私立了承学園     五日目 三時間目  城戸家                   written by kidsuki 「ZZZzzzz……」 「お〜い。こらコリン。起きろ〜。もうチャイム鳴ったぞ〜」 いつもの教室で、机にうつぶせになってひたすら寝息を立てているコリンの肩を芳晴が叩く。 「……ほっといた方が良いわよ、芳晴君」 それを横目で見ながら、半分諦めたような表情でユンナが言う。 「そのぐ〜たら天使、一回夢の中に入ったらてこでも動かないから。  ……まぁ、昨日は遅くまで残業してたみたいだし、寝かせてあげたら?」 「……そうですね」 ユンナの忠告(?)からか、長年の付き合いから無駄だと悟ったのか、 コリンを少し睨むと芳晴はあっさりと起こす事を諦めた。 「確かに、起きないな」 相変わらずの無表情で、エビルが眠っているコリンの小さなお下げを弄ぶ。 「ん〜〜。……んぅ〜〜〜」 しかし、それにもコリンは小さくうめくだけ。 「…確かに起きませんね」 芳晴が半眼になって言う。 彼の言葉通り、まったく起きる気配がない。 「…それにしても、幸せそうな寝顔だな」 飽きずに髪を弄くりながら、エビルが少しあきれた様に言う。 「そうですね。…こいつ、昔からこの寝顔だけは全然変わんないんですよ。  …あ、よだれなんかたらして…」 そういって、芳晴は優しくコリンの髪を撫でる。 「まぁ確かに。…昔のコリンは可愛かったわね」 その光景を、横目でうらやましそうに見ながらユンナが言う。 「というと?」 この中で、唯一子供時代のコリンを知らないエビルが二人に尋ねる。 「そうですね。……強いて言うなら、汚れを知らない真っ白な女の子、って感じです」 少し考えるそぶりを見せて、芳晴がそう言う。 「コリンの場合、それが全然言い過ぎじゃなかったのよね。  …あんな純情な、天使の模範生みたいだった子が、どこでこうなったのか…」 そう言って、ユンナは苦笑する。 「……すまん。まったく想像できない」 二人の言葉を聞いて、コリンをしばらく眺めてからエビルが困ったような顔で言う。 「無理もないですよ。今の俺だってなかなか信じられないですし」 コリンの茶色がかった髪を梳く手を止めずに、少し笑って芳晴が言う。 「おっはろ〜♪」 やたらと明るい声を出し、そんな教室の戸を開けたのはルミラだった。 瞬間、芳晴の妻は一斉に身構えた。 「な、な〜に? いきなり身構えちゃったりして♪」 その光景に、ちょっぴり気圧されながらもルミラは明るい声を出す。 「ルミラ…。また、芳晴君の血を狙ってるわね?」 「ルミラ様。…それ以上近づくと斬ります」 ユンナとエビルのセリフ(特に後者の、鎌を構えた部下のセリフ)に少し引きながら、 ルミラは笑顔を保って言う。 「い、いや〜ねぇ。そ、そんなことする訳ないじゃない♪」 「…自覚がないからかもしんないけど。その語尾についてる【♪】がそこはかとなく怪しいのよ!」 びっ、と、右の人差し指で目の前の吸血鬼を指差し、 バックに某漫画を思わせる稲妻を背負ったりしながらユンナが言う。 「というか、ルミラ様がこの教室に来る理由なんてそれくらいしか思いつかないしな」 その後ろで、死神が半眼になって言う。 「あらいやだ。堕ちても私は誇り高きデュラル家当主、ルミラ・ディ・デュラルよ? そんなことする訳ないじゃない♪」 「妖しい」 「正直、信じきれない」 即答である。 「ほんとほんと。ほんとにほんとだって♪」 二人の鋭い指摘にも動じず、左手の人差し指をピッと立てて、(自称)誇り高きデュラル家当主は言う。 「初めは友好的に攻めて、油断した所をかぶって頂くから♪」 「「「「………」」」」 しばしの沈黙。 「やっぱり、この吸血鬼狩っちゃおうかしら…」 「私は手を出さないぞ。…一応上司だからな」 「…流石に一対一だと厳しいわね。……諦めるしかないか…」 「オイオイオイオイ……」 真剣な顔で恐い事を話し合っている妻達に、芳晴は若干冷や汗をたらしながら言う。 「…ま、まぁ。その思惑はさておき」 「さて置くな」 ユンナの突っ込みを完全に聞こえない方向で無視し、ルミラは続ける。 「まぁ、この授業は結構狙ってたって言うのが本音ね。 この授業は……これを使うから」 そう言って、どこからとも無く一つの小さな瓶を取り出す。 中身は、毒々しい紫色の液体で満たされている。 「……で、これは一体なんなんです?」 このタイミングで出てくるこの手のものにまともなモノは無い事を重々承知しながらも、 諦めたような声で芳晴が言う。 「ふっふっふ……。これはねぇ〜♪」 そんな芳晴とは対照的に、声すら弾ませてルミラが言う。 「例の‘キャンディー’の改良品よ」 その、一言を聞いた瞬間。 「やっぱり、昔の芳晴君との思い出があるのがコリンだけって言うのは不公平だとは思ってたのよ!  私は!」 「昔の芳晴か……。興味があるな」 まるで何かに吸い寄せられるようにして(実際に吸い寄せられているんだろうが)、 教卓に一瞬のうちに妻二人が殺到する。 「さらに!」 その反応を見て勢いづいたのか、ルミラがさらに声を弾ませて続ける。 「今までこの学園に出回っていた‘キャンディー’は、体を若返らせるだけ! でも、メイフィアとガチャピン先生を脅して……もとい、二人の助力を仰いだ結果、精神も幼く出来るようになったわ。 …つまり、体だけじゃなくって、精神的にもその人を子供時代に戻す事が出来るのよ!!」 (SE、稲妻の落ちる音) その、薬の説明を受けて、しばらく硬直していたユンナとエビルがゆっくりと芳晴の方へ振り向く。 「「「芳晴(君)〜♪」」」 「う゛」 天使と死神(+吸血鬼)の視線を受けて、じりじりと後退していた芳晴はその場に釘づけになる。 「まさか」「いまさら」「飲んでくれないなんて言わないわよね〜♪」 流れるように、三人は言う。 「う……ううっ…」 なんかルミラさんが一番乗り気なんじゃ…なんて事を考えながら、芳晴は冷や汗が垂れるのを感じていた。 …なんて言うか…猫に追い詰められたネズミってこんな感じなのかな…? 芳晴はそんなようなことを考える、が、妻達から逃げる事など出来はしない。 彼が、半ば覚悟を決めかけたその時。 「うあ……。何これ、まず〜〜い」 「「「「へ?」」」」 その声の方に、四つの視線が集中する。 そこには……先程まで教卓に鎮座していた瓶を空っぽにしたコリンがいた。 「「「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」」」 「な、なに? どったの?」 寝起きで事情がまったく飲みこめないコリンは、その怨念めいた三人のうめき声に思わず後ずさる。 ちなみに、教室の後ろでは芳晴が一人胸をなでおろしていたが。 「も…もったいない……」 「コリン……。お前には失望した」 「この馬鹿天使何してんのよ馬鹿天使ここまであんたが馬鹿天使だとは思わなかったわ馬鹿天使!」 「あ〜っ! 馬鹿天使って四回も言ったわね! ていうか人をいじめてそんなに楽しい?!  そんなこと言うなんてあんた達人間?!」 「コリン……。お前もユンナさん達も人間じゃないぞ」 女性四人がうるさく口論する輪から外れて、芳晴が軽く突っ込みをいれる。 「いいのよノリだから! ってそんな事よりも……!」 軽く視線を芳晴の方に向けて、コリンがまた口を開こうとする、と……。    とくん 「……へ?」 静かな、心臓の鼓動のような音とともに、なんだか良くわからないと言った顔でコリンがその場にうずくまる。 「…ど、どうしたコリン?!」 その反応に一瞬呆然として、はっとして芳晴がコリンの元に行く。 「ど、どうしたの?! 平気…?!」 ユンナが少し動揺したように言う。 「いや……なんて言うか…。胸の方がむずがゆいって言うか…」 惚けたような表情で、コリンが呟く。 「これはやっぱり。……アレかしら?」 「多分、そうでしょう」 「って二人とも何のんきにしてるんですか?!」 ただ静観しているエビルとルミラに、芳晴はコリンの肩に手をやりながら非難の声を上げる。 「なんだ芳晴。少し考えて見れば当然じゃないか」 冷静に腕を組んで、エビルは言う。 「さっき若返りの薬を飲んだのは、コリンでしょ?」 ルミラの、その声と同時に――     ぽんっ やたらとコミカルな音を立てて、コリンが白い煙に包まれる。 そして、煙の晴れたその場所には…… 「……え?」 ちっちゃな白いローブを着た、小学校低学年ほどの天使がいた。 「……え?」 再び小さな驚きの声を洩らして、その小さな天使はきょろきょろと辺りを見ま わす。 見知らぬ所で見知らぬ人に囲まれている事に気付いたのか、怯えた様子でその 子は押し黙る。 しかし、やがて決心したような様子を見せると、近くにいた芳晴を見上げてた ずねる。 「えっと……。あの、ここは一体どこですか? あたし、いきなりここに来た みたいで…ぜんぜん分かんないんです…」 最後のほうをかすれさせながらも言いきって、その子はまた怯えたように顔を 伏せる。 「……失礼な事だとは思うが。一つ、訊いていいか?」 「…なに?」 その子の様子を眺めながら、エビルが半ば呆然としながら口を開く。 「あの……今、私達が見ているのは、本当にコリンの幼い時なのか?」 「…正真正銘本物…。多分、七歳か八歳ぐらいのコリンよ、この子は」 衝撃を隠し切れない様子で、同じく呆然としながらユンナは答える。 そんな二人と同じように硬直していた芳晴だったが、怯えたようなコリンの視 線を感じ、返事を返す。 「えっと……。ここは、了承学園っていう……。…まぁ、ちょっと変わった学 校みたいな所だよ」 微笑みながら言う。…もっとも、その微笑みはかなり引きつっていたが。 「ぁ、そうですか。…教えてくれて、ありがとうございます」 しかしコリンはその引きつった笑みも気にした風もなく、そう言って頭を下げ る。 …まぶしいほどの笑みと共に。 「……め、めちゃくちゃ素直だぞ、ユンナ」 その光景を前に、エビルは珍しく怯えたような声を出す。 「だから、さっき言ってた通りでしょ? …今は、私も信じられないけど」 苦笑―先程の芳晴の笑みとさほど変わらない―を浮かべて、ユンナが声を絞り 出す。 そんな中、1人の女が動いた。 「はぁい♪」 明るく言って、やたらとにこやかな笑みを浮かべたその女…ルミラはコリンに 近づく。 「あの…。あなたはだれ、ですか?」 心なしか芳晴に寄り添うようにして、不安げな声でコリンが言う。 「あ、心配しないで♪ 私、怪しい者じゃないから」 両手を方の辺りでひらひらさせて、何気に怪しいセリフを言う。 「でも……」 少しためらうようなそぶりを見せ、やがて決心したようにコリンは続ける。 「なんか、あやしいきが出てるよ…。【おばさん】から」      びしっ その何気ない一言に、ルミラが一瞬で石化する。 「うわ……。キツ……」 「あの位の子供には遠慮が無いからな。邪気がないだけに手に負えん」 そんなルミラを、ユンナとエビルは遠巻きに見て言う。 「ぁ……あののね? 私はおばさんじゃなくって、ルミラって言う名前がある の。だから、お姉さんそっちの方で呼んで欲しいなぁ♪」 比較的早く石化状態から回復すると、ルミラは子供をあやすようなしゃべり方 で言う。 …いつの間にやら、自分の名称が【お姉さん】に変わっているが。 「…うん、分かった。ルミラ【おばさん】」     びしびしびしっ 不安げに言ったコリンの一言で、再びルミラが硬直する。 「ああ言う事を言っても無駄だ。…大体、あの位の子供にとっては二十歳過ぎ の人は皆みんなおじさんおばさんだからな」 「……何気に詳しいわね」 「昔、ベビーシッターのバイトをした事がある」 「そ〜ん〜な〜事はどうでもいいの……」 さっきより少し時間をかけて復活したルミラは、腹から絞り出しているような 低い声でそう呟く。 「る、ルミラさん。お、落ちついて……」 ヤバイ雰囲気を本能的に感じ取ったのか、芳晴が冷や汗をたらしながら慌てて そう言う。 「うう……。なんかこわい…」 少し涙目になって、コリンは芳晴のズボンのすそをぎゅっとつかむ。 それを見て、ルミラがうなだれる。 「これは…。芳晴、まずい!」 彼女の様子に、エビルが慌てたような声を出す。 と同時に、ルミラがポツリと呟く。 「ああ……。その怯えた表情と白い無垢な首筋が食欲を刺激する…」 「ル、ルミラさん?!」 この後の展開を予想して、芳晴は慌ててコリンを自分の後ろにかばう。 「ふふ……」 そんな芳晴の動作にもお構いなしに、ルミラはゆらり、と身体を揺らして…… 「お願い一口! 一口だけその子の血を…!」 「「結局このパターンかいっ!」」 掛け声と共に、天使と死神の合体技が放たれた―― 追記…その後、ルミラのチェック手帳に『幼年期の女の子』という欄が増えた    とか増えなかったとかいうのは……また別の話である。 <あとがき、と言うか独白> ども、今年度初の投稿になります、キヅキです。 今回は……結構前から考えていたネタを使ってみました。 いわく、【キャンディー】は男以外に飲ませても面白そう。 と言うか、了承学園の人達の幼年期が見たいだけなんですが、個人的に(爆) ……【天○天下】って言う漫画の『棗 真○』さんに影響された訳じゃないですよ。 ええそうですとも(墓穴) それでは、この辺りで失礼します。 最後に……Hiroさん、四十万ヒット、おめでとうございます!!
 ☆ コメント ☆ 綾香 :「子供の頃のコリンって…………」( ̄▽ ̄; セリオ:「犯罪的に可愛いです」( ̄▽ ̄; 綾香 :「それなのに……」( ̄▽ ̄; セリオ:「どうして、今のようなコリンさんになってしまったのでしょう?」( ̄▽ ̄; 綾香 :「さ、さあ?」( ̄▽ ̄; セリオ:「やっぱり……人って……年月が経つと変わるものなんですかね?」( ̄▽ ̄; 綾香 :「そうかも。      でも、あたしは全然変わってないけどね」(^^) セリオ:「え? そうなんですか?」( ̄▽ ̄; 綾香 :「うん」(^^) セリオ:「ということは……綾香さんって子供の頃から……。      い、いえ、なんでもないです」(−−; 綾香 :「何故に言い淀む」(−−; セリオ:「……別にぃ」(−−; 綾香 :「むー」(−−;



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