二次創作投稿(月姫)

「ベッド」(作:阿黒)




 志貴さまと秋葉さまが登校されるのを門前で見送ると、私は屋敷に戻りました。
 これでお二人がお帰りになるまで、私と姉さんがこの屋敷をお守りすることになります。
 玄関まで戻ると、小さな如雨露を持った姉さんが出てくるところでした。
「あ、翡翠ちゃん。お姉ちゃんはお昼までちょっとお花のお世話をしてるから」
「わかりました。私は、いつもどおり掃除に入ります」
 楽しそうに裏庭に向う姉さん。薬剤師の免許を持っている姉さんは、裏庭にちょっとした菜園を造っていて、薬草も植えています。鈴蘭とか朝鮮朝顔とかペラドンナとか、あと、植物かどうかも疑わしい謎の生物(ナマモノ)とか。
 …全部、毒があるそうなので、遠野家では姉の菜園は危険地帯の一つになってます。
 でも、そうすると午前中は姉は草花にかかりきりになるでしょう。
 お屋敷の中は完全に私一人になります。
 ………私は、志貴さまのお部屋に入りました。
 ドアを静かに閉め、後手でそっと、鍵をかける。
 志貴さまのベッドは、朝起きた時そのままに、多少乱たままでした。

 私は、何をしているのだろう。

 そっと、ベッドの中に手をいれます。
 まだ、ほんの僅かに、志貴さまの温みが残っていました。

 ――おはよう、翡翠。

 ほんの、つい先ほどの、何気ない朝の会話が、志貴さまの声が、よみがえります。
 志貴さまはいつも笑って、おはようと私におっしゃってくれます。

 私も笑って、応えたいのです。
 おはようございます志貴さま、と。
 でも、まだ、私は昔のようには笑えない。
 笑い方を忘れてしまった私は、まだ子供の時のようには笑えない。
 私はいつも何の表情も作れないまま、人形のような顔で、挨拶を返すのです。
 そんな私にいつも志貴さまはおっしゃいます。

 いつもありがとう翡翠。

 違います。私は、志貴さまにそんなことを言っていただけるメイドではありません。

 私はそっと、志貴さまのベッドに潜り込みました。
 毛布にくるまって、丸くなります。
 まだ、僅かに残る志貴さまの体温。
 そして…微かな志貴さまの匂い。

 志貴さま。
 軽蔑なさいますか?
 翡翠は、毎朝、志貴さまのベッドでこんなことをしているんです。

 私は強欲な人間です。
 翡翠ははしたないメイドなのです。
 欲望には、際限などないのです。

 志貴さまが遠野の家を離れて8年間。
 私は志貴さまが帰ってこられるのを、ずっと待っていました。
 だから、志貴さまが、帰ってこられた時…私は本当にうれしかった。
 志貴さま。私は、本当はうれしかったのです。
 それなのに、私はろくな出迎えもできなくて。この時くらい、私は笑えなくなった自分を口惜しく思うことはなかったのです。

 もう一度、志貴さまにあえて。
 毎日、お傍にいることができる。
 お顔を見ることができる。お声をかけていただける。
 私は、それだけで、良かった。
 それだけで幸せだと…思っていたのです。

 なのに、どうして私は、こんなに貪欲なのでしょう。

 傍にいるだけで良いのだと。
 一緒にいるだけで幸せなのだと。
 そう、思っていたのに。

 人って、いくらでもエゴイストになれるのです。

 志貴さまの温もりが欲しい。
 志貴さまをもっとお傍に感じていたい。
 志貴さまに…私を見ていて欲しい。

 私は志貴さまのものになりたい。

 そんな浅ましいことを考えてしまっている。

 志貴さまが帰ってこられたのに、自分の望んでいたことなのに、
 どうしてこんなに…切ないのでしょう。

 これ以上の幸せを、求めちゃいけない。
 わかっているのに。そう、わかっているのに。

 姉さん。
 私を守るために、自ら汚れることを選んだ姉さん。

 秋葉さま。
 死にかけた志貴さまの命を救い、姉さんを救ってくれて、私も一緒に守ってくださった。
 そして、志貴さまをずっと強く想っていらっしゃる。

 私は…何もしていない。何の役にも立っていない。
 私は無力で、何もできなくて。
 あの時、志貴さまがシキさまに殺されかけた時、私は志貴さまを助けることも、守ることもできなかった。
 受けた衝撃に打ちのめされて、泣き叫ぶことすらできなかった。
 そんな私のかわりに姉さんは笑うようになって。
 そんな私たちを、秋葉さまはかばってくれて。
 なのに、私は何もできなくて。

 志貴さまの匂いのするシーツを私は握り締めた。
 志貴さまの枕に顔を埋めた。

 こんなに悲しいのに。
 でも、涙は何故か零れることはなくて。

 人形だったらよかったのに。
 人形だったら、涙を流せなくてもいいのに。 
 わたしは、人形になったと思ってたのに。
 心を無くした人形は、もう、何も感じずにすんだのに。
 喜びも、悲しみも。

「志貴…ちゃん…」
 あの人のわずかな温みに包れて。
 あの人の匂いを感じて。
 愛しさと切なさを、私は同時に感じていた。

 なんて愚かな私。
 優しくしないでください。あなたをもっと好きになってしまう。
 微笑まないでください。あなたにもっと魅せられてしまう。
 なのにそれをどこかで欲しがっていて。
 欲深い私。
 なんて、愚かな私。

 私のココロはどこか壊れて笑えなくなった
 壊れたままダカラ人形にもなれなくて
 不完全な私は、自分がドウシタラいいかもわからなくて
 人にも人形にもなりきれなくて

 でも
 それでも
 私は

 ここにこうしていると、悲しくて、切なくて、でも、とても
 ここに、居られることが。
 ……私はとても嬉しいのです。


 姉さんが昼食の準備のために私を呼ぶまで、私は、ずっと志貴さまのベッドで丸くなっていた。


  * * * * *

「ただいまー」
「おかえりなさいませ、志貴さま」
 だから、『さま』は止めてくれっていうのにきいてくれません翡翠。
 使用人として教育が行き届きすぎというか、生真面目すぎるというか。
 それでも、最初のように門前ではなくロビーで出迎えてくれるようになったのは、進歩なんだけど。
「…………」
「いや、だから、鞄くらい自分で持つから」
 物言いたげな顔で俺の鞄を見つめる翡翠。
 無表情そうでいて実は翡翠、結構表情豊か。笑顔だって…ほんの微笑み程度だけど、見せてくれることもある。
 とても、とても可愛い微笑み。
 そんなことを考えながら廊下を歩いていると、あっさり部屋までついてしまった。
 これがメイドの勤め、とばかりにドアを開けてくれる翡翠。
 苦笑しながら、まあこれくらいはさせてあげないと…なんて思ってるご主人様。一向に慣れないけど。
「志貴さま…お疲れですか?」
「んー、ちょっとね」
 少し、いつもの貧血気味。でも顔に出るほど大したものでもなかったんだが。
 翡翠の目は、なかなか誤魔化せない。
 俺は鞄を机に置くと、そのまま上着も脱がずにベッドに倒れこんだ。
「志貴さま…そんなにお加減が悪いのですか?」
「いや、別に。単にゴロゴロしたいだけ〜」
 心配性な翡翠を安心させるため、俺は笑って見せた。実際、大したことないんだし。
「あ、布団乾したんだ。日向の匂いがする」
「はい…」
 ポカポカと、まだ暖かい布団に顔を埋めて。
「ん…なんか、翡翠の匂いがする」
「…えっ!?」
 なんだか大げさに驚いている翡翠が珍しくて、俺は思わず顔を上げた。
 何故か、翡翠は顔を真っ赤にしている。
「…どしたの?」
「…い、いえ、その…私…」
「翡翠は毎日俺のベッドを整えてくれてるんだろ?掃除とかもしてくれてるんだし。移り香とかあるだろ」
「…え…その…はい…」
「…あ。ごめん、翡翠も女の子なんだから、なんか自分の体臭とか変に意識されるのって、イヤか」
「……………」
「ストーカーみたいだもんな」
「……うっ……」
 全くわからないんだけど、何故だか翡翠は物凄くショックを受けたみたいだった。
 背中にガビーンとか書き文字がでそうなくらい。
 俺は立ち上がると、俯いてしまった翡翠の髪に、そっと顔を寄せた。
 控え目に、フッ、と香る。
「…ああ。やっぱり翡翠の匂いだ」
「あ…」
「女の子って、どうしてこんなにいい匂いがするんだろ?」
「……申し訳ございません」
「いや、謝られても」
 耳まで真っ赤にしている翡翠が可愛くて、ついイジメてしまいたくなる気分もあったけど、我慢する。
 なんだか翡翠、結構ダメージきてるみたいだから。

 何より…目尻に少しだけど、膨らみかけた雫を見ると、とてもイタズラなんかできなくて。

「あ…あの、私、まだ仕事が残っておりますので」
「う、うん」
 ややぎこちなく、そんな言い訳をして翡翠は部屋から出て行こうとする。
 そんな彼女の背中に、俺は言った。
「ありがと、翡翠」
「……?」
 ちょっとだけ、怪訝そうな色を目に浮かべている翡翠に、俺はもう一度言った。
「いや、ほら…布団。今日は気持ちよく眠れそうだ」
「………」
 ちょっぴり眉を寄せて、困った顔をした翡翠は、結局そのまま黙礼して出て行った。

 悲しい事とか、辛い事とか。
 尋常ではない、非日常な怪異とか。
 そんな、ことが、たくさんあった。
 でも、毎朝翡翠が起こしてくれる、この変わらない平凡な日常があって。
 悪夢に悩まされても、目覚めると翡翠がいてくれて。
 傍にいてくれること。
 それだけで、どれだけ俺にとって、力になってくれているか。翡翠は、わかってないかもしれないけれど。

 翡翠が一緒にいてくれる。
 それが、とってもホッとすること。

 もう一度、布団に顔を埋めて、僅かに残る翡翠の匂いを感じて。
 俺は聖人君子ってわけじゃない。つまらないところも、くだらないところも、たくさんもっている。
 女の子が身近にいて…まあ、その、ムニャムニャなこととか考えないわけでもない。
 健全だからそーゆーことを考えるのです。ハイ。

 翡翠のニオイ。

「…おい…静まれよ…?」
 ピクリと、体の一部が強張りかけて。
 しかしそれはひょっとしなくても翡翠への冒涜という気がして、俺は必死に心を沈めた。

『志貴さーん?赤いお薬がいーですかー?それとも、青いお注射はどうでしょー?』
『に・い・さ・ん?』(にっこり&ピクピク)
『志貴さま…ホットケーキ(仮)を作ってみたのですけどお食べになります?』

 ぐふぅ。
 な、なんか想像の段階で異様に怖いんですけど。というか翡翠…(仮)って何?
 とにかく血圧は平常値に低下。

 翡翠だけじゃない。
 秋葉も琥珀さんも、いてくれると凄く安心できる。まあ、振り回されたりダダ捏ねられたり一服盛られたりとか、何気に油断できないデンジャラスな刺激もあったりするけれど。
 でも、やっぱり俺にとっては…家族と言える存在であるわけで。
 だから、他の二人に較べて控え目な、時に控え目すぎる翡翠には、もうちょっと、はじけてもいいんじゃないかな…って。
 俺は頼りないかもしれないけど、でももうちょっと…頼って欲しいかな、なんて。
 そもそも、俺がちゃんと頼り甲斐のある兄なり主にならないといけないんだけど。
 心配ばかりかけてるし。

 寝返って、右頬をピン、と張られたシーツに埋めると、
 やっぱりあったかくて、
 いい匂いがして。

 とても、気持ちがよかった。



 結局、夕食のために翡翠が呼びにきてくれるまで、俺はそのまま怠惰にゴロゴロしていた。




【後書き】
 えー。
 水月やりました。1stプレイは雪さんルートで。
 はい、今回のネタは雪さんのセルフ発電です(笑)
 いやでも、翡翠とかこーゆーことしていそうジャ〜ン?
 シーツ咥えて舐めてご主人さまの枕に股間を(以下削除)とかはしてないと…してないと…していてほしい…?
 琥珀さんや秋葉だって志貴のカップに間接CHU!とかしてそうです。
 …やっぱりストーカー?




 ☆ コメント ☆

セリオ:「うんうん。分かります。分かりますよ、翡翠さん。ついついそういう事しちゃいますよね」

綾香 :「しないって」(^^;

セリオ:「そうですか? わたしもたまに……その……浩之さんのお布団に……」(*・・*)

綾香 :「……」(¬_¬)

セリオ:「うわ、なんですかその目は! そんな呆れた様な顔をしないで下さいよ」(@@;

綾香 :「……だってねぇ」(¬_¬)

セリオ:「恋する女の子なら、絶対に誰だってする事なんですってば! 普通の行動ですって!」(@@;

綾香 :「あたしはしないもの、そんな事」(¬_¬)

セリオ:「えーっ? ホントですかぁ?」

綾香 :「とーぜん」(^-^)v

セリオ:「……ま、言われてみればそうかもしれませんね。
     綾香さんは家事を一切しませんから、浩之さんのお布団に触る機会などは殆どないでしょうし」

綾香 :「う゛っ」(ーー;

セリオ:「浩之さんのお布団を干そうとした事なんて皆無でしょうし」

綾香 :「う゛う゛っ」(ーー;

セリオ:「そんな方に理解して貰おうとしたわたしが愚かでした。ええ、愚かでしたとも」ヽ( ´ー`)ノ

綾香 :「がーん! な、なにもそこまで言わなくても……えぐえぐ」(;;)




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