「あら? ティファさんも来たんですね」
「……え? あ、ミズホさん」
それはラウンドナイツ基地の近場でひっそりと営業しているとある銭湯での話。
『ただいませんとうちゅう』
「ふぅ。偶には大きいお風呂ってのもいいですねぇ」
タイミングが良かったのか単に寂れているのか、ともかく女湯には二人以外の客が居なかった。
独占状態の湯船の中で思いっきり足を伸ばし、ミズホが心地よさげな吐息を零した。
「そうですね。気持ちいいです」
その隣で、ティファもコクンと首肯する。
「ところで、ティファさんは今日はどうして銭湯に? フリーデンにもお風呂って付いてますよね?」
「……ガロードに誘われたんです。お風呂屋さんに興味があったみたいで……その、面白そうだからって」
「あ、そうなんだ。実はあたしも同じなんですよ」
「同じ? ということは、ラウルさんに誘われたんですか?」
ちょこんと小首を傾げてティファが尋ねた。
「そうです。ラウルもガロード君と同じこと言ってましたよ。面白そうだから行ってみようぜって。……男の人って、そういうとこ、本当に子供みたいですよね。好奇心が強いというか何というか」
苦笑するミズホ。それを受け、同意する様にティファもクスッと微笑む。
その笑顔を見て、ミズホがしみじみとした口調で思いを述べた。
「……ふふっ。ティファさん、明るくなりましたよね」
「え?」
唐突にそんな事を言われ、ティファがキョトンとした顔をする。
「こういう言い方したら気を悪くするかもしれませんけど、会ったばかりの頃のティファさんはもっと表情が暗かったですよ。周囲の人達にも壁を作ってるような感じを受けましたし」
「そう、ですね。その通りだと思います」
ミズホの言葉に、ティファは小さく頷いた。
「でも、今のティファさんは凄く明るくなりましたよ。前と変わらずに物静かでお淑やかですけど、身に纏っている雰囲気は格段に明るくなったと思います」
そこまで口にしてミズホは一拍置いた。そして、ティファの目をジッと見つめ、からかい口調で続ける。
「やっぱり、ガロード君のおかげなんでしょうねぇ」
「っ!?」
ガロードの名を出された途端、ティファの頬が赤く染まった。思わずミズホが感心してしまう程の勢いで。
「ガロード君って元気で前向きな性格してますから、いつもいつも一緒に居たら、どうしたって影響を受けちゃいますよね」
「べ、別に、いつもいつも一緒というわけでは……」
「ない、と言えます?」
ミズホの問いにティファは沈黙を返した。耳まで真っ赤に色付かせて俯いてしまう。
ティファに否定など出来るはずがなかった。ガロードとは朝から晩まで常に行動を共にしているのだから。
羞恥の所為で黙りこんでしまったティファを、ミズホはクスクスと微笑みながら、可愛い妹に向けるような微笑ましげな目で見つめ続けた。
○ ○ ○
「……ミズホさん」
暫しの沈黙の後、ティファが恐る恐るといった感じに口を開いた。
「その、一つお尋ねしたい事があるんですけど……」
「はい、なんですか?」
「え、えっと……ですね、あの……わ、私……」
恥ずかしそうにモジモジするティファ。
ミズホは、そんなティファを急かしたりせず、彼女が問いを口にするのを静かに待った。
「私、ガロードのことが……なんです」
肝心な部分は小声過ぎて聞き取れなかったが、それでもミズホは優しい笑顔を浮かべて頷いた。容易に察することが出来た故に。
「ガロードとずっとずっと一緒に居たい。どこまでも共に歩いていきたい。……だから、その為にも……私は、ガロードに相応しい女の子になりたいんです」
強い意志を感じさせるティファの言葉。それにやや圧倒されつつも、ミズホは『うんうん』と首肯して理解を示す。
「ですから……ミズホさんに教えて欲しいんです。どうしたら……」
ティファはミズホを見つめ、声を大にして問い掛けた。
「どうしたら、そんなに大きくなるんですか?」
訂正。ミズホの『とある一点』をジーッと凝視して尋ねた。
「えっ!? ええっ!?」
まさかそういう質問が来るとは思っていなかったミズホは、虚を衝かれた顔をして驚きの声を上げた。無意識に腕で胸を隠しつつ。
「そ、そんなこと訊かれたって、あたしにも分からないですよぉ」
些か狼狽した声でミズホが答える。
「そうなんですか?」
「そうですよ! べ、別に、大きくしようと思って大きくしたワケじゃないんですから! か、勝手に育っちゃっただけで……」
「……そうですか」
残念そうにため息を吐いて、ガックリとティファが肩を落とす。
「ら、落胆するのは早いですって。ティファさん、まだ15歳でしょ? これからですよ、これから。あたしだって、胸が大きくなりだしたのはそれくらいの年齢でしたよ。……それにしても」
「はい?」
「ちょっと意外でした。ティファさんでも、そういうこと気にするんですね」
フォローしつつ、ミズホは思ったことを素直に口にした。
「自分でも意外だと思います。少し前までは、ちっとも気になりませんでしたし。でも、今は……」
「……なるほど。おそらく、それもガロード君の影響なんでしょうね。彼に気に入られたい、可愛いと思われたい、その想い故にコンプレックスを抱いてしまう、と。ティファさんの気持ちはよく分かりますよ。あたしも……似たようなもんですから」
「ミズホさんも、ですか?」
「はい。あたしもある人を……いいや、もう、ぶっちゃけちゃいます。どうせバレバレでしょうから。……ラウルです。ティファさんがガロード君を想う様に、あたしもラウルの事を想っています。だから……痛いほど理解できるんですよ、ティファさんの悩みを。あたしなんて、ホント、コンプレックスの塊ですし。ラウルとの事に関しても、年中悩みまくりのバーゲンセールですよ」
少し照れた表情でミズホが苦笑する。
「そう、なんですか。……ちょっと驚きました。ミズホさんとラウルさん、あんなにベッタリしていて仲が良さそうなのに」
「べ、ベッタリって……その言葉、そっくりそのままお返しします。ティファさんとガロード君、二人がみんなに何て言われてるか知ってますか? 『ラウンドナイツ一のラブラブバカップル』ですよ」
「……ミズホさんとラウルさんは『ラウンドナイツ一の見ていて恥ずかしいカップル』だと言われてます」
ミズホとティファは視線をぶつけ合い……数秒の後、二人揃って「ぷっ」と吹き出した。
「まあ、あたしもそうですし、ティファさんも色々と悩みを抱えてると思いますけど……きっと悩むだけ無駄なんだろうなぁって気がしますよ。ラウルもガロード君も、あたしたちが悩んでる事柄――例えば、ティファさんの胸の事とか――なんて、多分ちーっとも気にしてないですから。男の子って、そういうとこ、変にアバウトだったりしますし」
「かもしれませんね」
顔を見合わせてクスクス笑うミズホとティファ。
「……あの……ミズホさん」
「はい?」
「話を聞いてくれて、ありがとうございました」
ミズホに、ティファがちょこんと頭を下げた。
「ふぇ!? そ、そんな!? あたしはお礼を言われるような事は何もしてないですよ。碌なアドバイスも出来てないですし」
慌てた様子でミズホが左右に手を振る。
「そんなことないです。それで……もし宜しかったら、これからも相談に乗ったりしてもらえますか?」
「え? うん、もちろん。あたしでよかったら喜んで。何時でも何処でも受け付けちゃいますよ」
ミズホがポンと胸元を叩いた。
「……」
「ティファさん? どうかしましたか?」
「い、いえ、なんでもないんです。……ありがとうございます、ミズホさん」
ティファが笑顔を浮かべる。まるで何かを取り繕うような、ややぎこちない笑みを。
「じゃあ、早速なんですけど……」
「はい、なんでしょう?」
「胸の大きくなる方法を。なんでもいいんです。どんな些細な事でもいいんです。お願いします」
「だ、だから、それは分からないんですってばぁ! あああっ、そんなに縋る様な瞳を向けないでくださいよぉ。上目遣いはやめてぇ!」
ミズホが胸を叩いた際にプルンと揺れたのがティファの目に痛かった模様。
二人きりの女湯に、暫しの間、切実な訴えが響き渡った。
○ ○ ○
「お待たせしました、ラウル」
「……ごめんなさい、ガロード。待った?」
湯船の中で、思わず長々と話し込んでしまった。
我に返ったミズホとティファが慌てて銭湯から出ると、案の定ラウルとガロードが道端で人待ち顔をして立っていた。
「それほど待ってないさ。なっ、ガロード」
「ああ。ほんのちょっとだけだよ。俺たちもついさっき来たとこ」
小さく手を振って彼女たちの言葉を否定するラウルとガロード。
だが、ミズホもティファもそれを額面通りには受け取っていなかった。仮に一時間待たせたとしても、笑顔で「全然待ってないよ」と言いかねない二人なのだから。ミズホたちの顔に申し訳なさが浮かぶ。
「そんな顔するなって、二人とも。本当に大して待ってないからさ」
「そうだよ。それより、いつまでもここで立ち話してても仕方ないだろ。帰ろうぜ、ティファ。俺、腹へっちまったよ」
言うや否や、ガロードがティファの手を取った。
「じゃ、俺らは行くぜ。ラウルもミズホさんもまたな」
ガロードは二人に手を振ると、ティファを引っ張って歩き始めた。
「そ、それじゃ、失礼します。……ガロード……は、恥ずかしい」
慌ててペコリと頭を下げてティファも立ち去っていく。顔を真っ赤に染めて抗議らしいものをしてはいるが、手を離そうとする素振りすら見せていない。それどころか、ティファの方からもしっかりと握り返してすらいる。
その姿はラウルとミズホの苦笑を誘った。
「相変わらずラブラブだよな、あいつら」
「ふふっ。そうですね」
「……俺らも帰るとするか」
「はい。……って、えっ!?」
差し出された手を見て、ミズホが驚きの声を上げる。
「まあ、偶にはこんなのも、な。あの二人に当てられたって事で」
若干言い訳めいた口調で言いながら、ラウルは照れくさそうに頬を掻いた。
「そうですね。偶にはこんなのもいいですよね」
優しく微笑んでミズホがその手を取る。
「じゃ、じゃあ、行くか」
「はい!」
頬を染め、手を繋いで歩くラウルとミズホ。
本人達は自覚していなかったが、その姿は他者から見たら立派に『相変わらずラブラブだよな、あいつら』と言われるものだった。
人は心に棚を持つ生き物なのである。
因みに、この後、ラウンドナイツに於いて超々局地的に銭湯ブームが起こったとか起こらなかったとか。
「やっぱりお風呂上りにはコーヒー牛乳ですよね、ティファさん」
「え? 私はイチゴ牛乳の方が……」
「ええっ!? そ、それは邪道ですよぉ!」
あくまでも超々局地的に。