題目   『 雨 〜 姫川琴音 〜 』

 ザ〜〜 ザ〜〜
 ザ〜〜 ザ〜〜

「・・・雨。 雨、降っちゃいましたね。」
「ああ。残念だったな。」

「・・・はい。・・・でも、良いんです。」
「どうして? 琴音ちゃん、水族館に行くの楽しみにしてただろ?」

「はい。水族館に行けないのは残念ですけど、その代わり・・・。」
「その代わり?」

「藤田さんと一緒にいられますから。」
「え?」

「別に、水族館に行けなくても、藤田さんの傍にいられるだけで、私幸せですから。」
「琴音ちゃん。」

「・・・あ、藤田さん。」
「琴音ちゃん好きだよ。」

「私もです、藤田さん・・・って、あ!ん、ん・・・ぷはぁ、はぁはぁ。いきなり、どうしたんですか?」
「嫌なの?」

「そんな嫌だなんて・・・むしろ嬉しいんですけど・・・って、でも、何だか、何時もより積極的って言うか、情熱的って言うか・・・。あ、藤田さん、そんな所に手を・・・まだ、お昼前ですよ。あ、あ・・・それに、誰かに見られてしまいます。」
「良いじゃないか、見たい奴には見せてやるさ。」

「そ、そんな。って、言ってる傍から何て事を。あ、あ・・・そ、そんな、ちょ、ちょっと待って下さい。
あ、あ・・・あん。そ、そんな・・・あん。」

「・・・ねぇ、ちょっと琴音ちゃん。いい加減にしてよ。」

「ふ、藤田さん・・・あぁ・・・葵ちゃんも・・・はぁはぁ・・・見てますから・・・。」

「・・・琴音ちゃん!」

「は、はい!」
 パチクリする目で正面を見ると、葵ちゃんが、何かとてつもなく変なモノでも見る様な目で私を見ていた。
 よくよく見ると、ここは見慣れた私の部屋。そして、何故か私の腕の中にはビーズのクッションが・・・。

「・・・また・・・やった?」
 聞くまでもない。
 でも、聞かずにはいられない一言を口にする。

「うん。私の前で、しっかり5分以上してた。」
 あちゃ〜。またやっちゃったんだ。
 ある程度予想してたとは言え、現実を突きつけられるのは結構辛い。
 しかも、それが最悪の結果であれば尚の事。
 
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ごめんなさい。」
 私は、ビーズのクッションに真っ赤な顔を埋めると、葵ちゃんに「ごめんなさい。」をした。
 もう、『恥ずかしくて顔から火が出そう。』とは、こう言う事を言うんですね、きっと。


 この頃の私、別に自慢するような事では無いけど、白昼堂々とトリップするようになってしまいました。
 一応念の為に言っておくけど、危ない薬を使っている訳でも、危険な団体に所属している訳でもないんです。
 
 白昼夢。妄想癖。
 色々な言い方はあると思うけど、きっとそんなとこ。
 藤田さんの事を想うと、藤田さんと二人だけの楽しい世界に入り込んでしまい、周りが見られなくなってしまうのです。

 まぁ、今の所は実害は有りませんが、トリップ中は周りが見えないものですから、知らない間にご迷惑を掛けていたら大変ですし、第一、それで事故にでも巻き込まれたら(巻き込んだら)、洒落になりません。
 だから、どうしたらこの病気が治るのか、相談に乗ってもらおうと思って、葵ちゃんに来てもらったんです。

 私にとって、最も大切なお友達である葵ちゃんに、こんな事で嫌われたく無いし、葵ちゃんだったら、私と一緒に悩んでくれるって思えたから。
 こんな恥しい姿、出来るだけ葵ちゃんには見られたくないから。
 だって、どう贔屓目で見たって、にへら〜と笑いながら、体をくねくねさせているのは、傍から見ても気持ちの良い物ではないでしょうし、私が反対の立場なら、一緒にいるのはご遠慮したいですよね。
 だって、気味悪いじゃん、そんな奴。

「別に私は良いんだけど・・・。この頃ちょっとトリップ多いよ。琴音ちゃん、大丈夫?」
 恥ずかしさのあまり、顔を上げられないでいる私に、葵ちゃんは思い遣りに満ちた一言を投げかけてくれた。
 それが、ナチュラルに、私の胸をえぐったとも知らずに。 

 松原葵ちゃん。
 大好きな浩之さんの紹介で知り合った女の子。
 葵ちゃんは、お世辞にも一般的な”緒麗な人”とか、”'美人”とか言われる様な女の子ではない。
 どちらかと言うと、”小柄で痩せている可愛い男の子”と言う感じ。
 あんまり人の事言えないけど、胸、小っちゃいし。

 でも、私は葵ちゃんの事を素直に尊敬している。
 初めて学校裏の神杜で、藤田さんから葵ちゃんを紹介された時、目の前にいる人が同級生だなんて信じられなかった。
 無心でサンドバックを打ち続けるひたむきさ。
 格闘技なんて、あまり詳しくはないけれど、技の切れなんてホントに綺麗でカ強かった。
 前だけを見据える眼差しも、飛び散る汗さえも、綺麗で格好良いとさえ思えた。
 だから初めてお話した時、葵ちゃんに対して物凄く好印象を持って接する事が出来た。
 葵ちゃんが藤田さんに対して、"ただの先輩以上''の淡い想いを抱いている、言わば私の恋敵だって判っていても。

「理由は判らないでも無いけどさあ・・・。気をつけないとダメだよ。」
「う、うん。判ってる。」

「私・・・友達として・・・心配だよ。」
 葵ちゃんは、私から視線を逸らしながら、小さな声で呟いた。
 小さな声だったけど、私の耳に、そして、私の心にしっかりと届いた。

 ・・・ト・モ・ダ・チ・ト・シ・テ・・・?

 何故か、その言葉が私の中で、魚の小骨の様に引っかかった。
 理由なんて判らない。判らないけど、その言葉が胸に刺さって痛い。

(・・・友達として、心配してくれているの?)
 小さな疑問が湧き上がる。
 その言葉と一緒に、理由の判らない涙が頬をつたった。

「こ、琴音ちゃん! ど、どうしたの?」
 私の涙を見て、葵ちゃんは激しく動揺した。
 どうして良いのか判らないって感じで、みっともない程バタバタと慌てだした。
 私の一言で、葵ちゃんがこんなに慌ててくれるのが、不思議と嬉しかった。
 嬉しいくせに、私の目から零れ落ちる涙は、一向に止まる気配を見せないし、白分の胸の鼓動が自分の耳に届くほど高鳴っていた。頬が自分でも判るほど、真っ赤に熟れて行き、頭がポ〜ッてしてきた。

「・・・友達としか見てくれてなかったの?」
 葵ちゃんの呟きより、更に小さな呟きが私の唇から零れ落ちた。
 でも、それは自分でも信じられない一言。
 しかし、きっとそれは私の本当の気持ち。
 隠れていた、私の気持ち。 

「・・・私達、ただの友達なの?」
 零れる涙を拭いもせずに、葵ちゃんににじり寄った。
 私がにじり寄った分、葵ちゃんは後ろに身を引いた。
 私は、葵ちゃんの姿を結構冷静な目で見る事が出来た。
 頬の火照りや、零れ落ちる涙は一向に止む気配は無いし、胸のドキドキだって爆発寸前。
 でも、頭の中は結構冷静だった。
 多分、自分の胸に仕舞い込んでいた気持ちを吐き出せたし、隠していた本当の気持ちを伝えられたからだと思う。 
 喩えて言うなら、神の戒めから解かれた子羊のよう。心が軽くなった様に思えた。
  
「・・・ただの友達で、良いの?」
 更ににじり寄る様にして、葵ちゃんに近づいた。
 ベットの縁に背中をついている葵ちゃんは、もうそれ以上何処にも逃げられない。
 私はにっこりと微笑むと、更に葵ちゃんへと顔を近付かせた。
 唇と唇が重なり合う、寸前の所まで。
 
 葵ちゃんへの問い掛けは、そのまま私の心への問い掛け。
 もう、自分の心に嘘なんてつけない。
 葵ちゃんと、ただの友達でなんていられない。
  
 私は葵ちゃんの事が好き。大好き。心の底から、誰よりも、好き。
 だから、ただの友達でなんていられない。
 ただの友達なんてイヤ!

 私は目を閉じた。
 そして、葵ちゃんとの、僅かに残った距離を埋めようとした。

「きゃ!」
 私は思わず小さな叫び声を上げてしまった。
 だって、葵ちゃんったら、急に私の両肩を掴むと、私を押し倒したから。  

 目を開けてみると、私の上に葵ちゃんの姿があった。
 どうやら葵ちゃんは、自分のした事に、そして今の状況を正しく把握出来ていないみたい。
 はぁ、はぁ、って、荒い息を吐きながら、大きな目で私を見つめている。
 でも、その瞳は私を映していなくて、どこか遠くの虚空を見詰めているようだった。

「ご、ごめん!」
 突然、我に帰った葵ちゃんは、私に謝った。
 でも、今はそんな言葉、欲しくは無かった。

「ごめん! 琴音ちゃん。 あの・・・これは・・・。」
 葵ちゃんは、真っ赤な顔して、しどろもどろになりながら、何か言葉を探している。
 きっと、今、こうしている理由を探してるんだ。 一生懸命、言い訳の言葉を捜しているんだ。
 そう思えたら、何故か嬉しくなった。
 嬉しくなって、思わず、クスって微笑んじゃった。
 そして、両手を伸ばして、葵ちゃんの首に手を回し、ゆっくりと抱き寄せた。
 葵ちゃんは抗う事はしなかった。私は、葵ちゃんを抱き寄せ、胸の上で抱締めた。

「謝らないで、葵ちゃん。 私、とっても嬉しい。」
 葵ちゃんが、ビクッと反応する。
 どの言葉に反応したかは判らないけど、強張った身体を解す様に、葵ちゃんの頭を撫でた。
 愛しむ様に、優しく。

「初めて葵ちゃんを見た時から、きっとこうなる事を夢見て来たんだと思うの。 だから、今私とっても幸せ。」
 だから後悔なんてしない。私は、そう続けた。
 私の胸の上で、葵ちゃんの肩が震える。葵ちゃんの両手が私をしっかりと抱締める。
 葵ちゃんは、声を殺して泣いている。ううん。私もその時泣いていた。 
 でも、それは、先程流した涙とは違っていた。

「・・・私もだよ。琴音ちゃん。」 
 2人で、しっかりと、お互いを抱締めあった。2度と離れない様に。2度と放さない様に。
 そして深くて熱い口付けを交わした。とろけるような、熱い口付けを。

 不思議と罪悪感は感じなかった。
 多分、葵ちゃんと一緒だったから。
 葵ちゃんと一緒になれたから。
 幾つかの物を、一緒に捨て去る事が出来たから。
 
「琴音ちゃん。 好きだよ。」
「葵ちゃん・・・私も大好き。」
 紫陽花の葉を叩く雨音が、遠くに聞こえた様な気がする。
 雨足が激しくなったのかも。
 激しく飛び散る飛沫は、二人の情熱を覆い隠すのにちょうど良かった。

                                                 お わ り





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あとがき

最後まで読んで頂きありがとうございます。
ばいぱぁです。

今回は、若干百合が入ってます。
百合がお嫌いな方申し訳有りません。
加えて、琴音ちゃん、葵ちゃんのファンの皆様申し訳有りません。

どうも、「やっちゃった!」って気持ちで一杯なんですが、如何だったでしょうか?
楽しんで頂けたら幸いです。

                                           おわり






 ☆ コメント ☆

セリオ:「ユリと言えば一世を風靡した超能りょ……」

綾香 :「いきなり何をワケの分からん事を言い出すかな、この娘は。
     つーか、そういう若い人置いてきぼりのネタはやめなさいっての」

セリオ:「このネタを一発で理解できるとは、綾香さんってば通ですね。
     それとも、ひょっとして15歳くらいサバ読んでます?」

綾香 :「読むか!」

セリオ:「……まあ、それはさておき百合です。
     何と言いますか、独特の雰囲気がありますね、百合って。
     ちょっとドキドキしました」

綾香 :「確かにドキドキはするかな。見ている分には面白くも思うし。
     尤も、自分でしようとは思わないけど」

セリオ:「そうなんですか? 勿体ないですね。
     綾香さんさえその気なら、女の子、選り取り見取りですよ。きっと」

綾香 :「……選り取り見取りとか言われてもねぇ」

セリオ:「上級生や下級生、もちろん同級生も思いのままの、見事なまでのモテモテ状態になれますよ」

綾香 :「別になりたくないってば」

セリオ:「そして、可愛い娘の処女を食いまくり」

綾香 :「待て」

セリオ:「寺女を制覇して、是非とも『女浩之』の称号を目指しましょう!」

綾香 :「……あんた、サラッと凄い事を言うわね。いろんな意味で」(汗




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