題目   『 みっし一のとんでもない誕生日 』

春から夏にかけては、お弁当を広げたり、お話をしたりして楽しむ、ちょっとした憩いの場と化す裏庭も、
木枯らしが吹き始める晩秋から、雪が降り積もる冬の間は、わざわざバニラアイスを食べに来る変わり者
でもいない限り、誰一人として寄り付こうとはしない静かな場所となります。
でも、今日みたいに、それほど寒くも無く穏やかな小春日和には、何人かの生徒が集まりお話を興じる事
だってあります。

実は、私もその一人。
静かな裏庭でほうじ茶を飲みながら、過ぎ去る時間をゆっくりと楽しみ、幸せをかみしめています。
”誰かさん”と知り合う前は、普通に手に入れられていたこんな些細な幸せも、こうやって”誰かさん”の
目を盗まなくては得られなくなってしまいました。

「お−い!みっし−ぃ! みっし−ぃ!」
 ・・・ぴ、ぴくっ。
 アレはまさしく”誰かさん”の声。
 天国のお母様、お父様。私の些細な幸せって、何処に消えてしまったのでしょうか?

「お−い!みっし−ぃ! 何処に行ったんだぁ〜! 出ておいでぇ〜!」
 おいおい。私は猫かい?
 私は自分の幸せを守るだめ、”誰かさん”に背を向けると身を縮めます。
嵐の過ぎ去らない夜はない。じっと身を縮めさえしていれぱ・・・。

「お−い!みっし−ぃ! みっし一ぃ!って、あ!いたいた。 みっし−、居るんなら、にっこり微笑みながら、手を上げて『はい。』ってお返事しなきゃ。」
 なんて大声出して近付いて来る、”誰かさん”改め、”相沢祐一さん”。
 因みに、相沢さんはどう思っているかは知らないけど、私の片思いの相手、です。

 ホントに不思議です。
 どうしてこんな人、好きになっちゃったんでしょう?
 私のライフスタイルの対極に居そうな人なのに。
 それが不思議でたまりません。
 でも、もっと不思議なのは、そんな相沢さんと居る時が一番幸せを感じられる、って事でしょうか。

「はあ〜。相沢さん、私はここに居ます。そんな大声を出さないで下さい。」
「でも、大声で呼ばないと聞こえないだろ?」

「それは、そうですが・・・。周りを見て下さい、私達笑われていますよ。」
「人は人、自分は自分。笑いたけれぱ笑えぱ良いさ。自分さえしっかりしていれぱ、外聞なんて些細な問題だ。」
 そうなんですか? ホントにそうなんですか?
 ホントに些細な問題なんですか?
 少しは周りを見て下さいよ。皆さんこちらを見て笑ってらして、私、今、むっちゃ恥ずかしいんですけど。

「それに、外でみっし−と呼ぶのは・・・。」
「そんな事よりさ。みっし−、今日は重大な話があって来たんだ。」
 ・・・あ、私の話、途中で切られた。
 しかも、”そんな事”だって・・・。
 私、ど−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−して、相沢さんの事好きになっちゃったんでしょう?

「みっし−? 聞いてる?」
「はいはい。重大な話があるんですよね。」
「よしよし、偉いぞ〜、ちゃんと聞いていてくれたんだ。」
「・・・・・・。」
 そう言いながら、頭を撫でてくれる相沢さん。
 完全にお子ちゃま扱いされているのに、自然と頬が赤らんでくるのは何故でしょう?

「それはそうとして、12月6日って、みっし−の誕生日だろ?」
「え? は、はい。」
 相沢さん、私の誕生日・・・覚えていてくれた。
 覚えていてくれただなんて思わなかったから、とっても嬉しい気持ちになりました。

「前日の5日から、俺んところに泊まりに来ないか?」



「え〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
 きっかり3秒後、私は、人生最大の大声を上げてしまいました。




  ○  ○  ○  ○  ○  ○  ○  ○


(まぁ、そりゃそうなんでしょうけどね。)

 本当に、色々考えて、夜も寝られないくらい悶々として、服だって、その・・・下着だって、とっかえ引替えして
 やっと決めて、一大決心して相沢さんのお宅にお伺いしたら、名雪さんと秋子さんに迎えられました。
 まぁ、そりゃそうなんでしょうけどね。 だって相沢さんは名雪さんの従兄妹に当たる方で、今は水瀬家に居候しているんですから。 期待していたと言うか、何と言うか、そんな状況にはやっぱりならないんですよね。

 それでも、一人で過ごす誕生日よりも、こうして祝って下さる方がいるのは正直嬉しいです。
 それに、山の様に並べられた料理は、どれもこれも手が込んでいらして、とても美味しいものでした。
 お食事が終わって、お茶の時間に出されたのは、私の大好きなチーズケーキ。
 これは、百花屋に行<度にオーダーしていたのを、相沢さんが覚えていてくれたとのこと。
 もちろん、秋子さん手作りのチーズケーキは、百花屋のチーズケーキに負けないくらい美味しかったです。

「・・・祐一、そろそろ時聞じゃない?」
「あ、そうだ。そろそろ良いんじゃないかなぁ・・・。じゃ、上に行くか。」

「・・・あの・・・そろそろ時間って、何の事ですか?」
「あれ? 祐一、あの事、美汐ちゃんに言ってなかったの?」

「勿論言ってない。やっぱり驚かせたいだろ。」
「それもそうだけどね。」
 もしもし。皆さんぱかりで納得されているようですけど、私一人お話について行けないんですが。

「あの・・・相沢さん?」
「ああ、すまん。実はさ、みっし−にビックプレゼントだ。」

「はい? ビックプレゼント・・・ですか?」
「ああ、そうだ。真琴を復活させるんだ。」

「はい? 真琴を・・・復活・・・ですか?」
「そうだ、復活だ。生き返らせる。」

「生き返らせるって、相沢さん。まだ、真琴は死んだって決まったのでは…。」
「いいや、みっし−。現実は正しく認識しなくちゃダメだ。真琴は一陣の風と共に、タンポポになって飛んで行って、お星様になったんだ。悲しいけど、これが現実なんだ。」
 私は、相沢さんの悲しい言葉を否定する事が出来ませんでした。
 確かに相沢さんの言う通りかも知れないと、真琴はもうこの世には居ないんだと、心のどこかでは思っていたから。いつか、あの”ものみの丘”で待っていれぱ、きっと真琴は帰って来て<れるって信じている私と、それは、現実から目を背けているだけだと諭す私。タンポポになって飛んでいった真琴は、二の世にはいないって考えた方が、自然なのかも・・・。

「幸い俺の友人の彼女の一人が、そっち方面に強くてさ。相談したら、何とかしてくっるって、言ってくれたんだ。」
 相沢さんによれぱ、”反魂の儀式”と言うそうだ。
 死者の髪の毛とか爪とかを泥人形の中に入れて、黒魔術により死者の魂を呼び寄せるのだとか・・・。

「実は俺も無理だと思ってたんだが、先日真琴の部屋を片付けてたら、真琴の髪の毛を何本か見つけてさ。
これこそ神の助けと思ったさ。」
 でも、やる事は黒魔術。
 しかも禁断の呪術は、神の御心に反する事なのでは・・・。

「魔術に使う材料の殆んどは、秋子さんが集めてくれたし。」
「ほほほほ・・・。それほど難しい物が無くて良かったですよ。」

「それでも、信じられないモノとかも有ったんだぜ。」
「大丈夫ですよ。蛇の道は蛇と言いますしね。」
 にこやかに会話する人たち。
 聞いて良いのかな。聞かない方が良いのかな。
 信じられないモノを、難しくないといって集めてしまう蛇の道。

「でも、その髪の毛は、本当に真琴のものなのですか?」
「間違いない。真琴のだ。真琴との付き合いは短かったが、真琴の事なら身体の隅々まで知ってるつもりだ。」
 は、はあ。身体の隅々って・・・私はどう反応して良いのでしょか?
 何と無く納得させられた私は、皆さんと一緒に2階へと向かいました。
 真琴の部屋だった場所には、既に黒魔術用の祭壇が設けられていて、床には見た事も無いような幾何学模様が描かれていました。そのほぼ中央に泥人形が横たわり、その横には童話の中から抜け出してきたような魔女が、黒マントに三角帽子と言ったいでたちで、なにやら呪文めいたものを口にしています。
 私達より少し上に見える魔女さんは、女の私が見てもドキッとするような美しい方でした。

 私達は、幾何学模様で描かれた魔法陣の外で跪き、一心に真琴の帰還を願いました。
 窓もドアも締め切られ、酷い匂いのする部屋で私達は祈リ続けました。
 
 そして、その日の夜半過ぎ。
 眩いぱかりの閃光の中、私達はこの世の奇跡を見ました。




  ○  ○  ○  ○  ○  ○  ○  ○


 次の日の朝。

「名雪。早く目を覚まして朝御飯食べなさい。」
「はう〜〜。にんじんも、ピーマンも食べられるよ〜〜。」

「名雪。寝ながらパンにジャムつけたり、コーヒー飲むな。」
「祐一、細かいよぉ〜〜。」
 水瀬家の朝。
 煎りたてのコーヒーと、焼きたてのトーストの香りが漂う中、食卓の上をにぎやかな声が飛ぴ交います。
 喧騒には程遠く、騒然とも違う。どこか朝の日差しにも似た、暖かで穏やかな朝。
 一人で食べる朝御飯では味わえない幸せと喜びが、確かにここにはあります。

 ・・・まぁ、それはさて置き。

「・・・あの・・・スイマセン。皆さん、違和感とか、感じていらっしゃらないんですか?」
 絵に描いたようなアットホームな朝の空気に水をさす私。
 水をさされた面々は、お互いの顔を見合わせながら、「さぁ〜。」とか言って首を傾げていらっしゃいます。
 って言うか、私が何を言ってるのか理解して下さっていないご様子。

「だって、名雪さんが二人・・・。」
 私が指摘すると、イチゴジャムをたっぷり載せたトーストを持つ、名雪さん’S がお互いの顔を見ながら、
 きょとんとしています。

 そう。昨晩、私達の前で起きた奇跡。
 魔法陣の中から現れたのは、真琴では無く、名雪さんでした。

 あれだけ自信たっぷりに言った一言、”真琴の事なら身体の隅々まで知ってるつもりだ。” は、あっさり聞違っていて、あまつさえその髪の毛は名雪さんのモノだったのです。
 祐一さん日く、”当然、名雪の事だって、身体の隅々まで知ってるから、間違えたんだろ。” なんて、けらけら笑って誤魔化してました。

 どうも祐一さんは、ご自分がした事の重大さが判ってないようです。
 間違ったとは言え、動物実験(真琴)もせずに、人体実験をしてしまうだなんて・・・・。
 この始末、どうつけるつもりなんでしょう?

「了承。」
 私の困惑を感じたのか、秋子さんがゆっくりとその一言を呟きます。
 その言葉を合図に、何も無かったかのごとく、朝の穏やかな空気を醸し出す水瀬家の面々。
 私が驚いたのは、泥人形が名雪さんになった事では無く、その非現実的な出来事を、自然と受容れてしまうこの家族だったように思えます。

「でもさぁ、そんな事くらいで驚いてたんじゃ、ここじゃ暮らしていけないぜ。俺なんかここに来てから、魔物には殺されそうになるは、妖狐に取り付かれるは、食い逃げする天使には纏わりつかれるは・・・大変なんだから。
な、だから、細かい事なんて気にするなって。」
 いいえ! 決して細かい事じゃないですし、それは、気にしなくちゃいけない事ですってば。
 そう、大声で言いたかったけど、ぐっと堪えました。
 相沢さんが、この町でどんな目に会ったかは知りませんが、この町に暮らす人が、すべてそんな目に会ってるだなんて思って欲しくないです。
 私だって生まれてこの方、ずっとこの町に住んでますが、そんな目になんてあって無いんですもの。

 私は、思わず米神に手をやりながら頭をふります。
 昨晩から、私の常識からかけ離れた事の連続で、十数年間培ってきた私の常識が揺らいでしまいそうです。
 お食事を頂いたら、一度家に帰りましょう。
 そして、今日は学校をお休みして、暫く体を休める事にします。
 だって、昨晩は目まぐるしかったし、魔女さんへのお礼もそこそこに、名雪さん’Sの手を取った祐一さんは自室に篭られて朝まで・・・・。
 お陰で、名雪さんのベットをお借りしていた私は、殆んど眠る事もできず、寂しい朝を迎えたんです。

 べ、別に、聞き耳を立ててた訳じゃないんですよ。壁一つ隔てた向こう側ですから、あんな声や、ギシギシなんて音筒抜けで、ちょっとだけ羨ましかったり、寂しかったりしたものですから、ついつい、一人で・・・。

 と、兎に角、私は、新手の放置プレイ? のせいで、とっても疲れてますし、眠いんです。
 早く家に帰って、熱いシャワーを浴ぴて穢れを落としてから、暖かい布団に包まって痕れを癒したいんです。
 それで目を覚ましたら、すっぱりと祐一さんを諦めます。
 これ以上常軌を逸した行為に付き合う気はありませんし、それを受容れる事なんて出来ませんから。
 私は、一般的で、普通で、穏やかな生活が良いんです。 何も、スリリングで刺激的な目常を求めている訳ではないんです。
 このまま祐一さんと一緒に居たら、ずるずると、あっちの世界に引きずり込まれそうで怖いんです。
 だから・・・。だから・・・。

「でもね、美汐ちゃん。これも悪い事ぱっかじゃないと思うよ。」
「次は祐一を大量生産して・・・。」
「そうですよね。そうしたら、女の子一人づつに当てられますよね、って・・・あっ!」
 頬杖をつきながら、にっこりと微笑む名雪さん’Sに、口を押さえる私。
 そんな事考えてしまう私は、もう充分こちら側の人間なのでしょうか?

                                                           おわり

おまけ

名雪−1 : とりあえず、祐一を5人分コピーしてみました!

名雪−2 : 喧嘩しないように分配しようね。

全員    : ハ〜〜〜〜イ!

名雪−1 : と、言いながら早い者脇ち! カの祐一は私のだよ!

名雪−2 : あ〜ずるい! じゃ、私は技の祐一!

香里    : 仕方ないわね。 じゃ、私は3番目で、栞は4番目で良い?

栞     : はい。良いですけど、これはどういう・・・。

香里    : カと技の3番目と、役立たずの4番目・・・。

栞     : ・・・お姉ちゃん、ずるいです。

美汐    : では、私は残りものの5番目。 ・・・とっても野生的で良いです。

祐一    : みんな良かったなあ。 って、ちょっと待った! オリジナルの俺は?

全員    : ・・・・・・え?








○  ○  ○  ○  ○  ○  ○  ○

あとがき

最後まで読んで下さいまして、ありがとうございます。
ばいぱぁと申します。

自身初めての、みっしーSSです。
楽しんで頂けましたでしょうか。

東鳩2 また延びましたね。
今月は販売されるんでしょうか?
もし、運良く手に出来たとしても、やる時間有るんでしょうか?
不安です。

 ではでは





 ☆ コメント ☆

綾香 :「…………」(呆気)

セリオ:「…………」(呆然)

綾香 :「な、名雪が二人」

セリオ:「す、凄いです」

綾香 :「とんでもない事をするわね、姉さ……もとい、謎の魔女さんってば」

セリオ:「まったくですね。驚きました」

綾香 :「あと、凄いと言えば祐一たちも」

セリオ:「どなたも動じてませんね。見事なまでに状況を受け入れきってます」

綾香 :「みんな……大物ね」

セリオ:「ですねぇ。尤も、単に慣れただけかもしれませんけど。怪異に」

綾香 :「…………。
     人間って強いのね、いろんな意味で」

セリオ:「ところで、話は変わりますけど……」

綾香 :「うん?」

セリオ:「祐一さん、オリジナルは結局どうなったのでしょうね?
     一人だけ余ってしまいましたけど」

綾香 :「なに言ってるのよ? 余ってなんかいないわ」

セリオ:「え?」



秋子 :「あらあら♪」



綾香 :「ほらね」

セリオ:「……な、なるほど」(汗




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