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マルチの話〜または藤田家のバ家族日記〜

ひかるの複雑な男女間事情

             くのうなおき



 「ただいまぁ・・・・」
 ご機嫌斜な声と共にわたし達のいる居間にやってきたひかるは、膨れ顔に右膝にわずかながら血
をにじませ、黄色いリボンで後ろ結びにした髪はぼさぼさに乱れ、服は土ぼこりで汚れていた。二
週間ぐらい前からだろうか、ちょくちょくこのような姿で家に帰ってくるようになってきた。
 おそらくというより間違いなくお友達とケンカ・・・多分取っ組み合いのそれをしてきたのだろ
うと思うけど、膨れ顔でむくれている分にはまだまだ大丈夫と、わたしもマルチちゃんも敢えてケ
ンカの相手とその訳を聞かないでいた。お友達がたくさんできればできるほどぶつかり合う事も自
然と増えていくだろうし、そういうぶつかり合いの中で子供達は成長していく。子供達の間で解決
できる領域に大人が入り込む必要はないというのが、わたし、浩之ちゃん、マルチちゃん三人の考
えだった。
 とは言うものの、こうも短い間に頻繁にケンカをして帰ってくるとさすがに何が原因で相手は誰
なのかぐらいは気になってくる。ひかるは顔は幼い頃のわたしにそっくりだけど、性格はどちらか
というと浩之ちゃんに似たのか活発で少し意地悪されたからといって泣き出したりめげたりする娘
ではない。しかし、取り返しのつかない事になる前に知っておくべき事ぐらいは知っておいた方が
いい。
 「もう、いやんなっちゃうよ!」
 ひかるがランドセルを少し乱暴に叩きつけるように下ろすと「ばぁん」と大きな音が居間に響いた。
その音にひかるは、わたし達が注意する前に罰の悪そうな顔をこちらに向けた。
 「・・・・ご、ごめんなさい・・・・」
 先ほどの不機嫌さから一転してしゅんとなるひかるに、わたしとマルチちゃんは顔を見合わせ苦笑した。
 「ひかるちゃん、お父さんとお母さんが買ってくれたランドセル、大事にしなくちゃダメですよ?」
 「めっ」と軽く睨む素振りを見せた後、マルチちゃんはくすくすとひかるの気持ちを和らげるように
笑った。ひかるは「う、うん・・・・」と、もじもじとしながらも素直に返事をして、ソファーに座った。
 「さっひかる、足を出して」
 その間にわたしは救急箱を持ってきてひかるの膝に消毒を始めた。
 「そ、そんな・・・・ばんそうこうはるくらい、わたしだけでできるよぉ・・・・・」
 「何いってるの、この前も同じとこケガした時、ひかるったら消毒もしないで貼ろうとしたじゃ
ない?お母さんがやるのを良く見ていなさい」
 「うう・・・わかったよぉ・・・・・」
 ひかるは恥かし気に顔を赤くしながらもされるがままになっている、当然の事だけどわたしが
手当をしてる所なんかには少しも目をくれていない。しかしわたしにとって、それは少しも構わな
い事だった。
 傷の手当が終わった頃にはひかるの昂ぶった気分もすっかり治まったようで、「おかあさん、あり
がとう」とぴょこんと頭を下げた。
 「どういたしまして♪」
 わたしは微笑みを返すと、ひかるの顔をのぞきこむように見つめる。
 「それで・・・どうしたの?だれとケンカしたのかな?」
 わたしの問いに、最初ひかるは言おうかどうか迷う素振りをみせたが、わたしとマルチちゃんの視
線の前に黙秘は不可能と悟り、いや、それ以上に打ち明けたい衝動にかられたのか勢い良くケンカの
内容を話しだした。
 「けいすけってやつなの。いつもいつも髪ひっぱったり頭たたいてきたり・・・・わたしにいじわる
ばっかりしてくるんだよ。そのたびにケンカになっちゃうんだけど、あいつぜんぜんこりないんだから
・・・・・今日も帰りにわたしのスカートめくってきて!わたし・・みんなにパンツ見られちゃって
・・・はずかしくてあいつの頭なぐっちゃったの。そしたらあいつ、わたしにたたきかえしてきてね・・・」
 「それで髪はぼさぼさになって膝を擦りむいたわけね。うーん、確かにそのけいすけ君って子が悪いよ
ね、スカートめくられたりしたら怒るのは当たり前だよ」
 「でしょ、でしょ?パンツなんて男の人にはお父さんにしか見せた事なかったのに、あいつったら!!」
 ケンカの内容を話していくうちにひかるはまたカッカしてきたようで、何気にとんでもない発言まで飛
び出してきたが、下手になだめてもひかるの気持ちは治まりそうも無いのでこのままひかるの好きなように
話させる事にした。


 「けいすけったら、またわたしの足をけってきたんだけど、わたしはこうやってよけて・・・・」
 ひかるの話はけいすけ君への怒りより自分がどうやってケンカをしたかに移ってしまっていた。身
振り手振りで自分がどうやって「けいすけ君」という子を叩いたか、けいすけ君という子がどう反撃
したかを熱心に話し、わたしもマルチちゃんも、ひかるの思った以上の「お転婆」ぶりに苦笑を抑え
るのがやっとだった。
 「で、けいすけにスキができたから・・・・・思いっきりあいつのキンタマけっとばしてやったの♪」
 「キ、キンタマぁっ!?」
 わたしとマルチちゃんは思わず口をそろえて叫ぶ。子供だって成長していけば、お友達と付き合って
いれば、わたし達が教えていない色んな事、色んな言葉を覚えていくのは当然の事だ。しかし、可愛い
娘が楽しげに「キン・・・」なんていう言葉を発すればやはりぎょっとしてしまう。
 わたし達の驚きの声に「えっへん」と胸を張って誇らしげに武勇伝を語っていたひかるも、「あ・・
・・!」と、自分がはしたない言葉を発した事に気付き、三人が三人とも気まずさに黙り込む状況とな
ってしまった。

 「それで・・・けいすけ君はどうしたんですか?」
 ぎこちない感じでマルチちゃんが聞くと、ひかるは先ほどとはまたまた打って変わって恥かしげに答
える。
 「ぴょんぴょんと飛びはねて、『ごめん、もう絶対しないから!』とあやまったの・・・・でも、本当に
いじわるしないかどうかは分からないよ・・・・?」
 「た、多分、しばらくはひかるに意地悪はしないと思うわ」
 わたしは確信を込めてそう言った。マルチちゃんも困ったような笑顔で頷く。
 「そう?だったらいいんだけど・・・」
 そこでひかるは「はぁ・・・」とため息をついた。
 「でも、なんであいつったらあんなにわたしにいじわるしてくるんだろう?他の女の子には何もしない
のに、わたしばっかりねらってくるんだよ?」
 「えっ?」
 わたしは声をあげると思わずひかるに聞き返した
 「その子、ひかる以外の女の子には意地悪しないの?」
 「うん、真理ちゃんにもルミちゃんにもぜんぜん何もしないんだよ」
 どうやらわたしは「けいすけ君」という子を思い違いしていたようだった。今までのひかるの話から、
てっきり女の子には誰彼かまわずいたずらをしかけてくる子だと思っていたけど、どうもそういうわけでは
なさそうだった。
 「どうしたの、お母さん?」
 考え込んでるわたしに、ひかるが訝しげな様子で声をかけてくる。正直、これをひかるに言うのは気が引
けるのだけどれど、ひかるの疑問に答えてあげるのは「人生の先輩」としての義務だろうし、それによって
ひかるが「けいすけ君」に対してどういう風に思うかはひかるが決める事だ。
 わたしは決心すると、ひかるの隣に座ってその小さな肩を抱いた。
 「・・・・?」
 きょとんとした顔でひかるがわたしを見つめているが、わたしはかまわず話をはじめることにした。
 「あのね・・・お母さんが思うに、その『けいすけ君』って子、もしかしたらひかるのことが好きなんじゃ
ないかな?」
 「えええええっ!?」 
 ひかるは素っ頓狂な驚きの声をあげた。それは無理も無いだろう、自分にあれこれ意地悪する子が実は自分が
好きだったなんて、この年頃の子には想像もつかないだろうから。
 反対側に座っているマルチちゃんも一瞬意外な表情を見せたが、わたしの言いたい事をすぐに分かってくれたよう
で、すぐににこにこと笑みを浮かべて「はい、お母さんのおっしゃる通りですね♪」と嬉しそうに言った。
 「どういうこと・・・?だって、けいすけのやつ、いじわるばっかしてるのに・・・・・」
 「それはね、多分ひかるが好きだから構って欲しくて、色々意地悪してくるんじゃないかな?本当に女の子を
いじめるのが好きな子だったら、いつもいつもやり返されてるのに、ひかるだけに意地悪するってのはおかしいよ」
 「で、でも・・・・なんでお母さんはそういう事がわかるの?」
 ひかるは尚も納得できない様子で聞いてくる。しかし、わたしはその直感に自信があった、なぜなら・・・・
 「お父さんの小さい頃・・・そうね、今のひかるよりもっと小さい頃がね、そのけいすけ君って子みたいだった
のよ」
 「ほほほ、ほんとに!?」
 ひかるはわたしの腕を揺すってくる、わたしの言ってる事なんかまったく信じられないという顔だった。ひかるの
知っている浩之ちゃんは、時には厳しいところもあるけど、普段はとっても優しい「素敵なお父さん」だ。そんなお
父さんが自分に意地悪ばっかしてくる「いやな奴」みたいだなんて、それは信じたくないだろう。
 「ほんとうだよ。小さい頃のお父さんったらすぐにお母さんの髪をひっぱったり、スカートめくったりして・・・
お母さん、ひかるみたいに強くないからすぐ泣いちゃってね、お父さんが怖くて怖くて仕方なかったの」
 「でも、でも・・・何でそんなひどいお父さんとお母さんは結婚したの?」
 ひかるの当然の疑問に、わたしはひかるの髪をそっと撫でながら、想い出を紡ぎ出すように語りかけた。
 「ある日ね、かくれんぼした時にお父さんったらまたお母さんに意地悪して、オニだったお母さんを放っておいて
どっかいっちゃったの。でも、泣いているお母さんを迎えに来てくれて・・・その時、お父さんも泣いてたのよ」
 二十数年たっても色あせることなく思い出せるあの日、わたしと浩之ちゃんの始まりの日・・・・話ていくうちに
胸が甘く締め付けられていくのが良く分かった。
 「お父さんったら、自分がひどい事したからって自分の手を木にぽかぽか殴りつけて血だらけにしちゃって、『ごめ
ん・・・ごめん』って謝ってくれたの。それでお母さんお父さんの事を怖く思わなくなったの、本当は優しい人だって
事が分かったから」
 ひかるはまだ訝しげな顔をしていたが、それでもわたしの話に熱心に聞き入っている。
 「大きくなってからお母さん、お父さんに聞いてみたの。『あの頃どうしてわたしばっかりいじめていたの?』っ
て、そしたらお父さんね、真っ赤な顔して『好きだったから』って言ったのよ」
 「お、お父さんって、ひねくれてるよぉ・・・・」
 わたしはひかるの呆れた呟きに大きく頷く。
 「そう、お父さんだけでなくて、男の子ってとってもひねくれてるのよ。本当は欲しいのに『いらない』って言
ったり、本当は好きなのに『嫌い」って言ったり、好きな女の子に自分を好きになって欲しければ優しくしてくれ
ればいいのに意地悪したり・・・・」
 「本当のこと言わなきゃわからないのにね?」
 わたしが苦笑を浮かべて「そうだよね」と言うと、ひかるはそのまま黙り込んでしまった。どうやらわたしの話を
信じる気にはなったが、それが故にけいすけ君をどう思っていいのか迷っているようだった。
 「ただ、けいすけ君がひかるの事を好きだといっても、それでどうするかはひかるの自由よ。好きになるのも嫌い
なままでいても全然ひかるは悪くないから」
 そこまで言って、わたしはひかるの顔が何時の間にか赤くなっているのに気付いた。
 『もしかして、ひかるもその子のことを・・・・?』
 わたしの視線に気付いたのか、ひかるは首をぶんぶんと振る
 「う、うん・・・っ分かった・・・お母さんありがとう・・・・」
 そう言ってぴょんとソファーから降りると、「それじゃあ着替えてくるね・・・」と、もぞもぞ呟いて居間を出て
行った。居間のドアがぱたんと閉まり、とんとんとん・・・と、二階の自分の部屋に向かう光の足音を聞きながら、
わたしはマルチちゃんと顔を見合わせた。
 「あかりさん、もしかして・・・ひかるちゃんも、そのけいすけ君って子が好きなんでしょうか?」
 マルチちゃんもひかるの様子を見て、わたしと同じ事を察したようだった。
 「少なくとも・・・意識はしてると思うよ。あれこれちょっかい出してくる子って、良かれ悪しかれ気になるものだから」
 「やっぱりそれって、あかりさんの経験からでしょうか?」
 マルチちゃんはにこにこと笑みを浮かべて聞いてくる、わたしが「もうっ」と、苦笑を浮かべてマルチちゃんの頭を
こつんと軽く叩くと「えへへへ・・・」と悪戯っぽい笑みを浮かべ、ちろっと可愛らしい舌を出した。
 「いつからマルチちゃんはおませな口を利くようになったんだ?」
 わたしはマルチちゃんを抱えて膝の上に引き倒し、そのままマルチちゃんの頭をわしゃわしゃと掻きまわす。マルチ
ちゃんは「きゃっきゃっ♪」と楽しそうに手足をばたつかせてされるがままになっていた。しばらくじゃれ合った後、
わたしは「ふうっ」と一息ついた。
 「そうね・・・わたしの経験からすると、けいすけ君って子がちょっとでもいいからひかるに優しくしてあげれば、
たちまち二人は仲良しになれると思うな・・・・・・」
 マルチちゃんは顔を上げると「それで?それで?」と目を輝かしてわたしを見つめる。わたしは苦笑を浮かべてマルチ
ちゃんの頬をちょんちょんと突付いた。
 「そこから先は分からないよぉ・・・仲良しになって小学校、中学、高校・・・・とずっと一緒に時を過ごして結婚まで
行くかどうかはひかる達次第だし」
 「でも、『経験者』としてはそうなって欲しいんですよね?」
 「もうっ」
 わたしが手を上げると、マルチちゃんは「きゃあっ」とおどけた声をあげながらわたしの膝に顔を埋め る。今度はかき
まわしたりはせずに、マルチちゃんの頭をいつものように撫でてあげた。
 「わたしは、あかりさんと浩之さんのように、ひかるちゃんも幸せになって欲しいと思いますー」
 気持ちよさそうに目を細めながら呟くマルチちゃん、その幸せそうな顔は頭を撫でられてる事だけが理由ではなさそうだった。
 「うん・・・わたしもマルチちゃんと同じ気持ちだよ、『経験者』としては・・・ね」
 「えへへへ、ごちそうさまですー♪」
 
 
 
 しかし、やはりわたしはわたし、ひかるはひかる、浩之ちゃんは浩之ちゃん、けいすけ君はけいすけ君であり、ひかる達
の人生がわたし達の辿ったそれになぞられるわけではなく、数日後ひかるはまた髪をぼさぼさにし、服を汚して家に帰ってきた。

 「あーもうっ!けいすけのやつ、ぜんぜんこりてないんだからぁっ!!」
 先日と同じ膨れっ面に不機嫌な声を出すひかるに、わたし達は「はあ・・・」と、苦笑まじりのため息をつく他なかった。
まったく、小学生いえども、いや小学生だからこそ男女の関係というものは中々スムーズにはいかないらしい。
 それでも「けいすけ君」への不満を話すひかるの顔には、先日とは違ってどこか照れくさい様子が見えていた。これもまた
一つの「始まり」なのかも知れない。



 願わくば、それがひかるの幸せへの始まりでありますように・・・・・・・









         終

 


 後書きのようなもの

「藤田ひかる、浩之とあかりの娘で、容姿はあかり似性格はどちらかというと浩之似で活発。マルチとは生まれた時から
姉妹も同然に育ち、『マルチお姉ちゃん』と呼んで慕っている。好きなものは母や姉と同じく『くまグッズ』。絵が得意で、
しょっちゅう父母のいちゃいちゃしている絵を書いては周囲を慌てさせ(一部喜ばせて)いる。多少ファザコンな所がある
が、同年代の男の子も気になる複雑なお年頃。必殺技は『キンタマ蹴り』」・・・・とまあ、6回目の登場でようやく
「藤田ひかる」もある程度キャラが定まってきたようです。「キャラが自己主張」という領域にはまだまだですが、とりあえず
「どういう行動をとるかは察しがつく」ぐらいにはなったような感じです。このまま書く側にとっても読んでくれる方々に
とっても楽しいキャラになっていってくれれば幸いといった所でしょうか。

 それではまた次回の話で会いましょう。







 ☆ コメント ☆

綾香 :「ひかるちゃんって、結構気が強いのね」(^^;

セリオ:「ビックリしました」(;^_^A

綾香 :「ええ、あたしも驚いたわ。まさか……あんなことまでするなんて」

セリオ:「あんなこと、とは?」

綾香 :「そ、それは……あ、あれよ。き、き……キン……キン……キンキン……」

セリオ:「ケロンパ?」

綾香 :「ちゃうわ! そうじゃなくて……だ、だから……蹴りの事よ、蹴りの」

セリオ:「蹴り? ああ、キンタマ蹴りの事ですか」

綾香 :「躊躇いもなくサラッと言うし……。
     そうよ。それのことよ。
     まったく、こんな容赦ない攻撃をどこで覚えてきたんだか。
     もしかして、誰かに習ったとか……」

セリオ:「わたしじゃないですよ」

綾香 :「……」(−−;

セリオ:「違いますからね。対男の子用の最終奥義、だなんて知りませんからね」

綾香 :「……。
     ま、いいけどさ」(−−;

セリオ:「それはそうと、ひかるちゃんですが……。
     お転婆、少しは直した方がいいかもしれませんね」

綾香 :「なんで? いいじゃない、これくらい。子供は元気な方がいいわよ」

セリオ:「そうなんですけど……このままですと、第二の綾香さんになってしまう恐れが。
     それは本人の為になりませんし、なにより周囲の人が非常に危険(どげしっ)あうちっ」

綾香 :「どういう意味よ!?」(ーーメ

セリオ:「……こ、こういう意味なんですが……がっくし」(×o×)




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