『ただのともだち……ともだち?』



「みんな、あまり変わってなかったね」

「確かにな。尤も、小学校の同窓会ならともかく、高校くらいじゃそんなもんかもしれないけど。卒業してからまだ数年しか経ってないんだしさ」

「それもそっか」

 同窓会に参席し、久方ぶりに高校当時の友人たちと顔を合わせ、会話に花を咲かせてきた瑞希と和樹。
 会場からの帰り道、楽しかったひとときを振り返りつつ、肩を並べてのんびりと歩きながら談笑していた。

「そういえばさ……あの件だけど、皆、大して驚かなかったわね」

 旧友たちについての話題が一段落した後、瑞希が思い出したように切り出した。

「ああ。なんか、すっごくアッサリと、極々自然に受け入れられてたよな」

 瑞希の言葉を受けて和樹が首肯する。些か不思議そうな顔をして。
 因みに、瑞希が口にした『あの件』とは二人の婚約報告であった。
 高校時代は単なる友達同士でしかなかった和樹と瑞希。そんな二人が――しかも在学中にも関わらず――婚約。この事を聞かされた当時のクラスメート達はさぞやビックリすることだろう。和樹も瑞希もそう思っていた。
 ところがである。現実は実に淡々とした物だった。誰一人として驚きもせず、揃いも揃って「あ、やっぱり」という反応を示すのみ。
 あまりのリアクションの無さに、拍子抜けするしかない二人であった。

「もしかして、大志のバカが前もって言いふらしてたとか?」

「うーん、それは無いんじゃないかなぁ。大志の奴、変なとこで妙に律儀だったりするから。『自分の事は自分の口で報告したまえ』とか何とか言いそうだし」

「――だよねぇ。だったら、どうしてだろ? 殆どの人はあたしたちが付き合い始めた事すら知らなかったはずだし、あまつさえ婚約。ビッグサプライズ――とまでは行かないとしても、少しくらいは驚かれると思ってたんだけど」

「俺も思ってた、つーか男連中にからかわれるのを覚悟すらしてたんだが……ホント、どうしてだろう?」

 予想していた事態と現実の差に、揃って首を傾げてしまう千堂夫妻だった。



○   ○   ○


 ――その頃。
 数名の男女が、和樹らと同様にゆっくりと歩きながら会話を楽しんでいた。

「あの二人、あたしたちが驚かなかったのが不思議だったみたいね」

「だな。俺たちのリアクションを見て、逆に驚いたような顔をしてたし」

 その男女とは和樹や瑞希の旧友たちであり、彼らと同じく同窓会への出席者であり――婚約報告をされた当事者である。
 驚きはしなかったものの、それなりに『いい肴』ではあるらしく、話題は専ら和樹と瑞希の件が中心となっていた。

「『婚約しました』じゃビックリしないよねぇ。『別れました』なら驚天動地モノだけど」

「そうだよなぁ。あの二人って高校時分からベタベタしてたし。あ、そうそう。そういえば、昔、こんなこともあってさ……」



『千堂。今度の休みだけどさ、みんなでボーリングに行こうって話になったんだけど、よかったらお前も来ないか?』

『今度の休み? 悪い、その日はダメなんだ。瑞希と先約があって』

『なんだ、高瀬とデートか。そんじゃ、仕方ないな』

『はぁ? なに言ってんだよ。別にデートなんかじゃないって』

『え? そうなのか?』

『ああ。ただ一緒に映画を観に行って、二人で食事したり買い物したりするだけだから』

『…………』



「世間様ではそういうのを『デート』っつーんだよ」

 旧友クン、思わずこの場に居ない和樹に向けてツッコミを入れてしまう。
 周囲の者たちから笑いが――多分に苦笑いであったりするが――起こった。

「あたしも似たような経験あるよ。相手は千堂くんじゃなくて瑞希だけど。あたしの時は……」



『ねえねえ、瑞希。次の日曜って予定入ってる? もし空いてたら買い物に付き合って欲しいんだけど』

『ごめん。その日は和樹と約束があるの』

『あ、そうなんだ、残念。……それにしても、また千堂くん? あんたら、いっつも一緒だね。学校から帰る時も一緒だし、休日も一緒。ホントに仲が良いわねぇ』

『ちょっと。そんな誤解を招く言い方はやめてよ。それじゃ、まるであたしと和樹が四六時中ベッタリとくっついてるみたいじゃない』

『違うの?』

『違うわよ! 週に一日か二日は他の友達と帰ったりしてるし、休みの日だって月に一回くらいは和樹と会わない事もあるし。――ほらね、いつもいつも一緒にいるわけじゃないでしょ』

『…………』



「ほらね、とか言われてもねぇ。あの時は本気でリアクションに困ったわよ」

 肩を竦め、「やれやれ」と言わんばかりにため息を吐く。
 確かに厳密には『いつも』ではない。――が、はっきり言って屁理屈以外の何物でもなかった。少なくとも、ここにいる全員はそう思った。それはもう心の奥から。

「そういや、瑞希といえばこんなこともあったっけ」



『…………』

『瑞希? どうしたの?』

『…………』

『瑞希!』

『きゃっ! な、なに!?』

『ちょっとどうしたの? ボーっとしちゃって』

『あ、うん、少し考え事。今晩のご飯のメニューをどうしようかと』

『メニュー?』

『うん。和樹に、栄養があって美味しい物を食べさせなくちゃいけないから』

『……千堂くん? なんで瑞希が千堂くんの夕食のメニューを考えてるのよ?』

『今晩ね、和樹のご両親が用事で留守なのよ。だから、今日はおばさんの代わりにあたしが作ってあげないと』

『なにが「だから」なのよ? 自分で作らせればいいじゃない、千堂くんだって子供じゃないんだし。何故にわざわざ瑞希が作ってあげなきゃいけないの?』

『だって、あたしが作らないと、和樹ってば絶対にレトルトで済ませちゃうもの。健康に良くないでしょ、そんなのダメよ』

『……大袈裟な。毒じゃないんだから。っていうかさ、些か過保護すぎるんじゃないの? 別に一日くらいレトルトでもインスタントでも構わないじゃない』

『そ、そうかもしれないけど……で、でも……あたし、和樹に身体を壊して欲しくないし……』

『――ハァ。あのさ、瑞希? ちょーっと確認したいんだけど、いいかな?』

『え? う、うん。なに?』

『瑞希と千堂くんって本当に「ただの友達」なの?』

『ええ、そうよ。決まってるじゃない。なにか、変?』

『…………』



「変だろ、それは」

 その場に居た全員が突っ込んだ。思わず突っ込んだ。突っ込まずにはいられなかった。

「ったく、どの口が『ただの友達』だなんて言うかな」

「全くだよねぇ。傍から見たら完璧に恋人同士だもん。あたしなんて何度あてられたことか」

「無自覚に、ナチュラルにイチャイチャしてたよな、あいつら」

「そんな奴らにさ、『婚約しました』とか言われても、そりゃ驚けないよなぁ。なんつーか『今更』って感じで」

「無理ね、どう頑張っても無理」

 きっぱりと言い切られたその意見に、周りの全ての者が一斉に頷いた。

「ところで……思ったんだけどさ、今のあいつらって正式に恋人になったワケで、尚且つ婚約者なんだよな。もしかしたら、イチャイチャ度って高校時代よりも上がってたりするのかな?」

 何気なく口から出された素朴な疑問。
 しかし、その言葉は面々に大きな衝撃を与えた。皆、頭の中で想像をしてしまったのだ、高校時代以上に――いろんな意味で――パワーアップした二人の日常を。
 何とも言いがたい重い沈黙が落ち……挙句、

(か、考えないようにしよう。精神衛生の為にも)

 一同、その結論に辿り着いた。
 ここに居る全員が胸の内で思った。今、あの二人の周りに居る友人知人の面々は、きっと途轍もない苦労をしてるんだろうな、と。特に胸焼け方面で。
 ――と、同時に。
 あの二人とずっと付き合いを続けている九品仏大志、彼に対し――初めて素直に――本気で尊敬の念を抱いてしまう旧友たちであった。



○   ○   ○


「うーん。みんな、なんでちっとも驚かなかったんだろうなぁ? いくら考えてもさっぱり分からん」

「あたしも」