそうに、それでも応じる。

「まあ、いい子だよね。…柳川先生にはちょっともったいないくらい」

 芳晴は苦笑しながら、それで話題を打ち切るようにそう言った。思わぬ長居をしてしまったが、ゴミ捨て場という場所は、あまり憩いの場とは言えないだろう。

「………」

 1人、沈黙したまま、納得しがたい顔をしているユンナに、エビルは少し気遣わしげな視線を向けた。

 

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「…で?」

一通り、先程のささやかな一件の説明を受けて、メイフィアは火を点けないままのタバコを指先で弄びながら、あっさりと言った。

「あたしに何をしろって言うのよ、ユンナ?」

 まるで周囲の目を盗むように保健室を訪れてきたユンナにそう問い掛けると、その質問の答えが出る前にメイフィアは続けた。

「あたしからマインに、あんたは間違ってる、目を覚ましなさい、って諭してやればいいわけ?それともマインを配置換えするように取り計らえばいいのかしら?

 やろうと思えば、まあ、出来ないことはないけどさ?」

「…できるの?」

 やや居心地悪そうに丸椅子に座ったユンナに、メイフィアは鷹揚に頷いて見せた。

「ただねー。あたしとしては、そんなことする必要性を全く認めないんだけど。そもそも、あんたがなんでそんなこと言ってくるのかが、よくわかんないのよね〜。別に、あんたマインとそれほど親しいってわけでもなさそうなのに」

「そ、それはそうなんだけど…。確かに、たいしてあの子のこと知ってるわけじゃないんだけど」

 しぽっ。

 使い捨てライターでタバコに火を点けると、うまそうにメイフィアは一服つけた。それから、さり気なく、言った。

「よく知ってるわけじゃないなら、引っ込んでなさいよ」

「なっ…!?」

「まー、あんたはあんたなりに考えて、忠告してやってるつもりなんだと思うけどさ。そーゆー勘違いな善意ってさ。迷惑なのよ。やめてくんない?」

 隠しようも無い毒気混じりの言い種に、怒りでユンナの顔が青冷める。それでも務めて冷静さを失わず、ユンナは静かに口を開いた。

「正直に言うと…私、あの子のまるで模範のような忠勤ぶりを見てると、ムカついてくるの。鼻につくのよ。イライラして、どうしようもなく神経を逆撫でするの。

 まるで、…まるで…」

一旦言葉を切って、ユンナは、少しだけ硬い口調で言った。

「まるで、…昔の自分を見てるみたいで」

 しばらく、室内に沈黙が訪れた。

メイフィアはタバコを吹かしながら、虚空に昇っていく煙をぼんやりと見つめた。ただそれだけで、急かさず、ただユンナが話を続ける余裕を取り戻すのを待ち続けた。

「あたし…ウィルのことが好きだった。ほんとに、ほんとに好きだった」

少し傷ついた、やや子供みたいな口調で、ユンナはかつての恋人の名を口にした。

「天使らしからぬ乱暴な男だとか、戦闘狂だとか、いくら魔族相手でもあの残虐さは目に余るとか…彼のことを悪く言われる度に、私は辛かった。

みんな何もわかってない。…確かに乱暴な人だけど、でも、心の奥底には優しさを秘めた人なんだ、って。そう言いたかった。そのことを、知ってもらいたかった。

ウィルのこと、悪く言って欲しくなかった。

私は、ウィルを、みんなに褒めてもらいたかった。

誰もが彼のことを誤解していても、私だけは本当のウィルを知ってるって、信じてた。

好きだった。

愛していた。

本当に、好きだった。

だから…彼があまりに非道すぎる、と告発されて囚われた時…彼を救い出すためなら、私はどんなことでもするって、誓ったの」

その言葉に嘘は無かった。ユンナはコリンと芳晴を騙して、何の罪も犯していないデュラル家一同を二人に捕縛させ、それで稼いだポイントを使ってウィルを釈放しようとしたのだ。その時にはメイフィア自身も、一時的に封印されてしまった。

だが思惑が外れ全てご破算となり、封印の壷からメイフィア達が解放された時…ユンナは、その悔しさと――絶望で、泣き崩れた。

そこにいたのは狡猾で辛辣な悪女ではなくて、愛する人を救えなくなったことを嘆き悲しむ、一途な少女でしかなかった。

個人的に怒りはあったが、それを一方的に責め立てる気にもなれなくなってしまったメイフィアだった。あの乱暴なイビルも、今はもう気にはしていないだろう。

その時のことを思い出したのか、ユンナはすこし俯いた。が、今更重ねて謝罪の言葉を口にはせず、話を続行する。

「…でも…その、あの時失敗して、あなた達の前から逃げ出した時…無性に、ウィルに逢いたくなった。声が、聞きたかった。

コリンが上に報告すれば…それが当然の筈なんだけど、そうなれば私自身が追われる立場になってしまう。収容所に収監されているウィルに連絡をつけることは、自殺行為でしかないとわかってても……

それでも、どうしようもなく、逢いたかった。

だから…逢いに行ったの。

面会室で彼に会ったとき、ウィル、笑ってくれた。滅多にみせてくれないウィルの笑顔に、私は慰められたけど…同時に辛くなった。

ごめんなさい。私、失敗しちゃった。あなたをここから出してあげられなくなった。

そう言い出すことが、彼の期待を裏切ることが…できなくなった。

でも…言うしかなかったから…言ったの。

…………。

……そうしたら…そうしたらね…

そしたら……!!」

聞きたくなかった。

耳を塞ぎたかった。

けれど、ここは聞かなければいけなかった。

言う方が、ユンナの方が、ずっと辛いのだから。

「…ウィルは…ウィルの顔から、表情というものが無くなった。

そして、面会室の仕切りの向こう側で、私の方を見もせずに、言ったの。

このクソが、って。

それから、そのまま…さっさと背を向けて、…部屋から出て行っちゃった…」

「…………」

そんなことだろうと予測はしていたが、それでも怯みを覚えずにはいられなかった。

メイフィアは、ただ黙って、微かに動くユンナの口元を見つめ続ける。

「私…私…。………………わたし…!

私一人がわかってると思ってた。

私だけが、本当のウィルを理解してると思ってた。

でも、違ったの。

私だけがわかってなかった。私だけが、本当のウィルを知らなかったの!!」

声を震わせ、両手で顔を覆ったユンナは、それでもまるでメイフィアを制するように言った。

「勘違いしないで。泣いてなんかいないわ。あたし、自分が情けなくて、口惜しくて、もうどうしようもなく腹が立つけど…

あんな男のことで流す涙なんて、一粒たりとも持ってないんだから!

絶対、あんな下衆のせいで涙なんか零さないんだから…!!」

メイフィアは一つ肩を竦めて立ち上がった。隣室に助手の舞奈は控えているが、自分で急須にポットの湯を注ぐと、しばらく置いてから湯呑に湯を注いだ。それからぞんざいな手つきで茶の葉を温まった急須に入れてから、丁度湯呑ニ杯分の、やや冷めた湯を急須に戻す。

頃合を見て、急須を揺すりながら程よく出た茶を湯呑に注いで、ユンナの所に戻ってくる。まだ顔を覆ってはいたが、その時には彼女も落ち着きを取り戻しているようだった。

「はい。…まだ熱いから気をつけてね」

「…どうも」

 うっすらと湯気のたつ湯呑を受け取って、しかし口をつけないまま俯いて湯呑を見ているユンナを見ながら、メイフィアは言った。

「…だから、どうしても、マインのことが放っておけないってわけか。自分と同じ過ちを犯してしまいそうで?」

 ずず〜〜〜っ、と下品に茶を啜りながら、普段と変わらず気のなさそうな口ぶりである。そして、唐突に言った。

「あたしは、ほら、こうやって茶碗を持てるし、お茶を飲める。タバコも吸うし、最近はご無沙汰してるけど、えっちぃなことだってできるわよ?」

「????」

メイフィアの意図が読めず、ユンナは少し頬を染めながら顔を上げた。

その瞳は湿ってはいたが、だがそれだけだった。

「でも、実体があるように見えるけど、やっぱりあたしは幽霊なのよ。何百年も存在してるけど、あたしは、母親にはなったことないし、なることもできない。

…まあ、別に子供が欲しいとかいう話じゃなくて、要するに、母親の経験も無いのに子供のことを語るのは、ちょっとおこがましいかな、ってことなんだけどね。

子供ってさー。特にちっちゃな幼児って、油断のならない生き物なのよ。わかる?」

「いや、その…わからないけど」

 すっかりぬるくなった茶を一口含んで、ユンナが応じる。

「長い人生、自分に子供はいなくても、世話をすることくらいはあるし。

子は親の鏡、とかいうけどその通りね。ちっちゃな子供って、ただそこにいるだけで、周囲の大人から色々な事を学び取ってるものなの。理解してるかどうかはともかく、ね。

例えば、見た目は仲睦まじい夫婦に見えるけど、子供がお母さんに向かって『このクソババ!』なんて言っちゃうわけよ。小さな子供にそんな模範を示したのは、一体誰だか、説明しなきゃわかんない?」

苦笑しながらユンナは首を横に振った。

「これはまだテレビにリモコンがついてなくて、本体のダイヤルでチャンネルを代えていた頃の話だけど…あたしさ、子供の前で、お前にはこんなことできないだろ〜、って足でテレビのスイッチを切って見せたことがあるわけ。ほんの冗談のつもりだったんだけど…その子、しばらくテレビを足でいじるようになっちゃってさー。随分母親からは恨まれちゃった」

「それはキッパリとメイフィアさんが悪いと思う」

ジト目で断言するユンナから顔を背け、こほんと咳払いなどしつつ、メイフィアは白衣の内ポケットからラッキーストライクの箱を取り出した。残りは3本。

嘆息して、メイフィアはそのままタバコを戻した。

「メイドロボも、そんな小さな子供と同じ一面があってね。勿論、それが全てってわけじゃないけど、周りの環境やユーザーによって、同じ型でも差異…『個性』ってものが出来てしまうみたい。

ウチの舞奈もさー。何だかわかんないうちに性格歪んじゃったし」

「…ある意味、すっごく納得できる結果だと思うんですけど?あの腐った性格」

「はっはっはっはっは」

「誤魔化さないでください」

「じゃあ本題に入るけど。…ユンナ、あんたはマインはいい子だとは思ってる。でもまだ未熟で人を見る目が無いから、柳川センセの所から離した方がいい、と言うわけよね?かいつまんで言えば」

「まあ…そういうことかな」

「変だとは思わない?」

「…変、って…何が?」

「あたしの見るところ…マインって、すっごい、変なロボットよ?控え目で、忠実で、素直で、気持ちの優しい。ま、普通のメイドロボの基本的な性格よね」

 …………………。

「あの、なんでそれが変なんです?いいことじゃないですか」

「わかんない?あの、粗暴で横暴でイヤミったらしくて底意地の悪い、ユンナが主人としての資質が欠落してるって判断している柳川センセに一月近くも仕えてるっていうのに、ほとんどその影響を受けてないわよ?

なんであんな人間のクズと一緒に寝起きしてて、いい子でいられるわけ?絶対、どっか変よ?あたしが教えたことを素直に信じちゃう、ある意味単純バカなあの子が?」

「は…?」

一応、悪いことを教えている自覚はあったんですねというツッコミも脳裏を掠めないこともなかったが、それよりも大きな疑問を提示されて、ユンナは戸惑った。

普通であることが、異常。

「…マインの方に異常の原因が無いとしたら、さ?」

自分でも、あまり信じたくはなさそうな気持ちが濃厚な口ぶりで、それでもメイフィアは言った。

「保護者の方に理由があるとしか思えないわよね。

…たまにいるのよ。人間的にはそれほど悪辣じゃないんだけど、ひょんなことから道を踏み外しちゃった奴って。

ま、あのセンセも、見た目ほど救いようがないわけじゃないってことかな。

…だから、ユンナが心配する気持ちもわかるけど、…大丈夫、なんじゃない?そりゃあまあ、とても満点とはいえない主人かもしれないけど、ね」

「…………」

「ユンナ。冷たい言い方だけど、あんたの前例が全てにおいて当てはまるわけじゃない。もうちょっと距離を置いて、そして、見て御覧なさい。

今まで見えてなかったところが、見えるかもしれないから。

でも、それでも、納得がいかないようだったら…その時は、あたしが問い質すから」

ユンナは、静かに語りかけるメイフィアの、少しだらしなく頬杖をついた姿を見つめた。互いの視線が、ぶつかる。

そして、ユンナはゆっくりと頷いた。

 

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ユンナが退室してからしばらくして、隣室の扉が開いた。こちらを覗き込んでくる顔に、メイフィアは片方の眉だけを上げた。

「なんであんたがここにいるのよ、エビル?」

「すまん。…舞奈に頼んで、こっそり入れてもらった」

涼しい顔で、茶碗を片づけて出て行く助手を一睨みして、メイフィアはさっきまでユンナが座っていた席に座るよう、エビルに促した。

「その様子だと、立ち聞きしてたみたいね。…はっきり言って、趣味悪いわよ」

「すまん。…してはいけないことだと、わかってはいるのだが」

エビルは、いつもどこか冷めているように見えて、その実豊かな感情を秘めている娘である。ただ、それを表に出すことが無器用なだけであることを、デュラル家の者は皆知っている。

「ま、あれよね。…要するに今のは…懺悔ってわけよ。魔女のあたしが神父役で、天使の懺悔を聞くなんて、滑稽だけどね」

笑いを収めて、メイフィアはエビルに言った。

「あたしは…それが愚痴のはけ口でもいいって、思ってる。あんな鬱々とした悩みは、さっさと吐き出してしまった方がいいからね。

 誰かに自分が抱え込んでいるものを吐露したい。でも、他人にそれを知られたくもない。そういう矛盾があるから、実際以上に悩んじゃうんだわ、これが。

 だから、マインのことがきっかけになって、こういうことになっちゃったけど…結果的には、まあプラスになったと思う。

 …でもこういうことは、あまり多人数、それも身近な人間には知られたくないものよ?エビル」

「早急に忘れることにする」

「…なんか、あんたが言うと本当にきれいサッパリ忘れてしまえそうねぇ」

あちこちポケットを探って、メイフィアはキャンデーを取り出した。包み紙を剥いて、まずそうにそれを口に放り込む。

「…禁煙しているのか?」

「それは無理だから、節煙。せめて量を減らそうと思って」

 モゴモゴと口を動かすメイフィアを前に、しばらくエビルは黙り込んでいたが、ごく自然に囁いた。

「…今のユンナには、芳晴しかいない。引き摺ってはいないと思う」

「うん、同感」

「…だから、多少の紆余曲折はあるかもしれないが、最終的には大過なく済むと予想している」

「ま、あんたはこうして事情をわきまえたわけだし、コリンちゃんだってちょっと頭が不自由しているけど、基本的にはいい子だしね。その辺はあんまり心配してないけど…。

ちゃんと、見ててあげてよ?」

「当然」

 言葉少なく応えるエビルだったが、その彼女が少し不審そうな色を顔に浮かべた。

「…どうしたメイフィア?何か気がかりなことがあるのか?」

「ん?うーん…気がかりというか…ちょっと引っかかってね」

 言おうか言うまいか少し逡巡し、結局メイフィアは自分の疑問を口にした。

「あたしは…その、ウィルって天使のことは話程度にしか知らないけど。戦闘狂とか、過剰な残虐性とか、殺し合いそのものを目的とするような奴だとか…

 そういう奴ってさ、普通あんまり、他人を騙して利用しようとかいう発想は…持たないんじゃないかな、って。絶対じゃないけど。

 ユンナはどうして彼のことを好きになったのか、知らないけど…最初からウィルに、ユンナを利用しようなんて考えがあったかどうか、ちょっと疑問」

「…腕力バカなら、他人の助けなどかえって邪魔扱いすることもあるしな」

 こつこつと、机の端を指で突きながらメイフィアは溜息をついた。

「これは想像…というより夢想だけど、もしそのウィルっていう天使が、本来は天使という名にふさわしく優しくて善良な性格だったとしたら、さ。

任務とはいえ、相手は魔族だとしても、それに情けをかけてしまうような性格だったらさ。天使としての責務を果たすため、己の本意を押し殺して精励するような、真面目な性格だったとしたらさ。

ユンナが惚れても不思議じゃない性格だったとしたらさ。

苦しませずに、一思いに楽にさせてやるために、腕を磨くことも、あるよね。

 他の天使の手を煩わせず、速やかに相手を楽にしてやるために、率先して突入することも、あるんじゃないかな。…それは、傍目には、血に飢えた戦闘狂に見えるかもしれない。

 そんな、矛盾した生き方を続けていると…その辛さに慣れちゃうか、あるいは逃避して考えないようにするか…どっちにしろ、歪んでしまうことも、十分考えられる…」

「メイフィア?」

「仮に…そう、仮に、ウィルという天使が、ユンナが思っていたとおりの性格だったとして…恋人が、自分のために罪を犯して、追われる身であるにも関わらず会いに来て…でも、囚われの身である自分に、何ができるのかを考えた時…

 あえて、愛想を尽かされそうな冷たい言葉を投げつけて、自分を捨てさせる、って選択も…あり得る…」

「…メイフィア?」

 夢から醒めたように、一つ息をついて、メイフィアはエビルに笑いかけた。

「ここまでいくと、単なる妄想よね。馬鹿馬鹿しい。

 もう、言っても詮無きことなんだから。この妄想が事実であろうとなかろうと、ウィルの罪は消えはしないし、ユンナは既に新しい幸せと生活を見つけている。

 事実だったら、それは彼が望んだことだし、そうでないなら当然の報いというやつよ。

 どちらにしても今更変わりはないってことよね。そもそも、単なる妄想の話なんだし」

 その妄想、とやらは、あるいはメイフィアの過去の経験からきているのか、それとも何か思い当たる節でもあるからなのだろうか。

 その思いを口に乗せることなく、心の内だけでエビルは呟いた。

 一つ言える事があるとすれば、その仮定が事実であった場合、つかれた嘘は決して暴露されてはならない、ということだ。

 真実が明かされても誰も幸せになどなれず、無意味なものに堕してしまう。

 なによりつかれた嘘に込められた想いを、その目的と願いを水泡に帰してしまう。

 その嘘は、決して最良の選択ではない。だが、常に最高の選択ができるほど、恵まれた状況などというものは、滅多にあることではない。

 それに、誰かにとっての理などというものは、立場によってまるで変わってしまうものである。ならば、精々、それぞれが、己が信じるものを胸に抱いていくしかないだろう。

 

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「…あふ…」

 何時の間にか寝入ってしまっていたらしい。リビングのカーペットから身を起こすと、柳川はまだ頭がはっきりとしないまま、ぼんやりと周囲を見回した。

 自分同様、こちらはソファーで横になっている貴之に上布が掛けられているのを見て、初めて自分も同様にタオルケットに包まっていることを自覚する。

「オ目覚メデスカ?」

 リビングとつながった台所にいたマインが、貴之を起こさぬ程度の声でそう言って来る。と、少し考えて、マインは冷蔵庫を開けるとミネラルウォーターの小壜を取り出すと、グラスと一緒に持ってきた。それを見て、喉の渇きに気がつく。

「ドウゾ」

「ん」

 マインの手からグラス――ではなく壜を抜き取ると、柳川は歯で口金を外して壜に口をつけた。そのまま、ほとんど一息で飲み干す。

 よく冷えた水は、身体に染み込んでいくようで心地よかった。

「どうした?」

「イエ、ソノ…」

 エプロンのポケットから取り出した栓抜きを片手に、マインは彼女としては困った顔をしていたが、やがて無言で栓抜きを戻した。

「…なんか、部屋がサッパリしてるな。掃除したのか?」

「ハイ」

「…起こせば手伝ったのに。まあ邪魔になるだけかもしれんが、ゴミ出しくらいは引き受けるぞ?」

「イエ、モウ、スマセマシタカラ」

 こつん。

「アッ…」

 いきなり頭を小突かれて、マインは小さな声をあげた。

「勝手な事をするな。結構、量があっただろう。どうして起こさなかった?」

「…ヨク、オ休ミデシタシ…ソレニ、柳川様、昨夜ハ一睡モシテオラレナカッタカラ、御体ノタメニモ…」

「一日二日の完徹くらいでどうにかなるほど俺はヤワじゃない。余計な気遣いなんぞするな、バカ」

「…スミマセン」

 ぽふっ。

 軽く、柳川はマインの頭に手を乗せた。

「今後、そういう時は起こせよ。ひ弱なくせに無理な荷物なんぞ運んで、階段とかで転んだらどうする?かえって厄介だ」

「ハイ…」

「マイン」

「ハ?」

「水、もう一本くれ。今度はグラスで飲むから」

「ハイ!」

 とっとっ、と軽い足音を僅かに響かせて冷蔵庫に向かうマインの後姿を見ながら、柳川は頭をかいた。

「…柳川さん」

「あ、起こしてしまったか、貴之?」

「いや…ちょっと前から目は覚めてたんだけどね」

 おもしろそうに、うっすらと目を開けて笑うと、ソファーに横になったままで貴之は言った。

「なんかさー。柳川さんって、お父さんって感じがするね」

 …………。

「貴之……俺は……まだ、二十代なんだが……?」

 二十、という数字を特に柳川は強調して言った。

「四捨五入すれば三十歳じゃない」

「それにしたってお父さんなんて呼ばれる歳じゃないっ!」

「小学校に上がる子がいてもおかしくはない年齢ではあるよ?」

「…とにかく独身のうちはオジサンとかオヤジじゃないっ!おにーさんだっ!」

「虚しい抵抗だと思うけどなぁ…」      

 何気に言いたい放題な貴之だった。同じ事をメイフィアあたりが口にしようものなら、とうの昔に周囲は破壊され尽くしているだろうが。

「でもさー。口やかましい割りに、実は結構マインに甘いよね、柳川さんって。それがなんだか心配性な父親みたいで、おかしいや」

「…言ってろよ」

 憮然としてソッポを向く柳川の姿に、貴之はそっと、声を出さずに笑った。そこへ先程からの会話をちゃんと聞いているだろうに、沈黙を保っているマインがグラスを二つ、静かにテーブルに置いた。そんな彼女をジロリ、と見据えて柳川は言った。

「…笑うな、マイン」

「エッ…!?」

自分の、たいした表情など作れない顔に、そんな微妙な変化が出せるわけがない。ましてや「笑う」などと…。それは、たしかに、少しだけ…おかしかったけれど。

内心でそんなことを考えてしまう、そのこと自体が既に他の大多数の同型には出来い行為だという自覚のないまま、マインは思わず頬に手をやっていた。

「目線や身体全体の微妙な仕草に内心の動きってのは出るもんだ。…元刑事をなめるなよ」

「さすがおとーさん」

「貴之…お前、どうしても俺をマインの親父にしたいのか?」

「………」

 珍しく口喧嘩を始めた二人の横で、マインは黙ってグラスに水を注いだ。そのまま二人が喋り疲れるのを、ただじっと待ちに入る。

 その顔はいつもと変わらない、無機質な顔であるけれど。

 少しだけ、目元が緩んでいた。

 

*****************************************************

 

 4階――教員寮の窓の外に浮かんでいたユンナは、それ以上の覗き見を止めて、気づかれないようにそっとベランダから離れた。他人のプライベートの侵害など、どのような理由があろうと褒められるようなものではない。

 こつん、と自分の頭を小突く。

幸せというものにも、様々なかたち、がある。

バカという言葉は、普通は悪口として使われる柄の悪いものであるはずなのに。

クスリ、と笑って、ユンナは少し翼を強めた。

「あれじゃまるで……」

 その呟きは風の中に溶け込んで、誰の耳にも届くことなく消えていった。

 

 

 

 

 

【後書き】

まず最初に断っておきますが、ウィルは正真正銘のクズ野郎だと私は思っています。

「ナイトライター」というゲームは「猪名川」収録のミニゲームの一つであり、当然その程度のボリュームであって、重厚な設定の類などないでしょう。

単純明快。それがこのゲームの創作にあたっての基本概念です。多分。

よって、ユンナを単なる悪役にしないための理由、ユンナというキャラに幅を持たせるアクセサリーとしての役割を果たせればそれで十分。それがウィルという存在の意味です。

ただ、乏しい設定しかないキャラでもこのくらいは膨らませることはできるんだよ、ということで。

 

実はユンナは割とお気に入りのキャラなので、一度ちゃんと書いてみたいなーと思ってました。で、書きました。

結論。ごめん、ユンナ。

 

ユンナの城戸家入りは、実をいうと「なんでやねん?」という不満や疑問を当初から持っていました。基本的には賛成なんだけど。

ただ、自分の恋人のためにあそこまでのことをやったユンナが、あっさりその彼を見限って押しかけ女房しちゃうのは、俺的には納得できないっーか、

すげーもったいない

と思うわけです。ユンナが芳晴に迎えられるという一事で一つドラマ作れるよなーって。まあ、リレーというのは多人数で作っていくものだし、今更言ってもそれこそ詮無きことなんで、しょーがないんですが。

とりあえず、ユンナはいかにして男に捨てられたか(ヒデェ)つーのを書いてみましたであることよ。

も一度ごめん、ユンナ。ところでユンナ&コリンに着せるウェイトレスの服装は、定番だけどアンミラ風かのう?

…激個人的には○ー○○喫茶仕様というのは…ゴメン、嘘、言ってみただけ。

 



 ☆ コメント ☆ 綾香 :「『周りの環境によって個性が出てくる』か。まさにその通りよね」 芹香 :「…………(こくこく)」(´`) セリオ:「そうですね。綾香さんと芹香さんが良い例です」(^^) 綾香 :「まあね」 セリオ:「それにしても、ホントに綾香さんと芹香さんって正反対ですよねぇ」(^^) 芹香 :「……? そうですか?」(´`) 綾香 :「そんなに違うかなぁ?」 セリオ:「はい、それはもう。芹香さんはお淑やかで穏やかな方なのに、綾香さんは……」 綾香 :「……あたしは?」 セリオ:「口より先に手が出るタイプ。超攻撃的なバトルマニアですから」(;^_^A 綾香 :「失礼ねぇ」凸(ーーメ 芹香 :「セリオちゃん。それはちょっと言い過ぎですよ。めっ」(´`) セリオ:「うっ。す、すみません」(−−; 芹香 :「……確かに本当のことですけど、ね」(´`) 綾香 :「…………あうっ。ね、姉さん」(;;) セリオ:「……せ、芹香さんって何気に……」(;^_^A 芹香 :「……………………?」(´`)
 



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