「ねぇ浩之ちゃん、来栖川先輩ってどんな人?」

 あかりは、ちょっとニヤケ顔でこっちを向く。

「どんな人って訊かれてもなぁ……」

「じゃあさ、どんなところが好きなの?」

 あかりのやつ、生意気にも俺をからかう気だ。

「ばぁーか、そんなの知らねぇよ」

「またまた、浩之ちゃんったら……」

 こいつ……俺はあかりの頭にチョップをお見舞いする。

「痛っ! ……ひどいよ浩之ちゃん」

 あかりの抗議の声は無視する、うるさいのこいつは。

「藤田様、まもなく到着致しますが……」

 前席で運転をしていたセバスチャンが声をかける。

 そう、俺とあかりは来栖川先輩に誘われて、先輩の家に遊びに行く途中だった。

 しかもリムジンの送迎付きだ、やっぱり金持ちは違うぜ。

「浩之ちゃん……なんか、すごいよ……」

 呆けたようなあかりの声、その視線の先を追ってみる。

 ……なんだ、あれは?

 大きい、と言うか”巨大”な屋敷が右手に寝そべっていた。

「……もしかして、あれが来栖川家のお屋敷……かな?」

 あまりの巨大さに圧倒され、普段は使わない”お屋敷”と言う言葉を口にしてしまう。

「その通りでございます、今を去ること120年前、大旦那様の祖父であられる……」

 まぁ、じじいのうんちくを聞く気はないから放っておくことにする。

 しゃべりたいだけしゃべっててくれ。

 それにしてもでかい、あかりなんかまだ口が開きっぱなしだ。

 先輩はこんな屋敷で暮らしてるんだ……うーん、すごすぎるぜ。

 俺は、びびりながらも先輩に逢えるのを楽しみにしていた。

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 To Heart
 〜 来栖川家のお茶会 芹香の場合 〜

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「で、でっ、でかい……でかすぎる……」

 そびえ立つ巨大な扉……その前で、俺とあかりは硬直していた。

 でかいのなんのって、ざっと見て高さ7m幅5mの観音開きだもんなぁ。

 セバスチャンは、まもなくお迎えが来ますのでと言って、車をしまいに行って

しまった……途方に暮れる俺とあかり……その時、背後から声がする。

「なに、ぼけっとしてんのよ?」

 その容姿からは、およそ似つかわしくない言葉と共に現れた美少女……綾香だ。

「よっ、よう綾香」

「久しぶりね、浩之……と、そっちは……神岸さんね」

(浩之ちゃん……どなた?)

 あかりが小声で俺に尋ねる。

(先輩の妹の綾香だ、似てるだろ……性格以外はな)

「ん? 浩之、今なにか言った?」

「いやぁ、別になんでもないぜ」

 俺はそっぽを向いてごまかしたが、綾香は不振そうに俺をにらむ。

「あの、神岸あかりです、よろしくお願いします」

 良いタイミングであかりがあいさつする。

「あっ、来栖川綾香よ、こちらこそよろしくね」

 そう言ってウインクをする、このお嬢様はこういった仕草が似合うのだ。

「まぁ、ここじゃなんだから中に入って、姉さんも待ってるわ」

「しかし、この扉どうやって開けるんだ?」

「ああ、この扉ね……」

 綾香は、扉の方には目もくれず建物の右手へと歩き出す。

「おい! 綾香、何処へ行くんだ?」

「あの扉ねぇ……飾りなの、本物はこっち」

 綾香の進む方向に……あった、普通より多少は大きいものの、確かに扉が……。

 しかし、金持ちの考えることっていったい……わかんねえ。

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 こん、こん……。

「姉さん……浩之達来たわよ……」

 がちゃ……扉を開ける音がして、中から魔法使い姿の芹香先輩が現れる。

「やあ、先輩来たぜ!」

「こんにちは、来栖川先輩」

 あかりが、ぺこりと頭を下げる。

「えっ? お迎えに出られず……申し訳ありませんでした……?」

(こくん……)

「あっ、そんなこと気になさらずに……」

 また、あかりが頭を下げる。

 先輩も頭を下げ、申し訳ありません、ともう一度言った。

「先輩、今日はお茶会だろ、なんでそんな格好してるんだ?」

 俺が尋ねると、今日はちょっと趣向があります、と言った。

「それより、廊下で立ち話もなんでしょう? 中にはいろうよ」

 綾香がそう切り出して、とりあえず俺達は先輩の部屋へ入ることになった。

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 薄暗い室内には、うっすらと香の匂いが立ちこめ、蝋燭の明かりがゆらゆらとゆれて

いた。

 部屋の中心には、怪しげな魔法陣が描き込まれ、それを中心に先輩を除く全員が車座

に座る。

 全員に、お茶を配り終えた先輩が魔法陣の中心に座り話は始まった……。

「なに? 今日の趣向は……みんなの未来を……見ます?」

(こくん……)

「このお茶を飲めば……中心にいる人の……未来が見えます?」

(こくん……)

 本当か? 半信半疑の俺達をよそに、最初はわたしがやります……と先輩が言った

「浩之ちゃん……大丈夫かな?」

 あかりは少し不安そうだ、無理もない、俺と違って免疫がないからな。

「まっ、死ぬことはないだろ」

 俺は意地悪く、ニヤリと笑ってやった。

 うーん、と唸ってあかりが下を向く。

「大丈夫よ、わたしや浩之が生きてるのが良い証拠でしょ」

 綾香のフォローが入る。

「それもそうね……うん!」

 気合いを入れるようにつぶやいて、なんとか開き直ったようだ。

 それを待っていたように、先輩が、では始めます、と言ってお茶を飲む。

 俺達もそれに続く……おっ、以外に旨いじゃないか……。

 そう思った時、目の前が突如濃い霧に覆われた……意識が混濁してゆく……。

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 霧が晴れた時……そこは森の中だった。

 何処かで見覚えのある様な……いったい何処だったろう。

 しかし、考えても答えが出ることはなかった。

 まぁ良いか、そう思った時、木陰から一人の少女が現れた。

 胸に大きなうさぎのぬいぐるみを抱いている、6,7才の少女だった。


 見覚えのある、ぼーっとした表情、長く艶やかな髪……せ・ん・ぱ・い?

 未来が見えるはずじゃあなかったのか? もしかして……ここは未来ではなくて過去

だったとか……きっとそうだ。


 小さな先輩はゆっくり歩く、俺はその後を付いてゆく。

 向こうからは見えないらしく、先輩は気付かない。

 小さな先輩は道に迷っている様子だ、無表情ながら首を左右に巡らしている。

 とっ、そこへ同年代らしい少年が現れた、手にはサッカーボールを抱えている。

「どうしたんだ?」

 少年が小さな先輩に話しかける。

「…………」

 立ち止まり、じっと少年を見つめる。

「もしかして、道に迷ったのか?」

(こくん……)

 少年はそばまで来ると、近くの木の根元に腰掛けた。

「こっち来て座んなよ」

 小さな先輩は小首を傾げる。

「こんな時はさっ、迎えが来るまでじっとしてるのが良いんだぜ」

 ボールを玩びながら少年が言う、先輩は少年の隣りに座った。

 別段表情が変わった訳ではないが、少し安心したようだ。

 じっと少年を見つめる。

「なに? どうかしたの」

(ふるふる……)

「なら、いいや……」

 少年はにっこりと微笑む。

 そして、二人そのままに時は過ぎてゆく……やがて森は朱く染まり始める。


「来ないね……お迎え」

(こくん……)

「おなか、減ってない?」

 少年はポケットをまさぐり、板チョコを一枚取り出した。

「へへっ、非常食なんだ」

 言いながら、それを半分に割ると先輩に手渡し、残りを食べ始める。

 小さな先輩は、受け取った半分のチョコと、少年の顔を交互に見ている。

「食べなよ、おいしいぜ」

 小さな先輩はこくりとうなずき、チョコを食べ始める。

「……おいしい」

 小声でつぶやく、少年がにっこりと微笑む……。

「もう少し待ってみよう、きっと迎えが来るよ」

(こくん……)

 二人は無言でチョコを食べる……。


 がさっ……奥の茂みから音がして、ひとりの男が現れた……じっ、じじい。

 セバスチャンだ、……あんまり変わらないな、こいつは。

「おおっ! お嬢様、ご無事でしたか、心配しましたぞ」

「良かった、お迎えが来たみたいだね」

(こくん……)

「俺も帰んなきゃ……また、会えるかな?」

 少年の問いに小さな先輩は答えない……いや答えられなかったのだろう。

 一度帰ってしまえば、なかなかお屋敷を出ることはかなわないだろうから。

「坊主、世話になった様だ、すまなかったな……さあっ、お嬢様まいりましょう」

 セバスチャンが、小さな先輩の手を引いて歩き出す。

 小さな先輩は少年の方を向いたまま、なにも言えず去っていく。

「もし、もし会えるなら、ここで待ってるから……きっとだよ」

 少年が叫ぶ……。

「きっとだよ」

 少年の声がこだまする、二度三度と……。

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「――――失敗……しました……」

 先輩の第一声はこうだった。

 覚醒は突然に訪れた……目の前が白く輝いたと思ったら、次の瞬間には元の部屋へと

戻っていた。

 誰が開けたのかカーテンが開いており、妖しげだったはずの部屋も午後の日差しに満

ちあふれていた

「失敗ってさ、先輩……未来じゃなくて過去ってこと」

 先輩は小さく、そうです……と答えた。

「あれって、前に聞いた姉さんの初恋よね」

 と、綾香が言う。 先輩はちょっと顔を赤らめて、恥ずかしいです……と言った。

「へーっ、そうなんだ、すごいなぁ」

 あかりのやつ、なにを感心しているんだか。

 それから俺達は、『本当のお茶』を飲み、なごやかに過ごした。

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「ねえ、浩之ちゃん……うれしい?」

「なにがだ?」

 あかりは小首を傾げて、気付いてないの? と言った……なんのことだ?

「……あの男の子、浩之ちゃんだよ」

「へえっ?!」

「昔言ってたじゃない、グランド横の森できれいな女の子に会ったって」

「…………」

 そう言えば、そんなこともあったような……。

「どう見ても浩之ちゃんだよ、だって面影あったもの」

「…………」

 そうだ、確かにそんなことがあった。

 それで、あれから一週間、毎日あそこに通ったんだよな。

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 こんこん……。

「姉さん、起きてる?」

 扉がゆっくりと開き、白い寝間着姿 の芹香が顔をのぞかせる。

 廊下には、胸に枕を抱えた綾香が立っていた。

「久しぶりに一緒に寝たいなぁ……って思って」

(こくん……)


 横になった二人の顔を、電気スタンドの明かりがぼんやり照らす。

「姉さん、気付いてた?」

「…………?」

「あの男の子のことよ……」

「…………?」

 ふぅ……っと、ため息をついてもう一度訊く。

「ホンットに気付いてないの?」

「…………?」

「あの子、浩之だよ」

 芹香は、本当ですか? と聞き返す。

「そうよ、見てわからなかった?」

(こくん……)

 不思議そうな顔で妹を見つめる芹香。

 綾香はそんな姉を見て、再びため息をつく。

 そして、もう寝ましょう……と言った。

「良かったね、また逢えて……おやすみ姉さん」

 芹香は妹の頭に手を乗せると、なでなで……なでなで……。

 頭をなで始めた。 綾香は気持ち良さそうに目を閉じる。

 なでなで……なでなで……。

 そして今日も、夜は更けてゆく……。




おしまい


10000アクセスおめでとうございます。

こんにちは、第二航空戦隊です。

つまらないものですが、お受け取り下さい(笑)

初挑戦の『ToHeart』もの、いかがでしょうか? はじめてなので、とりあえず先輩です。

愛が無いと書けない体質なものですから(爆)

Hiroさん、次は100000アクセス目指して頑張って下さいね。

それでは、これにて……。

1999年10月2日 第二航空戦隊



心温まる作品を頂き、感謝感謝です。
堪能させていただきました\(^▽^)/

それにしても子供時代の芹香先輩・・・ラ、ラブリー過ぎる。
悪戯っぽいあかりちゃんもナイス!!
本当にありがとうございました〜〜〜〜〜〜m(_ _)m



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