(はぁ〜。)
 空のスケジュール帳を見ながら小さな溜息をついた。
 何度眺めても、どれだけ見詰めても、決して変わる事のないスケジュール。

(浩之ちゃん、今頃何処にいるんだろう?)
 浩之ちゃんからのお誘いを待ち続けていた、高校最後のゴールデンウィーク。
 しかし、楽しみにしていたゴールデンウィークは、大好きな浩之ちゃんと一緒に過ごす事のない、
 憂鬱で、悲しい日々の積み重ねとなった。


題目   『 ひとりたび 』


「え! 一人旅?」
 明後日から始まるゴールデンウィーク。
 全くお誘いが無いから、ちょっとだけ不安に思って聞いてみた答えが、”一人旅に出掛ける”で、
 その後に、”あれ? 言ってなかったか?” だった。

「えぇ〜聞いてないよぉ〜 そんな話。」
「そっか? まぁ、アレだな。 確かに行くって決めたのは一昨日だったから。」
 って言いながら、はははは・・・って笑う浩之ちゃん。
 何でも、一昨日の夜やってた旅行番組見て、行く気になったんだって。
 はぁ〜。 行動力が有るって言うのか、計画性が無いって言うのか・・・。

「何処に行くの?」
「北海道。」

「何時から行くの?」
「29日から。」

「何時まで?」
「5日には帰ってくるつもりだ。」

「え? 2日どうするの? 学校あるよ。」
「あぁ・・・多分・・・あれだ。 そう、風邪だ。 その日は風邪引く予定だから。」
 だから、後はよろしくって。
 もう、なに考えてるんだろ?

 でも、浩之ちゃんが一度決めた事を、私が何か言ったとしても聞いてくれる訳もなく、胸のモヤモヤが
 晴れないうちに、ゴールデンウィーク初日の朝になった。
 朝早いから来なくて良いって浩之ちゃんは言ってたし、ホントは、見送りなんて誰が行くもんか!って
 思ってたけど、やっぱり眠い目をこすりながら、お見送りに来ちゃった。

 浩之ちゃんは、『朝早く起きるからだ。 休みなんだから2度寝しとけよ。』って言ってくれたけど、私が
 眠いのは早起きしたからじゃなくて、浩之ちゃんの事が心配で寝られなかったから。
 そう言いたかったけど、止めた。
 そんな事言って、困らせたくなかったから。

 浩之ちゃんは、笑顔で出掛けて行った。
 手提げカバン1つ抱えて。


 それからの毎日、浩之ちゃんを思わない日は無かった。
 今、何処にいるんだろう? ちゃんと御飯食べたかなぁ? 道に迷ってないかなぁ? 
 泊まる所有るかなぁ? って感じで。
 去年の修学旅行の時に買った、北海道の情報誌を引っ張り出してきてぺ一ジを繰った。
 地図を眺めてみたり、観光名所を眺めてみたり、美味しそうな料理や、小奇麗なホテルやペンション・・・。
 そう言えぱ、この本を浩之ちゃんと一緒に見たっけ。
 クマ牧場に行けないのが残念って言ったら、自由時間に丸山公園に連れてってくれた・・・。
 ほんの1年前の事なのに、何かとっても昔の事のように思えた。



 5月2日 登校日。

 ちょっと・・・ううん。 かなり後ろめたかったけど、浩之ちゃんが風邪をひいたって担任の先生に告げた。
 先生には嘘ついちゃったけど、心配してるだろうから皆には本当の事を告げた。
 今頃は北海道の何処かに居るって。
 驚いた事に、私がその事を告げるまで、誰も浩之ちゃんの予定を知らなかったみたい。
 だから私がそれを告げた途端、呆気に取られたり、怒り出したり、泣き出したり・・・みんな様々な反応を
 見せてくれた。


 5月3日。

 急に志保に呼び出されて、1日中愚痴を聞かされた。
 愚痴りたいのはこっちだよ! って思ったけど、そんな事少しでも言ったら、1000倍になって返ってき
 そうだったので諦めた。
 嵐は過ぎ去るもの。 朝日の昇らない朝は無いから。
 志保の愚痴が頭の上を通り過ぎる中、浩之ちゃんの事を想っていた。
 浩之ちゃん、元気にしてるかなって。


 5月4日。

 気分転換のために、大掃除を思い立った。
 と、言っても、私の部屋じゃなくって、浩之ちゃんのお家。
 何時になるかは知らないけど、明日には浩之ちゃん帰ってくるんだから、お部屋の空気の入れ替えを
 しておいてあげたかったし、良い天気なんだからお布団を干してあげたかったから。
 そう思ったら、何か元気になった。
 いつもの様に合鍵を使って中に入り、お家の窓を全開にしてからお布団を干して、汚れた物を洗濯した
 後で家中をピカピカに磨き上げた。
 夕方、浩之ちゃんの家を後にする前に、居間の机の上に置手紙をしておいた。

 ”浩之ちゃん、お帰りなさい。 帰ったら連絡して下さい。 とぴっきり美味しいお料理を作りに行きます。
                                                           あかり”
  って。


 ・・・その夜。

 ちょっと疲れたから、早めに休もうと思ったら急に携帯が鳴った。
 この着メロは、浩之ちゃん。
 あれ? 帰って来るのは明日のはず。

 不思議に思いながら携帯をとると、開口一番、浩之ちゃんは外を見ろって言った。
 何が何だか判らないけど、兎に角窓を開けて外を眺めた。
 幾つかの星が瞬いてはいるものの、何時も見てる見慣れた空。 これが一体?

『あかり、俺、今、夜空眺めている。』
「・・・う、うん。」

『満天の星空って言うのかな。 見上げる空一面に、星の絨毯が敷き詰められているって感じだ。』
「・・・う、うん。」

『・・・あかり。 一人旅の理由聞きたいか?』
「・・・う、うん。 聞かせて。」

『あかり・・・。 俺、あかりに志保、先輩に綾香、いんちょに理緒ちゃん、レミィに葵ちゃんに琴音ちゃん。
マルチにセリオ・・・みんな好きだ。 大好きだ。』
「・・・・・・・は、はぁ。」

『でも、一番好きなのは誰かなって考えて・・・。 その気持の整理をつけるために来た。』
「・・・・・。」

「正直、さっきまでは決められなかったんだ。  でも・・・・。」
「・・・でも?」

『ここで星空見てたら、一緒にこれを見たいのはあかりだって思った。』
「・・・!」

『やっぱり、あかりが一番好きみたいだ。』
「・・・ひ、浩之ちやん。」

『明日の晩には帰る。』
「うん。 待ってる。」

「・・・じゃ。」






 ツ−−ツ−−ツ−−ツ−−

 用件だけ告げると、浩之ちゃんは私の答えも聞かずに携帯を切った。
 浩之ちゃんらしいと言えば浩之ちゃんらしい。
 ホントに簡潔な告白。

 私は、携帯を閉じると、ぎゅっと胸に抱いた。

 一番好きだって。

 誰でもない、私の事が・・・一番好き・・・だって。

 ずっと待ってた言葉を、ずっと待ってた人から言ってもらえた。
 嬉しくて。 嬉しくて。 嬉しくて。
 一日中お掃除したから疲れてるはずなのに、胸がドキドキして今日は眠れそうにない。
 浩之ちゃんも眺めてるはずの夜空に向かって、一言呟いた。

(・・・浩之ちゃん。 早く会いたいな。)



   ○   ○   ○   ○   ○   ○   ○

 翌々日。


「・・・ぱか! 浩之ちゃんのぱか!」
 人前にも関わらず、私は持っていた荷物を床に落とすと、堪えきれずに想いの丈をぷちまけた。
 信じられないくらいの涙を流しながら。

「・・・あかり、来てくれたのか?」
「来てくれたのかじゃないよ・・・もう。」
 私は浩之ちゃんの側に駆寄ると、浩之ちゃんの手をぎゅて握った。

「・・・心配したんだから。 ホントに、心配したんだから。」
「・・・すまん。」
 両手で浩之ちゃんの手を握り締めながら、ちょっとだけ怖い顔をして言った。
 でも、あれだけ怒ってたのに、ホントに怒ってたのに、浩之ちゃんの顔を見たら気が抜けちゃって、
 ちょっとだけ微笑んじゃったかも知れない。
 それは、きっと浩之ちゃんも一緒だと思う。
 私に対して申訳無いって気持と、でも、会えて嬉しいって気持が一緒してて、ちょっぴりだけ後者の
 気持のが大きいって顔してるから。
 ホントは泣き顔なんて見せるの恥ずかしいけど、なんか、そんな事どうでも良くって、会えて嬉しくって、
 だから、自然と浩之ちゃんに近付いて行って、浩之ちゃんも望んでくれてたのか拒まなかったから、
 私、目を閉じて・・・・あぁ・・・これが浩之ちゃんとの初めての・・・キスなんだって
 思ってて・・・。

 パン、パン!

「さぁ、皆さん! ベットに戻って下さいね。 見世物は終わりで〜す。」
 そんな声で我に返った。
 見ると、浩之ちゃんのベットの足元には、10人くらいの人が覗き込んでいた。
 自分でも判るくらい、かぁ〜〜って顔が熱くなった。
 看護婦さんは、しっ! しっ!って感じで患者さん達を追立てると、患者さん達は、「若いって良いわね」
 とか、「ちっ! もっちょっとだったのに。」なんて口々に言いながら、蜘蛛の子を散すように自分のベット
 へと戻って行った。

 そう、ここはとある町の総合病院。
 帰って来るって言った日に、浩之ちゃんは帰ってこず、替わりにここの看護婦さんから電話があった。
 何でも、星空を見ながら寝ちゃったのが原因で風邪を引いたみたい。
 でも、朝見つけられた時には結構熱が出てて、かなり危ない状況だったって。
 だから、私、心配で、朝一番の電車に乗って来たんだけど・・・。

「貴方達も、時と場所を考えて下さいね。」
「「はい。 すいません。」」
 揃ってうな垂れる私達の目の前で、仁王立ちしてた看護婦さんは、大きな溜息をついた。

「はぁ〜。 私怒ったつもりなのにね。 仲が良いのにも程があるわ。」
 うんざりしながら言い捨てる看護婦さん。
 途端に、周りからくすくすって押し殺したような笑い声が聞こえて来た。

 あれ? も、もしかして、私たち遊ばれてる?

「ただの風邪だし、明日には退院できるんだけど・・・・今日、泊まってく? 個室空いてるわよ。」
「い、いえ・・・そ、そんな事・・・。」
 手と顔をぷんぷん回しながら否定した。
 けど、看護婦さんは、カーテンを引きながら私の言葉なんてお構いなしに。

「みなさん。 今晩は若い二人の邪魔しちゃダメよ。 目の毒だから。」
「「「「「は〜い!」」」」」
 完全にカーテンを閉めた看護婦さんの言葉に、声を揃えて元気一杯応える患者さん達。
 おいおい。 皆さん、ホントは元気良いんじゃないの?
 そう思ってたら、浩之ちゃんが私の手をギュッて握ってきた。
 え? って思ったら、さっきの続きしようぜって、浩之ちゃんの目が言ってた。
 だから、私も微笑みで返した。
 ・・・良いよって。

 そしたら・・・・。

「・・・・えっと、お荷物持って来ましたけど・・・・・・・・・・・・・・・・・・あら? お邪魔だったかしら?」
 カーテンとカーテンの間から、顔だけ出した看護婦さんが、手を口に当ててホホホ・・・って笑った。
 それにつられるように、部屋中の患者さんが大爆笑しはじめた。
 爆笑の嵐の中、私達は、苦虫を噛み潰したような顔をしながらこう思った。

 個室に移してもらえないかな、って。

                                             おわり


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
あとがき

最後まで読んで下さってありがとうございます。
ばいぱぁと申します。
本年5本目は、あかりのお話です。

今回は、いつも以上に糖度の高そうなSSにしよう!と思って書きました。
個人的には結構甘目とは思うのですが、皆さんはどうお感じになられた事でしょうか。

些少なりとも喜んで頂けたら幸いです。







 ☆ コメント ☆

綾香 :「いいなぁ。一人旅かぁ。あたしもしてみたい」

セリオ:「ダメです。絶対にダメです。危なすぎます」

綾香 :「大丈夫だって。別にやばそうな所に近付く気なんて無いしさ。だから、心配しなくても平気よ」

セリオ:「綾香さんを一人で野放しだなんて。危険です、危険すぎます。
     そんなことをしたら、罪も無い一般市民にどれだけの犠牲が出る事やら」

綾香 :「……そういう意味での『危ない』かい。
     あなた、あたしをいったい何だと……」

セリオ:「ミスデンジャー、天然危険物、歩く弾薬庫」

綾香 :「…………」(怒

セリオ:「まあ、そんな些細な事はさておき」

綾香 :「さておくな! あたしにとっては些細じゃない!
     てか、何事も無かったかのようにサラッと話題を変えようとしない!」

セリオ:「浩之さんにとっては、やはりあかりさんが一番なのですね」

綾香 :「無視かい。
     ――まあ、それはしょうがないでしょ。
     なんだかんだ言って、あの二人の絆は半端じゃなく強そうだし」

セリオ:「ですよねぇ」

綾香 :「だから、二人の間に割り込もうだなんて事は考えずに、ここは潔く……」

セリオ:「諦めるのですか? 身を引くのですか?」

綾香 :「二号さんを目指すことにするわ♪」

セリオ:(……いや、それって、全然潔くない気がするのですが)(汗

綾香 :「ああ、あたしってば本当に健気で奥ゆかしい女よねぇ」

セリオ:「…………。
     えっと……その……敢えて何も突っ込みませんです、はい」(汗





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