日頃キッチンになんて近づかない娘だって、この時期ばかりはインスタントパティシェに早替りして、
 日頃胸に秘めた想いを、甘くて美味しい形に変えて貴方に贈ります。
  
 それは私や姉さんだって同じこと。
 愛する浩之のため、慣れない手つきでチョコを刻み、湯せんにかけて私のオリジナルチョコに
 仕上げていく。
 愛する気持ちを込めて、大好きだよって気持ち、伝わるように。



題目   『 芹香と綾香のバレンタイン  』


「・・・・・・これを・・・こうして・・・・・・・うん。 できた。」
 シンプルなパステルグリーンの包装紙に、真っ赤なリボンをかけて、私の気持ちを包み込んだ。
 大きさは教科書の半分よりちょっと小さめ、その中には私の愛のエッセンスがぎっしりと詰まった
 トリュフチョコが、全部で12個収まっている。
 形はちょっとだけ歪なのもあるけれど、初めて作った割には上出来。
 それに、綺麗過ぎるチョコよりも、”手作り”って感じが出てて良いんじゃないかなって。
 味は・・・どうだろ? 浩之、喜んでくれると良いな。

「・・・・・。」
 先にラッピングし終わった姉さんが、私の頭を撫でてくれた。
 口数が極端に少なく、表情の乏しい姉さんだけど、こうやって頭を撫でてくれていると、姉さんの
 言いたい事とか、伝えたい事とかが、姉さんの温かな手の平から伝わってくるから不思議。

「ありがと。姉さんだって頑張ったじゃない。」
「・・・・。(こくこく)」
 
「喜んでくれるといいね。」
「・・・・。(ぽっ)」
 悪戦苦闘、艱難辛苦を乗り越えて初めて作ったチョコレート。
 ちょっと頑張って・・・ううん・・・かなり頑張って作ったチョコレート。
 大切な人に、愛する人に、お世話になった人に、私達の気持ちが届きますように。

 私達は手を取り合って微笑んだ。
 テーブルに置かれた幾つかの小箱と、皿に盛られたそれを見ながら・・・。






 翌朝。


「はい、セバス。・・・これ。」
「・・・・(にこっ)」
 直立不動の姿勢を崩さないセバスに向かって、私達は満面の笑みと共にそれを差し出した。
 そこには、昨晩、私と姉さんの二人で心を込めて作ったトリュフチョコが、綺麗に並べられている。
 セバスは一瞬言葉を失うと、私達の顔と、差し出された皿の中身を何度も見比べたあと、おもむろに
 口を開いた。

「・・・これは・・・一体?」
 珍しくもセバスの目が泳いでいる。
 万武不倒と称されたセバスが、私達のチョコを見ながらうろたえている。
 いつもと変わり無い様に装っているけど、心臓の高鳴りがここまで聞こえてきそう。
 私達は、顔を見合わせて微笑んだ。

「あら? セバスは知らないの? これはチョコレートと言うものよ。」」
「そ、そんな事くらいは存じております。」
 私の軽口は、セバスの声にかき消された。
 それにしてもセバスって可愛い。今、声、裏返ってたよ。

「それで、今日は二月十四日。バレンタインデーと言います。」
「こほん。それも存じております。」

「なら話は早いわ。これは私達のき・も・ち。受け取ってね。」
「・・・・。(こくこく)」
 私は更に皿を差し出した。
 姉さんが私の隣でこくこくしている。
 そんな私達を、セバスは困惑した表情で見つめる。
 実直なセバスの事、謂れ無く主人から物を貰う事に逡巡しているのか、なかなか手を出そうとしない。

「姉さんと二人して昨晩作ったの。手作りチョコなんて初めてだから、セバスの口に合うかどうか
判らないけど、受取って欲しいの。」
「しかし・・・。」

「心配しないの。浩之の分はちゃんと作って有るし、お爺さまやお父さまの分だってちゃんとあるわ。
でも、勘違いしないでね。残ったからセバスにあげるんじゃないのよ。 
初めから姉さんと相談してたの、セバスにも贈ろうって。 
だって、いつもいつもセバスには迷惑も苦労も掛けてるんだから、たまにはお返しもしたいじゃない。 
だから、これは私達の感謝のしるし。だから、受け取って。」

「あ、綾香お嬢様・…。」
 にこやかにお皿を持つ私達の前で、いきなりセバスが膝から崩れ落ちた。
 万武不倒と言われたセバスが、って・・・え?

「うぉ〜〜〜〜。お嬢様ぁ〜〜〜。何と、何とお優しいお心をお持ちでしょうかぁ〜〜。」
 ・・・号泣し始めた。
 ってちょっと・・・・・。.

「うぉ〜〜〜〜。うぉ〜〜〜〜。」
 私達の前で跪き、床を壊さんぱかりに豪腕を叩きつけ、けたたましく泣き叫ぶ。
 こ、これは、感涙に涙・・・なんて生易しいものじゃなく、どちらかというと、猛獣の雄たけび・・・
 野獣の錯乱・・・って表現した方が良いかな・・・。

「うぉ〜〜〜〜。戦後の混乱期、ストリートファイトに明け暮れていた私が、大旦那様に拾われてから
六十年。大恩ある大旦那様に報いるため、粉骨砕身、牛馬の如く来栖川家に御奉公申し上げてまい
りました。」

「芹香お嬢さま、綾香お嬢さまがお生まれになってからは、大旦那様より、お嬢さま方の後見役を仰せ
つかりました。次々代の来栖川家を背負うべきお嬢さま方をお任せ頂き、どれほど歓喜にむせいだ
ことか・・・。」

「しかぁ〜し! 芹香お嬢さまは、黒魔術なる西洋の呪術に傾注するあまり、現の世界より魔界・霊界に
興味を持たれ、綾香お嬢さまに至っては、来栖川家令嬢たる御自覚が全くこれっぽっちも微塵も無く、
はねっ返りの、じゃじゃ馬、ぱちお嬢さまになっておしまいに・・・。うぅ・・・うぅ・・・。
このセバス、大旦那様のご期待にお応え出来ない自分の不甲斐無さを恨み、来栖川家の将来を憂い
ながら、何度、この白髪頭を白刃に曝そうかと悩んだ事か・・・。」
 ・・・ぴくぴく。
 をいをい、セバス。あんた、私達姉妹のこと、そんな風に思ってたんだぁ〜。
 ふ〜〜〜ん。

「・・・。(むぅ)」
 姉さんも隣でむっとしてるよ。

「しかし、何はともあれ、私のような者にさえ、この様にお心尽くしをされる、お優しいお嬢さまにお育ち
あそばされました。お嬢さま方の後見役として、我が人生に一片の悔いもございません。」
 鋼鉄の拳を握り締め、目からは滝の様な涙を流すセバス。
 喜んでくれるのは良いけど、ここまで感動されるのもなぁ・・・。
 浩之、喜んでくれるのは、この100万分の1くらいで良いからね。

「じゃ・・・じゃぁ、貰ってくれるのね。」
「お嬢さま、勿論頂戴致します。執事人生六十年、この様に嬉しい事はありません! 長瀬家末代
までの家宝とさせて頂きます!」
 セバスは、私からお皿を恭しく受取ると、腰を大きく折り曲げて頭の上に掲げた。
 もう、セバスったら・・・・。時代がかってるって言うか、何て言うか。
 今時そんな格好するのなんて卒業証書授与式くらいよ。

「大袈裟ねぇ。家宝なんかにされちゃ、折角二人で作ったチョコが腐っちゃうわ。」
「・・・。(こくこく)」

「私と姉さんの感謝の気持ちなんだから、今すぐ食べて。」
「・・・。(こくこく)」

「はい、お嬢さま。ありがとうございます。 三国一の果報者、セバスチャン! 頂戴頂します!」












 ピーポー ピーポー ピーポー ピーポー・・・・・・。




「・・・・ねぇねぇ、長瀬執事どうされたの?」
「判らないわ。何でも、急にお腹を抱えたかと思ったら、中から物体Xが出てきたそうよ。」
「いや〜ねぇ。何か変なモノでも食べられたのかしら?」
 メイド達が小声で噂する中、タンカに乗せられたセバスは、来栖川総合病院と書かれた救急車に
 乗せられて行った。
 その救急車が走り去るのを、二階のカーテンの隙間から見下ろしている影二つ。

「姉さん、失敗だったわね。」
「・・・。(こくこく)」

「次は頑張りましょうって、そうね。くよくよしてても仕方ないし・・・次の試食はダニエルで良いかしら?」
「・・・。(こくこく)」

「そうね。次は頑張りましょう。」
 唇の端を僅かに上げて冷笑する姉妹。
 綺麗にラッピングされてはいるものの、カタカタと音がする幾つかの箱を暖炉に放り込むと、エプロン
 姿のまま部屋から出て行った。


 執事こそ最高の仕事。
 平均年俸の五倍の給与。
 しかしその中には、得てしてこういった”危険手当”が入っている事を、知る者は少なかった。



                                                          おわり



○  ○  ○  ○  ○  ○  ○
あとがき

最後まで読んで頂きありがとうございます。
ばいぱぁです。

これが今年の第一弾です。
今年は、初めから公私共々忙しく、なかなかPCの前に座る事が出来ません。
おかげさまで、まだTH2が終わってません。
って言うか、まだ三人しか・・・。

と、言うわけで、ハッピーバレンタインです。
色んな所で、色んなチョコが飛び交ってると思いますが、大好きな人から貰えたり貰ったりしましたか?
気持ちが伝わるといいですね。





 ☆ コメント ☆

セリオ:「…………」(汗

綾香 :「ちょーっち失敗しちゃった。てへっ♪」

セリオ:「……長瀬様、お労しい」(泣

綾香 :「ま、誰にでも過ちはあるってことで」

セリオ:「……ソーデスネ」

綾香 :「なんで超棒読みなのよ」

セリオ:「いえ、別に。深い意味はありません……たぶん」

綾香 :「……まあ、いいけど。
     それにしても、おっかしいなぁ。どこで間違ったのかしら?
     ちゃんと本の通りに作ったんだけど」

セリオ:「本の通りに作って、どうして謎の生物(?)が出来上がるのです?」

綾香 :「不思議よねぇ。この世は謎に満ちているわ」

セリオ:「……ソーデスネ」

綾香 :「本当に不思議ねぇ。どうしてだろ?
     ま、いっか。ドンマイドンマイ。
     失敗は成功の母、よね。
     これを教訓にして次こそ成功させてみせるわ」

セリオ:「え? 次?
     ……えっと……ひょっとして……まだ作るつもりですか?」(汗

綾香 :「当たり前でしょ。一度や二度の失敗なんかで挫けてられないわ。愛する浩之の為だもの。頑張らないと」

セリオ:「…………」

綾香 :「さて、そうと決まれば早速始めなきゃ。
     じゃあね、セリオ。また後で」(ダッシュ

セリオ:「……は、はい。
     …………。
     …………。
     …………。
     取り敢えず、前もって来栖川総合病院に連絡だけは入れておきますか」(汗




戻る