「ちょ、ちょっと、何してんのよ!浩之!」
 浩之のあまりにも信じられない行為に、愕然としながら絶叫に近い叫び声を上げてしまった。
 だって、それは私の理解の範疇を大きく逸脱した行為であって、それ自体、私の中では決して容認出来
 ない行為だったから。


  『 題目 あまやどり − その後で 』


 それは、久しぶりに浩之の家にお泊りした日曜日の朝。
 と、言っても、程なくお昼って時間だったけど、私は愛する浩之のため、簡単だけど、朝昼兼用の食事の
 準備をしているところ。
 トーストにコーヒー、目玉焼きにサラダ・・・まぁ、あかりと違って、家事一般を苦手とする私が出来る料理
 なんてたかが知れているけど、味はきっと大丈夫。
 だって、愛情をたっぷり注いでるから、美味しいに決まってるわ。

 コーヒーメーカーがコポコポと音を立てている中、私は、キャベツやキュウリをトントントントンってリズム
 良く刻んでいく。
 程無くして、はだけたパジャマそのままに、大きな欠伸をしながら浩之が起きて来た。
 お互い朝の挨拶をした後、浩之は私を後ろから優しく抱締めた。
 私は、これでも一応、包丁持ってるんだから、ホントに一応だけど、「ちょ、ちょっと〜浩之、危ないよぉ〜。」
 って、諌めてはみる。
 ただ、そんな事くらいで、あの浩之が止めてくれる筈もないし、期待だってしていない。
 反対に浩之は、「愛してるよ、綾香。」なんて甘い台詞と一緒に、首筋とか肩にキスしてくれて・・・。
 ちょっとくすぐったくて・・・「もう!」なんて言いながら、首を巡らせて浩之とキス。
 初めは啄む様に、そしてちょっと長めのフレンチ・キス。

 今日は、朝からここでされちゃうのかな?って、ちょっとだけ期待しちゃったけど、生憎浩之は、キスが
 終わると、さっさと私から離れて行った。
 残念・・・ちょっとだけ、とろんってしちゃった私としては、物足りない気がしたけど、昨晩って言うか、
 早朝って言われる時間まで、何度も何度も私の事愛してくれたから、今回だけは許してあげる事にした。

「浩之、先に座ってて。 コーヒー滝れてあげるね。」
「あぁ。 さんきゅ。」
 予め用意しておいたカップに、琥珀色の液体を注いだ。
 トレイに2つのコップを載せ、食卓まで運び、浩之の席の前と私の席の前に1つづつカップを置いた。

「どうした綾香? なんか嬉そうだな。」
「ん? 嬉しいわよ。 だって、浩之と一緒に居られるんだもん。」
 不思議顔で聞く浩之に対して、私は冗談めいてそう言ったけど、それは私の偽りの無い本心。
 浩之は笑って誤魔化してたけど、多分、それは私の気持ちと一緒だと思う。
 だって、浩之の顔、さっきから、ニコニコしっぱなしだから。

 でもね、ホントはね。
 なんか、私達、新婚さんみたい、って思ってただなんて、絶対言えないけどね。 きゃ。

 今日、どうしよっか、って話が纏まる前に、側に置いてたトースターが香ばしい匂いと共に、チン!って
 音を立てて、パンが焼けた事を私に告げてくれた。
 私は、トースターの中から香ばしい匂いのするトーストを取り出すと、薄くバターを塗って浩之に渡した。
 そして、もう一枚づつ食パンをトースターに入れるとダイヤルを回した。
 次の準備を終えた私は、皿の上に置いたトースターを取上げ、一口噛付いた。
と、その時。

「ちょ、ちょっと、何してんのよ! 浩之!」
 浩之のあまりにも信じられない行為に、愕然としながら絶叫に近い叫び声を上げてしまった。
 だって、それは私の理解の範疇を大きく逸脱した行為であって、それ自体、私の中では決して容認出来
 ない行為だったから。 

「・・・どうしたんだ?」
 大きく目を見開き、驚きの表情を見せる浩之。
 そんな表情しないでよ!ホントに驚いているのは、私の方なんだから!
 
「どうしたですって? あんまりだわ! 浩之のために一生懸命作ったのに!」
 私の目の端に、じわっと涙がにじんでくる。
 両手で顔を覆って、零れ落ちるそれを受止めた。
 確かに家事なんて経験ないし得意でもなんでもない。
 ましてや料理なんて、「作るもの」ではなく、「作ってもらうもの」としての認識しか無い私にとっては、
 当然のように、人様に食べて頂けるような腕なんて持ち合わせていよう筈が無い。
 だけど私だって、私なりに一生懸命作って・・・浩之に「美味しい」って言って欲しくて、屋敷で何度も
 何度も練習したのに・・・。
 なんか、今までの苦労とか、ちょっとドキドキしてた気分が削がれちゃって、悔しくって、悲しくって、
 寂しくって・・・そんな感情でいっぱいになった。

「綾香、どうしたって言うんだ?」
 浩之ったら、まだとぼけてる。

「浩之・・・。 あなた自分で何をしたのか判ってるの? 私の事、こんなに傷つけたくせに。」
「ちょっとマテ。 さっぱり判んねえよ。」

「じゃあ、言ってあげる! 原因は、浩之の持ってるそれよ!」
「え! これ?」

「そうよ! 私の作った目玉焼きに、ソースかけるなんて信じられない!」




  ○   ○   ○   ○   ○   ○   ○   ○



「ちょっと待て! 俺達って、そんな事でケンカしてたのか!」
 浩之は、私の話が終わる前に、机を思いっきり叩いて大声で叫んだ。
 一瞬、喫茶店の中の音が全て途絶え、店中の人の視線を一身に受けるハメになった。
 浩之の家へと行く前に、どこかで晩御飯でも食べに行こう、って事になって来た喫茶店。
 二人して待ち合わせに使ってた、結構お気に入りの喫茶店。
 ホントは服が濡れてて気持ちが悪いから、早く浩之の家に行きたかったのだけど、浩之の家に
 今、食べるものが無いんですって。 
 大体浩之が外に出たのも、外食のためだったんだって。
 ま、そのお陰で仲直りが出来たのだから、良しとしなくちゃいけないのだろうけど、それはそれで
 問題かもね。

「そうよ。 覚えて無かったの?」
 私は唇を尖らせ、少し拗ねながら言った。
 たった3日前の、私達にとっては結構大切な事件だったはずなのに。
 それなのに、浩之が覚えてくれてなかったって事に、少なからずショックを覚えた。
 私なんて真剣に悩んだり、落ち込んだりしてたのに・・・。

「綾香が急に怒り出して、家を出てったのは覚えてるんだが、何に怒ってるまでは・・・。 
まぁ、そのうち機嫌が治れば連絡して来るだろうと思って、それまでは刺激しないようにしよう、くらいは
考えてたんだが、まさか、綾香が怒った理由が、そんな事だっただなんて・・・。」
 芝居がかった様に、頭を両手で抱え込み、フルフルする浩之。
 まぁ、そんな事は良いんだけどね。
 もしかして、あなた。 私が何か一方的に怒りだし、機嫌を損ねたって考えてたわけ? 
 しかも、全然連絡寄越して来なかったのは、障らぬ神に祟り無しって思ってたわけだ。
 ふーん。 よっく判ったわ。

「でも、そんな事くらいで、普通あそこまで怒るか?」
「あったりまえじゃない。 私があれを作るのに、どれだけ練習したのか知ってる? どれだけセリオに
精神的に追いつめられたかなんて、想像できないでしょ?」

「ま、まぁ・・・そうだけど。」
「それに、目玉焼きにはお塩でしょ。 ソースなんて邪道よ。」

「おいおい。 それは偏見だぞ。 俺は小さい頃から目玉焼きにはソースをかけて食べてたんだ。
それを、邪道呼ばわりは気にいらねぇな。」
「それはね、浩之。 私から見たらってこと。 私は、ずっと目玉焼きにはお塩をかけていたの、だから、
他の選択肢なんて考えられ無かったのね。 でも、冷静になって考えれば、お互い生活してきた空間とか、
環境とか、習慣とか、経験とか色々違うんだもん。 味の嗜好が違うって事くらい理解しなくちゃいけないし、
受け容れなくっちゃね。」
 
「じゃ、何であの時は怒ったりしたんだ?」
「だから、冷静になって考えれば判るってこと。 あの時は、一生懸命に作ったお料理が、浩之の破廉恥
極まりない行為によって、台無しにされたと思って我慢できなかったの。 でも、それは、私の独り善がり
でしかなくて、食べてくれる浩之の事を、もっと考えなくちゃいけないって思ったから・・・。
だから、今では反省しているわ。」

「そっか。 所々気になる所は有るけど・・・ま良いか。 そりゃ、俺も悪かったな。」
「ううん。 私の方こそ、ごめんなさい。」
「俺の方こそ、ごめんな。」

「浩之。 それじゃ、もう怒ってない?」
「あぁ、当り前だ。」

「浩之。 それじゃ、私の事嫌いになったりしない?」
「あぁ、そんな事絶対に無いって。」

「浩之。 それじゃ、私の事まだ好きでいてくれる?」
「あぁ、勿論だ。」

「浩之。 それじゃ・・・・それじゃ・・・・。」
「ん? どうした?」

「浩之。 それじゃ・・・キス・・・して。」
「あぁ、喜んで。」

「・・・・浩之、大好き。」
「・・・・綾香愛してるぜ。」
 向かい合って座る私達の手と手は、何時しかお互いの手をしっかりと握り締め、身を乗出すようにお互い
 の距離を詰めて行った。
 ゴメンナサイとか、ありがとうとか、嬉しいとか、何か色んな気持ちで胸がいっぱいになった。
 浩之が近づいてくるにつれ、初めての時みたいに胸がドキドキして来た。
 あぁ・・・大好きな人が、浩之でよかった。

「あ・・・あの・・・・・・・・・・・お客さま? お邪魔でしたら、ご注文の品をお下げしますが・・・お済になられ
ましたら、お呼び頂けませんでしょうか?」
 注文した料理をトレーに載せたまま、顔を真っ赤にしたウェートレスが、視線を逸らせながらポツポツと
語った。

「「え! あぁ・・・スイマセン、食べます!」」
 見事にシンクロした私達の声は、店中に響き渡った。
 ウェートレスは、心臓がバクンバクンしている私達の前に、注文した料理を置くと、挨拶もそこそこに
 逃げるように帰って行った。

 何処から見てたとか、何時から居たとか聞くまでもなく、店中の他人の肩が微妙に揺れているのを
 見れば、自ずと察しがついてしまう。

 うぅ〜〜恥かしいよぉ〜。 結構お気に入りのお店だったのに・・・もう、このお店来られない!

 恥かしさでいっぱいになりながらも、目の前のスプーンを取った。
 こうなったら、早く食べちゃって、さっさと帰りましょ。
 これ以上ご来店の皆様に、浩之とのバカップルぶりを披露するのもイヤだから。
 
 でも・・・私の目の前には、海の幸のリゾットが・・・・・。
 うぅ・・・猫舌の私、こんな熱いもの早く食べられないよぉ〜。
 涙目になりながら、浩之の方を見た。
 あわ良くば、助けてもらおうと思って。

 ・・・と、その時、私はまたしても信じられないものを見てしまった。


「ん? どうした? あぁ・・・これか?」
 カレーライスを前に、ソースの子瓶を持った浩之が、私の視線を感じ取ったのか、一瞬手を止めると、
 私に向かってたずねて来た。
 もしかして浩之、まさかとは思うけど、それをカレーライスにかけるんじゃ・・・。

「え、ええ・・・。」
「俺は小さい時から、カレーライスにはソースをかけて食べてたんだ。 今更止める気なんて無いぞ!」
 あぁ・・・・・・やっぱり。
 何となく判ってはいたけれど、ホントにするだなんて思いもよらなかった。
 それでも、今さっき仲直りしたばかりだし、味の嗜好に対して理解するって言った手前、無碍な言い方も
 出来ないし・・・。

「そ、そうね。 ソースかけると、味が円やかになるて言うから・・・良いんじゃない?」
 くぅぅぅぅ・・・・・・。 そ、そう言うしか無いじゃない!
 えぇ、判っていますとも! 自分でもはっきりと!
 かなり無理してるって事も、顔が引きつってるって事も!
 だから、努めて冷静になろうとしたし、心を抑える様にひとりごちもしたわよ!

 でも・・・・・。

「浩之! 何してんの!」
 でも、それは許せなかった。
 許せなかったと言うより、我慢の限界だったかもしれない。

「なにって・・・これか?」
「そうよ! 変な物入れんじゃないわよ!」
「こらこら。 俺は小さい時から、カレーライスには”福神漬け”って決まってるんだ。」
「何言ってるの! カレーライスには"らっきょう"でしょ!」

                                                   おわり


----------------------
あとがき

最後まで読んで頂きありがとうございます。
ばいぱぁと申します。


題名が示す通り、”あまやどり”の後日談(って言うか、ちょっとあと)です。
二人のケンカの原因がハッキリとしました。

まぁ、ケンカの原因なんて、当人同士は切実であっても、他人から見れば
他愛の無い事のが多いように思われます。
綾香が、”らっきょう”が好きかどうかは置いといて。

でも、まぁ、こんな他愛の無い事でケンカできるっているのは、愛あらばこそ。
ラブラブでアマアマな証拠なんでしょうけどね。



PS: あ、そうそう。 
   私は、”綾香と浩之はすぐにケンカをする!”に、500ペソにしておきます。(笑)

                          





 ☆ コメント ☆

セリオ:「…………」

綾香 :「な、なによ、その『ばっかじゃねーの、こいつら』みたいな顔は?」(汗

セリオ:「だって……ねぇ?」

綾香 :「いや、『ねぇ?』って言われても困るんだけど」

セリオ:「まさか、ケンカの原因がこんなくだらない事だったなんて」

綾香 :「う、うっさいわね」

セリオ:「ぶっちゃけ小学生レベル?」

綾香 :「失礼な」

セリオ:「……そうですね。確かに失礼でした。小学生のみなさんに」

綾香 :「言うと思った」

セリオ:「まあ、お約束ですから。
     ――それはそうと綾香さん?」

綾香 :「なによ?」

セリオ:「『セリオに精神的に追いつめられた』とはどういう意味ですか?
     これでは、まるでわたしが何かしたみたいに聞こえるじゃないですか」

綾香 :「……したじゃない」

セリオ:「? 何をです?」

綾香 :「料理の間、横で延々と特撮ヒーローの主題歌を歌いまくり。
     しかも鼻歌程度ならまだしもノリノリで大熱唱。
     ったく、少しは隣に居る者の事も考えなさいよね。
     おかげで異様に気疲れするし、冗談抜きで洗脳されるかとも思ったわよ」

セリオ:「え? 洗脳されそうだったのですか?」

綾香 :「まあ、ちょっとだけね」

セリオ:「……そう、ですか。ふむふむ、なるほどなるほど」

綾香 :「?」

セリオ:「では、綾香さん。今日も一緒にお料理をしましょう。
     いえ、今日だけなどといわずにこれから毎日! 是非!」

綾香 :「ちょっと待て! どうしてそんなに目を輝かせるか、あんたは!?
     てか、洗脳する気満々!?」

セリオ:「細かい事は気にしちゃダメです。さあ、レッツクッキング」(ワクワク

綾香 :「気にするわーーーっ!」





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