二次創作投稿(夜がくる!)
「魔性の女」
 作:阿黒

※一部ネタバレな部分もありますので、それを了承された上でお読み下さい。





(主な登場人物紹介)
・羽村 亮(二年)
 ゲーム本編主人公。自分に向けられた攻撃の気配を先読みする『重ね』の能力者。武器は剣だが今回の話には関係ない。

・火倉いずみ(三年)
 火者の中でも特に強力な力を有する赤眼の一族だが、一族とは離れて独自に光狩と戦っている。一同の中ではリーダー的な存在でもあり、表の顔である天文部の部長も務めている。
 ショートカットに眼鏡なホンワカ系お姉さんキャラ。ウッカリとボンヤリとニブチンは標準装備な激辛党。
 能力は傷を癒す『繕い』、武器は長大な鎌である『界離』だが今回の話には関係ない。

・七荻鏡花(二年)
 冷血ヘビ女・牛丼をおかずに御飯を食べるドンブリモノマニア・超人師弟コンビ(師)等の様々な逸話には困らないツインテール担当。学業の傍らモデルもやっているだけあって容姿とスタイルは抜群。だが怒らせると一番怖い存在でもある。
 能力は『サトリ(読心)』、操るのは光狩を改造した蛇蛟・チロだがやはり今回の話には関係ない。

・三輪坂真言美(一年)
 家は結構ビンボーしてるらしい黒髪後輩娘。その実態はオタク。裏ではオタク。更に捻ってオタク。とことんオタク。骨の髄の芯までオタク。ちなみに将来の夢は声優志望。オタクっぽく。
 能力は『言霊』であり、それを生かした法術は強力だが、今回の話ではオタクチックに関係はないお約束。

・祁答院マコト(二年)
 火者の里で暗殺者として養成された生粋の火者。実は無能力者であるが会得した格闘術はそのハンデを補うに十分なもの。一般常識には所々疎く、その殺伐とした言動は思わず周囲の人々の涙を誘うかもしれない。本人は到って真面目。つーか無関心。武器は装填した炸薬の爆発で拳撃の威力を高める『雷穿甲』であるが、今回の話には絶対関係ない。

・新開健人(三年)
 真性プロレスマニアの筋肉マッチョ。汗苦しく筋肉。脳味噌までマッチョ。いずみに恋心を寄せているが全く気づいてもらえてすらいない。通称ゴリポン(※百瀬限定)。能力は常人の数倍の筋力を誇る『金剛力』であり、プロレス技を駆使して戦う肉体派bPだが今回の話には無駄に関係ない。

・星川 翼(二年)
 通称ホッシー(本人希望)。
 将来の夢・王子様を現実に叶えてしまいそうな、ある意味すごい男。かもしれない。ひょっとしたら。多分。
 一見ナルシズムにドップリ浸り、ジゴロ気取りで女性にすぐ手を出す軽薄をポリゴンにして動かしているような性格。実際に女生徒には人気は(一応)ある模様。しかし友達以上の関係には絶対にならない・させないという矛盾した一面も。
 能力は物質の破砕点を見抜く『貫目』、武器は細剣サンテグジュぺリ。だが今回の話にはまったく関係ない。

・百瀬壮一(一年)
 通称モモ(命名者・真言美)。
 元は金髪ヤンキーおでこ広いだったがいずみのお姉さん萌えの魅力に撃沈、ただのバンピーであるにも関わらず火者の一員に。新開共々いずみ激ラブだがやっぱりその思いにはきづいてもらえていない。現在はちょっと更生して黒髪染め直し元ヤンキーやっぱデコ広にランクアップ。(謎)
 チンピラパンチ・ヤクザキックその他警棒・火炎瓶等ヤンキーアイテムで戦うが(一部ウソ)とことん今回の話には関係ない。

  * * * * *

「ケーキ作りの目処は立ったし材料の仕入れも問題なし、と。
 ――三輪坂さん、前に言ってたお皿とカップはどうだった?」
「はい、大丈夫ですよ部長」
「そっか。展示の写真も大体揃ったし、後はスライド上映…やっぱり誰かナレーションが要るよねぇ…」
「いずみー、喫茶店のメニューできたんだけど、どう?」
「あ、鏡花ちゃんご苦労様。……へー、凝ってるねぇ。うん、良く出来てるよ」
「絵が飛び出してくるのか…これは誰が描いたのだ?」
「あたしと、あとちょっとだけ亮に手伝わせて」
「羽村か。…あいつはこういう事には器用だな」
 ピョコピョコと、2,3度メニューを開閉させて、何やら微妙な表情をしているマコトをいずみはそっと伺った。
 あまり感情を表に出さないマコトだが、マコトが結構今の状況を気に入っているようだ、といずみは見て取った。もっとも、その見立ては絶対のものではないが、そのあたりは長年のつきあいというものである。
 …つまり、当たっても当たらなくてもさして問題はない。
 このあたり、基本的にのんびり屋のいずみらしいと言えるだろうか。

 学園祭を間近に控え、いずみ達『火者』の小さなグループも今は表の顔である天文部の部活に、一日のかなりの時間を割いている。それでも毎晩の哨戒は怠ってはいないが、ここのところ『光狩』もおとなしくしており、壮一・真言美の一年生ペア、それに星川などはかなり気が緩んでいる……と新開やマコトは控えめに苦言することもある。
 確かにそれは正論であり、今は動きが無いからといって、光狩を討つという火者の務めを疎かにするつもりは決してないが、この忙しいが楽しい時間――年齢相応の学生生活を、自分と関わり合いになることがなければこれが本来の彼等の日常であっただろうと思うと、つい、あまりきついことは言えなくなってしまういずみである。
 鏡花などは『それは後から付けた理由よね。まず誰よりもいずみが楽しんでるんだからしょうがないわよ』などと軽くいなしたものである。その鏡花本人は、お祭り好きの性分を隠しもせずに先頭に立って模擬店準備にあれこれ画策しているようで、あるいは星川などよりも気が緩んでるのかもしれない。生真面目なマコトも、鏡花に対しては最初から匙を投げているようでもある。
 そんなわけで、ここ天文部部室はこの一週間ほどは本来の部活に加えて展示用の観測写真とスライドの作成、及び模擬店の準備とでいつもと較べて雑然としている。
「前日に内装は終えておかないとまずいけど…脚立はいる?」
「ああ?俺とホシと…あと祁答院もいるから大丈夫だろ」
「え、ボクもやるのかい?…いや、やるけどさ。だから無言でスチール缶を縦に潰すのは止めてくれないか新開?」
「最初っからそう言えばいいんだホシ」
 指二本でコーヒー缶を潰すと、新開はそれを危険物入れのビニール袋に放り込んだ。
 季節は既に11月だというのに上はTシャツ一枚だけ、の新開は憮然として腕を組む。するとはちきれそうな筋肉が内側からシャツを破りそうに盛り上がる。
「…野蛮だねぇ」
 不快そうにそんな新開から身を遠ざけて、しかし流石に小声で呟く星川である。巨漢、という言葉そのままの新開よりも背が高いが、体つきは細い。その日本人離れした身長と、自他ともに認めざるをえない美貌の持ち主であるが、その性格の軽さが黙っていても滲み出て、総合的には二枚目半という印象を与える。
 しかし、確かにこの二人がいればわざわざ脚立を借りてくることも無いだろう。
「新開。私も手伝うのか?」
 女性としては背の高いマコトが表情も変えずに尋ねてくる。が、新開は少し苦笑して首を振った。
 実をいうと彼としては先程『祁答院も』といったのはちょっとした冗談のつもりだった。マコトが大柄といってもあくまでそれは女性としてであって、一般的には平均的な同年代の男子程度の身長でしかない。
「そうそう。こういう汗臭い肉体労働は主に新開に任せておけばいいさマコト」
「星川…」
 黙って見ている分には丁度よい釣合いな背丈の星川とマコトであったが、性格的には真に不釣合いであった。

 ゴキッ。

「あう…!」
「さて、星川」
 何だか嫌な音と共にさりげなく自分の腰に伸ばされていた手を捻りあげ、マコトは至極なんでもなさそうな声で言った。いや実際、なんでもないことなのだろう、彼女的には。
 星川の方は危険がデンジャーにピンチなティストであったが。
「躾の悪い犬でも、大体3回くらい蹴飛ばせばいい加減むやみに吠え立てることは無くなるのだが…お前は犬以下か?」
「ふ、ふふ…愛が痛いよ、マコト」

 ぎりぎりぎりぎりぎりっ。

「AOOOOOOOOOOHHHHHCH!!!」
「馬鹿が…」
 頭が痛そうに新開は首をふった。
「ったく入れ込んでた彼女にフラれて少しはコリたかと思えば…」
「ホッシーにそんな無理な期待すんなよゴリポン。ま、女に振られる以前にゲットできないゴリには無縁の話だけどさ」
「お前もお前で一向に先輩に対する口の利き方がなってないなモモッ!」
「うおっ!?なにしやがるゴリッ!ちょ、チョーク!チョーク!!」
「うわわわわわっ、モモちゃん!?」
 新開と百瀬のいつものケンカ(というかじゃれあい?)だが、がっちりスリーパーホールドを極められて何やらチアノーゼ起こしている百瀬に、慌てて真言美が止めに入った。
「放してー!モモちゃん放してください新開さん―――――――!!?」
「三輪坂ッ…お、男と男の決闘に、横からチャチャいれんじゃねー…」
「いーい根性だモモ〜。よし、その心意気に免じて苦しませずに一気に」
「だからそれはダメですってば新開さん〜〜〜〜〜〜!!モモちゃんも意地張らないでよ弱いんだから〜〜〜!!」
「テメ三輪坂オレ様が弱いたぁどういう…ぐほっ…」
「その根性だけは認めるがなモモ、完璧に決まった裸絞めから逃れる術は無いんだぞ?」
「ううう…インチキプロレスなんぞに…負けるかよぉ…」

 こきゅっ。

「きゃ――――――――――――――――!?
 なんか一気に嫌な音が――――――――――――――!!?」
 きゃ――――――――――――――――!!?
 モモちゃんの首が変な方向に―――――――――――――――――!!!?」
「バカ…新さんにそれは禁句でしょ壮一…」
 解放されたものの、完全に脱力してピクリとも動かず床にのびている百瀬に、鏡花は恐ろしそうに呟いた。
「モモちゃ―――――ん!モモちゃ――――――――ん!?」
 真言美が半分涙混じりの声で呼びかけるが、全く反応が無い。
「あ、ところで鏡花ちゃん喫茶店のことなんだけどさ」
「あんたもあんたでマイペース通り越してトロいわよいずみ――――――!!!」
「うん、よく言われる。それでね、当日の服装のことなんだけど……」
「あっさりスルーかいっ!!大体ねぇ…!」
 感情を昂ぶらせかけて、ふと、鏡花はもう一度白目剥いている百瀬と、マコトに複雑怪奇な関節技をかけられている星川と、『プロレスをバカにするやつは死・あるのみ』とか虚ろに呟いている新開とを見て。
「…ま、いっかこいつらだし」
「鏡花さんもあっさりスルーですか――――――――――!!!」
 背後の真言美っぽい泣き声は右から左に聞き流しながら、鏡花はいずみに聞き返した。
「で、服装がどうしたって?」
「そうそう。私たちの方はこの前の鏡花ちゃんのアイデア通りで良いとして…」
「あー、ヤロー共の方ね」
「うん。――あ、折角だから聞いておこうかな。
 新開くん、星川くん、モモくん、ちょっといい?」
「なんだ火倉?」
「フッ…ボクに用かな部長?」
「なんすかいずみさん!」
「新さんはともかく…あんたら…」
 ちょっと片腕がひしゃげた形をしている星川と、首をガクガクさせている百瀬とを、鏡花は恐ろしそうに見た。
 その後ろでは恨めしそうな目をしている真言美と、一瞬で空っぽになった手を見つめて何やら悩んでいるマコトが控えていたりするが、それはそれとして。
「あのね、これは鏡花ちゃんのアイデアなんだけど、折角のお祭りなんだからみんなでコスチューム・プレイしてみようかなってことになって…」
「コスプレ、っすか」
 少し首を傾げて(というか元から傾いでいたが)不思議そうな顔をする百瀬に、仕掛け人の鏡花がニヤニヤと笑いながら応える。
「そーよー。ちなみにあたし達の方はもう衣装合わせもしてるからね。当日までのお・た・の・し・み」
「何だよ姉御、勿体つけんなよ」
「まーまー。絶対ヤローどもが喜ぶこと請け合いだから期待して待ちたまヘ。
 それでー、問題はあんた達の方なんだけど」
「俺たち?…おいおい七荻、いくらお祭りだからってはしゃぐのは程ほどにしておけよ?
 俺、そういうのはちょっとな」
「まあ新開に何を着せても様にはならんと思うがね。ボクならともかく」
「うるせえホシ」
 顔を顰めたものの、半ば以上は星川に同意している新開であった。容姿端麗な星川ならともかく、自分にはそんな洒落っ気は似合わない、と淡々としているようである。
「まあそういわずにさー。新さんも今年が最後の学祭なわけだし、楽しもうよ」
「しかしなぁ…」
「いいじゃない、新開くん。お互いこれが最後なんだし、私もたまにははじけてもいいかな、って思って」
「まあ…火倉がそう言うならな」
 傍目から見てバレバレにいずみには甘い新開である。その思い人の方は全く気づいていないのが悲しいが。
「おっけー。まだみんな作りかけなんだけど…新さんはこれね」
 そう言って鏡花が紙袋から出してきたものに、男性陣は一瞬、揃って口元を引き攣らせた。
 ピラピラとかフリフリとか…まだ未完成であるということを差し引いてもとにかく形容が難しい、ソレを、気味悪そうに新開は指でつまむ。
 ガラガラと、アクセサリーらしいソフトボール程もある鈴が鳴る。
「おい…ちょっと待てよ…なんだコリャ…?」
 不審と不機嫌との微妙な境目にある新開の顔と声。まあ無理は無いが。
「メイド風エプロンドレスってとこかしらー?やっぱ新さんサイズだと超ジャンボになるからねー」
「うわーすっげー似合いそうだなゴリポン〜〜〜〜〜?」
「てめモモこの野郎」
「待って新さん!」
 思わずさっきの続きに成りかけた二人の間に強引に割り込んで、何やら真剣な目を向けてくる鏡花に、新開は激発を押さえ込んだ。
 鏡花は、後ろでにしていたものをゆっくりと前に出した。
「このネコ耳バンドは絶対に譲れないから、そのつもりでね新さん?」
「鏡花…ボクには君のセンスがわからないよ」
「うっさいわねヨク!あんたにはウェディングドレス着てもらうつもりだからね」
 やれやれだぜドララーと肩を竦める星川に、冷え切った視線を向ける鏡花である。
「…ウェディングドレス…」
「ホッシーさんは何を着せても見栄えはすると思うんですよ!それで、どうせならゴージャスにということで!
 私としてはボニー&ロニーシリーズの第5巻、エクセケル帝国白銀騎士団随一のレイピア剣士・アーウィン=ミル=クロノフォシスのコスプレなんかすっごく似合うというか見てみたいと思うんですけど今回は予算の都合ということで泣く泣く断念したんですよねー。
 ……貧乏って切ないです」
「…三輪坂お前何言ってんだか全然わかんねーよ」
「フム…マナちゃんの期待に添えないのは残念だが、女の子の憧れであるウェディングドレス…悪くないね」
「ホッシーお前ノリノリかいっ!
 …お、俺はヤダかんなそんなコスプレ!つーか女装かよ!!!なあ、ゴリ!!?」
 同意を求めて振り向いた壮一の視線の先では。
「あ、新開くん似合うよ。かわいー♪」
「そ、そうか火倉?いやしかしレスラーとしてなんだ、猫ミミ?か?よくわからんが…」
「えーっと、猫ミミって覆面の一種だから新さんむけかと思ったんだけど」
「そうなのか七荻?――そうか、それならまあ、いいか」

 騙されてるよゴリ―――――――――――――――!!!

 突っ込みたかった。
 思い切り突っ込みたかった。
 だが、新開といずみからは見えない角度で。

 しゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。

 チロが、牙を剥いていた。
 なんていうか、メロンパンくれなきゃお前をとって食うみたいな目をして。

「はあ〜〜〜〜〜〜…」
 猫ミミ装備の不気味な新開はなるべく視界に入れないようにしながら、壮一はただもう、しみじみと頭が痛かった。
 
 さわらぬ鏡花にタタリ無し。先輩、今ならアンタの言葉に俺も激しく同意だぜ。

 がしっ!!

「あー。なんかすっごくムカツク顔してるわ壮一」

 めきめきめきめき…
 鏡花のアイアンクローの下で、頭蓋骨の軋む、嫌な音がする。

「いで――――――――――――――!!?
 地味だけどスゲーいてぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
「鏡花…いくら百瀬が小柄とはいえ、片手一本で顔面握り潰しそうな握力は一応女性としてどうかと思うんだボクは」
「ビックリだね鏡花ちゃん」
「部長…まったりしてないで止めてくださいよぅ。新開さんはあれで一応手加減はしてくれてますけど、鏡花さんそういう繊細な心遣いとか無いですしキッパリとガサツで大雑把ですから」
「三輪坂…お前、鏡花と仲が良かったんじゃないのか?」

 などと、何かしら会話を交わしながらも自分の身体張ってまで鏡花に暴虐されてる壮一を助けようという勇士はちょっといなかったみたいで。

「やっちゃえチロ」
「しゃー」

 かぷかぷぅ!

 あんぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!?

 …いやもうここまでやるか、と。
 職業・殺し屋風味なマコトさえ、思わず一歩引いてしまったり。
 無理はないかもしれないが。

「……ふぅ」
 適当に暴れてサッパリした顔の鏡花は、モデルを務めるだけあって端正な顔をほころばせると、言った。
「ところで壮一あんたの衣装なんだけど」

 へんじがない。
 ただのしかばねのようだ。

「ちょっと壮一、あんた人の話はちゃんと起きて聞きなさいよー。失礼でしょ?」
「んなことできるかあああああああああああ!!!」
 完全に脱力して床にのびていた壮一は、マジ泣きで喚いた。
 やや広めのオデコにクッキリ残る、指の痕が痛々しい。
「今のは鏡花ちゃん少しやりすぎなんじゃない?
 ……ちょっとじっとしててねモモくん」
「あ、う…いずみさん…」
 いずみの意外に少しヒンヤリした手が自分の額に添えられて、壮一は言葉を飲み込んだ。
 その手から、じんわりと温みが全身に広がっていく感触がある。
 いずみの『繕い』に限らず、火者の特殊能力は真月の光、特に凍夜の光によって強化される。逆に言うと、日中はそれほど強い効果は望めない。
 それでも、僅かな間を置いていずみの手が離れた時は、立ち上がれるくらいには壮一は回復していた。
「…さてと。
 で、壮一、あんたの衣装なんだけどさ……」
「あのね、私のお古で悪いんだけど…もう衣装作ってる余裕もないし、モモくん我慢してね?」
 鏡花の後を引き取って、いずみがそう謝罪混じりで出してきたものは――

 セーラー服だった。

「絶対似合うよモモちゃん―――――――――といいますか早く見たいです――――――――ー!!」
「落ち着け三輪坂」
 唐突に黄色い声を張り上げる真言美に、横のマコトが思わず耳を抑えながら顔を顰める。
「そうかー。ふっふっふ、モモ、きっと可愛いだろうなぁサルみたいで」
「ふむ。まあそれほど破綻はしていないか…」
「好き勝手なこと言ってんじゃねぇよ先輩ども!!
 俺ぁヤダかんな、絶対そんなお古――」

 ピタ、と、激昂しかけていた壮一が口を閉じた。
 おそるおそる、そしてマジマジと、いずみが手にしたやや古ぼけたセーラー服を見つめる。
「…お古?」
「うん。でも保存は良かったからそんなにひどくはないと思うんだけど」
「…いずみさんの?」
「そうだよ。私が中学生の時に着てた。サイズは多分大丈夫だと思うけど…」
 黙りこんでしまった壮一の様子には気づかず、鏡花はセーラー服の袖をちょっとつまんでみながら問い掛けた。
「うーん、そりゃ壮一はチビだけど…いずみが中学の時の服でしょ?ひょっとしたら少し窮屈なんじゃない?」
「そうかな。確かに、昨日ちょっと着てみたんだけど、流石に肩のところとか突っ張るし、スカートもホックが…」

 ぷつっ。

「不肖この百瀬壮一、そのセーラー服ありがたく着させていただきます!!!」
「あ、そう?ごめんねモモくん」

 瞳をキラキラさせて(注:いずみビジョン)自分のお古の制服をかしこまって頂く壮一に、いずみはちょっとヤンチャだけど、でもすごく優しくて純粋な心を持つ、良い子だなぁと単純に思っていた。

「いずみ…今なんか壮一からとてつもなく歪んでギラギラして不純なものを感じたんだけど…」
「ふ…不潔だよモモちゃん…」
「くぅ…モモ…なんてうらやま…(ゴニョゴニョ)」
「ヤレヤレ…部長も罪な人だね…」
「…………………?何がだ、星川?」
 若干、わかっていない人間もいたようであるが、まあ天文部の面々は深く突っ込むと色々と七面倒な上に怖いことになりそうな気がしたので、そのままスルーすることにした。

「い、いずみさんのセーラー服…」(ハァハァ)
「……コレ、埋めちゃダメ?」
「埋めましょう鏡花さん」
 既にスコップを手にしている真言美である。っていうかどっから持ち出したそんなもん。
「ま、いっか。
 さて、あとは亮だけかー。あいつには何を着せようかなー。やっぱ体格は人並みだから…既製品は無理よね」
 そう言いながらも、この場にいない唯一の相手には白衣の天使をやってもらおう、と心中ひそかにニヤリングな鏡花さんである。うわ、この人めっちゃドス黒っ。
「自作…するのか?」
 無表情ながら『針仕事は得意ではないのだが』と胸中密かに困っているマコトである。
 その隣の星川が、少しだけ真面目な顔で問い掛けた。
「鏡花、亮のサイズはわかってるのかい?」
「あーそれなんだけどさ。アイツにはギリギリまで黙っておこうと思うのよ。アンタと違って絶対嫌がるし。ヘタすると逃亡するかも?」
 今のところゆすれるネタがないしねー、と小さくぼやく鏡花である。この外道、とか小さく呟いてる星川には気づかなかったふりをしつつ、心中密かに然るべき報いメモに記録していたりするが。
 しかしちょっと困ったかな、と鏡花が悩んでいると。
「ふっふっふ。まかせて、鏡花ちゃん♪」
「あ、部長、そこのところは『まーかせて』と言いつつ中指を」
「立てなくていい!…で、どしたのいずみ?変な不気味笑いして」
「不気味って…ひどいよ鏡花ちゃん」
 少し拗ねたように口を尖らせ、しかしすぐにいずみは微笑んだ。
「亮くんのサイズは大体わかったから、多分何とかなるよ」
「……………」
 たっぷり20秒は沈黙して、それから、鏡花は思いっきり不審そうな顔をした。
「…なんでいずみそんなの知ってるの?」
「今日のお昼に計ってみたから」
「それじゃバレるでしょ!?」
「大丈夫、扮装のことは伏せて、さりげなくね」
「なによそれ!?」
 全然信用していない鏡花である。まあしっかりしているようで小さなところではポカもするいずみである。そうそう頭から信用はできないのも仕方ないかもしれないが。
「…多分、大丈夫だと思うぞ」
 と、そこでマコトが口を挟んできた。
「しかし、そういう算段だったのか…嬢も意外に策士なのだな」
「マコト、それ誉め言葉と受け取ってもいいのかな?」
「私は誉めているつもりなのだが」
「…へえ?いずみの手並みってどんなんだったわけ?教えてよ」
 うむ、とマコトは軽く頷いた。

  * * * * *

「亮くーん。あ、亮くんいたー。
 亮くーん、亮くーん。ねーぇ、亮くん、亮くんってばぁ」
「い、いずみさんっ…!?」

 たまたま私が通りがかった時、嬢は羽村のクラスの戸口でそう呼びかけていた。
 即座に羽村は姿を現したが、いくら急いでいたからといって箸くらいは置いてこい。それに何故、そんな困惑しているのだ?嬢が来るのがそんなに迷惑だとでもいうのか?

「なっ…なんですかいずみさんっ」
「あ、亮くんお弁当つけてるよ。行儀わるーい」

 そういって、嬢は羽村の左頬についていた米粒をとって自分の口に運んだ。
 食べ物には感謝の心、だな。相変わらず嬢は親切だ。
 羽村、お前も顔を赤くしてないで礼くらい言え。

「いっいずみしゃん――!!?」

 だから、なんでそんな裏返った声を出す。どうしてお前はそんなに平常心が無いのだ羽村?
 しかしお前の級友たちも落ち着きがない奴らが多いようだな。なんでそんなヒソヒソ相談しながらこちらを伺うのだ?

「お食事中にごめんね、亮くん。ところで今日の部活のことなんだけど」
「え?あ…悪ぃいずみさん。俺、今日は放課後クラスの出し物の準備があってさ。いつもより遅くなるかも」
「そうなんだ。そっちも大変だね。あ、でも、それなら亮くんの所にきて丁度良かったよ。ここでさっさと済ませちゃおうか」
「へ?なにを?」
「えーと。亮くん、ちょっと後ろ向いてみて?」
「…こう?」

 言われたとおりに嬢に背中を見せる羽村。
 隙だらけだな。だが羽村の能力は『重ね』、その隙をつくことは難しいのだが。

「えーと。…こうして見ると、亮くんやっぱり男の子だね。おっきくて、がっしりしてる」
「はは。新開さんにはとてもかなわないけどね」
「でも…亮くん、こんなに逞しかったんだ。ちょっと驚き」

 嬢…すまん、何故かわからないが何だか身体が痒くなってきた。

「えーと、それでね。亮くん上着脱いでちょっと万歳してくれる?バンザーイって」
「へ?…なんなのそれ?」
 不思議そうにそう言いながらも素直にそれに従う羽村。うーん、少しは疑え。
 と、その顔がえっ?と言いたそうな表情に変わる。
 その一瞬後。
「えいっ」

 むぎゅっ。

 嬢が、羽村の背中から抱きついた。そのまま奴の胸の前まで腕を回す。

「ふんふん、胸囲がこれくらい…っと」
「いいいいいいいいいいいい、いずみさんっ!?」
「あ、逃げちゃダメだよ」

 むぎゅうっ。

「あううううう…む、むねが…背中でぎゅっとつぶれてるのがわかるぅ…」
「えーと、それから腰周りが…」
「あっ、だめ、いずみさんそこだめっ、手をのばさしちゃダメ―――っ!?」

 もぞもぞ。さわさわ。
 すりすり。ぐりぐり。

「むひゃっ!?むほっ…うひぃいいいいいいい!!!?」

 羽村。
 人目も憚らずそのような謎の奇声を上げるのは人としてどうかと思うぞ。

「なるほどなるほど…うん、大体わかったかな。ありがと、亮くん」
「ううううう…一体何なんですかコレ?」
 ハンカチの端を咥えて花魁泣きする羽村。情けないぞ羽村。
 お前も火者を名乗るのならばもう少しシャキッとしろ。
「う〜ん…それは聞かないお約束なんだよ」
「…まあ大方鏡花あたりがまた何か企んでるんでしょうけど」
 ふむ。まあそれほど的外れな推測というわけでもないか。この企画の発起人は鏡花だしな。
 まあ鏡花にとってはこの程度の企みは呼吸するのと同じ感覚なんだろうが。
「じゃあ私はこれで。
 …ごめんね、何だか、亮くんに迷惑かけちゃったみたい」
「い、いやっ、迷惑だなんて、そんな…」
「そう?…うーん、じゃあまた今度、お弁当作ってくるからそれで許してね?」
「え、ホント?ラッキー」

 安い男だな、羽村。

「大袈裟だなあ。…でもそんなに喜んでもらえると、私も腕のふるい甲斐があるよ
 何かリクエストある?」
「そうだなぁ…まあ、キムチ関係は控え目にね」
「わかったよ。…あ、でも肉奴隷しろとか言われなくて良かったー」

 ぶふうううっっっ!!

 ――何故、そこで咳き込む羽村?
 肉奴隷というのは、皆で焼肉を食べるときにひたすら肉を焼くことに専念しなければならない役目なのだろう?その間、自分は一切れの肉も食べられずに他人が飽食するのを目の当たりにしなければならない、過酷な役目だが。

「じゃあ、皆には亮くん今日は遅くなるって言っておくけど…亮くんもなるべく早く部室に来てね?
 ――それじゃ」
 ニコッと微笑んで手を振ると、さっさと嬢が立ち去った。
 それをバカみたいに見送って、それから、羽村の奴はようやく動き出した。
「ちょ――ちょっと待っていずみさんっ!そんな、ノー・フォローでさっさと去らないでっ!!?」
「はっはっはっはっはっ。は〜むらくんっ♪」

 がしっ。

 そんな羽村の肩を、複数の級友達の手が掴んだ。
「いやーどう思いますか今村さん。見せ付けてくださいましやがりますねぇ羽村氏は」
「まったくですね斎藤君。真昼間から!学校で!上級生がわざわざ下級生の教室に足を運んで!いやいや、まったくうらやましい」
「年上のお姉さんですか先輩ですかコノヤロー。しかもメガネにショートがジャギーですよ?のへっとした顔してこいつ意外にやりますなぁ」
「はっはっはっはっはっ。いやいやいやいやいや。独り者には目の毒ですなぁ独り者には。ええ、独り者には本当に独り者には。まったく。ううっ。しくしく」
「ホッペの御飯粒パクッなんても〜新婚夫婦かと思いましたよワタクシは?と思ったら肉奴隷ですかー。
 ダッシャこのヤロー調教済みかい18禁かいおおおう!!?」

「あ。あは。あは、あはははははははははは……あのぉ……なに考えてるか凄くわかるけど、一応、言うだけ言っとくけど…それ誤解なんだよまいフレンズ?」
 羽村の引き攣った顔が、屠殺場の豚を思わせたのは何故だろう。

「「「「黙れや羽村ぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」」」」
「やっぱりですか―――――――――――――――――――!!!?」

 その後、『第1回・羽村亮殴りまくりバキュ――――――――――ン大会』が盛大に開幕していた。
 うむ。私も購買部にパンを買いに行かなくてはならなかったのでな。
 最後までつきあうほどヒマはなかったから。

  * * * * *

「――と、いうわけでまあバレてはいないと思うぞ。…どうした新開、百瀬?」
「…は〜〜〜むらぁ…」
「先輩…やっぱアンタは俺の最大の敵だ…」
 放っておくとそのままスーパーサイヤ人3に変身してしまいそうな勢いでボルテージを上げていく二人である。
 俺の怒りは爆発寸前〜。(byスピルバン)
「どうしたのだこの二人は?」
「いやどうしたのだってマコトそんな素で言われてもー」
 珍しく少し困った顔の鏡花の後ろで。
「うふふふふふふ…先輩ったら…先輩ったら…」
「うわマナちゃんまでっ!!?」
「うーんマナちゃん…正義を愛する君にはそんな誰かを扼殺しそうな手つきでプルプル指をわななかせるのは似合わないよ…?」
「ヨク。そう言いながらあたしの後ろに隠れるな!!!」
「う〜〜ん。…みんな元気だねぇ」
「い〜〜ず〜〜み〜〜〜〜!!あんた本気で事態がわかって無いわねこの元凶っ!!?」
「えっ!?あたし何かした!!?」

 …自覚してないだけタチが悪いって本当に。
 げに恐ろしきは天然か。

 こめかみにうずく頭痛に思わず鏡花が頭を抱えた時。

 ガラッ。

「悪いっ!なんか思ったより時間かかっちゃって…」
「とりあえず一発殴らせなさい亮――――――――――――――――!!!」

 バキィイイイイイイイッッ!!

「ぐはああああああああああっ!!?」
 重ねの能力すら役に立たない程の鏡花の拳が、入室してきた亮を思いっきり殴り倒した。
「な…なにしやがんだ鏡花ッ!?お前人生に何か不満とかでもあるのか!!?」
「うっさい!とりあえずフラスト解消のために殴っただけなんだから!!」
 溢れる鼻血を抑え、涙目でくってかかる亮を鏡花はあっさり一蹴した。
「お、お前、そんな理不尽な理由で…」
「男が細かいことでガタガタ言ってんじゃないわよ!なんかもーあんたの顔見るなり音高く殴りたくなったんだからしょうがないじゃない!」
「なんでしょうがないんだよ!?」
 流石にこのまま黙っている気には到底なれず、更に亮は反論しようとした。
 が、しかし。
「羽村…ちょっと付き合え」
 がっし。
「な、なんすか新開さん!?う、うわ、ちょっと、何処へ?」
 はっし。
「へっ。逃がさないぜ先輩?」
「モ、モモ!?なんだよ?なんなんだよ俺何かした――!?」
「自分の胸によーく聞いて見てくださいね先輩☆」
「うわ―――――――――――――!!!?
 マナちゃんが何だか異様にコワイ―――――――――――!!?
 なんでどうしてWHY――――――――――――――――!!!?」
「いずみー、ちょっとあたし達でかけてくるから…もしかしたら遅くなるかもしんない」
「あ、うん…何だかよくわかんないけどわかったよー」
「い、いずみさ〜〜〜〜ん!たぁすけてぇええええええええええぇぇぇ……!」
「気安くいずみさん言ってんじゃねぇ!」
「まったくだなモモ!!」

 ずるずるずるずるずるずる……

「♪あ〜る〜はれた〜〜……」
 四人がかりで引き摺られていく亮を、売られていく子牛の歌を口ずさみながら、ちゃっかり物陰に隠れていた星川は見送った。
「♪ドナドナド〜ナ〜ド〜ナ〜〜〜」
「嬢…私も今一つ状況がつかめないでいるが…そんな呑気なことを言ってる場合ではないのではないか?」
 流石になんかマズいものを感じているマコトの問いかけに、いずみは、きょとんとした顔をした。
 しげしげと考え込む。
「…私は…」
「うむ」
「みんな、本当に元気だなぁ、と思ったんだけど…もしかして間違ってる?」
「……まあ……元気なのは間違いないとは思うけどね……」
 しみじみと、星川はため息をついた。

  * * * * *

 なお、その日『第2回・羽村亮殴りまくりバキュ――――――――――ン大会』がひっそり盛大に開催されたというが、詳細については定かではない。

 合掌。


「俺が一体何をした――――――――――――!!!?」
「やっちゃえチロ」
 しゃ――――――――――――――(かぷかぷかぷうっ!!)

 あひょええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっっ!!!?


 死ぬなー。
 がんばれー。(なげやり)


<終われ>



【後書き】
 そんないずみさんが俺は好き。シャッ!
 まあ本編に比べてボケボケ度は41%程増強してますがー。
 あー。なんか久しぶりに本当の意味での二次創作、って感じー。(了承は違うんかいコラ)





 ☆ コメント ☆

綾香 :「い、いずみさんって……」(^^;

セリオ:「すごいですよね。いろんな意味で」(;^_^A

綾香 :「他の面々も必要以上に濃いけど」

セリオ:「いずみさんのキャラクターは群を抜いていますよね」

綾香 :「あの天然ボケは既に罪だわ」

セリオ:「現に被害も出てますし。
     羽村さんとか羽村さんとか羽村さんとか」(;^_^A

綾香 :「もしかして、いずみさんって何気に天然ボケの女王?
     彼女に匹敵するボケキャラもそうそう居ないだろうし」

セリオ:「そうかもしれませんね。
     あそこまでのキャラは滅多に……」

マルチ:「わぁ。火者の皆さん、楽しそうですねぇ。
     とっても元気で賑やかで。わたしも混ぜて欲しいですぅ」(^^)

綾香 :「居るし。しかもすっごく身近に」(−−;

セリオ:「……さすがはマルチさん。あの惨状を『楽しそう』と表現できるとは」(−−;

マルチ:「え? わたし、なにか変なこと言いました?」(・・?

綾香 :「前言撤回。いずみさんクラスのキャラって結構沢山いるかもね」(−−;

セリオ:「ええ、きっとゴロゴロと」(−−;

マルチ:「? ? ?」(・・?





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