「火者の食卓」(夜が来る!)
 作/阿黒






 土曜の昼休み、午後からの特訓の前に、俺たちはいつもの天文部の部室に集っていた。今日はいずみさんが差し入れを持ってきてくれるということだったので、昼食は用意していなかった。
 のだ、けれど。
 …ドクン、ドクン。
 ひどく緊張している…。
 例えば、子供の頃、病院で注射の順番待ちなんかで味わう緊張。
 自分が、今まさに犯罪者となろうとする瞬間も、多分こうなんじゃないかな?
 とにかく緊張し、心拍数が…。
「なにを大袈裟な!」
 いずみさんに言われ、俺は苦笑を返した。
「いや…でもね」
「そんなに私の手料理を食べるのが嫌なのかな…?」
「そりゃあ、嫌に決まってるでしょ?いずみの料理は、そりゃあおいしいんだけど…虫も寄りつかない激辛なんだからさあ…」
「鏡花ちゃん!」
「…き…鏡花さん、言い過ぎですよう…」
「そう言うマナちゃんだって、箸を握ったまま、一口も手をつけようとはしないじゃない」
「…えっ、そっ、それを言うんならっ、マコトさんだって…」
「……」
 マコトは、じっと料理を見つめたまま動かない。普段からあまり口数の多いほうではないが、今はいつにも増してハードボイルド・スメルを発散しながら、壁に背を預けて無言を貫いている。
「みんなひどいわっ!いくら私の料理がちょっぴり辛口だからって…」
「ちょっぴり…って、いずみ、自分の料理食ったことあんの?あれのどこがちょっぴりなのよ…」
 鏡花は、テーブルに鎮座した三段重ねの重箱に目をやった。…それだけで目に染みそうな、毒々しいほどの真っ赤な色彩に、げんなりしながら視線を逸らす。
 そう。
 正直、いずみさんは料理がうまい。たまに部員のみんなにその腕を振るってくれるのは、1人暮らしの俺などにとっては一食分金が浮く上に極上の料理を味わえるとあって、マジでありがたい。
 ただし、まともな味付けなら、だ。
 いずみさんは可愛い顔をして、とんでもない辛党なのだ。以前、ピリ辛ナス炒めを食べさせてもらったが、俺のピリ辛認識が『ちょっピリ』であるのに対し、いずみさんの認識は『ピリリと辛い』というものだった…。
「…だ、だからって、そんな毒みたいに扱わなくてもいいじゃない」
「…で…でも…現に味見したチロが…」
「あっ、あれはきっと、熱かったのよ。ヘビって変温動物だし、やっぱり熱いのは苦手なんだよ」
「…だけど…チロ、動かなくなっちゃったよ…」
 チロは…鏡花のペット兼、専用の呪法具――『蛇蛟』と呼ばれる、光狩を改造した、平たくいえば飼いならされた妖怪みたいなものだ。蛇だけど羽生えてるし。
 生半可の生物ではない。それが…である。
「き、きっと、今日は、ヘビだけに『ヘビー』に体調が悪かったのよ〜。チロとチロルチョコ。しゃしゃー!なんちゃって〜っ!」
「……」
「……」
「……」
「……」
 ヘビは脛を食うからすねぇくぅ、というシャレと同じくらい寒かった。
 いずみさんは赤い顔でコホンと咳払いをして。
「…とっ、とにかく、あれからもう一回手直しして、自信を持ってお届けするんだから、大丈夫!」
「だいたいさあ、いずみ、自分のぶんはどうしたの」
「も、盛りつけてみたら、足りなくて…」
「じゃあ、あたしのぶんを少しずつ分けてあげる」
「い、いいわよ。私は作ってるときに、たくさん味見したから…」
「遠慮しなさんなって!マナちゃん、皿、皿!」
「はい」
「それ、カチャカチャ…」(鏡花)
「あたしもあげますね、カチャカチャ…」(真言美)
「あっ、俺も、俺も、カチャカチャ…」(俺)
「カチャカチャ…」(マコト)
「うん。これで、みんなに行き渡った」
「…わ、私のぶんがすごく多いんだけど…」
「ま、作った本人なんだしさ。一番多く食べれなきゃかわいそうだよなー」
「…みんな、よっぽと、食べたくないのね…」 いずみさんはクスンと鼻をすすった。
「…あ…あの…部長…」
「…ふんっ。いいわ、そんなに嫌なら食べなくても。私がひとりで食べますっ!」
 いずみさんは、プンとすねながらもスプーンを取り、そのいかにも怪しい真っ赤なキノコのリゾットをすくって、口に運んだ。
 全員が息を飲んで見守るなか、いずみさんはもぐもぐと食べた。
「……」
「……」
「……」
「……」
 そのとき、
「…うっ!」
「いずみ!」
「部長!」
「いずみさん!」
「嬢!」
「…うっ、うっ、…うまいっ!なんてねーっ!」
 ガタッガタッガタッ。
 全員がこける。
「あらっ、ウケちゃった!?」
「こ、古典的すぎてこけたんだよ」
 俺が言った。
「でも、ホラ、大丈夫!おいしいわよ!」
 いずみさんはパクパクと自分の料理を食べる。
「…正直、ちょっとヤバイかな〜って思ってたけど、ウン、全然平気!」
「…ヤ、ヤバイかなって、やっぱりあんた…」
 鏡花が睨むようにいずみさんを見た。
「ホラ、ホラ、美味しいわよ!みんなも早く食べて食べて!」
 パクパク…。
「…く、食ってるぞ」
「…だ、だまされちゃいけないわよ、亮。いずみは、とんでもない激辛食家なんだから」
「でも…美味しそう…」
「駄目だって、マナちゃん!それが罠なんだって!」
「こらっ、鏡花ちゃん!なにが罠よ!」
「わ、わたし、食べる!」
「ま、マナちゃん!」
「だって、美味しそうなんだもん」
「やっぱり三輪坂さんはいい子ね〜。ひねくれ者の誰かさんと違って…」
「あたしがひねくれたのは、みんないずみのせいよ!一番付き合いの長いあたしは、三年前からいずみのそんな偽善…ヒッ!」
 鏡花が息を飲む。
 見ると、いずみさんがにっこりと微笑んでいた。
「鏡花、ちゃん…?」
 鏡花がビクッと震える。
「ひいいいぃぃぃっ」
「…い、ま、な、ん、て、言、お、う、と、し、た、の、か、な、?」
 にっこり。
「な、な、な、な、な、なんでもないですぅ」
「そっ。ならいいの」
 部屋の室温が三度ほど下がったような気がした。
「いただきま〜す」
 真言美ちゃんが料理に手をつけた。
「もぐもぐ」
 ややあって。
「おいしー!」
「えっ!?本当!?」
 俺と鏡花とマコトが声を揃えて訊いた。
「ホントだよ!すっごく美味しいよ!」
「でしょでしょ?」
「うん、本当に美味しいです!とっても不思議な味がして、思わずヴィンキーのモノマネがしたくなりますよ」
「ふ…不思議な味」
 真言美ちゃんは、ちょっと異常なくらい『美味しい美味しい』と言って食べ続けた。
 俺と鏡花が顔を見合わせる。
「だ、大丈夫そうだな」
「…う、うん」
「…お前はどうするんだ、マコト…って、アラーっ!?す、すっかりもう食べちゃってるぅー!?」
「ふっ…火者にとって早食いは当然の心得だ」
 そうなのか?
「で、でもすみずみまで残さず、しかもこんなに早く!?」
「マコトは食べるの早いからね〜」
 鏡花は、驚くべき事実をさらりと言った。
「しょうがないニ。あたしも食うカニ」
 鏡花はわけのわからない口調でそう言うと、早速パクパクいきはじめた。
 相変わらず決断の早い奴だ。
「おっ!マジいけるわ、これっ!」
「でしょでしょでしょ〜!」
「いずみにしては会心の出来だよ、コレ!」
「それにリゾットなんて凝ってますしねっ」
「そう、そう。料理の下手な奴に限って、妙に凝ったメニュー作るもんなんだよね〜」
「鏡花ちゃんッ!」
 パクパクパクパク。
 すでに食べ終わったマコトちゃん以外の全員が一心不乱に食べている。
 そんなにうまいのか。
「亮、あんたは食べないの?」
「おいし〜ですよぉ」
「亮くんに食べてもらおうと思って作ったのに…」
 いずみさんが、眼鏡越しにちょっとすねたような可愛い顔で俺を見る。
 うっ。
 どうしてこんな時に、己の身も省みず、いずみさんの料理なら不平も言わず残さず食べてくれる新開さんとモモの奴がいないんだ?星川の奴は多分、逃げたんだと思うけど。
 ど、どうしようか…。
 俺は…。
 よーし、覚悟を決めて。
「いっただっきまーす!」
 そう言ってスプーンを取ったが…。
 うっ!
 俺の生物としての本能か、あるいは『重ね』の能力が食べてはいけないことを告げ、手を止めた。
 火者の勘とでも言おうか。
 まず、目に入るのは、リゾットの中の『キノコ』!
 いずみさんの料理以前に、このキノコという食い物がくせ者なのだ。
 だいたい、こんなギャグシーンに出てくるキノコを食うと、ろくなことにならない。
 料理に怪しいキノコが出てきて、美味しいからって調子にのって食ってると、後でそれがワライタケだとわかる…なんてのは、ギャグの王道なのだ。
 ワッハッハッハ…。
 …今日も食卓は楽しい笑顔に包まれました。
 などというくだらないオチがあるに決まっている。
「その手には乗るものか」
 俺は誰にともなしにそう言った。
 いいか。
 見てろよ。
 どうせ今にとんでもないことが起こるぞ。
 3、2、1…。

「うらあああああああぁぁぁぁーーーーーーー!」

 そら来た!
 その声の主は、しかも、なんと真言美ちゃんだった。
 真言美ちゃんはいきなり立ち上がると、ちゃぶ台返し…もとい、テーブル返しをした。
 ガシャーーーーーーーン!
「みっ、三輪坂さんっ!」
 いずみさんが驚いた表情で立ち上がる。
「うらぁ〜〜〜〜〜〜〜〜!この偽善者〜〜〜っ!飯の中に、なにいれやがった〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」
「みっ、三輪坂さんっ!?あ、あなた、なっ、なにをっ!」
「あっ、あの可愛い真言美ちゃんが、まるでタチの悪いチンピラのように!?」
「ぜって〜おかし〜ぞ、この飯はよおぉ〜〜〜っ!」
「みっ、三輪坂さんっ、ど、どうしちゃったの!?」
「キノコ中毒だ!」
 俺が叫んだ。
「えっ!?キノコ中毒!?」
 いずみさんが視聴者にも解り易いように繰り返した。
「きっと、なんか珍種のキノコを食って、中毒症状を起こしたんだ!」
「ええっ!?」
「いずみさん、あの中にいったいどんなキノコを入れたんだ!?」
「狭間になってたやつを、チョイチョイッと」
 いずみさんは舌を出して言った。
 って、いずみさーーーーん!?そんな狭間って、光狩を閉じ込めてある異空間に生えてるようなキノコ、気軽に食材に使わないでくださいっ!!
「こら〜〜〜〜〜っ!偽善はやめろ〜〜〜〜〜っ!反吐がでら〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」
「ひっ、酷いわ、三輪坂さんっ!私、偽善者なんかじゃないモンッ!」
 ぷいっ。
「それが偽善チックってんだよ〜〜〜〜〜〜〜ッ!」
「ああ、あんないい子だった真言美ちゃんが、目も当てられない不良に〜〜〜〜〜〜〜っ!」
「おら〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!はむら〜〜〜っ!」
「は、は、は、は、はいぃぃっ!」
「愛してるぜ、ベイベー」
 ヤンキー真言美ちゃんはポッと赤らんで、パチッと俺にウインクした。
「…よ、よろこんでいいのか、悪いのか…」
「…りっ、亮くん、こんなところに都合よくキノコ図鑑がありました!」
「まさにお約束。大抵こんなキノコ中毒モノの話にはキノコ図鑑があるのが相場なんだよな〜」
「それはともかく、早く中を」
「そっ、そうか」
 パラパラ…っと。
「おっ、あった、あった!これだ、これだ!」
「なんて書いてあります?」
「…セイカクハンテンタケ!食べた者の性格を反転させてしまう毒キノコ」
「なんか、そのままって感じの名前ですね〜」
「ほんまやな〜」
「ワハハハハハハハハハハハ…………………」
 俺といずみさんは、声を揃えて笑った。
「笑ってる…場合か〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
 どげしッ!
「おぷすっ!」
 真言美ちゃんの蹴りが、俺の土手っ腹に炸裂した。
 俺はアメリカンコミック的な呻き声とともに、意識を失った…。







「…くんっ」

「…ょうくんっ」

「りょうくんっ!」

 はっ。 がばっ!
 瞼を開けると、目の前にはいずみさんがいた。
「…こ…ここは?俺はいったい…」
「しっかりしてください!キノコ中毒になった三輪坂さんの蹴りでダウンしたんです!」
「…そ、そうか」
「それよりも大変です!三輪坂さんが、外へ出て行っちゃったんです!」
「…えっ!?」
「早く見つけて止めないと大変なことになります!」
 いずみさんは緊迫した表情で言った。
「普段は、そりゃあもう性格のいい三輪坂さんですから、性格が反転したら、いったい、どんな恐ろしい悪人になることやら…」
「…た、確かに。…万引きぐらいは平気でやるだろうし、下手をすると人殺しだって…」
「ひいいぃぃぃっ!やっ、やめてくださいっ!」
「とにかく、真言美ちゃんを捜しに行こう!」
「はいっ」
 俺たちは居間を出た。

   ************************

 部室を出ると、マコトらしい人影があった。
「お〜い、マコト!」
 呼び止めると、マコトは振り返った。
「真言美ちゃんを見なかった!?」
「……」
「大変なんだ!一刻も早くあの子を止めないと!」
「イエ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜イッ!」
「えっ?」
「今日はもう気分ウキウキ!!チョベリグーな感じみたいな〜〜〜〜〜!」
「……」
「……」
「外はまぶしいサンシャイ〜ン!」
「…り、亮くん」
「駄目だ…すっかりやられちまってる」
「せ、性格が反転したせいで、あの影を湛えたハードシリアスなマコトが、まるで別人のように明るくなっちゃってますね…」
「一番、祁答院マコト!チョー明るい歌をうたいま〜す!
 ま〜ず〜しさに〜まけた〜〜〜〜〜…って、メッチャ暗いやんけ〜」
「…ガガーン!?ノ、ノリツッコミ!?」
「ううっ、マコト、ここまで立派に成長してたなんて…。私には、もう教えることは何もないわ…」
「…って、なんでやね〜〜んっ!」
 俺とマコトが、ダブルで突っ込んだ。

   ************************

 校門で鏡花と出会った。
「あ、鏡花っ!真言美ちゃん見なかったか!?」
「…ううっ…亮さん」
「亮…『さん』!?」
「…よよよ。…今回の不祥事、全て、このあたくしのせいでございますぅ〜〜〜〜〜」
「亮くん…」
「こいつも、イッちゃってるな…」
「…ああ。あたくしが、いずみさんの料理を食べさせないように止めていれば、このようなことには〜〜〜よよよ…」
「いつも強気だから…弱気になっちまったのか」
「これはこれで結構いいかも」
 いずみさんは意外に冷たい。
「…ああっ、このさいは死んでおわびを〜〜〜〜っ」
 鏡花はどこから取り出したのか、刃渡り20cmはあろうかというナイフを片手に自分の喉もとに当てて構えた。
「わ〜〜〜っ!まてまてまて〜!早まるな〜!」
 俺は慌ててその手を止めた。…あ、ひょっとしてこのナイフ、モモが前に持ってた奴じゃあ?鏡花なら…興味本位だけで取り上げそうだな…。
「…こ、こんなあたくしを、お許しになってくださるのですか〜〜〜よよよ…」
「許す許す許すから〜〜〜〜〜〜〜〜!」
 とりあえずな。
「…私、なんだか今の鏡花ちゃんの方がいいな」
「いずみさ〜ん。そんな薄情な…」
「…そうだわ、この際だから…。ちょっと鏡花ちゃん!前に持っていった私の服、早く返しなさい!」
「…ももも申し訳ございませ〜〜〜ん!あまりにも胸がきつうございましたので、押入の奥に放ったままになっておりますですぅ〜〜〜〜〜〜よよよ…」
「なっ、なんですって〜〜〜!?きぃぃぃぃっ!」
「…い、いずみさん」

   ************************

 それから、俺たちは真言美ちゃんを捜して歩いた。
「真言美ちゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん!」
「三輪坂さ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん!」
 いつも台本読みしている校舎裏…いない。

「真言美ちゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん!」
「三輪坂さ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん!」
 時々、気分転換に訪れている屋上…いない。LSIゲームやってるヘタレヤンキーどもがいるだけだ。
「うわ、なつかしーねコレ。平安京エイリアン?ちょっとやらせて欲しいな…」
「いずみさん、いずみさん」

「真言美ちゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん!」
「三輪坂さ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん!」
 念のためにと寄って見た、公園にも真言美ちゃんはいなかった。
「う〜ん。真言美ちゃんはどこにいるんだ〜!?」
 俺が唸ったとき。
「あっ、いました!亮さん、あそこに!」
 いずみさんが公園の屋台で買った、激辛ホットドッグを嚥下しながら道路を指差した。
「あっ!真言美ちゃん!」
 目の据わった真言美ちゃんが、横断歩道の前で、不敵な笑みを浮かべていた。
「フッフッフッフ…」
「三輪坂さん!ま、まさか、赤信号を渡る気なのでは!」
 いずみさんの顔面が蒼白になる。
「…しょ、小市民な悪モノぶりだな〜」
 ブッブーッ!
 トラックが近付いてくる。
 そのとき!
 ばっ!
 真言美ちゃんが飛び出した。
「あっ、危な〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜い!」
 全力で走った俺が、飛び付こうとした、その瞬間。
「百円見〜っけ!」
 真言美ちゃんは突然立ち止まり、しゃがみ込んだ。
「あううううぅぅぅ〜〜〜〜〜〜〜っ!」
 俺は止まらない。
 キキ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!
 ドンガラガッシャ〜〜〜〜〜〜ン!
 ガランガラン…。
 カラカラカラ…。
 …コインッ!
 最後の『コインッ!』は、もちろん、頭に空き缶が当たる音だ。
「亮くん!」
「ハラホラヒレハラホレ〜〜〜〜〜〜!」
 俺はグルグル目で、頭に大きなたんこぶを作った。
 そのたんこぶには、バッテンマークのバンソウコウが張ってあった。
「大丈夫…亮くん?」
 俺は、いずみさんに肩を貸してもらいながらも、真言美ちゃんを捜した。
「ううっ、俺は真言美ちゃんを守るって約束したんだ。この程度ではくじけられないよ…」
「まっ!」(嫉妬)
 ぱっ…。
 バタンッ!
「ムギュ!」
 いずみさんがぱっと手を放したので、俺は地面にうつ伏せに倒れて顔を打った。
「ひ、酷いよ、いずみさん…」
 俺が顔を上げて言った、そのとき。
「あっ、また、いました!亮くん、あそこに!」
 いずみさんが商店街を指差して言った。
「あっ!真言美ちゃん!」
 目の据わった真言美ちゃんが、商店街でミズキに絡んでいる。
「…フッフッフ。…姉ちゃん金出しな〜〜〜〜!」
「ひいいぃぃっ。あ、あたしっ、おっ、お金なんて、持ってませ〜ん」
 な、なんと、カツアゲしている!?
「嘘つけ、このアマぁ!ジャンプして見ろぉ〜!」
「ひっ、ひいいぃぃっ」
「おらっ、跳べっ!」
「はっ、はひぃ!」
 ぴょいん、ぴょいん、ぴょいん、ぴょいん!
 じゃら、じゃら、じゃら、じゃら!
「うおらあぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜っ!しっかりもってんじゃね〜〜〜〜〜〜〜〜〜か!」
「ひっ、ひいぃ!これはクラスの給食費なんですぅ」
「ああぁぁ〜〜ん!?だったらエンコーでもなんでもして稼げや、おらああああっ!!」
「ひっ、ひええええっ!おまわりさ〜〜〜んっ!」
 ミズキの声を聞き、偶然そこを通り掛ったサカキが駆けつけた。…しかしお前ら、光狩なのに堂々と昼間っから出歩くなよ。
「どうしました、ミズキ!」
「ふ、不良にからまれてるんですぅぅぅっ!」
「なんですと!」
「げっ、マズイ!真言美ちゃんが連れ去られちゃう!」
「えっと、そのイベントはまだ先なんじゃ…」
「こ、ここは俺が!」
 なんだかわからないことを言っているいずみさんは置いといて、俺は全力でミズキに駆け寄ると、
「ボイン、タ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッチ!」
 むにゅ。
 柔らかな感触。
「ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎえ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」
 ミズキが絶叫する。
「…た、た、た、タダではだめよおおぉぉぉ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」
「きっ、貴様ぁ、公衆の面前で、なんというハレンチな真似を〜〜〜〜〜!」
「りっ、亮くんっ、なんてことを!」
 ううっ、しかたないのだよぉ。
「いっ、今のうちだ、真言美ちゃん!君だけでも逃げるんだ…って、アラ〜〜〜!?もういないっ!?」
 そこにはすでに、真言美ちゃんの姿はなかった。
「羽村亮、痴漢の現行犯だ!私が裁いてやる!」
 と、サカキ。
「ああぁぁ〜〜〜ん、この男に犯された〜〜〜!つばさ〜〜〜っ、ごめんなさい〜〜〜〜〜〜!」
 と、ミズキ。
「見損なったよ、亮くん!ぷんっ!」
 と、いずみさん。
「いずみさん、なに言ってんだよ。俺はただ…」
「痴漢…なんと破廉恥な」
「やれやれ、ヤダねぇ。夏も過ぎ去ったっていうのに、まだパラダイス気分が抜けないのか、このクソッタレのガキは?」
 と、どっかの神父とロッカー。
「わんわんわんわんわんわんわんわんわんわん!」
 さらに、どっかの犬まで。 俺はもう何も言うことはなく、大人しく泣きながら連行された。

************************

「ううっ…サカキさんってば初期設定で警官のラフもあるってだけのくせして…さんっざん説教されちまったよ〜〜!」
「おつとめご苦労さまです」
「や、やめてくれよ、そのいいかた…」
「あっ、今度はあそこに三輪坂さんが!」
 ちょっぱやの展開だった。
「コ、コンビニに入っていくぞ!」
「ま、まさか、万引きするのでは!」
「とっ、止めなければ!」
 俺たちは急いで中に入った。
「フッフッフッフ…」
 真言美ちゃんは、何を万引きするかを物色している。
 ああ〜、悪の目だ〜。
 うう〜っ、これ以上、あの可愛い真言美ちゃんに悪いことをさせるわけにはいかないぞ。そりゃ、真言美ちゃんはちょっと濃いところもあって、限定レアアイテムとか特撮グッズとか何気にデンジャラスにディープな方面とも関わりありそうなオタク娘だけど!
 …………。
「なんか、帰りたくなってきた」
「ちょっと、亮くん!」
「わ、わかってるよ。…いずみさん、なにか真言美ちゃんをもとに戻す方法はないの!?」
「う〜ん。強いショックを与えれば、あるいは…」
「ショック療法か。よ〜し!」
 俺は何か、真言美ちゃんに強いショックを与えることにした。
 俺たちは、真言美ちゃんの前に立った。
「ふっふっふ、これはこれは、おふたりともわざわざお揃いで」
「真言美ちゃん!」
「どうした亮?あたいが恋しくなったのかい?」
 い、いやだ〜。
 こんなハスっぽいの、真言美ちゃんじゃな〜い。
「真言美ちゃん、俺が必ず元に戻してやるからな!」
 強いショックか。
 うーむ。
 たとえば、どんな…。
 いきなりビンタを張る…とか。
 いや、駄目だ!
 真言美ちゃんに、そんなことできるわけがない。
 だとすれば…。
 お尻を触る。
 胸を触る。
 いきなりチューをする。
 ガクランにブルマを穿かせてみる。
 駄目だ〜っ!
 これじゃ、ただのセクハラ野郎だ。ブルマには心惹かれるものがあるけれど!
 悪くすりゃ、またサカキさんの説教だよ〜。
 だとしたら…。
 う〜ん。
 う〜ん。

「えいっ、当て身!」
「あうっ」
 ばたん。

 う〜ん。
 う〜ん。
 きっとふたりの愛のちからがあれば…。

「もしもし、亮くん」

 いきなり抱きしめて、直接心に訴え掛けるとか?
 真言美ちゃん!
 放せ、馬鹿野郎!
 俺の声が聞こえるか!
 放しやがれ、先公(いつの間にか教師)!
 真言美!
 ビクッ!
 俺の声を聞け!この俺の熱いハートで…。
「もしもし、もしもし…」
「ちょっと、待ってよ。今いいところなんだから!」
「あの〜、もう終わったんですけど…」
「そう、終わった…って、ええ〜っ!なんで〜?」
「私が当て身を、えい、って」
「……」
「さっ、早く帰りましょう」
 いずみさんはさらりと言った。
「そんなことできるんなら、最初からやんなさい!」
 俺はマジツッコミを入れた。

   ************************

 帰り道、ようやく真言美ちゃんは意識を取り戻した。
「うう〜ん。なんだか、悪い夢を見ていたような気がします…」
「まさに悪い夢だった…」
「それだけ、普段の三輪坂さんがいい子だってことだよ。…具体的にはヒーローショーで悪の組織に拉致されちゃうくらいに」
 いずみさんがクスッと笑うと、
「?」
 真言美ちゃんは不可解そうな顔をした。
 俺たちは夕暮れの道を歩いて帰った。
 道の途中で、俺は、ふと、あることに気付いた。
「あれ!?そういえば、いずみさんも性格反転キノコ食ったはずじゃなかったっけ!?」
「えっ!?」
 そうだよ。
 確かに食った。
 それも一番最初に…。
「…だったら、いずみさんも、性格が反転しているはずなんだよな。…でもその割に、ちっとも変わってないような…」
「えっ?えっ?」
 いずみさんはとぼけた顔で微笑んだ。
「…反転して、その性格だってことは、もしかして、いつものいずみさんは…」
 俺はいずみさんの顔を見つめた。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「…そんなに見つめちゃイヤですぅ」
「……」
「……」
「……」
「……」
「…そんなぶりっこしてみせても誤魔化されないからね」
「うっ…」
 微妙に口元を引き攣らせると、しばらくいずみさんは頤に指を当てて考え込んでいたが。
 おもむろに、その指をこちらに向けてきた。
「???」
 俺がその指先をじっと見た時、頭の中で何かが鳴ったような音がした。

「さよなら」

 知らない女の子の声がした。



(なし崩しに了)







【後書き】
 思いつきだけのネタです〜。
 柏木家の食卓そのまんまの話です〜。
 ヒマないのよ、マジで。今。
 ネットにもロクに繋げぬ日々でありんすよ。
 …Lv67の「夜がくる!」のデータは気のせいってことで。ええ。





 ☆ コメント ☆

千鶴 :「ふむ。なかなかやりますね、いずみさん」(^^)

 梓 :「…………」(−−;

千鶴 :「まさか、わたし以外にセイカクハンテンダケを使いこなせる人が存在していたとは。
     驚きました」(^^)

 梓 :「……あれは、使いこなせているって言えるのか?
     あたしには振り回されているように見えるんだけど」(−−;

千鶴 :「気の所為よ」(^^)

 梓 :「…………さいですか」(−−;

千鶴 :「それにしても、いずみさんは強敵ね。
     思わぬライバルの登場だわ」(−−)

 梓 :「……ライバルって……」(−−;

千鶴 :「このままでは、『アイアン千鶴』の称号が揺らいでしまうかも」(−−)

 梓 :(誰が付けた称号かは知らないけど、それって『料理の鉄人』って意味じゃなくて、
     胃袋が鉄みたいに頑丈に出来ているって事なんだろうな、きっと)(−−;

千鶴 :「こうしてはいられないわ。
     わたしも、もっともっともーっと頑張らないと」(−−)

 梓 :「…………あ、すっごくお約束なイヤな予感が…………」(−−;

千鶴 :「そういうわけだから、梓ちゃんも手伝ってね。特に味見を」(^^)

 梓 :「念のために訊いておくけど……あたしに拒否権は?」(−−;

千鶴 :「あるわけないでしょ」(^0^)

 梓 :「……………………」(−−;

千鶴 :「……………………」(^0^)

 梓 :「…………もう好きにして。どうせ抗ったって無駄なんだから。
     ううっ、どーせあたしはこんな役回りよ。貧乏くじを引くようになってるのよ〜」(;;)

千鶴 :「さて。梓ちゃんも快く納得してくれたみたいだし、早速始めましょうね!」(^0^)

 梓 :「しくしく……この責め苦が終わった後であたしがまだ生きていたら……誰か記憶を消して。
     お願ひ」(T△T)





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