俺は自室のベットの上でゴロゴロしている。
でも、ただ単にゴロゴロしている訳ではない。
朝から、ずっとゴロゴロしているのだ。

どうして朝からゴロゴロしているか・・・だって?
夏休みだからゴロゴロしているんだ。

受験生のはずなのに、ゴロゴロしていて良いのか・・・だって?
鋭い所を突いて来る…勿論、良い訳はない。
ただ、おれは、だらだらと時間を使って勉強をするより、短期間に且つ能率的に勉強した方が良いと考えている。
短い時間であっても、より集中して勉強した方が高能率であるのは言うまでもない。
このくそ暑い最中、だらだらと勉強をしていたからって、能率が上がるか? 集中力が持続できるか?

否!

無理である! 無謀である! 無茶である!
我々受験生といえども、息抜さや休息は必要不可欠である。
と、言うわけで、部屋でゴロコロしているんだ。

・・・・・・・・・・。


まぁ、それは兎毛角として、俺が生温い扇風機の風に当たり、涼(?)を楽しんでいた。
すると、突然ドアがノックされ、「入るわよ!」と言う声と共に香里が部屋に入って来た。

「きゃあああああああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」

耳を劈く香里の悲鳴。
ガラスがビリビリ鳴ってる・・・多分、御町内中に響き渡っただろう。

「く・・・。 こら、香里! いきなり人の部屋に入って来てなんて声出すんだ!」
俺は、耳に手を当てながら、香里に抗議の声をあげる。
くそぉ、耳鳴りがするぜぇ・・・。

「信じられない! 何て格好してるのよ!」
涙目になりながら、更に香里は怒声をあげる。
その声を聞いて、漸く自分の格好を見る。

「これが、男の夏の井出達だ!」
トランクス1丁の姿で胸を張る俺。

「バカ!」
更に大きな怒声と共に、香里のカバンが俺の顎にヒットした。




   題目『  真夏の夜の出来事  』



「・・・信じられない!」
まだ怒っているのか、香里は大きな瞳を吊り上げながら俺をじっと睨みつけた。

「しょうがねえだろ・・・暑いんだから・・・。」
「暑いからって、服ぐらい着てるのが常識でしょ! この野蛮人!」

「こら、こら・・・ここは俺の部屋だ。 ここで俺がどんな格好でいようが俺の自由だろ。」
「それはそうだけど・・・。 なら、『入るわよ』って声を掛けた時に何とか言いなさいよ!」

「それこそ言掛りだ。 ドアを開けながら声を掛けて来た奴に、俺は何て言えば良いんだ?」
「それは・・・・・。」

「香里だって、自分の部屋の中だったら同じ格好してるんじゃないのか?」
「し、失礼ね! そんな、破廉恥な格好するわけないわ!」
頬を赤らめながら、香里は反論した。

「それはそうと、何しに来たんだ。」
「え? ああ・・・ちょっと出かけようかと思って、名雪を誘いに来たのよ。」
「はあ?名雪なら今日は居ないぜ。」
確か今日は、高校最後の記録会が有るとかで、このくそ暑い最中隣町まで出かけて行った。

「・・・そうみたいね。 じゃぁ相沢君、替わりにどぉ?」
「はあ? 俺は名雪の代役か?」

「良いじゃない、そんな些細な事・・・・・どうするの? 行くの! 行かないの!」
香里の凄い剣幕に、一瞬身を引いてしまう。
が、よくよく観察すると、香里は耳まで真っ赤にしている。
剣呑とした声とは裏腹に、香里の瞳に怒りの色はない。
どちらかと言えば、おねだりをする仔犬の様な・・・そんな目をしている。

その時、俺はピンときた。
名雪が、今日記録会だって事ぐらい香里も知っていたはずだ。
・・・素直じゃない奴だ。
素直に、俺を誘いに来たと言えば良いのに・・・。

「・・・じゃ、行くか。」
「ええ、それじゃあ行くわよ。」
香里が、一瞬見せた笑顔・・・俺は見逃さなかった。






「なあ・・・何処まで行くんだよぉ。」
俺は、香里に不平不満をぶつけた。
俺の体温程度に上がった気温の中、かれこれ30分は歩き続けている。
お天道様が頭の上から少し頃いたとは言え、容赦なく照りつける夏の日差しは素肌に痛い。

「だらしないわね・・・男でしょ。」
「男も女も関係有るか! 暑いもんは暑いんだ。」

「あら、まだそんなに元気が有るじゃない。  まだまだ大丈夫ね。」
「・・・鬼!」

「あ〜〜ら、何か言ったかしら。」
香里は、ジト目で俺を睨む。

「べ〜つにぃ・・・・。」
俺は、明後日の方を向いて軽く受け流した。

「・・・ぷぅ! ふふふ・・・。」
「ははは・・・。」
俺と香里は二人で笑いあった。
二人で笑いあう・・・そんな些細な事でさえ、少し前までは考えもつかなかった。
あの日、俺の最愛の恋人−栞−が俺の前から、俺達の前から永遠に消え去ってから、俺達の時間は止まっ
ていた。
俺達は、いずれ栞がこうなる事くらい判っていた。
判っていながら、栞を受入れ、最後の笑顔を看取ったやった俺。
判っていながら、その現実を最後まで受容れられないでいた香里。
お互いに、失うものが余りにも大き過ぎたため、心に空いた穴を塞げないでいた。

慰めの言葉も空虚なものに聞え、差し伸べられた暖かな手でさえも、俺達の心を癒す事は出来なかった。
それでも、俺には名雪がいた、秋子さんがいた。
俺の心の隙間を、少しづつ埋めてくれた。
言葉じゃない。
ましてや物じゃない。
温かい気持ちと、優しい心。
俺の時間は少しづつ動き始めた。

春になった。
桜が咲き、暖かな日差しが心地良い春になった。
俺達は、3年生に進級したが、香里の姿は見えなかった。

妹の死。
それ以上に、香里は後悔と自責に囚われていた。
俺が考える以上に、香里の背負った十字架は大きかった。

それ以来、俺は香里の家に通う様になった。
香里の心の痛みは、同じ苦しみを、同じ悲しみを共感した俺にしか判らないし、香里の心を癒すのは、俺しか
いないと確信したから。
それが、栞に対する俺の贖罪だと思ったから。
香里の時間を動かす事が、俺の心を癒してくれた、秋子さんと名雪への恩返しだと思ったから。
時には傷付けあい、なじり合い、慰めあいながら、時は過ぎて行った。

そして、2ヶ月近くが経ち、紫暢花が咲く頃、教室に香里の姿が戻ってきた。
相変わらずの大人びた表情も、屈託ない笑顔も、作り物っぼく感じられたが、確かにそには香里がいた。
名雪がいて、北川がいて、俺がいて、そして香里がいる。
俺達が最初に香里に掛けた言葉・・・それは。
『お帰りなさい。』
だった。

「相沢君、何考えてるの?」
「え? いや、別に・・・って、あれ? ここ何処?」

「バスの中よ。」
「何時の間に?」

「相沢君が、一人の世界に旅立ってから。」
「何処に行くんだ。」

「・・・内緒。」
「どうして?」

「後の楽しみが無くなるからよ。」
「・・・・・・。」

「バスを降りたらすぐよ。」
「・・・・・・。」
にこやかに微笑む香里と、不安と不満だらけな俺を乗せたバスは、更に20分程何も無い田舎道を走って行った。






「はあ〜〜〜。なんだここは?」
「知らないの? 温泉旅館って言うのよ。」
さも、当然の如く言ってのける香里。

「それ位見れば判る!」
「そう。 じゃ、早く入りましょっか。」

「まて! 何ゆえに、このくそ暑い最中、温泉に入らにゃならん!」
「あら、そう? 温泉に入って、浮世の垢を落としつつ、健康的な汗を流すなんて量高じゃない。」

「そりゃ、そうかもしれんが・・・。」
「でしょ・・・。 それに、ここ混浴よ。」

「え! そ・・・そうなのか!」
「そうよ。  だから、フロントで水着借りてきてね。」

「・・・うぐぅ!」
さっさと、温泉宿に入って行く香里の背中を見つめる俺。

くそう!変に期待持たせやがって・・・・。





「・・・・・で、ホントの所は何なんだよ。」
左程広くないロビーで、お茶を飲みながら切り出した。

「ここまで引っ張りまわしておいて、『ホントに入りたかっただけ。』なんて理由なら、本気で怒るぞ。」
「・・・そう、言ったら?」

バン!

「帰る!」
俺は、机を両手で叩きながら、勢い良く立ち上がった。
ロビー中に机を叩いた音が響き、数人の客と、従業員の動きが一瞬止まった。
突き刺さる様な視線が痛い。

「ご、ごめんなさい・・・悪かったわ。」
俯き加減で、素直に謝る香里。

「・・・・・・・。」
腹に据えかねる物は有ったものの、香里のあまりもしおらしい姿に取り合えず腰をおろした。

「・・・先月の事よ。 栞の部屋を掃除してた時に日記を見つけたの。」
「・・・何が書いてあったんだ。」

「残念だけど、去年の日記だから、相沢君の事は何も書かれてないわよ。」
「・・・そう・・・か。」

「書かれていたのは、栞の願望に、切望に、希望。  でも、それは健康な私達なら誰でも出来る事ばかり。
春には桜を見に公園に行きたいとか、夏には海やフールに行きたいとか、秋には野山を歩きたいとか、冬には
雪遊びがしたい・・・とかね。」

「栞の願いが、こんな些細な事だなんて想像も出来なかった。  もう遅いって事ぐらい知ってる。
でも、どうして、その時に気付いてあげられ無かったのかって・・・・・どうして、栞の願いを聞いてあげなかったの
かって、凄く後悔して・・・・。   でも、今日ならあの子はここにいるから・・・今日くらいお姉ちゃんらしい事してあ
げたくって・・・。  小っちゃな、小っちゃな、栞の声を聞いてあげたかったの。」
「そうかあ・・・。」

忘れてた・・・。
今日は、栞の初盆・・・。

「そんな時、本屋でたまたま雑誌を見たら、この旅館の事が紹介されていたのよ。  大自然の中のひなびた
温泉旅館、川のせせらぎが聞える露天風呂に、絶景を望める展望風呂・・・。  私自身は、温泉巡りが趣味って
訳じゃないんだけど、目が離せなくなったの。  栞と二人で来れたら、どんなに楽しかっただろうって・・・・。  
ごめんなさい、こんな私の我侭に付き合わせちゃって・・・。」

「・・・栞は・・・栞は、ここに居るのか?」
「ええ・・・ここに居るわ。」
そう言うと、香里はバッグの中から写真を取りだした。
笑顔が眩しい、栞の写真だ。
俺は、香里から写真を受取ると暫<眺めた。
今にも、『祐一さん。』と、声が聞えてきそうな気がした。

「・・・栞を、感じるよ。」
「ええ・・・。」

「そんな事なら、先に言ってくれれば良いのに。  俺が反対するとでも思ったか?」
「ううん・・・。  相沢君なら反対はしないだろうって・・・。」

「遠慮なんてするなよ。」
「ごめんなさい。」

「それじゃぁ、姉妹水入らずの所を邪魔して悪いが、3人で行くか。」
「あ、ありがとう、相沢君。」

「そうと決まれば早く行こうぜ、帰りが遅くなっても悪いからな。」
「あら、何言ってるの? 折角来たんだから、ゆっくりして来ましょうよ。 それに、最終ハスはもう行っちゃった後な
んだし。」

「え?」
「それに、相沢君と二人で温泉に来たかった、って言うのも・・・ホントよ。」
香里は、俺にカギを見せた。
頬を朱に染めた香里の顔が、愛らしかった。

「・・・さ、行きましょ。」
徐に立ち上がると、俺に手を差し伸べてくる。

「あ、ああ・・・。」
しばらく香里の手を見詰めてから、俺も香里の手を取り立ち上がった。
俺も香里も、まともに相手の顔が見られない。
意を決し、香里の顔を見ようと顔を上げた。
香里の目と目が合ってしまう。
みるみる頬が朱に染まっていく。
心臓が、爆発しそうなほど高鳴っている。
繋いだ手を握り締めた。

「・・・行くか。」
「・・・ええ。」
難く繋いだ手と手を離さないまま、俺達は部屋へと向かった。


思えば、俺と香里。
微妙で繊細な関係だったと思う。

友人であり、恋人の姉である香里。
親友のいとこであり、妹の恋人であり、友人である俺。

同じ心の痛みを感じ、同じ苦しみと悲しみを負った者同士。
励ましあい、助け合い、時には詰り合いながらも、同じ傷から立ち直った者として、友人以上の感情を抱くのに、
それ程時間はかからなかった。
その感情の変化は互いに感じていた。
・・・が、お互い、一歩を踏み出す事はなかった。

亡き恋人の姉である香里を愛する事は、栞と言う存在を否定してしまいそうだから。
親友が7年間待ち焦がれた初恋の人を、亡き妹の恋人を愛する事は、大切な二人を裏切る事になるから。
お互いが傷付く事も、お互いを傷つける事も恐れていたし、お互いがその微妙で繊細な立場を望んでいた。
その様を見る者にとっては、もどかしくも、歯痒くも感じられたかもしれない。
しかし、その微妙な二人の一線は、二人が望んだ不可侵なものだった。

歩み出す勇気と、留まる勇気。

しかし、今、二人は歩み出した。

遅すぎたのかもしれない。
しかし、お互いの気持ちを整理するには必要な時間だったと思う。

未来への希望を抱き、俺と香里は勇気を持って一線を越えようとしている。
微妙で繊細な関係に終止符を打とうとしている。
難<握った手と手を離さないように。




・・・・その夜


「・・・・信じてるわ・・・相沢君。」
「香里・・・。」
露天風呂にも入った。
展望風呂にも入った。
美味しい夕食もたらふく食べた。

並べて敷かれた布団に座り。
電気を消した。
暗闇の中、月明かりに香里の姿が浮かぶ。
心臓の鼓動が聞えてきそうだ。
旅館の浴衣を纏った香里は、夏祭りで見せた鮮やかな浴衣と違って艶やかに見える。

手を伸ばせば届きそうな所に、香里がいる。
大好きな香里がいる。
もう、感情を押さえる事なんて出来なかった。


「相沢君・・・ここに写真を置いとくわね。」
「え?」

「まさか、亡き恋人の遺影を前にして、その実の姉を襲ったりしないわよね。」
「え〜〜!!」

「それじゃ、相沢君おやすみなさい・・・。」
「え〜〜〜〜!!」
香里は、さっさと布団をかぶると、背中を向けて寝息を立て始めた。
俺は、香里の言動にあっけに取られた。

栞の写真に目をやる。

・・・・・・ダメだ・・・できない・・・。

俺は、殺意にも似た感情を抱きつつ、香里と共に清く正しい朝を迎えるのであった。


                                   おわり!






−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
あとがき

ばいぱぁと申します。
私めの駄文を、何時もお読み下さいまして有難う御座います。

いんちょ事、保科智子嬢に壊れた私は、「とうはと」一筋でSSを書いておりましたが、
今回「かのん」初チャレンジです。
香里様のファンの方には「余りにも違い過ぎる!」との御批判を受けそうですが、何卒
御容赦の程を・・・。

今後は、「とうはと」ともども、「かのん」も書いて行きたいと思いますので、宜しくお願い
します。



 ☆ コメント ☆ 芹香 :「……♪」(´`) 綾香 :「? 妙に嬉しそうね」(・・? セリオ:「なにかあったのですか?」(・・? 芹香 :「……」(´`) 綾香 :「え? 友達が遠くから大勢訪ねてくる?」 セリオ:「一年ぶりにお会いする、ですか。      なるほど、それは楽しみですね」 芹香 :「……」こくん 綾香 :「それじゃ、いろいろおもてなししないとね」 セリオ:「美味しいお食事をご用意します。あと、客間の支度も」 芹香 :「……」ふるふる 綾香 :「え? いらない?」 セリオ:「せっかく作っていただいても食べられない、ですか?      眠ったりもしないからベッドも必要ない?」 芹香 :「……」こくこく 綾香 :「……ね、姉さん。まさかと思うけど、友達ってのは……」(−−; セリオ:「ひょっとして……ひょっとします?」(−−; 芹香 :「……」(´`) 綾香 :「……ま、まあ、お盆だから、ね。あ、あはは」(−−; セリオ:「……お、お盆ですからね。は、はは……はぁ」(−−; 芹香 :「……」(´`)v


戻る