生まれてこの方17年とちょっと。
 然程長くない人生の中で、良きにつけ悪きにつけ、人並みの経験はしてきたつもりだ。
 だが、この状況は、今までに経験した事の無い程の危機的状況であり、且つ、人生最大の窮地で
 あると言っても過言ではない。

 行くも地獄、去るも地獄、さりとて、立ち止まるも地獄。

 足がガクガクと震えだし、全身からイヤ〜な汗が流れ出す。
 既にこの状況下では言い訳など通るはずも無く、ただただ後悔の念だけが募っていく。
 
 生まれてこの方17年とちょっと。
 俺の人生の幕を閉じるのも、後ちょっと・・・。

題目   『 ハイキング 』


 4月に入ってすぐの週末、春休みって事で、琴音ちゃんと二人だけでハイキングに出掛けた。
 琴音ちゃんと出掛ける時は水族館が多かったので、たまには山に行くのも新鮮で良いって事で、
 ちょっとだけ遠出をする事にした。
 電車に何時間か揺られ、10時少し前に目的地近くの駅に辿り着いた。
 某情報誌によれぱ、この駅から目的地の小高い丘までは普通に歩いて2時間強。
 自然を壊さぬ程度に手を入れられたハイキングコースは、見る者の目を充分楽しませてくれ、
 更にアップダウンが少ないので、俺達の様なハイキング初心者にはもってこいの場所、と言うふれ
 込みだった。

 駅を出た俺達は、某情報誌を片手に、目的地である海の見える小高い丘を目指して歩き始めた。
 春休みの週末って事もあってか、家族連れやら50代半ぱと思しき熟年夫婦、果ては、二人の世界
 に没頭し周りの景色なんぞ目もくれない様なバカップルなんかもいた。

 俺達も、大いに道草を楽しんで歩いたせいか、丘についたのは1時に程近い時間だった。
 普段の運動不足のせいか、最後は結構バテ気味だったけど、眼前に広がる景色を目にした時、
 その苦労も疲労もすべて綺麗さっぱり消え失せた。

 華麗にして荘厳。
 優美にして広大。

 岩礁に打ちつける白波、きらめく水面。
 何処までも続く水平線は、遥か彼方で蒼空と溶け込んでいる。
 見る者の度肝を抜くその広大な景色は、雑誌に載っていた”絶景”と言う名に相応しく、これが、
 本当にご近所の海岸と同じ海なんだろうかと疑いたくなるほどだった。

 俺達二人とも暫し声を無くし、その景色に魅了されていたが。

 ぐぅ〜〜〜〜。

 二人揃ってお腹が鳴ったのは、健康な証拠だと思った。

 二人でひとしきり笑った後、景色が一望出来る場所にビニールシートを広げ、琴音ちゃんお手製の
 かなり力の入ったお弁当を二人で食べた。
 何処でリサーチしたのか、俺の好きな物ぱかりで埋め尽されたお弁当は、見た目もさる事ながら、
 どれをとっても掛値なしに美味い物ぱかりだった。



 楽しい時間が過ぎるのは、どうしてこんなに早く感じるんだろう?

 楽しく遊んだり話をしているうちに、ほぼ天辺で輝いていた太陽が、かなり傾いた位置まで沈んでいた。
 慌てて帰り支度をして、人影疎らになった丘を後にしたが、薄暗い山道を一時間近く歩く破目になり、
 やっとの思いで最寄駅に辿り着いた時には6時を越していた。
 少し早い時間だったけど、休憩がてら夕食を食べる事にした。
 お腹が空いていたのは勿論だけど、何より琴音ちゃんの疲れが酷そうだったから。
 しかし、今思えぱ、この時、無理を押してでも帰りの電車に乗るべきだったかも知れない。
 ここで休憩などせず、空腹を抱えながら帰途につけば、あんな事にはならなかったから・・・。

 8時過ぎ、予定よりかなり遅れたけど、俺達は帰りの電車に乗る事が出来た。
 運良く席に座れた俺達は、初めこそ楽しい話をしていたものの、次第に途切れがちになり、最後には
 黙り込む様になった。 それは、話題が途切れたせいではない。
 流石に疲れたのか、今、琴音ちゃんは俺の肩を枕代わりに静かな寝息を立てている。
 あれだけ手の込んだ料理を作ったのだったら、かなり早起きしたに違いないし、日頃運動とは縁の
 無い琴音ちゃんが、ほぼ一日中野山を歩き回ったんだから、疲れて眠り込んだとしてもそれは仕方
 ない事だと思えた。

 だから、暫くそっとしてあげる事にした。
 少なくとも後1時間はこのままだから、わざわざ起すのも憚られたから。
 その時が来れぱ、俺が起してやれば良いだけの事だから・・・・。




 その時はきた。

 ・・・が、俺は琴音ちゃんを起してやる事が出来ず、反対に駅員さんに起してもらう破目になった。
 はじめ、その状況が理解できなかったけど、次第にはっきりしてきた意識の中、それがとんでも無い事
 だと認識するのに、かなりの時間がかかった。
 俺は飛ぴ起き、窓の外を見た。
 全く人気の無いコンコースに、古ぼけた小さな駅舎がぽつんと建っている。
 乗車駅もかなり田舎だと思っていたが、目の前の風景は、更に更にド田舎であることだけは確かだった。

 兎に角このままでは埒があかない。
 俺は琴音ちゃんを起すと、二人で電車から降りた。
 コンコース上の時刻表を確認したが、この電車が最終電車である事に間違いは無かった。
 更に駅を出てバスの時刻表を見たけど、最終便は2時間以上前に終わっている事を確認できただけ
 だった。

 俺達は、途方にくれ、成す術も無く立ち尽くしていた。
 そんな俺達を哀れんでか、駅員さんは村で唯一の温泉宿を紹介してくれた。


   ○   ○   ○   ○   ○   ○


 意識するなと言えぱ、それは流石に無理がある。
 初老の仲居さんに通された部屋は、少々古い作りの8畳間。
 駅から連絡が入っていたらしく、部屋中央に寄り添うように2つの布団が敷かれている。
 嫌が上にも期待が高まるシュチュエーション。
 俺だって健康で、ほぽ健全な男子高校生であって、そっち方面だって興味が無い訳では決してない。
 いや、むしろ、強く輿味が有ると言っても良いだろう。

 琴音ちゃんの事ははっきり言って好きだ。
 可愛いとも思っているし、いつも一緒に居たいとも思っている。
 その・・・こういった事だって、琴音ちゃんと出来たらって考えた事だって、1度や2度じゃないのは確かだ。

 だったら・・・。

 でも、当の琴音ちゃんは、窓際の椅子に腰掛けて30分あまり。
 外を眺めたまま、何も喋らず、全く動こうともしない。
 少なからず琴音ちゃんは、俺を慕ってくれている思っていたが、何故俺を避けるように、あんな遠くにいる
 んだ? もしかして、俺、拒絶されてる? って言うか、そんな風に見られてなかったのか?
 あ〜〜〜〜! じゃぁ、どうするんだ! 俺! って言うか、どうしたいんだ!

「あの・・・・・・・・・藤田さん。」
 頭を抱え込む俺に、琴音ちゃんは小さな声で俺の名を呼ぷと、俺の前まで駆けて来ると、三つ指を
 立てて頭をいっぱいに下げた。

「不束者ですが、よろしくお願いします!」
 はじめ、何が起こったのかさっぱり判らなかった。
 だから誰が不束者で、何をお願いされたのかなんて事、考えも及ばなかった。

「・・・こ、琴音ちゃん?」
 何をどう反応して良いか変わらず、でも、このままってのも変かなぁって事で、先ずは頭を上げさせる
 べく、琴音ちゃんの肩に手をやった。

「・・・・・!」
 触れた途端に跳ね上がった肩は、確かに震えていた。
 思い詰めたように身体を固くし、小刻みに震える姿を見て始めて判った。

「・・・ごめん。 琴音ちゃん。」
 今度は琴音ちゃんの両肩を引き寄せ、自らの胸にしっかりと抱きしめた。
 強く、そして優しく。

「・・・藤田さん。」
「琴音ちゃん、その・・・・俺の方こそ・・・よろしく。」
 何が、よろしくなんだろう?
 自分で言って、自分で突っ込んでしまった。
 ほんとは、もっと気の利いた事でも言えれば良いんだけど・・・。

「・・・はい。」
 琴音ちゃんは、恥じらいがちに短めに答えると俺に身を寄せてくれた。

「じゃ、とりあえず温泉行こっか。 その・・・今日いっぱい汗・・・かいたし。」
「そうですね。」
 二人して一緒に微笑んだ。
 風呂の準備をすると、誰言うとも無く手を繋いで部屋を後にした。
 あの丘にいた時だって手ぐらいつないだけど、こんなに心臓がバクバクがドキドキなんてしなかった。
 きっと、この胸の高鳴りは、この後の事を考えての事だと思う。

 二人してドアを開け、鍵を閉めた。
 見つめ会う、目と目で合図をした。
 さぁ、行こうか、って・・・・・。





「・・・浩之ちゃん?」
 部屋を出た途端、後ろから俺を呼ぶ声がした。
 囁きにも似た、小さな小さな声だったけど、確かに聞き覚えのある声だった。
 と、言うか、俺の事を『〜浩之ちゃん』って呼ぷ奴は一人しかいないし・・・。

「・・・ヒロ?」
 この声も聞き覚えがある。
 この呼ぱれ方も、俺の知る限りじゃ一人だけの筈で・・・。
 俺の記憶が正しければ、この現場にいて欲しくないNo.1ではないかと・・・。

「浩之ちゃん・・・・だよね?」
 囁きにも似た声は、確信に満ちた声へと変わった。
 全身から、イヤ〜〜な脂汗が落ちてきた。
 何故だろう? 身体が固まったかのように動かないし、さっきの琴音ちゃんと違った意味で体が震えて
 くる。

「浩之ちゃん、こっち向いて!」
 確信に満ちた声は、何時しか怒りに満ちた声へと変わっていた。
 俺は、ギシギシと音をたてながら、錆付いたかの様な身体を半回転させ彼の人を窺った。

「そっちは・・・姫川さん・・・だよね。 浩之ちゃん、これって一体・・・?」
 琴音ちゃんは、俺の後ろに身を隠した。
 当然俺が矢面にって・・・・それは仕方ないか。

「ま、待て! あかり! これには深い事情ってもんがあってだなって・・・って言うか、なんでお前が
ここにいるんだ?」

「覚えてないの? 商店街のくじ引きで秘湯ご招待ペアチケットが当ったから、今日行くって約束してた
じゃない。」
 あ・・・そうだっけ?
 そう言えば・・・そんな気も・・・。

「でも、どうしても外せない用事が出来たからって言って、ドタキャンして・・・だから私、仕方なく志保と
来たんだよ。」

「ぷっ! ちょ、ちょっと・・・あかり・・・仕方なくってどう言う事よ!」
 偶然出くわした特ダネに、東スポ根性丸出しでペンを走らせていた志保が、吹きだしながら抗議した。

「志保、そんな細かい事どうでも良いから、ちょっと黙ってて。」
 しかし、あかりは意にも返さず、ぴしゃりと志保を黙らせた。
 志保は、あかりの後ろで、き〜〜ぃ!っとか言ってる。
 ・・・志保、お前の気持ち判るぞ。

「私との旅行をキャンセルした、ど〜〜しても外せない用事って、琴音ちゃんと温泉に来る事だったの?」
「いや、違う! それは誤解だ! これは偶然が偶然を呼んだ、ちょっとした事故って言うか・・・。」
 全身から怒りに満ちたオーラを発しながら、一歩一歩近付いてくるあかり。
 俺は怯えた目を向けながら、両手を前に突き出しイヤイヤをする。
 あかりの怒気に気押され、琴音ちゃん共々ドアの前まで後去った。
 鼻息荒く近付いてくるおかりは、いつもの子犬チックなそれでは無く、猛々しい野生のツキノワグマか
 ヒグマって感じだった。
 ある意味、そんな新鮮なあかりの姿を震えながら見ていた俺の背後から、白くてか細い腕がすぅ〜っと
 伸ぴて来て、俺の頚動脈を両側からしっかりとロックした。

「藤田さん・・・酷いです。 私との事は誤解なんですか? ちょっとした事故なんですか?」
 全く抑揚のない低い声が、背後から響いた。
 く、苦しいです。 琴音ちゃん。
 この華奢な腕の、何処にこんなカが隠されているのか疑いたくなる程のカでキリキリと締められた。

「浩之ちゃん!」
「藤田さん!」
 前門の虎、後門の狼。
 行くも地獄、去るも地獄、さりとて、立ち止まるも地獄。

 美しき狩猟者の前で、哀れな獲物と化した俺は成す術も無く、ただただ怯えるだけで、17年とちょっと
 の人生の終止符へのカウントダウンを重ねるだけだった。

 いや! まだ諦めるな! まだ何かあるはずだ! この窮地から逃れる術が!
 朦朧となった意識の中、迫り来る恐怖と戦いながら導き出された結果は・・・。

「仕方ない! 来い! あかり! 琴音ちゃん!」
 俺は、あかりと琴音ちゃんの腕を掴むと部屋の中に走り込んだ。

「ちょ、ちょっとヒロ? ん?」


『浩之ちゃん・・・ちょっと・・・え・・・イヤだ・・・あん・・・そんな・・・・・・。』
『やめてください、藤田さん・・・ん、あ・・・・あん・・・神岸先輩が見てらっしゃいますぅ・・・。』

「ちょ、ちょっと! ヒロ! 中でナニしてんのよ! って言うか、ナニしてんでしょ! ちょっと、私はどう
なるの? もしかして置いてけぼり? ちょ、ちょっとあんまりだわ!」

『・・・あん・・・浩之ちゃん・・・良いよぉ。 もっとぉ・・・・もっとぉ。』
『ん、んん・・・・。 ふ、藤田先輩・・・そ、そんな激しくされたら、壊れちゃいます・・・あん・・・もっと、
優しくしてください・・・。』

「きぃ〜〜〜〜! もう! ヒロの分際で、志保ちゃんを無視してくれちゃってぇ! 見てらっしゃい!
志保ちゃんネツトワークで、今日の事全部暴露してやるんだからぁ!」

『『あ、あん・・・・・良いよぉ・・・・・。』』
 俺は一生懸命二人を”説得”した。
 それこそ、朝まで誠心誠意”説得”した。
 二人とも、俺の熟意を理解してくれたのか、それとも愛の深さを感じ取ってくれたのか、朝日が昇る頃
 には俺を赦してくれた。



 新学期が始まった。
 周りの奴等の視線が痛い。
 多分、志保の野郎が、いらん事を振れ回ったためだと思うが、そんなモノ俺にとっちゃどうでも良い事だ。
 だって、俺が愛するあかりと琴音ちゃんさえ俺の事を信じてくれれぱ、それだけで良いんだから・・・。


                                                         おわり
 
 ・・・って、思ってたけど。

「浩之・・・聞いたわよ。 連絡つかないと思ってたら、あかりや琴音とねぇ・・・ふぅ〜ん。」
「それで、よぉ学校に出てこられたもんやなぁ。」
「ヒロユキ! 御仕置き、決定ダヨ。」
「藤田先輩! 不潔です!」
「・・・・・。(ぷぅ!)」
 で、出たな、東鳩きっての武闘派集団。

「・・・って事で浩之! 覚悟は出来てるんでしょうねぇ。」
「今宵のカバンの角は、また一味ちゃうでぇ。」
「TARGET LOCK ONだよ! ヒロユキ、WATER BIRDよろしくネ!」
「藤田先輩、不潔です!」
「・・・・・。(呪)」

 ・・・・う”ぅ。
 今度ばっかりは、”説得” 出来そうも無い・・・・・や。

                                                      本当に終わり

---------------------------
あとがき

最後まで読んで下さいましてありがとうございます。
ばいぱぁと申します。

久しぶりに書いたSSは、3行書いては2行消すの繰り返しで、遅々として進みませんでした。
そのくせ、修正を加える度にドンドン長くなっていくから始末に終えません。
まだまだ精進が足りないと反省しきりであります。

さて、この初心者でも簡単に行ける筈なのに2時間強もかかると言うハイキングコース。
当然の事ながら想像の産物です。 特定の場所とか何とか、一切有りません。
だから、某情報誌を方手に山の中に入り込むのはお辞め下さい。






 ☆ コメント ☆

セリオ:「あの……綾香さん?」

綾香 :「なに?」

セリオ:「なんだか妙に肌が艶々してますけど……もしかして……」

綾香 :「えっ!? ち、違うわよ。浩之にたっぷりとじっくりと濃厚に『説得』されちゃったとか、
     そういうことは全然無いからね! ホントだからね!」

セリオ:「……墓穴」

綾香 :「あ、あう」(汗

セリオ:「ひどいです、綾香さん。相方であるわたしを誘ってくれないなんて」

綾香 :「相方って……。せめてパートナーとか言いなさいよ」

セリオ:「…………」(じとー

綾香 :「も、文句があるなら浩之に言いなさいよ。
     そもそもの原因はあいつにあるわけで、つまり、悪いのは全部浩之。
     だから、あたしに対してブーブー言うのは筋違いよ(たぶん」(汗

セリオ:「……イマイチ釈然としませんが……まあ、確かにそうかもしれません。
     分かりました。後でマルチさんや理緒さんと共に浩之さんの所へ伺うことにします」

綾香 :(浩之、御愁傷様)

セリオ:「それにしましても、浩之さんってば相変わらずですよねぇ。
     まあ、今回の件で懲りたでしょうから、多少は行動も改まるかもしれませんけど」

綾香 :「それはないわ」

セリオ:「だ、断言しますか。それはいったい何故に?」

綾香 :「だって、浩之よ。浩之なのよ。『あの』浩之よ」

セリオ:「…………」(汗

綾香 :「行動が改まる? ありえないわね」
     ゾウガメがバク転を決めるくらいありえないわ」(きっぱり

セリオ:「……ひ、浩之さんって……」(汗

 



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