「・・・葵ちゃん。こんどの土曜日暇かなぁ。」
 学校からの帰り道、何時もの別れ道に差し掛かった辺り、普通だったら「じゃあ、また明日」って言って
 お別れするタイミングで、藤田先輩から何時とは違う声を掛けられた。

「え? は、はい・・・空いてますけど。」
 あまりに唐突で、何の前振りも無かったから何の事だか判らなかった。
 と、言うか、何時からとか、何のためとか、結構大事な部分が省かれてたから愛昧な答えしか出来なかった。
 
「もし良かったらさ、遊園地行かない? 丁度タダ券が二枚あってさ。もし良かったらどうかなって・・・。」



題目   『 ご・ほ・う・び 』


 ・・・九時三十分。

 待ち合わせの時間より、少し早目についた駅前広場。
 私は、噴水脇の植え込みと植え込みの間にあるベンチに腰掛けた。
 そこは日陰で、北風を遮るものが何もない場所だけど、ご自宅からいらっしゃる藤田先輩を見つける
 には一番良い場所だった。



 ・・・九時四十分。

 遊園地の一日ペア・フリー券。
 何でも神岸先輩のお母様が、年末に商店街の福引で当てたものらしく、でも、使用期限に余裕があった
 ので、大事にしまっておいた所すっかり忘れてしまって、先日再発見した時には使用期限ギリギリ。 
 急いで神岸先輩に相談されたけど、生憎神岸先輩は御都合が悪いらしく、神岸先輩から藤田先輩に
 手渡され、藤田先輩は私を誘って下さったみたい。

 だから、遠慮なんていらないよって、藤田先輩が言い終わる前に、私は「行きます!」って答えてた。
 別に、遊園地に行きたかったわけじゃない。
 藤田先輩と一緒に遊園地に行けるのが嬉しかったから。
 それに、藤田先輩が、私を誘ってくれたって事が嬉しかったから。
 


 ・・・九時五十分。

 道行く人が、私の方を見ている。

 ううう・・・。やっぱり・・・似合わないかなぁ。
 昨日琴音ちゃんが今日のためにって、服とか、靴とか、アクセサリーなどなどを貸してくれた。
 「これを着てぷりちぃ〜に変身した葵ちゃんに、藤田さんはメロメロのイチコロですよ。」って言って。

 これが綾香さんだったら、嫌が上にも”体形差”に涙しなきゃならないけど、幸い、琴音ちゃんとの
 体形差ってそれ程無いから、着るには着られるんだけど・・・・・・・何て言うのかな・・・その・・・女の私が
 赤面するくらいフリルとか、レースとか、リボンがついてて・・・・きっと琴音ちゃんみたいな「可愛い子」が
 着れぱ似合いそうな・・・・そんな「ももいろハウス」的な服・・・。
 今日だって、散々悩んだ挙句、途惑いながらも一大決心して着てみたんだけど・・・。
 藤田先輩に笑われたらどうしよう・・・。



 ・・・九時五十五分。

 約束の時間まで、後五分。

 流石に身体の芯から冷えてきた。
 北風は寒いと言う感覚より、寧ろ痛いと言う感覚に近付いてきた。
 それでも、北風を遮る場所に移動しようという気にはなれなかった。
 寒い中いらっしゃる藤田先輩を、暖かい場所で待つ気になれなかったし、出来るだけ早く藤田先輩を
 見つけたかったから。

 でも・・・それでも・・・。

( ・・・寒い。)
 体カには自信がある。この数年風邪一つひいていないし、寒いのにも結構慣れている。
 だから大丈夫と踏んだけど・・・。

( ・・・あと・・・ちょっとだから。)
 自分で、自分に言い聞かせる。
 もう少しで、藤田先輩に会えるんだからって・・・。


 ・・・十時ちょっと前。

 人込みの中、藤田先輩を見つけた。
 深緑色のセータに、こげ茶色のコートを羽織った藤田先輩は、学制服姿しか知らない私にとっては、
 新鮮で眩しく見えた。

 私はベンチから立ち上がり、藤田先輩をお迎えした。
 広場についた藤田先輩は、始めキョロキョロしていたけど、私の姿を見つけると軽く手を上げてから
 私の元に駆け寄って来てくれた。

「ごめん、待った?」
 ご挨拶をする前に、藤田先輩からそんな言葉を掛けられた。

「あ! いえ・・・そんな事ありません。今来た所ですから。」
 三十分前が、「今」とは思えないけど、寒くて辞易した事以外は退屈する事も無く過ごせた。
 だって、藤田先輩をお待ちしている時間全てが、藤田先輩のための時間だったから。
 一人でお待ちしていたって、全然寂しく無かったから。
 だから、全然平気です。

「じや、行こうか。」
「・・・あっ!」
 藤田先輩はそう言うと、私の手を取って歩き始めた。
 思わず、小さな声が零れてしまう。

「さっきは、ビックリしたよ。」
「・・・・・?」

「私服姿の葵ちゃん見るの初めてだし・・・・その・・・見違えちゃったよ。」
「・・・・・え?!」

「可愛い服だね・・・。とっても似合ってるよ。」
「・・・・・・!」
 藤田先輩は、向こうを見ながらそれだけ言った。
 ここからでは、私の手を引く藤田先輩のお顔を見る事が出来ない。
 でも、こちらを見ていてくれたからって、藤田先輩のお顔は見れなかったと思う。
 だって、私が熟れたトマトみたいに真っ赤になって、下を向いてしまったから。
 だから、「ありがとうございます。」って言えなかった。
 言えなかった替わりに、繋いだ藤田先輩の手を、ギュッて握り返しちゃった。




  ○   ○   ○   ○   ○   ○   ○   ○




「今日は、有難うございました。」
 家の前まで送ってくれた藤田先輩に、ぺこりとお辞儀をした。

「・・・とっても楽しかったです。」
 まだまだ話したい事や、したい事はいっぱいある。
 ”〜楽しかった” だなんて、過去形になんてしたくなかった。
 でも、楽しくって、楽しくって、気が付いたら、今日と言う時間も残り僅かとなっていた。

「俺も楽しかったよ。それよりごめんね。帰り遅くなっちゃって・・・大丈夫?」
 大丈夫・・・じゃ、ないです。
 うちの両親厳しいですから、きっとむっちゃ怒られます。・・・・なんて言えるわけもなく。

「大丈夫ですよ、きっと。心配しないで下さい。」
「ホント? それなら・・・・良いんだけどね。」
 深夜の住宅街、所々に設置された街路灯の灯りに照らされて、私達の声だけが静かに響く。
 世界の全てが寝静まり、世界中に私達だけになってしまったような感覚に陥ってしまう。
 ずっと考えていた一言を言おうとするが、なかなか声にならずに口篭ってしまう。

「・・・葵・・・ちゃん?」
 それじゃって、離れようとした先輩のコートの袖を、無意識のうちに掴んでいた。
 反対に、一歩二歩進んで、藤田先輩の胸の中に頭を預けた。

「・・・帰りたくない・・・って言ったら・・・迷惑・・・ですよね。」
 勇気を振り絞って言ってみた。
 言った後で、自分のとった言動の大胆さに赤面した。
 胸の鼓動は今にも爆発しそうなほどバクンバクン言い始め、頭は沸騰寸前のケルンみたいに熱々の
 湯気を噴き出している。

「・・・葵ちゃん。」
 はじめ驚いていらした藤田先輩は、復活出来ずに固まったままになっている私の顎に手を添えると、
 静かに上を向かせた。

「・・・!」
 私の目の前には、藤田先輩の顔があった。
 今までに無い程接近して見える、藤田先輩の顔があった。
 カァ〜〜って音が聞こえるほど、顔が熱くなるのが判った。

「可愛いリップだね。」
 私の姿が映った優しい眼が、そう呟いた。
 朝は恥ずかしくてつけられなかったけど、夕食後に化粧室でドキドキしながらつけた薄桜色の
 リップ・クリーム。
 頑張って! って言って、琴音ちゃんが貸してくれたリップ・クリーム。
 何も言ってくれなかったから、気付いてなかったって思ってたのに。
 恥ずかしくって、嬉しくって・・・そっと目を閉じた。
 ・・・・・・・。
 ・・・・。


 ・・・藤田先輩からの初めてのキス。

 それは、私のおでこに軽く触れただけのキスだった。

「・・・・・え?」
「・・・今日の葵ちゃん、とっても可愛いよ。」
 戸惑う私に、藤田先輩はそう言ってくれた。

 可愛いって。
 頑張った甲斐・・・あったかも。

「・・・でも、飾らない、いつもの葵ちゃんは、もっと好きだよ。」
 ・・・え? それって・・・それって、無理して飾り立てた私より、何時もの私のが良いって・・・。

「・・・また明日から頑張ろうぜ。連覇に向けてさ。」
「・・・は、はい!」
 元気いっぱい返事ができた。
 だって、頑張った私も”可愛い”って言ってくれたし、でも何時もの私のが”好き”だって言ってくれたから。
 にこやかに微笑みながら、藤田先輩は私から離れ、そしてゆっくりと帰って行かれた。
 私は何時までも見送った。
 藤田先輩の姿が見えなくなるまで、ずっと・・・ずっと・・・。
 藤田先輩に触れられた場所が暖かかった。







「う〜〜〜ん。」
「バカだねえ。いくら体鍛えてるからって、こ〜んな真冬に、あ〜んな遅くまで出歩いてたら風邪ひく
に決まってるでしょ。」
 体温計を覗き込みながら、呆れ返ったようにお母さんが言った。
 う〜ん。言い返せ無いのが悔しい。
 って言うか、お母さん。その情け容赦無い言い方、何とかなりませんか?

「今日は一日寝てなさい。まったく・・・・いったい昨日はナニしてたんだろうねえ?」
 お母さんは、ニタ〜っと笑いながらそんな事を言った。
 もう! お母さんったら・・・。  
 お母さんが心配するような事、ちょっとだけ期待してたけど、ホントにちょっとだけだったんだから! 
 私は、軽くお母さんを睨むと目の下辺りまで布団を引っ張り上げた。
 頬が赤らんだのを、お母さんには見られたくなかったから。

「えっと、藤田さん・・・だったっけ? 電話してあげようか? 娘が風邪を引きましたので看病に来て
下さいって。」

「お、お母さん!」
「ふふふ。冗談よ。愛しの藤田先輩に心配かけたく無かったら、早目に直しちゃいなさいね。」
 何たって、39.8℃もあるんだから。
 って、お母さんは部屋から出る間際に言い残して出て行った。

 39.8℃!
 聞かなきゃ良かった。
 なんか更に熱が上がったような気がした。











「う〜〜〜ん。」
「もう、浩之ちゃんったら。いくら葵ちゃんと一緒だからて、こ〜んな真冬に、あ〜んな遅くまで出歩いて
たら風邪ひくに決まってるじゃない。」
 おでことおでこをくっつけてから、呆れ返ったたようにあかりが言った。
 う〜ん。言い返せないのが悔しい。
 って言うか、あかり。心配してくれるのはありがたいんだが、一応俺も病人なんだから、ちょっとは
労わってくれねえかなぁ。

「今日は一日寝ててね。もう! いったい葵ちゃんとナニをしていたんだか! (ぷぃ!)」 
 あかりは、頬をいっぱいに膨らますと、ぷいっと反対を向いた。
 を! 珍しいなぁ、あかりのヤキモチ。 
 でも、心配すんじゃね一ぜ、おめえが考えてる様な事なんて、何にも無かったんだから。
 俺は、包み込む様にして背中からあかりを抱締めた。
 触合う素肌がちょっぴりひんやりして心地良い。

「やめてよ! 浩之ちゃん。私、実家に帰ったら葵ちゃんに電話する。浩之ちゃんが風邪ひいたから
看病に来てって・・・電話する。」
「・・・あかり。」
 ビクッと反応するあかり。
 既に親公認で半同棲状態の俺達。 あかりの居場所は、俺の腕の中しかない。

「・・・ごめん。・・・うそ。」
 そう呟くあかり。
 俺はあかりを背中から抱締めると、あかりの耳元に軽くキスをした。
 それが、あかりの本心じゃない事くらい判っている。
 あかりだって、俺と葵ちゃんの間にナニも無かったって事も、俺が一番愛しているのが誰かって事も
 判っているはずだ。

「・・・ごめんね。浩之ちゃんだけが悪いわけじゃないもんね。私もちょっと悪かったかなって・・・。」
 ・・・確かに。
 昨晩遅くに帰ったら、あかりが玄関で正座して待ってて。
 にこやかに笑ってたのになぜか怖くて、気が付いたら引ん剥かれて、何度も、何度も、何度も、何度も、
 何度も・・・・・・した。
 で、流石に俺も疲れて、汗とかなんかベタベタしてたのに、そのまま素っ裸で寝ちゃったってのも、
 風邪の一因と言えなくもない。

「・・・だから、浩之ちゃん。」
 あかりはちょっとモジモジっとすると、俺の手をとって、自らのその慎ましやかな双丘に押付けた。
 
「いっぱい汗かいて、早く治してね。」
 振り向いたあかりの笑顔が、小悪魔に見えた。
 とは言え、昨晩何度しようが、熱にうなされててそれ所じゃなかろうが、愛するあかりにここまでされて
 ナニもしないんじゃ、伝説にまでなった藤田浩之の漢が廃るってもんよ!

 ・・・むくつ!!












 ・・・・しなきゃ良かったかな。
 なんか、更に熟が上がったような気がする。


                                                        おわり







−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
あとがき


ここまで読んで頂きありがとうございます。
こんにちは、ばいぱぁです。

これは書き始めたのが年初め。
葵ちゃんの誕生日記念SSでした。
しかし、何故か完成前に2月になり・・・・「まずぃ!」って事で書き直し、
結果的には、前の設定なんて殆ど残りませんでした。

って、事で、次回はあかりです。
次作も読んで頂けたら幸いです。






 ☆ コメント ☆

セリオ:「葵さんってば初々しいですねぇ。可愛いです♪」

綾香 :「……うーむ」

セリオ:「? どうしました? なにやら顰め面をしてますけど。
     ひょっとして、また何か変な物でも拾って食べましたか?」

綾香 :「食べるか! つーか、またとか言うな。人聞きの悪い」

セリオ:「では、三日ほどお通じが無いとか?」

綾香 :「違うっつーの」

セリオ:「……悪阻?」

綾香 :「…………」(げしっ

セリオ:「はうっ!?
     ……しくしく……いたいの」(泣

綾香 :「そんなわけあるかい」

セリオ:「だったら、どうしたっていうんです?」

綾香 :「別に大したことじゃないわ。
     ただ、今度浩之とデートする時、あたしも今回の葵みたいに
     『ももいろハウス』系の服を着てみようかなぁとか考えてただけよ」

セリオ:「綾香さんが『ももいろハウス』ですか?」

綾香 :「うん」

セリオ:「綾香さんが……『ももいろハウス』……ヒラヒラのフリフリ……」(想像中

綾香 :「…………」

セリオ:「……ぷっ」

綾香 :「…………」(げしっ

セリオ:「はうっ!?
     い、いたいの……えぐえぐ」(泣

 



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