「では、次にクラス対抗リレーですが・・・。」
 黒板の前では、体育祭実行委員の進行で、次々に種目別クラス代表選手が決まっていく。
 高飛びに幅跳び、借り物競争に障害物リレーと決まり、後はクラス対抗リレーだけ。
 私は、ちらりと浩之ちゃんを見た。

(・・・やっぱり。)
 この頃何時もあんな感じ。
 何を考えて、何を悩んでいるのか判らないけど、心ここに非ずって感じで、頬杖をついて遠<を眺めている。
 何時も一緒にいるから。ううん、一緒に居なくったって、浩之ちゃんの事だったら何でも判る気でいた。
 だって、自他共に認める、世界でたった一人の”藤田浩之研究家”なんだから。

 でも・・・。最近の浩之ちゃん、判んない。
 何を考えているのか、何をしたいのか・・・。
 「どうしたの?」って聞いても誤魔化すし、近くに私が居たって知らん顔。

 私じゃダメなのかな? 私じゃ頼りないのかな? 私じゃ相談相手にならないのかな?
 そりゃ、私なんかじゃ、何のカにもならないかもしれないけど、お話くらいだったら聞けるし、もし私出来る事が有れぱ何だってして上げたいって思っているのに。


「・・・では、代表の方は頑張って下さい。」
 私と浩之ちゃんの想いを他所に、体育祭実行委員が最後に残った代表者の名前を書いて、少し長めのホームルームを締めた。
 私達にとって最後の体育祭。私と浩之ちゃんの名前は黒板にはなかった。




        題目  『  体育祭、そのあ・と・で  』


 ド〜ン。 ド〜ン。

 見渡す限り雲一つ無い澄み切った青空。思わず伸びをしたくなる様な爽やかな朝。
 今日は、待ちに待った体育祭。高校最後の体育際。
 やっぱり良い想い出作るんだったら、真っ黒な雲が垂れた空より、こんな素敵な空が良い。
 特に理由は無いけど、”良い天気”って言うだけで、こんなに気分が良くなるのは、私が単純なせいかな?

 ううん。きっと違う。きっと今日は素敵な事が起きる、そんな予感がするから。



「浩之ちゃん、お願い!」
 私は、思いっきり頭を下げた。
 浩之ちゃんは、あからさまに嫌な顔をしながら目を開けた。
 クラス全員参加の100メートル走が終わって、もう少しで午前の部が終わるって時間。
 後はお昼御飯まで何もする事が無いから、校舎裏で日向ぼっこをしていた所に来たみたいで、ちょっとご機嫌斜めみたい。

「あ? 何で俺なんだ?」
 寝転がっていた体を起こして、鬱陶しそうに聞いてくる。
 怒ってはいないみたいだけど、あからさまに「不機嫌です!」って顔に書いてある。

「矢島君が、荷物運んでる時に転んで怪我しちゃったみたいで、替わりに走る人探してるんだって。だから・・・。」
「・・・だから、何で俺なんだ?」
 何で俺なんだって言われたって・・・。
 他に頼るあてがないから。ううん、ちがう。 浩之ちゃんだったらしてくれると思ったから。
 浩之ちゃん、何時もはそんな素振りしないけど、私が困っている時には絶対助けてくれるから。
 それに、一人で悩んでいる姿見るよりも、やっぱり、何かに打ち込んで頑張っている姿を見ていたいから。
 そんな浩之ちゃんが好きだから・・・。

「・・・で、矢島のヤローは、何に出るつもりだったんだ?」
 私が答えに詰まっていると、浩之ちゃんは見かねたのか、よっこらしょって立ち上がってから、大きく神びをした。

「・・・ったく。しょうがねぇなあ。出てやるよ。」
「あ、有難う! 浩之ちゃん!」
 胸の前で両手をパチッと叩きながら、飛びはねた。
 ホントは、浩之ちゃんの胸に飛びつきたかったけど、流石に学校でそれは拙いと思って諦めた。
 別に、学校以外だったら良いって訳じゃないんだけど。

「で、何に出ればいい?」
 浩之ちゃん、軽く準備運動しながら聞いてきた。
 わっ、思ったよりやる気満々って感じ。

 私は、ちょっとだけ言葉に詰まった。
 だつて・・・。


「・・・借り物競争。」
「・・・・・・・・・・へ?」
 アキレス腱を伸ぽしていた浩之ちゃんの動きが一瞬止まった。



 ○   ○   ○   ○   ○   ○



「・・・午後の部、一回目の競技、「借り物競争」に参加する生徒は西入退場門に・・・。」
 本日午後の部、最初の競技である「借り物競争」に参加する選手の呼び出しが放送された。
 「借り物競争」とは言え、れっきとしたクラス対抗戦。
 当然、一位になれぱそれなりにポイントが加算されるけど、クラス対抗リレーとか、他の本格的な競技と違って、何処かお笑い的要素があることは否めない競技。

 競技は簡単。 西入退場門近くから一クラス五人で、全クラスー斉によ−いドン。
 目指すは東入退場門近くにある折畳み机。そこには、数字が書かれたピンポン球が入っている籠が置いてあるから適当なピンポン球を持って、また西入退場門近くまで走って戻る。
 そこに紙封筒が沢山置いてあるから、ピンポン球に書かれている番号と同じ封筒を選んで、封筒の中に入っている紙に書かれた物を借りに走り回るって競技なんだけど、ピンポン球にしても、封筒にしても、外れが多かったりとか、書かれていた物が必ずしも借りられない様な物だったりとかで、結構大変みたい。

 見ている私違は、選手が右往左往している姿を見て楽しむって競技なんだけど、やってる選手にとっては、運と体カ勝負の競技ってとこかな。

「頑張ってね、浩之ちゃん。」
「・・・。」
 浩之ちゃん、私の事睨んだまま、何も言わずに席を立った。
 そう言えば、お昼御飯の間、ずっと、ずっと、恨み言言ってたし、そんなに出るの嫌だったのかな。
 私としては、どんな競技でも良いから、浩之ちゃんが一生懸命頑張っている姿が見たかっただけなんだけど。
 浩之ちゃんは、他のクラスメートと一緒に西入退場門へと走って行った。


「・・・・・位置について・・・よ〜〜い、ドン!」
 いよいよ「借り物競争」が始まった。
 四十人近い選手が一斉に東入場門近くに殺到する。 殺到して・・・あ、先頭集団の人たちが、折畳み机倒しちゃった。籠の中のピンポン球もバラバラに転がっちゃって、収拾つかなくなっちゃってる。
 浩之ちゃんは、散らばったピンポン球の中から一個のピンポン球を拾い上げた。

 う〜〜ん、浩之ちゃん。思いっきりカ抜いているなぁ。
 後ろから走ってくる選手からは抜かれる事はないけど、前の集団に追いつこうとはしない。
 ピンポン球も封筒も当たり外れがあるから、早く行けぱ良いって訳じゃないけど・・・。
 もう、殆んど後方集団、って言って良い位の順番で討筒のある西入退場門にたどり着いた。
 さすがに一生懸命選んでるみたい・・・・・・有るのかな・・・・・・無いのかな・・・・・・。
 あ、封簡を手に取った! 中を見て・・・紙が出てきた。って言う事は、外れじゃないんだ。

 あれ? でも、どうしたんだろ? 浩之ちゃん、紙見たまま動こうとしない。
 浩之ちゃんより後に来た人達は、また東入退場門に急いで帰って行く人がいたり、紙に書かれた物を借りに走って行っている。それでも、まだ浩之ちゃんは動かない。
 さっきまで、歓声とか、爆笑とかに包まれてたけど、今はなんか違う。どうしたんだろう?って感じで、立ち尽くしている浩之ちゃんを全校生徒が見詰めている。

 そのうち、学校中に散らぱっていた選手達が、紙に書かれた物を持ってグラウンドを走り始めた。
 剣道の防具を着けて走っている人や、コントラバスを二台も担いでヨタヨタしている人、中には、理科室から持ってきたのか、人体標本を担いで走っている人までいた。


 バーン!


 競技終了を知らせる合図が無情に響く中、浩之ちゃんは一人、グラウンドに立ち尽くしていた。
 何故か浩之ちゃんが、私の方をじっと見ながら、複雑そうな表情を浮かべていたのが、とても印象に残った。




 ○   ○   ○   ○   ○   ○




「・・・実は少し前から悩んでてさ。」
 体育祭も無事に済んだ帰り道。
 特に素敵な事は起きなかったけど、私のせいで浩之ちゃんに恥ずかしい想いをさせてしまって、何て言って謝ろうかな、って考えていた矢先、急に、ホントに何の脈略も前置きも無く、浩之ちゃんが話を振ってきた。

「・・・うん。 知ってた・・・よ。」
「・・・そっか、知ってたか。」
 そりゃ知ってますよ。
 何時も浩之ちゃんの事見てるし、自他共に認める、世界でたった一人の”藤田浩之研究家”ですから。

「・・・何悩んでたの、って聞いて良い?」
「・・・色々だ。」
 聞いちゃいけないかな、って思ったけど、勇気を出して聞いてみた。
 浩之ちゃん、私の声は届いているくせに、何も言ってくれなかった。
 だから、やっぱり聞いちゃいけなかったんだ、って思ってたら、振り向きもしないでそう眩いた。

「色々って?」
「・・・色々は、色々だ。」
 あ、今度はちょっとだけレスポンスが早かった。
 でも、むすっとしながら、「色々は色々だ」って言われても・・・。
 別に言葉の意味を聞いているんじゃないんだから、そんな答えを期待してたわけじゃないのに。
 ちょっとだけ、ちょっとだけ私に相談してくれる気になったのかなって、そう思ったのに。

「私じゃ・・・私じゃ、ダメなのかな?」
「はぁ?」
 私は、浩之ちゃんを回り込むようにして前に出た。
 驚いて足を止めた浩之ちゃんを他所に、私はなおも続けた。

「私、浩之ちゃんが一人で悩んでたの知ってるよ。でも、私には何も話してくれなくって、はぐらかされてばかりで。私じゃ浩之ちゃんのカになれないかもしれないけど、お話くらいだったら私だって・・・。」
「ばぁ〜か。」
 浩之ちゃんは、「ぱぁ〜か」って言いながら、私の頭をくしゃっとした。
 だから、私は最後まで言えなくって・・・。私の気持ち伝えられなくって・・・。
 でも、浩之ちゃんったら、私の想像を越えるような、とんでもない事を言ってくれた。

「本人に、悩みの相談なんて出来るわけないだろ。」
「・・・?!」
 本人に悩みの相談って? え? それって、それって、もしかして私の事を「いろいろ」考えていてくれたって事?
 そ、そうなの? ねえ、浩之ちゃん?

「・・・だから、そう言う事だ。」
 目を真丸に見開いて、口をパクパクしている私に、浩之ちゃんはそっぽを向きながらそう言った。
 「心配させて悪かったな」って付け加えて。

「・・・色々って・・・あの・・・その・・・。」
「・・・まぁ、その・・・兎に角、色々だ。」
「だから、これ・・・やる。」
 ポケットをごそごそさせてから、四つ折にされた小さな紙を出した。
 確か、それは、借り物競争で、封筒の中に入っていた紙。
 私は、恐る恐るその紙を受け取り、ゆっくりと開いた。

「!」
「・・・いや〜。一香初めにあかりの顔が浮かんだんだけどなぁ。流石に、あかりを担いで運動場一周回る勇気無くてな。それに・・・あれだ。その・・・それ、全校生徒の前で発表されるんだろ。流石に・・・な。」
 胸がいっぱいになっちゃた私は、何て答えて良いか判らなくなっちゃったけど、照れてる浩之ちゃん見たら、
 なんか可笑しくなっちゃって、「ヘヘヘ」って笑いながら、「そうだね。」って答えた。
 折角だから、もうちょっと気の利いた事言いたかったけど、そうしたら、きっと我慢していた物が溢れて来ちゃう気がして、やっぱり止めた。
 あ、でも、ちょっとだけ嬉しくって、目頭が熟くなっちゃったくらいは良いよね。

 私は浩之ちゃんから貰った、小さな紙片を持って、俯いたまま、ゆっくりと浩之ちゃんに近づいて、軽く頭を浩之ちゃんに預けた。浩之ちゃんは、何も言わずに私を受け止めてくれて、私の肩を優し<抱いてくれた。
 強くて、大きくて、優しくて、そして暖かい手。
 親鳥に抱かれる雛鳥の様に、私は何時までも、このままでいたいと思った。
 浩之ちゃんの腕の中で。

 いつまでも。いつまでも。

 澄み切った青空は茜色から群青色に変わり、宝石箱から飛ぴ出して来たかの様に、星々が瞬いており、大きく傾いた太陽は、ゆっくりとその身を大地に隠そうとしている。
 私は、浩之ちゃんから少し離れて、浩之ちゃんを軽く見上げた。
 浩之ちゃんも、私を見詰めていてくれる。
 浩之ちゃんの手に少しだけカが加わって、ゆっくりと浩之ちゃんが近付いて来た。
 浩之ちゃんの瞳に、私の姿が映し出されているのが見えた。私だけの姿が。
 だから、私はゆっくりと瞳を閉じた。

 浩之ちゃんから貰った紙片を、胸の前でしっかりと抱いて。
 「あなたの一番大切な人(モノ)」と、書かれた紙片を持って。

                                                          おわり







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あとがき

最後まで読んで頂きありがとうございます。
ばいぱぁと申します。

たまには糖度の高いものを、と思い、書いてみました。
久しぶりのカフェオーレに砂糖3杯なSSです。
ちょっと浩之が良い奴すぎる気がしますが、今回はあかり視点です。
こんなんちゃうわい! って思った方もいらっしゃるかとは思いますが、
まぁ、そこは穏便にお願い致します。

東鳩2も月末に出る予定だとか。
今年一杯で終わるか・・・でも仕事いっぱいだから無理だろうなぁ・・・。
そのうち、東鳩2でもSSを書きたいと思いますので、その折は読んでやって下さい。
・・・そのうちです。
多分春以降になるかと・・・・はい。





 ☆ コメント ☆

セリオ:「甘いですねぇ」

綾香 :「そうね。これは甘いわ」

セリオ:「甘々です」

綾香 :「うんうん。あまりの甘さに、背中がむず痒く……」

セリオ:「浩之さんてば、まったくもって甘いです。あの程度で立ち尽くしてしまうなど」

綾香 :「……って、そっちの意味の甘いかい」

セリオ:「だって甘いじゃないですか。あそこは迷いなくあかりさんを連れて行くべきです。
     お姫様抱っこをしてゴールへ向かうべきです。
     そして、ゴールした瞬間にあかりさんに熱いキスをしちゃったり、
     キスだけで終わらせずに、その場で押し倒しちゃったり……」

綾香 :「いや、それは流石にどうかと思うけど」

セリオ:「目指せ、伝説」

綾香 :「目指すな! っていうか、伝説になる前に黒歴史になるわよ!」

セリオ:「黒歴史ですか? まあ、それはそれで良しかと」

綾香 :「良いんかい」

セリオ:「見ていて面白ければ別にどちらでも。……ぶっちゃけ他人事ですし」

綾香 :「……な、何気に黒いわね、あなたって」(汗




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