「なぁ、あかり。」
「なあに、浩之ちゃん。」

「明日、お前の誕生日だよなぁ。」
「うん。」

「二人だけでパーティしたいから、ケーキ作ってくれねぇか?」
「え〜〜! 私が作るの?」

「え?嫌か?」
「自分の誕生日に、自分でケーキ作るなんてヤダよぉ。」

「どうしてもか?」
「・・・ちょっと、嫌かな。」

「しょうがねぇなあ。  いいよ、俺が作るから。 」  
「え!!!」


題目   『 あかりの誕生日 − 2月20日 』


「ねぇ、浩之ちゃん大丈夫。」
学校からの帰りに、近くのスーパーで買い物をして、そのまま浩之ちゃんの家におじゃました。
でも、浩之ちゃんの家に来てから、居間で座ったまま何もしていない。
ここからは、浩之ちゃんがキッチンでケーキ作りに悪戦苦闘しているのがよく見える。
手伝いたいのに、手伝わせてもらえない。
ただ座っているっていうのが、こんなに落ち着かなくて、居心地が悪いなんて知らなかった。

「多分、大丈夫だろ?」
「ねぇ、なんか手伝うよ!」
「良いよ、あかりはそこで座っててくれ。」
およそ料理とは無縁な浩之ちゃんが、私の為に料理を作ってくれている。
それは、それで、とても嬉しい。
けど、それがいきなりケーキとは・・・。

「どれどれ・・・。 卵白に砂糖を入れて泡立てる。  角が立ったら、卵黄を一個づつ入れる? 何だ、結局砂糖入れて卵か
き回せれば良いだけじゃん。」
ちょ、ちょっと・・・。
お願いだから、本の通りに作って!

「それから・・・。 小麦粉をふるって、かき回せる?  ふ〜ん・・・。  あ!やべぇ、ちょっと入れすぎちまってぃ。
ま、良いか、男の料理は所詮アバウト&いい加減なもんだ。」
う〜〜ん。 ケーキって、分量間違えると大変なんだよ。
それに、『作る』のが目的じゃなくて、『食べる』のが目的でしょ。
くすん。  浩之ちゃん、私なんか悪い事した?
これって、新手の罰ゲームなの?

「・・・あかり、ケーキの生地ってさぁ、電子レンジじゃ焼けないのか?」
「え!ダメだよ。 オーブンじゃなきゃ焼けないよ。」
「そうなの? ふーん・・・。 じゃ、オーブントースターで・・・。」
「それもダメだよ。  やった事無いけど、きっと中まで火が通らないよ。」
「やった事無いんだろ? じゃ、チャレンジだ!」
「ダメだよ! 家にオーブン有るから、使わせてもらおうよ。 ねぇ!」
台所に行って、浩之が持つケーキの生地(らしいもの)を見た途端、悲しい気持ちが込み上げて来た。
涙目になりながらも、嫌がる浩之を何とか説得し、家に持って行く事にした。

がちゃ・・・

「ねぇ、お母さんいる?  ちょっとオーブン貸して。」
「え?良いわよ・・・って、あかりそれ何?」
私の持つ型の中身を見たお母さんは、見るからに怪訝そうな顔をしている。
う〜〜ん、お母さん、その気持ちよく判るよぉ。
わたしだってぇ・・・。

「あかり、ケーキの生地作れなかったけ?」
「ち、違うよ、これ私が作ったんじゃないよ。 浩之ちゃんが・・・。」
ケーキの型を後ろに隠し、思いっきり否定した。

「ちゃんと教えて上げなきゃ・・・でも、これは、ちょっと酷いわね。」
お母さんは眉を顰めながら、私が言いたい事をあっさり言った。

「おばさん、そんなに酷いですか?」
私の後ろにいた浩之ちゃんは、私とお母さんのとやり取りを聞いて、ちょっと「むっ」としている。
浩之ちゃん、抑えて、抑えてね。

「そうねぇ、はっきり言って酷いわ。  このまま焼いても、多分食べられないんじゃないかな。」
お母さんは、右手の人差し指をあごに当て、小首を傾げながらニコニコしながら言ってのけた。
私は、ちょっと内心どきどきしている。

「でも、大丈夫よ。 料理なんて、作り直せば良いんだから。」
「え? 作り直すんですか?」
「3人でやれば早いわよ。 ね、皆でいっしょに作りましょ。」
「・・・・・。」
浩之ちゃんは、ちょっと不服そうな顔をしている。
判る気もするな。
私のために頑張って作ってくれたのに、いきなり「作り直せ。」って言われたら、やっぱり悲しいよね。
ちょっとだけ、浩之ちゃんに同情してしまう。

「ね!」
「・・・・はい。」
最後は、お母さんの押しに負けた格好となった浩之ちゃん。
私は、内心ちょっとだけ「ほっ」としている。
やっぱりね。 あれはね。 ちょっとね。
気持ちだけ頂いたから、心配しないで。

「浩之ちゃん、ついでだから今晩は家で晩御飯食べてかない? おばさん腕によりかけて作っちゃうから。」
「い、いいですよ。」
「あら、遠慮しなくて良いわよ。  うち3人でしょ、沢山作りたくても作り甲斐が無いのよ。」
「そおだよぉ。  浩之ちゃん一緒に食べようよ!」
「・・・・だってよぉ・・・。」
浩之ちゃんは、一瞬こちらをチラッと見た。
遠慮するなんて、浩之ちゃんらしくないなぁ。

「あかりだって、こう言ってるんだし・・・ね。」
「・・・はい、じゃ、御馳走になります。」
「はい、決まりぃ!  じゃ、頑張っちゃうね。」
お母さんは、喜々としながら晩御飯の準備をし始めた。
始めは、浩之ちゃんも何かしたそうだったけど、そのうちやって貰う事が無くなって来て、気がついたら居間でテレビを見てた。
お陰で、私は殆どケーキ作りに専念できた。
う〜〜ん。  やっぱり最終的には、自分のケーキを自分で作る羽目になったみたい。
それは、それで、ちょっと悲しい。

ケーキの生地が焼き上がり、フルーツを綺麗にトッピングさせ、生クリームでデコレーションした頃には、机の上に料理が山の様に並べられていた。

「わぁ〜!すげぇ〜〜。」
「急だから有り合せなんだけど、沢山食べてってね。」
居間に運ばれた、料理の数々に驚きつつ、感嘆の声を上げる浩之ちゃん。
お母さんは、そんな浩之ちゃんの姿を見て、目を細めながら喜んでいた。


そんなこんなで、楽しい夕食が終わり、ケーキとお茶で一息ついた頃には、21:00近くになっていた。
妙に浩之ちゃんがそわそわしている。
そろそろ帰りたいのかなぁ。

「おばさん、今日は御馳走様でした。 俺、そろそろ・・・。」
「またいらっしゃい。 遠慮しなくて良いからね、偶には食べにいらっしゃい。  うんと御馳走してあげる。」
「有難う御座います。」
先程の浩之ちゃんの食べっぷりに驚きながらも、余程嬉しかったようだ。
腕まくりをして、力こぶを見せながらお母さんは言った。

「あかり・・・。」
「え?」
浩之ちゃんは、急に振り向くと私の名前を呼んだ。

「えっとなぁ・・・その・・・・。」
「どうしたの?」
「その・・・。」
何だろ? 余程言い辛いのかなぁ。
こんな歯切れの悪い浩之ちゃんも珍しい。
『藤田浩之研究家』を自負する私でさえ、こんな浩之ちゃんは初めて見る気がする。

「あかり、浩之ちゃんを家まで送ってあげたら、どうせカバンとかも置きっぱなしでしょ。」
「あ、そうか、そうだね。」
忘れてた。
学校から、直接浩之ちゃんの家に行ったものだから、カバンは浩之ちゃんの家に置きっぱなしだ。

「うん、ちょっと取りに行って来る。  浩之ちゃん一緒に行こう。」
「・・・ああ。」
そっぽを向く浩之ちゃんの後ろに着いて、玄関口に向かった。

「あかり、ちょっと・・・。」
玄関で、靴を履きかけた所で、お母さんが手招きをしている。
既に、浩之ちゃんは靴を履き、玄関を出ていた。

「なあに、お母さん。」
「あのね・・・・。」
お母さんは、私の耳元に口を近づけ、小声で呟いた。


「お待たせ、浩之ちゃん。」
「遅いぞ、もうちょっとで置いてくとこだった。」
私が、なかなか出てこないものだから、浩之ちゃん、ちょっと御機嫌斜めみたい。
でも、ホントは私の事心配してくれているって事、知ってるよ。

「ごめんね。」
「ったく、しょうがねぇなあ。」
そう言うと、浩之ちゃんはゆっくりと歩き始めた。
私は、小走りで浩之ちゃんの隣について一緒に歩いた。
ホントは、自然と腕でも組めたら良いんだけど、浩之ちゃん、きっと恥ずかしがるから・・・。

「さっき、おばさん、何だったの?」
「え? いや、何でも・・・・無いよ。」
「ふ〜〜ん。」

「・・・ねぇ、浩之ちゃん。」
「なんだ?」
「腕組んで良い?」
「・・・良いけど、もう俺の家に着くぞ。」

う〜〜ん。 悲しいかな御近所さん。
この角を曲がれば、直ぐに浩之ちゃんの家。
折角、2人きりになれたのに少し残念。



「あ〜、やっぱり・・・。」
台所は、想像以上に、そりゃ凄い有様になっていた。
ゴミは散らかしっぱなし、洗物は堆く積んであり、小麦粉やら、卵の殻などがそこら中に散乱している。
ま、生地が焼けたら直ぐに帰って来るつもりだったから仕方ないけど、ちょっと掃除のしがいが有るなぁ。

「あかり、良いよ、後で俺やるから。」
「浩之ちゃんこそ、心配しないで。  直ぐに片付けるから、居間でゆっくりしてて。」
洗物をして水を切り、ゴミを分別して袋に入れ、小麦粉などが散乱したキッチンを一通り拭いて掃除は終わり。
後は、水切りをしたボールやらお皿やらを拭き、戸棚に整頓して入れれば御仕舞い。

沸かしておいたお湯をポットに入れ、お茶の準備をして、浩之ちゃんの待つ居間に行った。
浩之ちゃんは、ソファに座りお笑い番組を見ている。
私は、お茶のセットをテーブルに置くと、浩之ちゃんの隣に座った。

「浩之ちゃん、お茶飲むでしょ。」
「ああ。」
浩之ちゃんは、テレビを見ながら気の無い生返事を返した。
ポットから急須にお湯を入れ、充分お茶の葉を蒸らしてから湯飲みに注いだ。

「はい、浩之ちゃん、熱いうちに飲んでね。」
「ああ。」

ずずずず〜〜。

お茶を一口飲む。

ずずずず〜〜。

そして沈黙。
浩之ちゃん、今日はちょっと変。
さっきから、何も喋ってくれない。
それとも、何か怒ってるのかなぁ。 
空気が重い。  

「「あ、あの・・・」」
耐えられなくなって、話し掛けようとしたら、浩之ちゃんと顔を見合わせながら、二人同時に喋っちゃった。
「ひ、浩之ちゃんどうしたの?」
「あかりこそ何か用事有るんだろ?」
「私は大した事無いから良いよ。 浩之ちゃん先に言って。」
「あ、ああ。」
軽く返事をすると、浩之ちゃんは徐に立ち上がり、サイドボードの引き出しを開けて青色のビロードケースを出した。
浩之ちゃんは、私の隣に座ると、私の手を取りそのビロードケースを渡してくれた。

「ホントは、ケーキ食べながら渡そうと思ったんだけどさ。  ちょっと遅れたけど、誕生日おめでと。」
浩之ちゃんは、恥ずかしいのか下を向いたまま喋っている。

「浩之ちゃん、有難う。  開けて良い?」
「・・・ああ。」
胸がどきどきする。
これって、きっと、『あれ』だよね。
恐る恐る、ビロードケースに手を掛けてみる。
が、戸惑いと不安が私の中を駆け抜け、手を止め、浩之ちゃんをそっと見た。
浩之ちゃんは、こくっと頷いてくれた。
『早く開けてくれ。』って、目で言っている。
ホントに不思議だ。  浩之ちゃんのお陰で勇気が涌いて来た。
期待と不安が交錯する中、思い切ってビロードケースを開けてみた。

「浩之ちゃん・・・。 大切にするね。」
中に入っていたのは、シンプルなプラチナリング。

「安物なんだけど、気に入って貰えると嬉しいんだが。」
「うん。 シンプルで浩之ちゃんらしい所が良いかな。」
「そ、そうか。」
「ねぇ、はめて良い?」
「おう、サイズが判らなかったから適当なんだけど。」
私は、ビロードケースの中からリングを取り出すと、左手の薬指にはめてみた。
ワンサイズくらい大きい気がするけど、何故か私の手に合っている様な気がする。
浩之ちゃんから貰った、私だけの指輪。
色々な角度から、指輪を眺めてみる。
何時も見慣れている筈なのに、リングが有るだけで、今日は何だか特別に見える。

「浩之ちゃん、どう? 似合うかなぁ?」
浩之ちゃんが良く見えるように、左手を前に差し出して見せた。
浩之ちゃんは、始め恥かしそうにしていたが、ほんの少しだけ何時もより優しい顔になって一言呟いた。

「あかり、良く似合うよ。」
私の中から、幸せな気持ちがこみ上げてくる。
知らない間に、両目から涙が零れ落ちている。

「ひ、浩之ちゃん!」
思わず浩之ちゃんの胸の中に飛び込んだ。
止め処なく涙が零れ落ちる。
浩之ちゃんは、そんな私を優しく抱きしめていてくれる。

「馬鹿だなぁ、泣く奴があるか。」
「ひっく、ひっく・・・。  だって、だって・・・。」
言葉が繋がらない。  

「あ、あのな・・・・・・その内、そんな安物より、もう少し良い指輪買ってやるから、それまでそれで我慢しろ。」
へ? 浩之ちゃん、今何て言ったの?
私へのプロポーズって受け止めて良いの?
私の思い過ごしじゃないよね。
そう、思っちゃうよ。

「うん・・・。 私、待ってる。」
浩之ちゃんの胸に顔を埋めながら、私の正直な気持ちを浩之ちゃんに伝えた。
私の胸のドキドキ、浩之ちゃんに伝わるかなぁ。

浩之ちゃんは、私の肩を優しく抱くと、私の顔をあげさせた。
目の前には、真剣な面持ちの浩之ちゃんが、私の事を見詰めている。
真剣そうな目。
でも怖くない、優しい目。

「あんまり、何度も言わないから、良く聞いとけ。」
「・・・うん。」

「好きだよ・・・あかり。」
「私もだよ、浩之ちゃん。」
私は、それだけ言うと目を閉じた。
浩之ちゃんの照れた顔が印象的だった。

「・・・・はぁ。」
浩之ちゃんとのキス。
今日は特別なキス。
愛を確かめ合うためではなく、二人を結びつける約束のキス。

キスをした後は、それでも少しだけ恥かしくて、浩之ちゃんの顔を真っ直ぐ見られない。
だから、何時もは下を向いてしまうけど、今日は、思い切って浩之ちゃん首に手を回して体を預けてみた。
浩之ちゃんが、私に勇気を見せてくれたから、私は少しだけ大胆になった。

「浩之ちゃん、あのね。  さっき、お母さんがね・・・・・。」
「ん、どうした?」
「・・・・今日は少し遅くなっても良いって・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
私は、浩之ちゃんを抱きしめたまま、耳元で囁いた。

「そ、そっかぁ・・・。」
照れ隠しに、わざとぶっきら棒に呟く浩之ちゃん。

「・・・・行くか?」
「・・・・うん。」
促されるまま、差し出された手を硬く握ると、二人して居間を出た。

浩之ちゃん有難う。
こんなに嬉しい誕生日初めてだよ。

それからね、浩之ちゃん。
私、浩之ちゃんが迎えに来てくれるの待ってるね。
だから、この手、離さないでね、浩之ちゃん。

                                        おわり













あとがきです。

最後まで読んで頂ました方には、深く感謝いたします。
今回は少し遅れましたが、あかりちゃんのお誕生日記念として作りました。
二人の、ほのぼのとした1コマが、お伝えできればと思っております。
ぢつは、2月21日編と、2月22日編を現在鋭意制作中です。
(でも、ちょっと仕事が忙しいので何時になるか・・・。)
また、完成した暁には、是非とも御覧下さい。
それでは御機嫌よう。





 ☆ コメント ☆

セリオ:「浩之さんとあかりさんにはラブラブがよく似合いますね」(^^)

綾香 :「そうね。それも見ている方が恥ずかしくなるくらいの強烈なやつが」(^^)

セリオ:「うんうん、全くです」(^^)

綾香 :「ところでさ、話は変わるけど。
     浩之ってば相変わらずアバウトよねぇ。らしいと言うか何と言うか」(^^;

セリオ:「浩之さんの作ったケーキ生地。見てみたいような見たくないような」(;^_^A

綾香 :「こういうのを見ると、慣れない事はするもんじゃないなって思っちゃうわ」(^^;

セリオ:「ですねぇ」

綾香 :「ま、その点あたしは大丈夫だけどね。慣れない事は絶対にしないようにしてるから」

セリオ:「……え? そうなんですか?」

綾香 :「うん。お茶でしょ、お華でしょ、日本舞踊でしょ、礼儀作法でしょ。
     ほら、慣れない事は全部パスしてるわ。問題なし」d(^-^)

セリオ:「……それ、お稽古事から逃げてるだけでは……」(ーー;





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