二次創作投稿(To Heart)
「しあわせの夢」
 作:阿黒




 ―― 私 は白い闇に 包 まれてい た
 なにか よく/わからない
 なにがわからないのか が わか らない
 細切れに/なった思考の 断 片

 つながらない/途絶/思い/切れ切れの/断絶/メモリー
 でも
 不安は/ない

「マルチ」

 浩之さんの声がする。
 この曖昧な世界の中で、あやふやな周りは変わらないけれど、
 でも、浩之さんがいるから
 私は何も 怖れない

「マルチ。おい、マルチ。何とかしてくれ。海之の奴がぐずっちゃってさー」
「あらあらしょうがないですねー。どうしましたかみゆきちゃーん」
 あやふやな何かは姿を消し、
 私は困ってる浩之さんの腕からぐずる海之くんを受け取った。
「はーいみゆきくーん、ママでちゅよー。どうしたんでちゅかー」
「…なんで赤ちゃん語になるかな」
「浩之さんだってなってるじゃないですか」
「そだっけ?」
 明後日の方に視線をさまよわせる浩之さんに苦笑する。
 そう語らいながら、体を軽くゆすってリズムを取りながら、抱いた海之の小さな背中を軽く、拍子を取るようにたたく。
「よ〜しよしよしよし。どうしたんですか海之くん?寂しかったのかなー?ママはここでちゅよー」
「パパがいるだろうがお前はよー。ったくお母さんっ子なんだから」
「そうなんですかー?寂しかったのかなー?」
 顔を覗き込むと、息子は小さな顔をほころばせて嬉しそうに笑ってくれた。
 かわいい。
 とってもかわいい。
「お腹が空いちゃったですか?」
 そういえば、そろそろミルクの時間かもしれない。
 そう思いながら浩之さんの方を見ると、既に馴れた手つきで哺乳瓶に粉ミルクを入れて、お湯を注いでいた。
「ちょっと待ってろよ、海之。もう少し冷めるまでな」
「すいません、浩之さん」
「いいって。っていうか俺、親なんだし。当たり前だろ?」
 頬に哺乳瓶をあてて、温度を確かめながら浩之さんはソファーに座った私の隣に腰を降ろしてくる。
 哺乳瓶を受け取り、ゴムの乳首を含ませると、海之は待ちかねたようにチュウチュウと音を立て始めた。
「…やっぱ赤ん坊って男親より女親の方を好むよなぁ。少なくともコイツは」
「そうでしょうか?」

 な にかを
 おきざりに、して、いる ような
 そんな きが した

「そうだって。…まあ仮に俺が海之だとしたら、やっぱり俺よりはマルチになつくぞ」
「えっと、それって、何気に自爆してないですか?」
「そうかもしれん。よくわからんが」
 浩之さんは少し拗ねたように、一心にミルクを飲んでいる海之の顔を覗き込んだ。
「…なんだかなー。こいつは」
 あまり意味がありそうではない呟きを漏らして、浩之さんは海之の右手をとりました。そんなお父さんの指を、海之はその小さな手でギュッ、と握ります。
「お、なんだ?どうした海之ー」
 嬉しそうに目元を緩める浩之さんです。
「うふふ。笑うと目元なんか浩之さんそっくりですね海之は。お父さん似ですね」
「それって何か、赤ん坊なのに目つき悪いとかそういうことか?」
「そんなことあるですけどないですよー。海之もお父さん似でハンサムさんですから」
「そっかー?でも顔の輪郭なんかはマルチ似なんじゃねえの?丸顔のとこなんか」
「あ、浩之さんひどいですー!」
「なんだよ。俺は誉めてるんだぜ?なあ海之〜」

 いま
 わたしは とても しあわせなのだ と おもう
 でも このしあわせは なぜか とても あやうくて
 は かな い ような

「…俺ら自身、まだ子供みたいなとこあるのにな。っていうか、社会的には俺なんて、まだまだ青二才なんだけど。
 それが、親になって…なんか、こそばゆいな」
「なれてくださいよ、浩之さん。海之もあと二ヶ月もすれば1歳の誕生日なんですから」
「…まずマルチがお母さんってのが信じ難いよなー。新妻とか幼な妻通り越して子供っぽいくせに」
「わ、私はメイドロボなんですから、容姿が変わらないのは仕方ないじゃないですか。
 そういう仕様なんですから…」

 わすれていた なにかが
 ほんのすこし
 すこしだけ
 そっと、うごきだしたような き が した

「…なあ、マルチ?」
 満腹したのか、すこし眠りかけている息子を指であやしながら、浩之さんは少し真面目な声でいいました。
「俺…思うんだけどさ。
 海之に…弟か妹、プレゼントしてやりたいかな、って」
「え……?」
 片手で海之の相手をしながら、もう一方の手でガシガシと乱暴に自分の頭をかいて、浩之さんは少し照れているようでした。
「俺は一人っ子だったからさ。まあ、あかりや雅史が弟妹代わりみたいなところもあったけど…結構、兄弟とか、憧れがあったんだよな。
 だから、ま、ほら…なんだ。
 まーだから…その、ほら。そういうことなんだよ、つまり」
 浩之さんの言葉は支離滅裂でしたけど、でも何を言いたいのかは、良くわかります。
「…浩之さんは、どっちがいいですか?」
 だから、その問いかけはするっと出てきました。
 私自身、それは望んでいたことでしたから。
「どっちって…」
「私は、どちらでもいいんです。男の子でも女の子でも。
 私たちの子供なんですから。
 まあ、どうせなら、今度は女の子の方が、バランスはとれてますけど」
「……はは」
 少し笑って、それから、浩之さんは眠り込んでしまった海之の手から、そっと自分の指を引き抜きました。
「…確かに、次の子は女の子がいいかな、希望としては。でも、まあ俺もマルチと同じ、どちらでもいいけどな。
 理由も、同じだから」
 そっと、海之の頭を撫でて。
 昏々と眠る海之に語りかけるように、浩之さんは小さく小さく、呟きました。
「…こんな気持ち…俺らの親も、持ってたんだろうな。
 そして、お前も、いつか、こんな気持ちを抱くようになるのかな」
 自分たちの子。
 この子を愛しむ理由は、ただそれだけで充分だった。
 浩之さんと、私と、海之。
 私たちは、今、ここに、いる。
 一緒にいる。
 そのことが、とても、私はとても、幸せだと思った。
 とてもとても幸せで、
 とてもとても幸福で、
 この時間がいつまでも、続いて欲しいと。
 この、
 怖いくらいに幸せな、時が。

  * * * * *

 カチリ。
 実際にそんな音がしたわけではないけれど、自分の身体の中で何かが組み合わさる。そんな音がしたような気がした。
 急速に鮮明になっていく思考。
 戻ってくる音と光。

 >EXCEED CHARGE
 >STANDING BY
 >555 ENTER/COMPLETE

 手首に接続されたケーブルから、メンテナンス用ノートPCと処理終了のやりとりを交わす。
 これは、人間の方には理解できない、感覚だろう。

 ちりん、ちりん。

 窓際の風鈴が涼しげな音を立てた。
 リビングから外を見ると、日は大分傾いている。そろそろ夕刻だろうか。

「お、マルチ起きたか」
「浩之さん」

 ノートや教科書の入ったバックパックをソファーの隣に下ろすと、浩之さんは少し悪戯っぽい笑いを浮かべました。
「どうした、なんだかまだ目が覚めてないような顔してるな。――寝ぼけてんのか?」
「あ、いえ…浩之さん、今お帰りですか?」
「おう。――あ〜あ、大学生は気楽な家業ってのは何時の時代の話なんだか」
 ソファーに座って大きく伸びをすると、浩之さんは少しだるそうに言いました。
「今日はバイトは入ってないし…どうする?夕飯の支度これからなら、一緒に買い物いくか?」
「あ、はい!そうでした!…ああっ、どうしよう!何も考えてませんでした!?」
「いや、別にそんな凝ったもんでなくても。アッサリとソーメンでもいいし」
「そ、そうですか?申し訳ありません…あ、今、麦茶でも持ってきますから」
「おう。ちょっと一休みしてから、買い物にいくか。…ところでマルチ?」
「はい、なんですか?」
 少し言葉を切って、それから浩之さんは少し興味深そうな顔をして、言いました。
「もしかして…さっき、夢でも見てたのか?」
「あ。はい」
「へーえ。…前にも聞いたことあったけど、マルチってどんな夢を見るんだ?
 いや、まあ、是が非でもってわけじゃないが…ちょっと興味あるし」
「えーと…」
 う〜ん、ちょっと恥ずかしいけど…
 でも、まあ…いいかな。
「…とっても楽しくて、とっても幸せな夢だったんですよー。
 私がお母さんで、浩之さんがお父さんになってた夢です」
「へぇ…そりゃまた…」
 ちょっぴり困ったような、それでいて照れくさそうな、浩之さんはそんな微妙な顔になりました。
「浩之さんがですね、赤ん坊がぐずるものだからなんとかしてくれーって私に言うんです。
 それで私があやしつけてると、浩之さん、ミルクとか作ってくれて。
 お母さんにはかなわないかな、とか、ちょっと拗ねちゃったりして」
「おいおい、俺がそれくらいで拗ねるかよ」

 浩之さんは笑ってる。
 笑っているけど、でも、何かがほんのひとしずく、混じっているような、そんな気がした。
 何の根拠もないのだけれど。

「私と浩之さん、赤ちゃんにミルクをやりながら、将来のこととか、親の気持ちとか、いろんなことを話すんです。
 この子はどちらに似てるかな、とか。
 目元は浩之さんそっくりとか。
 丸顔なところは、私に似てるとか」

「マルチ…?」

「浩之さんは、今とあんまり変わってないように見えて、しっかりお父さんになってて。
 私は自分ではちゃんとお母さんしてるつもりなんですけど、浩之さんは私がまだ子供っぽいとかからかったりとかして。
 そして、将来のこと、話すんです。
 赤ちゃんのこと、私たちのこと。
 この子に、弟か妹を、産んであげようって。
 男の子でも女の子でも、どちらでも、いいんだけど、でも、今度は女の子がいいかな?って。
 でも、どっちでも、私たちの子なんだからって…」

「マルチ…」

「私たち、親子三人身を寄せて、私たち、とてもしあわせで。
 赤ちゃんが、とってもあったかくて、ちっちゃくて、かわいくて。
 自分たちの親もこんな気持ちだったのかな、とか。
 兄弟姉妹のこととか。
 一人っ子の気持ちとか。
 でも、ただ、いまこうして親子そろって一緒にいることが、とても嬉しくて。
 とても、たのしくて。
 いっぱい、いっぱい、しあわせで。
 こんなに、
 こんなにしあわせで、こわいくらいにしあわせで、
 いつまでも、このまま、このままで、いられたら、って、
 このまま、このまま、このまま、
 このまま、夢を、見ていられたら、って、
 わたし、ほんとは気づいていて、
 夢だって、わかってて、
 でも、
 浩之さんの、赤ちゃん、私が産んで、
 私がお母さんで、
 たのしくて、うれしくて、しあわせで、
 わたしは、ほんとうに、しあわせで、
 わたしは………わたし……わた……」

「マルチ。…マルチ」

 どうして、浩之さんの顔が、ぼやけて。
 滲むのでしょう。

「あれ?あれれ?わたし、どうして?
 あれ?おかしいです。
 私、ちっとも悲しくなんかないのに。
 こんなに楽しい夢なのに、どうして、あれ?
 なんで?
 なんで、私、泣いて…るんでしょう?」

「…マルチ」

「こんなにしあわせな夢を見て、どうして私、涙なんか。
 そんな理由、ないのに。
 あれ。
 おかしいです。
 おかしいですよ、これ。
 私、どこか、こわれちゃってるのかな?」

「こわれてなんか、いないよ。
 多分…それは普通のことなんだと、思う」

 浩之さんは私を抱き寄せて、私の頭をいつものように撫でてくれました。
 私の顔を胸に抑えて、私が上を見上げるのを遮るように。
 浩之さんは、何も、言わなかったけれど。
 私は、抱き寄せられる瞬間、浩之さんの顔を見てしまっていたから。
 ――私は、なんとなくだけど。
 もう、いい、と思った。
 理解はしていない。
 でも、浩之さんが、私が感じたものを、漠然と…感じてくれていると。
 私たちは、わかってはいないけど、おなじものを感じているから。

 だから私は、私たちは。
 私たちにはかなわない夢を、あきらめることができると思う。
 あきらめていけると、思う。
 あきらめて、受け入れて、いけると思う。

 この気持ちを、決して忘れることはできないように。

「……もう少ししたら、買い物にいこうか」
「はい。…はい、浩之さん」


<了>








【後書き】
 ハッピーエンドとは言い難い話です。
 でも、安易に慰めの言葉を重ねて、わかったようなことをいって、安直にまとめたくはなかったし。
 というか、いい感じにまとめられるものではないですし。まとめていいもんでも、ないと思う。

 以前、掲示板かどこかでも書いた憶えがありますが、私は自分自身で「マルチED後」の話を書く気はしませんでした。
 私にとって、マルチの物語はPC版ラストシーンで終わってるからです。

 そして二人は、しあわせになりました。
 めでたし、めでたし。

 そこでエンドクレジットとスタッフロールが流れるわけです。自分の中では。
 多分、その後の二人が行く道は、決して平坦なものではないだろうけれど。
 たとえば、今回の作品のようなこととか。
 でも、そういったことも、受け入れて、背負って、また歩き出すだろうということは、自分の中ではもうわざわざ念押しするまでもないことで。
 でも、耐えられるからって、かなしいものはかなしいよな、と。
 まあ…そんな話ですね。

 マインやセリオでも作れる話ではあるけれど、これは、やはり、マルチの話だよな、と。
 いいたいこと、語りたいことはたくさんあるけれど、それを作中でキャラの口を借りて滔々と説明したり、後書きで解説するのもカッコ良いもんではないですので、まあこれくらいにしといたるわー。(何がだ)

 あと、蛇足ながら海之(みゆき)というネーミングですが。

「俺の占いが…やっと…はずれる」
「手塚―――――――――――――――――――!!!!!」

 やっぱ龍騎ネタかいっ!!!

 (手塚海之=仮面ライダー・ライア)






 ☆ コメント ☆

セリオ:「切ないお話でしたねぇ。マルチさんのお気持ちを考えますと……」

綾香 :「ストップ」

セリオ:「え?」

綾香 :「ここでそんなのを語るのは野暮ってもんよ。
     この場で真面目っぽい事を話しても蛇足にしかならないわ」

セリオ:「……そうかもしれませんね。下手な事を喋って読後感を壊してもいけませんし。
     では、いつも通りのノリで。
     ――きゃーん、海之くん、可愛いーーーっ♪」

綾香 :「い、いきなり飛ばしてるわねぇ。
     でもまあ、確かに赤ちゃんって可愛いわよね」(^^)

セリオ:「まったくです。見ているだけで幸せな気分になれますし」(^^)

綾香 :「それにしても、海之って名前、結構良いわね。カッコイイと思うわ」

セリオ:「ですね。同感です。
     尤も、わたしだったら敢えてその線は外しますけどね。まだ新しすぎますし」

綾香 :「……その線? 新しすぎ?」(・・?

セリオ:「わたしなら……そうですねぇ、烈とか一也とか壮吉とかにします」

綾香 :「へぇ。悪くないじゃない」

セリオ:「……」

綾香 :「ん? どうかした?」

セリオ:「……いえ。普通ならツッコミが入って然るべき場所だと思ったのに
     アッサリと流されましたので……ちょっと反応に困りまして」(−−;

綾香 :「ツッコミ? なんで? なにに対して?」(・・?

セリオ:「……ふむ。どうやらワザとスルーしたのではなく本当に理解していないみたいです。
     まだ『教育』が足りませんでしたか。これからはもっと厳しくしないといけませんね」

綾香 :「……イマイチ何の事かよく分かってないけど……
     取り合えず、本人を前にして不穏な発言するのはやめなさいって」(−−;

セリオ:「大丈夫です。意図的ですから」

綾香 :「もっとタチ悪いわい!」(ーーメ





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