・・・・・・・・。
 
 また何時もの夢。

 また何時もの悲しい夢。

 夢だって事ぐらい判ってる。
 判ってはいても、必ず訪れる悲しい結末に愛する人の名を叫ばずにはいられない。
 
 悲しすぎる夢が夢である事に喜びを感じながら、その悲しみがいずれ訪れぬとも限らない現実に、不安を抱きつつ
 怯えて暮らす日々。
 でも、その悲しみから逃れる術が自分に無い事も充分に認識している。
 私達の意思とは全く無関係に、私達以外の第三者が勝手に決めた事に、私達はただ従うしか無い。

 ただ今までは、甘んじてそれを受け入れてきた。 
 それは、少なくとも希望があったから。
 その期待する結果に希望を持てたから。
 もし、希望する結果にならず、悲しい結果を突きつけられたとしても、自分の気持ちに折り合いをつける術を持ち
 合わせていた。
 来年こそは、って。
  
 でも、今年は違う。
 私達を取り巻く環境が変わり、何よりも、私達の関係が変わったから。
 幼馴染と言う朧げで微妙な関係から、恋人同士になった。
 だから、いっそう・・・・。

 



 
 今晩もまたあの夢をみた。
 
 目覚めは最悪。
 嫌な汗をいっぱいかいているし、動悸も早く呼吸も荒い。
  
 見開いた瞳に映ったのは、見慣れた自室の天井。  
 でも、ぼやけて見えるのは、きっと涙が溜まっているせいだと思った。

 考えないように、意識しない様にって考えたから、余計に意識してしまったらしい。
 早鐘のように打つ鼓動を手で押さえながら、サイドテーブルに置いた目覚まし時計を見た。
 夜光塗料つきの針は、午前4時を少し回った辺りを指している。
 
 昨夜も寝つきが悪かった。
 何時に寝れたって記憶は無いけど、自慢できるほどの睡眠が得られていないって事は自信を持って言える。
 ・・・変な話しだけど。

 少し落ち着きを取り戻したから体を起こしてベットの上に座った。
 4月になったばかりの早暁。
 布団に暖められていた身体が急に冷えて行くのが判る。
 急いで布団の上に置いておいたカーディガンを羽織った。

 窓の外は、まだ暗闇が広がっている。
 愛しい人が眠る家の方をぼんやりと見つめてみる。
 きっと浩之ちゃんは、こんな事で目を覚ましたりなんてしないだろうなって考えた。 
 私だけこんな事で悩んでるのが悲しくなった。 





    題 目   『   春だから   』



「・・・綺麗だったね。」
「あぁ・・・、そうだったな。」
 浩之ちゃんとの帰り道、暗い夜空を見上げながら先程まで見ていた幻想的な空間に思いを寄せた。
 綺麗にライトアップされた満開の桜が、真っ黒な夜空に映えて、まるで一枚の絵画を見ているようだった。
 時間が止まったかの様な錯覚さえ感じるほど綺麗だった。

 去年は2人で夜桜を見に行ったけど、2日前に雅史ちゃんや志保と見に行ったから、今年は2人だけの花見は無いのかなって、ちょっと諦めてた。
 だから、居間でクッションを抱いてぼ〜っとしてた時に、電話が鳴ったのには素直に驚いた。
 急だったけど、諦めかけてたけど、待ちに待った浩之ちゃんからのお誘いに、冗談じゃなく飛び上がって喜んだ。
 お母さんが、「現金ねぇ〜」って洩らしてたけど、それすら気にならなかった。

 綺麗な夜桜が見られた事も勿論だけど、今こうして浩之ちゃんの隣にいられる事が嬉しくてたまらない。
 だから、多少顔がほころんでたって仕方が無い事だと思った。

 浩之ちゃんは、そんな私の姿を見ながら、空になったお弁当箱やビニールシートが入ったカバンを右手で持ち、左手で私の手をしっかり握りながら、夢見がちな私の歩幅に合わせて、ゆっくりとしたスピードで歩いてくれている。

「・・・楽しかったか?」
「うん。 とっても楽しかったよ。」
 満面の笑みを浩之ちゃんに返してみる。
 今朝、あんなに不安だった気持ちが、嘘のように晴れている。
 全く感じないかって言われれば、きっとそれは嘘になると思うけど、こうやって浩之ちゃんの隣で、浩之ちゃんと手を繋いでいる時は、不安な気持ちより幸せな気持ちで胸が一杯になれる。 

 そんな、私の気持ちを知ってか知らずか、浩之ちゃんは、少し微笑みながら私に言った。

「・・・良かった。あかりが元気になって。」
「え?」

「一緒に昼飯食ってた時、たまに元気無さそうな顔してたからさ。」
「・・・・・・・。」
 突然の台詞に、私は言葉を失ってしまった。

 今日は、春休み最後の日。
 だからって訳じゃないけど、浩之ちゃんにお昼ご飯を食べてもらった。
 美味しいって、いっぱい食べてくれて幸せだった。
 浩之ちゃんと幸せな時間を過ごしたてたから、志保曰く、『顔がだらしない』とか、『顔が溶けてる』っと事はあっても、『元気無さそうな顔』なんて事は無いと思う。
 って言うか、無いはず。

「え、えっとね・・・そんなこと・・・。」
「なんか、悩みでも有るんじゃないか?」
 私の言葉は、浩之ちゃんの言葉に遮られた。
 遮られて・・・そのまま俯いて・・・・「こくっ」て頷いた。
 
「何時頃から気付いてたの?」
「何時だろ? 変だなって感じたのは春休みに入ってからかな。4月になってからは酷くなったみたいだから心配した。」
 だから、気分転換のつもりで私を夜桜に誘ったんだ、って浩之ちゃん。

 ・・・確かに。
 そう言えば、一緒にお昼ご飯を食べてた時には何も言って無かったのに、夕方、急に『夜桜見に行くから準備しとけ』って電話してくれたのは、私を気遣ってのことだったんだ・・・ふむふむ。  

 
 浩之ちゃんは財布から小銭を出すと、自動販売機の中に入れてホットコーヒーのボタンを押した。
 ガッシャン!って、派手目な音がして、浩之ちゃんのお望みの缶コーヒーが出てきた。
 浩之ちゃんは、缶コーヒーをを取出すと、自動販売機の隣りの壁にもたれた。
 私も、浩之ちゃんに倣って隣に行き、自分の背中を壁に預ける。

 浩之ちゃんは、プルタブを開けて一口飲むと、その缶コーヒーを私の前に差し出した。
 私はそれを受け取り、一口飲んだ。
 どうやら、”悩みが有るなら聞くから、話してみろ”って事らしい。

 私はちょっとだけ覚悟を決めた。

「・・・春だから。」
「え?」

「・・・春だから、何時も悩むの。今までが楽しかったから、明日はよりいっそう・・・ね。」
「・・・・・。」
 浩之ちゃんは、思った通り不思議そうな顔をしている。
 きっと、私が何で悩んでいるのか判らないんだ。
 浩之ちゃん、こんな事で胸傷めた事無さそうだし。

「明日から、私達3年生・・・だよね。そしたらクラス替えがあって、もしかしたら浩之ちゃんと同じクラス・・・にならないかもしれない。」
「・・・・・・・・。」

「私、春になって学年が一つ上がる度に、クラス替えの度に、『浩之ちゃんと同じクラスになれますように。』って神様にお祈りしてた。去年は、運良く浩之ちゃんと同じクラスになれて、凄く嬉しかった。  神様に願いが届いたって思った。でも、浩之ちゃんとお付き合いするようになって、少しでも一緒にいたいと思うから、高校生最後の一年を一緒に過ごしたいから、今年も一緒のクラスになりたいって…・。
でも、違うクラスになったらどうしよう、離れ離れになったらどうしようって、そんな事ばかりが頭をよぎっていって・・・。
夢の中でも浩之ちゃんは、私に背を向けながら、振り向きもしないで何処かに行っちゃうし、私が、「待って!」って叫んでも、どんどん浩之ちゃんは遠ざかって行っちゃうから・・・。
なんか悪い事ばっかり考える様になっちゃって・・・。
どうして良いのか判んなくなっちゃって・・・。」

 私は、そこで言葉を切った。
 ううん。 それ以上言えなくなった。
 それ以上、私の気持ちを伝える事が出来なくなっちゃって。

 私は、両手で持った缶コーヒーを見ながら、浩之ちゃんの言葉を待った。
 『大丈夫!きっと一緒のクラスになるって!』なんて、慰めの言葉を待った。
 嘘でも良いから慰めの言葉が欲しかった。
 それだけで、ほんの少しだけ勇気が持てそうだったから。
 でも、暫くの沈黙の後、私の耳に信じられない言葉が聞えた。

「・・・あかり、そんな事で悩んでたのか?」

 ・・・”そんな事”'なの?
 浩之ちゃんにとっては、”そんな事”なの?
 浩之ちゃんと一緒のクラスになりたいって思う事は、”'そんな事”なの?

「・・・そんな事・・・なの?」
 私は缶コーヒーを見詰めながら呟いた。
 余りに信じられない台詞だったから、思わず口から零れてしまった。

 浩之ちゃんは、私の手の中にあった缶コーヒを、ひょいっと摘み上げた。
 私もつられる様にして、浩之ちゃんの手を目で追った。
 浩之ちゃんは、缶コーヒーを一口飲んだ後、私の方を見て「飲む?」って聞いてきたから、私は首を横に振った。
 浩之ちゃんは、残ったコーヒーを飲み干すと、自動販売機の隣りに置いてある空き缶入れに缶を入れた。

「どうしてかな。俺は、あかりと同じクラスになるもんだって思ってたから、あかりが”そんな事”で悩んでるとは思わなかった。」
 そう言うと、浩之ちゃんは、ははは・・・と笑い出した。

 ・・・呆れた。
 何の根拠があって・・・ううん、根拠なんてあるはず無いのに、私と一緒のクラスになる事を信じて疑わなかっただなんて・・・。

「でも、違うクラスになるかもしれないんだよ!」
 ”かも”'じゃなく、明らかにこっちの可能性のが大きい。

「あかりは、俺と違うクラスになりたいのか?」
 そんな事有るはずがない。
 当然、首を横に振る。

「考えてもいなかったけど、違うクラスになったら、その時は2人で相談しよっか。少なくとも今考える事じゃ無いだろ?」
「う、うん・・・でも。」

「信じようぜ! 成る様にしか成らないんなら、良い事考えてた方がお得だろ。ま、違うクラスになって困る事と言えば・・・。」
「・・・言えば?」

「矢島みたいな奴が、あかりにちょっかい出さないか、って事くらいかな。」
 そう言うと、浩之ちゃんは片目をつぶった。
 はじめ、キョトンとしてたけど、何か急に可笑しくなって来て。

「浩之ちゃん。それこそ、”そんな事”だよ。」
 そう言って、浩之ちゃんの胸に飛びついた。
 浩之ちゃんは、私を優しく受け止めてくれた。

「・・・ねぇ、一緒のクラスになれたら良いね。」
 私の一番好きな、浩之ちゃんの胸の中。一番大切な、私の場所。
 私は、浩之ちゃんの背中に回した手にカを入れた。

「・・・あぁ、そうだな。」
 浩之ちゃんも、私を強く抱き締めてくれる。
 浩之ちゃんの温もりを、いっぱい感じられて幸せな気分になる。
 可笑しいね。 さっきまで、あんなに悩んでたのが嘘みたい。

「ねぇ、浩之ちゃん。私が悩んでるの、良く判ったね。」
「そりゃ、付き合いだけは長いからな。あかりの事なら何だって判るぞ。」

「ふふふ…。『神岸あかり研究家』だね。」
「ああ。世界でたった一人のな。」
 2人で、顔を見詰めあいながら、ひとしきり笑った。

「・・・じゃ、今、何考えているか判る?」
 小首を傾げて聞いてみる。
 ・・・私の気持ち。

「簡単だ。『キスして欲しい。』・・・だろ。」
「あたり。」
 私は目を閉じて、爪先立ちした。







 ・・・翌朝。

 浩之ちゃんのお陰で、信じられないほど気持ち良く朝を迎える事が出来た。
 浩之ちゃんも珍しく、呼び鈴鳴らしたらすぐに降りてきてくれた。
 3年生の初登校から、坂道ダッシュしなくて済みそう。

 普段通りの楽しい登校。
 ただ、何時もより、街中が輝いて見えるのは気のせいかな?

 校門をくぐった。
 校門近くに咲く桜を二人して見上げた。
 昨日見た夜桜も綺麗だったけど、こうやって花びら舞い散る中、桜の木を見上げて佇んでいるのも好き。

「大丈夫だ。」
 浩之ちゃんは、私の頭をくしゃっとした。

「うん、信じてる。」
 満面の笑みを返す。

「私、クラス編成表貰ってくるから。」
「おう!頼むな。」
 私は、クラス編成表を配っていた先生の所に急いだ。
 先生から、『3年生』と書かれたプリントを頂き、急いで浩之ちゃんの所に戻った。

「はい。おまたせ。」
 
 はぁ、はぁ・・・。

 急いで来たから、ちょっと息が切れちゃった。

「そんなに急いで来なくても良いだろ?」
「・・・で、でも。」
 少しでも長く浩之ちゃんと一緒にいたいもん。
 なんて事は口に出しては言わない。
 でも、『神岸あかり研究家』の浩之ちゃんには、しっかりばれちゃったみたい。

「急いで来なくっても、何処にも行かないって。」
「・・・うん。」

「それより、早く見ようぜ。」
「うん、そうだね。」
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「「・・・あった!」」


              おわり





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あとがき


最後まで読んで頂き有難うございます。
ばいぱぁです。

誰も信じてはくれないんですが、実は小心者だったりする私は、クラス替えの時には
何時もドキドキしてました。
結構仲の良かった友達とは、離れ離れになるパターンが多かった様な気がします。

このSSを読まれた人の中にも、晴れて新学期を迎えられた方はいると思いますが、
如何でしたでしょうか。
好きな子(人)と一緒のクラスだと良いですね。

ではまた次のSSでお会いしましょう。                                            





 ☆ コメント ☆

綾香 :「クラス替えかぁ。うーん、あたしは不安になったりしたことは無いかなぁ」

セリオ:「でしょうねぇ。綾香さんにそんな繊細な神経があるとはとても思えな……」

綾香 :「……」(ーーメ

セリオ:「……嘘です、ごめんなさい」

綾香 :「ま、何はともあれ、めでたしめでたしっと」

セリオ:「ですね。同じクラスになれた様でなによりです」

綾香 :「それにしても、あかりってば相変わらずよねぇ。
     クラス替え程度で夢に見るほど心配するなんて」

セリオ:「わたしは、あかりさんの気持ちは痛いほど分かりますけど。
     浩之さんと違うクラスになるのは、あかりさんにとっては何よりも辛い事でしょうし」

綾香 :「まあ、そうなんだけどさ。
     でも、ちょっと大袈裟にも思えちゃうなぁ。
     仮にクラスが違ったとしても、対処法はいくらでもあるんだし」

セリオ:「対処法ですか? 例えば?」

綾香 :「校長の首根っこを掴んで『お願い』するとか」

セリオ:「……。
     綾香さん『だけ』です、そんなことが出来るのは」(ーー;




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