「ねー、みんなー。許してよー」
 私の懇願を、みんな聞き入れてくれない。
「ねー、葵ー。お願いよー。ね? 葵ちゃーん、葵様ー」
「…綾香さん。いくら尊敬する綾香さんの頼みでも、こればかりは聞けません」
「…ねー、浩之〜。助けてよ〜」
「わり、今回ばかりは俺もかばいきれないな。つか、ちゃんと反省しろ」
「ねー、姉さーん」
「……綾香ちゃん、めーです」
「セリオー」
「……綾香様の今回の行動には、どう贔屓目にみても、弁護の余地はありません」
「……みんなー」
「自業自得や」
「アヤカ、『恋の遺恨と食い物の遺恨は恐ろしい』ダヨ? ちゃんと反省しなきゃダメ!」
「そうです。わたしも、今回は綾香さんが全面的に悪いと思います!」
「そうだよ。食べ物を粗末にするなんて、罰があたるよ!」
 智子も、レミィも、理緒も、私を助けてはくれない。
 最後に残ったマルチとあかりに、助けを求めたけど。
「わ、わたしも…綾香様のしたこと、良くないと思います…」
「マルチちゃんの言うとおりだよ。今日のカレー、特別においしくしたのに」
 ううっ、無念。
 確かに、私のやった事は自業自得だけど……。
「だからって、薬草と一緒に漬け込むおしおきはないでしょ〜〜〜!」
「だめです。試作魔法薬の醸造に、協力してもらいます。今夜一晩は漬け込まれてください。いいですね?」
 勘弁してよ、姉さ〜ん。

 きっかけは、今晩の晩御飯。
 今日は、カレーライスだった。
 というのも、みんなの実家から、偶然にも色んな食材が集まったのだ。
 レミィの家からは、インドのカレー粉が。レミィのお父さんが取引先からもらったお歳暮の、カレースパイスの詰め合わせをおすそ分けしてもらったものだとか。
 智子は、実家の神戸からクール便で牛肉を送ってきたとかで、たくさんの牛肉を持ってきた。
 琴音ちゃんも、北海道の実家からジャガイモが。理緒は商店街の福引でニンジンとタマネギを当てて、もらってきた。
 葵も、通ってる道場の師範から米を送られた。なんでも、師範の実家が米農家とのことで、新米が送られてきたからおすそ分けしてくれたのだ。
 ここまで揃ったのなら、浩之が「よっし、今晩はカレーにしようぜ」と言い出すのは時間の問題だった。
 で、ちょうど料理当番もあかりとマルチ。マルチはまだまだ修行が必要だけど、あかりの料理は絶品だから、私も今晩のカレーは楽しみにしてた。
 なのに、私自身がおじゃんにしちゃったのだ。あの時、あんな余計な事しなければ……!

「なにこれ、キノコ?」
 たまには手伝おうかと思って、私はあかりとマルチのもとに向かっていた(あ、私が掃除と夕飯の買い物当番をサボっちゃって、二人に代わってもらったことは関係ないわよ?)。
 ところが、台所に臨む食卓にて。私はそこに、籠が置かれているのを見つけた。籠の中身は、山ほどのキノコ。マイタケに似ていて、結構おいしそうな外見だ。というか、どこからどう見てもマイタケにしか見えない。かさの色が、ちょっと赤みがかかっている事を除けば。
 でも少なくとも、千鶴さんとこから送られてくる(姉さんがいつも、薬の材料にと頼んでるのだ)セイカクハンテンダケとは明らかに異なる。
 きっと、カレーに入れる材料として、誰かが買ってきたのね。そう思ったんだけど……。籠に貼ってあるメモを読み、私はむっとした。
「みなさん、このキノコに触れないこと。特に綾香ちゃん」
 ちょっと、「特に」って何よ。っていうか、なんで私を名指しにするかな。
 字からすると、姉さんのメモらしい。
 ははーん、さては姉さん。このマイタケを独り占めするつもりね。こないだのマイタケ炒めにマイタケのおつゆ、姉さんは特に気に入ってたしね。
 でも、そんなズルは許さないからね。おいしいマイタケ、みんなで食べなきゃね〜♪

……この時、私は自分の軽率な判断を、死ぬほど後悔するとは思いもよらなかった。

「いっただきま〜す♪」
 夕食時。みんなでカレーを食べ始めた。
「アレ、ソースは?」
「あ、レミィ。私が取ってくるわね」
 カレーにはやっぱ、ソースよね〜♪ カレーを口に運ぶ前に、私は冷蔵庫へとソースを取りに行った。
 しかし、取って戻って来た時。
「あ、綾香様〜!大変ですぅ〜!」
「なによ、どうしたのマル……チ……」
 絶句してしまった。
「ねえ、みんな……どうしちゃったの?」
 八人が顔を上げ、顔を見合わせ、悲鳴をあげた。
「ひ、浩之ちゃん! その顔どうしちゃったの〜!」
「あ、あかりこそ! っていうか、先輩!」
「…………」
「トモコ! その顔!」
「あ、アホ! レミィはんやて!」
「琴音ちゃん! 顔が大変だよ!」
「葵ちゃんも! いったいどうしちゃったの!?」
「ど、どうしよう〜! わたしもみんなみたいな顔に!?」
 セリオもまた、みんなの様子を見て固まっていた。
「あうう〜、みなさんのお顔が……お顔が……お化けさんになっちゃいました〜!」
 マルチが、その状況を一言で説明した。
 そう、みんなの顔が、色んなモンスターのそれになっていたのだ。

「まず、こないな事になった原因を考えんとな……ああ、もう! メガネがかけられんわ」
 ジャバ・ザ・ハットの顔になった智子が、皆の顔を見回しながら言った。
「原因はアタシでもスグにわかるネ。セリカのmagicデショ?」
「それ以外考えられません! 芹香さん、早く治してください!」
 プレデターの顔になったレミィと、エイリアンの顔になった琴音ちゃんが、姉さんに抗議した。
「……ちょっと待って下さい。確かにこれは魔法によるものですが、私は何もしていません」
 しかし、メタルーナ・ミュータントの顔になった姉さんは、その言葉に反論した。
「何言ってるんですか! 芹香さん以外にこんな事、できないですよ。このままじゃ、外に出歩けません!」
「そ、そうだよー。整形手術代って、結構するそうだし……」
 これは、葵と理緒の抗議。彼女達は大アマゾンの半漁人に、海底原人ラゴンの顔になってたりする。
「うー、このままじゃ、学校にも行けないし、外に出られないよ〜」
 あかりが、がっくりした口調でつぶやく。彼女の顔は金星竜イーマのそれだ。
「と、とにかく先輩。なんとか出来ないか? 俺もこのままじゃあ、ちょっとな…」
 金星ガニの顔になった浩之。
「……分かりました。とりあえずは、原因を追究しましょう」

「…原因が分かりました」
 姉さんが部屋から出てきた。ちなみに最近、姉さんの部屋の扉には「芹香魔導研究室」という札がついてたりする。
「やけに早いわね、姉さん」
「……はい。ここ数日、私は薬を作ってません。また、保管してある薬も減っていません。更に、皆さんと私、ここ最近で共通する事といったら、ついさっきにいただいたカレーだけです。つまり……、カレーの中に、何か変身の原因となるものが含まれていた事と思われます」
「じゃ、カレーが原因ってわけか?」と、浩之。
「はい。現に、綾香ちゃんだけは変身してませんからね」
 まあ、そうだ。幸いにも私は、まだカレーを口にしてなかったからね。
「え? じゃ、じゃあ。わたしに何か原因が?」
「は、はうう〜。みなさん、すみませえ〜〜ん」
 あかりとマルチがうろたえてる。う〜ん、マルチはともかく、金星竜イーマの顔でうろたえるあかりは、ちょっとかわいいというか不気味というか(汗)。
「…いいえ。調理自体は問題ありません。むしろ、問題は材料です」
「ちょっと待ってや、ウチの実家は、ヘンな肉は送ってこないで!」
「YES! このスパイスをくれた人も、トッテモ律儀な人ダヨ?」
「師匠は、食べ物を粗末にしない人でした!そんな人が、変なお米をくれるとは思えません!」
「私だって! 北海道インディアナポテトジョーンズキャンペーンで優勝したジャガイモ作った農家なんですよ!」
 ジャバ・ザ・ハットにプレデターに大アマゾンの半魚人にエイリアンの顔が、メタルーナ・ミュータントへずずいと迫る。
……いや、ちょっと怖いわよ(汗)。
「いえ、皆さんの食材には問題はありません。それより、皆さんに伺いたいのですが……。誰か、今日のカレーに入っていた、マイタケを買ってきた方はいらっしゃいますか?」
 全員、首を振る。
「あ、でも芹香様。さっきあかりさんとカレー作ってたときに、綾香様がマイタケを持って来てくれましたよ。それを入れました」
「……やっぱり。原因は、綾香ちゃんですね」
 マルチの言葉とともに、みんなの視線がこちらに向けられた。明らかに、疑いが込められている。
「ちょっと姉さん! なんで私なのよ!」
「台所にあるキノコ、綾香ちゃんが持っていったんですね?」
「そうよ。マイタケを独り占めするなんてずるいと思ったから、みんなで食べようと思ってね。それがどうしたってのよ」
 今度は、みんな頭を抱えている。
「あのキノコは、マイタケではありません。『イキアタリバッタリヘンシンダケ』です」
「…な、なにそれ」
「簡単に言うと、顔を変形させる作用を持つ、セイカクハンテンダケの一種です」
「あ、そう…って、また姉さんの薬じゃないの。私のせいにしないでよね」
「いいえ。あのキノコは香水の成分を抽出するために、千鶴さんから送ってもらったものなのです。ですから、気をつけるように『みなさん、このキノコに触れないこと』と但し書きしていたはずですが」
「え……」
 そんな事を言われても、自分を名指しにされたことは納得いかない。
「で、でも。だったらどうして私を名指ししたのよ! 『特に綾香ちゃん』なんて、まるで私を狙ってるみたいじゃない!」
「…綾香ちゃんには特に、こういう危ないキノコですから気をつけてください…という意味で、あえてああしたのですが。実の妹へ、姉の心遣いのつもりだったのに…」
「でも」立ち直った、メタルーナ・ミュータント顔の姉さんは、断定した。
「間違いなく、この原因は綾香ちゃんですね。綾香ちゃんが、ちゃんと警告どおりにキノコに触れなければ、こんな事は起こらなかったわけです」
 それを聞いたみんなが、私に迫った。
「…綾香、それ本当かよ」
「ひどいよ、昨日もこの前も、食事のお当番を代わってあげたのに」
「……いくらなんでも、これは許せへんで」
「目には目を、歯には歯を…アヤカ、アタシたちの顔をこんなにしちゃって、どうするつもりナノ?」
 金星ガニと金星竜イーマと、ジャバ・ザ・ハットとプレデターの顔が迫り来る。
「い、いやほら。『特に綾香ちゃん』ってあったもんだからさ、ちょっと怪しいと思って……(汗)」
「だからって、そんな怪しいキノコをみんなの食べるものに入れるのは、どうかと思いますけど?」
「綾香さん! 目を背けないで、ちゃんと目を見て返事してください!」
 大アマゾンの半魚人とエイリアンが、さらに私に迫る。っていうか…エイリアンに目は無いと思うけどと、思わず突っ込んでしまった。
「…綾香ちゃん、おしおきです」
 姉さんのメタルーナ・ミュータントの複眼が、じーっと私を見つめ返した。

 というわけで、私はおしおきを受ける事になった。
 あらゆるハーブや薬草や、その他ワケのわかんないものがいっぱい入れられた壷に、手足を縛られた私も入れられ、漬け込まれちゃったのだ。水がめから首が出ている状態で、私は何度も懇願した。
「ねー、姉さーん。許してよー。これじゃあ西太后の水がめ漬けの刑じゃないのよ〜」
「だ・め・で・す」
 そう言い切られて、みんなは部屋から出て行っちゃった。

 かくして、一時間後。
 姉さんとマルチ、セリオが戻ってきた。姉さんや皆は口に入れた量が僅かだったため、明日になれば元に戻るらしい。
「綾香ちゃん、反省しました?」
 メタルーナ・ミュータント顔の姉さんが問いかけてくる。
「もちろんよ、もう二度としないから、許して? ね? ね?」
 それにうなずき、姉さんはセリオに命じて私を水がめから出し……固まってしまった。
「…シャットダウンします」セリオもまた、固まっている。
「? どうしたのよセリオ」
「……作動停止してるメイドロボに、話しかけないでください」
「何変な事を…マルチ?」
 オーバーヒートして、倒れてしまっていた。
「…姉さん?」
「……綾香ちゃんの場合、三日もすれば元に戻ると思います」
 そのまま扉に向かい、逃走してしまった。
 ………なるほど、姉さん変な事したわけね。でも、元に戻る? どういう事よ。
 別に身体に変なところは感じられないけど。ただ、下半身が2メートルほど伸びて、身体の各所に牙の生えた口や変な手足や触手が伸びてるだけだけど。
…… 触手? 牙の生えた口? 変な手足?
「な……な……」
 後でセリオに問いただしたら、「遊星からの物体X」のブレアモンスターっつう、どマイナーなモンスターに変身していたらしい。
「な……な…」
 で、原因はかめの中に、姉さんが薬草やらなにやらと一緒に、イキアタリバッタリヘンシンダケも「うっかり」入れちゃったためだったとか。
「な……な…」
 その時点での私は、そんな事知る由も無く、まず最初に出来る事をした。
 すなわち、大声で叫んだわけだ。


「なによこれ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」


「……で、いつまで私はこの姿なのよ」
 三日経っても元に戻らない私を見て、姉さんは困ったように首をかしげた。
「困りましたね。どうしましょう」
「どうしましょう…じゃあないでしょ! このままじゃあ、普通に生活できないじゃない!」
「…そんなに浩之さんとの夜の生活を楽しみにしてたんですか? 綾香ちゃん、えっち♪」
「当然よ…じゃあなくて、夜の生活だけじゃなくて! これじゃ人前に出られないじゃない!」
「大丈夫大丈夫、私が解毒剤を作ってあげます。すぐに元に戻れますよ」
 その後、元に戻れた。とはいっても…戻れるまでに、男になっちゃったり、もっと凄いモンスターに変身しちゃったことに関しては、コメントを差し控えさせてもらうわ。

「今日はキノコごはんです〜…あれ、綾香さん食べないんですか?」
「…琴音ちゃん、ひょっとしてわざとやってないわよね」
「何言うてんねん。マツタケの土瓶蒸しにシイタケのお吸い物に、マッシュルームの炒めもの。ごく普通の献立や。あんたとちごうて、琴音ちゃんは変なキノコ使っとらんで」
「……」

……キノコなんて嫌いよ。えぐえぐ。


あとがき

こんにちは〜。
ハロウィン用にと思ったのですが、間に合わず、さらにこんなヘタレになってしまいますた。
本当は、異形に変身させられた、みんなの愛と悲しみの物語にするつもりだったのですが(嘘)。
ちなみに、出てくるモンスターの名称を綾香がすらすら答えられたのは、セリオの教育の賜物という事にしてあげてください。(謎)
さーて次は、インフラマン綾香だ!(マテ) 





 ☆ コメント ☆

綾香 :「ううっ。みんなが苛める」

セリオ:「自分でも言ってたじゃないですか。自業自得です、それはもう完璧に」

綾香 :「なによぉ。元はと言えば、姉さんが変な但し書きをするからいけないんじゃない。
     そうよ、そうに決まってるわ、そう決めた」

セリオ:「…………」

綾香 :「だから、あたしはちっとも悪くないの」

セリオ:「まあ、確かに一理ありますね」

綾香 :「……あれ?」

セリオ:「どうしました?」

綾香 :「いえ、あの、素直に納得されちゃったから。
     普通だったら『んなワケあるかい』ってツッコミが入る場面だし」

セリオ:「仕方ないです。だって、綾香さんですから」

綾香 :「へ?」

セリオ:「非があるとしたら、この場合は芹香さんでしょう。
     綾香さんの行動なんて容易に簡単に誰にでもアッサリ予測できます。
     にも関わらず、あのような書き方をしてしまったのですから」

綾香 :「……そこはかとなくバカにされてるっぽく感じるのは、あたしの気の所為かしら?」

セリオ:「…………」

綾香 :「…………」

セリオ:「もちろん気の所為です」

綾香 :「なんで間を空けるのよ? なんで目を逸らすのよ?」

セリオ:「キノセイ、デスカラネ」

綾香 :「なんで超棒読みになるのよ!?」





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