あの人がいればどこだっていい。

        あの人がいれば何も要らない。

        あの人がいればどんな苦労にも耐えられる。

        だから私は決意した。

        私を縛る肩書きを捨てることを

 

 

 

 

   「浩之ちゃーん!」

   あかりは藤田家の呼び鈴を押しながら、幼なじみの名前を呼ぶ。

   「浩之ちゃーん! 早く起きないと遅刻するよー!」

   いつもと変わらない光景。そう、ここまでは。

   3分後、あかりは呼び鈴を押す手を止め、悲しげにため息をついた。

   「そっか・・・行っちゃったんだ・・・」

 

 

 


  か・け・お・ち

        〜神岸あかりside〜


 

 

 

   話は2ヶ月前。つまり、浩之が来栖川家に初めて入った頃になる。

   学校の休み時間、浩之は腹立たしげな表情をしていた。

   「浩之ちゃん・・・どうしたの?」

   浩之の様子がいつもとおかしいのに気づいたあかりが、浩之の顔をのぞき込む。

   「別に・・・何でもねぇよ」

   浩之が外を見ながら言う。

   「・・・それならいいけど。朝から様子がおかしいよ」

   「何でもねぇって」

   「・・・綾香さんのこと?」

   「なっ!」

   その言葉に、浩之は思わずあかりの方を見る。

   「図星ね・・・綾香さんと喧嘩したの?」

   あかりが心配そうに浩之を見る。

   「違う・・・」

   「え?」

   「綾香のせいじゃないんだ」

   浩之は表情をいっそう険しくする。

   あかりは浩之の言葉に首を傾げる。

   「ねぇ、雅史ちゃん」

   あかりが雅史を手招きして呼ぶ。

   「どうしたの、あかりちゃん」

   「浩之ちゃんの様子がおかしいの。朝からこんな調子で・・・」

   あかりの言葉に、雅史が浩之を見る。

   「浩之。何でそんな顔してるのさ?」

   「いろいろあってな・・・そんなに顔に出てるか?」

   「うん。誰が見ても、機嫌が悪いのは分かるよ」

   「そっか・・・」

   浩之はそう言って、再び外を眺める。

   「うーん、重傷だね」

   「どうしたんだろ、浩之ちゃん・・・」  

   あかりと雅史は二人同時に首をひねった。

   (浩之ちゃんのあの表情・・・今まで見たことない・・・)

 

 

 

   その日の放課後

   あかりと雅史と志保はいつものマックに集まっていた。

   「いったいどうしたのよ、ヒロは」

   「それが分かれば苦労しないよ・・・」

   志保の言葉に、あかりはため息をつく。

   志保が浩之をカラオケに誘ったのだが、

   「わりぃ。そんな気分じゃねぇんだ」

   の一言であっさり断られたため、こうして3人で集まっているのだ。

   「綾香さんと何かあったみたいなんだけど・・・何にも話してくれないんだ」

   「ああ・・・そう言えばあの二人、半年前ぐらいから付き合ってたわね・・・」

   志保があかりの顔を見ながら言う。

   「喧嘩でもしたんじゃないの?」

   「それはないよ。それは本人が否定したから」

   「どうしたんだろ、浩之ちゃん」

   あかりが心配そうに言う。

   「まったく・・・あかりに心配させないで欲しいわよ」  

   志保が不満そうに言いながら、手元のコーラを飲む。

   「まぁ、それなら綾香に聞いた方が早いわね」

   「え?」

   まったく思いつかなかったのか、あかりが驚いたような声を上げる。

   「ヒロがなんにも教えてくれない以上、もう一人の当事者に聞くのが一番手っ取り早いでしょ」

   「う、うん・・・」

   あかりが志保の言葉に頷く。

   「じゃ、行きましょ!」

   志保が勢いよく席を立つ。

   「ねぇ、志保」

   店を出た後、雅史が志保に尋ねる。

   「なに? 雅史」

   「綾香さんの居場所、知ってるの?」

   「知ってるわよ」

   雅史の言葉に足を止めずに答える。

   「この時間なら、確かゲーセンにいるはずよ」

   「ゲーセン? 綾香さんが?」

   あかりが意外そうに言う。

   「そうよ。よくあたしやヒロとDDRしてるわよ。」

 

 

 

 

 

 

   「さて・・・と」

   3人はいつものゲーセンに入って、綾香の姿を探す。

   「いないわね・・・」

   志保がDDRの筐体を見て言う。

   その場所では、見知らぬのカップルが踊っていた。

   「今日は来てないんじゃないの?」

   雅史が辺りを見回しながら言う。

   「うーん、そんなはずは・・・」

   志保が店の奥の方へ進んでいく。

   唐突に志保の動きが止まる。

   「いた・・・」

   「え?」

   志保の目線を追ってみると、確かにそこには綾香の姿があった。

   「・・・パンチングマシーン?」

   あかりが呆然と呟く。

   綾香はパンチングマシーンの前でパンチを打つ体制のまま固まっていた。

   「とりあえず行ってみましょ」

   「う、うん・・・」

   3人が綾香の側に行こうとした時だった。

   「この糞爺!!」

   と、綾香の怒声が聞こえ・・・マットを叩く音が響きわたる。

   「・・・」

   3人はしばし呼吸するのも忘れて固まる。

   パンチングマシーンには見慣れない老人の顔がひしゃげて写っており、その上には170という

   数字が大きく出ている。

   「ふぅ・・・」

   綾香はその画像を見て満足したのか、軽く息を吐いて横を向く。つまり、3人が固まっている方へ。

   「あれ? 志保・・・神岸さんに佐藤君?」

   「あ、綾香・・・おひさ・・・」

   ぎこちない声で志保が挨拶する。

   「どうしたの? 3人そろって」

   「じ、実はちょっと聞きたいことがあって・・」

   あかりがビビりながらも言う。

   「ふーん・・・じゃ、あっちの休憩所に行きましょ」

   綾香が近くの休憩所に向かった歩き出す。その後を、あかり、雅史、志保の順でついていく。

   「で、どうしたの?」

   あかり達が腰を降ろしたのを見計らって、綾香が口を開く。

   「・・・浩之ちゃんの様子が変なんです。今朝から」

   あかりが綾香を見ながら言う。

   「それで、綾香さんなら何か知ってるんじゃないかと思って・・・」

   「・・・みんな、あの爺さんが悪いのよ」

   綾香が忌々しげな口調で言う。

   「どういうこと?」

   志保が怪訝そうに聞き返す。

   「昨日、浩之を家の親に紹介したのよ」

   「!!」

   綾香の言葉に、あかりは息をのんだ。

   「父さんや母さんは喜んでくれたんだけど・・・あの糞爺・・・」

   そこで綾香は一呼吸入れる。

   「身分が違う? 儂の言うことを聞いていればよい? どうせ来栖川の財産狙い?

   ふざけないでよ!」

   「・・・何となく、何が起こったか分かったよ」

   肩で行きをしている綾香を尻目に、雅史は納得したように頷く。

   「どういうことなの?」

   「分かったんなら教えなさいよ」

   あかりと志保が雅史に視線を集中させる。

   「つまり、綾香さんが浩之を両親に紹介して、横から出てきたお祖父さんに反対されたってこと」

   「・・・何があったのか想像ついた」

   志保が頷きながら言う

   「来栖川家は・・・」

   言いたいことを言って落ち着いたのか、綾香が淡々と話しだす。

   「来栖川家はお祖父様一代であそこまで大きくしたわけだから・・・一番権力を持ってるのが

   あの爺さんなのよ・・・よりにもよってね」

   そう言って綾香は苦笑する。

   「予想済みとは言っても・・・やっぱりこの肩書きに縛られるのかな・・・」

   「・・・捨てればいいじゃないですか」

   「え?」

   あかりの感情を押し殺した言葉に、綾香は怪訝そうに顔を上げる。

   「来栖川の肩書きが重荷なら・・・そんな肩書き、捨てちゃえばいいでしょ」

   「出来ないのよ・・・もしそれをしたら、姉さんにその重荷を全部背負わせることになる・・・」

   「浩之ちゃんと来栖川先輩と、どっちが大切なんですか!!」

   あかりの感情が暴発したような言葉に、綾香が体を震わせる。

   「・・・どっちも大切なのよ・・・どちらか片方を選ぶなんて・・・私には・・・」

   綾香がうつむきながら言う言葉を聞きながら、あかりは立ち上がる。

   「今、分かった・・・浩之ちゃんのあの顔の理由・・・綾香さんと同じように、どちらも大切だから・・・」

   「あかり・・・」

   「あかりちゃん・・・」  

   志保と雅史があかりを見上げる。あかりは無表情だった。

   「大切な物を得るには・・・別の大切な物を手放さないと駄目なのかな・・・」

   あかりはそれだけ言って、その場から立ち去った。

   志保と雅史もあわててあかりの後を追った。綾香を残して。

 

 

 

 

 

   それから1週間後の放課後

   あかりは屋上にいた。

   物憂げな表情で町並みを眺めていた。

   「・・・あかり」

   後ろから聞こえた浩之の声に、あかりが振り向く。

   「浩之ちゃん・・・」

   「志保から聞いたぞ・・・用って何だ?」

   浩之はあかりの隣に立つ。

   「綾香さんから聞いたよ」

   「そう・・・か」

   あかりの言葉に浩之は納得したように頷いた。

   「これからどうするの?」

   「まずは、あの爺さんを説得しないとな・・・」

   「そう・・・」

   寂しげな表情のまま答えを返す。

   「ねぇ、浩之ちゃん」

   何かを決心したかのように、浩之に向き直って言う。

   「綾香さんのこと、好き?」

   「え?」

   虚をつかれた浩之があかりの方を向く。

   「お、おい・・・」

   「答えて

   あかりの有無を言わせぬ表情に、浩之は真面目な表情になる。

   「好きだよ」

   浩之は答える。

   「じゃあ、私のことは?」

   「あかり・・・」

   「私の気持ち・・・気づいてるよね・・・」

   その言葉に、浩之はあかりを見つめる。様々な感情を込めた目で。

   「私・・・ずっと前から浩之ちゃんのこと・・・」

   「すまない・・・」

   浩之があかりに最後まで言わせないように返事をする。

   「俺は・・・どうしてもお前のことを、幼なじみとしてしか見れない。大切な幼なじみとしてしか・・」

   「うん、分かってる・・・」

   あかりはそう言って笑った。目元に涙を浮かべて。

   「じゃあ、これは大切な幼なじみから。絶対に綾香さんを離さないで」

   「え・・・?」

   「もし大切な幼なじみと大切な人のどちらかを選ばなければならない時・・・その時は大切な人を選んで」

   「あかり・・・気づいてたのか・・・」

   浩之は驚いたように言う。

   「分かるよ・・・浩之ちゃんのことなら分かりすぎるくらいに・・・」

   浩之と綾香が駆け落ちしたのなら、浩之はあかりや雅史達と、綾香は姉である芹香と

   離ればなれになる。悪ければ、そのまま二度と会えないかもしれない。その事に浩之と

   綾香は悩み、苦しんでいた。

   その事にあかりは気づいた。だから身を引いた。

   「すまない・・・」

   浩之があかりに背を向けて言う。

   「すまない・・・あかり・・・」

   その目からは、彼が滅多に見せない涙が流れていた。

   そしてその2ヶ月後。浩之と綾香は町を出た。

 

 

 

 

 

   それから1年の月日が流れた。

   あかり達は無事3年に進級し、来栖川芹香は大学へ無事進学した。

   「あれから一年かぁ・・・」

   「浩之ちゃん達、どうしてるかな・・・」

   「大丈夫だよ、あの二人だもの」

   あかり達3人は中庭で昼食を取っていた。

   「ねぇ、志保。浩之ちゃん達、今どこにいると思う?」

   あかりがふと思いついたように言う。

   「さぁ・・・松原さん達の話だと、レミィの所にいるんじゃないの?」

   「僕もそう思う。パスポート取ったのは間違いないよ」

   志保と雅史が思い出しながら言う。

   「うーん・・・」

   二人の言葉を聞いて、頭をひねらせる。

   「どうしたの、あかり」

   「浩之ちゃんが外国にいるとは思えないの」

   「え?」

   「あかりちゃんもそう思ってたんだ」

   「雅史まで?!」

   二人の言葉に、志保が驚く。

   「んなわけないでしょ。そうだったら、来栖川グループの情報網に引っかからない分けないでしょ?」

   「浩之ならやりかねないよ」

   雅史が笑顔で言う。

   「まぁ・・・仮にそうだとしても、それこそあたし達にヒロがどこにいるか、なんて分かるわけないわ」

   「そうかなぁ・・・」

   あかりが再び頭をひねらせながら言う。

   「浩之ちゃんのことだから、私たちには分かる場所にいると思うんだけど・・・」

   「それこそ心当たりなんてないわよ。それよりさぁ・・・」

   志保がそう言って、話題を切り替えようとする。

   「C組に転校生が来たらしいわよ」

   「転校生? この時期に?」

   雅史が訝しげに尋ねる。

   「そ! その子、以前この学校にいたらしいわよ」

   「・・・ねぇ、志保。その条件に当てはまる子、一人知ってるんだけど」

   「私も知ってるわよ」

   「・・・名前、分かる?」

   「さぁ。でもまさか、それがレミィのわけ・・・」

   「呼びマシタカ?」

   「「「え?」」」

   唐突に聞こえたレミィの声に、3人は思わず声の聞こえた方向を見る。

   「れ、レミィ?!」

   「お久しぶりネ、みなさん」

   志保が指さした方向には、以前と変わらない笑顔を浮かべたレミィの姿があった。

   「ま、まさか、戻ってくるとは・・・」

   「油断大敵ネ、シホ」

   レミィは、してやったり、という表情で志保を見る。

   「ところデ、ヒロユキの姿が全然見ないデスケド・・・」

   「え?ヒロはあんたに会いにカリフォルニアに行ったんじゃ・・・」

   「NO。アタシ、ヒロユキには日本で会ったのが最後ネ」

   「・・・」

   レミィの言葉に、志保は固まる。

   「雅史ちゃん。予想通りだね」

   「浩之とのつき合い、長いからね・・・」

   二人は顔を見合わせて笑い出す。

   「? どうしたんデスか、皆サン・・・」

   レミィは首を傾げて、あかり達を見ていた。

 

 

 

 

 

   「ではこれから、藤田浩之捜索会議を始めるわ!」

   いつものマックで、志保があたりを見渡して宣言する。

   ちなみに集まったのは、あかり、雅史、智子、レミィ、葵、琴音の6人である。

   「まずは現状からやな」

   司会を務める智子が冷静に言う。

   「一年前、藤田君と綾香さんが駆け落ちした。行き先はレミィのいるカリフォルニアかと

   思われてた・・・そやけど、レミィは浩之に会ってないと言うとる。間違いないな?」

   「間違いないデス! ヒロユキに会ってたら、ぶつかってマス!」

   智子の言葉に、レミィが断言する。

   「となると、今どこにいるか・・・神岸さんと佐藤君の話やと、ウチらの知っとる場所らしいが・・・」

   「私たち全員が知っている場所、ですか・・・?」

   葵が考え込む。

   「藤田さんのあの日の行動はどうなってるんですか?」

   琴音が志保に尋ねる。

   「情報によると、深夜に出発、成田にて朝一番の飛行機で外国に発った事になってるわ」

   「その情報の裏付けは?」

   「来栖川情報部の情報を来栖川先輩経由で。ヒロの顔を覚えてた人がいたみたい」

   「・・・変ですね」

   琴音が志保の言葉を聞いて、疑問を口にする。

   「なぜその人は、藤田さんの顔を覚えていたんでしょうか」

   「そういえば・・・確かに変やな」

   智子が琴音に同意する。

   「どういうこと?」

   「神岸さん。成田みたいないろんな目立つ人が多い中、何で一介の高校生の顔を覚えていられるんや?」

   「あ・・・」

   あかりが納得したように頷く。

   「あと、二人がカリフォルニア行きの便に乗ったことが、税関の記録に残っていたらしいわ」

   「こうなると、藤田君達だけじゃ無理やな。誰か、協力者がおるな・・・」

   智子は背もたれにもたれかかる。

   「まずはそれから捜さんと・・・」

   そう言って、ため息をついたときだった。

   「あーっ!見つけた!」

   聞き覚えのある声に、一同が声のする方を向くと、そこには赤い髪の元気そうな女の子がいた。

   「し、新城さん?!」

   志保が驚く。

   「あ、覚えててくれたんだー! 祐くん、こっちだよ!」

   新城佐織は後ろを向いて、連れの男を呼び寄せる。

   「あ、お久しぶり。隆山以来だね」

   「長瀬さん・・・お久しぶりです」

   琴音が祐介に頭を下げる。

   「どうしたんや、二人とも。あんたらの学校、この町とちゃうやろ」

   智子が二人を見て言う。

   「浩之の家を探してきたんだけど・・・」

   「だーれもいないから、時間つぶしに町を歩いてると、みんなの姿が見えたってわけ」

   「・・・いないわよ、ヒロは」

   「え?」

   志保の言葉に驚く祐介。

   「いまから一年前ね・・・駆け落ちしたのよ。綾香と」

   「「駆け落ち!?」」

   二人が声をハモらせて答える。

   「そ。だから今、捜索会議やってるの」

   志保が淡々と説明する。

   「ねぇ、祐くん。一年前って・・・」

   「ああ。ちょうど僕らが、浩之のすすめで旅行に行ったときだよね」

   「そうそう。そっか、あの時が駆け落ちの真っ最中だったんだ」

   「その話・・・」

   二人で盛り上がっているところに水を差すかのように、志保が威圧感を伴った声をかける。

   「もっと詳しく聞かせてもらいましょうか・・・」

   その時の志保の目は、完全に据わっていたという。

 

 

 

 

 

   「一年前、浩之から電話がかかってきたんです。海外旅行に行く気はないかって」

   祐介が全員の視線を一点に集めながら一年前のことを話しはじめる。

   「まあ、いくつかの頼まれたことはありましたけど・・・それで旅行に行けると思えば安い物だし・・・」

   「頼まれたって・・・何を頼まれたの?」

   志保が祐介の方に身を乗り出す。

   「まず、彼女同伴でいくこと。つまり沙織ちゃんだね」

   「嬉しかったなぁ・・・」

   沙織が赤くなって、祐介に寄りかかる。

   「・・・あー・・・他には」

   志保が軽く咳払いをして、続きを促す。

   「・・・浩之の顔を、誰でもいいから空港の人に覚えさせること」

   「・・・」

   「最後に、税関の記録を僕たちの名前から、浩之と綾香さんの名前に書き換えさせること」

   これは確かに、毒電波を使える祐介しかできないことだろう。誰かに気づかれる恐れもない。

   「それ、犯罪・・・」

   琴音がポツリと言った一言に、祐介は顔を引きつらせる。

   「いやまぁ、他ならぬ浩之の頼みだし・・・それに何か深刻そうな事情があったみたいだから・・・」

   「とか何とか言うても、海外旅行に目がくらんだだけとちゃうんか?」

   智子の容赦のない一言に、祐介が完全に凍り付く。

   「あはは・・・まぁ、そのおかげで藤田くん達は無事なんでしょ?」

   「・・・それもそうね。」

   沙織のフォローに頷く志保。

   「ま、この話しが私たちが最初に知ったのは幸運だったわね」

   「あれ? 知られちゃまずいんですか?」

   復活した祐介が怪訝そうに聞く。

   「当たり前よ。天下の来栖川の令嬢と駆け落ちしたのよ? もし見つかったら、タダで済むわけないでしょ」

   「あ、それもそうですね」

   そう言いながら祐介はテーブルの下に手を伸ばし、何かをつかむ。

   「でも、さすがに浩之の居場所までは知りませんよ?」

   祐介が手の中から何かの機械を置く。

   「(ひそひそ)このまま会話を続けながら聞いて下さい。発信器です。盗聴されてますよ」

   祐介の小声で言った一言に、その場の全員の表情がこわばる。

   「そ、そうなの・・・」

   「(ひそひそ)・・・よく分かりましたね、長瀬さん」

   引きつった声で答える志保に紛れて、琴音が小声で言う。

   「(ひそひそ)変な電波が出てたから。聞いてる人、近くにいますよ」

   「(ひそひそ)きまりね。そいつを見つけて、情報の広まりを防ぐわよ」

   「どこにいるんでしょうか、藤田先輩・・・」

   葵がそう言いながら、席を立つ。その後に続いて、他の全員も席を立ち、店を出ていった。

   会話は止めずに。

 

 

 

 

 

   「藤田の奴、日本にいるか・・・」

   目つきの危ない男が、マックの裏口にしゃがみこんでいた。

   その手には無線機がある。先ほどの会話を盗聴していたのは、この男のようだ。

   「くっくっくっ・・・この情報を来栖川家に売りつければ、全てが終わりだ・・・あの時の恨み、

   きっちりまとめて精算してやる・・・」

   男は不気味な笑いを浮かべながら、怪しい妄想にふけっていた。

   そのため、彼は後ろに人が迫っていることに気づかなかった。

   「(ひそひそ)彼がそうです」

   祐介が男を指さす。

   志保は無言で男に近寄る。

   「ちょっとあんた」

   「・・・え?」

   男が志保の方を振り向く。

   「な、長岡!? 何でここに!」

   「あれ? 橋本先輩じゃないの・・・ふーん・・・」

   男−−橋本の顔を見た志保は、驚きと納得の表情をする。

   「な、何でお前がここに・・・」

   「これ、返すわね」

   動揺する橋本をよそに、志保は手に持っていた発信器を放り投げる。

   「話を聞かれた以上・・・このまま返すわけにはいかないわね」

   「ひっ・・・」

   橋本が顔をこわばらせて、その場から逃げ出そうと試みる。が、

   「・・・か、体が動かない?」

   「逃げられると思ってるんですか?」

   サイコキネシスで橋本の動きを止めた琴音が薄く笑う。

   「浩之ちゃんのためにも・・・口封じは必要よね」

   あかりがどこからともなく、おたまを取り出す。

   「ひさびさの獲物ネ!」

   レミィが弓を構える。

   「あ、ちょうど私、新しい技の実験台が欲しかったんです!」

   葵がにこやかに洗いながら、屈伸運動をする。

   「まぁ、記憶がなくなるまでどつき回せばええやろ」

   智子がハリセン(鉄入り)を素振りする。

   「みんな・・・程々に、ね」

   雅史は棄権するように身を引く。

   「あ・・・ああ・・・」

   恐怖に震えた橋本が、うめき声を漏らす。

   「さぁて・・・命があれば御の字ねぇ・・・じゃ、やっちゃいましょう!」

   志保の言葉と同時に、第一回橋本ボコり大会が開始した。

   「あの・・・僕が記憶を消せばすむ話じゃ・・・」

   祐介のその言葉は、橋本の悲鳴にかき消された。

   (藤田くん・・・よくこういう人たちとつきあえたね・・・)

   沙織はその光景を見て、心底震えが来たという。

   しかし橋本よ。大学生にもなって、何をやってるんだ?

 

 

 

   「あー! すっとしたわ!」

   志保がさわやかな笑顔で言う。

   他の全員も似たような顔をしている。

   ちなみに橋本は、ボロ雑巾のようになって、地面に転がっている。

   「記憶は消しましたよ。・・・もっとも、息があればの話ですけど」

   祐介が若干おびえながら言う。

   「いいのよ、こんな奴。女の敵なんだから」

   志保が吐き捨てるように言う。

   「これで口封じは出来ましたね」

   琴音が眠そうに言う。

   「うーん・・・口封じ・・・」

   あかりが考え込みながら言う。

   「ん? どうしたの、あかり」

   志保があかりの顔をのぞき込む。

   「今思ったんだけど、身を隠すのって、居場所がばれたら口封じするよね」

   「ま、まぁ確かに・・・」

   さらりと怖いことをいうあかりに、祐介が震えながら答える。

   「完全に口封じするには、それなりに力がいるよね」

   「・・・そういうことかいな。」

   智子が納得したようにうなずく。

   「え? どういうこと?」

   沙織が頭をひねってあかりに聞く。

   他の人も、似たような表情をしている。

   「つまり私たちの知ってる人で、物理的に強くて、周辺一帯に勢力を持っている人のところに

   浩之ちゃん達はいる、っていう考え方もできるよね」

   「あ・・・・! わかった!」

   沙織は目を輝かせて祐介の方を向く。

   「祐くん! 隆山よ!」

   「え?」

   まだ分かっていないのか、祐介他数名は佐織を見る。

   「ねぇ、どういう事よ」

   志保が佐織に尋ねる。

   「だって、その条件に当てはまる人、柏木さんしかいないじゃない!」

   「「「「「「あ!!」」」」」」

   一同がそろって声を上げた。

 

 

 

 

 

   そしてその週の日曜日

   あかり、志保、雅史の3人は隆山にいた。

   他の人も来たがったのだが、雅史の「まずは確認してからの方が・・・」という正論に押し切られたのだ。

   「確か柏木家って・・・このあたりだったよね」

   あかりが辺りを見回しながら言う。

   「大きい家だから、すぐに分かると思うけど・・・」

   雅史が地図を見ながら言う。

   「そんなもの、誰かに聞けば分かるでしょ。あ、ちょうどいいところに誰か来たみたいね」

   前の方から女に人が歩いて来るのみつけた志保が、気軽に言う。

   「それもそうだね。すいませーん! ちょっとお聞きしたいんですが・・・」

   あかりがその女の人の方へ駆け出したときだった。

   「か、神岸さん?!」

   女の人があかりの顔を見て驚く。

   「あ、梓さん。ちょうどよかったー」

   あかりがほっとしたように言う。

   「え? 梓?」

   「ほんとだ。ひさしぶり」

   志保と雅史が梓の側へやってくる。

   一方梓の方はかなり動揺しているようだ。

   「あ、あんたたち、何でこんなとこに・・・」

   「実は・・・」

   あかりが口を開いたときだった。

   「梓センパーい!!」

   聞き覚えのある声が、あかり達の耳に飛び込む。

   「ヤバ・・・と、とりあえず家に来て!」

   梓はそう言って、一目散に駆け出した。

   「ちょ、ちょっと! 待ちなさいよ!」

   志保がそう言って、梓の後を追いかける。その後に、あかりと雅史が続く。

   「確かあの声、かおりちゃんよね・・・」

   「間違いないよ・・・」

   「なんで追われてるのかな?」

   「さぁ・・・」

   あかりと雅史はそんなことを話しながら、梓の後について走っていた。

 

 

 

 

   「で、どうしたんだ? 3人そろって。」

   柏木家の居間であかり達は梓の出したお茶を飲んでいた。

   ちなみに、楓と初音はどこかに出かけているらしく、姿が見えない。

   「単刀直入に言うね。こちらに浩之ちゃん達が来てない?」

   あかりが梓の目を見据えて言う。

   「・・・さぁ」

   梓はしばらくの沈黙の後、そう答える。

   「何でそう思うわけ?」

   「純粋に情報整理の結果よ。志保ちゃん情報を甘く見ないでね」

   梓の問いに自信たっぷりに志保が答える。

   「志保ちゃん情報って・・・確か信用率50パーセントじゃなかったっけ?」

   「う・・・」

   つっこまれた志保が軽くよろめく。

   「まぁ、口止めもくらってないからね。あんた達が来るかもしれないって、聞いてはいたから」

   「え、それって・・・」

   あかりがそう言ったときだった。

   「ただいま、梓。お客様?」

   「あ、千鶴姉・・・」

   玄関の方から千鶴が姿を現す。

   「おじゃましてます」

   あかりが千鶴に向けて頭を下げる。

   「・・・神岸さん? ・・・・え? じ、じゃあ・・・」

   あかりの姿を確認した千鶴が、傍目でも分かるくらい動揺する。

   「あの・・・いったい・・・?」

   「ただいまー!!」

   「この声・・・」

   柏木家に響いた聞き覚えのある声に、志保が何かに気づいたようだ。

   「あれ? 誰か来てるの?」

   声の主が居間に姿を現す。

   「綾香さん・・・」

   「あれ、神岸さん?」

   綾香はさほど驚いた様子もなく、あかりの姿を見つめる。

   「ふーん・・・神岸さんのことだったんだ。浩之ぃ! 神岸さんが来てるわよ!」

   何かを納得したように頷いた後、大声で浩之を呼ぶ。

   「あー! 誰が来てるって?!」

   そう声が響き、どたどたと走る音が居間の前まで来る。

   「いったい誰が・・・」

   浩之はそこまで言って、凍り付いた。

   「見つけたわよ、ヒロ」

   「久しぶり、浩之」

   志保は怒ったように睨み、雅史はいつものように笑い、

   「・・・浩之ちゃん、みーっけ」

   あかりは笑いながら泣いているような表情をしていた。

 

 

 

 

 

   夜。浩之とあかりは柏木家の縁側に座っていた。

   あかり達は千鶴の好意で、一晩柏木家に泊まることになった。

   「よく分かったな・・・俺達がここにいるって」

   浩之が夜空を見ながら言う。その表情は、一年前と何ら変わりはなかった。

   「みんなが協力してくれたから・・・それに、浩之ちゃんの事だもの。日本にいるって事は

   薄々分かってたから」

   あかりも浩之の方を見ずに、以前と変わらないように話す。

   「・・・遠方より、古き友きたる、か」

   「?」

   浩之の言葉に、あかりは首を傾げる。

   「この間、芹香先輩が来たときに、そう占いで出たらしいぜ」

   「来栖川先輩が?」

   あかりが浩之の方を向く。

   芹香が浩之達の居場所をすでに知っていたことに驚いたようだ。。

   「こっちに来て1ヶ月もしなかったな。先輩がここに来たのは」

   「そうなんだ・・・ちょっとショックだな。一番早かったって思ってたから」

   あかりはそう言って、視線を夜空へと戻す。

   「・・・」

   「・・・」  

   しばしの間、二人の間を沈黙が包む。

   「浩之ちゃんがいなくなってから・・・いろいろなことに気づいたんだ・・・」

   あかりが少しずつ口を開く。

   「今まで私は浩之ちゃんの事しか目に入ってなかったけど、私はいろいろな人に見られてたんだなって」

   「なんだ。気づいてなかったのか」

   「あの頃は、浩之ちゃんが側にいれば、後はどうでもよかったから」

   あかりは寂しげに笑いながら話す。

   「・・・綾香さんとはうまくいってる?」

   「ああ」

   「浩之ちゃんと綾香さんが一緒になったわけ・・・今なら分かる気がする」

   あかりの言葉に浩之はあかりの方を見る。

   「・・・?」

   「二人とも、似てるの。どこが、とは言えないけど・・・屋上で私が言ったこと覚えてる?」

   「はっきり覚えてるぜ」

   「あの時浩之ちゃんが悩んでたこと、実は綾香さんも同じ事で悩んでいたんだよ」

   「そうなのか?」

   浩之が驚いたように言う。

   「そうだよ。お互いに気づいてないみたいだしね」

   そこまで言って、あかりはふふふと笑う。

   「・・・」

   「・・・」

   再びあたりを沈黙が包む。

   「なあ、あかり」

   今度は浩之の方から口を開いた。

   「おまえ、あの時、『大切な幼なじみよりも大切な人を選んで』っていうような事を言ったよな」

   「うん」

   浩之の言葉にあかりは頷く。

   「あれから考えたんだが・・・やっぱ俺って欲張りだな」

   「え?」

   「俺には大切な人と大切な幼なじみ・・・どちらかを選ぶなんて出来なかった。だから、

   日本を離れられなかった」

   「浩之ちゃん・・・」

   あかりが再び涙ぐむ。

   「俺にとってのあかり。綾香にとっての先輩。どちらも大切なんだよな・・・」

   浩之は自分の思いを噛みしめるように話す。

   (そうだね・・・大切な人は一人じゃなくたっていいよね)

   あかりは思う。

   (私が将来結婚して・・・その人に相談出来ないようなことでも、浩之ちゃんなら

   話せそうな、そんな気がする。私の・・・大切な幼なじみだもん)

   そこまで考えて、あかりは近くの柱にもたれかかり、空に輝く星を見る。

   空には様々な星座が浮かんでいた。

   一つの星が他の様々な星とつながり、星座を形作る。

   それはあたかも、人が持つ大切な絆のように。

 

 

 

 

 

   −−3年後、結婚式場にて

   「いよいよだね、雅史ちゃん」

   あかりが楽しそうに二人の登場を待つ。

   「うん。一時はどうなることかと思ったけど・・・よかったね、来栖川のお祖父さんが許してくれて」

   雅史があかりの横でにこやかに笑う。

   「さぁーて・・・スピーチでは何を話そうかなぁ」

   志保が手元のくたびれたメモをめくっている。

   「ねぇ志保・・・そのメモは?」

   あかりが興味深げに志保に尋ねる。

  「これ? これはヒロの高校時代の悪行の数々よ。ふっふっふっ・・・どれにしようかなぁーー」

   スピーチの内容を考えながら、浩之の過去の行状に一つ一つ目を通しては、笑い出す。

   その様子は、どこぞの誰かとは違って、幸せそうだった。

   「だけど、全員そろってよかったね」

   あかりの着いているテーブルにはおなじみの顔ぶれが全員そろっている。

   「ほんとや。人望があるからなぁ、藤田くんは」

   懐かしそうに智子が言う。

   「ワタシ、今までこんなに大きなウエディング、見たことないネ!」

   レミィが目を輝かせる。

   「藤田先輩、綾香さん・・・おめでとうございます」

   葵が目を潤ませながら言う。

   「いったい、どれくらいの人が来ているんでしょうか」

   琴音が辺りを見回しながら言う。

   「浩之さぁん、綾香さぁん・・・末永くお幸せに・・・チーン!」

   泣きながら早まった台詞を言っているのはマルチ。

   封印されていたのを、浩之が引き取ったのだ。

   「−マルチさん。どうぞ」

   セリオが横からマルチにハンカチを出す。

   ちなみにセリオは綾香が引き取った。つまり今後は、一家4人という事になる。

   「うう・・・豪華な料理がたくさん・・・」

   理緒はよだれを垂らしている。

   そして・・・

   「私がここにいてもいいんでしょうか

   来栖川芹香が不安そうに言う。

   「ええ。先輩は浩之ちゃんや私たちの友達だから!」

   あかりが笑顔で言う。

   「・・・ありがとうございます、神岸さん

   その表情を浩之や綾香が見れば、今までで一番幸せそうに笑っている事が分かるだろう。

   『それでは、新郎、新婦の入場となります』

   司会進行役が、浩之と綾香の入場を知らせる。

   「いいわね、みんな!」

   志保が全員に目配せをする。

   「「「「「「「「うん!」」」」」」」」

   そして二人が式場に姿を現す。それと同時にあかり達が全員立ち上がり、

   『結婚おめでとう!』

 

 

                                 あかりSide Fin

 

 

 

 

   あとがき

   ども、滝月十夜です。

   投稿第二弾として、前回の話をあかりを中心にしてみました。

   さて今回の話ですが、実は浩之とあかりが屋上で話し終わった時点で終わらせようかとか

   考えていました。が、そこで思ったことが一つ。

   橋本出てねーな・・・

   他の作家の方々で矢島とかをいじめている物もありますが、この人はいじめられているのをあんまり見ない。

   そんなわけで、この連作中には橋本は不幸になってもらうことにしました。(笑)

   ところで神岸あかりですが・・・私の周辺では「ボスキャラ」の異名をとっています。なぜでしょうか。

   私の友人がPS版ToHeartのあかりを2日やり続けてもクリアできなかったとか、リーフファイトTCGにおいて、

   「スーパーあかりんだよ」とか言われて撲殺された(言ったのは私じゃありません。)のが原因でしょうか。(笑)

   さて次回ですが、かけおち<綾香side>(完結編)となります。

   話の構想上、一人称で行きたいと思います。

   長くなりましたが、それではこれで。

 

   

   私に対する感想、苦情はこちらまで

   myth@syd.odn.ne.jp



 ううっ。切ないよぉ〜。あかりちゃんは良い子だなぁ(;;)

 あかりと綾香……どちらも大切なのに、選べるのはひとり。

 やむを得ないとは言え、やっぱり切ないです。

 こうなったら、浩之は絶対に綾香を幸せにしなければいけませんね。あかりの為にも。



 滝月十夜さん、素晴らしいSSをありがとうございました\(>w<)/




 それにしても……橋本。

 何をやってるんだか、こいつは(−−;

 




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