『ともだち』
ヒロとあかり、雅史、そして志保ちゃん。そんな毎度の四人でやってきたヤック。
そこで、過度なまでに塩が振り掛けてあるポテトを摘んでいるあたしの脳裏に、先程から一つの言葉が延々と浮かび続けていた。リピートしていた。エンドレスで。
友達は選べよ、長岡――と。
「あっ。浩之ちゃん、ソースが付いちゃってるよ。取ってあげる。ちょっとだけジッとしててね」
そう言うと、あたしの対面の席に座っているあかりは、横に居るヒロに心持ち身を寄せ、ヒロの口元に付いていたバーガーのソースを拭き取った。自分の舌を用いて。ペロッと。
「はい、綺麗になったよ」
「そっか。サンキュな」
ごくごくナチュラルに会話を交わす二人。こいつらにとっては自然な行為なのだろう。たぶん。
「うん、どういたしまして」
ヒロからの礼に笑顔で返すと、あかりはテーブルに置いてある紙コップを手に取った。視線を向けずに。
そして、そのまま確かめずにストローを口に運ぶ。
「……あ」
「? どした?」
驚いたように声を上げ、ややバツの悪い顔になるあかり。それを受け、ヒロが怪訝な声で尋ねた。
「これ、浩之ちゃんのアイスコーヒー。わたしのアイスティーの近くに置いてあったから間違えて飲んじゃった。ごめんね」
「なんだ、そんなことか。気にすんなよ」
微かに苦笑を浮かべ、ヒロがあかりの頭にポンと手を載せる。
「う、うん」
「……ん? おまえ、なんか微妙に嬉しそうな顔をしてないか? どうかしたか?」
「え? あ、あの、それは……浩之ちゃんと間接キス、しちゃったから」
仄かに頬を染めてあかりが返す。
その回答を耳にして、あたしは思わずずっこけそうになった。
口元のソースをペロッとかやっておいて今更何を言うか。まさにそんな気分だった。
「……だから……恥ずかしいんだけど、それ以上に嬉しくなっちゃった」
あかりが「えへへ」と幸せそうに微笑む。
「ったく。間接キス程度で喜べるなんてお手軽なやつだな、あかりは」
あかりの愛らしい表情を見て、言葉を聞いて、ヒロはいつもの「しょーがねーなぁ」という顔になる。
――が、すぐにイタズラっぽい面持ちへと改めると、ニヤリと口元を歪めた。
「おまえが望むのなら、間接なんかじゃなくて幾らでも直接キスをしてやるのに」
「え? えっ? ええっ?」
直接キスという単語に反応し、あかりの頬が赤く染まっていく。
「なんなら、アイスコーヒーの口移しとかだって」
「だ、ダメだよ。絶対にダメ」
あかりは手をブンブンと振ってヒロの言葉を遮った。
「こ、こんな所で、く、くく、口移しだなんて……。そんなのダメだよ。ほ、他の人に見られちゃうし」
「えっと、その言い方だと、他の奴らに見られさえしなければ構わないと云う風にも解釈できちゃったりするのだが。そこのところどうなのかね、あかりクン?」
「ふぇ!? あ、あう。そ、それは……」
「それは? ハッキリ言いなさい、ハッキリ」
「……うう。浩之ちゃんの意地悪」
吼えたい。
暴れたい。
ウラーッと卓袱台返しをしたい。
あと泣きたい。嗚咽して号泣して慟哭したい。
「実際、あたし、なんでこんなバカップルの友達なんてやってるのかしら」
テーブルに上半身をグッタリと横たえらせ、あたしは深い深いため息を零してしまう。
「あはは。浩之とあかりちゃん、相変わらずだねぇ」
眼前の甘ったるい光景も、甚大なダメージを受けているあたしの惨状もなんのその。
雅史が楽しげにニッコリと笑ってマイペースに感想を洩らした。
「いつもいつも仲が良いよね、あの二人」
「まーねー」
あいつらの場合、『仲が良い』だなんて可愛らしい表現で事足りているかは甚だ疑問であるが。
仲が良すぎるのも考え物である。いや、マジで。周囲の者にとてはぶっちゃけ人災だし。
「見ていて羨ましくなっちゃうよね」
「……まあ、ね」
雅史の言葉に、あたしはちょっとだけ間を置いて答えた。
確かにほんのちょっとだけ羨ましくはある、かも。
あんな風にヒロと……
あたしも、あかりみたいに……
「僕もあかりちゃんみたいに浩之のほっぺに付いたソースを舐め……がふっ!」
取り敢えず裏拳。容赦なく一発。
同時に、深ーく嘆息。
「もうイヤ」
目の前で二人だけの世界を構築しているバカップル、横で撃沈されている不穏当発言男。
「ホント、友達は選ぼうよ、あたし」
己の交友関係を省みて、激しい虚脱感に襲われ、遣る瀬無さを抱き、テーブルに突っ伏してついついさめざめと涙を零してしまうあたしであった。
「や、やん。お家に帰るまでダメだってばぁ」
「いいからいいから。それじゃ、まずはアイスコーヒーから行ってみようか」
「あーん、もう、浩之ちゃんってばぁ♪」
「それじゃ、僕はアイスティーでくちうつ……げはっ!」
「……えぐえぐ、誰か助けて」