・・・けんかした。

 誰って、浩之と。

 けんかの原因は・・・言わない。
 だって、聞いたらきっと笑うから。
 だから言わない。

 でも、それは私にとっては大切な事で。
 浩之にとっては、かけがえの無い事。
 だから、どちらが悪いって事じゃなく。
 強いて言うなら、私達の育った環境とか習慣とかが違いすぎた。
 それが原因・・・じゃないかな。



   『  題目  あ ま や ど り  』


 浩之とケンカして3日目。
 浩之からの電話を待つ日々に飽き飽きした私は、憂さ晴らしを兼ねて街へと繰り出す事にした。
 浩之と付き合い初めてこの方、独りで街に出るなんて事無かったし、そんな事考えてもなかった。
 だって、私の側には浩之がいて、浩之の側には私がいる。
 それが当り前だって考えていたから。

 でも、今、私は一人。
 一人で思いっきり楽しんでやるんだから!

 まずは・・・・そうそう。 やっぱり、ショッピングよね。
 この頃してなかったブティックのはしご、久しぷりにしようかしら?
 持ち切れない程洋服とか靴とか衝動買いするの。 
でも、すぐに両手が塞がっちゃうんだけど、大丈夫。
 持てない分は、トラックでもチャーターして屋敷に運んでもらえば良いんだから。

 あとは・・・やっぱり何か美味しい物でも食べたいわ。
 ショッピングに疲れた身体を癒すには・・・・そうねぇ・・・・脂っこいだけの中華なんて当然パスだし、
 ただ辛いだけの韓国料理なんて問題外よね。
 う〜〜ん。 やっぱり、日本人なんだから、庭園の見えるお座敷で京料理なんて良いわ。
 どうせ一人で食べるんだから、ちょっとお行儀悪いけど、足だって伸ばして食べたって怒られないし、
 お腹一杯になったら寝転んだってOKだもん。

 よし! 決まり! さ、初めはショッピングよ!






  ○   ○   ○   ○   ○   ○   ○



 ガチャン・・・・カラカラ・・・・。

 プシュ! コクコク・・・・・・ふぅ。

 ブティックの扉を押し開けた私は、勧められるままに、いっぱいお洋服を試着した。
 普段だったら絶対手を伸ばさないような可愛らしい服や、あきらかに私じゃ背伸びし過ぎな大人っぽい
 服まで、そりゃ手当たり次第に何でもかんでも。
 靴とかカバンとか帽子とか、細々としたアクセサリーまで合せて、鏡に中の私を思いっきり着飾らせて
 みたわ。 何回も・・・何回も・・・。

 でも・・・・ダメ。
 どんな可愛い服や、大人っぽい煌びやかで、艶やかな服を身に纏ったとしても、全然心が躍らない。
 カーテンを開けて、試着した服を見せようとしたって、返ってくる言葉が”お似合いですよ。”だけじゃ
 嬉しくもなんともない。
 しっかり見てないくせに、横目でチラッとしか見てないくせに、”あ? 良いんじゃないのか?”なんて
 興味無さ気に言ってくんなきゃ楽しくない。
 そう言ってくれる人が側に居なきゃ・・・つまんない。

 だから、一言、「・・・ごめん。」って言って店を出てきちゃった。

 庭園の見えるお座敷で京料理・・・は、行かなかった。
 お腹は空いていたけれど、とてもじゃないけど、そんな気にはなれなかったから。
 よく考えたら、広いお部屋で、一人ぽっちで食べる食事なんて味気無いだけだし。

 だから私は今、公園のベンチに座っている。
 どうしても一人っきりのテーブルにつく気にはなれなかったし、これ以上人込みに中で孤独を感じたく
 はなかったから。
 人影疎らな、寂しい感じのする公園だけど、今の私には丁度良かった。

 ・・・ぽつ。 ・・・ぽつ。

 え? 雨? 
 出掛ける時には、あんなに晴れてたのに・・・。

 ぽつぽつ。 ぽつぽつ。

 イヤだわ。 ただの通り雨かと思ったのに、雨粒が大きくなってきたし、雨脚が速くなってきたみたい。
 今まで散歩していた人や、公園で子供と遊んでいた家族連れが、蜘蛛の子散らしたように逃げていく。
 私もカバンを頭の上に掲げながら、どこか雨宿りが出来そうな場所を探した。
 ここは小さな公園だから、大きな遊具があったり、雨宿りが出来る程の大木も有りはしない。
 見た所、トイレの軒下くらいね。 仕方ないわ、暫くあそこで様子見ましょ。

 私は足を速めた。
 既に大きな水溜りが幾つも出来上がっている。
 そこを幾つか駆け抜け、トイレの軒下へと辿りついた。
 既に足元は泥で汚れ、服も大量の雨水を吸い、肌へとまとわりついていた。
 一刻も早く屋敷に帰り、熱いシャワーを浴びたかった。

 と、そこに、また一人、私の隣に駆け込んで来た人がいた。
 あまり見ちゃ悪いな、って思ったけど、思わずチラッと見ちゃった。
 だって、他にする事ないし・・・。
 でも、チラッとだけ、一瞬だけのつもりだった私の視線は、その人に釘付けになった。
 だって・・・。 だって・・・。

「・・・ひろゆき。」
 思わず呟いた言葉に、その人が僅かに反応した。
 こんな所で、自分の名を呼ばれるとは思って無かったのだろう。
 一瞬、ぴくっとして動きが止まり、そしてゆっくりと私へと顔を動かし、さも驚いたかのような声を上げた。

「・・・綾香。」
 でも、私は浩之の言葉なんて聞いていなかった。
 だって、考える間もなく、私の体は素直に反応していて、浩之の胸に飛び込んでいたから。
 もう離れない様に、離さない様に、浩之をぎゅっと抱締めて。
 いっぱいいっぱい泣いていた。

 浩之は、初め呆気にとられていたみたいだけど、私をぎゅって抱きしめてくれた。
 そんなにひっついたら濡れるぞ、だって。
 私は、首を振ってイヤイヤをするだけ。
 だって、もう言葉なんて出やしないし、この気持ちを言葉になんて出来はしないから。
 だから私は大きな声で泣き続けた。
 恥かしいとか、そんなの関係ない。
 だって、ここには私と浩之だけだし、降り続く雨音が、私の泣き声を消してくれていたから。 

 ザ−−−−−−−−−−−−−−−

 休む間もなく降り続く雨。
 私は、水煙で霞む園内をくすん、くすん、って、鼻をすすりながら眺めていた。
 涙でぐっしょり濡れたハンカチを片手に、浩之の手をしっかりと握り締めて。
 浩之も、私の手をしっかりと握り、公園を眺めたまま何も喋ろうとはしなかった。
 二人の間には、沈黙が支配してたけど、でもこの沈黙は、拒絶とか、拒否とか、そんな悲しい沈黙じゃ
 なくって、もっと労りと優しさが満ちている沈黙。
 だって、浩之の手から、そんな気持ちが伝わってくるから。
 私の鼻をすする音と、雨音しかしない公園だけど、私は今、幸せだった。

「・・・あれから、どうしてたんだ?」 
「・・・え?」

「あ・・・イヤ、別に良いんだ。」
「・・・・・・泣いて。 拗ねて。 怒って。 暴れて。 また泣いて。 そんなのの繰り返し。 浩之は?」
 
「俺も似たようなもんだ。」
「・・・そう。」
 私は、ふふふって笑った。
 何故か、似たようなもの、と言われたのが嬉しかったから。

「何で、ケンカなんかしたんだろうな。 ホントバカな事・・・。」    
「そっかな。 私はバカな事だなんて思わないけど。」
 私は浩之の言葉を遮った。
 驚いたような顔の浩之。 まさか、私がそんな事を言うとは思わなかったのかも。
 確かに、浩之とケンカして良い事なんて殆ど無かった。
 寂しかったし、悲しかったし、ムカムカして色んなモノに当たったし。
 今日だってショッピングやお食事も出来なかったし、雨にうたれて体中ぬれねずみだし。
 
「良い事は少なかったけど、こうして浩之と雨宿り出来たのは嬉しかったから。」
 私は浩之に向かってそう言った。 満面の笑顔を向けて。
 浩之も判ってくれたみたいで、軽く微笑んで、そうだなって頷いてくれた。
   
「・・・それよりも、今から浩之の家に行って良い? 服乾かせたいの。」
 私は、両手を浩之の手に絡ませながら、ちょとだけ「おねだりモード」で聞いてみた。 
 
「着替えなんてねぇぞ。」
「え? 浩之。 私に着替えさせる気?」
 唇をすぼめ、ちょっとだけ拗ねてみせる。

「当然そんな気無ぇ。」
 浩之は、私に対してどきっぱりと言い切った。
 私はそんな浩之を見て、ぷって噴出しちゃった。

「じゃ、ケンカしてた3日分・・・ううん、プラスアルファで、お釣りもオマケもいっぱいいっぱいつけて、
愛してくれなきゃ・・・いやよ。」

「・・・あぁ、音を上げても許してやんないからな。」
「うん。」
 私は、にっこりと微笑むと、浩之の首に手を回し、私から唇を求めた。
 深くて、情熱的に。

「さぁ、行こっか。」
「・・・うん。」 
 浩之の唇から、私の唇を僅かに離したとき、浩之が囁く様に言った。
 私は小さく頷き、それから、二人で雨に濡れた公園を見た。
 雨は何時の間にか上がっており、黒々とした雨雲の隙間から陽の光が射している。
 大きな水溜りや、木々の子杖までもがキラキラと輝いて見えた。

 私達は、二人してトイレの軒先から一歩を踏み出した。
 初めての二人のケンカは、こうして有耶無耶の内に終わった。
 でも、判った事が有る。
 やっぱり私の隣には浩之がいて、浩之の隣には私が居る。
 これが一番自然なんだな、って事を。

                                                   おわり


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あとがき

最後まで読んで下さいましてありがとうございます。
ばいぱぁと申します。

二人がケンカしたらどうするんだろう?
って考えた結果がこれです。
個人的にハッピーエンドが好きですから、ケンカしたって「バイバイ」
にはしません。
って言うか、東鳩キャラじゃ、なりようが有りません。
悔しいけど。

これの後日談は、またそのうちに・・・。

 



 ☆ コメント ☆

セリオ:「文字通り、雨降って地固まる、ですね」

綾香 :「そうね。めでたしめでたしだわ」

セリオ:「よかったですよね、ちゃんと仲直りできて」

綾香 :「まったくだわ。
     ホント、もう、ケンカなんか心底懲り懲り。     
     浩之と一緒じゃないと何をしてても面白くない、ってのが今回の事でよーく分かったし、
     これからはケンカなんか絶対にしないわよ」

セリオ:「絶対に、ですか?」

綾香 :「絶対に、よ」

セリオ:「……2週間保たずに些細な事でまたケンカをする、に500カノッサ」

綾香 :「ボソッと縁起でもないこと言うな!
     ぜーーーったいにケンカなんかしない!
     今後は、ラブラブ一直線。そう決めたのよ」

セリオ:「そうですか。決めたのですか」

綾香 :「そうよ。
     誰もが羨むような、ケンカとは無縁の仲良しイチャイチャカップルになってみせるわ」

セリオ:「……はあ、さいですか。まあ、頑張ってください」

綾香 :「全然信じてないわね。
     いいわ。今に見てなさい。
     後日談で、あたしと浩之の甘ーい生活を見せ付けてギャフンと言わせてやるんだから」

セリオ:「後日談?」

綾香 :「ええ。楽しみに待ってなさい」

セリオ:「…………。
     後日談に於いて、まさかあれほどの、目を覆いたくなる様な惨状が描かれていようとは、
     この時の綾香には知る由も無かったのであった。まる」

綾香 :「勝手にとんでもないナレーションいれるな!」(けりっ!

セリオ:「はうっ。い、痛ひの」(泣





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