題目   『 雨 〜 神岸あかり 〜 』


 ザ〜〜〜。 ザ〜〜〜。

「むぅ〜!」

 ザ〜〜〜。 ザ〜〜〜。

「むむぅ〜!」

 ザ〜〜〜。 ザ〜〜〜。

「むむむぅ〜!」

「おいおい。いい加減にしないか。何時まで空とにらめっこする気だ?」
 あからさまに『不機嫌です!』と、顔に張り紙をつけたまま我が家に来て、はや1時間。
 飽きもせず、じっと外を睨んだまま、ぶつぶつ言ってるあかりに、うんざりしながら俺は言った。

「だって・・・。」
 口をすぼめて拗ねて見せるあかり。
 たれ目の癖に、頑張って目を吊り上げてみせた所で、見てて可愛いと思いこそすれ、怖くも何とも無かったりするんだけどな。

「だって、ホントに楽しみにしてたんだよ。浩之ちゃんとのお出かけ!」
 あかりは、胸の前で両手を握り締めて力強く言った。
 そう。今日は、あかりと2人だけでお出かけをする予定だった。

 別に遠出をするわけじゃない。
 目的地は、ここから電車で30分かそこいらの所にある、何とかが見える公園とやらだ。

 つい1ヶ月ほど前、今まで踏み出せなかった一歩を、2人同時に踏み出し、そして恋人同士になった。
 だからと言って、俺達の生活が、がらっと変わるものでは無かったが、できるだけ2人の時間を大切にしようと2人で約束をした。
 しかし、GW明け直ぐに修学旅行があったり、その後も色々止むに止まれる事情があって、2人っきりの時間が取れないでいた。

 因みに、止むに止まれぬ事情とは、来栖川先輩とタロットしたりとか、綾香と土手で手合わせしたりとか、
 葵ちゃんと部活したりとか、琴音ちゃんと超能力の練習をしたりとか、マルチの掃除を手伝ったりとか、
 智子とマクドに行ったりとか、レミィがぶつかって来たりとか、理緒ちゃんが転んだりとか、志保のバカと勝負したりとかとか・・・。 
   
 ま、そんな事はどうでも良いんだけど。  
 つまりは、GW以降、あかりと2人っきりの時間を楽しむ機会に恵まれなかったから、ちょっぴりの罪悪感から、この話を俺から持ちかけたんだけど、その時のあかりの喜びようといったらなかった。
 小躍りしながらって言うのかな。 喩が悪いかもしれないが、仔犬だったら、キャンキャン吠えながら、俺の周りをしっぽフリフリ駆け回ってたって感じだった。

「でも、この天気じゃあなぁ・・・。」
 そう呟き、そして二人して『はぁ〜〜。』って、大きな溜息をついた。

 外は雨。しかも、本格的にじゃじゃぶり。  
 まぁ、せめてもの救いは、この雨を外に出掛けてから味合わずに済んだ事くらいか。
 
「何で、こんな大切な日に雨降るんだろ?」
 そんな事聞かれても・・・。
 できれば気象庁の方に聞いとくれ。
 多分、俺のせいでは無い事だけは確かだから。

 でも、まぁ、あかりの言う事も判らないでもない。
 確か、一昨日の天気予報では、”晴れ”と言ってたはずだった。
 まだ梅雨入りは先でしょう、とも。
 なんか、梅雨前線が、急に北上したとか何とか言ってたけど。  
 まぁ、天気予報なんざ、所詮”予報”なんだが、ここまで違うとなぁ・・・・何だかなぁ・・・。

「でも、まぁ、アレだ。 外には行けないけど、今日一日まったり過ごそうぜ。お前もそのつもりで来たんだろ?」
 俺は親指を立てて、あかりの荷物を指差した。
 そこには、大きなバスケットと共にポットやら何やら、沢山荷物が置いてあった。
 何でも、料理の大半は、昨日のうちに下拵えしてあったから、朝起きて雨が降ってたのを知りつつ、最後まで作ってしまったそうな。
 ま、俺は良いけどな。 あかりの料理が食えるから。
 しかし何だな、こんだけの荷物をこの雨の中持って来たのも凄いと思うけど、もし今日晴れてたら、この大量の荷物を持ってお出かけしてたって事ですかい? あかりさん?
 
「う、うん・・・。そうなんだけど・・・。」  
 頷きながらも、何故か合点がいかない様子。

「何か不満か?」
「不満って訳じゃないけど・・・。」
 顔には、『大いに不満です!』って垂れ幕掲げられながら言われてもなぁ。
 説得力の欠片も無いんだよなぁ。

「何だよ、変な奴だなぁ。言いたい事が有ったら言えよ。」
「・・・う、う〜ん。」
 そう言って、また口ごもった。ホントに変な奴だ。 
 
「・・・・えっとね。」
 暫くモジモジしてたが、漸く重たそうな口が開きかけた。
 小さな唇から、隠れていた言葉が顔を覗いた、その時。

 ザザザ〜〜〜〜。  ザザザ〜〜〜〜。
 ザザザ〜〜〜〜。  ザザザ〜〜〜〜。

 突然、雨脚が強くなり、庭の紫陽花を叩く雨音が一層激しくなった。
 窓の外のそんな変化に、俺とあかりが目を奪われた刹那。

 ピカ! ゴロゴロゴロゴロ・・・・。
 
「きゃ!」
 突然雷鳴が轟いた。
 あかりは、短い叫び声を上げて俺の胸の中に納まった。

「あ、あかり。」
 俺は、俺の胸の中で、肩を小刻みに震わすあかりを、優しく抱締めてやった。 

「大丈夫。心配するな。俺がついてる。」
 あかりの髪を優しく撫でながら、あかりを勇気付けてやると、まるで凍えた雛鳥の様に肩を震わせ、時折頭をコクン、コクンと動かした。

 ピカ! ゴロゴロゴロゴロ・・・・。
 
 雷鳴が轟くたび、あかりは「ひっ!」とか、「きゃ!」等と小さな悲鳴を上げる。
 俺は、その度毎に、あかりに声を掛けてやり、頭を優しく撫でてやった。
 雷鳴は、徐々に近づき、そして遠ざかって行った。

 雨脚も鈍くなり、ゴロゴロって音も、かなり遠ざかって行った様に思われた。 

「・・・あかり。」
 俺にしがみ付いたままのあかりの名を呼んでみる。
 「もう大丈夫だぞ。」の気持ちを込めて。
 
「・・・ごめんね、浩之ちゃん。」
 そう言うと、鼻をすすりながら身を起こした。
 半べそをかいていたのか、瞳の端にうっすらと涙がにじんでいる。
 あかりは照れ隠しに、「えへへへ・・・。」って笑いながら、その涙を拭った。

「・・・ひ、浩之ちゃん。」
 気がついたら、俺はあかりを抱締めていた。
 咄嗟の事で、どうしてこんな事をしたのか、自分でも判らなかった。

 あかりの笑顔が可愛かったから?  
 あかりの涙が愛しかったから?

 多分そう。
 でも、それが決定的な理由じゃない様な気がした。

「・・・もうちょっとだけ、このままでいようぜ。」
 無意識のうちに口にした言葉は、得てして真実の近くにある。
 多分、俺の真実はそれ。 
 あかりを抱締めた理由は、あかりから離れたくなかったから。
 あかりの温もりを感じていたかったから。 
 あかりを抱締めていたかったから。

「・・・うん。」
 あかりは小さく頷くと、俺の服をしっかりと握って、俺の胸に頬を摺り寄せてきた。
 そんなあかりが愛しくて、俺はあかりを強く抱締めた。
 ”今”と言う瞬間が、永遠に続いて欲しいと心から願った。

「・・・そう言えば、さっき・・・。」
「え?」

「・・・あ、いや、いい。」
 何を言いたかったんだ?って言葉を直ぐに打ち消した。
 聞かなくても、何となく判る。
 言わなくても、きっと伝わる。
 そう思えたから。

「浩之ちゃん変なの。言いたい事が有ったら言って。」
 うふふ、って笑ったあかりの笑顔は、真夏の太陽の様に輝いていた。
 雨音は一向に静まる気配を見せないが、俺達の心は晴れやかな気分に満たされていた。
 こうしていたいと願う気持ちが重なったから。
 雨が降った休日も、結構良いなぁ、なんて思えてきた。









 ・・・・その頃。
 とある大邸宅の、その外観には似つかわしくない、古ぼけた大扉の前に、一人の少女が訪れた。
 少女は、ドアノブに手を掛けながら一度逡巡し、躊躇いがちにドアノブを回した。

 ギギギィ・・・・。

 低く鈍い音を立てながら、扉は開いた。
 まだ昼間だと言うのに、遮光カーテンで遮られた窓からは、外の明かりは全く入って来ない。
 薄暗い室内にも関わらず、闇と同化しかけたお目当ての人を見つけられたのは、部屋のほぼ中央で灯された、何本かの蝋燭があったからに他ならない。
 三角帽子に、黒いマント。この頃、姉さんのトレードマークと言って良い服装。
 別に嫌いじゃないけど、流石に魔法書片手に、魔方陣の中にいる姿を見ると、ちょっと引いてしまう。
 
 来栖川家の人間なんだから、趣味と友達くらいは、もう少し慎重に選んで欲しかった。
 って、それは私も一緒か。
  
「姉さん?」
「・・・・・・・・・。(ぶつぶつ)」

「姉さん昨日からいなかったでしょ? 屋敷中大変だったんだから、って、何してるの?」
「・・・・・・・・・。」

「え? 梅雨前線さんに来てもらってる、ですって? また何で?」
「・・・・・・・・・。」

「え? 今日は、浩之さんとあかりさんのデートだから、それを邪魔するため、ですって。 その為に昨日からずっとここに篭ってるの?」
「・・・(V)。」
 そんな、にこやかな顔で言われても・・・。
 って言うか、この雨は、あんたのせいかい?
 
 どうやら姉さんは、浩之とあかりのデートを邪魔するために、寝食を忘れて魔術を駆使し、梅雨前線を呼び寄せたようだ。それが、どれだけの人の、特に気象庁の方々の迷惑になるかなんて、これっぽっちも考えないで。

 ・・・しかし。
 浩之が、雨降ったくらいで、あかりとのデートを止めるだろうか?  
 イヤ!絶対にそれだけはありえないと断言しても良い。間違いなく二人は今一緒にいる。
 しかも間違いなく浩之の家の中。
 ・・・って事は。

「・・・・・・・・・・・。(ぶつぶつ)」
 言えない。
 きっとこの雨は、二人を外に出さない効果はあっても、デートの邪魔になんて1ピコミリも役に立っておらず、引きこもった2人がする事なんて、きっと”アレ”くらいしかなくって、(だって浩之だもん。)そうなったら、きっと朝から晩まで”スル”んだろうなぁなんて事、(だって浩之だもん)口が裂けても言える訳がない。

「姉さん。 程ほどにね。」
 だから、私にはこんな言葉しか掛けてあげられなかった。
 既に、術に没頭している姉さんには聞こえなかっただろうけど。
 それが、妹である私にできる、精一杯の優しさ。
 だから、私は静にドアを閉めた。

 ・・・そして、見なかった事にしてあげた。

 黒マントを纏った、愛のキューピットなんて。
                              おわり  





 ○ ○ ○ ○ 

あとがき



最後まで読んで頂きありがとうございます。
ばいぱぁです。


6月と言えば梅雨! と言う事で、1月くらい前から書き始めたんですけどね。
何故か今年は(小生在住地では)空梅雨気味。
だから、何だかなぁ〜とか思いながら仕上げました。

と、言うわけで、季節感が余り感じられなかったかもしれませんが、ご容赦下さい。






 ☆ コメント ☆

琴音 :「やれやれ。芹香さんにも困ったものですね」

 葵 :「うん。芹香さんの気持ちも分かるけど、やっぱり邪魔なんてしちゃいけな……」

琴音 :「雨なんて生ぬるいです。どうせ呼ぶのならメテオとかにしてくれなきゃ。
     もしくはコロニーを落とすとか」

 葵 :「……」(ーー;

琴音 :「それはそうと……浩之さんとあかりさん、相変わらずラブラブですねぇ。ハァ」(−−;

 葵 :「ホントだね。見ていて恥ずかしくなるくらい。
     ちょっと……羨ましい、かな」

琴音 :「ちょっと? ちょっとだけ?
     わたしはすっごく、すっごーーーく羨ましいんですけど」

 葵 :「…………。
     わたしも……凄く」

琴音 :「やっぱし♪」

 葵 :「……」(*・・*)

琴音 :「あーあ、いいなぁ、あかりさん。
     わたしも浩之さんとイチャイチャしたいです」(〃∇〃)

 葵 :「そ、そうだね」(*・・*)

琴音 :「そしてそして、浩之さんと二人きりで……あんなことや……こんなこと……
     え? そーんなことまで!? あーん、浩之さんのえっちぃ♪」

 葵 :「……こ、琴音、ちゃん?」(−−;

琴音 :「それでそれで、二人は熱く激しい、めくるめく愛の世界に旅立ったりしちゃうのです。
     いざ行かん、官能の大海原へ!
     なんちゃってなんちゃってぇ……やんやんやん♪」(〃∇〃)

 葵 :「……」(ーー;




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