200万HIT記念貢物

Another(To Heart) 


                            くのうなおき



 かれこれ二時間余りになるだろうか。お互い黙り込んだままの、かと言って気まずい雰 囲気でもない穏やかで静かな時間。居間に置いてあるテレビもその本来の役目を果たす事 無く沈黙を守り、聞えるのは台所からの冷蔵庫のモーターの駆動音、居間に掛けてある時 計の秒針を刻む音、そしてあかりの膝の上で眠るマルチの寝息の音。

 この光景は何も今が初めてではない。マルチがオレのもとに戻ってきてから…・あかり と姉妹同然のように仲良くなりマルチに料理を教える為にあかりが頻繁に家に来るように なってから毎度のように繰り返されていた光景。何も話す事なく時々お互いの存在を確認 しあうように目を向けて、後はソファーに体を全て預けるように沈めるだけ。話す事、話 したい事は色々あるのにどうしてもそれを出す事ができない。いや、「出す必要がない」 と落ち着いてしまっている。今の状況があまりに穏やかで優しすぎて、それを破る事が怖 くて、結局現状にすっかり満足して時間の流れるままに任せて沈黙の時を過ごしてしまう。

 高校二年の春、マルチが一度オレのもとを去った時からあかりは今まで以上に、オレの 心の空白を埋めるように接してくるようになった。オレはそのあかりの好意を拒む事なく 今日に至っている。しかしここに至ってもまだ、あかりとは依然として「仲の良い幼馴染」 な関係のままだった。

 「便利屋」「マルチの代用品」…・そんな扱いで今まであかりと付き合ってきたわけでは ない。マルチがオレのもとに帰ってきてからも、あかりという女の子の存在はオレの中に確 固たる位置を占め、今までオレのそばにいてくれた事、そしてこれからもオレ達と一緒にい てくれるであろう事に感謝しているしその気持ちに報いたいと思っている。…・・いや、 「報いる」のではなく、オレ自身の素直な気持ちで応えたいと言うべきだろう。

 しかし、その「素直なオレの気持ち」がどうしても口に出せない。「幼馴染のぬるま湯な関 係からの脱却」による未知の関係への恐れが故でもない。あかりを「自分にとってかけがいの ない大切な女の子」として意識した時からその恐れはさっぱりと消え去っていた。口に出せな い理由はただ一つ「気持ちを伝える言葉がみつからない」それだけだ。

 志保が聞けば「いっぺん死んでしまえ!」と蹴りを入れてくるかも知れない「馬鹿馬鹿しい」 理由だが、そんな馬鹿馬鹿しい事でもオレ自身にとっては切実な問題だ。
 オレがあかりを「恋愛の対象として意識」する事を素直に認めるまで、オレはあかりの気持ち を知りながらもそれに気付かないふりをしていた。「今の関係を壊したくない」のが理由であっ たが、それはあくまでオレの視点のみに立った「身勝手」でしかない。その身勝手さを詫び、新 しい関係に踏み出す言葉が見つからない。「好きだ」「愛している」「今まですまなかった」そ んな言葉だけであかりを納得させる事ができるのだろうか、何よりオレ自身が納得できない。

 結局いつもいつも言葉が見つからず、いつもの穏やかな優しい時間に流されるだけの日々が続 いて、今もまた同じように時が流れようとしている。

 「ふにゃ…・ん…・」

 マルチが寝言ともつかぬ声を出し、あかりの手に擦り付けるような感じで頭を揺すった。マルチ はあかりの髪を梳くような撫で方がすっかり気に入ったようで、充電の眠りにつく時は決まってあ かりの膝の上に頭を預けてあかりに頭を撫でられながら気持ちよさそうに眠る。そう、例えオレが 一緒にいようともだ。

 二人が仲良くしているのは非常に嬉しいのだが、反面「マルチの保護者」としてはちょっと寂し く、面白くない。

 「浩之ちゃん、どうしたの?」

 オレの視線に気付いてか、あかりが微笑を浮かべながら声をかけてきた。が、オレの顔を見るな り急に訝しげな表情に変わる。

 「どうしたの?…・なんかむすっとしてるみたいだけど」
 
 「あ、いや…別にむすっとなんかしてねえよ。そりゃお前の気のせいだって」

 「そ、そうかな…?」

 「そうに決まってる。大体志保の奴なんかオレを『犯罪者みたいな顔』なんて抜かしてやがるんだ ぜ?普通にしていても『むすっとしている』ように見えるのはよくある事だ」
 
 随分と自虐的な言い訳ではあるが、それでも必死であかりを無理やり納得させようとした。マルチ の事であかりに嫉妬している事を知られるのは何となくあかりに対して気まずかった。

 「う、うん…・・」

 今ひとつ釈然としながらもあかりはオレの言い訳を受け入れ、それ以上は何も言わなかった。 とりあえず「決着がついた」事にオレは安堵する。

 「いやな、マルチのやつすげー幸せそうな顔していると思ってな、ついつい見とれちまった」
 
 そう言ってマルチの頬を軽く指でつつく、ぷにぷにとした柔らかい感触が気持ちいい。しばらく指 でつつくのを楽しんでいるうちに、先ほどの嫉妬の気持ちは大分薄らいでいた。そんなオレの一連の 心境の変化を察してか察せずかあかりはくすりと笑い、母親が我が子ににするようにマルチの頭を優 しく撫でる。

 「本当に幸せそうだよね、見ているわたしも幸せな気分になれるくらい」

 慈しむような眼差しをしばらくマルチに向けた後、あかりはオレに顔を向けた。

 「ねえ、浩之ちゃん。高校生の頃…・えっと、確かマルチちゃんが試験期間を終えた次の月曜日だった っけ?わたしが言った事覚えてる?」

 忘れるはずが無い。あの時あかりに何を聞いたのか、そしてあかりがどう答えてくれたのか、その言葉 一つ一つがオレの頭の中にはっきりと刻まれている。

 「オレが『メイドロボットって欲しいか?』って聞いて、あかりが『マルチみたいな子だったら欲しい』 って言った事だろ?」

 「もし誰かと結婚したら」という部分はわざと外した。

 「ちょっと抜けてる部分があるんだけどね、一応正解だよ」

 「そ、そうか?抜けてる部分か…・うーん…」

 我ながら白々しいとは思いつつも、あくまで知らないふりをする。「結婚」が嫌というわけではない。 いや、むしろ出来るのならそれはオレの望む所だ。だけどそれを持ち出すにはそれを伝えるオレ自身の 「言葉の準備」が足りなかった。しかし、あかりはその事については詮索しなかった。

 「わたしね、今でもその気持ちは変わらないよ。ううん、マルチちゃんと出会って、マルチちゃんと一緒 にお料理の練習したり一緒に遊んだりして、もっともっと気持ちが強くなっちゃった。わたし、マルチちゃん と一緒にいたら楽しいし、もっと幸せになれると思うの。それでね、マルチちゃんをもっと楽しませてあげた いし、幸せにしてあげたい…・」

 そこであかりは一息おいて、オレの顔をじっと見つめる

 「わたし、マルチちゃんが欲しい」

 「……・・」

 あかりのこの言葉にどう答えるべきなのか、オレの頭の中は解答を出す為にぶんぶんと勢いよく回っては いたが、肝心の「答え」はまったく出てこなかった。
 しかし、これが逃げる事のできない「問い」であることは本能的なレベルではあるが分かっていた。もっとも 頭では分かっていても、それを実行するには尚も行動に移す心と躊躇の心がせめぎ合い、それがオレの口から 不器用極まりない「答え」を出させた。

 「欲しいって言ってもな、オレだってマルチが好きだし、大切に思ってるし……大体、四年間の学生生活を バイト三昧で過ごすの覚悟で『買った』んだぜ。欲しいと言われて、はいそうですかっておいそれと渡せねーよ」

 「ええっ?」

 あかりが目を丸くして驚いた声をあげる。どうやら自分が望む答えが出てこなかったらしい。が、オレは構わず 続ける。頓珍漢で的外れな事を言っていると思われようが仕方が無い。所詮は不器用者のやる事だ、上手い言い回 しなんか無意識レベルで出来やしない。とにかくここまで来た以上、開き直って自分が今現在思いつく言葉をだら だらと述べていくしかなかった。

 「だからな、マルチが欲しいというのなら…・・共有じゃなきゃ駄目だ。オレとあかり、二人でマルチと幸せに なっていく、それでなきゃ…それ以外は却下だ」

 随分と乱暴な「告白」だった。言った直後にあかりにオレの真意が伝わってるのかどうか危惧したが、あかりの 顔がたちまち喜色に満ちていくのを見て、それはいらぬ心配事に過ぎない事がすぐ分かった。

 「うんっ、うんっ…・」

 そう呟きながら首を縦に振りつづけるあかり、今こそオレ自身の素直な気持ちが言えそうだった。

 「オレ、あかりが好きだ…・・だから、ずっと一緒にマルチを幸せにしていきたい…」

 何の捻りもない、先ほどまでのオレだったら「落第」扱いするであろう単調な告白だった。しかし、あかりに とってはそれだけでも充分過ぎたという事は、オレの胸で顔をうずめてじっとしているあかりを見れば良く分かった。

 「本当ならもっと前に言わなくちゃいけなかったのに、ごめ…・・あれ?」

 「本題」を切り出そうとした矢先、あかりの口からは「すーすー」と、マルチに負けないくらい可愛らしい寝息 がもれていた。






 それから一時間が経過した。沈黙の時間は相変わらず続いていて、居間に聞こえる音も相変わらず冷蔵庫の音、時計の音、マルチの寝息と…・あかりの寝息。起きているのは胸に顔をうずめて眠るあかりを抱きかかえているオレ一人だけ。

 『あかりも精一杯の告白だったんだな…・』

 幸せそうな寝顔を見ながらそんな事を考える。多分、オレの答えを聞いて安心した途端に緊張の糸が切れてたちまち眠りに落ちたんだろう。

 「本当にごめんな」

 聞こえてはいないはずなのに、尚も謝らずにはいられない。「新しい関係に踏み出す言葉」なんかあかりにとってはどうでもいい事だったのだ。あかりが欲しかったのはあくまでオレの「あかりが好き」という言葉だった。

 「結局オレが一番悪い」

 そう呟いて、オレ自身の身勝手さに顔をしかめる。オレが「今までの免罪符となる言葉」を求めたばかりに、すぐに収まる所に収まる事がだらだらと長引く結果となってしまった。 
 しかし、かと言ってその「償い」をどうするか?・・・・別に「何もしない」のが一番良い「償い」なんだろう。ごちゃごちゃ考える前に行動で示せという事だ、その「行動」が如何なるものであるかは言うまでもない。

 「明日は三人で遊園地にでも行くか」

 とりあえず、金はすべてオレ持ちという事にしよう。拙い事ではあるが、これがオレが今できる二人への「最大のサービス」だ。




 「浩之さん・・・・・・あかりさん・・・・・・」

 マルチがそっと寝言を呟く、夢の中でもオレやあかりに甘えているんだろうか。オレは自由がきく右手でマルチの髪をそっと梳くように撫でた。

 『お前にも随分待たせちゃったな』

 そう思ったところでオレは「はっ」と頭に閃くものを感じた。

 『まさか、マルチのやつ・・・・・』

 ここ最近あかりにばっか甘えていたのは、もしかして・・・・・・
 有り得ない想像と決めるのは簡単だが、有り得る可能性も十分あった。マルチはたしかにおっちょこちょいな所はあるが、「察しの悪いバカ」ではない。いやむしろ利口な子だ。試験期間の時だって、自分の周りの状況、自分の運命、それ        らを全て分かっていながらそれでも明るく元気に振舞っていた女の子だ。オレ達の微妙なもどかしい関係を察する事がで        きないわけがない。

 『オレ達の関係を察して、あかりにべったりだったというのか?』

 マルチ自身あかりを好きである事は間違いないが、それに加えて、いや、だからこそオレをあかりに、あかりをオレに繋ぎ止めておくためにあかりにべったりくっついていたのだろうか?幸せそうな顔で眠るマルチの顔からは、それについ        ての正誤を確認する事はかなわなかった。いや、今となってはそれはどうでもいい事かも知れない。
 大切なのはオレはあかりとマルチが大好きで、あかりはオレとマルチが大好きで、マルチはあかりとオレが大好きだと言う事、オレ達の新しい関係が始まったという事だ。


 「しかし・・・・・」

 「懸案事項」が片付いたとうのにオレはぼやかずにはいられない。そう、確かに根本の原因はオレにあるのは承知だ。しかしそれでもぼやきたくなる。

 「新しい関係に踏み出したにしては、随分あっさりしてはいないか?」

 胸を打つような告白をしたわけでもない、ベッドインとまでいかなくともせめてキスくらいはしてもいいはずなんだが。まあ、これが「気心の知れた幼馴染同士」の新しい関係の踏み出し方とおも言えるのかも知れない。お互い           言葉を飾らなくても不器用な言い方でも相手が何を求めているかが分かる、そんな間柄の二人だからこそできる            「恋人への儀式」かも知れない・・・・・・・・・・・






 まあキスは、朝、あかりを起こす時にしてみるとするか








 
 部屋の中は相変わらずかすかな音しか聞こえなかった。

 だけど、そのかすかな音は先程よりはずっと澄んで聞こえていた。








 終



 

 後書きのようなコメント

 SS書くのは何ヶ月ぶりだろうか・・・・リハビリも兼ねて、「あっさりした告白物」を書いてみました。まあ、あっさり
しているかどうかの判定は読んだ方々にまかせるとして、こんな形で二人がくっつくのもいいんじゃないかと。

 ちなみにタイトルの「Another」は「もう一つの『マルチの話』」という意味です。蛇足ではありますが。





 ☆ コメント ☆

綾香 :「浩之って、ときどき妙に悩むわよね。普段は能天気なのに」

セリオ:「特にあかりさん絡みで、ですね」

綾香 :「そうそう。やっぱ幼馴染って特別なのかな」

セリオ:「だと思いますよ。小さい頃からずっと傍にいる相手ですし」

綾香 :「そっか。そうよねぇ。
     いいなぁ、あかり。羨ましいなぁ」

セリオ:「羨ましい、ですか?」

綾香 :「うん。あたしもあんな風に悩まれてみたい」

セリオ:「……。
     何を言ってるんですか」(−−;

綾香 :「へ?」(・・?

セリオ:「自覚、してないのですか?」(−−;

綾香 :「へ? へ?」(・・?

セリオ:「綾香さんの周りにいる者は、いーーーっつも悩まされてますよ。
     今日はどんなワガママを言い出すのか、今日もまた習い事から逃げ出すのか――って。
     それはもう、みなさんすっごく悩んでますよ。特に長瀬様とか」(−−;

綾香 :「いや、悩むってそういうのじゃなくて……。
     そんなので悩まれても嬉しくないし。
     て言うか、それ、なんか違う」(−−;





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