二次創作投稿(こみっくパーティ)

Grilled eel

(作・阿黒)

 


「ほわ?」

明け方に原稿を終えてそのままベッドに潜り込み、昼前に冬眠明けの熊よろしく起き出してきた和樹は、ダイニングルームの扉で立ち止まった。鼻孔をくすぐる匂いにまだ半分眠っていた頭がぽっかりと目を覚ます。そんな、頭はボサボサで皺だらけのTシャツにハーフパンツというラフすぎる格好で戸口に突っ立っている和樹の姿に、食卓と台所を忙しく往復していた瑞希は思わず苦笑した。

「あ、和樹目が覚めた?…って、洗面所行ってきなさいよ。ひっどい顔しちゃって」

「…いや…それはそうだが…瑞希?」

「なに?あ、御飯はもうちょっと待っててね。今日はごちそうだよ」

「いや…それはわかるし期待もさせてもらうが…」

「うん?どうしたのよ一体?」

テーブルには常には見られない食材が鎮座していた。

鰻の蒲焼きと白焼き。

肝の串焼き。

アツアツの御飯と一緒に並んでいる吸い物は、やはり肝吸いだろう。

鰻の骨をカリカリに揚げたおつまみまで並んでいる。

「なんだか随分豪勢だなぁ。なに?なんかいいことあったっけ?誰かの誕生日?」

「あのね和樹…」

 半ばはその答えを予想していた瑞希は、ため息をつきながら冷蔵庫からよく冷えた缶ビールを取り出した。片手で戸棚からグラスを一つだけ取り出して、言う。

「今日は土用の丑の日でしょ?…頭に栄養足りないからそんなボケたこと言ってんのね」

瑞希の言葉を頭の中で反芻し、しばらくして和樹はぽん、と軽く手を打った。しみじみと呟く。

「おお。そうか。そういえばそんなイベントもあったようななかったよーな」

「あるのよ世間では。ここしばらく原稿漬けだったあんたは忘れてたかもしれないけど」

「知ってるぞ。土用の丑の日にウナギを食べると特に精がつくんだ」

まだ少し寝不足気味の頭で、自信タップリに和樹は言った。

「ジョン・レノンもそう言ってる」

「ジョンがそんなこと言うかっ!!?…あー、もういいから顔洗って、コッチに戻ってらっしゃい」

 しっしっ、と犬を追い払うような手つきをする瑞希から視線をテーブルの上に向け、和樹は考え込んだ。

和樹はプロの漫画家としてはまだまだ駆け出しだが単発の読み切りや小説の挿絵等の細かい仕事は結構多くなかなか好調、なようだ。ようだ、というのは何分この手の業界のことには詳しくはなく、また比較の対象もないので相対的な自分の位置を和樹は掴めないでいるためだった。まあ、それでも仕事が来るということは、少なくとも無いよりはいい筈である。デビュー前からお世話になっている澤田編集長もそろそろ連載用のネタを考えるように言ってくれているし。

だが、と和樹は精神的に居住いを正した。プロを名乗る条件も色々あるだろうが、その一つにその職で食っていることだ、というものがある。その意味では和樹はまだまだ半人前だ。彼の社会的な身分は今だに大学生であり、生活の基盤は親からの援助である。マンガだけではまだまだメシは食えない。

「いい匂いでしょー?天然の極上物なんだって。そう聞くと何だか脂のノリとか養殖ものとは全然違うよね〜」

 ああ、と頷きながら和樹は更に熟考した。瑞希と同棲を始めてから生活面の管理に関しては、ほぼ全面的にしっかり者の瑞希に任せている。実際原稿に追われて学業どころか毎日の生活さえ独力では覚束ない自分がこうやって健康的な生活を営めるのは、全て瑞希のお蔭である。だから二人の生活に関しては口を一切はさまず瑞希に任せている。そのため自分たちの経済状況の詳細は、実は和樹は知らない。無論、食うに困るほど困窮している訳はないが、それでも豪勢な暮らしを営める程でもない。まあ、ごく普通の水準であろう。

ただ、今月はパソコン及びその周辺機器を買い換えたりしたため(瑞希にはかなり反対されたが)かなりの出費があった筈である。眉間に皺を寄せて『今月はちょっと赤字かなぁ』とその時瑞希は言っていた。

「もー。ほら、なにやってんのよ。顔洗うのめんどくさいの?逃げやしないから、さっさと顔洗って。栄養つけなきゃね、和樹」

「瑞希…」

「え?どうしたの和樹」

 なにやらマジメな顔になっている和樹に戸惑いながらも、瑞希は明るく返事をする。その姿に、和樹は胸の内に何か熱いものが滾るのを感じていた。

「えーと。なによ、そんなにウナギが珍しかった?あたしとしてはそんなに貧しい食生活は送らせていないつもりなんだけど」

「瑞希…」

そう言いながらゆっくりと、そして一直線に和樹は歩み寄るとそのまま静かに瑞希を抱きしめた。

「えっ…ちょ、ちょっと…和樹?」

「すまない、瑞希」

 いつもいい匂いのする、瑞希の横ポニーテールにした髪に頬を寄せながら、和樹は瑞希の身体を抱く腕に力をこめた。

「すまない瑞希…そんな無理させちゃって」

「え、無理って、別にあたしそんな?」

「…まさかお前にそんな思いをさせていたなんて…いくら忙しいからって、俺、一緒に暮らしているのに気づいてやれなくて…いつも自分のことばっかりで…」

「和樹…。あたし、別に無理なんか…あたしはただ、あんたの身体がちょっと心配で、たまにはいいもの食べさせてあげようかなって思っただけで…」

「そうやって、瑞希はいつも俺のこと考えてくれてるのに。…ごめん。ごめんよ」

「和樹…いいのよ、あたしは。だって、和樹のためだもん」

「みずきっ…!」

 更に、ぐっ、と力を込められて、少し苦しげな顔を瑞希はしたものの、しかし何も言わずにただ、されるがままになっていた。やがてそれほどの時間もたてずに自然と和樹の腕は緩まる。

「瑞希…俺…」

「いいのよ和樹…でも、大袈裟だね、和樹。こんなことくらいで…」

「いくらこの一週間仕事に追われていたからって…お前に寂しい夜を送らせてしまうだなんて…」

……………。

……………。

……………。

「……………は?」

何か、非常に嫌な違和感を感じて瑞希は間近にある和樹の顔を見た。和樹は目にうっすらと涙まで浮べてその視線を受け止める。

「そりゃあ、俺だって欲求は不満しているさ。フラストがバースト寸前だよ。でも、俺だって一応プロの風上の端っこにひっそりと遠慮しながら見を潜めて置かせてもらっている立場とはいえ漫画家だし。仕事を疎かにするわけにはいかないんだ」

「えーと、あの、和樹?」

「だからってここ一週間、いつも傍にいてくれる瑞希の身体に触れもしないなんて、人並みにスケベな瑞希にそんな辛い思いをさせてしまって…」

「………おい。ちょっとまてコラ」

「…ああっ…苦しい家計も省みず、俺に栄養つけさせて励んでもらおうだなんて…いじましい、いじましすぎるぞ瑞希っ!!」

「うわああああああっ、おもいっきり勘違いしてる上に何気に失礼っ!!!」

「わかったよ瑞希!欲求不満なのはお前だけじゃない!俺だってこの一週間寂しかったぞ!というわけで食前にその思いをぶつけてゴ―――!!」

「ゴーじゃな――――い!ってちょっとコラ人の話を聞けえええ!やだ、ちょっと、スカート捲り上げないでよっ!?」

「瑞希っ!」

「な、………なに?」

「お前、今日あたりは確か安全日だったろ?」

「丑の日は忘れてるくせにそういうことばっかりキッチリ把握してるなああああああっ!!だからちょっと待って、嫌じゃないんだけどでもせっかくのごちそうが冷めちゃうでしょ!!?お、お願い待って、せめて御飯食べてからにしてえええええええ!!!?」

「大丈夫だ瑞希っ!食前ということで、軽くすませるから!」

「ち、ち、ち、ち――――っとも大丈夫じゃ、なあああああいいいいいいいっ!!!」

 

 

***********************

 

 

(なにかあったらしい約30分後)

 

「いやー、運動の後のビールはうまいなあ」

 骨の唐揚げに肝の串焼きを肴にビールを飲んでいた和樹は、テーブルの向こう側でなにやら疲れた顔をしている瑞希に声をかけた。

「瑞希もどうだ?一杯くらいいいだろ」

「ううっ…しっかり“ふきふき”までされてしまった…」

「…だって拭かないとまずいだろう」

「さも当然そうに煩悩なこと言うなこの煩悩魔人っ!」

「…何をそんなに怒ってるんだ?瑞希」

「何故とかいうかなこの無神経男っ!…あたし、どーしてこんなんと一緒になっちゃったかなぁ…」

 チューブのねり山葵ではなくちゃんと直前に鮫肌おろしで磨った生山葵を白焼きにつけ、醤油につけてから和樹は口に運んだ。

「鰻っていうと蒲焼きが定番だけど、あっさりと白焼きで食べるのもいいよな」

「聞きなさいよ人の話!」

「うまいぞー瑞希。瑞希も早く食べろよ、冷めちまうぜ」

「ったくこいつは〜〜〜〜……」

 まだブチブチと言いながらも、瑞希も箸をとった。蒲焼きを御飯にのせて、少しヤケ食い気味に食べ始める。

「でも、うな重よりうな丼の方が良かった?鰻好きは丼の方がいいとかって聞くけど」

「そーなのか?まあ、俺は別にグルメってわけじゃないし、うまければどっちでもいいが…」

 少し考えて、和樹は続けた。

「でもまあ、丼を片手にワシワシと食うのは男らしいかな?」

「だよね。女の子が丼もの食べてても、やっぱ可愛らしいし」

 先日入った牛丼屋で見かけた女子高生の姿を思い出し、瑞希も同意する。何のかんのと言っても、結局の所は大概のことは許容してしまう二人であった。

「さーて。栄養つけて、がんばるかねー。原稿は今朝上げたし、しばらくは何も入ってないし。その分瑞希に入れないと」

「和樹…下品…」

「いやあ。だって瑞希だし」

 無言で顔を赤くして、ぐじぐじと茶碗の中をこねくりまわしている瑞希をおもしろそうに見やって、和樹はふと思いついた。

「でもさ、やっぱり高かったろ?大丈夫、我が家の家計?」

「ああ。それなんだけどね。和樹、勝手に暴走しちゃうんだもん…。

 もらい物なんだよこの鰻。だから和樹は余計な心配しなくてもいいの」

「もらいもの…?」

「うん。澤田編集長の差し入れ。今朝原稿とりに来た時に」

……………。

……………。

……………。

「瑞希?」

「なによ」

「……なにか…言ってなかったか?編集長?」

「なにかって…なに?」

「いや…何も無いならそれでいいんだ…」

 いつのまにかジッタリと額に浮かんでいた汗を手の甲で拭いながら、和樹はそれでも不安を完全に払拭しきれないまま口を閉ざした。

これ以上仕事を受けることは今のペースが破綻しかねない。ここらで少し休みを入れておかないとこっちが焼け切れてしまう。そう考えて修羅場に入るときに仕事の配分ペースを決めておいたのだが…

「やっはー、千堂君」

 

 ずるごけしっ!!

 

マンション2階に位置する和樹たちの部屋の窓の外に、登攀用ザイルでぶら下がった澤田編集長が手を振っていた。相変わらずのパリッとしたスーツ姿で。

「なっ…なにやってんですか編集長!?」

「仕事の依頼」

「いや、そんなあっさり言われても」

 思わず揃って脱力する二人を見ながら、編集長はベランダに降り立った。サッシ戸を開けて入ってくる。

「突然ごめんなさいね、千堂君」

「突然…っていうか、まあ、突然といえば突然かもしれませんけど」

「できれば玄関から入ってきて欲しい…」

 おそらくこの中で最も一般人に近い瑞希がかなり一般的なことを呟く。

「あのね、急で悪いんだけどDC版こみっくコロシアムの攻略本用カラーイラスト2ページと4コマ5本、あとできればカット用イラストを数点明後日の朝までに頼みたいんだけど」

「勝手なこと言ってるし!」

「お、落ち着け瑞希っ…!えーとですね編集長、俺としては前にも言いましたけどここらで休み入れておかないと限界というか…」

「休みをとるつもりでいたってことは時間はあるわけよね?というわけでお願い」

「だから休むんですってば俺!!」

「かーずきくん?」

 ほっほっほっ、と笑いながら澤田真紀子女史(推定30歳前後)はポン、と和樹の両肩に手を置いた。

「ウナギ、おいしかった?」

「ああっやっぱりそんな下心!?」

「吐きなさいっ!吐くのよ和樹っ!!」

「無駄だって今更」

 和樹の顔を捕まえて口に指をつっこんでいる瑞希に冷めた視線を向けて、編集長はぼやいた。

「あのですね編集長…俺、マジ命の危険さえ感じてるスけど今の仕事量」

「ウナギ、おいしかったよね?」

「だから!それはそれとして!」

「…食前にあれだけ元気あるならまだまだ大丈夫よ千堂君?」

 

ブッ!!

 

「あああああああああああ、ああ、あの、あの…」

「さ、さ、さ、さわだ、さん?」

「独身者には目の毒よねぇ」

「「うわあああああああああああああああああああああああんん!!!」」

恥かしさで真っ赤になりつつも床の上でのたくり身悶えする二人をしばらく編集長は見つめていたが、踵を返すと再びベランダに出た。屋上に結ばれたままのザイルに手を伸ばすと、

「じゃ、お願いね千堂君。大丈夫、ウナギ食べて元気ついたし」

 そう言い残して身軽に柵を飛び越した。そのまま地上まで滑り落ちる。

「ううっ…無駄に元気な人…」

泣きながらその姿を見送った瑞希は、後味の悪いものを覚えながら床の上で蹲ってピクリともしない和樹におそるおそる近寄った。

「えーと、あの、和樹?」

「……………」

「あの…まあ、これも一人前になるための試練だとか器用に納得して、立ち直ろうよ?」

「……………」

「ま、まあその…ほら、こみコロって、和樹PC版はやってたじゃない。ネタ的には何とかなる…かな?」

「……………」

「あ、あたしだって恥かしくてこのまま埋まってしまいたいけど…野良犬にでも噛まれたと思ってあきらめよ?ね?ね?」

「……ど……」

「ど?」

「毒を食わば皿までええええええええっ!!!」

「だから、そんなことやってるヒマと体力あったら仕事に向けてええええええっ!!?あっ、あっ、あっ、ああああっ、和樹いいいいいっ!?」

 またしても見境を無くした和樹に床の上に押し倒された瑞希は、必至に抵抗しながら、これだけは言っておかねばならない『ある事』に気づいた。

「ねえ!和樹っ!和樹ったらちょっと聞いて!」

「なに?瑞希?」

「…カーテン、閉めなきゃ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おおっ!すごい納得!!」

 

 

 和樹の煩悩に抵抗しているようでしっかり流されている瑞希だった。

 

 

 

 

 


【後書き】

現在、これを書いているのは7/26で、丑の日の翌日です。

カッコ悪いやオレ!!

皆さんは鰻を食べましたか?私はパックの蒲焼きで済ませました。

最近、鰻屋に行ってません。夏のうちに食べにいきたいです。あと生ビールも。っくはー!!

 



 ☆ コメント ☆ セリオ:「碧いう〜なぎ〜ず〜っと待ってる♪ 独りきりで〜震えながら〜♪」(^0^) 綾香 :「…………なにそれ?」(−−; セリオ:「うなぎの歌です」(^^) 綾香 :「……は、はぁ」(−−; セリオ:「他にもありますよ。      う〜なぎう〜なぎ♪ なに見てはねる♪」(^0^) 綾香 :「はねるか! っていうか、正しくはどっちもうなぎじゃないし……」 セリオ:「うなぎ発の夜行列車降りたときから〜♪」(^0^) 綾香 :「んな列車あるかい!      あーもう、何が何やら」(−−; セリオ:「うなぎの歌ってたくさんありますねぇ」(^^) 綾香 :「いや……だから……違うってば」(−−; セリオ:「それだけ人々に愛されているんですね」(^^) 綾香 :「…………お願いだから、人の話を聞いてよ」(−−;



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