月姫 SS

    『はっちゃけシオンちゃん』

――――――――――――――――――――――――――――――――――





「おーい、シオン! 何で逃げるんだよ!」

「志貴っ! お願いですから、私に構わないでくださいっ!!」





 寝苦しい夏の夜――

 その静寂に包まれた街の中を、二つの人影が疾走していた。

 一人の名は、遠野 志貴――

 退魔の一族『七夜』の生き残りであり、
あらゆるモノをコロス『直死の魔眼』を持つ、ごく普通(?)の高校生――

 そして、もう一人の名は、シオン・エルトナム・アトラシア――

 擬似神経『エーテライト』を操り、
常人では持ち得ない高速思考能力を持った錬金術師――

 何故、この二人が、こんな真夜中に追っ駆けっこを繰り広げているのか?

 それを話すには、まず、シオンが日本に滞在している理由から説明しなければなるまい。





 あの『ワラキアの夜』の事件から一週間――

 アトラス院に戻ったはずのシオンは、再び、日本を訪れていた。

 目的は、研究の為のサンプルの入手……、
 すなわち、真祖『アルクェイド・ブリュンスタッド』の協力を得ることだ。

 以前、志貴の協力の下、真祖を訊ねた時は、
彼女がその研究内容に興味を示さなかった為、諦めざるを得なかった。

 しかし、現状から研究を進展させるには――
 吸血鬼化の治療という研究を完成させる為には――

 どうしても、真祖の協力が必要である、という結論に達し……、
 シオンは、再び、極東の地である日本へとやって来たのである。

 だが、しかし……、
 真祖の協力を得る、ということは、それほど簡単なことではない。

 先に述べたように、すでに一度、シオンの申請は断られているのだ。

 そこで、シオンは、以前のように、
自分と真祖との仲介役を志貴に頼むことにした。

 もとより、大切な友人である彼にも会っていくつもりだったので、予定通りである。

 ってゆーか、遠野邸に向かう彼女の足取りが、異様に軽かったのを見る限りでは、
もしかしたら、来日の目的は、志貴に会うことの方がメインだったのかもしれない……、

 大義名分が無ければ、志貴に会いに来られないとは……、
 真面目と言うか、素直じゃないと言うか……、

 まあ、それはともかく――

 そのシオンの要請に、志貴は二つ返事で了解した。

 『弓塚 さつき』の件もあり、
吸血鬼化の治療を確立させる為なら、志貴が協力を惜しむわけがない。

 否……、
 例え、どんな事情であれ、志貴がシオンの頼みを断ることは無かったであろう。

 ――遠野 志貴とは、そういう男なのだ。

 そして、志貴が協力を惜しまなければ……、
 彼を寵愛する真祖が、その説得に応じないわけもなく……、

 そういった経緯を経て――

 その日より、シオンは、遠野家の居候となり……、
 志貴と真祖の協力の下、研究を続ける事になったのである。

 ちなみに――

 シオンが遠野家に滞在する条件は、
『秋葉にエーテライトの使用法を教える』というものだったりする。

 秋葉の特訓が終了した時……、
 志貴がどんな目に遭うのかは、想像に難くなかった。





「――ったく、何やってるんだ、俺は?」

 真夜中の街――

 何故か、自分から逃げるシオンを追い駆けながら、
志貴は訳が分からないといった表情で呟く。

 まあ、無理も無いだろう。
 傍から見れば、今の自分達は怪しい事、この上ないのだ。

 静まり返った夜の街で……、
 逃げる可憐な少女と、それを追う男……、

 警官に見つかったら、間違い無く逮捕されるだろう。
 しかも、志貴は常に短刀『七つ夜』を持っているので、言い逃れは出来ない。

 だが――


「何度、言えば分かるんですっ! 私に構わないでくださいっ!」

「そんなこと言われたってなっ! せめて理由くらい話せよっ!」


 ――それでも、志貴はシオンを追い駆ける。

 何故なら……、
 それは、シオンが逃げる理由……、

 単に、自分がシオンに嫌われたのなら、まだ良い。
 しかし、もし仮に、彼女の中に眠る死徒の因子が目覚めてしまったのだとしたら……、


「待てっ! 待つんだ、シオン!!」

「お願いです! 追って来ないでください!
これ以上、志貴の傍にいたら、私は……私は……」


 もし、そうだったのなら……、
 暴走した彼女を止めるのは、自分の役目なのだから……、
















 さて――

 では、そろそろ、シオンが逃げている理由を説明するとしよう。

 その理由だが……、
 先程からのシオンの言動からも分かる通り……、

 ――案の定、志貴にあったりする。

 と言っても、シオンが志貴を嫌っているわけではない。

 むしろ、その逆で……、
 志貴を想うからこそ、シオンは彼から逃げているのである。

 志貴本人は自覚していないだろうが……、
 いや、自覚していないだけに性質が悪いのだが……、

 彼が生粋の――
 女性専門の『死神』であるが故に――





 詳しく話すと……、
 現在、シオンは、遠野家に滞在している。

 となれば、当然、志貴との接点は多くなるわけで……、





 例えば、朝――

 研究疲れで、多少、ボ〜ッとしながらも、食堂へ行く。
 そこで、志貴に屈託の無い笑顔で『おはよう』と挨拶されたり……、

 例えば、昼――

 気分転換に、中庭を散歩していると、昼寝している志貴を発見。
 その彫像のような綺麗な寝顔に見惚れてしまったり……、

 例えば、夜――

 一日の疲れを取る為、風呂に入ろうと脱衣所に行く。
 すると、そこには先客がいて、某代行者曰く『無駄の無い引き締まった体』を見てしまって……、





 ……とまあ、そういう出来事が往々にして起こってしまうのである。

 そして……、
 そんな出来事がある度に……、








 ――五番停止。

              ――二番停止。

   ――七番停止。

          ――四番停止。








 ……シオンの思考回路は、次々と『殺されて』いった。

 大袈裟な表現かもしれない。
 だが、志貴のことしか考えられなくなった回路など、錬金術師にとっては死んだも同然である。

 しかも、分割思考なんて技術がある分、さらに厄介だ。

 普通の人の思考回路(例えば秋葉)ならば、
考えるのを止めれば、その妄想は、その時点で終了する。

 だが、錬金術師であるシオンの分割思考は、
なんと『妄想の複数同時展開』を可能にしてしまったのだ。

 例えば、一番最初に、志貴に『殺され』てしまった五番では、
既に二人は新婚生活を始めており、シオンは大きくなったお腹を愛しそうに撫でていたりするし……、

 先日、『殺され』たばかりの二番では、
そろそろ初体験(しかも野外)に突入していたりするし……、

 今朝、『殺された』三番では、現在、繰り広げられている追っ駆けっこも、
『ふふふ、掴まえてみなさい♪』『あはは、待て〜♪』な恋人同士の戯れに変換されているのだ。

 シオンが所有する思考回路は、全部で七つ……、
 そのうち、もう、五つが、志貴によって『殺され』た……、

 残された回路は……、
 主回路である一番と、六番のみ……、

 ――この事態に、シオンは恐怖した。

 このままでは、錬金術師としての自分を『殺されて』しまう。

 シオン・エルトナム・アトラシア、ではなく……、
 シオン・エルトナム・ソカリスに戻されてしまう……、

 ――もう、錬金術師ではいられなくなってしまう。

 自分の中に、それも良いかもしれない、という想いがあるのは自覚している。

 しかし、今は、まだダメなのだ。
 吸血鬼化の治療方法を確立するまでは、自分は、錬金術師でなければならないのだ。

 人間と死徒の間をさまよっている自分では、志貴の隣に立つわけにはいかない。

 志貴に対する吸血衝動が再び沸き上がってくるかもしれない、という懸念もある。

 でも、それ以上に……、
 これは、シオン・エルトナム・アトラシアとしてのケジメなのだ。

 だから、シオンは志貴から逃げる。
 シオンは、愛する人と距離を置こうとする。

 もう少しだけ、自分が、錬金術師であり続ける為に……、

 いつか、人間として……、
 一人の女の子として、志貴の前に立つ為に……、
















「――しめたっ!」

 そんなシオンの想いに気付きもしない朴念仁は、
シオンが路地裏に駆け込んでいったのを見て、それを好機と踏んだ。

 ここ2年の間に、吸血鬼を追い求め、志貴は何度と無く、夜の街を見回っていた。
 その結果、路地裏の構造は、ほぼ把握している。

 何だか、どんどん自分が殺人貴っぽくなっていっているような気がして、
ちょっとブルー入っちゃったりもしていたが、今回は、その経験が幸いしたようだ。

 シオンが入っていった路地は袋小路……、
 別の路地から先回りすれば、追い詰めることが出来る。

「何で逃げるのか知らないけど……、
その説明は、キッチリとしてもらうからなっ!!」

 そう叫び、志貴は走る速度を上げる。
 そして、シオンが入っていったのとは別の路地へと駆け込んだ。

 だが……、
 未来予測を得意とする錬金術師を甘く見てはいけない。

「……甘いですよ、志貴」

 路地を駆け抜けつつ、死徒の聴力で、
志貴が別の路地へと入っていった足音をのを確認したシオンは、軽くほくそ笑む。

 ――そう。
 先回りしよう、という志貴の行動を、シオンは既に予測済みだったのだ。

 志貴は、自分を行き止まりに追い込む為の道順を選ぶに違いない。
 ならば、その裏をかけば良い。

「志貴……しばしの別れです」

 寂しげに、そう呟いて、シオンはクルリと踵を返す。
 そして、ゆっくりと来た道を戻り始めた。

 路地に入ったのは、志貴を誘い込む為……、
 路地に入ったと見せかけて、志貴の追跡を撒く為……、

 これで、もう、志貴は自分には追いつけないだろう。
 そして、それは、いつ再会できるかも分からない、彼との別れを意味していた。

 このまま、アトラス院に戻ろう。
 もう、サンプルは充分に手に入れたのだから、この国に用は……無い。

 あとは、研究室に篭って、研究を続ければ良い。

 そして……、
 いつか、人間に戻って……、

「私は……こんなにも、弱かったのですね。
それとも、志貴のせいで弱くなってしまったのでしょうか……」

 路地と表通りの境界……、
 そこで立ち止まったシオンは、涙は流すまいと、夜空を見上げて、それを堪える。

 何も、永遠の別れ、というわけではない……、
 人間に戻りさえすれば、すぐにでも会いに来ることが出来るのだ。

 その日を夢見て、研究に没頭すれば良い。
 今日まで過ごした思い出を糧に、頑張れば良いのだ。

「だから、その時まで……私が人間に戻るまで……」

 シオンは、目尻に浮かんだ熱いものを拭う。



「――さよなら、です」



 そして――
 新たな決意を込めて、その一歩を――


















「――それで? 挨拶もしないで帰るつもりなのか?」

「――えっ?!」
















 しかし、シオンもまた、志貴を甘く見ていた。
 と言うか、ある重大な要素を、すっかり失念していた。

 遠野 志貴という存在は……、
 彼女の計算を、アッサリと狂わせてしまうという事を……、

















「志貴……」

 自分の目の前で……、
 腕を組んで、電柱に背を預けて……、

 ……この場に、いるはずの無い人物が、今、そこにいる。

 その事実を前に、シオンの口から『どうして、ここに?』という言葉は出なかった。
 シオンにとって、この事象は、それ程までに、彼女を驚愕させるものだったのだ。

 しかし、もし、彼女が事実を知ったら、間違い無く憤怒していたであろう。

 計算を違えた自分に、ではなく――
 志貴の、あまりの間抜けっぷりに――

 何故なら、志貴が、シオンを見つけられたのは……、

 途中で道を間違えた事に気付き、慌てて表通りに引き返して来たところで、
ちょうど、シオンの呟き声が聞こえたからなのだ。

「もう一度訊くぞ……お前、俺達に黙って行くつもりなのか?」

 だが、そんな事は億尾にも出さず……、
 志貴は、真剣な眼差しで、シオンを睨み付ける。

 その、全ての『死』を見る瞳に宿る光は……、

 シオンへの怒りと……、
 それ以上の寂しさと……、

 そして、それ以上の優しさ……、

「志貴……私は……」

 そんな志貴の瞳に見つめられ、
シオンは、彼の胸に飛び込んでしまいたい、という衝動にかられる。

 一歩、足が踏み出される――
 まるで求めるように手が伸びていく――



 そして――
 湧き上がってくる強烈な吸血衝動――



「……くっ」

 その衝動が、シオンを寸でのところで踏み止まらせた。

 幸か不幸か……、
 志貴を求めるが故の、志貴に対してのみ湧き上がる吸血衝動が……、

 ……志貴に溺れることを、シオンに拒絶させた。

「志貴! これ以上、私に近付いてはいけないっ!」

「待てっ、シオンッ!!」

 再び、志貴から逃れようと、踵を返すシオン。
 しかし、彼女が駆け出すよりも早く、志貴が彼女の腕を掴んでいた。

 そして、力任せにシオンを引き寄せると、力の限り彼女を抱きしめる。

「は、放してください、志貴!!」

「ダメだ……絶対に放さない」

 志貴から逃れようと、彼の腕の中で暴れるシオン。

 だが、志貴は放さない。
 より強く、華奢な彼女の体を抱きしめた。

「志貴……痛いです」

「黙って出て行こうとした罰だ」

 抱きしめられ、伝わってくる志貴の鼓動……、
 そのぬくもりとリズムの心地良さに、シオンの抵抗は徐々に弱くなっていく。

 それでも、志貴は彼女を放さない。
 抱きしめたまま、ゆっくりと、シオンに語り掛ける。

「なあ、シオン……お前がアトラスに帰るって言うのなら、
俺達に、それを止める権利は無い」

「…………」

「でも、せめて、別れの挨拶くらいはさせてくれよ。
俺も、秋葉も、翡翠も、琥珀さんも、みんな、お前の友達だろう?」

「こんな私を……友だと言ってくれるのですか?」

「当たり前だろう? それなのに、去り際のセリフが『さよなら』だって?
そんなの、いくらなんでも寂しすぎるじゃないか。
それとも、シオンは、もう俺達には二度と会いたくない、なんて言うのか?」

「そんなことはありませんっ!
でも、私には、どうすれば良かったのか……」

「はははっ、シオンにも、分からないことってあるんだな?」

 もう、シオンは逃げ出したりしないだろう……、
 そう判断した志貴は、冗談めいた口調でそう言うと、彼女を解放した。

「茶化すのは止めてください」

 志貴から身を放しつつ、彼を軽く責めるシオン。
 だが、そのぬくもりが名残惜しいのか、その手は、未だ彼の胸に添えられている。

「ゴメンゴメン……でも、そんなの簡単なことじゃないか」

 軽い口調とは裏腹に、優しい表情で、志貴はシオンに諭すように言う。

「……『またね』って言えば良いんだよ」

「志貴……っ!!」

 その優しい眼差しに――
 そのあたたかい微笑みに――

 シオンは、今度こそ……、
 自分の想いを抑えることなく、志貴の胸へと飛び込んだ。

 そして……、





 ――六番停止。





 主回路を除いた、最後の一つ……、
 自分が錬金術師である為の最後の砦であった六番回路が『殺される』。

 だが、それは不快でも何でも無い……、
 あんなにも、恐れていたことなのにも関わらず……、

 むしろ、シオンは、今の自分を誇らしくも思えた。

 錬金術師としてではなく……、
 一人の女としての生き方を選んだ自分を……、

 でも、どんな生き方をするとしても……、
 自分が錬金術師であろうとすれば、自分は錬金術師なのだ。

 ――最初は、研究の為に、志貴と接触した。
 ――でも、これからは、志貴の為に研究を続ける。

 ただ、それだけのことなのだ。

 それに、吸血鬼化の研究が終わっても……、
 人間に戻ることが出来ても、シオンは、まだまだ錬金術師でいなければならないようだ。

 何故なら、新しい研究対象を見つけたから……、

 いつもいつも、自分の計算を狂わせる――
 間違い無く、一生掛かっても研究は終わらないであろう存在――





 ――『遠野 志貴』という研究対象を。





 だが、その研究をするには、その対象の許可が必要だ。

 エーテライトを使って強制するなど出来ないし、したくもない。

 尤も、彼女と目的を同じくする者は多いので、
最終手段として敢行するかもしれないが、やはり対象の意志は尊重したい。

 だから、シオンは――、



「志貴……貴方に伝えておきたいことがあります」

「ん? 何だい?」



 ――新たなる『研究対象』に、『協力の要請』をする。
















「私を『殺した』責任、ちゃんと取ってもらいますからね」

「――へ?」
















 それは、かつて……、
 真祖の姫君が、志貴に言ったのと同じセリフ……、

 でも、その言葉に込められた意味は微妙に違う。

 志貴が、その意味の違いに気付くのは……、

 おそらく……、
 もう少し後のことになるであろう。
















 具体的には……、
 その日の夜の、志貴の部屋で……、
















 そして、数日後――

 アトラスに戻ると言い出したシオンを見送るため、遠野家一同が、門前に集っていた。

「……本当に、アトラスに戻るのか?」

「はい、充分にサンプルは入手しましたし、
これ以上の成果を上げるには、やはり、アトラス院でなければ無理ですから」

「そうか……」

 いつものクールな表情で、キッパリと言い切るシオンに、
訊ねた志貴は少し寂しげに苦笑を浮かべる。

 秋葉、琥珀、翡翠も、志貴と同様だ。

 秋葉に至っては、性格が似ていた為か、
シオンとは一番仲が良かったので、特に残念そうである。

「皆さん、今までお世話になりました」

 そんな遠野家一同に、シオンもまた、寂しげな表情を浮かべるが、それも一瞬のこと……、
 すぐに錬金術師としての表情に戻ると、志貴達に深々と頭を下げた。

 そして、頭を上げると、チラリと志貴を一瞥し……、



「それでは……また会いましょう」



 今まで見たことがないくらい、
柔らかな笑みで、シオンは皆に別れを告げる。

 志貴に教わった通りに……、
 心から再会を望む、別れの言葉を……、

「また、いつでも来いよ、シオン」

「はい、その時まで、無事でいてくださいね。
貴方は、いつも、危険な事に首を突っ込むのですから……」

「……善処するよ」

「分かった、と言わないところが志貴らしいですね」

 シオンの言葉に軽く肩を竦める志貴。

 そんな志貴を見て、シオンもまた、
やれやれと肩を竦めると、志貴達に背を向け、歩き出した。

 無駄なことはしないシオンのことである。
 決して、こちらを振り返ったりはしないだろうと、思いつつ、志貴達は立ち去る彼女を見送る。

 だが、予想外にも……、
 シオンは、クルリとこちらを振りかえると……、



「そうそう……志貴?」

「えっ? 何?」

「――確率は89.42%です」

「……何が?」

「その答えは、次に出会った時に……」

「あ、ああ……?」



 そう言い残し、シオンは坂道を下りて行く。
 その後姿が見えなくなるまで、志貴は首を傾げつつも、手を振り続けた。

「……シオン様は、何を仰りたかったのでしょう?」

「さあ、わたしにもサッパリ……」

「う〜ん……」

 シオンを見送った後……、
 彼女が言い残した言葉を意味を図りかね、志貴と秋葉と翡翠は頭を捻る。

 ただ一人……、
 医学知識を持つ琥珀だけがピンときたようだ。

 袖の下から、素早く注射器を取り出すと、
それを両手に構え、それはそれは怖い笑顔のまま志貴に詰め寄る。

「あはー、これは、志貴さんにはお仕置きが必要なようですね〜」

「琥珀? 貴方には分かったの?」

「もちろんですよ、秋葉様……、
ようするに、10ヶ月後、シオンさんは、もう一人連れて来るかもしれない、ということです」

「「――っ!?」」

「い゛い゛っ!?」

 琥珀の説明に、三人の顔が引きつる。

 もう一人連れて来る――
 『何か』の確率――
 10ヶ月――

 それらの情報から、何が導き出されるのか……、
 それが分からないほど、秋葉も翡翠も世間知らずではないし、志貴も鈍感ではない。





「兄さぁぁぁーーーーんっ!! 詳しく話して頂きますよぉぉぉぉぉぉっ!!」

「あはー、抵抗しても無駄ですよ〜♪ 自白剤はたっぷりありますからね〜♪」

「志貴様、お覚悟をっ!!」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーっ!!」
















 その日は――

 朝も早くから、志貴の絶叫が街に響き渡るのだった。
























 ―― お・ま・け ――



『兄さぁぁぁーーーーんっ!! 詳しく話して頂きますよぉぉぉぉぉぉっ!!』

『あはー、抵抗しても無駄ですよ〜♪ 自白剤はたっぷりありますからね〜♪』

『志貴様、お覚悟をっ!!』

『いやぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーっ!!』



「ふふふ……」

 そんな喧騒を遠くに聞きながら、シオンは、ずっと堪えてきた笑みをこぼす。

 そして、一度だけ……、
 自分のお腹を愛しそうに撫でた後、拳をグッと握った。

「やりました……計算通りです」

 まだまだ暑さを感じさせる夏の青い空……、
 それを見上げるシオンの表情は、まさに勝者の笑みだった。

 ――そう。
 錬金術師は、勝てる闘いしかしないのだ。

 そんな会心の笑みを浮かべ、シオンは軽い足取りで坂道を下る。

 また、近い将来……、
 この坂道を登る日が来るのを夢見て……、




















 それにしても……、
 一体、何処から何処までが計算通りだったのか……、








 それは……、
 シオン本人にしか分からないことである。








<おわり>

――――――――――――――――――――――――――――――――――

あとがき

 久しぶりの月姫(ってゆ〜か、メルブラ)のSSです。
 メインは、もちろん、新キャラのシオンちゃん。

 原作未プレイでも読めるものを目指して書いてみましたが、お楽しみ頂けましたでしょうか?

 それでは、また次の機会に……、

 でわでわ〜。





 ☆ コメント ☆

志貴 :「……! ……!」<全身ぐるぐる巻き&猿轡

秋葉 :「油断していたわ。まさかシオンが」

琥珀 :「ちょーっと甘く見ていましたかねー」

翡翠 :「――悔しいです」

秋葉 :「兄さんも兄さんです。可愛い娘にはすぐに手を出すのですから」

琥珀 :「志貴さん、煩悩に正直すぎますからねー」

翡翠 :「ケダモノ、です」

志貴 :「〜〜〜! 〜〜〜!」<なにやら釈明しようとしているらしい

秋葉 :「まあ、なんにしてもこのまま引き下がる訳にはいきませんね。
     シオンの一人勝ちなんて認める訳にはいかないわ」

翡翠 :「同感です。しかし、どうすれば……」

琥珀 :「わたしたちもシオンさん同様に人数を増やしてみるのはどうでしょう。
     一番ではないのが些か引っ掛かりますけど、
     少なくとも『シオンさんだけ』という優位点はなくなりますよ」

志貴 :「!?」<驚いているらしい

秋葉 :「そうね。それが妥当かしら」

翡翠 :「ですね」

志貴 :「!?」<秋葉と翡翠が同意したことで更に驚いたらしい

琥珀 :「あはー、決まりですね」

秋葉 :「それでは、兄さん。さっそく今から……」

翡翠 :「始めさせていただきます」

志貴 :「……」<えぐえぐと泣いているらしい


志貴 :「……♪」<でも、ちょっとだけ楽しいらしい




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