私は左手を、優しく輝く月に向かって差し伸ぱし,”それ”を見詰めます。
 ”それ”は、私の左手の薬指にあって、既に私の身体の一部と化したように、ごく自然と収まっています。
 キラキラと輝く”それ”を見詰めるのは、私の最も好きなひと時。そして、幸せな瞬間。
 ささやかで、慎ましやかなその輝きを見る度、私の愛しい浩之さんを強く感じる事が出来るからです。

 でも、今日は、何時もと少し違います。
 幾ら”それ”を眺めても、心が満たされる事も高鳴る事もありません。
 なぜなら、今、私、浩之さんのこと、怒ってるんです。ぷんぷん。




    題目   『  芹香の誕生日 ・ AGAIN 』




 今日は、十二月二十日。私の誕生日です。
 この、私の指元に光る指輪を頂いてから、もう一年になります。
 浩之さんは、お爺さまやお父さまがお出しになった無理難題を、お爺さま方が驚くほど完璧に応えていらっしゃいます。 
 その甲斐あってか、今では浩之さんの事を悪く言う人はいません。
 お爺さまもお父さまも、浩之さんをお認めになられ、今日の誕生パーティーへ正式にご招待して下さったのです。
 なのに・・・なのに、浩之さんったら、来て下さらなかったのです。しくしく。

 私だって、浩之さんがお忙しいのは存知ています。
 大学に通うかたわら、長瀬主任のグループの一員として次世代メイドロボの基礎研究に携わり、尚旦つ、
 来栖川家の公式行事には参加していただいていますから、時折浩之さんが『寝る間もねえや。』って、
 仰るのが、強ち冗談ではないって事も重々承知しています。

 ですから、以前のように頻繁にお会いできなくても我慢していますし、今日お会いするのをどれ程心待ちにしていたことか…。

「・・・。(くしゅん)」
 いけません。 今は十二月も末です。
 寝巻きにガウンを羽織っただけで、長い時間テラスに出ていては風邪をひいてしまいます。
 いっそ、風邪でもひいて寝込めば、浩之さんは駆けつけて下さるかしら?なんて、邪な考えが浮かびましたが、
 流石にそれは出来ません。
 お会い出来るのは嬉しいのですが、浩之さんに心配掛けたくありませんから。





  ○  ○  ○  ○  ○  ○  ○





 コンコン。コンコン。
 
 あれからどれくらい経ったでしょうか?
 かなり運い時間だと思いますが、窓ガラスを叩く音で目を覚ましました。
 初めは風かしら、とも思いました。
 それでも執拗に、規則正しく叩く音に、漸くそれが風ではない事に気付いてベットから身を起こしました。

(こんな時間になんでしょう? 部長さんかしら?)
 残念ながら、かなり・・・というか、全然頭は働いていない様です。
 ゆっくりと頭を動かし、音のする方に目をやります。
 照明が落とされた室内は、優しい月明かりがカーテン越しに差込んでいて、部屋の中を薄明るく浮かび上がらせています。
 幾つかあるアーチ型の窓や、テラスに出るための大窓を見ますが、別に変わった所は・・・・・・あれ?
 見過ごしてしまいましたが、テラスに出る大窓のカーテンに、なにやら黒いモノが見えます。
 よく目を凝らすと、それは月明かりに照らされた人の影のようです。

「・・・。(!)」
 漸くここに来て全てが理解できました。
 誰かが私の部屋の外まで来ていて、今にも部屋の中に押し入ろうとしている(ように見える)のです。
 綾香ちゃんの部屋ならいざ知らず、私の部屋に押し入ろうだなんて許せません。
 何が目的なんでしょうか? やっぱり・・・なんでしょうか? それなら、尚更許せません。
 この身も心も全て浩之さんのものです。見和らぬ他人に汚されたくはありません。
 こんな真夜中、危険を顧みず、隣の銀杏の木を登って三階のテラスまで来た努カと根性は評価の対象
 にしてあげても良いのですが、やっぱり許せません。
 うら若き乙女の部屋を垣間見た罪は、万死に値します。
 私は大きく深呼吸すると、目を閉じ、両手を胸の前で固く結ぴ、ありったけの声を出しました。

「・・・。(カイザード・アルザード・キ・スク・ハンセ・グロス・シルク・・・。)」

 コンコン。コンコン。

「・・・芹香。俺だ。浩之だ。」
 呪文を詠唱している時の私は、五感の全てを断ってトランス状態に入り、古代神や精霊のおカを借りて、
 魔法カを極限まで高め・・・・。

「・・・。(灰燼と化せ冥界の賢者 七つの鍵をもて開け・・・。)」

 コンコン。 コンコン。

「・・・芹香。俺だ。浩之だ。」
 あれ? コンコンって、窓ガラスを叩く音の合間に、聞き覚えのある声がします。
 どこかで聞いたような・・・。

 コンコン。 コンコン。

「・・・芹香。俺だ。開けてくれ。」

「・・・。(地獄の門 は一ろ・・・って、あれ? 浩之・・・さん?)」
 碓かにそれは、愛する浩之さんの声です。
 このまま魔法カを放出しては、浩之さんが消し飛んでしまいます。
 私は、魔法カの放出を一旦止め、テラスヘと出る大窓へと駆け寄ると、急いで鍵を開けました。

「・・・久しぶり、芹香。」
 扉を開けて入って来たのは、私の愛する浩之さんです。

「・・・。(!)」
 言葉より先に、私は浩之さんの胸に飛び込んでいました。
 言いたい事は沢山有るはずなのに、言葉になんてなりません。私は、夢中になって浩之さんの
 唇を求めます。会えなかった寂しさを補う様に。

「ごめんな、芹香。約束破っちゃって。」
「・・・。(・・・ふるふる)」
 もう、そんな事・・・良いです。
 確かに、あれほどお約束をしたのに、パーティーに来て下さらなかったりとか、お爺さまやお父さまがチクチク苛めるのを耐えなきゃいけなかったりとか、当然、一人でいるパーティーなんてつまらなくて寂しかったりとか・・・ほんとは、もっと色々色々いっぱい言いたい事はありますが、浩之さんのお顔を見たら、事象の地平線の彼方に全部飛んで行ってしまいました。えヘヘ。

「言い訳にはなんねえけど、丁度実験の最中で抜け出せなくって・・・気付いたらこんな時間になってたんだ。」
 頭を抱えて、ははは・・・って笑う浩之さん。
 そんな笑顔を見せられたら、怒るに怒れません。
 仕方が無いですから、今日だけは許して上げます。
 許して上げますから、その代わり、今日はいっぱい甘えさせて下さいね。

 私の気持ちが伝わったのか、浩之さんは私を抱締めると、優しいキスを下さりました。
 本当に不思議です。
 浩之さんに抱締めて頂いたり、キスして頂いたりすると、体中が幸せな気持ちでいっぱいになります。
 頭の中が真っ白になって、浩之さんの事しか考えられなくなります。
 まるで、魅了(チャーム)の魔法を唱えられたように、浩之さんしか見えなくなり・・・・・。

 ・・・・って、あれっ? 何か忘れているような・・・あ、そうそう。
 私、魔法の途中でした。

 一旦極限まで高めた魔法力、そのままにしておいては危険です。
 何時何処で暴発するか判りません。どこか適当な所に放出するのが一番なんですが・・・。

 とりあえず、浩之さんをソファに勧めると、『絶対に見ないで下さいね。』っとお約束をしてから、カーテンを
 引いてテラスヘと出ます。
 どこか適当な場所は・・・敷地内に魔法カを放出しても良いのですが、後々厄介なのでちょっと・・・。
 とは言え、敷地外なら良いかと言えぼ、それもちょっと違います。
 こういう時は仕方ありません。後は運を天に任せて、月に向かって撃て!です。

 私は短めに呪文を唱えると、月に向かって全ての魔法カを放出しました。
 何処に落ちるかは知りませんが、後は野となれ山となれ、です。

「芹香、大丈夫だったか? 今、何か光ったような気がしたが・・・。 窓ガラスもバリバリいってたし。」
 私が室内に戻ると、開ロ一番浩之さんが尋ねて来ました。
 私は、ほほほ・・・と、笑いながら誤魔化しました。
 知りませんって。 きっと知らない方が良いでしょうから。

「ま、そんな事は良いや。はい。芹香、お誕生日おめでとう!」
 そう言うと、浩之さんは大きな花束を渡して下さりました。
 真っ赤な二十本の薔薇の花束です。

「ホントは、もっと色々考えてたんだけど、結局花束にした。気に入ってくれると良いけど・・。」
「・・・。(にこっ)」
 気に入るもなにも、浩之さんから頂ける物でしたら全てが私の宝物です。

「良かった喜んでもらえて。・・・・・・芹香、悪い! 来たばっかなんだけど、俺、もう帰るわ。」
 腕時計で時間を確かめ、申し訳無さそうな顔をした浩之さんはそう仰いました。
 帰る? はて? 私の聞き違いでしょうか?

「研究所の奴らも待ってるし、明日も朝から爺さんと一緒に大阪行かにゃならんし・・・。」
 なんて事でしょう。先程の台詞は聞き違いでもなんでも無く、本当に浩之さんは帰ってしまわれるようです。
 久しぶりにお会いできたのに、もう帰ってしまわれるだなんて信じられません。
 私は、思わず浩之さんに抱きすがり、イヤイヤをしました。

「せ、芹香・・・。」
 浩之さんは戸惑っていらっしゃる様です。
 私のこんな姿を見るのは初めてでしょうから。でも、浩之さんと離れ離れになるなんて嫌です。
 なんて思われ様と、浩之さんと離れたくありません。
 私は、尚もぎゅっと浩之さんを抱締めていました。すると、浩之さんは、私の頭を優しく撫で始めました。

「・・・ごめんな、芹香。 寂しい思いさせちまって。」
「・・・。(ふるふる)」
 違います、違います。
 浩之さんが悪いんじゃありません。
 私だって、頭では判っているんです。浩之さんは、私達の未来のために、今頑張っていらっしゃるって事を。
 だから、浩之さんの御迷惑を掛けちゃいけないって事を。
 でも・・・でも・・・。

「・・・じゃ、芹香が寝るまで、一緒に居てやるよ。」
 ・・・え?

「・・・そのかわり、朝まで寝させないかもしれないぜ。」
 そう言って軽くウィンクをする浩之さん。

「・・・。(ふるふる)」
「え、私が寝させません、だって? それじゃ、勝負だ。」
「・・・。(!)」
 ひやっ!
 言うが早いか、浩之さんったら私を抱き上げました。
 いわゆる”お姫様抱っこ”'です。
 あまりにビックリしてしまい、浩之さんに抱きついてしまいました。
 浩之さんったら、そんな私の姿が可笑しかったのか笑うんです。
 もう! ほんと、失礼です! ぷんぷん!

 だから私もお返しに、もっとギュ!って抱きついちゃいました。えヘヘ。
 浩之さんとの勝負、勝てる筈がありませんが、私も頑張ります。
 だって、久しぶり・・・ですから。(ぽっ)
 芹香ちゃんファイト! です。








 そして翌朝。

「・・・あら、姉さん。遅いお目覚め、珍しいわね。」
 眠い目を擦りつつ、居間の扉を開けた私を迎えてくれたのは、妹の綾香ちゃん。
 お昼過ぎだというのに、綾香ちゃんはソファに腰掛け、新聞を読みながらお茶を飲んでいます。
 休日の昼間っからいい若い子が、不健康極まりません。

「・・・。(ふにゃ)」
 私は緩慢に挨拶をすると、綾香ちゃんの向かいのソファに座り、お皿に並べられたクッキーを一つ摘んで
 ポリポリと食べました。
 綾香ちゃんの脇にいたセリオが、「どうぞ。」と言って、私の前にカップを置きます。
 途端に、アールグレイの優雅で芳醇な香りが鼻腔を擽ります。

「・・・あ、そうそう。 そう言えぱ、さっきまで浩之いたよ。」
「・・・。(うんうん)」
 当然・・・知ってます。はい。
 綾香ちゃんが浩之さんにお会いするまで、私は浩之さんの腕の中にいましたから。 えヘヘ。

 ・・・それにしても、昨晩の浩之さん、本当に素敵でした。(ぽっ)
 『朝まで寝させない。』って仰いましたが、本当に朝まで寝させて頂けないだなんて思いませんでした。
 それはもう陽が昇るまで、何度も何度も何度も何度も愛して下さりました・・・。 やんやん。

「何赤くなってんの? 姉さん。あ、そうそう、姉さん起きたばっかりだから知らないだろうけど、今朝って言うか、昨晩って言うか、大事件があったんだよ。もう、朝から新聞もテレビもこの話題で持ち切り。」
 綾香ちゃんは、ぱちっ!っと手を叩くと、私に読みかけの新聞を渡してくれました。

「・・・。(!)」
 手に取って見るまでもないです。
 新聞の一面の大見出しには、『今未明 ムーンベース壊滅! 敵性UFOの攻撃か!?』と、大きく書かれて
 いましたから。

「SHADOって、来栖川も資金援助してるじゃない。で、緊急対策会議が開かれる事になって、朝から大変
だったんだよ。」

「ムーンベースは、今、アランが救助に向かってる所だって。」
 綾香ちゃんの声が、遠くに感じます。
 これって、これって・・・もしかして・・・。
 月に向かって撃っちゃった、アレのせい・・・でしょうか?









 こほん。・・・・・ま、良いっか。

 知〜らないっと。

                                                         おわり


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あとがき


いつも読んで頂きありがとうございます。
今回のSSは、昨年UPさせて頂いた、「芹香の誕生日」の続編と言う位置づけです。
前回のSSをご存じない方も、読まれた方も、それなりに楽しんで頂けたのではないかと考えています。
もし宜しければ、来年は、「芹香の誕生日・ふたたび」をUPさせて頂きたいと思います。
(覚えていられたら)

それでは。







 ☆ コメント ☆

綾香 :「例の記事、姉さんってば何気に動揺してたっぽい?」

セリオ:「そんな風にも見えましたね」

綾香 :「もしかして……姉さん……」

セリオ:「ま、まさかぁ。いくら芹香さんでもそんな……」

綾香 :「そ、そうよねぇ。さすがに姉さんでも……ねぇ?」

セリオ:「そ、そうですとも」

綾香 :「…………」(汗

セリオ:「…………」(汗

綾香 :「ま、まあ、深く考えないことにしましょ」(汗

セリオ:「……ですね」(汗

綾香 :「それはそうと。
     いいなぁ、姉さん。あたしも指輪欲しいなぁ。左手の薬指用に」

セリオ:「綾香さんさえその気になれば幾らでも貰えそうですが」

綾香 :「幾つも貰ってどうするのよ。浩之からの一つで充分よ」

セリオ:「いや、浩之さんからは無理だと思いますけど。
     既に芹香さんに贈っているワケですし」

綾香 :「…………」

セリオ:「…………」

綾香 :「寝取りの一つや二つ、今の世なら常識よね?」

セリオ:「サラッとやばい事を言わないで下さい、同意を求めないで下さい、しかも真顔で!」




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