「ええと、ここをまっすぐ行って、三番目の角を左に曲がると駅前に出て、そこから停留
所前の細い道をまっすぐ行けば、家に着くんですよね?」

 マルチは今まで歩いた場所を思い浮かべつつ、どぎまぎしながらあかりに言った。あかり
がにっこりと微笑みを浮かべて

「うん、正解♪」

と言うと、マルチの表情にたちまち安堵の色が広がっていき

「はう〜〜〜、良かったです〜〜〜〜〜〜」

心底ほっとしたようにため息をつく。そんなマルチに、あかりは苦笑を浮かべて

「もう、マルチちゃんはやればできるんだから、もっと自信もたなくちゃだめだよ。わかっ
た?」
 
と諭すように言った。

「は、はいっ!」
 
「いつまでも自信ないままじゃ、浩之ちゃん、マルチちゃんにお手伝いを任せてくれないよ?」

ちょっと脅かすように、それでも笑みを消すことなく、あかりはマルチのおでこをちょんと軽く
つついて言う。

「そ、それは困ります〜〜〜」

 あわてふためいて、いやいやをするように頭をふるマルチに、あかりは、視線をマルチにあ
わせるように少し屈んでマルチの顔を覗き込むようにみつめながら、マルチの頭をそっと撫で
た。

「あ・・・・・・・」

「だからもっと自信を持って・・・、マルチちゃんはやればできるんだし、頑張ってるんだか
ら。ね?」

 こくん、と少し頬を赤くしてマルチは頷いた。

「それじゃ、続きに行こうか」

 あかりが微笑みを浮かべてマルチの手をとる、マルチも、握られたその手をきゅっと握り返し

「はいっ!!」

と元気よく答えた。



   800000HIT記念 贈呈SS            マルチの話 番外編




   あかりとマルチ

                                        くのうなおき  


   
 HM−12には、所謂「ナビゲーションシステム」は搭載されてはなく、自分で歩くことに
よって「道を覚える」ようになっている。HM−12の「母体」でもあるマルチもそれは同じ
で、浩之とあかりは、マルチが帰ってきて以来、彼女を色々な場所に連れ出していっては「道
を覚え」させていて、今日も授業のあった浩之に代わって、授業のなかったあかりがマルチを
連れ出し、気の向くままに、道を覚えがてらの散策を楽しんでいた。

 歩きながら、きょろきょろと辺りを物珍しい顔で見回すマルチ。たった一週間の試験運用の
後すぐに「眠りに」つき、浩之の所に戻ってきてまもない彼女には、まだまだ見るもの、聞く
もの、感じるものが初めてであるものが沢山あった。

「わあ〜、あれはなんでしょうか?」と何かを見つけるたびに、あかりの服をひっぱって尋
ねるマルチ、そしてそれに優しく応えるあかり。それは、傍目から見れば仲のよい姉妹、ひょ
っとしたらら母娘と思われるかもしれない微笑ましい光景だった。






「ねえ、ちょっと一休みしようか?」

 さすがに、昼過ぎから三時過ぎまで歩き通しではいくら楽しくとも疲れは溜まり、あかりは
河原に着くと土手の草の上に座り込んだ。マルチも「はい」と答えるとあかりの隣に座る。





 そしてしばらく二人は、川の流れの音に耳を澄まし、緩やかに吹き付ける風を感じ、時折、
規則的な音を立てながら鉄橋を渡る電車を見ながら、言葉を交わす必要もない穏やかな時間を
過ごしていた。

 ふと、あかりはマルチの横顔を見た。川の流れを、鉄橋を渡る電車を、岸辺で遊ぶ人達を眺
めるその顔は、無邪気な好奇心にあふれていた。

 そんなマルチの横顔を眺めながら、ふと、あかりは、高校時代に浩之に言った言葉を思い出
していた。









『マルチちゃんみたいな子だったらいいかな・・・・?』










『だって、一緒にお料理とかお掃除とかしたら楽しそうなんだもん・・・・』









 確かに、マルチと一緒にいると楽しい、そして幸せな気持ちに、優しい気持ちになれる。
 ただ、どうしてそういう気持ちになれるのだろう?改めて自分に問うてみると、上手く
答えられなかった。ただ漠然とした感じでそう思っていた。




 女からすれば、マルチの無邪気さと混じりけのない素直さは嫉妬の対象にもなる。いや嫉妬
を抱くのが大半であろう。マルチの純粋な「優しさ」は、女にとっては劣等感すら抱かせるも
のなのだ。人間である以上、純粋な心など持てはしない。それはあかりもまた同じで、大学で
浩之に好意ある言葉をかける女性がいると気になるし、高校時代、浩之が芹香の髪に見とれて
いた時も、あかりの心は穏やかではなかった。

 しかし、マルチにはそういう「不純な」心の揺らぎはない。愛する対象への様々な好意を素直
に認め、祝福し、なおかつ自分もまた一途に愛していく・・・・・・。到底人間にできるような
ことではない。そして、人間はそれに劣等感を抱き、嫉妬し、「所詮は作り物」と、その純粋な
心を否定する。現にあかりの周りにも、そのようにメイドロボットを罵る者がいる、だけどあか
りはそれに反論はしなかった。それもまた一つの考えであり、事実でもあるからだ。

 確かにマルチの心も、浩之とあかりがそこに在ると信じている、セリオや「HM−12、13」
の心も「作りもの」である。

 しかし、あかりも浩之も、「それもまた心」だと思っていたし、あかりはそれでもマルチが大
好きだった、憎しみの心は到底抱けなかった。


 『どうしてなんだろう・・・・?』

 突き詰めても考えが覆る問題ではないのだが、もやもやとした感じを吹っ切りたいがために、あ
かりは考え込んだ。



『う〜〜〜〜ん・・・・・・』



「あかりさん、あかりさん、あれって一体どうしてああなるんでしょうか?」






 岸辺を眺めていたマルチが不意に聞いていた、マルチの視線の先には学校が終わって下校途
中の小学生の子供達が歓声を上げて川に石を投げて遊んでいた。マルチにとって奇異に見えた
のは、子供達が投げている石が川面を跳ねている光景だった。

「投げた石が沈まずに、川をぴょんぴょんと跳ねるなんてすごいです〜〜〜〜〜」

 目を輝かせながらその光景を見ているマルチ、あかりはくすっと笑うと

「マルチちゃん、わたしにも、あれできるんだよ」

「ええっ?ほ、本当ですか!!?」

「うん、あれにはコツがあって、マルチちゃんもやればできるようになるわ」

 と言うと、あかりはマルチの手を引いて岸辺に下りていった。





「ええとね、こういう平べったい石を、人差し指でひっかけるような感じ・・・・うん、こう
やって、後は中指と親指で挟むの。うん、そうだよ。」

 マルチの手をとりながら、石の持ち方を教えるあかり、マルチはあかりの言ったこと、教え
たことを聞き漏らさないよう忘れないように、真剣に聞いていた。

「それでね、こう・・・・手首で投げるような感じで、腕を横に振って・・・・・・それっ!!」

 あかりが石を川に投げ込む、石は川面を三回くらい跳ねて、沈んだ。それを見てマルチが
歓声をあげた。

「わあ〜〜〜〜〜、あかりさんすごいです、すごいです〜〜〜〜〜〜〜〜」

 ぱちぱちと手を叩くマルチに、あかりはちょっと照れ気味な表情を浮かべる。

「えへへ・・・・、小学生の頃に浩之ちゃんに教えてもらったんだよ。浩之ちゃんや、雅史ちゃん
が投げてるのを見て、『わたしにも教えて』って浩之ちゃんにせがんだの」

「そうなんですかあ」


「最初はなかなか出来なくて、あきらめようかなあ?って思ったんだけど、でも浩之ちゃんがとっ
ても熱心に教えてくれたから、ここでやめちゃだめだ・・・・って思って、それでね、やっとできた時
の浩之ちゃの笑顔がね、とっても嬉しそうで、ああ、頑張ってよかった〜〜〜って・・・・・・あの頃
から浩之ちゃんの笑った顔ってとっても優しかった・・・・・・・・・・・・・・・」



「な、なんだかお惚気話になってます〜〜〜〜〜〜」


「え、え?」と我にかえるあかり。マルチから恥ずかしそうに顔をそらし、気を取り直してマルチ
の両肩に手をおいて

「だから、マルチちゃんも頑張ればわたしと同じようにできるんだから、やってみよ?」

「はいっ!」

 と元気良く答えたマルチは、あかりに教えられた事を反芻しながら、石を投げだし始めた。石は中々
跳ねることはなく、水の中にすぐ沈んでしまう。しかしそれでもマルチは諦めず、一生懸命に石を投げ
続ける。

 ぱしゃっ

 十数回投げて、ようやくマルチの投げた石が、一度川面を跳ねた。

「わ、わ、わ、跳ねました〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

「そうだよ、その調子!!」

 思わず、あかりの声援も力が入ってしまっていた。マルチは「よ〜〜し」と言うと、また真剣な目に
なって、石を投げ始めた。まだ一回跳ねたりしずんだりではあるが、序々にこつは掴んできているよう
だった。


 しばらくして、マルチが「えいっ!!」と投げた小石が、ぱしゃっぱしゃっと川面を勢いよく跳ねて
いった

「あかりさん、できました!!あかりさんと同じように、三回跳ねました〜」

「うん、よく頑張ったね、マルチちゃん」

「あかりさんが、親切に教えてくださったからです。だから頑張ってできたんです〜〜」



 マルチがぴょんぴょんと飛び跳ねながら、あかりのそばにやって来た。その顔は、嬉しさ満ち溢れた
笑顔だった。まるで自分の喜びを分かち合うような・・・・・・・


 『あ、そうか・・・・・・・』



 マルチの頭をそっと撫でようとした時、嬉しそうに自分を見つめ、語るマルチを見て、あかりには、
ある確信が浮かんだ。




『そうなんだよね・・・、マルチちゃんは自分だけの幸せが欲しいんじゃない、皆と幸せを分かち
合いたいんだよね、皆の幸せがマルチちゃんの幸せなんだよね・・・・・・・・・』







 マルチは誰にだって、その優しさと笑顔を向けることができる。そこに打算や媚はなく、人間に喜
んでもらいたい、人間に幸せな思いをしてもらいたいという「想い」だけがある。自分の喜びをも、
分かち合って、幸せな思いを与えたいという「想い」がある。そんな「想い」が伝わってくるから、
マルチと一緒にいると楽しいし、幸せを感じることができる。





 そして、彼女を幸せにしていきたいと思うのだ。この、人間の幸せを自分の幸せと思う優しき「心」
をもった機械の少女を・・・・・・・・。



 あかりは、マルチの頭を撫でようとしたその手を止めて、そのまま包み込むようにそっと抱きしめた


「え?え?え?」

 どぎまぎしながら、顔を赤くしてあかりを見るマルチに、あかりは優しく微笑みかけて





「マルチちゃん、わたしのこと・・・・好き?」



 と聞いた。マルチは顔を赤くしながらも迷うことなく





「はいっ、大好きですっ!!」



 と元気よく答える。あかりは「うん・・」と嬉しそうに頷くと








「わたしもね、マルチちゃんが大好きだよ」





 マルチの目をしっかりと見つめて、その言葉だけでマルチが幸せいっぱいになれるよう、思いを込めて
言った。








 少しの間、無言であかりを見つめていたマルチだったが、やがて一層の喜びを顔中にあふれさせて






 「・・・・・・は、はいっ!!とっても嬉しいですっ」




 満面の笑みを浮かべて答えた。








 特に改めて言うことではないのかも知れなかった。言わなくてもお互いの気持ちはわかっていた。
 それでもマルチへの想いをはっきり確信した今、自分の気持ちを言いたかった。そして改めて想
いを強くした。







 浩之とともに、マルチを愛していくことを




 マルチとともに浩之を愛していくことを










 これからの三人の幸せを、はっきりと確信して・・・・・・・・・・・・・・・・・












  (おまけ)


 その日の藤田家の夕食時


「ん?どうしたマルチ、今日なにかいいことでもあったのか?」

「え?え?分かりますか?」

「そりゃもちろん、マルチはすぐに顔にでるからな。で、なにがあったんだ?」

「え、えっと・・・・あの・・・あかりさん、言っていいでしょうか?」

「ふふふっ、べつに隠すことじゃないでしょ?浩之ちゃんに話してあげてね」

「はいっ!!」

「どうしたんだ、二人して・・・・・?」

「ええとですねえ、今日・・・・・・」

「ふむふむ」






「あかりさんが、わたしを『大好き』と言って抱いてくれたんですぅ♪」






 ガコオオオオオオオオオオオン!!




「ひ、浩之ちゃん・・・・そんなに豪快にテーブルに頭ぶつけないで!!マルチちゃんもそれも
あるけど、その・・・・・それじゃなくて、石跳ねができた事を言わなきゃ!!!」




「あ、あ、あ・・・・・・は、はい!!・・・・・・でもあかりさんが『大好き』って言ってくれたこともとっても 嬉しかったんです〜〜〜〜〜〜(汗)」

「う、うん・・・・そう言ってくれるのは嬉しいけど・・・・でも、今の言い方じゃあ誤解されちゃうよお〜 〜〜〜〜(大汗)」

「え?誤解って・・・・何を誤解されるんですか?」

「そ、そ、そ、それは・・・・・そのわたしとマルチちゃんがその妖しい・・・・」

「あやしいっていいますと・・・・???????」

「・・・あうう・・・・っ、な、なんでもないの・・・・って、あの、浩之ちゃん・・・・?
ええとね・・・その・・・わたしとマルチちゃんは、何にも妖しい関係じゃないんだよ(激汗)」


「・・・・ま、まあ・・・そのだな・・・・うん、二人が仲良ければオレは別にかまわな・・・・・」


 「だから違うって言ってるのに〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」





 スパカ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ン!!!!!!!



「・・・・・きゅう・・・・・・ばたん」

「あ、あわわわわわわわわ!!ひ、浩之さ〜〜〜〜ん(大汗)」

「・・・って・・・・・・、きゃあああああああ!!浩之ちゃんが白目向いちゃったあああ!!
マルチちゃん、急いでタオル塗らして持ってきて!!」

「は、はい・・・・わかりました!!」







 ・・・・・・・・・・・・・これは、マルチが来てから、急に賑やかになった藤田家の日常の一コマである・・・・・・







 『でも、あかりさんったらいつの間にお鍋で浩之さんの頭を・・・・・?』











                終










 後書き

「マルチの話」では、どちらかというと浩之とマルチより、あかりとマルチの方に重点を置いて書いています
(決して琴音ちゃんと葵ちゃんではないですよ!!(^0^;;;)
 浩之とマルチって、結局の所、ゲーム本篇でほとんど語り尽くされてると言っていいですからね、あまりテー
マ的には書く事はあまりないと思うんです。
 あかりとマルチの場合、本篇でもそれほど接点があったわけじゃないけど、浩之がマルチと別れた後の
あかりの台詞とか、色々ED後の関係を想像させてくれるものがありますし、この二人がどういう風に
「共存」していくのか、興味は尽きません。ただ個人的には「マルチの話」のように仲良くしていてくれれば
・・・・、と思っています。だから「マルチの話」を書いているんですけどね(^^;;

 とりあえず、このシリーズにおけるあかりとマルチの関係は、いたって「健全」ですよ。いや、個人的には
別にレ○な関係でもいいかな?と思うのですが、夜も三人で濃厚な・・・・・・・・って、うわ!!やめれ!!
二人とも!!許して!!もう言いません!!・・・・・ぐぎゃあああああああああああああああああ!!




 ☆ コメント ☆ セリオ:「ねえ、綾香さん?」 綾香 :「ん? なに?」 セリオ:「綾香さんはわたしのこと好きですか?」 綾香 :「…………まあ、それなりに」(−−) セリオ:「な、なんですか、その曖昧な答えは」(^^メ 綾香 :「だって……あなたって、あたしに無理矢理に特撮ヒーロー物を観せるんだもん。      しかも、オールナイトで」(−−; セリオ:「う゛っ」(^ ^; 綾香 :「神岸さんがマルチを好きな様に、あたしだってセリオのこと好きよ。      でも、その強烈なマイナス面があるからねぇ」(−−; セリオ:「あ、あは、あはははは」( ̄▽ ̄; 綾香 :「……………………。      そんじゃ、逆に訊くけどさ。セリオはあたしのこと好き?」 セリオ:「…………まあ、それなりに」(−−) 綾香 :「だーっ! あなたこそ曖昧な解答をしてるじゃないの!」凸(ーーメ セリオ:「だって……綾香さんって、わたしを無理矢理に技の実験に付き合わせるんですもん。      しかも、オールナイトで」(−−; 綾香 :「う゛っ」(^ ^; セリオ:「マルチさんがあかりさんを好きな様に、わたしだって綾香さんのこと好きですよ。      でも、その強烈なマイナス面がありますからねぇ」(−−; 綾香 :「あ、あは、あははは」( ̄▽ ̄;  ・  ・  ・  ・  ・ 芹香 :「つまり、どっちもどっちってことですね」(´`) 浩之 :「うんうん、同感。      まあ、なんつーか、あかりとマルチの二人とはタイプが違うけど、あいつらも      負けず劣らずのいいコンビであることには違いないよな」(^ ^; 芹香 :「…………」(こくこく)(´`)





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