私は、この時期の商店街を見て歩くのが好き。

 見慣れたお店が金や銀のモールで飾られ、緑や赤のリボンでラッピングされたプレゼントみたいで好き。

 軒先や街路樹なんかに飾られたイルミネーションが、ピカピカと点滅しているのを見ているのが好き。

 この時期定番の懐かしい歌や、クリスマスソングが街中に流れているのも好きだけど、その歌を、気付け
 ば口ずさんでいる自分が好き。

 あとは、ショーウィンドーに貼られた「SALE」の文字にワクワクするのも、その中から何をプレゼントして
 貰えるのかドキドキしながら想像するのも好き。
 
 でも、そんな大好きな商店街を、祐一と一緒に歩くのが、一番好き!



      題目   『 名雪の誕生日(前編) − やっちゃた − 』




「・・・・・・で、だから、何?」
 私が一息つくのを待っていたかのように、香里はフォークをお皿の上に置くと、片肘をついて私に言った。
 うう・・・、香里。 半眼が怖いよぉ〜。

「だからって・・・・・ねぇ、聞いてよ、かおり〜ぃ。」
「ええ! もうしっかり聞いてますよ! 二時間以上も!」
 折角可愛い猫撫で声出してあげたのに、香里ったら怒気をはらんだ声で一喝しちゃうんだもん。
 名雪ちゃん、ドキドキ。 って、ヘヘヘ。

「自分でも迂闊だと思ったわよ。 去年名雪に三時聞も惚気られたから、今年は逃げようと思って携帯の
電源切ってたのに・・・・。  でも、今晩出掛ける予定があったから、相手に電話しようと電源入れた瞬間、
見計らってたみたいにベルが鳴って・・・・・見たら名雪でしょ。 
放っとこうかと思ったけど、なかなか切れないから仕方なく出てみると、泣き声がするじゃない。 
私、ホントに心配したんだから!」
 香里は一気に捲くし立てると、手近にあったコップを掴んでグビグビっと一気に飲み干し、ぷはぁ〜と息を
 はいてから、手の甲で口を拭いてコップをドン!って置いた。

 か、かおりい〜。 それじゃ、飲み屋のおっちゃんだよ。

「危険だとは思ったのよ。 頭の中の赤色灯はグルグル回ってるし、デフコンなんて三段階も上がっちゃうし、
右と左から天使と悪魔が『およしなさい。』って同時に止めてくれてたし・・・。 
でも、泣いてる親友見棄てられるほど人間出来て無いから思わず聞いちゃったじゃない、『どうしたの?』って。
そうしたら、名雪ったら、泣きながら一言だけ、『百花屋へ来て。』って言って勝手に切っちゃうし・・・。」
 誤解だよ、香里。 
 私、泣いてなんてないし、勝手に電話切ったりなんてしてないよ。
 ただ、風邪気味で鼻くしゅくしゅしてて、携帯はバッテリー切れで・・・・・。

「ドタキャン電話したら、友達からは怒られるは、急いで来てみたら名雪はのほほんっとイチゴサンデー食べて
るは、回避したかった痴話話を二時間以上も聞かされるは、ダイエットしてるのにこんないっぱい食べちゃうは、
もう、最低−!」
 あ〜あ。 ついに香里ったら怒り出しちゃった。
 って言っても、最後のは私の責任じゃないような気がするんだけど・・・。

「ごめんね、香里。 今日予定あったんだ。」
「あるに決まってるじゃない。 こんなクリスマスイブイブに、私みたいなぷりちぃ〜で、ちゃ〜みんぐで、
びゅ〜てぃほ〜で、ないすばでぇ〜な、うら若き女性を世間様がほって置く訳無いでしょ!」
 ぷ、ぷりちぃ〜? ちゃ、ちゃ〜みんぐ?
 か、香里〜。 別に否定はしないけどさ、自分で言って恥ずかしいと思うんなら、視線を逸らせ、顔を赤らめ
 てまで言わない方が良いと思うよ。 平仮名になってるし・・・。

「あ、そっか。 もしかして、ドタキャン電話のお友達って・・・。」
「そうよ! 私のダーリンになる予定だった男よ。」
 香里は、私を半眼で睨んで言った。

「そうなんだ。 わぁ、良かったね。 今度紹介してよ。」
 私は胸の前で、ぱちっと小さく手を叩いて、興味アリアリって目を香里に向けた。

「だから何聞いてるの? 既に過去形だったでしょ。 ドタキャンするって言ったら怒ったんで、捨ててやった
のよ!」
 米神辺りをプルプルさせて、吐き捨てる様に言い放つ香里。

 うわっ! 悲惨って言うか、なんって言うか。
 ちょっと今日の香里って、トゲトゲって言うか、危険な香りがぷんぷんしてると思ったら、そんな
 事あったんだ。 どうりで人の話聞きながら、いっぱい食べてると思ったら、ヤケ食いだったんだね。

「・・・と、言う訳で、私の幸せを奪った元凶の名雪さん。 今日は最後まで付き合って貰えるんでしょうね?」
 嫌です!って、こんな時、ドキッパリと言えたら、どんなに幸せだろう?




   ○  ○  ○  ○  ○  ○  ○




「・・・たいした男じゃなかったのよ。 ホント、この時期独り身って堪えるじゃない? だから取敢えずって。」
 香里は、水割りをグビグビって飲み干した。
 平静を装っているけど、かなりへこんでいるみたい。
 だって、何時もよりかなりぺ一スが速いし、量も多いから。


 百花屋を出た私と香里は、コンビニで食べ物と飲み物を買って私の家に来た。
 祐一は出張で帰れなさそうだし、お母さんは町内会の温泉旅行で、明日の昼過ぎじゃないと帰って来ない。
 だから、今、我が家には、香里と私の二人っきり。
 香里は兎も角として、何故に彼氏持ちの私が二年連続して、クリスマスイブイブ&誕生日なんて素敵な
 イベント、女友達二人っきりで愚痴言いながら飲まなきゃいけないんだろ。 ぐすっ。

「・・・ごめんね香里。 そんな事、私知らなかったから。」
「だから良いって。 長くも深くも付き合う気無かったし。 所詮、この時期限定のカイロ代わり、飲屋で言った
ら箸休めみたいな男なんだから。」
 きゃはは・・・って笑う香里。
 でも、きっと違うよね。
 箸休めに会うために、そんなしっかりメークしないだろうし、お酒落だってしないだろうから。





「・・・嘘。 ホントは、ちょっと本気だったんだ。」
「・・・え?」
 あれから更に何杯かの水割りをあおった後、濃い目の水割りをマドラーでかき回せながら香里が呟いた。

「これで会うのは三回目。 とっても優しくて良い人。 多分彼を知る人なら、彼の悪口言う人なんて居ないと
思う。 そんな人よ。」
 悲しそうな目で虚空を見詰める香里。

「・・・一流大学卒のお医者さんで、背は高くて、鑑賞に耐えられる顔とスタイル。 スポーツ万能で、車は外車、
家は高級住宅街に広い庭付きの一戸建て。」
 うわっ。 凄っ!
 一般的な女の子が理想としてる条件、みんなクリアーしてる。
 そんな好条件男って、この世の中にいるんだ。

「・・・・・でも、それだけ。 それだけなの。」
 香里は、私の方に顔を向けると、悲しそうな顔をして失笑した。

「・・・実は、私、好きな人がいて。 その人の事を忘れようとして、彼に会ったの。」
「え? それじゃぁ・・・。」

「そう。 彼はとっても良い人。 でも、彼に対して愛は感じないし、これからだって好きになれそうにない。
その人の事を忘れようとすればするほど、私の中では彼と比べてしまう。 あの人ならこうする、あの人なら
こう言うってね。」
「・・・香里。」

「名雪、私の事軽蔑した? 私って酷い女なの。 誰かを忘れ様として、誰かを利用した、酷い女なの。」
 そこで香里は、もう一度グラスをあおった。

「私、香里の事、軽蔑なんてしてないよ。 自分のした事が、悪い事だって気付いた香里は、決して酷い女
なんかじゃないよ。」
「・・・・・・・・ありがと・・・名雪。」


「それよりさ、ねえ、ねえ。 香里が、そこまで好きな人って、どんな人なの? 告白とか・・・した?」
「告白? してない。 多分、彼は私が彼の事を好きだって事、知らないと思うわ。」
「え? どうして?」
「彼と私との間には大きな障害があるの。 だから言えないの。」

「香里! それって、もしかして・・・昼メロご用達のプリン?」
「プリンじゃなくって、ふ・り・ん。 残念ながら、彼には妻も子もない、未婚の独身男性よ。」
「だったら・・・。」
「大きな障害ってそんな事じゃないわ。 ごめんね、幾ら名雪でもこれ以上は言えないの。」

「そ、そうなんだ。 でも、上手くいったら、ちゃんと教えてね。 約束・・・だよ。」
 私は、小指をちょこんと突き出した。
 香里は、初め何の事だか判らなかったみたいだけど、にっこりと微笑みながら、私の指に自分の指を絡めた。

 指きりげんまん、嘘ついたら針千本の〜ます! 指きった!

 なんか、可笑しくなって、二人して笑った。



                                                          つづく



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