『すごいやつら』



「ふぅ。今日も疲れたなぁ」

 よく冷えたジュースで喉の渇きを癒しつつ、ジュドーは大きく吐息を一つ零した。

「そうですね。このところ、戦いも激化してますし」

「まったくだな。ホント、ヤレヤレだぜ」

 同じくジュースで喉を潤して、ウッソとパーラが首を縦に振る。
 つい先ほども敵対勢力からの襲撃をどうにかこうにか退けることに成功したロンド・ベル隊一行。
 帰還後は、極限にまで高まっていた緊張感と高揚感を少しずつ冷やしながら、気の合う仲間とのんびりとした穏やかな時間を過ごしていた。

「そういえばさ、今日、あの二人ってば凄かったわよねぇ」

 周りの面々を見回してルーが口を開く。
 それに対し、ちょこんと小首を傾げてプルとプルツーが尋ねる。

「あの二人?」

「誰のことだ?」

「ガロードとティファのことよ。みんなも見てたでしょ」

 そのルーの回答に、皆は揃って理解を示した。

「ああ、確かに凄かったな。今日のDXは動きが切れていたし、反応も良かった。下手したら、アムロさんや甲児さんよりも活躍してたんじゃないか?」

「先日からティファさんも一緒にDXに乗るようになりましたけど、やっぱりその影響もあるんじゃないですか。彼女のNT能力のサポートは大きいと思いますし」

 ジュドーとウッソが先ほどの戦闘に於けるガンダムDXの獅子奮迅ぶりを思い出して意見を述べ合う。横でパーラとプル、プルツーも『うんうん』と同意を表す首肯。
 ――しかし、言いだしっぺであるルーはそれを聞いて首を横に振った。

「違う違う、そうじゃなくて。戦いが終わった後の事よ。格納庫に帰ってきた時の事」

 その言葉に、ジュドーとウッソは『なるほど』と揃って苦笑いを浮かべ、プルとプルツーは頭に『?』を浮かべる。

「プルたちには、まだよく分からないか。まあ、早い話が……」

 ジュドーはプルとプルツーの頭にポンと手を載せると、顔に苦笑を貼り付けたまま説明を始めた。


○   ○   ○



「よっ、と」

 DXのハッチを開けると、ガロードは慣れた動作で身軽にコックピットから降りた。次いで、ごく自然にティファへと手を伸ばす。
 その手を取り、ティファも――こちらは若干たどたどしく――シートから離れた。

「お疲れさん」

「うん」

 手を繋いだまま微笑みを交し合う二人。――が、暫しの後、ガロードが不意に表情を曇らせた。

「ガロード?」

 気遣わしげに声を掛けるティファ。そんな彼女に、ガロードは小さく頭を下げた。

「ごめんよ、ティファ。今日は怖い思いをさせちゃったな」

 先の戦闘に於いて、ガロードの駆るDXは何回か被弾していた。被弾、とは言ってもどれもが致命傷に程遠い掠り傷にも等しい物ではあったが。しかし、それでも被弾は被弾。ガロードはアムロやカミーユ、ジュドーたちとは違い特別な力など持っていない。操縦技術もまだまだ未熟である。その為、どうしても被弾は免れない。ティファの力を借りてすらゼロにすることが出来ない。
 故に、頭を下げた。愛しい者に恐怖を感じさせてしまったであろう自分に不甲斐なさと情けなさを抱き。

「ガロード」

 そんな彼の顔に優しく手を添え、ティファはガロードの頭を上げさせた。

「私は、怖いと思ったことなんて一度も無いわ」

「……え?」

「戦場に出ている以上、私だって覚悟は出来ているもの。それに……」

 ティファは微かに頬を染めると、ガロードの瞳を見詰め、慈愛に満ちた表情を浮かべて口にした。

「ガロードが隣にいてくれる。声が聞こえる。温もりも鼓動も想いも感じられる。だから、私は怖くない。例えどんなに危険であっても、あなたがいれば、其処は私にとって世界で一番安心できる場所」

 そこまで言うと、ティファはガロードに身を預け、彼の首筋へと顔を埋めた。

「私が怖いのは、あなたが居なくなってしまう事だけ。ガロードと一緒なら、怖い事なんて何も、無い」

「……ティファ」

 身を寄せてくるティファに応え、ガロードはギュッと彼女の身体を強く抱き締める。

「ありがと、ティファ。ちょっとばかし気持ちが凹みかかっちまってたけど……へへっ、おかげで元気が出たよ」

「うん」

「ホント、ありがとな。やっぱ、ティファは最高だよ。俺、ますますティファの事が好きになっちまった」

 おどけた口調でガロードが言う。それを聞いて、ティファは耳まで真っ赤に染めた。

「なあ、ティファ」

「なに?」

「俺、『炎のMS乗り』の名に懸けて誓うよ」

 ふざけた物言いながら真剣そのものの目を向けるガロード。

「俺は決してティファの傍から居なくなったりしない。離れたりしない。だから……」

「うん。私も離れない。絶対に、何があっても」

 見詰めあい、誓約を交わす少年と少女。
 暫し、瞬きもせずに視線を絡ませあった後――

 ティファは、そっと瞳を閉じた。



「うううっ。す、砂、吐きそう」

「あ、あはは」

 ZZの足元で蹲っているジュドーの横で、ウッソが何とも表現し難い笑みを浮かべている。

「ジュドー、どうしたんだろ?」

「具合でも悪いのかな?」

「気にしなくていいわよ。単なる糖分過多だから」

 心配げにジュドーを見るプルとプルツーに、ルーが肩を竦めて説明する。興味津々の視線をガロードとティファに向けたままで。



「……な、なんか、ひょっとして、ひょっとしなくても……注目の的?」

「そ、そうみたい」

 キスまでしておいて激しく今更だが、漸く『二人だけの世界』から帰ってきたガロードとティファ。
 四方八方からの視線の集中砲火を浴び、顔を真紅に染め上げる。

「え、えーっと……あ、あのさ、ティファ。そろそろシャワーでも浴びに行かないか? いつまでも此処にいても仕方ないし」

「そ、そうね。それじゃ、私が背中を流してあげる」

「あ、ありがと。なら、俺がティファの……」

 そこまで言葉にして、ガロードはハッと我に返った。照れ隠しの勢い任せでとんでもないことを口走っていることに気付く。
 ティファも同様。自分の失言に、顔だけでなく全身を真っ赤に色付かせた。

「そ、その……行こっか?」

 ガロードの問いに、ティファは無言でコクンと頷いた。羞恥で、もはや顔も上げられない。

「じゃ、じゃあ、行こう」

 そう言うと、ガロードはさも当然といった態度でティファの肩を抱き寄せた。また、ティファも『そうするのが当たり前』とばかりにガロードに身体を密着させる。
 そうして、二人にとってのベストポジションをキープすると、ガロードとティファは恥ずかしそうな表情を浮かべてそそくさとその場を後にした。



 二人が立ち去った後の、なんとも言えない空気の残された格納庫。

「あいつら……ワザとか? もしかしてワザとやってるのか?」

 ポツリと零されたジュドーの問いに答えられる者は一人として居なかった。


○   ○   ○



「ふーん、そういうことかぁ」

「なるほど。仲が良いことを表現する際には『凄い』という言葉を用いるのか」

 ジュドーの説明を受けて納得顔をするプルとプルツー。本当に理解出来ているのかどうかは甚だ疑問であるが。

「それにしてもさ……思うんだけど……。ねえ、パーラ?」

「ん?」

 ルーは彼女の隣でジュースを啜っているパーラへと話を振った。

「あなた、あの二人とは戦場では殆ど一緒でしょ?」

「まあね」

 Gファルコンのパイロットであるパーラ。戦闘中はガロードとティファの乗機であるガンダムDXと合体、行動を共にする事が多い。
 その際、この二機の間では、呼吸を合わせる必要もあり通信回線は常時オープン。つまりは、

「戦闘中も、ガロードとティファの会話をずーーーっと聞かされるワケよね」

 そういうことである。

「何と言うか……その……大丈夫? いろんな意味で」

 どことなく気遣わしげな声で発せられたルーの質問。
 それに対し、パーラは「ふっ」と小さな笑みを漏らし、遠い目をして答えた。

「人間の適応力ってさ、あんたらが思ってる以上に凄いんだよ」

 諦観とも悟りとも言いがたい、穏やか過ぎる表情を浮かべるパーラ。
 その境地に達するまでに迎えたであろう幾多の苦行を想像し、パーラに対して心の底から尊敬の念を抱いてしまうジュドーたちだった。
 そして、ジュドーたちはこうも思った。

 パーラこそ『人の革新』たる『ニュータイプ』なのかもしれない、と。

 革新の方向が若干『斜め上』ではあったが。