「ちょ、ちょっと大変よ!名雪!」
「どうしたの香里?」
 息せき切って来た私に、超マイペース娘の名雪は、これ以上無いくらいマッタリとした口調で返してきた。
 こんな一大事に、穏やかな笑みまで零して。

「大変なのよ!北川君に聞いたんだけど、さっきの休育の時間に相沢君倒れたって!」
「え! 祐一が!」
 名雪は、驚きの余り勢い良く席から立ち上がった。
 思いっきり立ち上がったものだから、椅子が私の机に当たって大きな音をたてた。
 一瞬、教室が静まり返り、クラスメートの視線を一身に受ける。

「今は保健室で寝てるんだって。」
「ど、どうしよう・・・香里。」
 名雪の顔からは、何時もの穏やかな表情が消え失せている。

「・・・だから無理するなって。」
 視線を落としながら、名雪はボソッと眩いた。

「え?名雪、今・・・なんて?」
「え? あ・・・な、何でもないよ。」

「”無理するな”って・・・名雪、何か知ってるの?」
「わ、私は・・・何も・・・。」
 問い質そうとする私に、顔を背ける名雪。

「誤魔化さないの!名雪!」
「!」
 声を荒立たせた私に、名雪はびくっと体を強張らせた。

「黙ってないで教えてよ。 私だって心配なんだから・・・。」
「だって・・・言うなって・・・。」

「なゆき・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」

「・・・百花屋のイチゴサンデー、30分食べ放題でどう?」
「・・・実はね。」

「・・・。」




     題目    『   香里の誕生日   』





「・・・・・・・・う、うう。 あ、あれ・・・。」
 長い沈黙を破り、短い呻き声を出しながら、うっすらと目を開けた。

「あら、気がついた?」
「・・・かおり?」
 私の声に気付いたのか、ゆっくりと寝ぽけ眼を向けながら私の名前を口にする。
 やっぱり、何故、私が相沢君を覗き込んでいるかは判らないでいるみたい。

「ここは保健室よ。4時間目の授業中に相沢君倒れて、此処に担ぎ込まれたの。・・・覚えてないの?」

「あぁ・・・。さっぱり。」
「保健の先生の診たてだと、過労と睡眠不足らしいわ。」

「・・・そっか。」
 そこまで言うと相沢君は肘をついて起き上がろうとした。
 私が来た時とは比べものにならないほど、頬に赤味が差している。

「まだ、無理しない方が良いんじゃない?」
「大丈夫だ。ところで今何時だ?」

「もう少しで6時間目も終るわ。」
「ふうん、そうか・・・・て、じゃ、何で香里ここに居るんだ?」

「残念でした。木林にはちゃんと許可貰ってるわ。気分が悪いから保健室に行って来るってね。」
「何だ、姉妹揃って仮病か?」

「・・・・。」
 私は何も言わず、失笑だけを返した。
 どう取り繕っても、授業をサボった事には変りがないから・・・。

 でも、私には、そんな些細な事なんてどうでも良かった。

 私は、もっと大切な事のために長い事座っていたんだから。
 私は真顔に戻し、パイプ椅子に座り直すと、姿勢を正して相沢君を見据えた。
 何を言われても良い様に。心の準備は出来ているつもりだから。

 そんな私の姿に気付いたのか、相沢君の瞳の色が変った。

「…聞かせてくれる?」
 私は出来るだけ静かに聞いた。

「何を?」
「相沢君が倒れた理由よ。」

「・・・名雪か?」
 私は何も言わずに頷いた。
 相沢君は、「ちっ!」っと舌打ちをすると、視線を逸らした。

「・・・何処まで聞いたんだ?」
「相沢君が深夜のバイトをしている事と、そのバイトが私の為だって事だけ・・・。
後は相沢君に聞けって。それ以上は名雪、教えてくれ無かったから。」

「・・・そっか。」
 それを最後に、しばらく相沢君は黙り込んだ。
 どう切り出して言いか悩んでるみたい。
 私は、相沢君が口を開くまで、じっと待った。

「・・・少し前に名雪から聞いたんだ。もうすぐ香里の誕生日だって。」
 沈黙に耐えられなくなったのか、意を決したのか、相沢君の重い口が開いた。
 私は、その一言一言を噛み締めるように聞き入った。

「・・・名雪にも頼んで香里への誕生日プレゼント探したんだけど、なかなか”これ”ってのが無くってさ、諦めかけてた時に”それ”を偶然見つけたんだ。
金額的には、小遣いを果たせば何とかなったんだけど、出来れば小遣いじゃなく、自分のカで”それ”を買いたかったんだ。
何故なら、俺にとっては特別なプレゼントだったから・・・。特別なプレゼントにしたかったから・・・。
・・・だから、深夜のバイトをしたのは自己満足で、香里の所為じゃない。」

「・・・同じ事よ。・・・バカね、そんな無理して私が喜ぶと思うの? 無理をして、倒れて・・・どれだけ心配したか判る?」
「スマン・・・香里。」

「・・・嫌よ! 許してあげない。深夜のバイト、辞めてくれなきゃ許してあげないんだから。」
「でも、それじゃぁ・・・。」

「他の子は知らないけど、少なくとも私はプレゼントの多寡で、その人を好きになったり嫌いになったりはしないわ。
プレゼントなんてただの『物』よ、1番大切な事は、どれだけ私の事を想っていてくれるか・・・それだけ。」
「・・・香里。」

「御願い、そんな『物』じゃ無くって、態度で示して欲しいの。素直な言葉で伝えて欲しいの。」

「・・・香里。じゃ、聞いてくれ! 俺はお前の事が好きだ! 大好きだ!
初めはただのクラスメート&名雪の親友程度にしか見てなかった。微妙な所で会話がかみ合わなかったり、妙に大人びた言い方や、冷めた考えしてて変な奴だとも、妙な奴だと思った事もあった。実の妹の栞に対しては、人としてちょっと不出来な奴だとも思った・・・ 〈中略> でも、そのうち香里の事が気になり出して、目で追う様になって、好きだと言う感情に気がついたんだ。
俺は、香里の事が好きだ! 名雪も、佐祐理さんも、舞も、栞も、あゆも、美汐も、真琴も、秋子さんも当然好きだが、香里! お前の事が 1番好きだ!」

「・・・ごめんなさい相沢君。なんか途中から、妙にむかついた気がするけど・・・私の気のせいかな?」
「何を言う! これが俺の偽らざる本心だ!」

「そう言われた方が、もっと嫌なんだけど・・・ま、良いわ。 嬉しい! 私も相沢君の事好きよ!」
 私は色々な想い(?)を抱きつつ、相沢君の胸に飛び込んだ。
 そんな私を、相沢君は優しく抱締めてくれた。
 相沢君の気持ちと、私の想いが重なった事が、何より嬉しかった。
 好きな人の胸の中で抱締められる事が、こんなに素敵な事だなんて思いもしなかった。

「・・・香里。」
 相沢君が私の名を呼ぶ。
 見上げると、そこには相沢君の顔。
 思わず頬が朱にそまり、胸の鼓動が高鳴ってしまう。
 私のドキドキが相沢君にまで聞こえないか、ちょっとだけ心配になる。

 ・・・でも、相沢君の胸の鼓動も結構激しそう。
 私と一緒なんだ。
 そう思えたら、自然と目を閉じてた。

「・・・相沢君。」
 私の背中に廻されていた腕が、私の両肩を抱締める。
 目を閉じていても、抱き寄せられ、相沢君が近付いて来るのが判る。

 私のファーストキス。

 17年間守ってきた私の唇が、相沢君に奪われる・・・。
 ううん。 嬉しい・・・・。  とっても嬉しい・・・。
 私の初めてが、相沢君でホントに良かったと思った。
 ・・・・・・・・・・・・・。 
 ・・・・・・・・・・。
 ・・・・・・・。










 見上げれば、この地方のこの時期にしては珍しいほど、真っ青に澄み切った空が広がっており、その中を千切れたワタアメの様な雲がのんびりと漂っている。
 時折吹く微風は、ちょっとだけ早い春の匂いさえするようで、穏やかな陽光に火照った私の頬を優しく撫でてゆく。

 私は今、公園の芝生の上にビニールシートを敷いて、そんな少し早い春を楽しんでいる。
 そして、見上げると私の目の前には・・・。

「・・・起きたのか?」
「・・・うん。」

「お茶でも飲むか?」
「ううん。もう少しこのままが良い。…それとも、足痛い?」
 因みに、今私の頭は相沢君の太腿の上に有る。
 いわゆる膝枕状態。

 ちょっと前なら、こんな事してるカップル見ると、冷やかな視線を送りながら『・・・よくやるわ。』とか言ってたと思う。
 まさか、自分がそんな立場になるなんて考えもしなかったし、それを望んで相沢君にしてもらうなんて思いもよらなかった。

「いや、大丈夫だ。」
 素っ気無い返事が返された。

「それよりさ、ホントに良かったのか? その・・・折角の誕生日をこんな怠惰に過ごして。」

 今日は3月1日、私の誕生日。

 約束通り、今日は私と2人っきりのデート。
 それが私へのバースデープレゼント。

 ま、今日が月曜日で、二人して学校をサボったって事を除けば、極々普通の恋人同士がするデートと変わり無いんだけどね。

「あら、相沢君には悪いけど、私は充分楽しんでるわ。」
「それなら良いんだけどさ。」
 そう言いながら、私の頭を優しく撫でる。
 そんなさり気無さがとっても心地よくって・・・。

「ねえねえ、そう言えばさぁ・・・。」
 頬を朱に染めながら、相沢君に声をかけてみる。
 それが、穏やかな陽光に火照っただけじゃ無いって気付かれないように。

「ん? 何だ?」
「・・・あの時大変だったね。」

「あぁ、そうだったなぁ。」

 ・・・あの時。
 もう少しで、記念すべき私のファーストキスって時に、いきなり名雪と北川君が現れて・・・。
 もう、名雪は泣きだすは、北川君は暴れだすはで大騒ぎになってしまった。

「・・・ねえ、続き・・・する?」
「え? ここでか?」

「嫌なの?」
「嫌って事は無いけど・・・。」

「じゃ、うちに来る? 多分、誰もいないと思うから・・・。」
 言った後で、かなり大胆な発言だった事に気がついた。
 自然と頬が赤くなる。

「え?・・・・・・ああ。」
 相沢君も、判ってくれたのか耳まで真っ赤になりながら応えてくれた。

「・・・じゃ、行こうっか。」
「・・・えぇ。」
 はにかむ相沢君に、私は、にっこり微笑みながら短く答えた。

 私達2人が、これからどうなるかなんて予想も出来ない。
 ただ、今のこの気持ちだけは自信が持てる。
 相沢君を好きだって言うこの気持ちだけは・・・。


                                         おわり







香里 : 栞、家で何してるの?

 栞  : え? 何って・・・。術後の経過も良好だからって、先週から自宅療養してるじゃないですか。

香里 : あら? そうだったかしら?

 栞  : お姉ちゃん、酷いです!

祐一 : 香里・・・栞がいるんじゃ拙くないか?

香里 : あら? どうして? 大丈夫よ、私には妹なんて居ない様なものだから。

 栞  : そんな事言う人、大っ嫌いです!











O O O O O O O O O

ばいぱぁと申します。
最後まで読んで頂いた皆様には深く感謝致します。

栞さんの誕生日記念SSを作りましたので、香里さんもと言う事で書いてみました。
残念ですが、栞の出番は3行だけになってしまいました。
始めはもっと出す予定だったんですが・・・。

それでは、また。





 ☆ コメント ☆

綾香 :「プレゼントは物よりも気持ちよねぇ」

セリオ:「ですね。やはり、大切なのは気持ちですよ」

綾香 :「無理して体を壊しちゃったら本末転倒だし」

セリオ:「全くです。全ての人が綾香さんみたいに無駄に頑丈なワケではないんですから」

綾香 :「……誰が無駄に頑丈ですって?」

セリオ:「綾香さんだったら、深夜のバイトぐらい何でもないですけど」

綾香 :「待てこら」

セリオ:「掛け持ちだって問題なし。
     ついでに肉体労働大歓迎。道路くらいなら一人で造れます」

綾香 :「造れるか! てか、いい加減にしなさい!」

セリオ:「10万馬力だ、鉄腕綾香♪」

綾香 :「……」(げしっ!)

セリオ:「はうっ!
     ――い、痛ひの」

綾香 :「自業自得よ」

セリオ:「さ、さすがは力の有り余った綾香さん。パワフルです。……がっくし」

綾香 :「まだ言うか」




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