藤田さん、お久しぶりです。

お元気してましたか?

私は、相変わらず元気です。

私の忌まわしき力・・・。

早いもので、藤田さんのお陰で制御できるようになって、もう5年になります。

私も、この4月に一流とはいえませんが、それなりに名前の通った商事会社にどうにか入社できました。

会社の先輩方は、皆さん優しい方ばかりで、本当に良くして頂いてます。

それでも、入社したての時は、右も左も判らずあたふたしていましたが、この頃漸く仕事にも慣れ、ホントに少し

だけですが、仕事に余裕が出来てきました。

もしかしたら、今の仕事、私に合ってるかも知れません・・・・・なんてね。


ここで、一つビックニュースです。

あまり、驚かないで下さいね。

何と、会社の先輩に告白されてしまいました。(きゃ!)

『結婚を前提にして・・・』と、言われましたので、告白じゃなく、プロポーズって言うんですよね・・・きっと。(はーと)

え? どんな人かって・・・へへへ・・・。

3つ年上の先輩で、ちょっと藤田さんに似た感じの人ですよ。

社内でも結構女子社員に人気があって、何にでも真面目で真摯な方です。

私が言うのも何ですが、よく仕事が出来て、上司からも取引先からも信望が厚く、部下(私もそうですが)からは、

とっても頼りにされてます。


私、プロポーズされた時、とっても嬉しかったです。(はーと)

嬉しかったんですけど・・・気がついたら、やっぱり断ってました。

まだ、藤田さんの事忘れられませんから・・・。





  題目  『 貴方への手紙  』





「はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜。」

出せない!
こんな手紙、出せるわけ無い!

私は、書きかけの便箋をくしゃくしゃっと丸めると、ゴミ箱目掛けてぽいっと捨てた。
紙屑は、ゴミ箱の縁に当たり、床に転がった。
ゴミ箱の周りには、同じ様な紙屑が幾つも転がっている。
私は、もう一度大きな溜息をつくと、机の上に突っ伏した。

そのまま、机の上に置いたパスケースを取って、中に入っている写真を眺めた。
藤田さんと一緒に写った写真。
私の大切な宝物。
その中の藤田さんは、何時も変わらぬ微笑を私だけに向けていてくれる。
この優しい眼差しに、何度勇気付けられ、励まされ、助けられたことだろう。

しばらく、ぼぉ〜〜〜〜っと、藤田さんを眺めている。
私だけに向けられた微笑が、心地良い。

私は、もう一度ペンを取ると、便箋との格闘を試みる。
何時ものように、出だしはスラスラっとペンが進む。
それから次第にペンが進まなくなり・・・また、くしゃくしゃっと丸めて捨てた。
紙屑は、ゴミ箱の前で失速して落ちた。

今日は諦めよう・・・・・まだ、明日も有るから・・・。

私は、スタンドの電気を消して、ベットに倒れ込んだ。
仰向けのまま天井を見ていると、蛍光灯の光が目に入って眩しい。

私の夢・・・。
私の夢は、大好きな藤田さんの隣で、ウエディングドレスを着て、バージンロードを一緒に進むこと。
私の夢は、大好きな藤田さんのために、ご飯を作ったり、お掃除をしたり、お洗濯をしてあげること。
私の夢は、大好きな藤田さんの、温もりや優しさに包まれること。
そんな、女の子だったら、ごく当たり前の夢。
そんな夢も、もう手の届かない所に行ってしまった。

私が、切望して止まなかった場所には、私以外の・・・あかりさんがいて、純白のウエディングドレスを纏ったあかり
さんが、私の前を・・・藤田さんと一緒にバージンロードを歩いて行った。
あかりさんの綺麗な姿を、あかりさんの喜びに満ちた涙を見送ったとき、私の些細な夢は消えてなくなった。
女の子だったら誰でも考える、大好きな人との優しい時間・・・・・私には永遠に遣って来ないと感じた。

別に知らなかったわけじゃない。
藤田さんが私を見る目と、あかりさんを見る目・・・・違う事ぐらい感じてた。
私は、藤田さんの優しさに・・・誰に対しても変わらない優しさに、勘違いをしていただけ。
その勘違いを認めたく無かっただけ。

藤田さんから、あかりさんと結婚すると聞かされた時だって、私は泣かなかった。
泣いてしまったら、現実を認めてしまいそうで怖かったから。
『お幸せになって下さいね。』
心にも無い事を言った。
それでも、藤田さんは私の言葉を信じてくれた。
『ありがとう。 幸せになるよ。』
愛する人の、満面の笑みに応える言葉が見つからなかった。
藤田さん・・・罪な人・・・・。

思い出すだけで、目頭が熱くなる。
枯れ果てたと思っていた涙が、頬を伝わって流れて行く。

・・・失恋・・・。

そんな言葉が浮かんでくる。
認めたくは無いけれど、認めなければならない言葉。

涙と一緒に、悲しみも流れ出たら・・・。
涙と一緒に、藤田さんの想い出も流れ出たら・・・。

・・・でも、まだ、ダメみたい・・・。

『明日は何処に行こう。』
もう一人の私が、私に囁く。

『明日は何をしようか?』
もう一人の私が、私に問い掛けてくる。

何をしても、何処に行ってもいっしょ。
どんなに素晴らしい景色を見ても心が躍らないし、どんなに美味しそうな料理を食べても美味しく無かった。
全ての世界が色褪せてかんじ、全ての物が味気なく感じた。
藤田さんがいない人生など、微塵の価値すらも見出せなかった。

藤田さんを忘れようと、一人になりたいと思って飛び出した傷心旅行。
でも、一人がこんなに辛いものだとは思わなかった。
一人が辛くて、返って藤田さんへの想いを募らせるだけだった。

心にぽっかり開いた穴・・・。
今は塞げそうにない・・・。

明日起きたら、湖の方にでも行ってみよう。
そう思った。
別に、行く目的が有るわけでもない。
行きたいわけではない。
ただ、そう思っただけ。

部屋の電気を切って、ベットに潜り込む。
明日、目を覚ました時、全てが夢であって欲しいと願う。
全てが夢で有るようにと・・・・・。




ざざざ〜〜〜〜〜。  ざざざ〜〜〜〜〜。  

ざざざ〜〜〜〜〜。  ざざざ〜〜〜〜〜。

無常にも朝はきた。
そして、奇跡も起きず、夢であって欲しいとの儚い願いは、夢のままで終わった。
現実は何も変わらない。
私が変わらなければ、何も変わらない。
判ってはいるけれど、変えられないでいる。

『一つの幸せの影には、幾つかの涙が有る』

誰の言葉だったか思い出せない。
思い出す気もない。
何もする気にはなれず、何も考えられない。
ただ、打ち寄せる波を、呆然と見詰めるだけ。
吸い込まれそうな波を、見詰めるだけ。
輝きを無くした世界より、静かな湖面の方が・・・。
いっそ、このまま・・・・・・。


「・・・あれ、姫川・・・・さん・・・・じゃない?」
「え?」
湖面に吸い込まれそうになった時、いきなり後ろから、自分の名前を呼ばれた。

「あ!やっぱり琴音ちゃんだ。  久しぶり振りだね。」
「あ・・・葵ちゃん・・・・。」
松原葵ちゃん・・・。
私のお友達・・・恋敵だった人。

「偶然だね。 どうしたのこんな所で?」
「う、うん・・・ちょっと・・・。 葵ちゃんこそ如何したの?」 

「え? 私は・・・ちょっと・・・。」
「どうしたの?」

「・・・誰にも内緒だよ。  私は・・・傷心旅行・・・なんだ。」
「!」

「笑っちゃうでしょ。 そんな柄じゃない事ぐらい判ってるんだけどさ。  藤田先輩のこと忘れられなくって・・・
神岸先輩とずっとお付き合いされてる事も知ったたし、御結婚される事だって知ってたんだけど、どうしても忘れる
事が出来なくて・・・・。   藤田先輩の結婚式に出て、ずるずる引きずった自分の気持ちに、踏ん切りをつける
心算だったんだけど・・・やっぱりダメで・・・。
だから、こうして、一人旅でもして一人で考えてみたかったんだけど、一人が寂しくて・・・想いが募るいっぽうで・・・。」
あっけに取られる私を尻目に、葵ちゃんは一気に捲くし立てました。
何かそんな姿が可笑しくって・・・。

「ぷっ! ふふふ・・・。」
思わず吹き出してしまいました。

「ひどい! 琴音ちゃん、笑うなんて酷い!」
当然ですね。
葵ちゃんは、真っ赤な顔して怒り出してしまいました。

「ごめんね、葵ちゃん。  だって、私も一緒だから・・・。」

「私も、葵ちゃんと一緒。  藤田さんに振られた記念の、傷心旅行。」
「え〜〜〜! 琴音ちゃんもそうだったの!」
驚きすぎだよ・・・葵ちゃん。

「ふふふ・・・。 だから可笑しくって・・・御免ね。」
「そうだね。」

それから、2人で笑った。
久しぶりに、おなかを抱えて笑った。
それこそ、涙が出るくらい笑い合った。
それから、日が暮れるまで、湖畔でぺちゃぺちゃお話をした。
旅館に帰って、美味しい料理を沢山食べた。
いっぱい、いっぱいお酒も飲んだ。
温泉の中で、少しだけ騒いだ。
ホントに少しだけだったのに、旅館の人にこっ酷く怒られた。

夜は、お布団を並べて、葵ちゃんと一緒に寝た。
昨日までは、枕を濡らしてばかりだったが、今日は違う。
葵ちゃんと遅くまでお喋りをし、まるで修学旅行の雰囲気で楽しく眠った。

次の日も、その次の日も、葵ちゃんと遊びまわった。
いっぱい、いっぱい遊んで、いっぱい、いっぱい食べて飲んだ。

帰りの駅のホームで、あれだけ書けなかった手紙が簡単に書けた。
葵ちゃんと2人で書いた、藤田さんと、あかりさんへの手紙。
その場で投函しました。
藤田さんと、あかりさんへのお土産、いっぱい買いました。
この手紙がつく頃に、葵ちゃんと一緒にお土産を渡しに行きます。
きっと、笑ってお話が出来ると思います。
きっと・・・・・。





「ねぇ、浩之ちゃん・・・。  葵ちゃんと琴音ちゃんから絵葉書来てるよ。」
「へぇ〜〜、あ、ホントだ。  何々・・・・・。

  こんにちは、藤田さん、あかりさん。
  今、葵ちゃんと一緒に、旅行に来ています。
  温泉に入って、美味しい料理を食べて、美味しいお酒を飲んで楽しんでます。
  二人で、抱え切れない程のお土産を買いましたから、葵ちゃんと一緒に遊びに
  行きますね。
  楽しみにしていてください。
  
  PS その時に、お二人の新婚旅行の話しも聞かせて下さいね。

・・・だってさ。
良いなぁ、温泉かぁ・・・涼しくなったら、俺達も行くか。」

「うん、そうだね。」
「なぁ、あかり・・・・。」

「どうしたの、浩之ちゃん。」
「今って、旅行シーズンだっけ? 芹香先輩に、綾香、志保に智子、レミィに・・・理緒ちゃんからも絵葉書来て
たよな。」

「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「どうした?」

「・・・浩之ちゃんらしいな、っと思って。」
「はぁ? どう言う意味だ?」

「・・・・・判らないなら良いよ。   それより、お片付け、早くしちゃお。」
「なぁ・・・あかり〜。」

「琴音ちゃん達が、何時来ても良い様にね。」
「はぁ?」

「私も、いろいろ頑張らないと・・・・ね、マルチちゃん。」
「はい、私もがんばりますぅ。」



「だから・・・・何なんだよ〜〜〜!」

おわり








−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
あとがき

ばいぱぁと申します。
何時もお読み下さいまして、有難う御座います。

何時も、何時も長いSSばかり書いてますので、今回は多少短めのSSにしてみました。
楽しんで頂けたら幸いです。






 ☆ コメント ☆

綾香 :「あたし以外にも葉書を送ってる娘がいっぱいいたのね」

セリオ:「それはそうでしょう。浩之さんはモテますから」

綾香 :「まーね。
     それにしても、あいつってば、やっぱり葉書の意味に気付いてなかったか」(−−;

セリオ:「あかりさんの言ってますけど、実に浩之さんらしいですね」(;^_^A

綾香 :「ホントよねぇ。
     ところで、セリオ? あなたは葉書とか送らなかったのね」

セリオ:「必要ありませんから」

綾香 :「そなの?」(・・?

セリオ:「はい。わたしは近いうちに藤田家専属のメイドロボになりますので」(^^)

綾香 :「はぁ? なによそれ!?」(@@;

セリオ:「何か問題でも?
     メイドロボを二人以上所有してはいけないという法律はありませんよ」

綾香 :「そ、そうだけど……。うう、セリオだけ、ずるい」(−−;

セリオ:「……」(^-^)v

綾香 :「それにしても、長瀬さんもよく許可をしたものね。
     愛娘を二人とも嫁に出しちゃうなんて」

セリオ:「一生懸命説得しましたから」

綾香 :「ふーん。説得ねぇ」

セリオ:「はい。セリオナックルで誠心誠意」(^^)

綾香 :「……それ、説得と違う」(−−;





戻る