『ろぼっとのきほん』
「なあ、セリオ。やはりロケットパンチは基本だと思わないかい?」
メンテの為に来栖川エレクトロニクスHM研にやって来たわたしの顔を見るやいなや、馬……もとい長瀬主任がこんな素敵なセリフを宣ってくれやがりました。
「ロボットにはロケットパンチ。うんうん。これはもう様式美だよね」
黙しているわたしに構わず、どことなくイってしまっている目でそう言葉を続ける主任。
危険です。嫌な予感がビシバシです。――つーか、『また』ですか?
「というワケだから、セリオ……」
「お断りします」
最後まで言わせずに一刀両断。誤解の余地の無い拒絶。
こういう時には「いいです」とか「結構です」などという表現をしないが吉。押し売りや詐欺、勧誘を相手にする際は、この手の『先方が都合よく解釈できる』言い方は厳禁なのです、ハイ。
「な、なぜだい!?」
まさか断られるとは思っていなかった、本気で理解不能、そんな顔で主任が問うてきました。
「なぜも何も、嫌に決まってるじゃないですか。わたしはロケットパンチなんて装備したくありません」
以前にも既に断られているのに、まだその手の野望を捨てていないのでしょうか。
「ど、どうしてだね!? 前にも言ったけど、ロケットパンチは漢の浪漫なんだよ!?」
「知りません。知ったこっちゃありません。わたし、女ですから」
「なら、今日から漢になろう」
「なりません! 無茶苦茶言わないで下さい!」
断固とした口調で叫ぶと、長瀬主任は「なぜだ? なぜなんだ? どうしてこの素晴らしさが理解できないのだ? まったく嘆かわしい」と言わんばかりの沈痛な顔で溜息を吐いて下さりました。こちらに非難めいた視線を向けながら。
――本気で蹴り飛ばしたい。
「本当に欲しくないのか? ロケットパンチは主役級の証なんだよ。マジ○ガーとかグレ○トとかガオ○イガーとか、オリジナルの轟○とか虎○王とか。射程が長くて、しかも移動後に撃てて便利なんだよ」
ああ、どうやらこのお馬さんは某ゲームに感化されたっぽいです。
「それなのに、セリオはいらないと言うのかい?」
「いりません」
どきっぱり。甘やかすと図に乗るので容赦なく斬って捨てます。
「む、むぅ。そこまで拒絶するかい? うーむ、なにがそんなに気に入らないのだろう?」
気に入るわきゃないでしょうが。
「……あ、そうか。なるほど。わかったよ」
徐にポンと手を打つ主任。いったい何が分かったのやら。
「セリオはゲッ○ー派なんだね。つまり、ロケットパンチも捨てがたいが、それよりは寧ろ合体変形機能を付けて欲しいと……」
「問答無用でセリオナックル!」
「あうちっ!」
思わず手が出てしまいました。
分かってません。本気で全然これっぽっちも分かってませんよ、この馬頭マッドは。
合体変形だなんて、ある意味ロケットパンチより更にタチが悪いです。
わたしにそんな機能を付けてどうしろと言うのでしょうか。
つーか、わたしには既に浩之さんとの合体機能……い、いえ、なんでもありません。
「セリオ? どうしたんだい、赤い顔して?」
「なんでもないんです気にしないで下さいサラッと流して下さいお願いします放っておいて下さい」
わたしってば何て恥ずかしい事を。やんやんやん。
「……せ、セリオ?」
その珍獣でも見るような目はやめて下さい。いろんな意味で痛いです。
「と、とにかく」
コホンと一つ咳払いをして、わたしは強引に話題を転換。
「その手の装備はいりません。超兵器も超機能も超エネルギーも超その他諸々も。一切必要ありません」
「……そうか。それは残念だよ」
思いっきり否定され、ガックリと肩を落とす主任。哀愁が漂っています。
――が、ここで情けは禁物。甘い顔をすると付け上がりますから。それに、どうせすぐに復活するでしょうし。
「では、百歩譲ってマルチとの合体攻撃なんてどうだい? 名付けてダブルメイド……」
「いきなりセリオナックルフルパワー!」
「ぬおっ!」
復活はやっ。いくらなんでも『すぐ』過ぎです。
渾身の一撃を受けて壁にめり込んだ主任を眺めつつ、
(お願いですから、少しは『懲りる』という言葉を覚えてください)
胸中で呟きながら、わたしは深い深いため息を吐いてしまうのでした。
「ならば、ならばせめて換装だけでも! ファン○ルとかミー○ィアとかF型……」
「……スタンガンセット完了。必殺! セリオコレダー!」
「にょええええええっっっ!」
○ ○ ○
「あ、あの……主任の部屋から凄い声が聞こえてくるんですけど……」
HM研に配属されたばかりの新人技術者が、傍らに居る先輩に不安そうな顔で尋ねる。
「ああ、平気よ。放っておいて構わないわ」
「え? で、ですが……」
「いいのいいの。いつもの事だし」
「い、いつもの!?」
「そうよ。だから、気にしなくていいわ」
「…………」
「大丈夫。あなたもすぐに慣れるわよ。……嫌でもね」
「……は、はあ、そうですか」
どことなく遠い目をして話す先輩の姿を見て、「ひょっとして、自分はとんでもない所に来てしまったのでは?」と恐々としてしまう新人技術者だった。
因みに、この新人が慣れるまで――慣らされてしまうまで――に、さほど時間を必要としなかったのは言うまでもない。