二次創作投稿(LF97より)

「決戦前夜」

(作:阿黒)

 


鶴来屋。

 隆山温泉郷の、いや県下最大の地方財閥・鶴来屋グループの中核を担う高級旅館である。その鶴来屋の数ある宴会場の一つを臨時の会議室として30人以上の男女が詰めていた。

 100畳敷の和室はそれだけの人数を収容しても半分以上スペースを空けており、狭苦しくはない。室内は冷房が程よく効き、外の猛暑から隔絶されている。にも関わらず、彼等・彼女等の顔は暗く、重苦しい雰囲気が充満していた。

 メンバーの殆どは女性、それも若い。大半はまだ高校生であり、それ以外の者もほとんどはまだ三十路を越してはいない。そして女性陣に共通しているのは、皆タイプこそ違えまず美女・美少女と形容してもよい美貌の持ち主であることだった。だがそれを除けば、ここに集った者達はごく普通の、ただの人間にしか見えない。

 このメンバーが今まで異世界からの侵攻に対して戦い続けてきた戦士であり、出来の悪いゲームや小説のような戦いを人知れず繰り広げていたなどと言われても、まともな人間ならまず鼻にもかけないだろう。

 ティリアはそっと一同を見回した。この、赤毛を三つ編みにした少女が異世界からこの世界の危機を警告するためにやって来た「勇者」であるなどと、その外見から想像できる者はまずいないであろう。

 長瀬祐介。「電波」という不思議なメンタルパワーの持ち主である。外見は少し頼りなげでおとなしそうな少年だが、その力は巨大なものだ。

 柏木耕一。古の「鬼」の血を引く柏木一族の中でも最強の力を誇る。この世界では能力が一部制限されるティリアだが、仮にその制限が無くても、彼を相手に戦うことは絶対にしたくはない。物理的な戦闘力ならば、メンバー中でも最強だろう。

 藤田浩之。別に超常的な能力の持ち主ではないが、天性の器用さからか戦闘ではそつの無い活躍を見せている。それに奇妙に人を惹きつける魅力を持ち、メンバーにとっていつしか必要不可欠な存在になっていた。

 ルミラ・ディ・デュラル。魔界の貴族、ヴァンパイア一族の統領的な存在である筈だが、借金返済のアルバイトとして今回の戦いに参入している。彼女とその配下達は光の神の血を引くティリアからすれば本質的に相容れないのではあるが。

 その他のメンバーも格闘家やこの世界では珍しい魔法使い、超能力者、メイドロボット等、並外れた存在ばかりである。この「友人」等の協力があればこそ、この見知らぬ世界でティリア達は破壊神・ガディムの先兵であるラルヴァ達を迎撃することができたのだ。

 だが、これまでの戦いも、努力も全て徒労と化した。

 通常、次元の狭間で眠りにつくガディムは世界に降臨した時、長い眠りから覚めたばかりで飢えている。ガディムは飢えを満たすため、無限の食欲を以ってその世界の全てを喰らい尽くし、その結果これまで数多くの世界が滅んでいた。

だが、休眠状態にあるガディムは不可侵ではあるが無知無能の存在であり、何ら実害は無い。思考力を持たないガディムはただ在るだけであり、自ら新たな「食事」を求めて動くこともなく、ただ眠り続けるだけである。

そのガディムのために新たな世界を見つけ出し、そしてガディムを召喚する役目を担うのが、ガディム本体から無限に分裂する「ラルヴァ」と呼ばれる魔物達である。

基本的にガディムそのものを消滅させる手段はまだ発見されていない。そのため、ガディムの侵攻を阻止するにはその先兵であるラルヴァを見つけ、本体を召喚する前に叩くというのが唯一の手段だった。

だがティリア達は――失敗した。ガディムを召喚する能力を持った、リーダー格である黒ラルヴァは倒した。だが、既に召喚の儀式は終了していたのである。近日中にガディムはこの世界に確実に出現する。そしてそれを阻止する手段は、もはや無い。

「出現」を阻止する手段は、だ。

「こうなったら、もう手段は一つしかないわ。かなり危険な方法だけど…」

 そのティリアの言葉が、重く澱んだ空気を僅かにかき回したように見えた。伏目がちに、ただ座り込んでいた一同が音も無く、しかし一斉にティリアに視線を向けてくる。

「…ガディムを、私たちの手で呼び出すの」

「はあ!?」

 誰かが素っ頓狂な声を上げた。それはそうだろう、今までの基本戦略が「ガディムをこの世界に召喚させない」ことだったのだから。ティリアの発言は、これまでの方針とはまるで正反対のことだった。

 その不信が爆発する前に、ティリアは言葉を続けた。

「…ガディムがいかに強大とはいえ、この世界に出現した直後は眠りから覚めたばかりで、しかもこの世界にやってくるためにかなりのエネルギーを費やしている筈。つまり――最も脆弱な状態にあるわけ。その時なら、私達でも何とか戦えるレベルかもしれない」

「出現と同時にガディムは周囲からエネルギーを吸収し、瞬く間に増殖を開始します。だから、どこか私たちが有利に戦える場所に結界を張り、外界からのエネルギーが遮断された戦場を設定し、その中にガディムを呼び出すのです」

 ティリアを補足するように魔術師のエリアが具体的な内容を一同に説明する。ほんの少しだけ、絶望とも希望ともつかないものが含まれた空気の中で、やがて浩之が腕組みをしながら呟いた。

「なるほど。どうせガディムがこっちに来るのを止められないなら、せめて俺達の手の届く所に落っことそうってわけか?」

「…世界は広いわ。どこか宇宙の果てに出てこられて手の施しようが無くなるよりは、まだマシだと思うけど…」

「あ、でもでも〜」

 思案顔で、半ばは隣の千鶴に問い掛けるように耕一が呟いた。その千鶴の更に隣、一人だけ我関せずとばかりに梓の肩にしなだれかかっていたかおりがひょい、と顔を上げる。梓が半ば涙目で嫌がっているのを尻目に、お気楽な口調でのたまう。

「みんなで一斉にかかったら、もうボッコボコじゃないですか〜?ひょっとして秒殺かも?ね、梓せんぷゎ〜い」

「ひっつくなっ!腕を組むなっ!肩にアゴ乗せるなっ!耳に息吹きかけるなっ!どさくさに紛れて胸を揉むなあああああああああっ!!」

「あー。それダメ」

 なるべくソッチの方を見ないようにして、サラは行儀悪く座布団の上で片胡座をかいてぼやいた。同じく微妙に視線をさまよわせながら、頬に一筋の汗をたらしたエリアが説明する。

「一時的にとはいえ、ガディムを抑え込むような大規模な結界は、それ程広範囲には造れません。結界内に送り込めるのはおそらく三人…いや、四人でギリギリかと」

「数より質、少数精鋭ってわけさね。――否が応でも」

 豪胆に、元・盗賊団首領はそう言い放った。サラはティリア、エリアと共に自分の世界でガディムと戦ったこともある「経験者」である。そういう意味では、あるいはメンバーの中では一番戦馴れしていると言えよう。

「――話はわかったよ。だけど」

 そう言いかけて、祐介は口篭もった。皆の視線が向けられて、本来控えめでおとなしい彼は気圧されてしまったのである。だが一旦発言しかけた以上、そのまま黙り込んでしまうわけにもいかない。

「その…誰が戦うの?――ガディムと」

 室内は静まり返った。一瞬、呼吸さえ忘れてしまった者もいたほどである。

 実のところ、ティリア達以外の者はガディムを知らない。漠然と強いだろうな、というイメージしか持ってはいない。持ちようがない。

 だが、それでもその戦いはこれまでとは比較にならないほど激しく、そして苦しいものになるであろうことは間違いなかった。仮にも神の名を冠するほどのものを相手にするのである。命がけ、などという生易しいものではない。

 負ければこの世界全てが破滅する。やり直しなどきかない、最終決戦である。

 このラストバトルに、誰が赴くのか?

「…私が戦うわ」

 最初からそう決まっていたかのように、ティリアは静かに言った。実際、彼女は最初からそのつもりだった。何故なら。

「みんな今までよく戦ってくれたわ。でも、今回はあなた達には選択権がある。

――でも、私は、勇者だから。それが勇者の務めというものだから。この身と引き換えにしてでも、ガディムは私が追い返してみせる」

 自分でも少し気負いすぎている、と思ったのか、ティリアは少し笑った。

「みんな、今までありがとう。みんなの協力があったから、今まで私達戦ってこれた。でも、これから先は私の戦いだから。だから、私にまかせてちょうだい。

 みんな――」

 無言だが、ごく自然に、ティリアについていくことを決めているサラとエリアは立ち上がった。何もせず、何も言わず、ただティリアの両脇に並ぶ。

 ティリアが、言った。

「みんな…本当に…本当に、ありがとう」

 そう言って、揃って頭を下げる三人を、やはり無言のまま一同は見詰めていた。

 

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「♪ぐうぜんが〜〜〜〜い〜くつも〜かさなりあ・あって〜〜〜」

 浴衣姿であることも省みず、酒も入っていないのに既にノリノリな志保はマイクを片手に熱唱していた。裾がかなりめくれて、実にこう、際どいところまで足が露出している。もっとも、部屋には女の子しかいないが。

「♪あなたと〜出会って〜…こーいに、おちいた〜〜〜〜〜」

「やかましわっ!!」

 ごおおおおおおおおおおおおおおおおっ!

「ぺぷしっ!?」

 智子のハリセンに後頭部を痛打され、畳の上を3回転ほど志保は転がった。

「まあ落ち込むよりはええかもしれへんけど、だからって緊張感無さすぎ!脳天気なのは今更しゃあないけど、フリだけでもいいから少しは真面目にせい!」

「うるさいわねこの関西メガネ!」

 畳の上から顔だけ上げて、元気そうに志保は反論した。

「せっかくあたしが場を和まそうと志保ちゃんリサイタルを開いてあげてるってのに、この美声で皆を励まそうというあたしの優しさとか思いやりとかなんかそんな感じのものがわからないわけ――!?」

「志保さん、ぱんつ見えてます…」

「あわわわわわわわ」

 少し顔を赤らめた琴音の指摘に、慌てて裾を直すと志保は立ち上がった。

「ま、まあともかく、だからってそんなマジになって攻撃しなくてもいいじゃないのよ!」

「別に本気やあらへん」

「だって今のツッコミ、炎が出てたじゃない!?そんなあーたラルヴァぶっ叩くのと同じ力でツッコミいれないでよ!ほら、襟首ちょっと焦げてるし!」

「…それは確かにウチが悪かったけど、それで生きとる長岡さんもなんだかなぁって感じやね」

「ギャグ体質ですから…志保さん…」

「ああっ!?なに二人して人を化け物みたいにっ!!

 ――ちょっとレミィ、雛山さん、何とか言ってよ」

「ううっ…ご飯がおいしいです…」

 周りの騒ぎなど気にもとめず、涙ぐみながら白いご飯を食べていた理緒が感涙の呟きをもらした。

「く〜っおいち〜!頭がチビれるよ〜〜〜〜〜!!」

「…雛山さん…アンタ、そんな“はだしのゲ○”みたいなこと…」

「なんか…邪魔しちゃ悪いから放っておくかねぇ?」

「それが良いですね…」

 思わずしみじみと呟く三人である。

「…って、あれ?レミィは?」

「多分、おトイレかと…」

 志保の問いに琴音がそう答えた時だった。

「ちょっと…なんやコレ?」

 智子が、蒼白な顔で空になった徳利を取り上げた。傍には5・6本、同じ徳利が転がっている。

「宮内さん…これ一人で空けたんか?」

「そう…みたいですね…」

 やはり血の気を無くした琴音がぎこちなく頷いた。その横で、脂汗を浮かべた志保が座布団を防空頭巾のようにして頭を守りながら周囲を見回す。

 レミィにアルコールが入る→理性の箍が外れる→狩猟本能が剥き出しになる=暴走、と、これから訪れるであろう危機的三段論法は速やかに予測される。

「ううっ…魔王やかなんやか知らんけど、酔っ払いに飛び道具の方が私はよっぽど怖いわ」

「こっちのほうが切実ですもんねぇ」

「呑気こいてる場合かっ!あたしは逃げるわよ栄光の明日に向かって果てしなくどこまでも〜〜!!」

 そう喚いた志保が入り口の襖を空けた途端。

「バンボロ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

「うきいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!?」

 浴衣姿であることをものともせず、いきなり天井から逆様にぶら下がっているレミィと鉢合わせしそうになって、慌てて志保は飛び退いた。レミィの方は酔っているとは思えないほど身軽な動きでとん、と軽やかに着地する。

「…今日は黒ですか…」

「いや、姫川さんそんなぱんつのチェックはええから」

 軽く琴音につっこみながらも、いつでも逃げ出せるよう軽く踵を浮かせた智子は油断無くレミィを見据えた。

「…っていうか…宮内さん、やろ?あの覆面怪人」

「…多分…なんか、ホッケーマスク被ってて顔わかりませんけど金髪だし、胸大きいし」

 コーホーという、ウォーズマンみたいな呼吸音を上げながら、レミィ(推定)はゆっくりと一同に向き直ってきた。手には何故かあまり切れ味はよくなさそうな植木ハサミを持っているのが非常に気になるといえば気になるが。

「どういう意味があるんでしょう?」

「…まさか…いやでももしかしてっ!?」

「なんやっ!?知っとるんか長岡さん!?」

「いや…あたしも確信はないんだけど…」

 ゆっくりと顎の下に滲んだ汗を浴衣の袖で拭いながら、志保は自問するように呟いた。

「まあ…あまり関連性は無いし、バカバカしいし、どーしよーもなくて、くだらないんだけど…」

「あんたらがバカバカしくてどうしようもなくて下らないのは今に始まったことやないけどな」

「――まあ、あたしも関係ないとは思うんだけど。

 昨日、レミィと馬鹿話してる時に、場所が場所だからみちのく湯煙殺人事件・時刻表に仕組まれた20年前の惨劇の過去と女弁護士の意外な関係?とかいうミステリードラマの定番が

「あのう…後半、全然わからないんですけど」

「それでやっぱり陸の孤島となったサマーキャンプにホッケーマスクの殺人鬼さんよね〜ってあたしは力説したわけよ!」

「結局おのれが吹き込んだんか―――――――――!!」

 思わず力一杯志保の浴衣の襟首を絞め上げる智子だった。

「あ、あの、そんなことやっている場合じゃ…」

 ゆっくりと植木ハサミを振り上げるレミィと、志保をネックハンキングツリーに捕らえた智子の間で、琴音はただオロオロとうろたえるしかできなかった。

 と、アルコール混じりの息を一つついた金髪ポニー殺人鬼は、ホッケーマスクの下で、獲物を見つけたハンターの瞳を愉悦でギラリと輝かせた。

「バンヴォロ――――――――――――――!!」

「そ、それは“13金じゃなくてバーニングですっ!!」

 

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「?なんか賑やかね〜祐くん」

「そ、そうだね沙織ちゃん…」

 鶴来屋の大浴場の前、電動マッサージ椅子や清涼飲料水の自動販売機が並ぶジジくささ炸裂の健康コーナーで、イオン飲料のプルタブを開けながら祐介はやや伏目がちにそう応じた。ソファーの隣に座った沙織は、一応ドライヤーはかけたもののまだ湿り気の残っているロングヘアをいじっている。

 意識を集中し、電波を受信すればこの遠くから聞こえてくる悲鳴や騒音が何なのかわかるとは思うが、なんだか関わらない方が絶対良さそうなので、祐介は話題を変えた。

「瑠璃子さんと瑞穂ちゃんは?」

「まだお風呂。今日はちょっと疲れたからのんびり入るって。いつもなら、あたしの方が長湯なんだけどね」

 普段はショートヘアの二人の方が髪を洗う手間が少ない分、沙織より入浴は短い。

「ふーん。なんか、みんな結構落ち着いてるね」

 微妙に沙織を見ないようにしながら、祐介は呟いた。昼間の会議の時は皆それぞれ緊張した面持ちであったのだが、しかし、奇妙に悲壮感や絶望に囚われている者はいないようだった。祐介自身、迫っている危機を決して楽観などしてはいないが、奇妙に落ち着いているのも事実である。

「まあね。…こんなこというと不謹慎かもしれないけどさー、なんか、世界の危機とか言われても、イマイチ、ピンとこないのよねー」

「…そうだね。なんか、話のスケールが大きすぎて、突拍子なさすぎて…なんだか、絵空事みたいで…リアリティないっていうか。

 ――今日だってラルヴァなんて魔物と戦っているのに、それでもまだ現実感が無いや」

 少し先端にウエーブのかかった髪をいじりながら、沙織は苦笑した。

「だよね。…だって。あたしたち、家に帰れば宿題が残ってるし、部活の練習もあるし、夏休みが終わって学校が始まったら、来年は受験があるし」

 祐介に軽くもたれかかると、沙織は一つため息をついた。

「なんかもー普通すぎて。…めんどくさいし。

 あたしにとっちゃー、魔王だかなんだかより、受験の方がず〜〜〜っと気が重いし」

「だからなのかな」

 少し上気し、緊張に体を硬直させながら、沙織から逃げようとはせずに祐介は言った。

「…なんだかわからないストーカーにいきなり殺す、って言われたら怖いけど、明日世界は滅ぶとかいわれてもなんだかピンとこないのは。

 自分一人が死ぬのは嫌だけど、みんな一緒に死んじゃうんだったら…なんか、世界が滅んでしまっても、いいんじゃないかななんて」

「祐くん?」

「世界なんてそれほど美しくも無いし、人間だってそんな素晴らしい生き物でもない。生きるって、それほどおもしろいことじゃない。毎日毎日、つまらくて味気ない生活の繰り返し。それが死ぬまでずっと続く。生きるっていうのがそんなものなら、いつ止めてしまったっていいじゃないか。

誰もがみんな思ってるんだ。こんな閉塞して澱んだ日常を生き続けるくらいなら、いっそ全てをリセットしてやり直してしまった方がサバサバする、って」

「…祐くん?」

「僕はまだ高校生だ。…たかだか16歳の子供に、そんな厭世的な考えを根付かせてしまうような社会。そんなもの、いっそ何もかもきれいさっぱり破壊してしまえたら、どんなにサッパリするだろうね?沙織ちゃん」

「祐くん。…それ、本気で言ってるの?」

「…本気だよ。少なくとも、前はそうだったな」

 少し不安げな顔で自分を見ている沙織に、なんだか奇妙な感じを祐介は覚えた。ただ、それは決して不快なものではない。

「でも、今は…そうだね、世界はつまらないけれど、くだらなくはないって思う。沙織ちゃんや、瑠璃子さんや、瑞穂ちゃん達と一緒にいるときは、特にそう思う。

 みんなとおしゃべりするのは楽しい。

 みんなと食べるお弁当はおいしい。

 勉強はあんまり好きにはなれないけれど、テストがかえってきて、沙織ちゃんがなんだか騒いでいるのを見るのはおもしろいし」

「ううううう…」

 不満げな唸り声をあげる沙織に笑いをそっと噛み殺しながら、祐介は一口、ドリンクを飲んだ。

「…僕は結局、ただの、どこにでもいる、普通の高校生なんだよ。ティリアさんみたいに、世界の全ての人たちのために戦うなんて、できやしない。

 僕の世界は、自分の周り。ただ、それだけなんだ。僕は見知らぬ他人のために血を流すような、そんな立派な人間じゃあない。

 自分のささやかな幸せが大事な、小市民ってやつなんだよ。僕は…小さな、人間なんだ」

 目の前を通り過ぎる、家族連れの宿泊客の姿をぼんやりと祐介は見送った。自分たちと同じ、夏休みをこの隆山の温泉で過ごすためにきた、ありふれた観光客。

「祐くん、一口頂戴ね」

 などと言いつつも、返事を待たずにひょい、と沙織は祐介の持っていた缶ジュースを取り上げた。こくん、と沙織の白い咽喉が上下するのを見ながら、思わず祐介は苦笑してしまう。

「僕は…戦おうと思う。ガディムと」

「…なんとなく、そんな気はしてた。ルリルリやみずぴーもそんなこと言ってたし」

 ジュースを返しながら、沙織は少し困ったような目つきをする。

「でも…どうして祐くんが戦うの?そりゃあ、祐くんは不思議な力を持っているけど。でもどうして?他にも強い人はいっぱいいるのに、どうして祐くんが戦うの?」

「自分のしあわせを、守りたいから」

 少しぬるくなった清涼飲料水を口に含んで、すこし照れたように祐介はうつむいた。

「僕にとって、世界なんて自分の周囲の生活の場でしかない、小さなものさ。

 …結局は、自分のためなんだよ。誰かのためなんかじゃない。僕は自分のために、自分の小さな世界を守りたいんだ。

 僕は沙織ちゃんや瑠璃子さんや瑞穂ちゃんを死なせたくない。僕はみんなで一緒にいたい。それが僕のしあわせだから。

 だから、僕は、僕のために、戦おうと思う。…それだけだよ」

「…祐くん」

 頭をかきながらジュースを飲む祐介に、さりげなく沙織は言った。

「間接キスだね」

 ぶっ!!

「ぶふっ、げほっ、ごほっ、ごほっ…!」

「だいじょうぶ祐くんー?も〜、これくらいで照れちゃって…かわいいんだから〜♪」

「さっ…沙織ちゃん…!」

「うふふ〜…ねー祐くん、さっきから気になってたんだけど、どうしてさっきからちゃんとあたしを見てくれないの?」

 沙織に視線を向けて――祐介は慌ててそれを逸らした。風呂上りの、浴衣姿の沙織の胸元は実に微妙な加減で乱れており…豊かな胸の谷間が濃い陰影を作っている。

「もー。せっかくブラつけてないのに祐くん見てくれないんだもん」

「どうしてせっかくなの!?っていうかつけて!!」

「もう…女の子の方からそんなこと言わせないでよ」

 拗ねたような口調で、上目遣いで自分をみる沙織は明らかに自分をからかっていた。からかっているように見えた。

「あの…ホントのホントはね。やっぱりあたし、ちょっと怖い…かな、って」

 快活で明るいスポーツ少女。その沙織の外見から受けるイメージは事実そのまま当てはまる。

 けれど、それは沙織の持つ一面でしかないことを祐介は知っている。勝気で積極的だが、同時に人並みに、あるいは人並み以上に臆病な一面を沙織が持っていることを知っている。

「だから…せめて、みんな死んじゃう前に、心残りを作らないようにしよう、なんて…え、えへへへ」

 沙織はそっと、浴衣の襟を整えて胸の膨らみを収めた。冗談めかした声。語尾に少しだけ震えが混じった声。

「でも、いいの」

「なにが?」

 てへっ、と、舌を少し覗かせて、沙織は笑った。そして囁く。

「祐くん。あたしって、祐くんのしあわせ?」

「…うん。そうだよ」

「じゃあ、祐くん、あたしを守ってくれるんだ?」

「…うん。そうだね。そうだよ」

「そっかー。…えへへへ、なんか、そういうのって、恥ずかしいね?」

「…僕も今、そう思った」

「祐くん?」

「なに、沙織ちゃん?」

「……死んじゃやだよ」

「……………」

「祐くん死んだらあたし、絶対泣いちゃうから。絶対、イヤなんだからね。あたし、それが一番怖いんだからね?一番怖いんだよ?」

「沙織ちゃん…」

「あたしを守るっていうのはそういうことなんだよ?」

「沙織ちゃん…」

「だから…ちゃんと守ってね。祐くんは私のしあわせなんだから」

「うん…沙織ちゃん」

 

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『故郷の過疎化は俺たちが守るっ!!』

「ああっ、過疎レンジャーさんかっこいいですぅ!」

「まったくですね、マルチさん」

「…………」(かっこいいと思っている)

 HMX−12・マルチがテレビの前で歓声を上げた。その両隣にいるHMX−13・セリオと、マルチの量産型であるHM−12がこくこくと頷く。この夜、メイドロボ達にあてがわれた鶴来屋の一室は、臨時特撮ビデオシアターと化していた。

「でもでもセリオさん、どうしていきなりこんな企画を?大賛成ではあるんですけど」

「…単純ニ、セリオ御姉様ノ趣味ナノデハ?」

「……そんなわけありませんよ」

 その、微妙な間が全然説得力無かったが、それはともかくセリオは勉めて冷静な口調で説明を始めた。

「つまりですね。私たちも最後の戦いに備え、過疎レンジャーさんを見習って更なるパワーアップと学習に励もうかと」

「…具体的ニハ?」

「そうですね…」

 ほんの2、3秒考え込み、セリオはピン!と人差し指を立てた。

「かっこいいオリジナル・決めポーズの考察とか」

「それはいいですねぇ」

「アホか―――――――――いっ!!」

 部屋の隅で、セリオに強引につきあわされていた綾香がたまらず喚いた。

「メイドブルー」

「即座に真面目にそんなポーズ考えるなっ!」

 ぽきゃっ!

 隅でこっそり新ポーズを試していたHM−12を蹴飛ばすと、ちょっぴりイっちゃった目つきで綾香はセリオを睨みつけた。

「何考えてんの何バカやってんのあんた真性のスカポンチンかいっ!」

「スカポンチンって、…チン、ってなんだかいやらしいですね」

「だあああああああああああああああっ、殴りたいっ!

 …あのねあんたら!少しは状況というものを考えなさいっ!ひょっとしたら明日にも世界が滅ぶかもしれないという瀬戸際でっ!」

 普段、率先しておちゃらけることの多い綾香だが、流石に今日は少々まともだった。いつもマイペースな綾香だが、今回の件に限っては内心おだやかならぬ決意を常に抱えていた。というのも、今回の事件のきっかけとなったのは、魔法をたしなむ姉・来栖川芹香の召喚実験にあったからだ。

芹香自身にガディムに対して何ら知識は無く、まして世界の破滅など望んでもいない。それは、あくまで単なる実験のつもりだったのだ。ただ、この世界では珍しく、そして優れた芹香の魔術の才能が、今回は仇となった。素直で優しい性格の芹香をたぶらかし、ラルヴァが自分たちをこの世界に入り込むためのチャンネルを芹香に開かせたのである。

…たとえ芹香がそのような事をしなくても、ラルヴァはいずれこの世界に現れていた筈である。純真で、人を疑うことを知らぬ芹香を利用したラルヴァが悪いのだ。

だが、それでも芹香がきっかけを作り、また周囲の友人たちを巻き込んでしまったのは事実である。自分自身もラルヴァに憑依され、操られていたとしても。

普段無口で、いつも茫洋としているから他人には気取られないが、内心で姉が責任を感じ、悲しいほど思いつめていることを綾香は知っている。そして、その苦しみを少しでも綾香は取り除いてやりたいのだ……

『過疎バズーカーだ!!』

 ドド――――ン!!!

……かっこいいです…

「そうですよね!かっこいいです過疎レンジャーさん」

「…ねえさぁぁああああああああああああんんんっ!!」

 マルチと一緒にテレビの前で正座して拍手なんかしている姉の姿に、綾香は頭が痛かった。

 

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「…お疲れ様、千鶴さん」

「え?」

 名目上とはいえ鶴来屋の若きオーナーである千鶴は、会議の後に捕まって会長室に監禁され、そのままたまりにたまった仕事に忙殺されていた。それでもどうにか机に山脈を作っていた未決済書類の山に一段落をつけ、ぽ〜っと窓の外に広がる夜景を見つめていたところである。

 誰かが室内に入ってきた気配に気づかぬほど勘が鈍っていたことに内心で赤面しながら、慌てて千鶴が振り返ると、そこにはTシャツ姿の、それなりに調度が整えられた会長室にはまるでそぐわないラフな格好の青年が、トレイを片手に佇んでいた。

 従弟の耕一である。

「…本当に疲れてるみたいだね。大丈夫?千鶴さん」

「え、あ、その…あれ、耕一さんがお茶煎れてくれたの?」

「ははは。まあ楓ちゃんと違って適当だから味の保証はできないけどね」

「そ、そんなことない!そんなことないです!…ありがとう耕一さん…なんだか感激…」

「い、いや、そんな大袈裟な…それに、千鶴さんやみんなには随分お世話になってるんだし、それに比べたらこんなこと…」

「そんな、耕一さん…」

 机の端を適当に片付けて、耕一は湯呑茶碗と水羊羹の皿を置いた。

「なんだか申し訳ないです。男の人にそんなことさせてしまって…」

「ははっ。今時そんな考え方は古いって、梓なんか笑うんじゃないですか?それとも怒るかな?」

 実際には梓は――いや、おそらくは下の妹達も基本的には自分と同じ意見だろうと、これは言葉には出さず千鶴は呟いた。女性雑誌等に「若き女経営者」等という言葉でもてはやされたこともあったが、どうも柏木家の女性陣は古風な「家庭的」思想の持ち主であるように思われる。

 ちょっとだけ濃すぎるお茶を飲みながらそんなことを千鶴が考えていると、はあ〜、と耕一が大きなため息をついた。

「どうしたんですか耕一さん?」

「いや…千鶴さんて、やっぱりすごいなって思ってさ。俺、この書類の山を見ただけで頭痛くなって」

「うふふ。私だって会長なんて言ってもお飾りですよ。大事なところは足立さんや他の役員さん達が処理してくださいますし」

 千鶴は、自分は決して勤勉な人間ではないと思う。祖父の興したこの鶴来屋に愛着はあり盛り立てていこうとは思うし、500名を越える従業員たちに対する責任をおろそかにするつもりは全くない。

 だが…時折ふと、これで良いのかと思う時もある。柏木家の家長として、また年齢からいっても、今は自分が鶴来屋の会長を務めなければならないこの状況は、仕方がないと思う。今の状況を放り出すつもりも、逃げる気も無い。

 だが、それでも思ってしまうのだ。…自分には、他の生き方はできなかったのだろうかと。

「千鶴さん。……ち、千鶴さんっ!」

「え、きゃ、こ、耕一さん!?」

 自分の傍らに立っていた耕一にいきなり膝に取りすがられて、やや沈んだ気分に落ち込みかけていた千鶴はうわずった悲鳴…未満の声を上げた。咄嗟に手にした湯呑を落とさなかっただけでも、彼女にとっては僥倖といえようか。

「ううっ、千鶴さ〜〜ん」

「や、やだ、いえ、嫌じゃないんですけど、ど、どうしたんです耕一さん!?」

 八割の恥かしさと二割の戸惑い、そしてほんの僅かな期待に、自分の膝に顔を埋めている耕一に千鶴はやや顔を赤くしながら尋ねた。そんな彼女に耕一は、すこし涙ぐんだ声(千鶴にはそう聞こえた)で答えてくる。

「実はさ…俺、凄い不安で…俺たちみんな、死んじまうのかなって…」

「耕一さん…」

 耕一の、思いもかけぬ弱気な言葉に内心かなり愕然としながらも、千鶴は半ばは自分もそれを許容していることに気づいていた。

 こんな夜遅くまで仕事に没頭していたのも、仕事に忙殺されることで目前の不安と恐れから目を逸らしていたかったかもしれない。

 怖かった。恐ろしかった。だが、姉として、妹達をその脅威から守らなければならぬ。そう己を奮い立たせて今日まで戦ってきた千鶴である。決して弱音や泣き言を口にすることなく。

 でも、本当は、やっぱり心の底では、怯えは常にあった。柏木の鬼の力は確かに強力だが、しかし決して無敵ではないのだ。

 そして、自分など比較にもならない力を持つ耕一の、そんな弱音に――半ば奇妙な連帯感を感じる千鶴だった。

「でもさ、千鶴さん…俺、戦うよ。千鶴さんを…みんなを守るよ。そうでなきゃ、何のための鬼の力か、わかりゃしないんだから…

何より、俺は、皆を……守りたい…守りたいんだ…」

「耕一さん…」

「だからさ、千鶴さん。――今だけ…今、この間だけ、弱音を吐かせてよ?少しだけ、甘えさせてよ、千鶴さん…お願い…」

 きゅん、と、まるで乳首の先に痺れたような感覚を千鶴は感じていた。今の耕一は自分よりずっと背は高くなり、肩幅も広く、たくましい男性に成長していた。自分が最も頼りにしている存在だった。いつでも自分を温かく包み込んでくれる、男だった。

その耕一が、逆に自分にすがっている。自分は、耕一に頼られている。

「…もう。身体はこんなに大きくなったのに、相変わらず甘えん坊なんだから…耕ちゃんは」

 膝上の耕一の頭を抱き寄せると、そっと千鶴は耕一の髪を撫でつけた。

 耕ちゃん。二人の身長差が縮まるにつれて、いつしか使われなくなった古い呼び名を懐かしく記憶の縁から掘り起こして、千鶴は微笑んだ。

「ちょっとの間だけですからね。こんな所、妹達に見つかったら恥かしいですし」

「うん。わかってる」

 耕一は千鶴の膝に顔を埋めている。だから、鼻の下が伸びた耕一の顔を、千鶴は見ることはできなかった。

(うおおおおおおおおっ、我が生涯に一片の悔いなしっ!!)

 心の中の青空に拳を突き上げながら、耕一はそっと感涙にむせんでいた。

(ケッコーこの手使えそうだな〜。梓にも試してみるか?)

 もしも神様がいるのなら、ソッコーでこの不埒者に天罰を与えるべきだろう。そして、神様はちゃんとその報いを用意していた。

(あっちゃ〜〜〜…ちょーっと、まずい所を目撃しちゃったわねぇ)

 夜も大分過ぎていたが、またも千鶴の所に取材目的で訪れていた相田響子は、開きかけていたドアをそっと閉じた。

響子は女性向雑誌「レディジョイ」のライターである。若き女性経営者とその従弟の爛れたな関係とか、そんなゴシップ誌紛いのコピーが一瞬脳裏を掠めたが…

「特ダネかもしれないけど…シュミ悪いわよね、やっぱり」

 記者としては甘いかも、と思いつつもあっさり今見たことを忘れることにして、響子は時間つぶしのためにロビーに下りていった。

 そして30分後、今度は梓の豊満な胸に顔を埋めている耕一を目撃し、そして梓は

 とりあえず、梓の鉄拳に吹っ飛ぶ耕一を見ながら、神様ってこういうところは結構よく見ているもんね、と響子は思ったとか思わなかったとか。

 (ち――――――――ん)

 

*****************************************

 

「昼間は暑さが厳しいけど、日が落ちると海からの風が涼しいね」

 自室のベランダにもたれて、月島拓也は穏やかな口調で呟いた。横目で、隣に同じように手すりにもたれている香奈子をそっと見やる。

「瑠璃子たちはお風呂?」

「ええ」

 少し固い香奈子の口調に、拓也は少しだけ苦笑した。自分が生徒会長だった頃から、副会長の香奈子は少し仰々しい口調で、その割に積極的に語りかけてきたものだった。その彼女の真意…自分に寄せる想いを知るのにさほど時間はかからなかった。

彼女だけを愛せると思っていた。今でも決してこの娘を愛していないわけではない。だが拓也にとって心の最深部に住まわせているのは、常に唯一の家族である妹だった。

電波の力を得て、周囲の人々の身体と、何より精神を傷つけ、壊し、悲しみと苦しみばかりを振りまいていた自分。瑠璃子を傷つけ、香奈子を壊した自分。祐介が止めてくれなければ更に取り返しのつかない過ちと罪を重ね続け、よりたくさんの不幸を齎していたであろう、自分。

日常が戻ってきて。退屈だがささやかな幸せのある日々が戻ってきて。

何もかもが、全てが元通りには戻らないとしても、ゆっくりとではあるが傷の上に時が降り積もり、痕を消していくとしても。

「僕は、これは良い機会だと思っている。僕の贖罪のための」

沈黙を保っている香奈子に、そっと拓也は呟いた。彼女が何故妹達と同行しなかったのか。どうして、今、この時、僕の所を訪れたのか。

その理由は、聞かずともわかる程度には彼女のことを理解しているつもりだった。

「勝てるかどうかは、わからない。けれど、僕には戦う力がある。なら、僕は戦おうと思う。

 僕のために辛い思いをした人たちに、償いをするために。

 たくさんの人たちの、それぞれの幸せを、守りたい。

 …誰かがやらなきゃいけないことなんだ。誰かが、戦わなきゃいけないんだ。

 だから、僕は行こうと思う。

 だから、太田さん。…僕を、行かせてくれないか?」

 答えない、香奈子に言い聞かせるように拓也は囁き続ける。

「キミは僕を許してくれた。キミは今でも僕のことを想ってくれる。

 君が悪いわけじゃない。悪いのは、僕なんだ。

 君が僕に不釣合いじゃなくて、僕が君に不相応なんだ。

 …僕は、みんなに対して借りがある。大きな借りがね。それを返さないうちは…どうやら僕は、何もできない。何も始められないみたいなんだ。だから…」

「月島さん」

 不意に拓也の言葉を遮った香奈子に、軽い驚きを感じながらも拓也は口を閉ざした。が、香奈子もすぐには言葉を続けず、二人の間に僅かな沈滞が訪れた。

昼間の暑さも夜には海からの風に吹き払われ、ベランダは割とすごしやすかった。眼下の夜景を見下ろす香奈子の顔は影になって、部屋の明かりはよく届かない。

だが、香奈子の顔に表情というものが無くなっていることに、不意に拓也は気づいた。

「月島さん。私は…私はね?」

 その呟きは、注意深く耳を澄ませなければ僅かなざわめきに、掻き消されてしまいそうに心細いものだった。

「私…自分がこんなに、嫌な子だって思ってなかった。こんなに欲張りで、自己中心的で、エゴイストだって思ってなかった」

 そう言うと、香奈子はゆっくりと拓也に顔を向けた。その瞳は乾いている。

「私は月島さんに何も償って欲しくない」

 小さな子のようにイヤイヤと頭をふりながら、香奈子の視線は拓也から離れない。

「私は…いいの。別にいいの。

 世界なんて、どうなったってかまわない。世界中の人がみんな死んじゃったって、そんなの全然関係ない。

 ――月島さんと一緒にいられるなら、私はどうだっていいの。一緒いられるなら、死んだって別にかまわない。」

「太田…さん?」

「世界なんてどうでもいいの。他の人なんてどうなったっていいの!あたしの知ったことじゃないわ!

 償いなんかいらない!月島さんに償いなんかして欲しくない!

 他の何かなんていらないの!

 あたしが欲しいのは!あたしが欲しいのは!!」

 激昂した香奈子が不意に、声を詰まらせた。じわり、と乾いた瞳に何かが滲む。

「…あたしは…ただ…あたしの傍に…月島さんが居て…それだけで…いい…

 ただ、それだけで……あたしはそれだけ…」

 瞳に滲んだものは、零れるほどは膨らまず。香奈子は、笑みを、空虚な笑みを浮べた。

「瑞穂さえいらないなんて…あたし、そんな嫌なことを考えてる…自分の、自分のことだけしか考えてない…。

 あたし、きたないね。ちっとも、きれいなんかじゃない。

 でも、それが私の本当の気持ちだから……」

 拓也は香奈子の顔を見つめた。涙は流れていないが、涙を流さずに泣いている、ひどい顔をじっと見つめた。

 どうしたらいいか、わからなかった。どんな言葉をかければいいのか、見当もつかなかった。

 しかし、それでも。

「…僕も…自分のことしか考えてないってことか…」

 自分の心の内に常に居座り、蝕む呵責。

 時に押し潰されそうになる、罪悪感という重圧。

 自分の「償い」とは、その心の重荷を軽くするためのもの。

 己が楽になるためのもの。――自分のための償いだということ。決して己のためだけではないとしても。

 香奈子は、こんな形での贖罪など望んではいない。彼女が望むものは。

「僕は…どうしたらいいんだろうね…?」

 静かにそう呟いた拓也を、怪訝そうに香奈子は見やった。

何もわからない。どうしたらいいのかわからない。ただ、一つだけ確かなことがあるならば、自分にとっての答は、まだ簡単には出せそうにないということだけだった。

 

*****************************************

 

「ああ…」

はらはらと涙を流しながら新たな御銚子を一本空にしたルミラに、デュラル家一同は困惑の表情で顔を見合わせた。そんな配下達の様子に気づいているのかいないのか、ルミラは手酌で杯を重ねている。

(おいエビル。どーしちまったんだルミラ様?)

(…私にそんなことを聞かれても答えようがないのだが)

(ふみゃー?)

(……察するに、やはりガディムの件では?)

(ああっ、ルミラ様…私共が不甲斐ないばかりに…)

(あー?んなことあのルミラ様が気に病むわけないでしょ、フランソワーズ、アレイ)

 ルミラ同様呑気にお猪口を手にしているメイフィアに、イビルは小声で問いかけた。

(じゃあ、一体なんだってんだよ?あんなルミラ様、全然らしくねーぜ)

(まあ、我々は元々魔族なのだから、この世界が滅んでも魔界に逃れれば良いのだが)

 口で言うほどエビルは楽観しているわけではない。元々この世界と魔界、そして天界の三つの世界は三位一体、このトリニティを崩されれば他の世界にも多大な影響が出るだろう。

(いいこと、あなた達?)

 空になった徳利に愛惜の視線を送って、メイフィアはため息をついた。

(ルミラ様はね…もっと身近で、そして私たちにとっては最も重大で切実な事を嘆いているのよ)

 その言葉に、思わず一同は前に身を乗り出した。傍から見ると額を寄せあって密談しているように見える。実際、そうではあるが。

(考えてみなさい。…私たちがガディムと戦うにしろ戦わないにしろ、今回の戦いそのものはもうこれで終りなのよ?

 つまり…この豪華一流旅館住まいも終りってことじゃない!)

 ガガ――――――――ン!

(見入りだって日雇いの仕事なんか比較にならない破格の条件だったってーのに、明日からまたパンの耳齧る生活に戻るかと思えば最後の夜をしみじみと飲み倒そうとするのは当然じゃないさ?)

 ガガガガガ――――――――ン!!

「い、いや〜〜〜〜〜〜〜っ!そんなの、イ・ヤ――――!!?」

「うにゃにゃにゃにゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

「あああああああああああっ、ちっくょ――――!!!今夜は飲み明かすぞっ!タダだからなっ!!タダのうちにっ!!」

「あの…皆さん…そんなにヤケにならなくても…エビルさんからも何か言ってやって…」

「はぐはぐはぐはぐはぐ」

「ああっエビルっ!?その大量の肉は一体!?」

「ずっ、ずっこいですエビルさんっ!!」

「だ―――っ、やかましいわねあんたらっ!?なんなのよ意地汚い!!」

 あっという間に欲望の趣くままに大騒動になってしまった一同を見つめ、フランソワーズは情けなさそうにため息をついた。

「金も無ければ男もいない・女やもめの悲しさよ〜〜♪」

「…呑気に唄ってる場合じゃないと思うのですが?メイフィアさん」

 

*****************************************

 

「…ホテルのゲームコーナーって中途半端に古いんだよなー。ストUたーぼなんてやり飽きたし。せめてバルーンボンバーくらいのレトロゲーならともかく」

「浩之ちゃん、じゃあどうして今、両替したの?」

「そりゃあ、せめて脱衣麻雀でも…」

 そのままホテル特有の鄙びたゲーム台に向かおうとして、浩之はピキリ、と石になった。

「浩之ちゃん…えっと…その…」

「あ、あかり――――!?」

 一瞬、本当に宙に飛び上がってから、いつの間にやら後斜めに2歩分の、いつもの距離に幼馴染の姿を見出して、浩之は意味もなくワタワタと手足を振り回した。

「浩之ちゃん…エッチ」

「ち、違うっ!そんなもん冗談に決ってるだろ!?そ、それよりお前いつの間に現れた!?」

「大声上げて質問に質問で返すのは、浩之ちゃんの場を誤魔化す典型的なパターンだね」

「うっ・が――――――――っ!!」

 何やら頭を抱えている浩之にかすかな笑いを噛み殺すと、あかりは明るく声をかけた。

「ね、浩之ちゃんもまだ起きてるよね?何かして遊ぼうよ」

「…志保や雅史はどーしたよ?」

「雅史ちゃんはもう眠ってた。葵ちゃんも。スポーツマンって、生活も規則正しいんだね。

志保は保科さん達と一緒に御飯食べてた筈なんだけど…何時の間にかいなくなっちゃってて。来栖川先輩やマルチちゃん達はどうしたのかな?」

「さて?俺も知らないな。っていうか、だから一人でゲームでもしようかと思ったんだが。耕一さんや祐介達もどこほっつき歩いてるんだか」

「大きなホテルだからね。行き違いもあるよ」

 そのままそこに留まる理由もなく、二人は何となく肩を並べて歩き出した。そのままとりとめもない会話を続ける。

 まだ赤ん坊の頃からの知り合いで、16年間一緒に生きてきた二人である。時に話の種が途切れ、ただ黙って歩き続けていてもそれを居心地悪くは思わない。

 ただ、なんとなく傍にいるだけで、それで済んでしまうような二人だった。それでも、いつまでもただ意味も無く歩き続けるわけにもいかない。

「ラウンジで紅茶でも飲むか?」

「うん。あ、でもね、コーヒーよりもお茶の方がカフェインは多いんだって」

「お前ってそういう知識は豊富だよな」

「えへへー」

「別に褒めてねーよ」

 そんな軽口をたたきながら、浩之はふと心に浮かんだことを口にした。

「なあ、あかり」

「うん?」

「いま、なんでもひとつだけ願いが叶うとしたらどんな願いにする?」

 ほんの僅かな、あかりを良く知る者でなければ絶対に気づかないほどの、本当に僅かな躊躇いの後。

「うーん、そうだなぁ。やっぱり今は世界がピンチだから、それを助けてもらうかな」

「自分のことよりもか?」

「世界が危ないんだから。自分どころじゃないもの」

「まーな」

「…………。ううん、でもやっぱり自分のためなのかもね」

「なにがだ?」

「だって、浩之ちゃんと一緒にいられなくなるの、嫌だから…みんなと一緒にいたいから」

 そういって、あかりはニッコリと笑う。

「私、これからも浩之ちゃんと一緒に学校に行きたい。浩之ちゃんのお弁当、作って上げたい。志保や雅史ちゃん達と一緒に遊びにいきたいし、マルチちゃんにお料理教えてあげたい。みんな一緒に、これからも、ずうっと一緒にいたい。お願いしたいことは、いっぱい、いっぱいあるよ。

 だから、世界が平和であることが一番いいよ。そうでないと、私のお願い、叶わなくなっちゃうから」

 そう言って、にっこりと笑ったあかりの顔を、しばらく浩之は見つめていた。

 すとんと、何かが定まった。

「…………そっか。…………よし、わかった!」

「?」

「じゃあオレは、絶対に勝たなきゃな」

「うん」

ガディムと闘うと、浩之はあかりに伝えはしなかった。

ガディムと闘うのかと、あかりは浩之に問いはしなかった。

二人には、わかっていたから。

「お前のためじゃねーぞ、オレのためだ。

 …お前の願いをすべて叶えてやるのが、このオレの夢だからな」

「浩之ちゃん…」

「…………。さーてと、んじゃあいっちょ、頑張ってきましょーかねー」

「うん!浩之ちゃん、頑張ろうね!」

「ああ」

俺のためだけじゃなく。

あかりのためでもないく。

ふたりのために、な

 

*****************************************

 

「は?」

部屋には入らず、ただ戸口でこちらの用件を伝えてさっさと引き上げるつもりだった柳川は、怪訝な顔をしているティリアにもう一度繰り返した。

「だから、俺も加えろと言っているんだ。ガディムとの戦いに」

 一つため息をつくと、煩わしそうに柳川は説明した。

「結界内に送り込める人数は最大4人。お前等が戦うとしても、まだ一人枠はあるだろうが。だから、俺を加えろと言っている」

「あー。ティリア?なんか、立ち話もなんだから入ってもらえよ」

 サラの言葉に、やむをえずティリアは柳川を招きいれた。悠然と胡座をかいてテレビを見ているサラとは対照的に、慌ててお茶をいれようとするエリアを制して柳川は座布団に座った。その対面にティリアも座る。

「えっと…理由を聞きたいんだけど」

「戦ってみたいからさ」

 柳川もまた柏木の血族であり、当然“鬼”の力を持っている。耕一には及ばないものの、その戦闘力は非常に高いものであった。但し、耕一達と違って旺盛すぎる鬼の闘争本能を押さえ込むことが出来ず、戦闘狂といっていい危険な側面を持つ男だとティリアは見ている。事実、耕一達との関係はよく言って険悪といったものであるようであるし。

 だが、そんな柳川がガディムとの戦いを望むのはむしろ当然といっていいかもしれない。

「…何を躊躇うことがある?お前等にしても三人よりは四人の方が勝率は高くなるだろう」

「この場合、3プラス1が必ずしも4になるとは限らないけどな」

 会話を聞いていないようでちゃんと聞いているサラが、視線はテレビから外さないまま少し皮肉げに言った。それは無視して、柳川は無言でティリアに返答を要求する。その圧力に押されて、ティリアは重い口を開いた。

「……死ぬかもしれないのよ?」

「それがいい」

傲然と柳川は言い放った。

「それほどの強さを持つ相手だからいいんだ。あのヒリヒリする恐怖を感じさせてくれる敵。殺すか殺されるかのギリギリの緊張感。それがいい。ゾクゾクする」

 横に座るエリアの顔に、微かに不快の色がちらつくのを視界の端に捉えながら、柳川は肘を卓について両手の指を組んだ。ふっ、と軽く力を抜く。

「…俺は、お前等の世界のことは何も知らん」

 僅かに視線を落としてそう語る柳川の姿は、何か静かで穏やかなものがあるようにも見えた。

「だが、お前やエリアのような年頃の娘が剣士や魔術師として戦わねばならんという一事だけでも、ある程度の予測はつく」

 なお沈黙を保ったまま、僅かだが意外そうに目を瞠るティリアに柳川は苦笑した。

「浩之や祐介達は高校生…学生だ。せいぜい16,7歳。今の日本ではまだ未成年として扱われる年代だ。耕一にしたってようやく成人に達した、というところでな。

 あいつらには家があって、一緒に暮らす家族がいて、通う学校がある。つまり…」

 少し考え込んで、柳川は言った。

「――あいつらは、まだガキなんだ。歳は同年輩かもしれないが、お前達とは…違うんだ。

 お前も、それがわかってるからあいつらを戦わせたくないんだろう?」

 魔法ではなく、技術が盛った世界。ティリア達の世界とは異質な世界。

 空気は汚れ、騒音を立てる機械が巾をきかせる世界。

 物が溢れているのに、武器屋はない世界。異形の怪物が闊歩することのない世界。

 完全な平和というわけではないにしても、武器も持たずに女性が一人歩きできる世界。

 こちらに来てたいして時を過ごしているわけでもないが、一般人が武器を所持するのが禁じられ、そして普通は武器を必要としないというだけで、いかにこの世界の、少なくともこの国の住人が命がけの闘争などというものとは無縁の、平穏な環境に身を置いてきたのかは想像がつく。だからこそ、ラルヴァという異形の存在に対応できる者も限られていたのだが。

「あいつらは、ただの学生なんだ」

 もう一度、柳川は繰り返した。

「だから、争いごとには慣れていない。

 …人間は本来自然に力に対する崇敬と、そして畏れを同時に持っている。だから普通は、殴り合いの喧嘩をするとしても、どこかで相手を殺さない程度のセーブを加えているものだ。…以前、俺は耕一と戦って重傷を負ったが、それでもギリギリのところで死ななかった。それは鬼と化していながらも、耕一はその“畏れ”から無意識に力を抑えていたのが一因だと俺は見ている。

 だからあいつらは、殺せない。全力を出し切れない。ま、それはまともで善良な人間としては正しいことなのだろう」

 僅かな間を置いて、柳川はティリアを見つめた。

「だが、今回に限ってはそんな良識などクソくらえだ。

俺は殺せる。俺は鬼だからな。なんの躊躇いも呵責も無く。――俺なら、殺せる」

しばらく、じっと柳川はティリアを見つめた。そして、嘆息する。

「…………随分嫌われたものだな。そんなに俺と戦うのは嫌か?」

「いえ、その、なんていいますか…」

「ま、嫌われ者の自覚はあるがね」

 何とか場をとりなそうと口を挟んだエリアの気遣いを無にして、柳川は立ち上がった。

「…まさか、道徳的に正しい方が剣の振り回しあいで勝てるなんて思ってるんじゃないだろうな?」

「それこそまさか、と言いたい所だが…今回はそうでもないんだよね」

 軽い口調でそう言ってきたサラに、三人は視線を向けた。

「最初に言っておこうか。――あたしは、アンタの参加は拒否する。アンタはいらない」

「…何故だ?」

 テレビを消して、サラは座ったまま柳川に顔を向けた。

「正直にいえば、あたしはあんたの実力は評価してるよ。人間的には好きになれないけど、ま、それが逆にいいかも、って思いもした。

 あんたは身軽だからね。他の連中と違って、あんたが死んでも泣く奴はいない。

 つまり、うちらの中では一番死んでも困らない人間だし。なら、こっちも後味悪い思いをせずに、平気で使い潰せる」

「サ、サラさんなんてこと…!」

思わず声を上げるエリアを無視して、サラは続けた。その顔にはもう、人を小馬鹿にした笑みは浮かんではいない。

「あんた…自分でもそう考えてるんだろ?そして、こうも思っている。

 死んでも、かまわないって。――それが迷惑なんだよ!!」

 無言の柳川にサラは叩きつけるように言い募る。

「今度の戦いは負けは許されない。そして、命をギリギリまで削る熾烈なものになるのは必至さ。

 そんな戦いに勝つためにまず必要なのは、生死の境目で、何が何でも勝って、生き延びるという強い意志さ。生きることを選択する、生きることを望む揺るぎない意志さ!

 死んでもかまわない、なんて考えてる野郎はお呼びじゃないんだよ!土壇場の中で、ボロボロになって、それでも踏み止まって、前へ進む意志を失わないもの…それが勇者さ。それが勇者が強い所以さ。

 だから、あんたみたいな足手まといはあたしらには必要ない。…わかった?」

 サラの最後の言葉の残響が消えると、室内はしんと静まり返った。自分がびっしょりと汗をかいていることを自覚しつつ、エリアは目だけを動かしてサラと柳川、そしてうつむいているティリアを見た。

「…なるほど」

 ふっ、と体から力を抜いて、柳川が踵を返した。そのまま静かな足取りでドアに向かう。靴を履き、ドアを開ける。

 そこで肩越しに振り向いた。

「ティリア。――お前には、待っていてくれる奴はいないのか?」

 ぴくん、と。微かにティリアの肩が撥ねた。

「お前にも、選択権はあるんじゃないのか?…勇者だから戦わなきゃならんなんて、俺にはくだらない理由にしか思えん。

 それとサラ。一つ訂正しておく。確かに俺のために泣く奴なんていないだろうが、だからって俺は、死にたがってるわけじゃない。だが…まだ死ねない、とは思っていても、俺は生きると、積極的に考えてもいない。覚悟が足りないという点では、確かにお前のいう通りかもな」

 微かに…照れたように笑うと、柳川は後ろ手でドアを閉めた。同時に室内に静寂が戻ってくる。

「…泣き言の一つや二つ、言ったっていいじゃねえかティリア」

 ぽつんと、サラが呟いた。

「かっこ悪くても、だらしなくても、情けなくても、弱音を吐いても、いいじゃねえか。勇者だろうが神の子だろうが、ティリアは、まだ男も知らない女の子なんだからよ」

「サ、サラ…!」

「わははははははは」

 エリア同様顔を赤らめているティリアの肩をバンバンと叩きながら、口元をニヤリ、とサラは歪めた。

「女の子なんて言われてるうちは、まだまだ半人前さね。ガディムなんぞサクッと倒して、俺等の世界に帰って、そして愛しい愛しいデュークに純潔を奉げなきゃなぁ?」

「サ、サラさん、ちょっと…下品です…」

「んだよエリア、あたしゃこれでも十分手控えてるぜ?デュークの○×△を咥えて右手は竿、左手は袋に添えて喉の奥深くまでからめるように其の一。前哨戦の後の第一ラウンドは素直に前からやるとして、初夜だからって遠慮せず色々な体位にチャレンジしてもらいたい!実は向こうを出る前、こっそりデュークに秘策を授けて…」

「サッ、サラ――――――――!?」

 わきわきと指をわななかせながら、何やら悲壮な顔をしてにじりよってくるティリアを見ながら、サラはのたまった。

「まーほらあれよ。自分の身と引き換えにしてでも、なんて肩肘張らなくてもいいってことよ。無駄に力が入ってるとかえってうまくいくものもいかなくなるさ。エッチだって、挿入しにくいし」

「サラさん…私も基本的には同じ意見ですけど、でも後半ちょっと生々しいし」

「ちんちん入れるって結構痛いよ?」

「サ〜〜〜〜〜〜〜〜〜、ラ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!?」

「ぷぷぷぴぷうっ!?…ちょ…ティリ……シャレになってな…」

「な・に・を・デュー・ク・に・ふ・き・こ・ん・だ・あ・あ・ああああぁつ!!?」

「ああっティリアさん、ちょっと本気でサラさんの顔色危ないです!!?」

 どす黒い顔で泣きながらサラの首を絞めるティリアに本能的な恐怖を感じながらも、エリアは何とか二人を引き離そうと割って入った。

 

*****************************************

 

ポーン

そんな軽やかな電子音と共に開いたエレベーターに乗り込みかけて、少し柳川は動きを止めた。エレベーターの中では祐介と耕一、そして浩之が揃ってこちらを見返している。

とりあえず、柳川は見たままの素朴な感想を口にした。

「耕一。…お前、どうしてそんな、まるで梓の情け容赦のない狂暴な一発をもらったかのように頬を腫れあがらせているのだ?」

「ほっとけ!!」

「えーと。…聞かないであげてください」

「そーそー。内心色々思う所はあっても、そっと胸の内に秘めておくのが男の友情というもの」

「…お前等、実は俺を馬鹿にしてるだろう?」

何やら頬をひくつかせている耕一である。ともかく柳川は身体を引いて三人に道を譲った。そのまま入れ替わりでエレベーターに入る。

ボタン指を伸ばしかけて、柳川は三人の背中に向かって声をかけた。

「ティリアの部屋ならそこの角から右手の2番目だが…急いだ方がいいかもしれんぞ」

「えっ?」

 祐介が振り返った時には、もうエレベーターのドアは閉じてしまっていた。

「…どういう意味でしょう?」

「さてな。とりあえず急いでみるか?」

「――なんとなく、わかるような気はするんだがな…」

鬼である耕一の鋭い聴覚は、何やら女三人の嬌声とも悲鳴ともつかない騒ぎを聞き取っていた。

と。

「…だから前も後もオッケーよん♪とちょーっと甘い声で耳元に囁けば」

「ばっかやろ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!ってああっ!?エリアなに気絶してるの!?」

……………。

かなり防音性の高いドア越しに、それでも廊下まで響き渡ってきた怒声に男三人はギシリ、と固まった。

「なんか…色々な意味で修羅場みたいですね…」

「どーします?最年長者」

「こんな時だけ崇め奉るなっ!…て、しかしマジでどーすっかなー。今入ったらクソ面倒な厄介事に巻き込まれそうだし…」

「でも、ほっといたらますますヒドイ事になりそうな気が…」

「難しいとこだよなぁ…」

 三人は揃って腕組みをするとティリア達の部屋の前で考え込んだ。

 結局三分後、フィルスソードを振り回すティリアから逃れようとしたサラに否応もなしに巻き込まれてしまう運命ではあったが。

 

合掌。(ちーーーーーーーーーーーん)

 

 


【後書き】

長すぎ(--;;; 一つ一つは短いネタなんですが。
これでも結構削ってるんですけどねぇ。梓と耕一のシーンとか。初音にいたっては名前すら出てこないし。
やっぱ志保達の出番も削るべきかなぁとか色々悩みましたね。
 まあ、元ネタとなっているリーフファイト97(アミューズメントソフト・初音のないしょ!収録のミニRPG。
以上、予備知識のない方のための説明)の主要登場キャラ数が35人。
ちょっと、旅に出たくなる人数です。
 でも、了承と違って単品で終わる作品は、主要ゲームキャラは知っていてもLF97はやったことない人とか
にはあらましがわかる程度の説明が必要かな、と。(ガディム・ラルヴァ等)
 しかしガディム&ラルヴァの皆さん
この頃はマジメで粋な悪役だったのにねぇ。
 了承での堕落っぷりは涙が出てきます。てーかこんなん相手に世界の命運とか語るのはおもいっくそ馬鹿くさ
いでんな。



 ☆ コメント ☆

綾香 :「ううっ。まーた特撮ビデオシアターにあたしを強引に引き込むし」(;;)

セリオ:「問題有りません。ノープロブレムです」(^0^)

綾香 :「大有りだっつーの!」凸(ーーメ

セリオ:「まあまあ」(^^)

綾香 :「……………………。 
      まあ、それはさておき。
      LF97の時のガディムってすっごく強い存在だったのよねぇ。すっっっかり忘れていた けど」

セリオ:「そうですね。ラルヴァさんも立派な悪役でしたし」

綾香 :「それが今や……」(^ ^;

セリオ:「ギャグキャラですからね」(;^_^A

綾香 :「何て言うか……盛者必衰って感じかな」(^ ^;

セリオ:「驕れる者は久しからず……ですか」(;^_^A

綾香 :「諸行無常の響き有り、ってね」(^ ^;

セリオ:「まあ、早い話が落ちぶれたんですね」(^^)

綾香 :「うわ。直球ど真ん中」(^ ^;

セリオ:「でも、そのおかげで人気は上がったんじゃないですか?
     立場はグーンと下がりましたけど、ね」(^0^)

綾香 :「……フォローになってるんだか……なってないんだか……」(^ ^;




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