あの日、あの夜、二人は結ばれた。

耐え難い寂しさや苦痛から逃れる為でもなく、自暴自棄になった訳でもない。
そう、雨に濡れた仔猫を優しく抱き抱える様に私を包み込み、私はその温もりに甘え
ただけ。

当然、後悔などしていない。

極々、自然な流れの中で、満ち足りた幸せや、さり気無い優しさを、そして温もりと
愛を藤田君と分かち合った。
二人で同じ時間を過ごす事が、これ程素晴しい事だとは思ってもみなかった。

藤田君と肌を合わせる度、私を縛る“孤独感”と言う名の鎖が解け、藤田君と唇を重
ねている度、私の心を閉ざす“不安”と言う名の氷が解けていった。

藤田君に触れられるたび、藤田君の愛を感じて幸せでいっぱいになる。
藤田君の愛を、温もりを感じる事が今の私の幸せ。

今までに感じた事の無い充足感。
でも、だからこそ感じるこの焦燥感。
心の中は藤田君で満たされている。
それは間違いない・・・・でも、何かしら感じるわだかまり。
いや、罪悪感。
そう、裏切りと言う名の罪悪感。

でも、もう後戻りは出来ない。
藤田君のためにも。
私のためにも。



 題目   『 罪 と 罰 』

「神岸さん・・・ちょっとええ?」
6時間目の授業も終わり、帰り支度をする神岸さんに思い切って話しかけた。

「え!?保科さん・・・いいけど、どうしたの?」
「ここではなんや、屋上まで付合ぉてくれへん?」
「う、うん・・・判った。」
神岸さんは、軽く頷くと私の後に続いて教室を出た。

教室を出て、階段を上り、屋上の扉を開けるまで私は無言のままだった。
フェンス際のベンチまで来ても、ベンチに座るわけでもなくフェンスにもたれながら
校庭を眺めた。
朝からずっと考えていた台詞が出てこない。
最も単純で、最も判り易く、最も残酷な言葉。

『私、藤田君と付き合ぉてるねん。 神岸さん、藤田君の事忘れてくれへん。 』

駄目・・・・言えへん・・・・。
言える訳ない・・・・・。
・・・でも・・・・・。

神岸さんは、ニコニコしながら私の言葉を待っている。

そんなにニコニコせんといてんか、そんなにええ話や無いんよ。
今からあんたに、酷い事を言わんならん。
そんな笑顔見せられたら決心鈍るやないの。


そして、沈黙。


藤田君との事があってから・・・ううん、神岸さんと親しくなってからの私は、毎日
が針のむしろのようやった。

神岸さんが、藤田君の事を好きだという事は良ぅ知ってたつもりや。
藤田君との“幼馴染”と言う微妙な関係を保ちつつも、その関係を壊さない程度にア
プローチしているのも良ぅ判ってた。

でも、そんな神岸さんから私は藤田君を・・・・。

毎日、神岸さんと顔を合わせる度に胸が痛ぉなって、笑顔を見る度に苦しゅうなる。
でも、苦しいなんて顔していたら駄目やと思ったんや。
作り笑顔でもして、頑張って付き合ぉてきたけど・・・もう限界や。
自分に嘘をつくより、神岸さんに嘘をつく方が苦しゅうて辛いんや。
こんな事やったら、神岸さんと知り合わん方が良かったんや。

神岸さんの事が嫌いやったら、どんなに楽なんやろ。
神岸さんと友達や無かったら、こんなにも苦しまんで済んだやろに。
神岸さんがいぃへんかったら・・・。

藤田君と知り合う前より、強く孤独を感じとる。

皆がいるから。
皆がいる中で、一人やから・・・・ホント辛い・・・・。
これが、藤田君を好きになった私への『罪と罰』なのかも知れへん。
そう、神岸さんから愛する人を奪った、泥棒猫への『罪と罰』。



「・・・保科さん・・・。 私に何か話が有るんじゃないの?」
沈黙に耐えられなかったのか、始めに口を開いたのは神岸さんだった。

「・・・あ・・・うん・・・。」
曖昧な返事しか出来ない。
神岸さんは、心配そうな顔をしてこちらを見ている。

神岸さんが心配してるんは、話の内容やない、話し辛そうな私の事。
神岸さんは、そういう人なんや。
そういう優しい人なんや。
そんな彼女に、私は今から残酷な話をしなくちゃいけない。
神岸さんの笑顔を裏切る残酷な話を・・・

「・・・・話しづらい事なの?」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・大した事出来ないけど、私で力になれる事なら何でも言って。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・私達友達なんだから。」
「・・・・・・・・・。」

ちゃうねん・・・・ちゃうねん! ちゃうねん! ちゃうねん!
友達やから言いづらいや!
あんたの笑顔が好きやから、あんたの泣き顔が見とう無いから言えんのや!
大切な、大切な友達やから・・・。

いきなり、校庭が、空が、街が滲んでいった。
絶対今日は泣かへんって思ってたのに、あの夜、一生分の涙使こうたって思ってたの
に、止め処も無く涙が頬を伝って落ちていきよった。
溢れ出る涙は、拭っても、拭っても収まらへん。
私、こんなに泣き虫やったんか?

「・・・・・それとも、私だから言い辛いの・・・かな?」
「!」
神岸さんは両手を後ろに回し、覗き込むようにして私を見ている。

え?今、何言うたんこの娘?
私だからって・・・この娘、気ぃついとる?

「・・・やっぱりそうなんだ・・・浩之ちゃんの事なんでしょ。」
いきなり拳銃で胸を撃たれた様な衝撃が走った。

「・・・神岸さん・・・。」
「浩之ちゃんと何か有ったんだね。」
・・・こくっ。

「浩之ちゃんの事が好きなんだね。」
・・・こくっ。

「それを私に言おうと思ったんだね。」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・友達やから・・・。」
「え?!」
「友達やから・・・・。 神岸さんは大切な友達やから・・・。ちゃんと話とかなあ
かんって思ったん。 長い事幼馴染しとったのも、ずっと好きやったって事も教えて
もろおたのに・・・知ってたのに・・・私、後から来て、藤田君、横取りして・・・
まるで泥棒猫みたいな真似してもぉた・・・・あんたの事、裏切ってもぉた・・
・。」
「・・・・・。」
「ごめんな。 ホントにごめんな。」
もう、気持ちを抑える事も、流れ出る涙を止める事も出きなかった。
そんな私の肩を優しく神岸さんは抱きしめてくれた。
それから、私をベンチに座る様に進めると、神岸さんもその隣に座った。 

「辛い時や、悲しい時は、沢山泣いて良いんだよ。 私の胸で良かったら使って。」
「か、神岸さ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん。」
「わ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん。」
「わ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん。」
「ご、ごめんな〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。」
私は、神岸さんの胸の中で泣いた。
神岸さんは、私の肩を優しく抱きながら、背中をトン、トンと、叩いてくれてる。
・・・あの日のように。

神岸さん・・・藤田君と似た様な事言うんやな。
やっぱり、この2人は気が合うんやなぁ。
少しだけ胸が痛んだ。
神岸さんは、いつまでも、いつまでも胸を貸してくれた。
暖かい・・・そう、藤田君の様に暖かな胸やった。




「保科さん・・・落ち着いた?」
「あうぅ・・・あうぅ・・・ひっく・・・ひっく・・・。」
神岸さんは私の肩を抱き、流れ続ける涙を拭いてくれている。

「私の事なら・・・平気だよ。 心配しないで。」
「・・・ひっく・・・ひっく・・・。」

な、何言うてんねんこの娘は。
こ、こんな私の事、慰める様な事言うて・・・ホントに優しい娘やなぁ・・・。

「・・・実はね、ちょっと前から気付いてたんだ。」
「な、なんや気ぃついてたんか・・・。」
「だって、保科さん、無理してるのバレバレだし、浩之ちゃんも、妙に余所余所しい
し。 だから、私の方こそ、ごめんね。」
「そ、そんなぁ・・・・謝るんはこっちの方や。」
「それから、ありがとう。 私に正直に話してくれて。」
「ごめんな。 ホントにごめんな。」

「でも、私も浩之ちゃんの事好きだし、簡単には諦めないよ。」
「わ、判ってる・・・・つもりや。」
「ふふっ。  これで、保科さんもライバルの仲間入りだね。」
「・・・うん。」


・・・・・・え?・・・・
い、今、何・・・へ ?

「神岸さん? 『・・・も』って、 『仲間入り』って、どう言う事なん?」
頭の中は『?』マ−クが飛び交っている。
それを知ってか知らずか、神岸さんはニコニコしながら話を続けた。

「へへぇ・・・実はね、みんな、私に後ろめたいのかなぁ、正直に話してくれるの。
  3年の来栖川先輩とか・・・、レミィちゃんとか、1年の姫川さん、松原さん・
・・・。」
「ちょ、ちょっとどう言う事なん、それ?」
神岸さんは空を見上げながら、一人づつ指を立てながら数えている。

な、何、その娘たちは・・・

「・・・・メイドロボのマルチちゃん、セリオちゃん、雛山さん、寺女の綾香さんも
だった様な・・・・。」
「か、神岸さん!」
思わず大声を出してまった。
神岸さんは、驚いた様な顔で、こちらを向いている。

「えへぇ。当然私も・・・保科さんとで・・・・丁度10人!」
神岸さんは、微笑みながら、最後の指を立てると、パッと、両手を開いて私に見せ
た。
私はそれを見て、全身から血の気が引いていく気がした。

「・・・って、事はみんな・・・。」
神岸さんは、ニコニコしながらコク、コクと、首を縦に振っている。
沸々と湧き上がる怒りに体温が3度くらい上昇した。

「うん。 みんなライバルだよ。」
「そ、そんなん嘘や!」
「こんな事、嘘や冗談でなんか言えないよぉ。」
神岸さんは、えへへ・・・と笑いながら言った。

嘘や冗談で言えん様な事を笑いながら言いないや!

「浩之ちゃん、困っている人を見ると放っとけ無い人だし・・・。 さり気無く優し
いでしょ。 きっと、そう言う所に惹かれたんじゃないのかなぁ。 保科さんもそう
でしょ?」
「まぁ、そうなんやけど・・・。」
「ふふっ。 それに浩之ちゃん、その場の雰囲気に流されやすいし・・・。  あ、
誤解しないで、遊びとかそう言うんじゃないよ。 浩之ちゃんは何時も真剣だか
ら。」
「それって、唯の遊び人の常套句やろ?」
「ち、違うよぉ〜。  きっと、10人が10人とも同じだけ好きなんだよ。 みん
な一番好きで、一番愛してるんだと思うよ。  だから、2番とか3番てって無いと
思うんだ。」
神岸さんは、手を顔の前でバタバタさせながら思いっきり否定した。

藤田君の事やろ? 何であんたがそこまで言い切れるんの? 『藤田浩之研究家』だ
からか?
う〜〜ん・・・侮れんやっちゃのう。

「・・・神岸さん・・・それでホントええんか?」
「う〜ん・・・始めは辛かったし、落ち込んだりしたよ。  良いかって質問なら、
ちょっとヤかなぁ。 そりゃ、私も普通の女の子ですから、私が愛する人には、私だ
けを愛して欲しいと思うけど。」
「だったら・・・・。」

「ううん・・・。  これはきっと私がいけないの。  私がハッキリしないから・
・・、私が浩之ちゃんの『言葉』を待ち続けたから。
浩之ちゃんも私の気持ち、ずっと前から気付いていたと思うの。  でも、私はただ
待っていただけ、お互い、“幼馴染”って関係に慣れちゃって、その関係だけは崩し
たくなかったし、守っていきたかったから・・・・。」

「二人とも、そんな関係が何時までも続けられない事ぐらい判っていたんだけど、勇
気も無くて、怖かったんだ・・・・。  『もしかしたら・・・』って、本気で考え
てた時期もあったけど、それでも言い出せなくて・・・ずるいよね私。」

「私が、ハッキリしていたら、来栖川先輩や、レミィちゃん、葵ちゃん、琴音ちゃん
・・・みんな、みんな悩まずに済んだと思う。
みんな、泣かずに済んだと思うの。   だから、これは私への『罪と罰』。  保
科さん達を泣かせた罰として、浩之ちゃんを愛した人達と浩之ちゃんを愛していこ
うって決めたの。」

「そんな・・・あんたがそこまで思い詰める事無いやろ。  悪いんは、誰彼無しに
手ぇ出す性欲魔人の朴念仁が悪いんやろ。」

「う〜ん・・・そ、それはそうなんだけど・・・。」
「なんや、それ・・・。」

「それに・・・・保科さんも、来栖川先輩も、みんな好きだから。  嫌いになんて
なれないから。 みんなで仲良く出来れば、今は良いかなって・・・・。  そのう
ち浩之ちゃんが誰か一人に決めたとしても、その人とも仲良くしていきたいと思って
るから。」
「・・・・あんた、見かけによらず強いなぁ。」
「へへへっ・・・。 強くもなりますよ。  毎日の様に、女の子に泣きつかれてい
れば・・・。」
「ほんまやな。」
「もう、世話の焼ける子を持つと大変だわ・・・。」
「お、オバンくさ・・・・。」
「へへっ・・・。 なんちゃって。」
「「ぷっ!。」」
「「ふふふっ・・・・はははははっ・・・・」」

神岸さんと二人で思いっきり笑った。
こんなに気持ち良く笑えたのも久しぶりや。

・・・・負けやな。
神岸さん、あんたには負けたわ。
もし、藤田君が私の事選んでくれへんでも、神岸さんを選んだって。
そうしたら、私二人の事許したるわ。
二人の事、心から祝福したるわ。

  う〜〜〜ん・・・・・。  
  何やすっきりしたわ。

ホント、神岸さんと友達になれて良かったわ。
何時までも、何時までも友達でいてな・・・神岸さん。






「・・・・所で、神岸さん?」
「なあに?」
「って事は、私が屋上に行こう言うた時から、話の内容はピンと来てたんか?」
「う、うん・・・・まあ・・・・・なんとなく・・・・。」
「知ってて、私が泣きだすまで待っとったんか?」
「え?そ、それは・・・・へへっ・・・・。」
「・・・・ホンマ、嫌なやっちゃなぁ・・・・性格悪いで。」
「あうう〜〜っ。」

「ふふっ・・。  それにしても女なんて損やな、何でうち等ばっか罪の意識感じな
いかんねん。」
「そ、そんな事無いよぉ〜。」
神岸さんはにっこり笑いながら、こちらを振り向いた。

「今は良いけど、何時かは一人を選ぶんだよ。 浩之ちゃんには、その時に、
た〜〜っぷり、罰を受けてもらいましょ。」
私はその時の修羅場を思い描いてみた。
・・・ごくっ。
た、確かに壮絶かも・・・・。

「そ、そやなぁ、罪は償ってもらわんとな。」
「ふふふっ・・・。  でしょ。」

・・・・・神岸さん、あんた・・・色んな意味で侮れんなぁ・・・。



おーばあ











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以上拙著&以下あとがきもどき
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初めまして、ばいぱぁと言います。
SS初体験です。

先ずは、最後まで御覧頂きました皆様に心から感謝いたします。
また、関西方面の方、当方生粋の中部圏民の為、いんちょの言葉に違和感を
多分に持たれたとは思いますがご容赦下さい。

唐突ですが、私が想う、あかりと智子はこんな感じです。
皆様はどの様に感じましたか。
感想など頂けたら幸いです。





 ☆ コメント ☆

セリオ:「あかりさん、強いですね」

綾香 :「強くならざるを得なかったって気もするけど」(^^;

セリオ:「……」(;^_^A

綾香 :「まったく。浩之みたいな男を好きになると苦労するわ」

セリオ:「ですね。ま、それが分かっていて好きになったんですけど」

綾香 :「そうなのよねぇ。我ながら呆れちゃうけどさ」

セリオ:「わたしたちも、何時かはあかりさんみたいに強くなるかもしれませんね。
     苦労するのを覚悟の上で浩之さんと付き合っていくのですから」

綾香 :「強くなると思うわ。嫌でもね」(^^;

セリオ:「やっぱりそうなりますよね。……嫌でも」(;^_^A

綾香 :「ところでさ」

セリオ:「はい?」

綾香 :「数年後、浩之はつよーい10人の女の子の中から一人を選ぶわけでしょ?」

セリオ:「そうなりますね」

綾香 :「その日が……命日にならなきゃいいけど」

セリオ:「……」( ̄▽ ̄;

綾香 :「ていうか、命日決定ね。絶対に、間違いなく」

セリオ:「……ひ、否定できなひ」( ̄▽ ̄;



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